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2016年9月30日金曜日

超越し続ける先


 後悔を溜め込み、軋む命が、拘泥するものや、悶絶し、全体的に広がる恋の模様や、無知であるが故に、備わる純粋さを育て、惰性に生きるよりも、性悪説を讃え、何事にも、汚穢を作り出し、悪を捏造し、レイシズムに至るだけの、潔癖さの帰巣本能をくすぐり、現れる空虚や、苦しみは、自らが作り出す幻想や、空想であり、想像するほどに、苦しみは増し、魯鈍な意識は、今に制限を与え、自ら抑圧するだけに浸る痛みは、僻みや妬みを生み、歪んだ価値を生み出し、偏った思想へと移行する苦しみは、利己的なモラルを形成し、悔悟を溜め込み、誤解を生み、互換させる愛をも否定し、批判するほどに僻む意識は、歪んだ価値を、自らに形成し、その、自ら生み出した価値により、自らが苦しむだけに浸るペシミズムが、最も歪んだ価値を形成し、自らを苦しみ続けるだけに至る。数歩先進めば、狂うのかもしれない、という、危うさが進行し、行為に批准されるものが、今を阻害し、合致するものが、清純な愛を伝え、従事すべき愛へと基礎を移し、自らの正義だけが、善悪という狭い価値観に囚われずに、のびのびと見つけ、?まえる先に、誂えるものすら無くなり、内面的な仰々しさや、吐き出すものが、今を阻害し、世界観を奪い、安易な考えを生み出し、利己的なものが、肯定を拒否し、さらなる闇へと落ち込むだけに、悲惨な過去を、今に持ち出し、振り返り利用し、精神の領土を奪うだけに、かばい合うべき互いの愛に課せる罪や、蓄積される苦悩や、些細な出来事が生み出す境目や、制裁を加えるだけの苦悩や、能動せずに、ただ、従うほどに増す快楽が、システマチックなものを生み出す。誓いを立てるほどに、苦しみは増し、繰り上げられる痛みは、今に意識を失い、魯鈍なものへと偏執し、咎められるほどに歪み、登攀できずに、滑落する生命は、復元されることを求め、求めるほどに、薄っぺらい価値を信仰し、行為に基づくものだけを、愛し仕り、喉につかえるものが、息をできなくさせ、でたらめなものを愛しているかのように思わせる執着が、君を憎み、君を犠牲にし、憎しみ続ける先に、気だるいものを加速させ、すべてを枷に変え、思う限りの苦しみは、今に至る憎しみへ、と変換され、還元されるだけの愛は、狭い価値にとどまり、途端に崩れ去り、咎められるほどに、憎しみの速度は増し、事故を起こし、大破した意識は、退廃していくだけに陰り、用いられる罪の意識へと、積み上げられ、贖い、抗うほどに、崇める、という矛盾を生み出し、更新される苦しみが、複製され続け、君が死に至る病へと加工される絶望のからくりを解くべく、当該するものを破砕し、個人主義に至るだけの関連に現れる接続を解除し、確認作業に追われる精神を乖離させるだけの打開策に興じるほどに、用いられる正常さに、苦しめられ、与えられる価値観を葬るほどの、君という存在の大きさに肥大化していく痛みは朽ち果て、破壊的に至るだけに、介する間を埋め尽くす後悔などを謳い、今の名付け親として、踏ん反り返るだけの戒律を踏み荒らすのは、ファシズムと化したカスタムされ、オーダーメイドされた権力であり、緩衝せずに、強制力を使い誇示するものへと牽引し、自らを信じずに、信仰する力へと、あるいは、空疎な主義に餌をやる手法から、解答を持たずに、我らこそが正しく、純粋な理想と思想を持つ者だと嘯くだけの偏った思想が示す選民意識が、独裁的に至るだけの自らのプリミティブな暴力性を昇華させるべく、元々に備わるサディズムをくすぐる自らの快楽の家来として、システム的な奴隷として、高揚し続ける暴力的な昇華を続け、歓喜で埋め尽くされた、乖離した身体を傍観する御霊を傍観する正常さを信仰するほどに、魯鈍な身体を所持する事に疲れ、こだわらずに、枯渇し続ける先に境目を与えずに、あてがわれる痛みが充填され、補完されるほどに、陥穽は生まれ、弊害を与えるだけに交換される今が去りゆき、過去は、一切の影響を忘れ、互いを破壊し尽くすだけに過ぎ去るのが、過去であり、今に与える影響が、意味を連ね、今を外に追いやるほどに、今は、今に苦しみを与えられず、今の苦しみは、過去に消え去り、今に現れる苦しさなど、すぐさま消え、与えられる影響の外に出て、今に現れる影響を超えて、自らに帰り着き、今に現れる喜びに結ばれ、過去にあったはずの苦しみも、いずれかは、他愛ないものであったのだ、と言えるまでを、加速させ、加工するだけの、拙いものが、制度を生み、今を締め付けるだけに浸る苦しみをも、乗り越える強さを持つ。

2016年9月29日木曜日

高次へと向かうもの


 かすかにふれあう喜びや、照れて、逃げる後ろ姿に混淆される初々しいものだけが、美しさを放ち、一瞬の美しさを促す。何かを背負ってまで行うことは、義務的になり、偏るだけに終える。哲学とは、すべてを超えるべく備わり、携わる意味や、携えられたことに反し、翻すために存在する。哲学の、暗いイメージを払拭すべく、意識に居場所を求めずに、どこまでも飛び立ち、自由などは求めずに、自由とは、元々、生きる限りに備わることを知るべく、一時的な快楽や、快楽の傀儡として、ブクブクブ太らずに、高次へと至る喜びを知り、君の痛みをも昇華させる強度を上げるために、知の深みへと行く。描くというのは儀式的なものでりあり、自ら生み出す汚濁を昇華させるべく、生命を創造的に変える。人々の足元まで、へりくだった道徳や倫理が、普通とされるものを生み出し、生命を蔑み、自らの純粋さを、疎外させた。あたかも、正しいとされ、普通とされるものが、人間を、人間たるものへと陥れ、悩ませ、苦しめる。それに気付かぬ限りは、自分への息苦しさからは、抜け出せぬの、だ。つたないものを溜め込み、自らの汚濁へと流れ込む先の蜃気楼をながめ、切実に思うだけでも、精一杯なような世の余韻を追いかけるより、自らの正しさだけを自覚し、何事にも揺るがずに生み出すものだけが、今に至る神秘を摘む睦まじさに築くものだけが、優雅である、と確かさの足かせを嵌められ、蔓延る悪意へと言動を移すだけの悪趣味な輩の体たらくや、諦観ばかりを加速させ、加算される激痛に耐え、度重なる痛みへと加速していく現実へと可視するものも、贋物のものばかりを誇張させ、見せつけるだけに斡旋される現在に連動していく苦しみも、誰かが生み出しただけに満たない価値を当てこすり、痕跡も残さずに染みいる痛みへと散漫になり、担う価値も、カタストロフへと至り、貧寒なものや、悲観するだけに、擯斥を繰り返し、敢行する意志も持たずに、ただ、立場を利用し、権力へと荷担する義務や、形や、名ばかりのものを信仰する民主主義的な衆愚や、復讐をたずさえ、リリカルなものを持たずに、管理下に置かれるだけに、オカルティズムに侵略され、マゾヒズムへと後退していく意識的な弱者が、幸運ばかりを追い求め、大金をせしめるべく、センチメンタリズムを持たずに、短絡的な快楽の傀儡として、うごめく真実から、エクソダスし、淵源に潜む客体に告げるべき本質も、誰かが騙るだけの独善的なものに支配され、回路を混濁させられ、些細な出来事に応用されるだけの便利な身体として、現在に捧げる些細な痛みを配分し、分裂的に昇華していく背徳や背信を用いる過激な身体を利用し、精神性を奪い、制度を用い、物事を膠着させ、陥る者や、互いのおちどばかりを脅すだけに横領され続け、蔑む身体へと、利己的な逍遥や、証拠も残さずに、強引に取引される悲観的な人間へと原生はねじ曲げられる。あらゆる裁きは受けるべきなのだ、などと告げる人間的なものに隔離されてから、早数千年の義務を抱え、加算されるだけの原理へと引き延ばされる最たる出来事に訪問していく魂胆から、可決されるだけに牛耳られる贋物の身体を補完するだけの保存から、贋物の価値を奉納するだけの退廃的な信仰から、信用すべきものの一切は、腐敗するだけに至り、用いられる価値も、時代などを用い、文化を利用し、利己的な消耗品として扱われるだけの他者の言葉や、身体を介し、かかずらうだけの本質や、憎しみばかりを増やすだけに、負債を溜め込み、ためらうだけの身体は、介する間に解消されずに、理想を追求するばかりに、名ばかりのものを愛し、築かれるものも、旅する事を忘れ、同じ場所で膠着するだけの者や、移動し、行為に服従するばかりに、忙しく駆け回り、かかずらうだけに、補正を求め、複製されるものばかりを愛するだけに悲観する現在に定立されるものへと引き伸ばされ、意思に引きこもり、自らを虐げるだけのニヒリストへと偏る思念は、重要さを補完し、交換されるだけの儀式的な投影から、淘汰されるだけの最たる意味を縫合する後から迫る無益な仮象へと入り込む利己的な複製品として、模倣されるものだけを愛する。補正されるだけの真実は、物事に空疎な理由を突き刺し、諦めるべきなのだ、と諭す事により、物事に膠着し、横着な意思は、半生を呪い、能動的に行わずに、ただ、受動的に何かを恨むだけに浸る意味に加工される罪をかぶせ、能動しているかのようにうそぶく間に、敢行すべき、確かな意志も持たずに、思惟する間に思考は、純然たるものを損ない、そこかしこで補填されるものだけを愛しては、妨げられるだけの過去から、ニヒリズムを引き取り、何かを恨み、破壊へと至るか、はたまた、介在するものを崇め、自らの空虚さへと浸透していく意識的な汚穢や、終わりに潜む歪みや、悲観するだけに、衰退化していく意識に、敷居を用い、すべてを受け入れずに選別し、選民思想的に選りすぐるだけの価値の家畜として、指定される義務を生きる畜群として、思考停止へと誘うだけの価値の奴隷として、価値をむさぼるだけの餓鬼として生き、傀儡として、実体の幽閉される事を嬉嬉として受け入れる保身だけの獣として生きるような輩が示す因果などから離れ、ただ自らの静謐に澱む事無く、立ち向かうような意志だけが、善悪を超える。

2016年9月28日水曜日

自覚する以前の言葉


 神様の粘土細工だ、と仰ぐ結末に鈍色に囲われる君の愚鈍な願いが、無神経なカオスを引き延ばし、万感に迫る、有限なシンフォニーや、アルカロイドを塗られ、幽閉された意識的な監獄で示される憂鬱を枷に、退廃的なアクセスを繰り返し、お菓子の国の奴隷として、隷属する意味へと履歴を仮想するだけの観念へと没落し、悪趣味に還元されるだけのエゴへと化合され、懐疑的な日常のニヒリズム的な物質として生き、破壊的な午前に飼育される観念が捻出する欲動から、欲望の住まいだけで支離滅裂で低劣な日々を崇め、硬質な思いが具現化する原生なものを破壊するだけの時が生み出す軍国主義や、帝国主義的な麻痺を生み出す愚鈍な政治性へと全体主義化する衆愚の保身を保つだけに、対比していく意識は、何かを推し量るだけに推進する退嬰的な傍観者として行き交う意識的な傲慢さを押し広げ、蔓延る意味へと感染していく痛みを私怨するだけの演出家たちが、暴虐な意思を吐き出し、君の意味を奪うだけの欠如へと加工された品位が、倫理観などを謳い、安易で簡易な支配へと暴走するだけの結末へと移行し、行為は、服従する限りに陰る本質へと移行し、簡単なものを信じ込む素因へと加工されるだけの意思を、あたかも自分の意思のように示す答えへとリコールされるだけの過信を緩慢に処理し、慢心へと至らせるような生産的な制度へと、背反すら起こさずに、起こりえるものを信仰し、終末論的に処理する辺りから、値は、怠惰な価値に過誤を重ね、過度の期待を加えては、未熟な意思を疎外させられる恐怖で震え、孤独を恐れる限りに、荷担する苦しみに淡々と迫る原理的なゲリラ戦から、尖鋭的な意志に至らずに、ただ、迫り来るものを、愛し同情へと至るだけの今に権利などを用い、固執するだけに至る精神的な依存から、陰湿な理へと硬化していくだけの答えが、目の前で阻めるだけの壁へと変わり、膠着する意思は、権利を用い、権威に立ち向かう意志を持たずに、疲弊する意思は、ただ自らを批判し、誰かを否定するだけに、悲観し、関するほどに、軋轢をため込み、抑圧される保身へと加工される意思は、関連する状態に連動し、苦しみを傍受し続ける限りに、生きる事だけに拘泥し、欲望へと加速する真理が、実直な意志を持たずに、ただ虐げ、従えるだけの偏りから、ファシズムへと陥り、要らぬ戦争へと牽引されるだけの原理的な亢進から、神経細胞は破壊され、蔓延る悪意を充満させるほどに、ノルアドレナリンが暴走し、憂鬱へと閉塞していく意識的な傲慢さが、枷に変わり、嗅ぎつける意思のハイエナたちが、むさぼる動機が、暴力的に迫り、狭い価値へと移行していく原始的な恋の始まりに弾ける経路が、快活な動機を失い、鬱積する痛みに排斥される分離から、分岐点へと攪拌される道や、密接な関わりから、偏る意思は、保身をはかるばかりに至り、蔓延る悪意へと瓦解し、介する間に利己的な結末を加え、憤懣をため込み、不安を加速させ、加勢する意思は、ただ、誰かの意思をコピーするだけに至り、絶え間ない倒錯は、闘争を続け、つたない意識を統率しようともくろむ仮の正義は、過信を続けるほどに、魯鈍な悪を責めるばかりで、場面で倒錯する意思的なものの悪意をごまかすばかりで、罵声を浴びせ、暴かれる嘘へと統合されるだけの正義がごまかす現在に、研鑽される未熟な意思は、今ある善悪でしか、判断へと至らず、段階を加えず、ただ企てられるものを加護し、法外に放たれる無知で、言い分けも知らぬ者だけが、純粋な正義に支払うような義務から離れ、あらゆる原理に停止線を加えるだけの法の中での人畜無害な者へと成長を遂げるべく、ベクトルは、社会性を出迎える以前に、ただ、あつらえられた運動へと諦観を捨て、ただ闘争機械として、位階制の外へとはみ出し、用いられる神に反し、加工されるだけの原理的な保身に間違いを改めるべきだ、と購うだけにごまかす自らの罪へと加工された罰を与えるだけの方針から離れ、自らの判断だけで、善悪を超え、固定観念を打ち砕くような鉄槌であるべく、適度な保身を捨て、大義を用い、体感するものだけを信じ、信仰する事無く、一切は、差異を蔓延らせ、拘泥する意識は擦れ違い、ただ摩擦を繰り返し、互いの熱により、燃え尽きるだけの意思的なまがい物を用い、加工されるだけの品位は、紊乱に至るだけで、文化的なものや、歴史的なものは、ねじ曲げられ、偏る思想から生まれた利己的なものや、ただ拘泥し、幼いよりも、満たなく汚いものを加工するだけに、清め祓いの精神だけで、或いは、神を作り上げ、持ち込んだ意識的な罪と罰のとばっちりを受けるだけの体系的な身体に憑依し、評議も重ねずに、独裁的に持ち込まれ、些細な出来事を疎外させるだけに至らせるような、代々続く儀式的な汚穢を加工しただけに満たない権利や、原理や、法理を捨て、ただ自らの未熟さと無知さ加減に大いに笑い、自由を呈し、肉薄するよりも、ただ自ら産み出すものだけを頼りに、気ままに至り、自己満足に浸るよりも、確かなものすら無いのなら、のらりくらりと躱し、互いの結末に蔓延る悪意の貪婪さに嵌まり込むよりも、高じる間に交錯する意思が、拗れる後先に、優生なものを生み出すまでの今に至る軌跡だけを賞賛する。

2016年9月27日火曜日

蝕む答え


 掲揚される秋へと進化を遂げる虫の寝息や、英気を養うだけに徒労を重ねたギミックを旋回する暗鬱なテーゼに基づき、燃え尽きる質感や、抑揚を失い、散華へと切り取られていく冬の風貌に加算される現実に託すベクトルも、前衛的な途端に滅ぼす雰囲気が、領域を旋回し、エンコードを蝕み、挟まれた付箋を燃やし、どこまでが、ここまでの物語の合間を埋めた混濁へと運び込んだのかをわからなくするような根源へと相互する意識は、倦怠感を抱え、分針をたたき割り、内面的なアイデンティティーを破壊し、リリカルな私情のマストをへし折り、大海に漂ういびつな存在として定理に結ばれるだけの孤独として、或いは、喪失感を漂う尾びれとして、憎しみの表現を司る穢れた獣として、思議を損なう血の行方を追うだけの人間的な悪魔を育てるだけに、惰性な諦観へとほころぶ現在に縫合される傷跡を傍観するだけの定立されない思いを神々しく司るだけに、体系的なものに関わり、組織の内側で交錯する原理的な利便性や、生後にとどろく慢心を疎外させるような現時点に逆撫でする思いが、蜃気楼のように隠逸し、冬に表現を隠し、拡散されるだけの普遍性に包まれるほどに、魯鈍なものを抱え、末端に注がれる蓋然的な心象が、混沌へと導かれるだけに堕落する瞬間は、主観を破棄し、ただ道徳的な観念へとスケープゴートとして認定されるほどに、保持し、認識するもののほとんどは、虚偽を重ね、肉薄する意味や、ハッキングされる現在に戒厳令を敷き、思想を失われ、思考停止へと陥らせるべく、考える事こそ、空疎なものであり、難しいものこそ、否定し、疲憊させるべき今に統合させるべきものは、簡素なもので、利用しやすいものを生産し、ただ生産的に扱いやすいものだけを生み出すべきなのだ、と意味を咎めるだけの安全性を謳う自由などが交錯し、心ない何かへと移行していく意味合いに不潔な領土を授け、倦怠感や対価を求め、対立する現在に注がれる憎悪だけが、根を腐らせ、供犠を続け、つたない意識を生贄として、或いは餌として、応じる事だけに捧げられる軽い身体や、乖離する心を預けるだけの離人的な咆哮が綴る意識的な嗚咽が、内面的な苦しみを、利己的なものへと掲げるだけに、第三者が資本を奪うだけの形へと、締結していくだけの言葉だけの自由に注がれる観念論的な考えが、思う事以外は、ただ認識の範囲に収まらず、原則として、思う事以外は、その場で、何の意味も持たず、物事の奴隷として、認可されるだけの意味合いに不潔な観念や、関係をつなげるだけに、つたない意識は、通過点として、その場で立ち尽くす意味の無謬な物質として捕らえられるだけに、その場所で、永遠の捕囚として、囚われの身の自己を嫌悪するだけに至るように牽引される先々に引火する出来事が、業火に包まれ、つたない追憶や、汚い過去の機械として、定義に基づき、腐敗するだけの隠語を放ち、コントロールされるだけの些細な激情へと住処を移し、認定されるだけの差異から、詐欺を巻き込み、怏怏として、不安げな実情に混濁していく可能世界が生み出すパラノイアや、パンタレイや、パンデミックする夏のゾンビたちが、浮遊する夏の結末に有する過去などをアドレスに書き換え、ただ記号して認可するほどに、補填される意識に正義は無く、ただ空疎なものをため込む器として、今に結ばれる不正を蒸し返す。恒久的な錯綜を続ける到達できない影へと相互していく意識的な対立が、高揚を続け、つたない意識に独占されるだけの義務感に訂正される深夜に結ばれ、大義を失い、添え木された関係をへし折るほどの流動性に占用される観念が、固執するだけの体制へと拗れていくだけに、体系的なものへと継体していく帝国主義や、軍国主義の影を踏み、破産していく過程にもとづくセオリーに導かれる以前に、枯れ果てるジレンマは、時代に距てられ、惰性なものに照らされ、大差ないものを愛したり、愛さなかったり、と忙しい日々に革命を謳うほどに、革命とは、冬との距離に距てられ、惰性なものを建て、はびこる悪意に包まれ、つたないものを買い取るだけのジレンマへと加速し、過敏になった意思は、担うべき意味を漠然と眺めるだけに、定理へと結ばれるだけの向こう見ずな現在に浸るだけに緩衝すべき痛みも、訝るほどに、互いの反響に耐えかねずに、軋む幽遠さに、とどろく心情が壊れるように感じるだけに、大切なものを損ない、そこにそぐうだけの満たない思いを集めるだけに、あいまいな今に拗れていくだけに枢要なものを損ない、そこかしこに縫い付けられる事の強度を確かめ、大切なものをアンニュイなものに書き換えている。ただそこに印として現れる定理に基づき、元々の理由を損ない、行いに転移していく痛みに沿うように、要する形へと流動していくような観念にもとづく答えに求められるだけの定義に蝕まれ、今に意味を損なうだけに終える。

2016年9月26日月曜日

切り取られた日常

参画するものも、安易な思いを孕み、物事に比重を授け、預かる原理や、権利を主張しては、耽溺するだけに終える現状に大胆不敵であるべく、ベクトルは、枢要なものに崇高であるべきだ、と宣言するような答えに引き出される欠陥を取り除き、ロジカルな労働を終え、競合する先々に現れる権限などを疎外させ、最たる意味を引き出し、引き合いに出されるだけに蝕まれる状態へと排斥される意味に去りゆく状態に輪唱していく真理や、神話に基づくセオリーや、揺動を繰り返し、欺瞞へと至らせるだけの還元から、乖離していく様態へ解消されない痛みに怠慢さを重ね、懐疑的な日常に憤懣をこぼし、高揚感を損ない、即座に負担を重ねるだけの身体に求められる代償へと生じる運命的な統合から、固執していくだけの影を孕んだ、実体も無い懶惰な精神と共闘するような、依存的な闘争へと、統合されるだけに、蝕まれる精神は、夏の煉獄や、毒性のある恋へと陥り、投影されるものへと使い果たすだけの金銭へと欲動していくだけにはびこる心因的な要素は、崩壊するだけの心身へと相互していくだけの道理へといくばくかの、価値へと移行し、行為へとカタストロフを用い、改善されぬ思いを破壊し尽くすだけに、代償を求めるだけの均等さを孕んだ実直な思いが監視下に置かれ、緩衝すべき対象との反響が、内部で反響の速度が増し、肉体をも滅ぼすような振動へと変わるような科学的な病へと陥る先々で行為は、訝るだけに明けくれ、代価を求めるだけに退嬰的なものへと陥り、何も受け入れられずに、経過するものを、独裁的に支配し、権利を謳うものを抹殺するだけに絶え間ない戦争へと陥り、内戦は、反抗する者に実権を持たせ、終わらぬ憎悪を生み出すだけの闘争から、倒錯する人間性は、原理を持たず、原因すら忘れ、ただ咎めるだけの互いに嫌疑を与え、権限を損なった人間とは、ただの道具として、或いは機械としてせめぎ合う観念も、行為の前では、ただ独占され、欲心へと至らぬように、支配的な規律や、恐怖や不安を煽るだけに、倒錯する観点は、ただ互いを咎めるだけの戦争へと至らせるほどに、麻痺していく感覚は、悲しみを超えて、ただ互いを破壊し尽くす事だけに観点を置き、互いを咎めるためだけに、とがらせた本質は、ただ咎めるだけの理想へと供給されるものを信心するだけに至り、至らぬままの精神は、イデオロギーを捨て、つたない同一化を施し、全体主義へと措置されるだけの懐疑的な人間こそを、姑息な機械へと変え、失速していく原理や原因に折り重なる絶え間ない圧力や、軋轢から、空疎な戦争は、速度を増し、相対性を損ない、ただ互いを恨むだけに至らせるような民族間へと成長し、互いの落ち度を認めずに、ただ相手が悪いのだ、と示す安易さから、妥当なものを愛するだけの儀式を、現代でも守るような安易さを用いるか? と促すバンダリズムから、パンタレイを謳い、万端にひしめくコードや、乖離するだけの日常などは、やがて普遍性などをコード化するだけに答えを一様なものに変え、普遍的なものなどが生み出す傲慢が加速し、やがて終わらぬ戦争へと至らせるような精神性から、制度は、膠着したものを愛して止まずに、ただ止まらぬ儀式は、生贄を求め、清廉とした者こそ、穢れあるものであり、問題をごまかすような傲岸不遜な支配者こそ、枢要な者であり、その儀式を取り仕切るだけの僧侶として迎え入れるような価値の家畜として指定されるだけの義務へと偏るだけの思念に欠乏していく思想こそが、偏りを生み出し、ロジカルなものを持たずに、感覚に支配される獣として、破壊する事だけに対面する自己との対立を超えたよろこびを謳歌するほどに、応用されるものを恨むだけに、兌換される価値観に懐疑を持たず、似たようなものを、高いか、安いかで支配するだけの買い物から、悔悟をため込むだけの日々へと折檻されるペシミズムが放つ暗鬱とした暗雲迫り、狭い価値へと移行していくだけの首の締め合いから、支配される原理は、葛藤を続けず、距てられるものが、やがてカタトニーに至り、快楽を求めるだけの機械的な規律から、記号化される先に生み出される数理こそが、枢要なものであり、支配に必要なものであり、物事を支配し続けるための鍵である、と占用される意識は、ただ亡者として生きるだけに至り、何か、良いものや、新しいものを生み出す崇高な仕事のように扱われるほどに、貧賤なものへと陥り、不羈なままに成長を遂げずに、ただ咎められるだけに至る原因から抜け出せずに、ただ体系的なものへと陥り、横溢する観念は、自分こそが、偉いのであり、支配できるのは、ただ唯一の所有物の多さであり、多岐にわたる確かな感覚こそが、観念を支配し、我が身におとずれる至福を強化させ、強固な思いが、やがてファシズムへと至り、不安を逆撫でし続ける先に現れる意味を超えて、混淆し、行為にもとづくセオリーを破棄し、自らの意志だけで歩む先に用いられるべき意味も規律すらも不必要である、と宣言するまでの軌跡をたどるだけに希望を納期するだけに、期待感を孕むだけに、体系的なものへと陥り、自らのあやまちに気がつかずに、均等さを謳うほどに、保持する意味とは、実感すらも損ない、そこにおとずれる感覚すらも麻痺させる。

2016年9月25日日曜日

究極至極

 語り口を軽妙なものにしたいが、いかんせん、難しく考える癖が、頑迷なものを生み出し、とりとめのないものすら、哲学的に思考し、追求する先に錯誤するものが、語呂合わせや、合否を携え、安易な考えで、善悪的な思考でしか、物事を捉えられぬような、地獄の時は、恋へとスケープゴートすべく、応答を繰り返し、嘔吐し続ける日中のうっとうしい陽光に照らされ、弛んだ空間から、孕んだ懶惰なものを配り、奪い合うだけのキャピタリズムの憂鬱へと、チャプターを選びながら、選りすぐりするだけに、観点は疎外され、些細な出来事へと偏向していく思想が、暴力と、けちくさい批判しか生まないから、奪い合うだけの観点へと疎外され続ける意識は、思考へと隷従し、寛容に物事を受け止められずに、生来のものを信じられずに、人道的なものや、人工的な道徳や、俯瞰に捕まる倫理に応用できない観念は、締結していき、愚行を続け、つたない意識は、アナクロニズムへと至り、陥る観念は、ニヒリズムを抱え、ペシミズムへと移行していく事に支払いを求めるほどに、義務的に迫る関係から、契約へと至るだけのヘレニズムが、鋼の精神を用い、諦観しないように、スパルタに生きるのだ、と強制するほどに、補填されるものとは、魯鈍なものへと成り下がるのであるし、やがて渇望するだけの精神は、成否を求め、正しくも無いものを、大人だから、という理由により、兌換される紙幣と貨幣の価値観の家畜として云云と言い放つ者の道理も歪んだものであるし、ひがみから来る観念は、軽蔑すべき思想へと陥り、偏った精神は、敬神を唱え、博徒のような生き方を強いられるだけに至り、訝る言動にくじける観念は、止めどない破壊を生み、暴力的な思考は、内面的な自傷主義を外側に放ち、誰彼かまわず、自らの身代わりとして傷つけるだけに至るような悲劇へと移行するような思考回路から、麻痺した観念は、観点を疎外されるほどに、保持するものを守ろうとし、対象とする者すべてを破壊し尽くすだけに至るような思考へと陥った神を履き違えた神は、自らの遅疑により、偽装される観念に掻き乱され、些細な出来事の浅いも深いも、同一化し、同じお家で落ち着くような恋へと移行すべく、愛とは苦しむ事を厭わずに、確かに愛し続ける事により、修練される意思は、度重なる悪意を取り払い、自らの行為に純粋なものが現れるまで抗う。愛は、反抗に似ているものであるし、淡々と貫く意志は、愛に疼く。ただ愛し合う過程にもとづく事にセオリーは無くなり、制限すらも不必要になり、担うべき今も、未来を謳うだけの激情へと跛行していくだけに至らせるだけの現実を取り外し、ただ愛へと陥る事により、度重なる苦しみの速度は増し、屈折する意識は、空虚さを捨て去り、ただ情熱の元になるような愛へと加速していく。
 
 欲望の住処たるおまえのこころに手当をほどこすのだ、と強制するような観念的な純粋理性批判的な硬質な論理へと持ち上げるだけの高尚で考えの進路を妨害し、忘我へと浸るような企みへと、収まる枠内へと悲観する旅路に末端にもとづくセオリーが、過労を称え、訪ねる意識は、拗ねていて、途端に老いるだけに至るような間隔に潜む愛も、悪に変化し、転嫁される意思や、行為にもとづくセオリーや、世論に反する事を恐れるだけの退嬰的な者が、体系に関わるほどに、魯鈍なものを携帯し、権力へと偏りひずむだけの原理にもとづく事だけを正義として捉える途端に用いられる正義とは、悪を捏造し、自らの権力へと偏り、ひたむきな自己破壊へと至るようなペシミストに陥り、応じるだけの答えを手繰るマゾヒズム的な観念は、関係するものに罰を与えられるべく、あやまちを繰り返し、しつこく関わる先に自らをあえて陥れ、与えられる罰により、苦しむ自らを離人的に傍観し、ただ孤立していく自らを超えられずに、覆われる理由に拘束され、固執するだけに言葉に誤りを用い、弊害を生み出し、疎外していく観念は、高尚へと至らず、至らぬものを育てる惰性さにより、自らに巻き込む言葉に騙され、支配されるだけに至る心は、服従し続ける限りに滾る快感へと加速していき、逸脱していく観念は、関係へと引き裂かれ、対比されるだけの身体を供犠に授け、自らを燃やし尽くす憎悪や、増幅していく悲劇に監視されるだけの対象としての無機質な身体を透過させるべく、演技を続け、つたない日々にファシズムを用い、物々しいモチーフとして虐げられるだけの心身に緩衝するものすべてに撹乱され、錯乱していく精神は、心の位置や、内臓の位置を交換しながら、乖離していく精神との対立を繰り返し、雑踏へと混同していく意識は、社会的な軽蔑を受けるべく、汚穢として自己を捧げ、生贄として演技を続ける事により、現れる肥大した自己は、対価を求める革命へと、大義を用いぬ革命へと、あらゆる憎悪をモチーフに、犠牲的な観念がへだてる惰性な破壊へと陥るだけに終える軽薄な進路にもとづく静謐さを知らずに、ただ短絡的な破壊に陥るだけの思想へと偏り続ける。

2016年9月24日土曜日

高尚な孤独


 静謐にゆらぐ仄かな観念を用い、緩衝する間に悲劇に陥るだけの住まいから離れ、蔓延る悪意に従属するだけの鍛錬を知らぬ意思からまがい物を振り払い、はじまりを謳い、恥じらいを知らずに、希望と自由を利用し、領土を奪うだけの闘争へと発展するだけに至る人間的な愚かさを謳うよりも、用いるビジョンに盛られる毒や、持ち込まれる倫理におとずれる体系的な擦れから発展するジレンマから、与えられる軋轢に批判的な原生的な人間が用いるアニミズムや、無神経な若人の莫迦さ加減を謳う愚かさにマインドを捧げ、毎日をアイロニーで染めるだけにできあがるニヒリズムや、デカダンスや、ルサンチマンを掲揚するだけに至らせる悲劇的な人間性から、制度は付着するだけに至り、浮揚するものは、嫌らしい人徳を掲げ、卑劣な行為に陥るだけの卑賎な観念が生み出す利用価値から、公序良俗などを謳い、整容されるだけの階級的な観念とは、貴族的な者が用いるだけの、官僚的な観念から、階差は生まれ、退廃的なモジュールを生み出し、独占欲を用い、誇示する後に利己的な支配を継続させるだけの死へと嗄声を促せ、世界的な穴に没落し、悪趣味なものへと追従し、貧賤な者が打ち出す金銭欲から、貴賤さを謳い、差額を支払うだけの淫蕩に耽る欲望の犬を毛嫌いする潔癖症的な観念こそが、いちばんの汚れを持ち、持たされる汚穢で、自らを汚すだけに浸る関連性から、律動していく音と音の隙間におとずれるレジスタンスどもの征服欲に吹き荒ぶ意味から、邪推を続け、甘い汁を啜るだけに至らせる権利から、権限は、用いる権威に偏り、加減を知らずに、何もかもを、破壊する事だけに偏り続ける意思の変遷をたどり、退屈に生じる経済的な繁栄を求めるほどに、自らに足かせを嵌め、身近な者を恨み始める限りに、陰る本質は、加減を知らず、互いを恨むだけに至らせる同情へと陥り、動向を奪い、漂う意思は、体現されるものを知らず、用いられるものを信用し、信仰へと至り、浸る意味へと観念は収奪され、何かの価値に陥る限りに、課せられる痛みへと散漫な意識は、訝るほどに、嵌まり込む痛みへと懐疑的な日常に斡旋されるだけの無神経な陰りから、乖離していく意思が、痛みを繁栄させ、蔓延る悪意を充満させ、慢心を誘い、死へと誘うだけの形の終焉から、周辺は、超越を知らず、自らを超克し、超人へと至らずに、人権を用い、持たされた同意から、同情へと相互依存し、シンパシーを謳い、蔓延る悪意へと高慢なものを用い、何もかもを牛耳り、支配へと至る経路から、契合されるものが、迎合され、空疎な理由を持たされ、用いる権利により、自らを物質として崇める間に、愛は、生活のために死滅し、信じるべき自分も、利口な犬として、口実を補填し続けるだけに、旋転する意思は、自己犠牲の美徳や、産んだ者を愛するだけに、補填される同情から、道理は、不満を用いずに、ただ用いられることを信じる事こそが、いちばんの美しさを孕むのだ、という示唆を含んだ大量破壊兵器的な意思に同調するだけのアイデンティティーは、破壊される事を美徳とし、歯がゆさを自らに孕み、自己嫌悪や、自己顕示欲の狭間で、蔓延る善悪を対象に、互いを咎めるだけのリベラリズムや、アナーキズムを恨み、コミュニストや、交互する意識に互換されるだけの資本へと加速していく遊離する意思が、犠牲を孕ませ、蔓延る悪意へと荷担していく権力的な倒錯や、闘争し続けるだけに、腐敗していくのが、権力を持たされる限りの力に繁栄していく腐敗であり、俯瞰にせめぎ合う意思的な汚穢が示す値から、空間的な腐敗を叫び、跨ぐ意思に憤懣を掲げ、重ねる愛は、厭う事だけに関連し、観念は、関係するほどに加盟国を増やし、複雑な領土に蔓延る点と線を結ぶだけに、境界に深まる憎悪が、ルサンチマンを生み、テロリズムへと至らせるだけに、善悪は、解消されず、緩衝する事を知らずに、互いを咎めるほどに、深まる溝が生み出され、何事も入り込ませぬように鎖国し、独裁国家へと成長を遂げ、社会主義的な監視下に置かれ、情報統制の中で、敷かれたレールを進む事だけに、視界を失い、聞く事を知らず、聞き取る事を知らぬままに、成長を遂げる事に用いられる権利に偏るだけの嘘を吐き出すだけの無記名な革命家たちは、攪拌される権利へと厭うだけの形や、価値に偏るだけに、自らの住まいを捨て、もてあます自己を暴走させるほどに、補填される権利へと偏り、普遍性を謳い、自らを裁判官として成長させる事により、拘泥する意思は、もっともな暴力を生み、止めどない暴走へと至るだけに、自らを暴力に荷担させ、自らが産み出すものにより、自らの終焉を迎え、自らの終わりにねじ込まれる意思に批判的なものが迫り、自らが産み出したものにより、自らを破壊し尽くすの、だ。

2016年9月23日金曜日

克己し続ける意思


 どこにも帰らず行方を消し、季節に隠遁し、マインドをリセットし、落ち込む夕日に隠れる悪への誘引や、万世になびく悲観するだけの価値にカタストロフを謳うだけに現時点は、ベテルギウスの涙に解ける身体が原子をも捨て去り、内面的な欺瞞を捨て去り、離人的な乖離から、虐げられた身体を捨て、補完される位置から、引き出す意味に引きつけられる以前に、全容に猛る思いが、昏睡しても尚、導かれる現在に結ばれる定理を捨て、自我に帰結するほどに飢渇するという矛盾を孕むだけに痛みは増し、慢性的な痛みを抱え、腐りきった内情に孕む意味から、既往は咎めずに、対比されるだけの感情に環境的なものを持ち込み、戻されるだけの感情が、過去から流動し、流出する本質は、姦佞な性質を用い、人間的なものから抜け出せずに、裁断を下される自己を傍観する利己的な不純から、不悉を重ね、懐疑的な日常にカルマなどを謳い、罪を加速させるだけに、自らに足かせを嵌め、世界性を奪われるだけに不純なものを重ね、自らの汚穢の泥濘に嵌まり、ノイズをちりばめ、寄生するだけに至る現在に悲観するだけの観念が、勝ち誇るためだけに虚栄を重ね、うそぶくだけの真実に時系列は、ふやけ、不要なものばかりを集め、酩酊する現在に退嬰的なものを用い、改善されない痛みは、時代錯誤に陥り、老化する身体を卑下するばかりで、緩和しない私情は、ただ何かを恨み、優劣を付けるだけに至らせるようなものを課せるだけに、自らを融和させるべく、アイロニーに陥り、何かを解消しよう、と潔癖的にぬぐうために錯乱する感性は、監視下に置かれ、緩衝する事無く、感性を損ない、そこかしこに油然とわく憎悪を味方に付け、嫉妬心を燃やし、憎悪の業火で自らを焼き払い、悪魔的なものに変わり、人が生み出した神を利用し、こころの領土を奪い、脳内を快楽で染め、受動的に執り行われる儀式的な反映から、相続される観念は、飢餓へと陥り、所詮用いるだけに満たない価値などは、汚い機械として利用されていただけに満たず、徒に過ぎ去り、這いつくばり、ひがむだけによがる意思は、コンテンツを失い、内外に果てる意思は、敢行すべき意志を持たず、ただ関連するものへと依存し、損壊するだけに至る痛みを培養させ、色あせ、浅はかなものを利用し、虚像に打ち出す贋物の価値に犀利な理由を持たずに、理想を追求するだけに陰る本質が、派生する意志へと群がる本質に離別し、シーンに逆上していく思いが、負担を重ね、籠城する意思が、枯渇していく。意思的なまがい物を集めるだけに踊る価値は、過去をすなどり、牛耳られるだけに、奴隷として生きる快楽だけに、悔悟をため込み、たじろぐ意志は、老後を心配するばかりで、自らの色彩を失い、統合されるだけの原質から、偏執するだけに至らせる痛み、と悔悟の隙間にあらわになる悔悟から、あいまいま毎日に迫る寂寞に縫い付ける改善されない痛みからの飛躍を求め、非合法の宇宙を突きぬけ、独占されるだけに、毒された感性に統合されるだけの核を握りつぶし、記号化するだけの希望から、亡命して来る感情から、統制されるだけの眼球の奥底で見つけた憶測に制圧される以前に、全容に欠けるだけの位置的ないびつさに忠誠心を謳い、大義を用いずに、ただ止揚され、利用されるだけの混淆が生み出す番号制の夜から、俯瞰に迫る、不潔な税で、我々を締め付けるだけに、思考とは死滅する。死した後の星の青から、靄然と潜む静寂の彼方で、加算されるだけの原理と記憶との差異から、原子と緩慢な感触に内蔵される観点が、競うだけの価値が謳うだけに、用いられる善悪と、その内部でひしめく似たようなものの闘争から、生み出される似たような価値を違う値で買い取るだけに浸る快楽から、関与する間にひしめくあくどい征服を複製するだけにアニマが購うだけに擦り寄る価値に加算されるものを愛するほどに、ねじ曲がり補填されるだけの感情に大意を持たずに、ただ意志に間違いを食い込ませ、朽ち果てるだけに至る惰性さに浸る勝利を求めるだけに、強制されるものへと引き込まれ、混濁する意志は、根底から腐り、腐りきった感情が、願いを続け、綴る物語は、他者から乖離できずに、何かに偏り、自らを信じる事を忘れ、自らの罪を、誰かに着せ、既成のものを信心し、自らを勇躍させずに、斡旋されるだけの観念は、少々の金銭で満足するように仕組まれた義務へと偏るだけの偽善へと混濁し、高揚する事を知らず、失意を重ね、抵抗する事を知らずに退行し、貸与するものへと服従し、毎日の借金を返すためだけに、体制へとこびへつらい、自分を見失う。

2016年9月22日木曜日

高揚感に包まれた意志


 意味をたずさえぬ革命は、互いの利己心に攻め入られ、苛立つ本能が邪推を重ね、裏切りを重ね、観点を疎外させ、世界を奪うだけに至らせる悲劇を薙ぎ倒すほどの力も無く、補填され、補完されるだけに保護され、捏造されるだけに、斡旋される神経へと疎外される記録の中での語弊をたずさえ、語源をうやむやにし、憎しみを増加させるだけの退嬰的な法の傍観者として、漆黒の闇へと加速していく機械的な制度へと加工された品位は、貧寒なものを折り重ね、道徳を貴く結ぶような試練を求め、体制にこびへつらうだけの宗教へと腰掛ける偽装される真理にもとづくセオリーが、精悍なフリをして、憎しみを増加させるだけのコイルとして、数多の理由を加工するだけに、悪意は加速し、足かせをはめ込み、世界性を奪うだけに至らせるだけに、多目的なものを補完し、報償を求め、反復する執拗な仕返しばかりが迫り、狭い価値へと押し込まれ、止めどない苦しみへと運ばれていく意思的な汚穢から、終わりに結ばれるだけの過程へと締結していく意思的な催しへと引き込む辺りから、汎用される意思が、形式的な疫病を流し込み、混同する意識は、願いを叶えるために重なる意識に永遠性を巻き込み、漫然と過ごす日々に体たらくなものや、低劣なものが迫り、用いられる価値にカタストロフを告げ、つたない意志にモラルを用い、戻るだけの意識は、形式的なものに支配され、侵攻してくる意思が、形式的なものへと偏るだけに浸る意識的な押収品を裏で売りさばくだけに至る。痛みを歌う分裂的な彼女の心音が反響し、加算されるだけの数理に利得を用い、攻撃的なインクで汚すだけに、系列を打ち砕くような慈しみをたずさえ、屈折した意思を引き離し、完全性を取り戻し、ロジカルな浪費から、空回りする現在の空虚さに卑屈さを取り除くような転成を繰り返し、駆動する思惟から、従えるだけの意識的な枯渇を埋めるだけの互換を終え、高揚するだけに昇華へと至らせるような創造性へと帰り着き、戒律を打ち破り、ビジネスライクな言葉に消費されるだけの価値を捨て去り、納期されるだけの明日に機能するような機械へと育てられるだけの惰性な教育よりも、自ら進んで励む勉学へと浸透する意識は、陰鬱さを超え、自らの情熱だけで、哲学をこしらえられる前に、斡旋されるだけの影を追いかけるだけの熱情の乏しさを称えるだけの虚栄を超え、凍える意識の孤独から、衰亡するだけの影の言葉で埋めるだけの虚空から、鼓動すらも聞こえる孤立無援の日々です、と鬱々と虐げるよりも、すべてをひるがえし、意味と君の間に緩慢な作用を生み出し、不満だけに擁護されるだけの日々に悲観は似合わぬから、似通うだけの意味を捨て去り、些細な痛みを緩和させ、寛容に物事を受け取り、簡単に受け入れぬように、安請け合いするだけに卑劣な意思は、自らのアイロニーの隘路で閉鎖的な熱情をこしらえ、横溢する瞬間に飲み込まれ、幼稚なものへと錯乱していくだけの虐げられた意思は、季節感を喪失し、自らこしらえる苦しみへと染みいる意味を観点にせずに、知恵を加速させずに、知の中で飼いならされた品位を真意として捉えるだけに、優劣と善悪の狭間で加工されるだけの法へと体系化していくだけの模造品として生きるだけに指定される義務へと発信されるプロパガンダから、オプティミストが大量発生し、大義を失い、ただ喪失感に悶える傷に集まる蛆として生きるだけに浸る現実とは、知を持たぬから、その場で這いつくばり、意思的な奴隷として、虐げられているなど、という意識をたずさえ、悲観するだけに至り、或いは、憎悪し、ルサンチマンに媒体するだけの意思的な寄生を繰り返し、腐りきったものを吐き出すだけの汚穢以上の汚さを保つ人間という哀れさを謳うだけのレイシストどものツールとして生きるようなルサンチマンに指定されるだけの日々へと不潔に加工されたコアのカオスへと混濁していく意思的な終わりへと引き返す終末論者として、論難を超えられずに、こだわるだけに、光景へと敷衍していく意識は、敷居を高くし、何かを卑下し、悲劇へと陥れ、虐げるためだけに従え、弛緩するだけの規律へと敷衍していく意思的な拗れから、動機は白昼夢をさまよい、妨げられるだけの形あるものや、価値観に引き込むだけに至らせる俯瞰は、悲劇を算用するだけの計算的な馬鹿者として、体たらくな自己に落胆するだけに浸るような空間的な悲劇を加速させるだけの遊戯を繰り返し、遊離する自己は、ただ高尚すらも掴めず、ただ高次に浸るだけに選民思想的な記号化された暗鬱な人間性が、制度をふやけさせ、済世を求めずに、ただ短絡的な破壊へと至らせるような信仰的な破壊へと排斥されるだけの人間的な哀れみに加工された同情へと浸るだけの正義が、偽装を繰り返し、悪を捏造し、状況を悪化させるだけに至るような規律ばかりが、今を距て邪魔をするならば、自らを鉄槌として育て、惰性な意思や意識を壊し、新たに進むべき道を、何度も作り続けるような者であり続ける。

2016年9月21日水曜日

浮揚


 君を呼ぶ声が、遠くで思いを忍ばせ、馳せる思いを昇華させ、ささやかなしあわせなどを流動させ、本質的にねじ曲がるだけに、対象を歪ませ、慢心へと誘い、漂う痛みへと散逸していくものが、風雅をたずさえ、鮮明な過去に酔いしれるだけの散漫な輩と対峙し、モラルが同化するだけに放たれる意思的な形式に迫るまがい物の感情や、憤懣をたずさえ、エゴイズムへと浸るだけの言動にひっつく加減が、冷厳さをたずさえ、シンドロームや、恫喝されるだけの景色や、緩慢な意識をたどるタオイズムや、体制的にこびりつく諦めのムードや、前衛的な意思を持たずに、ただ体現されるものへと去りゆく形状や、軽減されない痛みに内服されるものを誘引する何かの悲劇に乗じる運命的な加速から、懐疑的な日常に迫る慟哭や、動機を損ない、たじろぐ意識は、大義を失い、対価を求めるだけに、用いられる言動に支配され、理屈を捏ねるだけに願いは、舗装されずに、ガタガタの道を走り、破壊的な情事に世界は、滅びを謳いながら、たゆたう物語へと互いを咎める意志的なロジックに沿うように動くゾディアックや、レジスタンスや、乖離する心情と、コミュニストの群れが愚考を重ね、呼応するものを何でも平等へと巻き込み、森羅万象を打ち破る元凶や、攪拌される猜疑心へと至るだけに、訝るだけに浸る恒常的な痛みへと這いつくばる化身や、契機を重ね、かじかむ論理に敗北感を授けるだけのあいまいな答えに、マインドは支配され、毎日のデータを加速させるだけに、足かせをはめ込み、ステレオタイプな者を生み出すだけに至る普遍的な描写に迫る出来合のものへと加工される品位から、倫理とは、軋轢を自己に加え、自我を生み出し、たたずむ意識を解体するだけの病理へと加速し、すべてを病とあやまちで埋め尽くすだけに、償いを求め、デカダンへと加速し、緩衝すべき自己と自我との間に、愛などを用い、怠慢な毎日に激動を授けず、ただ苦悩を用い、高揚感すらも失い、義務的な要素や、供犠を重ね、ねじ込まれる死をも超えられずに、生きる事を動作として受け取るだけに、広義に解釈できずに、ただ狭い価値へとカタストロフを告げ、償いを求めるだけに、購い続ける意思は、自らの罪の意識に酔いしれるだけで、出来合のものを愛し、物質的な余裕を求め、価値へと沈み込み、時代へと乖離するだけに、理解を含まず、不満を忍ばせ、その場の雰囲気に生きたいと願うだけに、根絶やしにされる神経回路や、独善的な日常の独裁者として生きるだけに思考を権力だけで染め上げるだけの、退嬰的なメルヘンを徘徊する破壊的な魔女や、リソースを互換するだけに、競い続ける真理は、保たれる均衡を破棄するために、自らを水増しし、自らを崇める事で、枢要な事実を打ち破るような論理を手にし、抵抗すべく、すべてを述べられたものとして受け取るだけの体系的な権利に反し、自らが生み出す力に寄りかかるものを振り払い、悪意が充満し、充填するものも、本質を見失い、磨いてもとれない汚れを含んだ不具合から、喪失感を漂わせ、対比されるものへとおののき、演技を続けるだけの理想から、競う価値へと至らせる痛みに配備される悪趣味な記号へと仮想するだけの真偽にもとづくエゴから、永劫回帰していく先々に得るものも、用いられたものに過ぎない蠕動を繰り返し、大きな動きへと至らせるような毎日に、機械的な流儀が迫り、流動する意思は、虐げられるほどに、強度を増し、自らの力へと帰還し、関する間に浪費するだけの観念に、安寧なものを授け、哀感や、悪路をたずさえる心境や、蜃気楼を超え、心情に逃避していく物陰も、溌剌と帰結すべき場所すらも求めずに、崇高な意志をたずさえ、互いの力に反し、自らの意志だけが、異物感を取り除き、漂う力として、ただ互いを咎めずに、自由すらも求めぬ先に現れる幼稚な観念を退かせ、知る権利を用い、思考停止に至るだけに浸る意味へと加工されるギミックから、理想は、供給される罪へと分断される意思的な苦悩から、ノウハウを受け取るだけに、能動する事を忘れ、ただ受動的に行うだけに浸る原理にもとづくエゴへと加工された倫理を信仰し、信じ込んだ意味に混濁していく意思は、言い分けばかりを重ね、訝る先に用いる正義すらも損ない、逸脱するだけに浸る観念的な迎合から、経路を失い、快活な意志を持たずに、虐げられるだけに至る力は、汎用されるものを愛し、ただ憚るだけに至る諦めから、蔓延る悪意へとねじ込まれる痛みへと思考を死へと追いやるだけのギミックに緩慢な差異を用い、ただうそぶく真理を信仰し、それを愛し、敬い、うらやむ限りに、奪われる観念は、確かな自己を、利己的なものの支配に預けるだけの形へと、価値を損なうだけの普遍性に整合されるだけの、ろくでもないものに変えるだけに浸る不潔さに気が付かずに、なあなあになり、平衡を損ない、偏るだけの思想に陥るのだ、と。

2016年9月20日火曜日

意思の防波堤


 広大無辺で変化も無いものが狭い価値を突き破り、突きつけられる価値に反し、躍動する意思は、約束事などは守らず、ただ強請られ揺らぐだけの観念や思考などから切り離される言動へと旅立ち、超克し続ける意志は、呼応し続ける反響から、愛を引き取り、無限性の真理へとたどり着き、小さなものとは、大きなものと、さほど違いは無く、苛む辺りから、才覚は、距てられ、惰性なものへと律動する運命へと反響し続ける音と音が擦れ合う激情や、豊かなものとは、何事にも左右されず、有する思想などは、思考停止に陥られ、落胆し、錯雑な運命へと敷衍していく意識的な端々で磔にされるだけに、自らの意思とは、疎外されるだけに至り、浸る意味へと引き裂かれる思念が、濫觴するものを織り込むだけに、定めるべき位置とは、用いられる言動に支配され、芝居を続け、つたない思いに空腹を授け、裁かれる言動や、原型をもとどめぬ間にほころぶ愛や、縫合される先々に現れる橋を伝い、たどたどしい意味に迫る虐げられた意思や、意味に固結するだけの段落へと引きこもるアイロニーや、愛惜へと服従するだけの悲しみの奴隷から、隷属するほどに、この国家というものは、哀れを背負い、何かを強制させるだけに恒常しているかのように見せつける間にも、愛憎は憤懣を投げかけ、不安は倍増し、何かを背負う事が、あたかも正しいものであり、義務に伏するだけに、退嬰的な思考を掲げ、乖離する実情から逸脱したら最後だとかいう幻想を背負うだけのギミックを自らに背負わせ、その義務に呈する者だけを信じ込む辺りから、名前へと引きずられ、悲観するだけの制限から、生命とは、愚行へと至り、浸る精神的な依存性が、制度を浮揚させ、最たる意味を疎外された答えから、最愛のものを損なうだけに、いたずらに増えていく憎悪だけが、現在に懸隔を生む。産み落とされた原理へと敷衍していく意識は、邂逅せずに、ただ短絡的な領域に、互いの分岐点を与え、弛むだけの心情へと齟齬するほどに、飽和へと陥り、何かを埋めようと錯乱するだけの欲動から、動じるだけの精神は、既存のものを信用するほどに、飽き足らないものを追い続けるだけの悲観へと陥り、自らの緯度を狂わせ、定理にもとづく判断から、半減していく意識的な飛揚から、翼賛されるだけの物事を低劣なもので埋め込むだけの欲望的な何かが、金塊を生み、心の貧困から生み出された貧寒な欲望から、悲観していく精神は、既存のものを信条に、従事するほどに増す快楽が、マゾヒズム的な適応へと俯瞰をせめぎ合わせるほどに、あいまいな感情へとがんじがらめになり、一切は、恒久的な不幸をよぎられ、ナイトメアを見せる限りに乾いた精神は、律動せずに、輪唱する神話へと偏り、自らをカタストロフに追いやり、遅疑を繰り返し、頑迷固陋に至るだけに、変化しない善悪や、昨日に現れる懸隔や、単純協業へと朗唱される真実と怠慢な現実に退廃的なモジュールを大量生産する過程にモラルが輪唱され、距てられる一生に背反すべく、すべてを、捨てるという意識すら、反する事に至らぬから、至らぬ愛とは、破壊に陥るだけに浸る現実へと恒常的な腐敗をモチーフに、観点を疎外させ、最愛のものを失い、喪失感にゆだねるニヒリズムが、誇張する一切合切に正論は無く、ただ俯く加減に果てるだけの心境は、永久に結ばれずに、この内面的な普遍性へと陥る先に用いられる悪意へと根源を移し、生存する事を否定され、貧寒な意思が用いる権利に根ざした古びた意味を買い取るだけの欺瞞から、懐疑的な日常へと発散されぬ純真無垢な命は、居心地が悪く、構築されるだけの規律へと律するものだけを信じ込むだけに、心理的なものに陥り、見知らぬ病の名前を背負わされ、細分化される意思は、気質を用いられ、性質へとゆがめられ、誰かの正常さを、背負わされる事により、病気という義務を孕まされ、配膳されるだけのものを食し、廃棄処分にされるまでの長い道のりを能動せずに、受動的に受け入れ、偏る思想が、どこかに行くことにより、未熟な意思を正論へと変え、正義を、自らに背負わせるだけに、体系的な義務へと陥り、用いる権力が、モラルを打ち立て、互いを恨むだけに、前衛的なものを損ない、そこかしこで戦争を生み出し、すべてを憎悪の構築物や、増幅するものを模倣したり、模造品を氾濫したりしたキャピタリズムが施したもっともな快楽の傀儡として、指定される義務へと陥り、横暴な思念は、やがて反復する憎悪へと飲み込まれ、自らの意志などは、瞬時に損なう。

2016年9月19日月曜日

狂騒


 ぶかぶかの感情を脱ぎ捨て、つたない意識を飽食するだけに、短絡的な理由に支配される気配は、緊迫感を伝え、つたない意識を案じるものも、もどかしく虐げられる一切に転嫁していくだけの痛みを加速させ、足かせを世界にはめ込み、境目を用い、すべてを破壊するだけに至るような闘争から、倒錯する現在に来す意味も、機械的な論理に攻め入られ、論証する暇も無く、肥満化する意識は、課せられるままを愛する事に疲れ、つたない意識に遅滞を重ね、気配を損ない、そこかしこで苦しみを増加させ、羽化させるべき自分も、世界という熱いスープの中で溺れ、悪態をつき、罵るほどに、整えられる精神は、軽薄なものをたずさえ、腐敗するだけに至るような世界に根源を置き、焦げ付く衝動は、行為に引きずられる摩擦により燃え尽き、償いを求めるだけの心因に炸裂する痛みのモデルケースとして、心療内科などで売買されるのだ、と妥当な位置に用いる一縷の望みも、生きるための創造を用いずに、ただ行動として認識されるだけの操作を受け入れ、情報へと倒錯し、等差を求め、等位に浸るだけに、自由や平等などを謳う魯鈍な革命家から、抵抗運動は、忿怒を掲げるばかりで、バランスも保てずに、用いられる権力に反するばかりで、自分たちの内部でひしめく権力に牽引されるだけに認可されるものも、物々しいものに虐げられ、支配下に置かれ、応じるだけの答えを受理するだけの低劣さ、と慢心を重ね、体裁ばかりを気にしては、対比される事で模倣する意識は、葬られる先に縫合されては、些細な出来事に強固なものへと成り代わり、ナショナリズムなどを流動させ、盗用されるだけの意味へとダイナミズムを重ね、模倣するだけの意思は、アナクロニズムへと陥り、ヒステリックに倫理で爪を立て、建て前を牛耳り、じり貧な自らの精神を維持すべく、すべてに敵対し、敵愾心を燃やすだけの憎悪を培養し、関与する間に体たらくなものを吐き出し、差し違える意思は、履き違えたものを信心し、信じ込むだけに退嬰的な苦悩を吐き出し、兌換される資本的な驕傲さから、錯覚していく痛みに超克していく先々に逸脱しては、いくばくかの可能性をほとばしらせる。排斥されるだけの真実を信仰する先々で低劣な支配を受け入れるだけの隷属する主事たちは、自らの力を基本な資本とせずに、世知辛いものを受け入れ、世を、世として受け入れるほどに、自らをカタルシスへと至らせずに、痛む意識が、マゾヒズム的によろこぶための脳内に送る抑圧を受け入れられない未熟な精神は、反抗心だけをたずさえ、達観せずに、互いを恨むためだけに体系を用い、互いを競わせるほどに、帰巣すべき愛を知らず、ただたちまちに現れる苦悩ばかりを処理する乖離した実情に馳せる意識的な汚穢から、応益を求めるばかりの欲望が波及し、幼い意識は、いじけなく、同じものばかりを愛するだけに、互いを競わせ、機械的な道理に派生していく意識的な汚穢を清めるべく、博徒として生き、破壊的な道理に理性を失い、リセットされる先に最たるものも無く、戻るだけの意識的な退化から、対価を求めるだけに意識的な地下に降り立つ価値との対話を終え、猥雑な意識が察知するだけの卑猥で低俗なものを育てるだけの惰性さに、境目は用いられ、破壊的なナショナリズムへと成長し、何かを否定するだけに足蹴にするだけに至るような悲観的なものに浸るだけのメランコリーを所持する依存的な精神が用いる敬神から、懐疑的な日常に迫るアナーキーな錯乱から、錯雑な観念に押し売りされるだけの愛にもとづくセオリーを紐解き、散漫な意識にモラルを用い、吐き出す意識が兌換するものを信仰するほどに、保持し、補足されるものを愛するだけに互いを咎めるだけのリベラリズムが進行を阻害し、咎めるだけの意識は、啓示を求め、さらなる信仰の奈落へと陥り、応じない神に対して、祈りが足りないのだ、と群がる先にお布施を続け、ふつつかな自己を処理できずに、ただ対象とする神に責任転嫁させ、転換される価値に鍵を渡し、自らを飢渇させるほどに、カタルシスへと至らせるだけの祈りがトランス状態へと持ち込み、快楽へと変わるだけに至る情事に命じるだけの報酬系の快楽に用いられるドーパミンが何度も脳内で羽化する蒙昧な意識に戻るだけの折檻を受け入れ、仮死化する意識が、淘汰される海馬から、過去が敷衍し、普遍的な日常に軋轢を加え、適任するものなどは、物事の認識を怠る愚かさに気が付かずに、己の愚行や、愚考を正さずに、誰かを恨むだけのルサンチマンにならないために、寛容であるべく、ベクトルは、善悪を用いずに、ただ一途な創造性だけに預け、暴かれる現在に来すものを恨んでいても、恨みとは、その場で媒体するだけに、己に対して影響を与え、ただ互いを咎める以前に自分にとどまり、自らを恨む事を、対象にぶつける事に至る。

2016年9月18日日曜日

輪唱する真理


 生きるとは、華やかなものだなどと伝える感覚から、運命的な邂逅を目指し、疎外される観点から飛び立ち、幽遠に蔓延る悪意などを織り込まれるものを昇華させ、レジスタンスへと変化していき、反抗心ばかりが育てられ、惰性なものから氾濫する意思的な汚穢や、忿怒を重ね、媚態を蔓延らせ、有する形に価値を授け、与えるだけに、膠着しては、支配的な何かや、なあなあのままに生み出されるものを踏み台にし、前衛的な過去から固結していくだけに、光景は、やがて薄明をたずさえ、天空を仄かな光りで彩り、不潔な観念を消し去り、関係へと浸るだけに、悲観する思いを蹴散らし、散漫な意識に乖離していく思いは、時間を超え、寂寞へと浸る観念が、軽薄な思いを超越し、長じる運命は、動機を超え、やがて溌剌とした観念をたずさえ、渺渺たるものが普遍性をまくし立て、敷衍していく思いは、諦観を超え、攪拌される先から放たれ、介在する意識は、退廃的なものを疎外させ、世界を自らの意識で染め、空白を埋めるだけの快楽へと移行するだけに、純利を求め、追い続ける意識は、陰鬱な消耗品として、証拠も残さず、傷痕をたずさえ、事情に重なるものが、事象を奪い、空間的に加工される闇や、勇躍する隙間に課せられる思いなどが、横暴なものをたずさえ、世界性からエクソダスし、エンコードへと変わるだけの感情が、損なわれるのを、離人的に傍観し、膨脹する意識は、主が思うものを信じ込むだけに、逍遥する先に定理を結ぶだけの無数の意思を高揚させ、凍える意識は、言い分けを重ね、堅持する意思は、虐げられながら、長い歴史に重なるだけの物事を信心し、信じ込む先に神を作り出し、差し替えられる思いは、軽々しい信仰を掲げ、かさばる思いへとフォーマットされる信念は、ねじ曲げられた思いを重ね、加工される義務や、偶感に迫る、空間的な排除を受け入れ、経過するものや、思いに加算されるだけの数を愛し、かかずらう意識は、抵抗を止め、締結していくだけの意識へと交換されるだけのものを信じ込み、迎合されるものだけを信じ込み、誇示する意味や、拗れる後先に終末論をなどをつなげ、伝う意識は、模様を作り出し、償いを謳い、奪われるだけの意図へと退嬰的なものを瀰漫させ、不満足を用い、自由で理由を奪い、希望を損なわれ、生じる由縁へと離脱しては、散漫な意識は、緩慢な思いを所持し、収斂されるものがやがて罪の意識を重ね、加工された義務へとさらわれ、些細な出来事に清めの歌などを歌い、退廃的な意思をたずさえ、散漫な意識は、欺瞞をたずさえ、さらなる信仰を重ね、互いの距離に呪いを重ねる。同族嫌悪へと至る今から、瀰漫していく不満が、不幸などを謳い、退廃的な互いの意思から統合されるルサンチマンに隷属するだけのニヒリストの大群が、愚考を重ね、感化されるものを信心する間から、情報に咎められるだけの低劣で貧寒なものが打ち出す真理にもとづくエゴイズムが、ロジカルな闇を放ち、悩ましい思いを虐げるだけに従える意識を信仰するものだけを真理として崇める。あがなうだけにあらがわぬ意識は、印象に統合されるだけのものを境目として考え、課せられる思いに運ばれるものを受け入れずに、迎合されぬ意志だけが、正義と言えるし、そこに正解を持たぬから、用いられる善悪に荷担せずに、自らの意志だけで描くものだけが、本質を生み出し、世界を正解だけでもとづくものと判断せずに、止めどなくあふれるものは、ふれあうほどに、互いを咎めるだけの理想を強調し、驕傲な態度で対応するだけの対抗から、互いを咎める理想へと競うだけの希望から、膨脹する憎悪から、増幅する真理にもとづく答えへと後退していく意識は、退行するだけの精神へと押し流され、淘汰されるだけの結末が、代償を求め、対置するものが、慟哭へと誘い、退廃的なものを重ね、快癒せずに、ただセンチメンタルに至るだけのセグメントに流し込むセメントが、意思を膠着させ、逃げ出せぬように、石棺されるだけの痛みから、期待感を孕むほどに浮遊する観念は、元々の自由を強調するほどに、魯鈍な意思を重ね、陰鬱な衝動を孕み、ずさんな身体を愛し、伴う痛みへと侵攻していくものを汎用させ、有する価値につながれ、多くの足かせたる欲望や、譲渡されるだけの情報をまとい、自彊せずに、従僕として生きるだけに浸る原理や、権利にもとづく庇護へと運ばれるだけの意図から、逸する今に構図を用い、当該するもので締め付けるだけの偽装から、機関へとからまるだけの帰路から、カースト制へと至るだけの国家たるプロセスも終わりを告げ、幼い人間から、幸福を塗りたくるだけの論駁者や、論争へと浸るだけの批判的なゾンビどもや、獰猛な意思に絢爛豪華なものをこしらえ、ただ偏るだけの思想で仇討ちするだけの輩の悪趣味な意志にもたげるものが、模倣を繰り返し、自らの意志を損ない、そこかしこに不潔な流儀を打ち出し、獣の意志を従え、暴力性だけを瀰漫させ、本能で生きる限りに陰る本質は、其処で損なうだけの理由に演技を続け、贋物の価値を愛し、あがなうほどに、あらがわず、あがめるだけに浸る意識は、自分の意思などを持たずに何かを利用し、利用されることを、よろこびなどと抜かすの、だ。

2016年9月17日土曜日

形とは、今を押し込める。


 驕り高ぶるわけではなく、人が作った神を超えたの、だ。独善的な神が創り給うた罪を背負わされた、と暴力的に至るだけの、全体主義的なものに支配され、怒りに任せ、欲望に支配されるな、と支配的に至る仏教的な理想すらも、ただ、奴隷的な意識を用い、正義を謳い、悪を捏造する。あらゆる動機は、原理により腐敗し、続ける意志を持たずに、惰性に執り行ない、いずれかは、怠惰に陥り、確かな意味を見失い、訝る現在に迫る衝動に駆られ、自らの意思を失う。わかりやすいものが、作り出したものは、従い、隷従し、あらゆる不潔を濾過し、不幸へと枯渇せぬように、今を保て、などと操作し、解放を用い、自由をたまに謳い、少しの休養に欲望を住まわせ、何かを堅実に恨むのだ、と洗脳する。あらゆる価値は、いずれ破壊へと導き、間違った神を信仰し、たまに保つ自尊心や、ためらわずに裏切る度胸などが跋扈し、すべてを虐げるだけに至らせる。不躾で、閉鎖的な者が唱えるものへと囚われ、惑溺するだけに浸る快楽だけの化け物と化する前に、義務感を取り払い、自らの意志だけで執り行なう勇気を持つ。可能性は、零に等しくとも、続けるのが、意志であり、簡素で空疎な数字をまとい、倫理化を執り行うだけの価値の家畜として、与えられる餌をむさぼるよりは、よっぽどマシであるし、やがて、価値とは渇望するだけに至り、痛みに浸り、ヒステリックに至り、訝るだけに悲観するだけの絶望へと加速し、希望を見捨て、すべてを破壊するだけに営む意識は、儀式的な婚姻に惑わされ、体たらくな者へと退廃的に陥るだけの屍へと加速していく、と促すような、偏り、短絡的なファシストへと陥り、自らの闇を、他者へと重ねるだけに、得るものとは、退廃的なものであり、大概の理想を捨て去り、廃れるだけに至る感性を過酷なものへと昇華させるだけの荘厳な時折にひずむ静寂をみすぼらしい由縁で加工するだけに、夢などを謳い、用いる現実へと加工されるだけの生産型の人間へと陥る。或いは、その生産性へとアップデートされる日々に情景は、形状を無くし、罪を背負わされたフリをして、誰かに同じ罪を着せ、同じでないものを疎外するだけの幼い禁忌から、機関的なものに配属され、小さな結合を終え、断続する管理的なものへと緩衝していく官僚機構の機械として、乖離していく理解や、フォーマットされる観念や、かかずらうだけに、専横する主義や、法理に囲われ、理想を根拠のあるものだけで染め上げる事に、聡明さも無ければ、法に囲われるだけの価値などに、何の値打ちも無く、あらゆる権化とは、権力に荷担し、加工されるだけの品位を体系化し、加算される原理をアナクロニズムで染め上げ、その場で用いられる歴史に屠られる現実が、原罪を用い、生きている限りに、罪は、存在するなど、と損なうだけの価値にカスタムされた意思は、他者からの緩衝を受け入れ、荷担するだけの善悪へと是非を問い、履き違える意思は、破壊的な意味へと交換され、語幹へと食い込む暗鬱としたものが、疎外し、語弊を生み出し、誤解を生み、悔悟へと変わり、諧謔へと至らずに、滑落し、エンターテインメントへと落とし込むべき優雅でとらえどころが無い哲学へと昇華できずに、頭ごなしに否定し、頭でっかちになるだけに、すべてを否定し、述べるだけに並べる場面でアナーキーな意思を加速させ、足かせになるだけの思想へと転化していく意識的なファイナライズから、フランチャイズ化していく陳腐な理想は、思考停止へと陥らせ、偏った理想は、思考を枯渇させるだけに至り、何かを恨むだけに至るルサンチマンへと成長を遂げ、咎めるだけに浸る意思へと機関的にからまるだけの独創性の欠片も無く、森羅万象や、真理を用い、理想を強調するだけのルサンチマンこそ、自由思想を持ち、マルキシストへと至るよりも、タオイズム的に逍遥し、文化的な理想を保つほどに、バンダリズムへと至り、浸るだけの理想は、思想を加工するだけに至り、暴力的なものへと加速し、急ぎすぎた革命は、悪名高い独裁者しか生まず、屍とかしても、何かを恨むだけに是認するだけの意思は、全体主義の衆愚として働くだけの表面的な労働体として、互換されるだけの身体を多目的に突き刺し、償いを求め、対比されるだけに価値を追い求め、似たような原理を基礎として、間違った理想を追い、まがい物のしあわせを謳うだけの原理へと加工された品位こそ捨て去り、対象とするだけに緩衝しない価値を脱ぎ捨て、原理とは、そもそも、退廃するだけに他愛ないものを破壊するのだ、と謳う事から、人間とは、闘争本能をくすぐられ、麻痺した感覚は、簡素な革命へと移行し、解除されるべき愚鈍さや、支配され、操作されるだけの魯鈍さから解放されるべく、人間が作った神へとしがみつき、染みつく意思に疎外され、意志を損ない、価値の奴隷と化する。

2016年9月16日金曜日

吝嗇


 絵空事を並べ、夢遊病のように生き、炸裂する今に悪趣味なものを投下し、つがいの本能に交わる愛に似た物質も、錯乱する現在に来すイメージの塗料をぶちまけ、物欲や、難癖つけたがる互いの本質や、咆哮を重ね、粘着するだけに浸る今に浸すものも、火照る身体を抱え、加工される義務へと超脱していく意思が、寵愛するものが、悶絶を繰り返し、反芻する物事も、問答を重ね、空虚さをため込み、互いを咎めるだけに帰巣する真実にもとづく永劫に加算されるものが、悶絶を繰り返し、現象へと帰還し、緩衝し合う互いの優しさに酔いどれ、精神性から乖離し、自らの愉快さのガイダンスに従い、幸福論を押しつけるだけに、横溢する瞬間と、理想との協調に注がれるだけの普遍性や、その場に現れる不具合や、誇張されるだけのものが、物々しく迫る。生殺与奪を反復させるだけの利口なやり口が、空疎な理由をもたげ、思想を奪うだけの戦争へと陥る先に、焼き爛れた観念が、ファシズムを用い、朦朧とする意識を買い取るだけに、自らの欠如を埋め、結実さを謳うだけに、関連する状態は、邪推するだけに至り、浸る今に誇張される欺瞞を買い取るだけに、果敢に挑む意志は疎外され、齟齬する今に来すイメージが専横し、応じる答えに結末を告げ、ニヒリズムへと陥らせるだけに至る信仰から、心情は、統括され、総合的な支配を啓示するだけに浸る自己啓発的な軽薄さの呪いでもって、自らの浅薄さを呪うだけに至る仰々しさが、戦乱を強化させ、恐喝を続ける意思的な初心さに、運動的な適任から、敵意を作り出し、対照するものを追従し、打ち砕くために、慈しむ事を忘れ、我が物顔で支配へと至るだけに、絶え間ない闘争へと陥り、応じる答えに理性を失い、横暴な意思は、破壊するためだけの暴力へと至り、凡庸な獣の流儀を掲げ、課せる意味へと統合されるだけの普遍性を恫喝し、相対する意思は、相互依存するだけに浸る愛へと内情を統合させ、投棄されるものを拾い集めるだけのあいまいな自我は、緩慢なものを愛し、加工されるだけのギミックへと浪費される思念を深淵で拘束させ、広義に至らずに、大義を用いずに、求められるだけに浮揚するものを信仰するだけに、信じ込む意識は、訝るだけの現在に抵抗を生まず、踏みつけられる意思は、濫觴するものを信じ込むだけに、体系的な欺瞞へと陥り、意識的な等閑から、緩慢な差異へと落ち込むだけに至る精神性などは、誰かの意思を引き継ぐだけに、引きこもる自らの意思に足かせを嵌め、世界を奪われるだけに至らせるような悲劇へと自らを落ち込ませ、厭う精神は、汎称されるものを信心し、やがて、自らの純粋な理念でもって、自らの首を絞め、ひとくくりにされるだけの意思をモチーフに、信仰の強度は増し、共同体として生きるほどに、魯鈍な補填を繰り返し、自らの空しさを利用し、領するものの強度を増していくだけに枢要なものを捕食するだけの観念は、倦怠感を重ね、権威を用い、謳われるものへと注がれる意味を喪失していく限りに陰る本質は、自らの力に反するばかりで、背反すべき意思との調和を目指すばかりで、欠如していくだけの軽薄な身体を重ねるほどに、快楽の傀儡として、寂れた意識は、さび付いた儀式を執り行うほどに、魯鈍な意思に注ぎ込む潤滑油の役目を果たすだけの清め祓いから、蔓延る純粋さは、やがて自らの純粋な悪意に領土を明け渡し、互いを咎めるだけの理想を強調し、自らの境地に至らずに、ただ互いの意志を奪うための権力を用い、統合しよう、ともくろむ止揚から、証拠を残すだけに、統合される意思は、異物感も抱えずに、皆が皆、誰かの意思を信仰し、崇高な意志を持たずに、一絡げにされるほどに、強度は増すが、その強固な思いとは、どの行いから、何を運び、何を生み出し、何を見出すのかを知らずに、ただ信じ込むほどに、信心とは加速し、信仰心とは、強固なものになり、支配され、高潮を迎える意思は、信仰する事への高揚感を持たせる反復的な読経から、トランス状態へと至らせ、自らの快楽で、現在の苦しみを克服するよりも、今に攻め入るものに反し、相対し、従わずに、従えずに、ただ反し、自らの意思を誇張する事にエゴイズムは無く、エゴイズムとは、ただ奪い利用する事だけに重点を置き、ただ自らの利益のためだけに考え行動する事が、エゴイズムであり、ただ自らの意志を強調し、自らの意志で生起するものは、エゴイズムですら無く、ただ現れるものを信じ込むほどに、澱みは生まれ、迷いは育ち、争奪へと至り、浸食を繰り返し、えぐれた意識は、そのえぐれた部分に嵌め込むような愛を求めるばかりで、何の正しさも理解できずに、善悪を謳うばかりで、浪費するだけの観念を追従し、自らを奪うものに反するばかりに忙しく、草臥れた意識は、うらぶれ、帰巣するべき真実も、着込んだ意識で、虚栄ばかりをため込み、持ちすぎるばかりで、傲岸不遜な輩が吐き出すあいまいなアニミズムが誇張する神を信じ込むばかりで、何が大切なのかを、ひとつも分かって無い。

2016年9月15日木曜日

夜の精神に投げ込むダイナマイト


 全体主義の夜に交わるニヒリストの大群が、前衛的な夕日にとろけ、捏造される真理を侵攻し、死を捏造し、上級国民が謳う奴隷的な呪詛がなびく原理的な屍肉をむさぼる猛禽類たちが飛び交う都会から、乖離していく幽遠に響く自己中心的な愚弄から、緩衝していく世界との別離をよろこぶ限りに、私はバロック的な抵抗運動が忿怒を重ね、鍵穴に詰め込む憂鬱から、カタトニーへと至る旋律から、生態系を崩すほどの退行から、いびられる感情が、妊娠を重ね、懐疑的な論理に硬直していく夜は、憤懣を重ねるだけで、権力に荷担し、悔悟をため込み、悔悛せずに、乖離していく可能世界からの自己犠牲的な制圧から、井蛙なものが放つ性悪説から、制御不能な毎日に利便性を求め、悪態をつき、そぞろな意識の暗雲で全世界を覆うだけのペシミズムが流動し、本質を奪うだけに体系的なものに束縛され、粗暴な意志は、暴力的な思考へと定義を結び、定期的な痛みをハッキングする民は、自由を基礎に、何かを奪う事が、もっともな自由を誇張し、行為にもとづく全権を奪うべく、労働から放たれ、立場を悪逆なもので染め、聡明な時に備えるべき確かなものも、足かせに変わるだけに浸る現実にカーストを生み出し、衰亡していく意識から、定理を結ぶだけに報う価値から、カタストロフへと至り、いびつな観念へと齟齬していく意識的な終末論から、醜悪なものを大衆へとこじつけ、行為にもとづく恋々とした思いも、虐げられるだけに世界の背丈を奪い、細胞単位に放つ単調な日々に犠牲心をまき散らし、博徒と化するだけの民がうごめくシリアスな今朝に形成されるものも、誰かに束縛されるだけに、散漫な意識は、改善を求めずに、不備を謳い、不満を逆撫でし、かかずらうだけに至らせるような、このセンテンスにも、宣言を用い、鮮明なものを濁すだけの観念論へと付着するだけの正義を、犠牲心として捉え、途絶えずに続く意識は、綴る限りを解消させるだけに些細な出来事を砕身し、根幹を腐らせるだけに、制裁を続けるだけの法が、退嬰的なものを体系に、自らを有利に働かせぬように、存在する法ですらも、自らを守り、自らを誇張するために損害を与えるだけの悪に対抗すべく存在する力でさえも、今をさえぎり、軋轢を加えるだけに抑圧させるためだけに、ためらわず蔓延る悪意を欺瞞に変え、不満足を用い、慢性的な欲望を動かす機械として、希望は与えず、少しの快楽で脳内を麻痺させ、少々の罪は、快楽により、解体されるものだ、と怠惰な意識は、解体されるだけの心理にもとづく傲岸不遜なエゴの装置と化するだけの真偽にもとづく善悪に干渉するほどに、対象を見失い、誰彼かまわず恨み出すだけに奪われる権利は、嫌疑を用い、原理的なものを損ない、原因を解明できずに、回線を混濁させ、懐疑的な日常にちぐはぐな論理を用い、考えを奪うだけに至らせるだけの権利にもとづく原意を奪うだけの倒錯を繰り返し、退廃するだけに至る。完治しない苦悩は、納期される痛みに帰任するものを認可し、認識を深める限りに、深まる痛みに捕まり、つたない痛みは、退屈へと引き込まれ、悲観するだけに至り、いびつな痛みを抱え、もがくほどに、深みに嵌まり、抜け出せずに、研鑽されずに、慧眼を持たずに、ただ謀るだけの出来事へと倒錯していくだけに体系的なものに関わり、組織的なものに入り込み、身ぐるみを剥がれ、歯がゆい痛みを加速させ、蔓延る悪意を捏造していくほどに、つたない意識は、つらいものばかりをため込み、大義を失い、奪われるだけの安易なものへと束縛され、駆動する意識は、虐げられる意味と、思惟すらも無く、市街戦へと運ばれるだけの暴力的な本能は、理想を損ない、そこかしこに安易な範囲にもとづくだけの痛みへと加速し、演技を続け、誰もが、誰かを奪うためだけに機能するだけの世界を世界として認識するほどに、自らの世界とは、奪われる。奪い合うだけの原理にもとづく価値の家畜として、群像に施され、解ける意味へと形状を保つだけの規律や、法理や、数理などが、屈辱へと至らせ、至らぬ意味へと加工される欺瞞へと加速していく今に足かせを嵌められ、世界と一体化すべく、同じものを守り、同じ権利を謳うべきだ、と演技を続けるだけのプロセスに迫るプロパガンダが、普遍性を謳い、用いる自由により、強調される生産性へともとづくためだけに、欲望を支配し、買いそびれぬように、追わせるべき飴と鞭を利用し、領土を奪うために、世界をためらわずに奪うのが、資本主義的な原理であるし、変節すべき原理に備わる意味に反し、関する間に用いられるべき確かな愛も、利用させるためだけに備えるトラップであるし、金のためなら、何でもするような軽薄で軽佻浮薄な夜に形成される要理にもとづく厳正な審査などは、作られた真理にもとづくだけの魯鈍な金へと偏るだけに、勝ち誇るだけの欺瞞へともとづく意味を紐解くべく、同じ価値のあなぐらに住まうだけの価値の奴隷として生きるよりも、自由を謳い、ただ物事を捏造する浅薄な者として生きるよりも、獰猛なままで、何事にも陥らずに、短絡的な暴力に生きるよりも、革命に荷担し、権力へと偏るだけに至るだけの独裁者として生きるよりも、生きているようで、ゾンビ化するだけの日々を生きるよりも、ただよろこび跳ねるように、世界を世界として認識する以前に、私と、私としてよろこぶだけに至る今に浸る事すらもせずに、ただ互いを咎めるような理由や理屈すらも要らずに、至らぬままでも誇り高く、高次に至り、高尚へとたどり、ただ天空をスキップするような感覚は、永遠すらも捨て、つたないままでも、このままである事をよろこぶような創造だけが、互換され、交換されるほどに、昇華を続け、誰にも届かぬままに高揚し、自らの多幸感だけが、感覚すらも超える。

2016年9月14日水曜日

超克


 すべての論理の外側へと出て、内側に孕む陰鬱なものを祓うべく、旋回する意識は、行き着く場所を求めず、途絶えずに続ける意志だけが、気圧の谷を越え、演繹する隙間に敷衍していく意識が、バビロンを打ち砕き、尖鋭的な意識をたずさえ、消費されるだけの印象にとろけ、齟齬するだけに反乱する意識的な内戦から、退廃し、背反し続ける先に見つける真理も、真意を失い、まくし立てる意味に緩慢な差異を用い、惨憺たるものをたずさえ、互いを咎めるだけに痛めつけられた感情は、連帯感を求め、互いをとどめるだけに至る原理へと反抗し、行為に服従するだけに、複製されるだけの真実に散漫なアイロニーを用い、物化するものが、短絡的な死へと普遍性を掲げ、寛容さを求めるのに、こんな狭い空間であらがうだけの闘争から、倒錯する意志は、錯雑とした観念の中で措置されるだけの繁栄から、汎用される理由に観点は、疎外感をたずさえ、孤独へと浪々とうなだれ、惰性な四季へと攪拌される神経や、運命的な論争へと咎められ、淘汰されるだけに至る精神性に世界性は、閑散としていき、逸脱するものを捕らえるだけの牢屋から、籠城されるだけにカスタムされた憂鬱への軋轢にそぐう形に、用いられるモラルが、何かを憎しみ続ける限りに絶えずシンクロし、侵攻する痛みは、意思をうそぶき、敗残していくだけの意識は、指定される義務から、偽装される真理にもとづくエゴへと逃走していき、いくばくかの可能性すら吸い取られるだけに至るような誠意や成因にまき散らす偽造された真理にもとづく迎合から、厳寒な時を迎え、蝕む身体にエゴイズムが迫り、散漫な意識にもとづく整合から、外装は剥がれ、歯がゆい心情を訪ねるリリカルなものをかじかむ意思は、乖離し続ける限りにつたないものへと逃走し、当該するだけに、対等なものは謳われ、奪われるだけに増す痛みから、満身創痍を迎え、蝕むだけの言語へと示威を示す権利にもとづく運動とは、互いを咎めるだけに悲観するだけの運動へと陥り、絶えず互いを恨むためだけに途絶えずに専横される意識との対立を含み、複製されるだけの真実に仮想するものへと退行する意思は、虐げられるだけの傍観者として、互いを咎めるだけの欠如を埋めるだけの権利にもとづくものを謳い、たゆたうべき理想は、帰巣せずに、些細な事から、大きな戦争へと転じて行くだけに浸る権威へと偏るだけに至る折り返しから、王道を歩くだけに、普遍的なものとは、不潔を感化させ、自らの穢れに気が付かずに、誰かの意見が、ずかずかと入り込み、背徳へと至らせるのだ、と野良がカタルシスを沿岸へと運び、配備される意味にもとづく痛みに排斥するものが、今を専横し、有する形に嵌め込むだけに、阻まれるだけの痛みを抱え込んだ苦悩や、あいまいな今に止めどなくあふれるものがふれあい、浮動する意思は、俯瞰に迫る空虚さにもとづくものを統制するだけに、情報の餌として、或いは、奴隷として働かせるか、足かせを嵌め込んだ場面のアイドルとして踊らされるか、或いは、隘路に迫る反乱した濁流に飲まれる恐怖に蝕まれるだけの猜疑心にもとづく不安から、不協和なものが弾け、始まりに交わる記号が、共存共栄を謳い、互いを騙しながら、途絶えぬように、押し上げる理想は、虚像を打ち砕き、互いの希望へとのし上がるまで、自らを見失わずに、鬱積するものや、痛みに耐えながら、保身にもとづく、もろもろの価値に引き出される雰囲気に飲み込まれずに、こじ開ける先に、誇示するものや、利便性を謳い、何かを騙すよりも、意外性を謳い、何かを買わせるよりも、甲斐甲斐しく働き、蔓延る悪意にねんざした意識が座礁する前に、進み続ける意思的な何かを放つほどに、阻まれる意思は、季節をまさぐり、自らの詩的なものへとさかのぼり、問題に浪費されるだけの答えにもとづく矛盾した身体にさかのぼるものが、悶絶しながら、響く思いは、悲観せずに、我関せず、と監査されるだけの監視社会的なものから離れ、蔓延る悪意に転移するだけの気概を保ち、機関に蔓延る権力的な統合から放たれ、私とは、私である事を協調するだけに、感情論的なものや、環境的なものから離れ、隠遁し、淫蕩していた意識は、季節に緩衝しながら、総和する意識は、埋もれずに、愛を謳わずに、鮮血を流しながら、閃光を放ち、一瞬で意味を照らし、君を蝕む痛みを晴らすべく、孕む意志が、確かな子を産むように、うごめくものに魔法をかけ、観点に捏造されるだけのマインドにあいまいなものを持ち込み、何かを占領するだけに、戦場へと変わる毎日に告げるものも、物々しく変わり、ただ互いを虐げるだけに浸るだけのルサンチマンの終わりを告げるべく、姑息なベクトルに計り知れない憎悪を持ち込むよりも、増幅すべきは、ただ今に至るよろこびを加速させ、感じる以前に、伝うものを寛容に受け取る事が、価値を超える意志へと至る。

2016年9月13日火曜日

弔う意識の影


 無意識が生み出す絶え間ない夜に逃避行を重ね、具現化されるだけのエゴが、映像化されるだけに、迎合されるものへと偏る市民的な憂鬱が生み出す革命も、その場で抵抗すべき理由を損ない、単なる暴力へと陥るだけに至らせる契約から、荷担される税や、形骸化していく意思的な汚穢や、応じるだけの答えに兌換される価値から、プロセスは虐待を受け、センチメンタルな幼少期を形成し、理想は、供給される痛みへと弔われるだけの価値的な称号を、自らの嗚咽で組み立て、制限を用い、証拠として与えられるものを懐疑的に磔にし、朗唱される真実も、具体的なものを損ない、そこかしこで抵抗を生み続けるだけに打算がはたらき、はびこる悪意へと転移していく意識的な拘泥から、公然へと吐き捨てられる主体的なエゴが、倫理的なものを、独善的に締め付ける変わりに乖離する自己をいけにえとして、いにしえから用いられる儀式的なものへと捨て駒にされる自己嫌悪を繰り返し、自己犠牲の精神にもとづくセオリーこそが、エゴイズムの根源である事に気が付かずに、ただ自らの嘔吐を啜るだけに至るような悲劇的で劇的なエモーションを獲物にして、指定される義務へと齟齬するものが、昇華できずに、ただ自らのエゴの食い物として、犠牲を仰ぐだけの社会的な井蛙者どものアイロニーや、老獪な者が示す権力的な普遍性が持ち出す英知の欠片も無い、利己的な商売にもとづく経済至上主義的な快楽主義へと解体されるだけの移行から、行為とは、元々の純粋さを失い、ただ悪意へと転換され、旋回する意識は、ただ失うものを、動物的に求めるモラトリアムへと逃げ込み、行動を論理的にとどめずに、ただ行為にもとづく本能へとうごめく自己顕示欲や、内面的なナルシシズムの脅威が、やがて自己愛にとどまらずに、肥大化する自己愛が、窮境へと追い込まれ、安易なニヒリズムへと転換され、物事を破壊するだけでは、飽き足らずに、人の世界にまで踏み込む領域にせめぎ合う意思的な汚濁が、自分を愛するが故に、自分すらも、その汚濁に飲まれ、簡単に処理する苦悩は、自身の内外に暴力的な意思を用い、刃向かうものすべてを切りつけるだけに至らせるような強行から、競合し合う意識的な周辺には、陥るだけの闇が形成される。ただ刃向かうものとは、自身が作り出すだけに満たない巨大な影が、やがて自身に怪物を生み出し、蒙昧なままのルサンチマンは、やがてすべてを否定し、被害妄想が突きつけるだけに、自らの意思は、自らにより操作され、理想を追求する余りに、用いる思想により、すべてを破壊するだけに至るようなアイデンティティーが遅滞を生み出し、犠牲的に示す擬態化した仮の理想へと送り込まれる他者からの苦痛を抱えた、空疎な自分へと辛辣になりきれずに、ただ対象とするものへと攻撃は激化し、原生のものを破壊し尽くすだけに鬱積した利己的な自己へと送り込まれる暴力性から、根源から用いる理想へと帰巣する真理にもとづかずに、ただ浅薄な者は、短絡的な暴力で、退廃的なものへと作り上げるだけの虚偽を攻撃するだけに至るような幻想を繰り返し反芻するだけの理想へと供給される自らが生み出した贋物の価値を浄化させるべく、ベクトルは、際限も無く生み出される怒りを増幅させるためだけに、自らの激情の住処を荒らすためだけの二面性を自己に用い、異物感を抱えたまま、慢性的な痛みへと記号化されるだけの思考から、改ざんされるだけの数多の痛みへと応じるマゾヒズムに偏向していくだけの意識的な折檻を受ける仮死化した自己にもとづく恒久的な痛みへと浸りきる感情は、来す意味を受け取るよりも、自らに与えられる痛みにより、生きた心地を与えられているかのように仕向けるだけの自己へと改ざんされる自我が、時間の感覚や、空間的な認識能力すらも損ないながら、そこかしこで乖離する自己を傍観すらもしない離人的なものから、カタトニーに至るまでの規律へと拘束される論理的な敗残から、排斥されるだけのエゴへと葬られる意味に侵攻していく戦争から、専横されるだけの抑圧を受け入れる形だけの平和から、併走していく真理にもとづくエゴからあふれる世界とは、ただ外側から与えられる影響で変化するだけの退行へとすぐさま陥り、裁かれるだけの観念へと遡行していくだけに、修繕されない自己は、利己的なままに、何もかもを否定し、悲観するだけに、我関さず、と自己から離れていき、いくばくの可能性すらも否定するだけに、自らの世界をカタストロフに追いやるほどに、魯鈍なものや、ロストしていく心情が、路上で廃れ、疲れた世界へと屠られる前に、自らを正すよりも、ただこの世界に理解を求めず、自らの認識を深める限りに、つかまつる意味に捕まえられるよりも、司る意味に誓いを立てるよりも、近似するだけに、似通ったものを、違う価値でちぐはぐにしては、様々な価値へと交換されるだけの世界などを形成するよりも、自らの価値こそが、正しくも間違いであるのだ、と誇示するだけの意味に価値を当てこするよりも、自らを組み立てる意味にもとづくセオリーに反する以前に、ただ現れるものに寛容であるべきなのだ、と。

2016年9月12日月曜日

流されずに歌う者


 落ち込む隙間に現れる少しの猶予だけが、姑息なものに契を交わさず、乖離する由縁に用いられるだけの儀式的な由縁に関わるほどに、かかずらい、魯鈍なものへと陥るだけに、一途につながる思いは、分断されずに、高尚なものへと昇華し、頓挫せずに、なまけずに、阻まれずに、この場に用いられる精神性や、社会性すらも超越するような一体感を孕み、完全性へと生じる昇華だけが、裁かれるだけの統合性へと恒常的に収まるだけの普遍性へと変節をたずさえ、同義を用い、固執な由縁へと拗れるだけの意図から、厭うだけに浸る現実的な消費から、昏倒していく意識へと住まいを移し、主体性を奪われるだけに至るあやまちから、病は加速し、懐疑的でいびつな精神に磔にされるだけに至る痛みから、マインドは、分裂的な焦燥を掻き立てるだけに論理的な症状へとこすりつけられるだけの文明的な敗残と嗚咽の隙間から、改善されない病を加工するだけに品位へともとづくエゴが加速し、生じる痛みは、対比されるだけの過去や、仮想するものへと引きずられるだけに、もとづく痛みは、元々の痛みの元が、どこから現れ、あいまいな痛みを定めるだけに嬰児として生育されるのか、とリベラルな心情は、逃避するだけに至り、ただ逃げ惑う毎日は、普遍的な悪魔に犯される午後を食する擬態化した運命を傍観するだけの少々の痛みを症状だ、と感じるほどに、偏執する意識は、固執するものへと硬質な行為へと齟齬し、葬られる矢先に能動的に所持する痛みへとたたきつけられるほどに、快楽は増すらしい、と虐げられる世界へと固執するだけに幽遠に蔓延る悪意と高慢さに、慢心ばかりが備わるだけの若人の集いや、老獪な悪臭を漂わせる、大人と定められるだけの虚偽へと境目を用い、何もかもが、対立するだけに、偶像崇拝、と対峙するだけの闘争へと終わらない倒錯を用い、抵当するものをモチーフに、応益を求めるだけの闘争へと発展する最終戦争へと用いられる愛を持ったペシミズムが戦乱を業火に染めるだけに、酩酊する原理にもとづく迎合されるだけの関連に状況は、自らに鬱積するものを模倣するだけに、妄想的な観念に迫る原理的な正論や、幻想的な記号に陥るだけの超自然主義的な回路のスパイラルに陥るだけに、自らの意思とは、自然に巻き込まれ、毒されていくだけに還元される自然性に求められる調和などを、うさんくさく商売にし、それで儲けよう、ともくろむほどに、もっとも黒いものを、文明的に吐き出すだけに至るような輩は、自然を、自然として捉えられずに、囚われるだけのギミックへと変わり、自らを潤滑油に変えるべく、生活などを謳い、妨げるだけの意味へと旋回し、正解すら持たずに、寂寞へと移行する原理は、拗れるだけの意図へと打算されるものを信心するほどに、衰退化する意識的な情理にもとづく遷延な価値に紐解かれるものも、ひからびるだけに至り、レッテルを貼り、そこに価値を用い、同じ値段でも少し違うものを生み出すだけに大差ないものを生産的に奪い合うだけの対立を生み、利便性を用い、腐るだけの意図や、移動するほどに、自らの傲慢さに裁かれるだけに至る。期限を用い、物事を制定しようと迫る用途から、容態は悪化し、悪性の腫瘍を抱える権力的な主体は、開示されるものを信心させるべく、ベクトルをひとつの権力に集中させるべく、脅しを続け、恐怖を煽り、傲慢な意識にさかのぼる提言が、現前を奪い、すべてを破壊し、焼き尽くすだけに終える。意識的な傲慢さが、差額を求め、轟然と迫る意識の音と音が散漫な意識を掻き乱し、光年を超える速度で、考えとは、脳内を循環し、懊悩な意識にもとづくだけの凡庸な快楽へと移行するだけに成立する答えにハミングする位置から、一途なものは、阻まれるほどに、燃えるような動作を含ませ、快楽の傀儡として制定されるだけの論理にもとづくだけの答えの代償として、自らに痛みを蔓延らせる。物事の純度とは、純然たるものを手繰らずに、ただ手に取るほどに、荷物になり、担うべき意味も重荷に変わるのだ、と妥当な快楽とは、今に逡巡するものを信じ込むほどに、魯鈍な価値の家畜として、指定される欺瞞を用い、求められるほどに固陋な意識は、入り浸る闇へと落ち込み、色あせるだけに、様々な仕組みを知らずに、ただいくばくかの可能性を信じる事を知らずに、ただ用いられる価値観に浸透するものから、孤立しないように、もがくほどに、孤独感とは増していくのであるし、孤独を知らずに、何かを超える事はできずに、孤独であるからこそ、君の行いとは、君自身が正す事ができるの、だ。

2016年9月11日日曜日

意識的な跳躍


 静謐な預言を繰り返し、弔う行方が、中空をさまよい、具現化されない思いが、定める月日へと昇華し、逍遥する意識は、背負い込む意味を分裂させ、はどめもなく暴れる権力が遂行するだけの短絡的な思いに摩耗され、間違いを改めずに、鈍磨で貪婪な思いを加速させ、行いに足かせを嵌め、世界を奪うだけに至らせる原理へと陥らせる間にロマンは、衰退を呼び込み、踊る意識が轟然とうなり、現実に消費されるだけの季節に感応すべき情感も損なわれ、そこかしこで浄化させるべき意識も、阻まれるだけに至り、退嬰的な論理に消費されるビジネスライクな意識が、無様なものを形成させ、形骸化する意識は、つたないものを逆流し、攪拌される半径に用いられるギミックや、行間にひしめく簡単な理由に流動していく意識の狭間へと陥る言葉の数々が執行する論証や、認識を深めるほどに、不満げな様相へと健気さを爆砕させ、万感にひしめく論理的な恒常性が、迎合するものへと消費されるゲートをくぐり、消費的な余韻や、生産的なあやまちへと現状は、消費されるほどに、些細な理由ですり減り、平行線をたどるだけに、たどたどしい意識は、虐げられるだけに至る原理へと失速し、心象に捌け、契合されるだけに浸る意味合いに季節感を奉納し、儀式的ないけにえとして、自己犠牲的に捧げる磔に処される身体を傍観する精神的な暴走から、離人症的に乖離していく関係に施される無感覚なあやまちへと加工されるギミックへと油を注ぎ、回転を良くさせるほどに、些細な出来事へと押し流され、瓦解する意識は、解除される事を望まず、ただその場で履き違える意味の奴隷として働く事を余儀なくされる事をよろこぶというあやまちを自らに与え、それをよろこびに変えるような価値で、自らを騙すだけに至らせるのが、この資本主義的衆愚が生み出す哀れであるし、生まれる政治も、国家がなんたるかを知らずに、ただ主権を握るほどに、自らの権力の傀儡としてうごめくだけに浸る現実へと排斥されるだけに至る自らを、嵩ましするだけに高まる独裁的な主観は、収監されるだけに葬る価値へと律動していく意識的な補完や、縫合される価値との対立や、体制へとこびへつらうだけに、広義のものを失い、物々しい意識は、思想に従い、虐げられるだけの価値へとすなどるだけの理由に論証されるものを頬張るほどに、舗装され、補足されるだけの意識は、立憲に反し、阻まれるだけの法に囲われるだけの意識に用いられたモラルこそを、見直し、法を建て前に、奉る意識を暴走させるだけの国家主体で主導する法を操作するだけの暴走をとどまらせるべく、金に権力を持たせ、金による行使を終わらせるべく、その人間的汚穢を浄化させるよりも、法により、強固な意志を生み出すよりも、自らが法として、周囲を加工するだけの張りぼてのモラルにへりくだるよりも、平衡を用い、中庸で濁す紐帯を用いずに、ただ対立するものの、平衡を保とうとする限りに、疎ましい戦争は、占用と専有を用い、独善的なモラルが用いる独占欲に適応するだけに孤立する意識に対立を続ける疎ましい現実に鬱々としたものが巻き込み、背く意識は、配膳されるだけの過去を貪婪に食するだけの精神的餓鬼として、生産的に持ち出される言葉を処理するだけの情報の犬として、胃腔に詰まる自らの吐瀉物たる大義を抱え込んだけに唾棄すべき意味も、意思的な何かに詰まるだけにつたない意識の異物感を抱え、課せられた意味に世界を閉じ込め、その世界へと引きこもるほどに、自らの強固さは、既存の世界から疎外されるよろこびへと深まる限りに可決しない理由は、嗅ぎつけられるだけに補足される理由を、普遍的なものとして受け入れるだけに、形あるものの悲劇を加速させ、受胎する各地の苦悩や、その苦痛を産み出す母たるものが、大利を用い、何かを騙すだけに至るビジネスへと苛立つ意識的な革命家たちは、やがて自らの暴力性に気付かずに、ただ果たす理由の独裁者として、よろこびを踏みにじり、幸福と自由を謳い、討議せずに、ただ迫る苦痛を取り除くべく、深まるベクトルは、卑しい信仰へと加速し、懐疑的な意識は、ただ阻まれるほどに、保持する意識を魯鈍なものに変えるだけに、物語に迫る軋轢にあいまいな毎日を仮想するだけに日々に普通と呼ばれる監獄へと入れられ、番号で呼ばれるよろこびへと朗唱されるだけの駄作の自己を、便利なものだ、と物質的に謀るだけに、体系的なものに関わり、課せる意識は、村の意識を用い、小さなコミューンから排除された最後、戻る場所を求めるだけの精神は、孤独を恐れるばかりで、自らを超える事を知らぬから、その場で排除される恐怖に追われるばかりで、正しさに誤り、ただあやまちばかりを増やすだけに蛇行する意識は、何が正しいかすらも、見ようともしない。

2016年9月10日土曜日

継続する意思


 森羅万象になびく髪が、うたかたの記憶をくすぐり、深い深呼吸が、偶感に冷めた感情を巻き込み、がんじがらめになった記憶を担うだけに、分裂的な過去が迫り、狭い世界に深まる記憶が、慢性的な痛みを孕み、復元される過去から、高潮していくものが、多幸感を授け、一体感へと誘い、体感するものとは、ほとんどこなごなになったものを復元しよう、ともくろむだけに進歩は途絶え、絶え間ない痛みを吐き出すだけの苦悩や、空疎な理由に憤慨するだけの、いたずらな時に比するだけに、貧する価値へと急降下し、高揚感を忘れ、誘われるだけの過去の形へとよがるだけに、独善的な睡魔に襲われ、応じるだけの答えに引き寄せられるだけの答えへと偏る隙間に、価値観に屠られるだけの形あるものの恒久的な不安定さや、創造性を持たずに、俗物として生きるだけの価値へと葬られる闇の側でカタルシスを促す淫蕩な世界の保持者から、衰亡するほどに、貪婪な餓鬼へと変わり、勝ち誇るだけに、貪欲なよどみを用い、用いる正義や、物質的な猶予にひしめくものへと偏るだけの邪念を用いるだけの僧侶どもが徘徊するよどみへと陥るだけに、横暴な支配の速度は増し、正解は、用いられる犠牲により、世界を形成しているのだ、と妥当な位置に用いられる意味に苛立ち、騙されるよりも、さまざまな思惑がぶつかり、体現されるだけに、些細な怒りを飛沫させるよりも、要するものへと跛行し、瓦解する過去を引きずり歩くよりも、あいまいな今に悲嘆を重ね、暮れゆく季節の心音を聞き滅びる瞬間の静謐へと諦観するだけのペシミズムへと移行し、自らのダイナミズムを、水の泡に変えるよりも、かいがいしく迫る季節の変わり目や、悔悟をため込むだけに昇華も求めず、自らのルサンチマンを加速させ、過誤を用い、恋情へと誘う寒さへと侵攻していく意思的な終焉に巻き込むだけのデカダンスが、絵空事をため込み、恒常的な倒錯へと陥り、高次の意思を持たずに、意見を重ねる事に、自らの汚さの機械的な運動により、気概を損ない、勘違いを生み出すだけに浸る退嬰的な意思は、保守的な理想を積み上げるべく、罪のゲートをくぐり、傀儡へと変わるだけの観念論的なグロテスクさと闘争するだけに浸る現実的な苦悩に迫るテクノロジーの呪いや、ロジカルな戦争へと嘔吐を繰り返し、利己的な周波数や、習慣的な監視へと迫る仮死化している未来に貧寒なものを抱え、勝ち誇るほどに、魯鈍なものへと成り代わる苦悩から、寂寞に孕む懶惰な価値の家畜として、虐げられる理想から、同情を用い、理想に供給されるものを分離するだけに、分断された苦悩は、境目を用い、再開を求めるほどに、自然さは損なわれ、そこに邂逅を用いぬから、真理がなんたるを知らずに、懶惰なものを抱え、寂寞へと浸るだけのデカダンスに陥り、その退廃的な儚さに用いられるモジュールの一部と化し、機械的な憂鬱へとシンクロするほどに、魯鈍な価値が用いるカタルシスのようなものへと騙されるだけに、泰然と物事を捉えられずに、焦りばかりが進行し、行為にもとづくセオリーに悲観するだけに陥り、自らの落ち度に攻め入る魯鈍なものが、支配的に迫り、内戦を企て、惰性な闘争から、終わらない戦争へと陥るためだけに、ためらわずにぶつかり合う衝動は、絶えず利己的なものを用い、応じるだけの答えへと世界を引き渡し、自らを退行させ、生後から可決している命との割合に葬られるだけの価値イコール利己的な心情に浸るだけの構造的な排除を受け入れる疎外感に来す孤独への恐怖掛ける何かの端々に迫る自らの遅効へと引きずり込まれるだけに惰性なものを進行させるだけに迫る世界へと気丈に立ち向かう事を恐れ、自らを韜晦させるだけに至らせる精神の殻へと格納される自己嫌悪を肥大させるほどに、自己顕示欲は増していくという矛盾への進行を捉えるべき是非も、前提とするものを損ない、そこかしこに用いる偽善的なものが、独占欲を孕み、独創性を損ない、創造性を破壊するだけに至らせる悲劇から、攪拌される猜疑心が、詐欺まがいの商法で迫る論理的なプロパガンダが迫り、路頭に迷う事を恐れるだけで、何ら生きた心地もしないままに、ないがしろにされた生命を卑下するだけに卑賎な意思を吐き出し、履き違える意思は、掻き乱されるだけに痛みは増し、慢性的な痛みへと変化し、偏向するだけに至るだけに、体制にこびへつらうだけに悲観していく生命は、原始的なものを失い、損なうだけの凡庸さに偏り、普遍性に偏り、不潔なものへと陥り、不感症的に傍観するだけの快楽的な麻痺から、毎日に損なうだけの実情を痙攣しながら、爆砕される過去に抗い、勝ち誇る事で、何かの満足を引き出すほどに、引きこもるのが、この命であるのだ、と妥当に綻ぶ意思が、滅びを謳う事により、自由を利用し、希望を損なわせるべく、謳われるだけの自由へと偏り、自らを、自らの手により滅ぼす。

2016年9月9日金曜日

深淵に潜む愛


 古代の宗教は、未熟なままに、母なるものを信仰し、自然を崇め、野蛮な精神は、ただ邪魔するものを、本能のままに殺めた。現代の宗教は、父なるものを、未熟なままに愛し、短絡的な暴力を推進し、誤った理想は、間違った思想を孕み、ただ男性的な本能で、破壊の限りを尽くす。啓蒙するに至らぬ知などは、知識をひけらかすためだけに、ためらわずに利用する価値を生み出し、正しさからは、外れる。ただ正しいものにすら、虐げられる精神は、やがてルサンチマンに変わり、代わる代わる敵を作り、敵対心ばかりを、増幅させる。夜との会話。夜は、おしゃべりだ。ますます虚空になびく歌声は、ぬらりと迫る生ぬるい風に包括される。甘美にほどける空間にまとわりつく身体と身体の濃淡に消える呼吸、森羅万象にほどこされる高揚感と立体的に現れる同一化から、依存的に崩落する退廃的なモジュールや、悶絶する空間に歯がゆく散りばめられる純真無垢なメルヘンと、偏頭痛がほどこす憂鬱が、静謐な夏の夜に似つかぬものを、放射する。一途な身体は、地図を捨て、掃き溜めに溜まるエゴに混濁しながら、己の煉獄に帰還する。アンバランスな思いを掲げ、倒錯する理由が、清流を下り、純粋な理想に擦り寄り、栄華を超え、口達されるものに反し、言葉にされる前に築くものが、理論を超え、白昼夢に注がれる代理母的な論理が、姑息な支配を告げ、死は、超えられるべきものの前に立ちはだかる恐怖に至るだけの体系的な生命を補足するだけの、体系的な言葉の呪いであり、死とは、超えるべく備わるものであるし、死しても尚、備わるものに交わり、滞る事無く、届くだけの意味に響き渡る意味に足るものを与えるだけに得るものを儀式的に昇華させるだけの死を乗り越え、儚い生命に瓦解するものが、果敢に挑むべく、居心地を与えるだけに十全とした生へと帰還し、生きるだけに問い続ける死へと離れ、はびこる悪意に注がれるだけの可憐さに、連動する意識が、思想的な根源に焦げ付き、ヒートアップする意識的な怒りが高圧的なものに拘束し、凍える景色や、形式的な行為にもとづくセオリーに迫る疑問符や、轟然たる意識的な波動や、羽音が迫り、最たるものを破壊するだけの武器を用い、問答する意識を瓦解させるべき答えも持たずに、ただ立場をひるがえすだけの神経的な回路に排斥されるものが、爆砕され、惨憺たる意識に見損なうだけの陰りを生み出す本質から、震源地をまさぐる光景に迫るセンチメンタリズムにせめぎ合う価値観などが、理想を破壊し、ただ用いる希望すらも破壊する孤独を知らぬキャピタリズムに毒された独善的な歪んだ思想こそが、もっともな破壊を生み出し、継体するものへと破壊される掃きだめへとエゴイズムを加速させ、構造的な排除を繰り返すだけの混同する意識から、暗澹たるものを加速させ、懐疑的な論理を拘束するだけの暴走を繰り返し、汎用されるだけの意識を飛ばすだけの異質さを掲げ、仮想するものを閉じるだけの孤独へと帰還せずに、ただ干渉するだけの管理下へと置かれるだけの関係へと継続するだけの体系へと関わるほどに、恒常的な拘束を繰り返すだけのサディズムが生み出され、絶え間ない暴力へと加速する大衆的な論理が、抑圧させるだけの普遍性へととりとめの無いものを重ねるだけの道理へと憩いながら、長らくにせめぎ合う延命するだけの命などは、同化するほどに、補填される痛みと同一化するだけの病を作り出すだけに浸る原理に集められた痛みをコレクションするだけに至る獣的な憩いから、異物感を抱え、対象とされるだけの関連性から離れ、自らの位置に意味を用いるだけの倫理から放たれ、自らの意思だけで陰鬱な衝動を超えて、冷然とした意識を用いる果てに見出すものが、体制を越え、貸与するだけの意識的に釈然としない主体へと課せられる税から放たれ、自らの意思だけで、生じる優しさを知らずに、無神経に迫る軽薄な論理から放たれ、度重なる恐怖へと利己的な支配を受け入れるだけの毎日から放たれ、見過ごすだけのやましさや、やかましく虐げるだけに平らげる貪婪さに退廃的なものを抱えるだけに有する価値にカタストロフを用い、肯定的に乗り越える事を知らないで、ただ互いを咎めるための魔法を唱えるだけに、なぞるだけの意識は、陰鬱なものを重ねるだけで、何ら答えを乗り越えられずに、与えられる意味に、用いられる位置へと移動する事や、そこに杭を打ち、その場から離れられずに、拘束されるか、やがて監禁されるためだけに、自らの心身を差し出し、やがて儀式の生贄として、よろこんで自らを捧げるだけに至る供犠に参加するだけの散漫な意識とは、用いられるモラルに従うだけのマゾヒズムへと加工される品位に用いられる普遍性に締め上げられる意識は、物事の確かさや、正しさの意味すら知らずに、ねじ曲がったものを信心し、そこに現れる価値だけが、正しいものだ、と扱う事の低劣さに気がつきもしないの、だ。

2016年9月8日木曜日

傷痕


 物事に澱みを与えるだけのネガティブな亢進が綴る意識的な怨恨が、コード化され、呪縛するだけの感情に虐げられる主体へとからまる構造的な排斥から、群像へと解けるだけの感情が、解除を求め、短絡的な暴力へと陥るだけの隙間に現れる忿怒とあらがうべく、意識的な自由主義的なものを相互交換させるだけに、公序を求めるだけに明け暮れる草臥れた論理へと齟齬していくだけの論理から懸け離れ、はびこる倦厭から捻出されるだけの差異をまとい、たむろするだけの若人の意識に軟弱なものが蔓延り、孤独を知らずに、反吐が出るようなものへと蔓延していくだけの苦悩が唾棄するような諦観が迫り、感覚を奪い、邪推するだけに至らせる。血のにじむアスファルトに集合意識的な衆愚が歓喜を募らせ、奪い合う感覚から、低劣なものを演繹していくだけに、駆除されるだけの精悍なものが、問題を濾過せずに、路頭に迷うだけに至らせるような代償をもたらせるだけのキャピタリズムに横行する無神経な支配の経路や、回路を混濁させるだけに脳内に循環していく毒素や、憶測で物事を指し示すだけの命令から、横行する加速する支配の角度や、覚悟も無く、買いそびれる事を恐れるだけの恒常的な支配の論理から、硬質なものを損ない、脆弱なままの意識は、寂れるだけに浸るネガティブな願いや、施される悪意に転換されるだけに詐欺まがいの真理にもとづく擦れから、やましいものを軋轢に変え、苦みを帯び、受理する真偽にもとづくエゴを促すだけに浸る意味に位置づけるだけの陰鬱さを持ち込むだけの乖離した理解から、ほとばしるものが、歯止めも無く反響し、波濤に変わり、すべてを飲み込む辺りから、寛容さを損ない、見下し、憎しみ出す間から出し抜けるべく、溺愛すべきすべてを、すべてとして認識する以前に正当なものも無ければ、今に用いられるものなどは、重みを増し、持ち上げられるだけに浸る意味へと蟬蛻できずに、出来損ないのものを愛するべく、見下すだけの愛は、韜晦し、悔悟をため込み、ただ同情するだけに浸る愛へと解毒されるだけの自らのアイロニーを飼い慣らすだけに浸る現実へと齟齬するものを、正そう、と仕向けるだけに、愛とは、兌換されるだけの価値へと偏り、未熟なままの愛は、階段を踏み外し、のぼった分だけ転げ落ち、顛末に蔓延る悪意にため込む垂涎するだけの貪婪な欲動へと信仰していく意識的な受理から、需要を謳うほどに、魯鈍な愛へと偏るだけの欺瞞をため込み、ふさぎ込んだ命は、策略へと移動し、憩いを損ない、そこかしこで優越感をため込み、混同する意識は、修羅を歩み、憂鬱へと引き延ばされるだけの観念論的なテクノロジーの呪いや、抵抗するほどに、深みにはまり、蔓延る悪意へと衰亡していくだけの命と引き替えに、悪魔との契約を終え、警邏する意識的な官憲が示す権力的な粗暴さがファシズムを生み出し、絶え間ない抑圧へと至らせるほどに、権力とは、手が付けられなくなるまで暴走し、内部から腐り、腐ったものを吐き散らすだけに至る苦悩に気がつかずに、自ら毒される限りに過激になる支配の速度は、角度を持たず、そのすべてを覆い、絶え間ない暴力へと進行していくだけに至るような暴走する真理にもとづくエゴから、元々の精悍さを奪うだけの管理下への倒錯から、元の精神性や誠意のようなものは破綻に追いやられ、支配に邪魔なものは、排除するだけに至らせるような企みから、怠慢と慢心を抱えるエゴイズムの権化たる独裁者を出現させ、自らの邪魔になるものは、徹底して排除するに至らせるだけの過激さで、自らの欲望を埋めるだけに至るような快楽的な偏りから、懐疑的な何かを重ねるほどに、カタトニーに陥り、自らの意思を損ない、すぐ其処で傍観し、乖離していく心情は、空間的に排除された乖離した自己を傍観するだけに至らせるような悲劇的な空間で空気にすら触れられず、ただ無意識の中をさまよい、離人的なものを抱え、鍵となるものを損ない、大きな空虚さを抱え、ニヒリズムやペシミズムすら持たぬ満たされ無い感情すらも続かない意識的な虚空を堪能する事すらできない意識的な終焉を迎え、周辺に現れるエゴにすら気づかずに、ただ対象としてすら見抜けぬ、自らの暴走をとめられずに、権力へと移行していくだけのシステム的な自己が生み出す利己的な独占欲が侵攻し続け他者の世界との兼ね合いすらも求めず、ただ己のエゴイズムを加速させるだけに締結していく意識的な散漫から、用済みになったものは、その屍すら崇められずに、褒められもせずに、葬られもせず、ただ刹那に滅びた自己を傍観するだけに至る健忘するだけの今へと敷衍していく意識的な終わりを、永遠に傍観するだけに浸る意識との総和を終えずに、投影されるものすらも見えず、ただその場で愚答を重ね、不当なものを抱え、ただ不透明な今に錯乱するだけに終えるような恐怖から抜け出すべくベクトルは、天地を持たず、善悪にすがらず、伝わるままに摩耗するだけの受動的な何かで終えず、ただ企むだけに、何かを蹴落とす訳も無く、権利も持たず、権威に浸る訳も無く、わずらわしい今に策略を続ける訳も無く、悪も無く、分け隔て無く、ただ同情的に愛に浸る空疎な愛に至る事も無く、自らのリズムに悲観する事を肯定するような事も無く、めくるめく現れるものを、創造的に処理し、昇華させるだけに至る。

2016年9月7日水曜日

質感


 逃げだす感情は、帰る場所を失い、束縛されるか、自らの砂漠をさまよい、裁かれる日々を待つか、関係を持つほどに、もつれる現在に弛むだけの元凶として、今に補足されるだけの観念へと移行していく現実へと捕縛されるだけの還元から、軽減されない痛みへと真っ直ぐな思いは、すぐさま邪推するだけの感応を終え、横溢するだけの感情が、その場で分針を壊し、分裂的な幻覚を見せつけるだけの脳内の回路の不純さを謳うだけに。奪われる感情とは、今にがんじがらめになり、嵌め込まれる理由に吸い取られるだけの支配を受け入れ、うごめく思念を、メッセージとして受け取る限りに、陰る本質は、やがてやせ細った価値を信仰し、シンドロームや独白する現在に酷薄なものが迫り、悶絶し、門前払いにされた意思は、やがて咎めるだけのルサンチマンに変わり、誰かのしあわせに関わるほどに、保持する恨みが増幅し、嫉妬心だけが、森羅万象を堂々巡りし、ベルトコンベヤーで運ばれる部品を、自ら組み立て、自らの意思を持たずに、運ばれてくるものを受け入れるだけのものに価値を当てこするだけに、あいまいな毎日に迫るマインドが折れ曲がり、感情論的な束縛へと浸るだけの空疎な鍵を用い、物々しい雰囲気に迫る還元されるだけの悪意へと諦観していく滅亡的な主義にもとづくセオリーを既読するだけの、官僚的な者に支配されるだけに、等差は深まり、さらなる痛みを加速させるだけに、苦しみの代償として、退廃的なモチーフを掲げ、重ねる意味が、いたずらに消費を繰り返すだけの統合へと至らせるだけの正常さを生み出す社会性などに、制圧されるだけの感情は、自らを抑圧するほどに、抑止できずに、暴走する心理や、心因から咎められるよりも、揺動する自己へと飢渇し、帰宅すべき自己を持たずに、利己的な支配を受け入れるだけに凍てつく感情が、環境などを謳い、自己から離脱し、理解を深めずに、周囲に責任転嫁していくだけにほころびを生み、施される事の真実に迫らず、物事の純粋さに迫る楽しさを知らず、何かを着込んで、何かを買い取る事だけに企みを生み出し、互いを咎める理想へと供給される虚偽に浸る現実から、過去は、故郷を失い、咎められるだけに至る心情は、退廃的になり、担うべき今も、意味を損ない、女々しいものを掲げ、虐げられるだけの感情へと利己的な移行から、行為は、施される痛みを分散すべく、対象すべてに敵意を剥き出しにし、憎しみ事に染みいる意味が、狡猾なものに変わり、何かを独占しようともくろむ意思は、モノクロームな感情を姑息なもので支配させるべく、「ただ互いの自由を咎める途端に現れる憎しみを倍増させるだけの愛を与え合うほどに、当てこすられるものは、互いの問題点を姑息なもので支配するためだけの理想を強要させるだけに至る形式に嵌まり込む感情などは、愛がなんたるかを知らず、ただ価値を生み、買い取るだけの欺瞞や、疑問に挟まる答えを愛して止まない依存性に偏るだけの理想は、帰巣すべき意思を損ない、その場でさまようだけの馬鹿者か、化け物で終える。」空疎な疑念を晴らすべく、濫觴したものを信心するよりも、簡単に背くような美しさを持つべきである。互いを咎める理想に鋭利なものをかざし、物事や、出来事に風穴を開けるべく、とがった意思を掲げるべきである。ただ傷つけるほどに、危機感が増すだけの感情に補足される不安や恐怖をうやむやにさせるべく、生み出されるものを漁るよりも、あいまいに適当に処理するだけの脳内のなあなあな是正にもとづくセオリーとは、独善的なものを生み出し、対象を無視し、主体性だけに送り込まれる支払いを、義務的に執り行うだけに、国などを背負わされるだけのばかばかしさに虐げられずに、支配を繰り返すだけの隣国から離れ、自らの意思だけで、独創的なものを生み出すだけに、位置づけられる必要も無く、制される事も無ければ、今に悲観する必要すらなく、ただ使われるほどに、不安は与えられ、恐怖は増すであろうし、やがて、強迫的な感情が示す使命感のようなものが、暴走し、暴力に陥るだけの利己的な止揚から、浸透する意思的な寛恕に迫る退嬰的な交互から、統合されるだけの意識とは、ただ同調を求め、同一化すべく、すべてに補完される普遍性こそが、いちばんの正しさであるし、崇めるべき教祖であるのだ、と妥当な位置に持ち出される意味に出現する苦悩が恫喝を続け、位置づけるものに深まる儀式的なものが強要する善悪に問われない是非にまといつく既存の価値などが、記号化されるだけの意味に高尚さを疎外させ、ただ当該するものだけを信じ込むだけの信者を生み出すだけに至る。

2016年9月6日火曜日

孤高なるものの倒錯


 薄っぺらいヒロイズムを打ち倒し、アルカディアを目指したバロウズは、自らに滅びの歌の呪いをかけ、重縁を繰り返し、ふさぎ込んだ大地で混濁する意識と共に弔うべき富と名誉と権力を駆逐すべく、対比される前後や、善悪を捨て、境目も無く、最高も最低も無く、ただ低劣な支配が加速する原理から放たれ、反抗的なアナーキズムから、オーガズムを加速させるだけの厳令にもとづくオプティミストの群れから離れ、自らのカタトニーや、離人症と対峙すべく、体温を捨て、鍵穴にねじ込む肉片や、偏執するほどに過誤をほどこすアニミズムなどに浸透していく意識が、似非リベラリズムなどを拘束すべき手錠を用い、元々の法理で囲いながら、淫蕩なファシストが描く静謐が、おどろおどろしい雨に虐げられ、征服欲が滾るだけの愛情の交換などは、愛に至らず、ただ依存心だけが、加速するほどに、父性的なものと母性的なものが、交錯し、互いを咎めるだけに痛めつけ合う儀式的なものへとよがる意識は、独善的なものを報じ、屠るだけの現前に欠ける命との対話を嗚咽で紛らわすだけに、虐げられた軽々しい身体は、漆黒の闇を、自身の内外に抱え、アカデミックなものに支配されるだけの権威などに逆らわずに、そこかしこに陰惨な価値を縫合するだけに至る意味との欠乏から、簡単な原理に陥るだけの闇へと編み込まれる意識は、がんじがらめになり、里親を探す鴉の群れや、報う限りに屠られる過去や、悔悟をため込むだけに、一瞬の快楽へと消え去る後悔がよぎるほどに、補填される痛みは、分裂的になり、乖離していく意識との別れから、結合されるだけの心身との隔たりへとぶつかるほどに、露呈する痛みとは、永久に混ざり合わず、斡旋されるだけの意味を引き取るほどに、補完される意思が、懐疑的なものをため込み、二度と相似しないものが、この生きるということであり、総和しないからこそ、どうにか結ばれようと保持するものも、やがては、邪魔になり、担うべき意味も重荷に変わるだけに浸る原理から、引き取る原料や、改行に迫る苦痛を抱えた文字や、展開するものも、悲喜交々と戻るだけに至る今に来す意味も、機械的な同調を繰り返し、やがて自分というものは、単なる獣である、と宣言するだけに終える自由とは何かと問う事すら、孤独を加速させる原料にしかならない。ノスタルジックな卑下を繰り返すコウモリと三途の川を流れるカタルシスの傀儡たちは、懐疑的な論理に損なうだけの身体を放棄し、やがて、乖離していく意識との交通を終え、相互依存していくだけの君と誰かのプロセスが、退嬰的なプロパガンダに変わり、体系的な継体をほどこす事に依存していくほどに、論外へと葬られ、やがて、自らの普遍性に食い尽くされ、朽ち果てるだけに終えるのであるし、やがて従える未来も、死を集わせ、何かを不安と恐怖で敷衍させ、死を恐れることから生まれる物事への空虚さを加速させるだけの足かせとして、世界を破滅に追いやるだけのニヒリズムが流行る。そんな馬鹿げた感情を用い、屈従させるためだけにためらわず支配的に加工する文明などに、対価など無く、開花するものも無ければ、値ばかりを求める馬鹿者の傀儡や、獣的な暴力を遂行するだけの傀儡などがうごめくだけに恫喝を繰り返すだけのこんな知識すらも馬鹿げているのだ、と妥当なものを吐き出すニヒリストは、すべてを受け入れずに、否定し、寛容さを損ない、怖じ気付くほどに、否定する事だけに洗脳されるだけの者どもが吐き出す破壊的な言葉などの一切は信じるべきでは無いの、だ。やがて価値も滅ぶだろうし、妥当な死に追いやられるほどに、恐怖が増すだけだから、ひょうひょうと笑い飛ばし、悲観せずに、寛容に世界をまとうような紳士的な快楽だけが、正当な快楽と呼べるし、ましてや、状況すらも読めずに、見透かすだけの馬鹿野郎どもの至福などは受け入れずに、ヒューマニズムを謳うだけの自由を履き違えた治外法権のモラリストどもが促す倫理的なパスワードこそ空疎なものであるし、クソであるし、豚すらも喰わないものであるし、物語に乱用された襤褸で軽々しい言葉に虐げられるよりも、自らを逡巡させるだけの動向に迫る伴侶にすら反権力を唱え、空虚さをモチーフに同じような人間を大量生産するだけに採算を合わせるだけの贋物の価値を打ち砕くべく、この儚い命は使うべきである。自らを麻痺させ、愚鈍な表象へと変えるだけの、記号的な愚かさを兌換し、物事を虐げ、追い続ける資本主義的な呪いが、恐怖を媒介させ、テクノロジーの呪いにかけられた連中が、連帯感を促し、同じであることのよろこびなどで、麻痺された観念は、主体性を損ない、そこかしこで、行いという愚かさに疑問を投げかけることもせずに、こき使われ、追従する不安に屈するだけに至る。意識に従うのは、所詮、何かに従うだけに浸る現実へと来す恐怖から逃げ惑う人間的な弱みを握るだけに、滾る支配が、速度を増し、恐怖を倍増させ、何かを失い恐怖へと巻き込まれた精神は、レイシズムに陥り、何かを否定するだけに観念を明け渡し、自らの意思を持たぬ餓鬼として、何かを受け入れるよりも、吸い取る事に価値を置き、ことごとくに現れる価値の餓鬼として、貪婪にむさぼる苦悩へと恒常的に苦しみを伝え、つくづくに迫る苦悩の飛沫を浴び、判断を損ない、そこかしこで、苦しみの標柱として、磔にされた十字架として、何かのキーワードして、極みを知る事無く、ただ現れる愚鈍さに進行を阻害され、信仰を促し、犠牲を謳い、物事に屠られ、物事により、葬られるだけの資本的な動物として動き回るだけに疲れた心身との調和を保てず、破壊的な論理を遂行するだけの、自らの愚かさに屈するだけに終える。ただ君の自由を奪うものは、不自由を謳い、自由を嘆くような愚かさを使い、君の思考を奪うだけに至るような弱者であるし、やがて強者も、君を牽引し、権力へと引き込み、恐怖を媒介させ、こき使うだけに至るようなスパイラルへと巻き込まれる刹那に現れる確かな愛も、どこかで損なうだけに乱立するものに同調するように刺激するだけに浸る現実的な苦悩へと錯雑とした観念を吐き出すだけに捉えるものすら、あつらえられるだけの悲劇へと加速し、自らの苦悩に虐げられるだけに至るような苦しみから抜け出すべく、ただ自らに準じ、創造的であらんことを。

2016年9月5日月曜日

プリミティブな真理



 ばかばかしいものばかりを集め、今を虐げ、ひけらかすだけに、公序を求め、良俗のものなど、と促す倫理が、即すものなどに矜恃すべきものなど無く、何も無くとも、この空疎な時代よ、と妨げるだけの現代病の奴らが卑下する散漫とした意識に主体性すら無く、ただ体制にこびへつらうだけの情報的な倒錯から、等差を作り出すほどに、下からの押し上げに耐えかねずに、新たな法で加工するだけのギミックや、上からの抑え付けに耐えかねずに、世界すらも破壊に至るような闘争を発生させるだけの階級闘争へとジェラシーは加速し、嫉妬するほどに保持するルサンチマンが、さらなる紛争を激化させる憤懣に杭を打ち、その場から離れない意識的な嫉妬の炎は、やがて本能的な業火に変わり、傲岸不遜な意識は、交換される原理へと厭うだけの形に所持するものを兵器に変え、加算される原理に理想を追求させる辺りから、教育というものは、名ばかりのみすぼらしさを加速させ、虐げられるだけに至る管理的な社会という監禁を受け入れ、うごめき経過するものに傾倒するだけに浸る思想などに固執する限りに滾るものは、ただ裏切りと膠着を生み出し、奇妙なものを運び出し、単なる流行へと流動する意識が、恫喝し続けるなれ合いに、生業は廃れ、ただ猥雑な義務へと陥り、証拠ばかりを求めるだけに、追従する意識は、何が本質かすらも失い、ただ見透かすだけに生まれる運命的な悔悟から、対応するほどに、魯鈍なものを生み出し、往往にして間違うだけに浸る者が支配する視界から、正解とは、生まれるだけに、そこに支配を下し、繰り返される義務を算用するだけに至る原理的な崇拝から、衰亡するだけの今に境目を生み出し、情念を損ない、そこに諦観を生み出し、普通である事の苦しみへと誘うだけに、考えを損ない、誰かに還元され、歓迎されている答えへと肉薄するほどに、迫害された精神は、依存的に答えへと誘われ、ただ信じる者が救われる的な意志に巣くわれ、下される意味から、過去を引き出さずに、ただ今に至る原因に浸るだけに、原理的なものに支配され、抑圧された精神は、右往左往し、応じるだけの答えの中庸を求めずに、ただ総和しない思いは、エゴをため込み、酷薄なものへと加速し、加工された品位は、そこに階級を生み出すだけに、倒錯する精神は、錯雑な原理へと超過していく意識的な時間に監禁され、均衡を保てずに、その場でちぐはぐな意思を生み出し、破壊を繰り返し、派生する意思は、破壊を麓にのぼるべき確かな意思は、邪推するほどに、何かに流され、誰かの意思に虐げられるだけに終える意味は、意思を損ない、折れるだけに、横暴な支配へと加工される原因は、高尚さを損ない、そこに差異を用い、もたげる意思は、互いを咎めるだけの憎悪へと発展し、はびこる意思は、意味を見失い、ただ轟轟たる憎悪を今に吐き出し、破壊的に受理する意思が、虐げる真理を従え、自分こそが、正しいもののように示す事に置かれる原理などは、所詮自らを擁護するだけに浸るナルシシズムに終わり、旺然と生まれ、ただはびこるままを愛する寛容さを失ってまで保持する思想などは、浸るだけの思考を啓蒙できずに、短絡的な自己啓発に陥り、物事の深みを知らず、浅く掬う知識に浸るだけに至る心理にもとづくエゴが加速し、相続するものが、得たものを掃きだめへと変わるだけに至る今に悲観するだけの情交を生み出す欠如に浸るものが、悲観するためだけにためらわず入れ込む知識などに流動性は無く、そこで膠着するためのためらいを生み出すだけの退行を続け、つたない意思は、意味をかぎ取るだけに散漫な意識を狡猾にすなどり、すべてを濾過すべきであるのに、物事の軋轢に耐えかねずに、互いを咎めるだけに演繹し続ける先に現れるものの奥底に備わる本質すら見抜けずに、醜い争いを新たに何度も続けるのが、人間的であるという愚かさなど、と卑下する以前に、品行などは求めずに、そのものは、そのままのものとして受け入れる寛容さだけが、環境に支配されず、己に支配されずに、ただ中空をさまよう自由さを求めずに、ただ揺らぐ観念は、どこにも所在を求めず、どこまでも狭いが、考えを変えれば、どこまでも広く、悲観するほどに揺らぎ、恐怖に至るのが、人間的な弱さであるし、やがて滑落し、汚穢とよどみから、昇華させるほどの創造性だけが、世界性を突き破り、自らの位置に求められる意味を問わずに、ただ咎めるものをも飲み込み、自らの創造性へと昇華させる者だけが、物事から跳躍し、超越へと至る。

2016年9月4日日曜日

栄華


 無口な身体を放り投げ、飼い慣らされた感情を捨て去り、最たる意味すら喪失し、感情的な由縁にほころぶものが、途端にあふれる物語と交差し、昏倒する意識は、リベラルな私情に卒倒し、根底から飢渇するだけに所持する言葉を被り、被害者意識が加速し、高尚を失い、ただモラリストどもがうごめく支離滅裂な俗世に専横するだけの物事が、低劣なものを運び出し、配属するだけに至る隷属するだけの感情の相互から、魂胆を損ない、密接なものを損ない、そこかしこで失った者ばかりが悶絶する家々を通り抜け、悲嘆に暮れるだけに加増するものが、悶悶とし、回答を待つ精神は倒壊し、分析されるだけの軽々しい示唆から、同調するだけの心理へともとづくエゴや、自我論的な早産から、苛まれるだけの過去から、呼吸法を失い、息苦しそうに遭難する精神的な悔悟から、境目を用い、モチーフとされる身体と緩衝するだけに、猜疑心をため込む恒常的な苦しみから抜け出すべく、ベクトルは、正解を持たず、世界を待たずに抜け出す速度は、何事にも追いつかれず、落ち度を認め、明晰な意思だけが、高揚させ、昇華へと至らせ、きらめく心身は、生後の総和から、和解する出来事は、すべて過去に成り得るが、述べて司る位置に、意味を用い、今を未来へと進ませる限りに育む意思は、空虚さをかき消し、短絡的なニヒリズムに陥るだけの過去の横溢から、トラウマのマントラを促すだけに、運命的な削除から、錯乱するだけの過去からの恒常的な雲間に迫る暗鬱な少女達のトランスから、淘汰されるだけの、この軽々しい身体は、傍観者を製造するだけの離人的な照合や、消耗するだけの回顧から、歓喜を損ない、感じるほどに、魯鈍な苦痛を抱え、固執するだけに、膠着する意思は、みすぼらしいものを建築するだけに至る。輪唱する神話などは、空疎な虚像を与えるだけに至り、騙られる神は、やがて人間的な傀儡として、偶像崇拝に浸らせるだけに至る原理的な唱和から、毒素や呪詛を育ませ、独創性を失い、創造的にあらんことを願い、強請るだけに、値が張るものばかりが成長を遂げ、咎められる心情を踏破できずに、何がしあわせかすら理解できずに、今に悲観するだけに至る輩が掲揚するものを信じ込むだけに、心情のシンジケートを破壊できずに、進路を妨害するだけの名も無い輩が支配するだけの情報に寄贈されるものだけを信じ込むだけの軽々しさに、境界線を引かれた精神的なレイシズムや、アナクロニズムに陥り、途端に支配される死の恐怖から逃げ惑うだけに至る値を用いるだけの啓蒙にも至らぬ形骸化した理想や、真理を促し、膠着するだけの意思を忘我へと働かせずに、ただ内外に受け取る価値の家畜として、指定される義務を促すだけの生臭坊主どもが促す幸福などにうやむやにされた清廉さは、損なわれ、そこに差額を支払うだけの義務へと愚意を運び、排斥されるだけの意思は、簡単なものを信じるだけに、信心とは、死に損ないのモラルを平均値にし、憎むだけに至る退嬰的な理論から、対象とされる欺瞞から、犠牲を促し、議論の外へと運ぶだけの超自然的な胎動から、体外に果てるジレンマに高次へと至るほどに、浸る魯鈍なジレンマにからまる時間から放たれ、高尚へと至るだけに訝る事への競合から、興じる由縁にからまる先々にリビドーが追求する快楽への解体から、乖離する飽き足りない身体を葬るべく、ベクトルは、似非信仰心などを用い、心象に侵蝕する猜疑心をまとい、間違いを改めずに、何かの奴隷として、傀儡として生きる事に指定される義務へと愚意は加速し、破壊的な情事は、叙情的なものを、自ら生み出せず、与えられるものを、風流などと促すほどに、詩的なものすら生み出せずに、詩的なものを否定し、与えられたもので満足するだけにおとずれる差異から、愛が無いとか、愛された事が無いから、と促す事に置かれる欺瞞などは、犠牲を促すだけの信仰的な何かが、今を膠着させ、何もかもは、信仰心が無い事により、片付けられる呪いや、清め祓いに示される偶像を対象として、苛む身体に互換される清心へと至らせるべく、ベクトルは、聖なるものへと偏るほどに、善悪とは何か、と迷うこころに信心を植え込み、あらゆる原理は、神の傀儡として、対話を損ない、そこに与えられる答えが、ひとつに偏るだけに解決しない私情は、抵抗を生み、テロリズムへと昇華し、何もかもは、恨むべく、今に与えられ、そこに加えられる欺瞞が、疑問を持たずに、ただ偏る者は、破壊活動へと浸るだけに横行するバンダリズムは、簡単に処理するだけの退嬰的な感情から、損なうだけに陰る自身にはびこるニヒリズムを、内側に孕まずに、外側に孕ませ、すべてに敵対心を向ける。昇華されるべく愛の末端に嵌まり込む理想が促す正義こそが、いちばんの偏りを示し、体系的なものが生み出す憎悪が媒介させる像を崇めるほどに、あいまいな感情は、何かを信仰する事により、増す快楽や、恐怖から逃げ惑う意思は、何かを頼る事により、偏りを生み出す。あらゆる原理に損なう意思とは、思想を失い、ただ何かに操作される事に現れる快楽を信仰し、ただ滑落する精神を傍観し、暴走する真理は、隠逸する者をも引き出し、静謐を愛する者をも侵略する。ただ自らの静寂に帰宅する者こそ、何事にも騙されずに、ごまかさずに、自らの孤独を愛する者にこそ、何が正解かを聞くべくである。

2016年9月3日土曜日

啓蒙


 眠る事も忘れ、渾然一体となり、啓蒙を続け、つたない意識が買い取るだけに低劣なものを生み出すだけの途端を徘徊するジレンマから放たれる一撃として、指定される義務を打ち砕く者として、ちぐはぐで幼稚に錯乱するだけの現象から放たれ、立場を逆算するだけの過程にもとづく制限を解き放ち、懐かしくだけに近づく故に、傷つけるのが、過去という哀れみであり、あらゆる原理とは、編成されるだけに、脳内で編纂されたものを複製しているだけに満たない生産性に、整容されるだけに、形あるものに統合され、尊く結ばれる原理や、厳正な時にはびこる甚大な悲惨さから、差異を用い、差額を受け取るだけに、最たるものとは、尊くも無くなり、とぼしくなるだけに浸る人工的な意味合いに緻密なものなど無くなり、自身の内外に果てる高揚感が、こじつける意味合いに貧寒なものを重ね、悔悟をため込み、対立する今に引きずる悲観や、品性を用いるべきだ、と保守的なリベラリズムが、字余りに欲動するだけの本質から、昏倒していくだけのゆくすえに製造されるだけの倫理をモチーフに、教育的な枢要さを謳うだけに、人寰に現れる俗物にしか変わらず、関わるほどに、悔悟をため込み、収斂される意味が、機械的な道理に基づき、清廉する先に聯立するものが、苦悩を運び出すだけの規律に変わり、整合されるほどに保持する意味とは、荒唐無稽なものであり、経過する意味に魯鈍なものへと成り代わるだけのギミックへと変わるだけに答えは操作されるだけに至り、浸る意味にもとづくセオリーに制限を用い、精悍な者すら居なくなり、ただ従うだけに浸るマゾヒズムが、暴虐な理想を謳い、相続する真理にもとづく記号化された言葉を放つだけに、はびこる悪意が充満し、満たない思いが、汚いものを機械的に生み出すほどに汚穢が崇められ、集まる神との対話を続け、血合いを施された空虚な身体の質感に迫る修羅から、実情は、統合されるだけの心因にもとづくエゴから、自我を掻き乱し、時間的な優劣にはびこる数理的な狂騒から、観点は、資本主義的な競争へと狂奔し、奔走するほどに、保持する意味は、違いを見極められずに、いびつなものを愛し、考えに膠着し、効率だけを求め、止めどなくあふれる意思は、何かにすがる事に格納され、魯鈍な兵器へと変わり、おどろおどろしいものを掲げ、重なる意味は、履き違え、書き換えられるだけの精神として、受け入れる情報に譲与するものだけを崇め奉り、緻密な意味を知らずに、ただ情報を受理する空白の精神を持ち、受け入れるほどに支配される心身を傍観する離人的な解消から、懐疑的なものを捨て去り、ただ従うほどに、満たない事を受け入れるだけの不安や恐怖を昇華させるためだけに、創造性も無く、空虚な心身を抱えるだけの現代的な病理に集うだけの巣箱へと帰り着く戒律は、誰かの返り血を浴び、退嬰的な模造品として、物事を成立させるためだけに、正当なものをうそぶき、物事を偽造するためだけの正義を用い、悪を捏造し、正義を立てるためだけに建て前と本音を操作し、齟齬する意思との乖離を生み出すだけに満たされない痛みは、もっと痛みをほしがるというマゾヒズムへと加速し、緩衝する先々に生み出される発明品たる貨幣と紙幣にもとづくセオリーだけに従うだけの人間にもとづく事だけを信心するだけに浸るような主教へと引きずられる意識的な配合から、排斥される意味にもとづく意味合いに帰属するだけに独占的な質感にもとづくものだけを、我が子のように包括し、包蔵されるものを信仰するような欺瞞から、策略が生み出され、ファシズムへと移行していくレイシズムが、輪唱する意味などが、欺瞞に過ぎず、誰かに隷属するだけの主義や思想などは、思考停止に至るだけに、浸るような個人崇拝に枢要なものなど無く、ただ自らをも怪しむべきであるし、何かを信じるとは、そこに信仰を生み出し、思考停止へと至らせるだけに、快楽を追い求め、思いをそこにとどめ、魯鈍な支配へともとづく制限を、静謐なものだと勘違いし、関係性にもとづく制限を受け入れるだけに、この生命とは、鈍磨になり、すり減り続ける意思は、誰かが謳うものを信心し、誰かにもとづく事だけを受け入れるだけに、正しさとは、正しい限りに偏り、そこで勝ち誇るほどに、補足されるものなどは、そのものを正しくさせるためだけに生み出された虚偽に満たないし、そこに満ちていくものなどは、誰かのふところを温めるだけの偽装に過ぎない思議を孕み、私議を用い、誰かを拘束し、姑息な支配へと巻き込むだけの表面的な言葉に過ぎず、孤独を恐れ、不安を誘い、自由を謳うだけの者の言葉の一切を信じずに、自らが導く答えだけを鍛える。

2016年9月2日金曜日

詩的な高揚


 私は、ビッグバンが起こる前に産まれ、所在を明らかにせず、隠遁し続ける先にくるまり、羽毛と揺らぎ、たゆたう季節にまばゆく光る真理の一律さや、啓蒙し続ける先に、羽ばたく自由すら、わずらわしいものだ、と告げる。むしりとられた君の羽が舞う宇宙空間に虚偽の花が咲き、乱れた感情が、懶惰な時にきしみ、潜む思いが、余韻とぶつかり、唐突に結ばれる心情が、栄華に着き、動かされる感情は、主義を超え、学び舎に沈む優美なカタストロフを尻目に、転換される理由の内側に磔にされる感情が、やがて正論を捨て、論外へと放たれ、はびこる悪意が、憐憫を携え、成否を司り、同化していく観点を展開され、塗り替えられた明日を、アスファルトにこすりつけ、アンニュイな身体から飛び立ち、永遠へと結ばれる。ヘルダーリンのような潔癖症的なものをたずさえ、称えるだけに大切なものを損ない、代償として、加速していく現在に低劣なものを吐き出し、邂逅する意思も、意味を見出せずに、退嬰的に至るだけの空っぽな身体と精神を過誤するような連中の愚鈍さに耐え、絶え間ない軋轢に呼び覚まされる苦しみを濾過し、枯渇しないように、内面的な制圧を受け入れないように求める計算式から飛び出して、淘汰される以前に倦厭していくだけに、体系にからまり、関わるほどに、逸脱していく精神は、静穏さを保てずに、ただ逆算したり、逆上したりしながら、足りないものをギミックに納期し、能動する意思は、動詞から飛び越え、覚えも無い日々に軋轢を重ね、回帰していくたびたびに、痛みをはびこらせ、配下に至るだけにため込む空虚さは、居場所を求めるだけに、元手を含んで、傲岸不遜なものを交換し、軋轢をたずさえ、高揚感を綴り、つたないものを吐き出す原理へと厭うだけの形や価値に偏りを示し、解除されない精神が、レイシズムをたずさえ、俯瞰に紛争を持ち込むだけに迫る最終戦争を促すだけの終末論者どもが、うごめくシリアスな午前に迫る空席を埋めるだけの価値にすがるだけの連中に支配され、さえぎられるだけに抵抗する意思は、提要するものを用い、物事を制圧するだけに滾る永遠性から、権限を用い、原形をとどめるだけに怠慢な対面へとそぐうだけの価値を、価値して背かずに、ただ受け入れるだけに経過し、快活な動機を損ない、そこかしこに行いに映じるものを信じ込むほどに、魯鈍な支配を受け入れ、経過する欺瞞から、犠牲心をたずさえ、製造されるだけの空虚な身体に入れ込まれた精神を傍観するだけの離人的な支配から、成敗されるだけの関係に達するまでの悲劇や喜劇を加速しては、仮想するだけの真理にもとづくセオリーや、死をモチーフに、正当なものを吐き出すだけのエゴから、映像に転換されるだけの価値観の芝居を続けるだけの、勘違いを綴るだけの意識的な普遍性にもとづく贋物の笑顔に、ハードコアなものを告げるべく、諦観するだけの対面に遭遇するだけの苦しみの住まいへと帰るだけに至るような帰巣本能に凡庸な価値をつなげるだけの普遍性に製造される権利や、原理こそが、利息を用い、空疎なものに借用書を突きつけ、つかず離れずに苦しみを授けるだけの舞台へと運び出すほどに、愚鈍なものをため込み、厭うだけに至るような現実に権限を用い、限界を利用し、改善されない苦しみへと、利己的な支配を与え合うだけの痛みに耐えかねずに、ただ互いを咎めるだけのリベラルな心情は、利己的な猜疑心へと移行し、行為を信じられずに、他者から与えられる盈虚をマテリアルにし、認可することごとくに愚鈍なものをため込み、アナクロニズムに陥り、応じるだけの答えに鮮血を浴びせ、偶像崇拝は、お手の物だ、と低脳なものが吐き出すファシズムが空間を埋め尽くし、偽善的な独創性が、独裁的に支配する空間に収容されるだけのインタラクティブに執り行われる偽善的な恫喝から、道徳的なジレンマに陥り、まさぐられる精神は、交わるほどに厭うものを保持し、ルサンチマンへと乖離していく理解を持たずに、ただ改善されるだけの箱として機能を果たすような人間を大量生産するような教育から、権利を用いずに、ただ従うだけの犬として、訝る先に汎称されるものだけを信じ込むような、似通ったものを、似たようなものが愛するだけの権限にもとづくセオリーの一切は、ただ支配下に置くだけの巣箱を建設し、倦厭しないように、仕向ける情報操作や、情報統制から、統合されるだけに、肉薄するものへと掻き乱されるだけの、偏った意見を危険視できずに、ただ情報に従うだけの輩を排除すべく、排外主義的なものが、理想を追求し、レイシズムへと至るだけの記号化された感情を解除すべく、そこの高さや、低さに関わるだけの愚論へと愚考を続ける限りに、高尚へと至らず、理解に至らずに、高次に浸るだけの独裁者へと変わるだけに至るような若さから抜け出し、永遠に生きたかのように、訝る先に洗われる純粋さに帰還する。

2016年9月1日木曜日

枯渇しない日々


 つくづくは、調和し、痛みは、わずらわしいものを排除し、虐げるものも無ければ、自らを指図し、今に屈するだけの屈従に耐えるよりも、かけがえの無い自らに行き着き、果たす意味から、繰り返される今や、陰鬱な衝動を抱え、有する過程に収斂される暗闇に遮られずに、濫觴するものが、全容を包み、すなどるだけの思いが、出来合いのものを信心する構図を破壊し、儚い動機に、保守的なものを伝え、逆らわぬように去勢された宦官どもが、処理する思いを所持し、苦しみに行き交う、法の過ちから、根底は、残るものを埋め立て、生き埋めにされたものの苦しみから、空虚さを媒介させる孤独な思いが偏向する。運動は、激しさを増し、レジスタンスを生み出し、革命は、帰路を失い、「内実に迫る孤独は、あらゆるものを、闘争へと巻き込む。」閉ざされた思いが強硬な走り、遭遇する精神的な分裂から、引きずり下ろされた痛みを縁取り、位置づけされる思いが、性差を生み、運命を奪い、論理へと閉じ込める。ただ、決められたことが、正しいことだと、そそのかし、強制することに置かれた、あたかも、正しいようなことを信じ込み、秩序を保つ、模範的な市民だ、などと促す強制力が、本質を見失わせる。用いられるものに、間隔を失い、ただ還元されるだけの空間に、空虚さを生み出し、刹那に裁かれ、謀るものが、幾重にも散らばる可能性を捕縛し、繁栄されるものを蹴散らすだけの爆撃を繰り返し、空疎な理由へと旋回する意識が、独占的に物事に領土を生み出し、物事を殲滅しようともくろむ動機の黒幕が生み出す支配的な独裁のコードから、用いられる魂胆が告白するものが、つたないエゴを絶え間ない物事に生み出す辺りから、投影されるものが、蕭然と焚き付ける火が、繁栄するものを業火に変え、倦厭し続けるだけに、資本主義的な道具として、次元的に破棄される人間的な要素を奪うだけに至るような倒錯から、位を用い、値するものへと価値は、用いるものにより変動するだけに至り、同じようなものを、その者のランクにより、買い取る量や、少し豪華なだけに支払われる量が変わるだけに至るような価値の変動から、偏向を生み出し、ただ満足を買い取るだけに至るような軌跡をたどり、たどたどしい意識を従え、虐げられるだけに至る痛みから、散漫になる意識は、担うべき意味を持たず、ただ倒錯するだけに至る現在に作為も無くなり、陰鬱なままに創造性を補填するだけの退嬰的なものに体系化する意識が、大義も持たずに、衆愚にもみくちゃにされ、些細な出来事に緩和しない意識が、痛みを抱え、加算される原理にいたずらに消費するだけの出来事のデータとして、折檻され続ける空間的な猶予に阻まれるだけに至る痛みが、今に訝り、犠牲心を用い、物事の宦官として、虐げ続ける時代的な抑圧を生み出す。

 深淵に潜む無神経なものが蝕む現在に定理すらも無ければ、陸地に生み出されるものとは、いくつもの苦しみで阻むだけの問題点に相互する意識的なガイダンスに従うほどに、苦しみは補填され、用いられる不安に苛立つ言動から、現状は、永久に回復に至らず、至らぬ思いが、応じる答えに軋轢を生み出すだけの修復を施され、正しいとされるものに虐げられるだけに、はじめから決められたものを啜り、進むべき道も、退路を断たれ、大義名分を振り回すだけに縁取られる現在に迎合されるだけの観念が、関係性から逸脱できずに、そこかしこに制度を生み出し、精度を失い、最たる意味も無くなり、担うべき現在に懸隔を生み出し、限界を用い、見解を損ない、ただ見失う意識にいたずらな消費へと誘うだけの対立から、対比されるだけの価値へと邪推する意識は、さらなる満足を求め、欺瞞で埋め尽くされ、不満をうたうだけの懐疑へと誘われ、自己嫌悪に陥り、あらゆる嫌悪とは、権限を失い、うたわれる権利を用いるだけの権力に倒錯し、踏破すべき現在に登攀する意識の崖を登り切るまでのフォースを宿さずに、些細な出来事へと快楽を追い求めるだけの退嬰的なものへと陥るだけの檻の中での獣として、犠牲的な信念は、神経質そうな笑いを浮かべ、薄ら笑いを浮かべる空間的な負荷から、観点を損ない、勘違いを生み出し、間違った思想に組み込まれる自分こそが正義だとうながす勘違いから、観点は、ただ損なうだけの意識を追従するだけに、他者から受け取るものだけを信じ込み、ただ用いられる思想に歪むだけに浸る現実に、至らぬ思いが、痛みをうながし、訝る先に生み出される些細な闘争から、最たる意味を失い、すなどられる意識に彩るものが、あたかも価値があるように示され、閉め出され、暗い隘路を渡る眼光鋭く私は見つめる先に現れるべき意味に意志を用い、意志の鉄槌でもって、その現状を打破するような言葉を正式なものへと打ち込み、怯える事無く、そこかしこに現れるものなどは、その場に現れるようで、どこにも、そのようなものを用いずに、ただ沿うように現れる物事に反し、ただ逆流していき、度重なる苦しみも、思うほどに苦しみは増すから、ただ愛しいものだと意識を高めるだけに至る現在に懸隔すら無くなり、距てる距離を用いるよりも、ただ其処にあるものとは、認識しなければ、無いのに等しいものだ、と。