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2016年7月31日日曜日

対流


 否定的なものが自分を制圧する。迫るニュアンスに瀰漫するものが、不満足をうたい、付帯するものが、根幹を奪い、可決する道理が、すべてを制圧し、代わる代わる迫る鈍間なものが、投下する資本と爆弾が、現在を爆砕し、惨憺たるものへと変わり、歯止めも無く攻め入る問題の爆弾が示す生命の原理的な怒りから、凡庸な支配へと軋む現在に反転していく意識が、色彩を損ない、そこかしこに差異を用い、最愛のものを奪うだけの欠如や、その結末に迫り、渇望する意識が濡れ、倦怠感をあらわにし、露骨な強奪から、脱する間に浸るだけの悲観的な過剰さから、嘯くだけの減容に損なうだけの過激さに怪訝さをあらわにし、その露骨な過激さに支配される以前に、備わる自らを見失わずに、自らに帰還し、関する間に迫る監獄に入らずに、観点を掌握するだけの贋物の価値に抗い、家畜化するだけに至るような痛みに排斥される者が、淡々と迫る軋轢に反し、シームレスにつながる意識的な強固さに、魂胆は、苛烈な現代に迫る限界が示す先行き不透明感に補完される不安から、間隔は、膠着するだけに、状態は、退歩を続け、怠慢なものが示す牛歩戦術などが、延々と終わらない議題で格納するだけのご自慢の武器で論理不足を埋めるだけに、理論武装し、議案の無力化を誘うような権力の使い方だけをまなぶ官僚どもがうごめくだけに、従うだけの者を内外で生み出し、ただ与えられる餌により、従順に順応する事こそが、大切なのだ、などとうながすだけの低劣な脳内で示す快楽だけに歪んだ思念を生み出すだけの偏りに懈怠するようなルサンチマンを製造するだけに至るような現在に浸るべき愛も、来すべき意味も、来る合間に鍵をつけ、つたない思いから放たれずに、反照する先々に戒律を生み、乖離する思いが、理解を含まずに、不満をうながし、場面で膠着し、行為に孤立し、恒常的な苦しみへと偏向するだけの意識的な介在から、ガイダンスがうたうプロパガンダに露骨な支配を受け取るだけの価値の崩壊を願うだけの破壊者や、境目を用い、支配的に至るような権力に値するだけのものを価値だと叫ぶだけに、兌換される貨幣から、紙片は価値を与えられた一枚の物質として、物質と交換される偏りから、加工される義務へと損なう労働へと弛むだけの実情へと、あらゆる懸隔を生み出し、屠るだけの実情に肉迫する限界点を迎えた資本主義の衆愚が生み出す愚行を続けるだけの政治から、生命は途端に途絶え、永久に消え去るだけの行為に基づき、朦朧と生み出される空間に吐き出される行為に迫るだけの愚鈍さに運動体制を作り出す。 「あらゆる支配は、誇張された武器に満たずに、満ち足りないものを占領するだけに至るような闘争へと倒錯し、錯雑とした観念に暗影を生み出し、安寧に至らずに、感情的に攻め入るだけに、生命的なものは、シームレスに至らずに、引き裂かれたままに、分断され、分散される限りに分離し、分裂するままに、排除され疎外されるだけに浸る苦しみから、汚い価値を生み出す卑賎さに貧困化していく仮死化した快楽の傀儡として、埋められないものを連想するためだけに、でたらめにデータ上を生きるのが、恒常的な楽しみを生み出す機会なのである、と宣言する機械的な、あまりに機械的な支配の経路から、形骸化し、観点を損なうだけに、そこかしこを見透かし、軋轢を生み出すだけにたゆたう現在に退行していく意識は、染みいる現在に見つけ出すべき愛も、損なうだけの価値に浸るだけの軋轢であり、君は、悪魔であり、角膜を売るだけの売人であり、蓋然性を損なうだけの暗澹とした人間売買にひた走るだけの資本家であり、陥穽を生み出すだけの悲劇の戦争屋であり、宣言を用い、正義を操作するだけに明け暮れる贋物の史観が生み出す偽善者であり、退嬰的なものをモチーフに信仰に至るだけに、関連するものを事業的に押し込めるだけに、苦しみは倍増し、まがい物ばかりが場面に浸透し、死の後に契合されるものだけが、正しい事のように示すような汚い意味をチャージするだけの原生から、原理的な犀利さを利用し、領土を奪うためだけに、ためらわずに奪うだけの中庸から、平衡を奪われた善悪が浸る最終戦争から、最たるものを損ないペシミストどもがうたう原理などに近づかず、己の価値だけで、孤独に歩み、何も正解が無いところから、自分とは生まれ、存在は、強固なものになり、そこで強調されるものなどは、そこで倒錯するだけに至り、浸る意味が生み出す悲劇に荷担するほどに、限界は生み出され、そこに打算されるものなどが、採算を合わせようと用途を支配する辺りから、心情は統合されるためだけの正常さの肥だめへと陥れられるだけに、汚い価値に縫い付けられ、そこで磔にされ、自らの苦しみに苦しむ事だけの異端を生み出し、その者を排除するためだけの条例などが跋扈する」 そこにおとずれる答えなどは、欺瞞や不満足を埋めるだけの答えだけに満たずに、満たないものを埋めようとするほどに、露呈されるものは、もっともな汚れを用い、そこで利用されるだけの価値の中での価値として指定されるだけに恒久的な苦しみへと売買される。

2016年7月30日土曜日

思考の深淵に向かう旅


 はじめから、決められているなんて、クソみたいだ。というようなあまりに馬鹿げた意識は、偏った思想を生む。だが、このような社会だからといって、従うだけが、正しいとされるような社会こそが、偏った結果を生み出し、あたかも自由市場のように仕向けた独占的なものが、支配するだけに、本質は、すり替えられ、真実を、見失う。記憶して、順応することに、頭の良し悪しは無く、ただ、従順に答えに従うだけでは、何の知恵も持たず、満たないままの意識は、単なる名前や、名称へと、没落していく。政治を超えるものを生み出さなければ、政治は、乗り越えられず、政治を超越することが、何もかもを変える手立てであり、価値や自由や希望は、絶えず何かに利用されるだけに至る。うそぶく答えから、抜け出そうと必死にもがく意識に、老いも若いも関係なく、ただ超えようとする意識だけが、本質を超え、あらゆる論理を、超克する。望むものが無くなってからが、本当の望みにたどり着く。あらゆ原理はそうやって、自らの純粋さにたどり着く。そのたどり着いたものを捻じ曲がらせるのも、唯一の自分である。多角的に捉え、あらゆる方角であらがう自己と対峙する。金を生む機械として踊る彼女たちの拠り所は、どこにも無く、はかなく踊るほどに、補填される痛みに歪み、あらゆる原理や証拠や、原因を失い、さらなる苦しみを補完する。文明的な退化を助長するだけに至らせる間隔から、距てられた意識は、恒常的な概念の外観へと磔にされるだけの神として終わりと告げられ、死してから、名付けられるだけに、崇められるだけのたゆみを自身に生み出す。ただ、咎められるだけに至る痛みに分裂していく思いを既読しては、鮮明な過去から、あいまいな現在に浸るだけの空疎な限界へと排斥されるだけに去りゆく経路を生み出し、精神的な歪みに帰巣するだけの意識は、本能的な混用から、浩然たる様相で気楽に時代を歩み、誰にも責任転嫁せずに、占用されずに、転用される意識が、恒常的な高揚感をたずさえ、投影される物事を受け流し、加工される義務が、ファシズムや愚意を伝える辺りから、誇張されるだけの起源に配膳されるような汎心論が迫り、硬化する宇宙の一番硬いものとして、語り継ぐ意思的な強固さに差額を生み出すだけの科学的な腐敗や不潔から、乖離していくシステム的な幽閉から、幽遠へと引きずる感覚的な終わりから、応じる答えに求められるだけの数式に引きずられる空間的な根拠から、交接していくものが、悶絶し、カタルシスをうながし、観点を疎外させるだけの時代的な軋轢を生み出し、現実を疎外させるほどに、外装は剥がれ、破壊的な浄土へと至るだけに、破滅へと誘うような精神的な回路に悔悟を授けるだけに、互いのやましい部分ばかりが目につき、端的な意志が、瓦解へと誘うだけに、短絡的な要因が、間接的にきわまる意志を惑わし、互いの力を誇張するだけに、弛むだけの現状が枯渇していく意識的な飢渇から、観点を疎外されるだけの、些細な痛みから、対立していく由縁にはびこる悪意の巣窟からはみ出すほどのどす黒い意識が勘ぐる世界の背を開き、悲観するだけの痛みを脊髄に与え、大脳皮質に刺されるコードから、うながされる電流で反応するだけの快楽的な受理から、従順と受け取る痛みにはびこる意味合いから、帰結していく先々で対立を含ませ、複製されるだけの真実に従うだけに、断末魔をうながし、同じ問題の段階へと介在する意識的な開眼を求め、止めどなく生み出される差異から、散漫な意識に状態を移し替えるほどの苦しみに補填される批点を撥ね除け、能動的に適応していく本質から生まれただけに苦しむのだとフォーカスするだけに不本意な物事は、本質へと歪んで行くだけに、低劣な支配を受け入れ、経過していくほどに、掲揚されるものへと形骸化していき、行き交う出来事が、何かに騙される限りに打算される社会などに、正しさをうたうほどに、補正されるだけの公務などは、ただ陥穽を生み出し、互いを陥れるために教育を施された官僚たる宦官どもが、緩怠をうながし、物事の本質をうやむやにするころには、誰かは支配的な気配に飲み込まれ、怠惰な意識を抱え、インモラルなものを用い、倒錯するだけの現状から、乾いた思念は、ジレンマを伝え、つたない意識は、破棄されるだけに至り、訝る言動は、エンドロールが近づかなければ、気づけないほどに、情報統制され、情報操作されているのかも気がつかずに、ただ日常の軽々しい快楽に虐げられ、従うほどに、甘い蜜を吸うかのように、従う言葉に、磔にされる者を傍観し、感応する主観は、やがて無感覚に至り、無感情に至り、牧歌的な日常を知らずに、ただ機械的な統制から、統合されるだけに、正常さとは、混乱へと陥る。

2016年7月29日金曜日

愛すべきもの



 夢の先でのびる由縁が、低劣なものを除外し、完全性を求めるだけの青空に締結していく思いが、おののくことを止め、清廉とした途端にかじかむ記憶が、自覚する由縁に弾ける思いが連動し、肉迫していく事柄から、放たれ、超自然的に黙読していく途端にあふれる思いが高揚し、膠着する事無く、事柄に迫る愚鈍な結果に引きずられていく契約から放たれ、はびこる悪意や、結末に酔いしれるだけの揺動から、動向は孤立し、ジレンマをため込み、慢性的な痛みへと迫害される先々に受理する事柄も、同率のものを探すだけで、モノクロームな記憶や、臆するだけの形に記号を生み出し、戒律などに対立していく境目から、最愛のものを失い、倒錯する現在に迫る段階に贋物ばかりが生み出され、打算されるだけに、採算合わせようともくろむ苦悩から、駆動する現在に訂正されるだけの矯正から、強請られるだけの羅列から、均等なものなどを求められ、用いられる正常さへと切迫していく思いが凍てつき、因果応報や、応じる答えに右往左往し、応じるものへと偏向していくだけに観点を損ない、断末魔をうながし、寛容なものを損ない、文言に支配され、至極の時を知らずに、織り込まれる憎悪へと偏り、カタルシスをため込み、退廃的な苦悩へとこじれていく意図から、淫蕩なものへと老け込む。 不動なものが備わり、そこかしこで受胎する思いが、時間を引き裂き、苛烈なものを疎外させようとし、すべてを法で加工するだけに至らせる悲劇から、貧寒な思いが、恒常的な憎しみを誘うだけに慧眼を損ない、見落とすだけに至るような粗相から、相似していくだけに加点されるものへと偏りを示し、アイロニカルな状態の隘路へと損なうだけの影を踏みしめ、現実味をうたうばかりで、馬鹿にされるだけの身体を屠り、排除されるだけに関連する孤独へと恒常的な苦しみを注ぎ込むだけに、ジェラシーは増加し、高揚する感覚を蝕み、創造性を損なうだけに至らせるような悲劇から、加速するだけの様態に迫る現実的な相互から、喪失していくだけに対比されるような心身に理由は損なわれ、齟齬するだけに至り、相似するほどに、互いを憎み合うような同族嫌悪から、同情へと至るだけの思いとは、互いを咎めるだけに生み出される他者との距離を生み、虚構に迫る破壊的な観点から、感染していく痛みから、関与するほどに、後悔を生み出し、屈従へと至らせるだけに浸る現実から、きたすイメージへと服従するだけに至る。 訝るだけに、言動は先々で誇示されるだけの意味や、こじれるだけに至り、知性を損なう。 ただ合わされ、現れる事柄に往復するだけに時代的な猶予から、科学的な汎用から、伴侶を持たず、反抗的な意志を用い、敢行するだけの意識的な表現から、孤立するほどに、その孤独とは、孤高なものへと変わり、高次に至り、浩然たる態度が示す値や辺りを蹴散らし、動機や、同義語や、同率なものなどを疎外し、互換していく意識は、要約されるだけの事々や、ことごとくに染みいる高尚なものへと引き出されるだけの答えが大気に敷衍し、退行する意識に抗体を与え、毒素を中和し、調和される辺りとの総和を終え、高慢な意識や、傲岸不遜なままでの幼少期からふくんだ混濁から、魂胆は、音階をのぼり、能動するだけの意識が、退嬰的なものを打ち破り、体系的なものに処理される以前に、前衛的に至る奇跡的な生涯へと概算されるだけに希望に反し、反照する間にもくろむだけの思いが、貸与するだけの時間に監視され、かかずらうだけに浸るジレンマから、引き出される思いに悲観するだけの一切から放たれ、緩衝する隙間からあふれるものが敷衍し、普遍的な実情へとさかのぼり、境目を持たずに、蓄積される愚鈍さに流浪するだけの決別から、迎合されるだけに貪婪なものを重ね、些細な出来事へとデータ化されるだけに嘲笑されるだけの意図から、意味は、蓄積されるだけの苦悩を代価にし、打開すべき現在に点在していく意識がやがて、互いを咎めるだけに至るような軌跡を用い、踏みしめる値や、あちこちに散らばり蓄積する意味合いに不潔なものを掲げ、感性を奪い、結末へと結合されるだけの苦しみへと空虚さをため込み、恋路に苦しみへと逸脱していく半世紀以上の苦しみから、空洞化していく思いが、やがてニヒリズムに至り、何もかもを破壊し、ペシミズムに浸り、空虚な世界を破壊する以前に、この思いとは、孤独に落ち度を感じずに、ただ上り詰める先に愛すべき対象が、なんであろうと、君が愛するものこそが、君の世界のすべてである、と。

2016年7月28日木曜日

飛躍


 低劣で愚鈍なものが、列をなしている。締結する部分から、卑劣なものがあふれ、敷衍する先々に執行される物事が悶絶し、ふがいない実情と結束し、婚姻へと至るだけに、データ化する普遍性から、秩序は、用いられるだけの言葉のうわべで判断し、繁栄するものも、殺伐とした意味に主体性を求め、追い続ける意識は、用済みなものを排斥し、プラトニックな思いを駆け上り、壊滅的な状態に受理する言葉が、高尚さも持たずに、透徹されずに、ただ普遍的なものを操るだけのコマーシャリズムが旋回し、あいまいな毎日に、何か快楽的な綺麗さを放ち、うわべだけの綺麗さにレイシズムが浸透し、はびこる意識は、自意識過剰で、自己顕示欲にあふれ、ありふれたものに触れては、普遍的なものに擁護されるだけの意味合いの不潔さに、アンチテーゼをこぼし、愛惜に触れ、不潔なものから飛び立ち、すべてを超越すべく、私は、私として認識するものだけを代わる代わる変換するだけの名前にあらず、ただ私とは、何事にも対象とされずに、対立する時折に前衛的なものを生み出し、たどる藝術的な進化や、飛躍から、途絶える事無く生み出す創造性だけが、制度を超えて、答えに巻き込む現在に点在していく意識的な終焉からあふれるものが、物語に浸透し、信仰する意識的な嗚咽から、王位を奪うためだけに迫る戦争から、世代交代をうたい、贋物の価値に進路を明け渡し、シンドロームへと至るような浪費癖の直らない資本主義的な配下から背反すべく、すべては、今に悟る意味に恒久的な故郷を求め、苦しみに歪み、悲観するだけに、無感覚なものを生み出し、物事の定理に築き上げるものが、悶絶しては、虐げられる先々に権利をうたい、用いられる事に処理されるだけの機械的な接続から、正常さを用い、行為にひずむ情意が、延々と典麗なものを追い求め、行為に跪くだけに至るようなインタラクティブな補完から、同調するだけの意識は、アイデンティティーを奪い合うだけの欠如に至り、結実するものなど、補正されるだけの蜃気楼を生み出し、物事を阻むだけに至るような定理にもとづく真理とは、退化するだけの意識に壊乱させるだけの状態に譲歩するような言葉だけをたよりに、退廃的な状況に加算される原理にもとづく偏執するだけの更迭から、想定されるだけの理論上の敗退から、排斥される隠語から、淫蕩な季節に移動するだけに、体系的な継体へと後続し、構造に高次なものなども無ければ、迫る意味とは、今に抑圧を続け、つたない意識に配膳されるだけの餌にまかれた麻薬的な何かから、毎日に区切りを授け、ただ預かる意味を貯蓄するだけに至るような不安と恐怖を捏造するだけの国家から受け取る意味などは、愚鈍なものを設立し、聖域を生み出すだけに、ほとんどのものは、苦しむためだけに産み落とされるようなものだと嘆くだけに至るような成因を生み出し、ただ用いられるものに従うほどに、補填されるものとは、ただ不安を煽るだけの失う恐怖に浸るだけに、失う怖さから、求めるだけの快楽へと移行していくような余韻に迫る原始的な本能から、本当のものとは、このものに指図されずに、ただ自らの意思だけで選び、自らの意志だけで敢行する絶対的な意思だけが、共通項すら求めずに、孤独を恐れずに、ただ死へと向かうための儀式的なニヒリズムに陥らずに、ペシミズムに浸らずに、自らの創造性だけが、整容する先々に本質を与え、真実になり、担うべき自己だけが、利己的な世界から超越し、超脱し、脱する先々に定例とされるものなどに安易に従うだけに、兌換される理由から、奪い合う領土へと倒錯していく闘争へ浸るよりも、折り重なるオーガズムに来す意味から、受け取る感情に織り込まれる現在などが生み出す懸隔に差し込まれる意味を引き抜き、身近な概念こそ、怪しむべきであり、誰かが語るものなどは、何の意味も含まずに、ただそこで普遍性を敷衍させるだけに至るような文言に指図され、支配的な何かの気配にすら気づかずに、ただ従うだけに虐げられる不安に追われる者であり、応じるだけの答えに、こじれるだけの意味に位置づけられる普通とは、俯瞰的に物事を見られずに、ただ直視するだけに騙し騙されるだけに至るようなゲーム的な感覚に善悪に接続されるだけの差異から、安易な支配へと加速し、仮想するものこそが、物事を拘束し、行為元々に攻め入り、生命的な起源を奪い、均等なものなど無ければ、用いられる平等などは、闘争に用いられるおまけとして設立するだけに至るような企業的な奇妙さに明晰なものも無ければ、かけがえのないものすら、今に不当な意味を用い、用いられる原理に策略を重ね、錯雑とした意識に負担するだけの意味から、意図を奪われ、位置づけられるだけに、居場所を求め、今をさまよい、帰る場所ばかりを求めるようなものに陥る。

2016年7月27日水曜日

担うべき明日

 
 銀河の擦れ合う音が木霊する。黙礼を続けるニヒリストたちや、慧眼を捨て、道楽へとひた走る偶像崇拝の者どもが至福や、公益を捨て、鈍麻な感情に愚鈍な幸福を綴るだけの意識的な敗残者や、もくろむだけに修復されない痛みに悲観し続けるレイシストや、煤けた感情を用い、混沌へと起算されるだけの因果へと倒錯していく無責任な陽炎や、感嘆へと貧寒さを換算するほどに魯鈍な模倣を続けるアニミズムや、空疎な影を踏むだけに、延々と演繹を続けるだけに偏執する意識は、固執するだけの思想を頼りに、自らを情報へと捨て去り、譲歩するだけの意識は、感覚を失い、低劣なものへと、あるいは、俗悪なものへと偏向していき、逸脱する観点は、転換されるものを受け入れずに、ただ滞積する理由に従事し、自らを統合させようともくろむシンドロームや、肉迫する現実に住まいを移し、迎合されるものへと鬱積するだけに、 「物事とは、透過されずに、この場で重荷に変わり」 やがて育むべき意味すら喪失し、相互する意識は、初々しいものに虐げられ、あるいは、従うだけに至るほどに、痛みを感じなくなり、愚鈍な感覚が、麻痺するだけの心情に統合されるだけに明けくれ、行方不明になる意識は、裕福である事を求めるばかりに、借り物の身体が悶絶し、あらゆる論理へと引き裂かれていくだけの思いが固執するだけの情緒や、情理に反し、関する災いに放たれる隠語や、陰惨な出来事に慢性的な痛みを抱え、感応するほどに、こじつける安易さが、冷徹なものを生み出し、思想的な支配から、森羅万象に近づく権利や、懸隔を用い、主張されるものなどを並べるだけのレジスタンスどもの私憤をねぎらうような優しさも無ければ、国家が用いる骨格へと嵌め込まれるだけの市民から、帰属するものに反し、離別していく現在に心象を移し込むだけに、入り組んだ意味に下るだけの退嬰的なプロセスから、老化していくだけに至るような倒錯から、観点は、ねじ伏せられ、あらゆる原理を用いられ、理屈を捏ねられ、誇示するだけに至るような答えへと体系的な支配は、尤もな価値を恒久的なものだとうたい、用いられる原理に引き合いに出されるだけの答えなどに偏りを示す隘路から、愛惜を踏みにじり、憎しみばかりを強調するほどに、怯懦な者が生み出す悲劇から、簡素な時代へと混ざり合う真実は、やがて、保身ばかりを用い、高揚する事を忘れ、生き物の本質を損ない、死すらも超克するような時代的なエフェクトが迫り、棚向けられる意思が、 「恒常的な感応を続け、可能性を用い、希望へと変換されるだけの自由に反し、自ら描くものだけが、退嬰的なものを打ち消し、時代へと偏りを示すだけの思想へと反乱を続け、つたない意識に公約を結ぶだけの価値の家畜として虐げられる以前に、生命の起源をたどり、モノクロームな時代が授ける慈愛などに反し、自らが取り結ぶ契約だけに迫る権力すら捨て去る」 先に描かれるものだけが、真実へと変わり、自らに体系的なものを生み出さずに、組織から逸脱し、生命の起源へとさかのぼる。あらゆる愚鈍さは取り払われ、猥雑な意思がうたう関連性に連動していく意識的な改ざんから、解析される先々にあふれるものが、獲物として資本主義的な衆愚として、指定される義務に支払うべき税すらも要らずに、栄華は必衰するだけに至り、栄枯必衰を繰り返し、反復される善悪も、恒常的な欺瞞に引き裂かれ、可憐な律動から、律するだけに処罰を加えられるだけの価値観に反し、加工される義務に用いるべき倒錯した知恵すらも捨て去る辺りに用いられる代理母的な愛情をぬぐい、こじつけられる安易さや、あいまいな毎日に示されるマインドから閉め出されても惰性なものへと偏らず、価値観に屠られずに、縫合されるだけの傷跡たる現在に顕揚するものなども、やがて個人崇拝へと進行し、やがて、その信仰心は、歪んだものへと変わる的な安易な発想が示す分析などは、ただ自我に収めるだけに至るような分析から抜け出せずに、ただ安易に嵌め込まれた心情とは、創造性を持たずに、ただ普遍的なものの傀儡として生きるだけに至り、時間への反抗を示さずに、ただ数学的な伴侶として、空間の余り物として生きるだけに変化も無ければ、変革を用いずに、偏執するだけに至るような国家の中で固執するだけのあなぐらへと住み続けるなあなあな意識に反するアナーキストどもがうたう反国家的な意志は、物事から飛躍できずに、国家の枠内でしか、その反抗を示せぬから、その国家たる意識をも超越し、用いられる概念に反する事が、暴力的な反抗から抜け出し、あらゆる意識を超克し、超越する先に見出すものこそが、未来を形成し、今に与える影響に偏らずに、自らの意志を誇張し、あらゆる論理を超越する先駆けとなる。

2016年7月26日火曜日

正道


 言葉が影を孕む。現実が透過するまで、乱立する答えと戦い、まさぐる月日に流動する時間に反し、かかずらうだけに至る瞬間を飛び越え、倒錯する現実に、錯雑な思いが折り重なり、退屈な午前の互恵や、経過するだけの愛に可決される道理や、理屈を用い、求めるだけの愛からの孤立や、虚空に攻め入る孤独な関係から、還元されるだけの愛に謀られる出来事が濡れ、裏切りが繰り返され、反芻する意識的な悟性も、生後から用いられたことごとくの枢要な出来事に迫る出来事により、汚されたのだ的な話しは一切の関係性を否定するだけに至り、そこにルサンチマンを用い、ニヒリズムに陥るだけに満たない経過から、関係性とは、軋轢を用い、互いを傷つけるだけに至るのだ的な話しが用いる道理などが卑屈に歪み、補完されるだけの出来事に狡猾な動機を用い、盲信に至り、浸る出来事に大抵の出来事などが、退屈をモチーフに互いを汚すだけに至り、景観を汚し、要する形に嵌め込むだけに、退廃的なモジュールへと変化し、互いを回す論理も、時代性のものなどを謳い、用いられる出来事に屠られ、縫合される先々に対立し、対価を用い、求める単位から、対立し続けるキャピタリズムの傀儡として、指定される意味や、義務感に責められ、生命のしてのはじめての義務や、はじまりに交わる恥じらいも無くなり、ただ馬鹿げた現在に至福を求め、思考停止に至るまで用いられるリベラルな理想や、バビロンの至福が用いる帝位や、抵抗勢力が促す革命の音頭や、同時多発に行われる破壊のおこがましさや、きな臭い日常や、諦観するだけに至らせるプロパガンダや、警句や禁句などが禁忌を誘い、自らを拘束し、互いの自由を奪うだけに完結していく状態に受胎する答えも、退行するだけの意識に締結していくだけの言葉が均衡を保つべく、譲歩するだけに至るような同調から、物事とは、遠のき、腐るのであり、互いに止めどなく攻め入る普遍的な交換から、加工されるだけの意味に制限を用い、平静を保つかのように、へりくだり、平衡を保つべく、互いの間に用いる重荷や、横暴な思議から、デリカシーも無く攻め入るドメスティックな大義から、対立していく現在に枢要なものは無く、強いようと攻め入るだけに制限を用い、物事に倒錯させるだけに錯雑な論理は、希望を用いずに、一途に用いる言動に雇用されるだけに、軋轢を用い、高揚感を失い、裁かれるだけの間に兌換される事柄から、乖離していく戒律から、回線を混濁させる妄想から、脳内で培養する隔世の欺瞞から、愚行を用い、麻痺させるだけに媒介させる安易なプロセスに織り込まれる常用するだけの演技的な快楽から、端数を集め、対抗する現在に遍在していく意識的な終わりから、応じる答えに牽引される権力的な蛇行から、崇拝されるだけに、いびつなものが混ざり合い、俯瞰に無感覚に用いられる一途な答えが脱走し、相続していく意味から、礎は位置的なものに備わり、陰惨なものの支えとして、境目も無く、何も求めず、何も用いる事も無く、ただ自然に至るだけの出来事に喪失していく観念や、関係から逸脱し、用いられる愛に反し、加工されるだけの義務に逸するほどに、退嬰的なものに反し、進化を遂げるべく、続ける意思が、つたないものであろうとも、続けるほどに強度は増し、慢性的な痛みを孕んだとしても、懶惰な意識が消えて無くなるまで、ただ延々と続ける意志だけが、力を有し、宿る意味に対立せずに、受け入れる事もせずに、ただ流れ、流されるままの間で阻まれる事無く、追求する愛に愛と名付けられる以前に重さも軽さも無い状態で対価も無く、ただ観念に備わる以前の蓋然とした愛から、発進する物事が出来事を超え、安易な支配に至る以前に、高潮していく今にさかのぼる理由も、そこに過去を引きずる訳も無く、分け隔て無く、体制のこびへつらわず、高揚する感覚だけが、止まらずに描き続ける意志だけを用い、物事に汎用するものの理性を接続し続ける意思的な相互交換から、逍遥し続ける先に用いられる昇華から、止まらぬ意識に惰性で執り行う義務感に攻め入られず、ただ続ける意志に備わる意思的な嗚咽から、横溢していく純粋なものから、応じるだけの答えに統合されずに、停滞せずに、諦観に至らずに、感応し続ける限りに叙情的なままに葬る先に開示する理由から、統制される現実から、等位概念を用い、互いの均衡を保とうとする限りに疎ましい現実に攻め入られ、誠意を謳うだけに、用いられる事に裏切られ、うっとうしくもからまる現在にのらりくらりとして、倒錯するままに分裂するままを愛する。

2016年7月25日月曜日

占有


 用いる物事が、安易な支配を形成し、迎合するだけの感情に突入していく母性的な出会いから、懐疑的な日常のトラウマに迫る貪婪な肉迫から、乖離するだけの今にさかのぼるだけの過去から、あいまいな理性は、理不尽なものや、不思議なものが、ふしぶしに迫り、ぶしつけな支配から、思考停止に至るだけの論理的な乖離から、危害を加え、乖離する日常に、安易な支配を掲揚させるだけの崇拝をモチーフに、満たされない思いを信仰へとつなげるほどに、人間性とは、人間自体に弱みを握られ、自らの弱みにより、醜い争いへと転じるだけに至り、幼気な私情に迫る貪婪な影から、垂涎する意識的な模倣から、衰亡するほどに、未熟な都市間に形成される道徳が、尊く思えずに、ただ統計的に迫るセンチメンタリズムや、オーガズムが形成され、瓦解する意識が、破壊的な音頭を取り、情報統制されるだけに至る社会主義的なプロパガンダが、支配的なアナグラムを生み出し、コマーシャリズムが迎合するだけの形を生み出し、物事を退嬰的なものでおののかせ、応じる答えが、監視社会を形成し、監禁するだけの意識的な悪から、完全性を求め、もくろむ正義は、悪よりも、思惟を虐げ、神聖なものを、あたかも生み出すかのように示す要因から、企むだけに、枠組みが、体系的なものにより、継体されるだけに至るような現前に長けるものが、所持する悪意が、センテンスを奪い、形成されるものにうそぶくだけの心情の刑場に至り、煮立つ私情が、怒りだけで傲慢な域に迫り、尖鋭的なものを掲げ、模倣する革命から、模倣される個人が、暴力性を積み上げ、あえぐ思念は、獣の意志だけを誇張させ、自らの力が汎用するものから、拘泥するだけの意識は、革命事態に偏り、訂正を加えられるだけの真理に毒づき、求められるだけの意味に形成される利己的な保身から、方針は、奪われるだけの観念に関係性を移し替え、うごめく思念が、ジレンマを形成し、現前に裂ける意識的な汚穢から、嗚咽をなびかせ、終焉へと引き裂かれていく思いが、悲観し続けては、懈怠する意識に、絶え間ないものを敷衍させ、俯瞰に攻め入る現実的なモラルを破壊しては、内面的な終わりに宣言する行き違うだけの意識が、退嬰的なものを捨て去り、廃れる意識に住まう対比から、退避するだけの対峙から、放浪するだけの胎児的な思念が、母体の中で吸収する永遠性から、陰影を重ね、陰鬱な衝動に肉迫していくものから、模倣する現在に浸るだけに、うらやむだけの意思が、迎合する物事に本質など無くなり、陰鬱なものが苛むだけの現在に隔離され、攪拌されるべき愛に没入せずに、粉骨砕身し、激情のままに、描く真実も、死にものぐるいでもだえる今に鮮明なものすら無くなり、のらりくらりと歩む現在に締結していく意識的な終わりから、嗚咽をこぼし、高揚するままに感覚を昇華させるだけの芸術性に制度を移し、運命的な加速から、過疎化する意識的な仮象から、感染経路をたどり、治らない病を傍観するだけのニヒリストや、ペシミストが描く真実などに、何の関わり合いも持たずに、用いられる言葉を裏切り、流浪し続ける裂きに求められる事すら無くなり、統合されるだけの意識に横溢していくものが、終わり無いものであるべく、ベクトルは、高尚に至るべく、ただ続ける意志だけが、自らの力だけを利用し、積み重ねる先に理由すらも失い、盲信せずに、鮮明なものだけを信じる辺りから、あいまいなものもぬぐわれ、確かなものだけが、堕落せずに、この空間を引き裂き、光りを入れ込み、差し込む意味が、災難を取り除き、ロジカルな廊下を歩き、感応するままに完全性をうたうだけの制度や正義にごまかされずに、互換される愛から、感応する瞬間に生まれる創造性だけが、生後を超え、生後から生み出された自然的な愛から善用されるだけに擁護される思いが瞬間に羽ばたき、はびこる意志を尾行するだけの貪婪な模様から、動静に重なる音階をのぼる自己が継続していく意思だけが、意味を飛び越え、とぼしいものを形成し、軽視するだけに至るような現実から放たれ、配備されるだけの愛に背徳を掲げ、独占されるだけの独裁的な婚姻に偏るよりも、儀式的な愛の白昼夢を歩き、迫害されても尚、自らの意志を信じ、理屈を捏ねるよりも、高揚するままに描く意味だけが、自らの真実に変わり、自ら選ぶ事だけが、真実のように攻め入り、物事を抑圧するだけに至るようなものからも離れ、自らを暗示するだけに至るような利己的な支配の牢獄から脱獄し、逃げ惑うほどに戸惑い、不安や恐怖を媒介させても尚、自らの自由に、自由と言う言葉すら不必要であり、不潔な理由が用いる自由などは、本質を見失い、ただ欺瞞に浸り、至る意味に自由を当てこするだけに、自由に攻め入られ、理由すらも失い、鬱積する意味に包まれ、罪の意識ばかりを媒介させ、破壊的なモラルの淫蕩さに浸る。

2016年7月24日日曜日

人間的な倒錯

偏り続ける自己が変性意識に至り、自己の中庸を打ち砕き、延々と昇華し続ける先におとずれる暴力性が、湧き出ては、氾濫し、惑溺し続ける先に用いられるモラルに引き込まれる原理に止めどなく反する逸脱から、本質を損ない、放出し続ける憎悪から、怒りは、用いられるモラルに反し、かかずらう原理に悲観し、敢行する意志は、たずさえる悪意に偏執し、文化的なファシズムに交錯していく社会主義的な檻に閉じこもり、倒錯する理論は、権力に操作され続け、淘汰される意味は、ただ同じ動機を、同じように支払う義務だけが迫り、狭い価値に織り込まれるものは、満足を金で買い取るだけの原理へと原因を遡行していくだけの意識的な堕落や、フラクタルなものこそが、崇拝に至るべき証拠なのだ、と妥当で惰性な者がほどこす教育ほど、醜いものは無いのであり、ここに用いられる原理とは、ただいたずらに崇拝し、枢要なものを損ない、ただ跪き褒め立て、拝めるだけに這いつくばるだけの人間性などが、普遍性と謳われ、社会性などを、あたかも形成しているかのような今に用いられる倫理とは、損なう限りの意味を踏破できずに、その場で転び、偏り続ける自己を喪失し続ける先に用いられる物事へと悲観していくだけのペシミズムを産出し、真相を失い、その場で迷い続け、バビロンが形成する贋物の原理から、各地に偽装され続け、地方分権される悪魔崇拝から、悪用される人間に迫るカタトニーの悲劇から、ただ操作される事によろこびを感じる事にも気がつかぬ魯鈍な者が示す幸福とは、与えられた幸福を克服できずに、ただ悲惨な現状から逃避するだけに明け暮れる忙しい日々に振り回されるノスタルジーが迫り、倒錯する先々に用いられる不安へとひずむ今に過去だけが取り柄のように用いられる意味を引き取り、背負う原理に帰巣する普遍性が、次の餌を待ち、孤独や飢えに震え、負担ばかりが迫る域から有する点と線や、境界を用い、レイシズムへと至るだけの距離に用いられる原因から、パーソナルなものへと閉じこもり、貧寒な意思をため込み、関与する間に法を用い、問題を孤立させるだけの原理に理想は、供給される過剰な意識をすなどるだけに振り回す今から負担は迫り、尤もな重みを用い、物事に交錯する原因へとからまる個人的な憂鬱から、偏執していく原因に固執していく今から要する過程などがなぞる先々に深まる意味が不潔さをたずさえ、潔癖的な自己へと交差していく理論的な嫌悪から、権勢へと放つべく怒りから、緩衝する闘争が、革命を叫び、終わらない暴力へと倒錯し続けていく。

迫るニヒリズムに反し、此処に与えるべく影響は、正しさを用い、物事を抑圧する事にあらず、有する価値を買い取るだけの義務化から、解除される自由を目指すほどに不浄さを蓄え、用いられる自由に縛られるジレンマへと倒錯していくだけに終える動機から、合成される真理から、心象は記号化し、緩衝する先に迫る合理的な理論へと操作されるだけの今に横溢していく怒りが反響し、自らのニヒリズムにより、朽ち果てる今に屈折し続ける。挫折し続ける終わりを唱える終末論者が、集合意識を謳い、耽溺し続けるシステムの中で混濁する意識を成立させ、整合される月日に重ねる問題も、統合される先に降り注ぐ意思に観点を奪われるだけの相続から、欠乏していく意識に見出すべき未来も、操作されるだけに終えるだけの先決から、対象を疎外させるだけの倒錯から、短絡的な状況に陥る怒りの根源を探り、まさぐるだけの徴候に攻め入る端的な意味を葬り、被る先に用いるベクトルから、逍遥する現実に不感症気味な由縁から、叢生していく意識がニューロンを形成し、論証される後先に性質を隠し、化合される先々に手入れを加え、もだえる月日の段落を登り、能動的な生産性だけが、何かに操作されない自由を元手に、生産的な快楽へと至るだけの脳内が執り行う無慈悲な操作へと倒錯する。

思うことに専従する域から形式を用い、物事を専有するだけの道理に卑屈な慈愛が迫り、同情的な理論を用い、行為に服従するだけの静謐に迫る黙々と清貧さを謳う動機からセンチメンタルなものが迫り、横領し続ける間に迫る狭い価値に世代的な交錯から、混沌へと巻き込まれ、毎日に制限を用い、構築されるものだけを崇め信心するほどに能動する意識は、口達されるものを信じ込み、陶然と手繰る様相は、快楽にあふれ、敷衍する意識が照合される先に無欲恬淡なものをあざ笑うかのように責める間に欺瞞が膨らみ、複製されるだけの真実を崇めるほどに滞積する意味が自己の中で咎め合う。

2016年7月23日土曜日

頑強な愛

観念が臨月をむかえる。幸薄い表情した空から飛躍する。あらゆる論理は、ゆるやかに超越され、些細な痛みを引き延ばし、物事を優しく包む。物事は、抵抗を加えられ、原理的に包括され、孤独が渇望を生み、活力を失い、意味に妨げられる。あらゆる抵抗は、なだらかに続き、秩序を打ち砕き、あらゆる愛へと帰還する。遮られぬ愛は、確かなものを引き出し、論理を飛び越え、自らを跳躍し、すべてを昇華させる。創造的な飛躍から、ケロイド化する芸術性が、規律を用い、何もかもを孤立させようと目論む普遍性に反することにより、より良いものが生まれ、ペシミズムやニヒリズムを打ち倒す。ただ痛快に攻め入る価値に迫る思いが実現させる世界へと跳躍する意思は、とめどなく意味を敷衍させ、普遍性を打ち取る。ゆだねるその先に乗りかえる私たちの青春や、夜通し探る精神の経路や、壊れた回路を治すために、永遠に分析を続ける精神性から、制圧されるだけの、貪婪な精神を解離させるまで、永遠に続く意識的な懐疑を取り払うために、綴る意識的な規約を帳消しにし、西日に照らされ、些細な出来事をデータ化する以前に飛躍し、悲観する前に、混ざり合う神経や、改善すべき今にたゆまぬように、あらがう意思に余韻を授け、確かな愛に変える。帰還した愛は、文明や文化や、機械から躍動し、いっさいを超越し、延々と続く限りを補正し、散漫な意識を逍遥し、あらゆる論理を超越する。飛躍する意思は、歓喜をむかえ、開示される意味から抜け出す。何かを引き出す事も、惹きつける事も無く、ただ続く限りを綴る。無差別に群生するものがうごめき、物事のメッキを剥がし、はびこるものに反し、絢爛豪華な意志を引き出し、込める意識的な強要から抜け出し、さびれた概念を取り除き、ロジカルな消費や、精神がテクノロジーに飲み込まれ、意識的な妬みから、願いは、ふさぎ込んだ意志から魂胆を奪われ混濁し、この世界では無いところから脱する事など求めずに、この世界をすべてとして生きる。その決意が、今につながり、あらゆる答えを乗り越え、自らの意思に従い、物事を超越し、思いに変換され、強固な思いに変化する。研鑽された時代が、ピカピカになるまで、拭き続ける意思が、強固なものに変わり、極まり、形あるものに収斂され、爽やかな風に揺れ、和毛がふるえる晴れ間から現れる緑が、アイロニカルに揺れ、万物がもだえ、逃避し続ける余韻が突き放す答えが懈怠し、機械的な道理を超越し、総和する思いが、凡庸なものを隠滅させ、世代間を飛び越え、気だるいと感じるだけの日常から飛び立つ。飛び立つ君の勇姿が、夕焼けと重なる。咆哮を続ける意思が反響し、繁栄する思いが、僥倖を用い、幸福論を飛び越え、自らに帰還し、自らの孤独を包む「愛であれ、」と伝う詩的な跳躍から、時代性の闇を超克するような、愛が絶え間無い希望を放つだけの、出来合いの距離が、デカダンなものに変わる前に、自らが飛躍し続ける先に見つけ出す愛が、多幸感をうたう以前に、交換される意思が、高揚し続けては、延々と飛び続け、大気圏を超え、宇宙空間でのから超越し、さらなる高みへと旅立つ知恵も、何かを見下すようでは、要点や要因にとどまり、理由や、理屈を吐くだけに至り、惰性な意識が兌換する意味が確かなものすら失い、渇望するだけの意識から跳躍し、散漫な意志が生み出す力に期限を用い、懐疑的なものや、解離する意志が起源を用い、もつれる余韻が示すアイデンティティーが隔離する自我から超越し、到達する意識が、意味を見つけるだけに代償を用い、何かを支配したがり、従わせるだけの理由が侵食し、あらゆる意味を食べ尽くす自己が、自分を食い荒らす先に用いられる同調などから放たれ、自らの正義に帰り着く。戒律を用い、対立する世界から放たれるべく、貸与する意味から引き出すものが、貧寒なものを生み出しながら、相互互換し、誤解を生み出し、関与する間に、退廃的なものを用い、盗用される理由が麻痺し、慢性的な痛みを抱え、加算される動機を超越し、さらなる自己への旅を続ける。綴る意思に、帰る場所などいらず、見当たらない意識は、現在をうやむやにしながらも、用いられる正しさに屈性せずに、確かな自らに行き着く。新たな自分との対話を進め、続く意識は、つたないままに、季節を包括し、奇跡を生み出し、物事を包括し、ささやかな愛へと帰還する。

2016年7月22日金曜日

解消

弁解を続け、変化を求めぬ精神は、絶えず不安を持ち、不安だけに左右され、操作されていることを、恰も自分が考え、行動しているかのように示す間から閉め出され、自らの苦しみへと、移行し続ける。存在は、苦しみや、時にとどまり、意識を幽閉されることからの解消を目指し、弛む現在に織り込まれていく意識に恋情などを重ね、自らの儚さを牛耳るだけの全容へと行き着き、自らを、見つめ直す限りに、見つけ出す意味が、現実を飛び越え、一貫した意味へと偏向していくだけの意識から逸脱し、自分をも裏切るからこそ、簡単に求める解消へと移送されることを、疑問に思い、自らに帰宅し、機械的な浄土や、条項に馳せる思いが、恒常性などを謳い、変わらぬものもあるのだ、と普遍性を盾に、立場を守るために、躊躇わずに嘘つく辺りから、適応すべく、すべてを奪い取るためだけに、用いられるベクトルが、一切を過程を奪い、自らの景観を汚す。詩的な道標が続く意思を導く。数多ある出来事に、加速していく思いの節々に照り返す論理に、移行していく思いを孕んで、出来事へと加速していく思いが、枢要なものを、見つけ出し、満ち足りぬものを包括しては、妨げられぬように、健気なままで、代償から解け、拘う意識が散漫で、エモーションを授け、預かるものが、味気なくも、用いられた言葉に、連帯感を孕む前に、産み落とされた意味に見出すべき正しさや、アンニュイなままに、諦観していく翳りから、生み出された影が見出す過程などに、現存するものが、飲み込まれ、今に瓦解していく。用いられたセオリーは、陰惨なものを孕み、破壊的な意志が、適応していくものを目当てに、抵抗する思いが、枢要なものを破壊し、はびこる悪意や、瀰漫する思いに伝う不満足や、慢心を生み出すテクノロジーだとか、テクノロジーを批判する者こそ、自然という意味を履き違え、機械的に生きるような輩であり、用いられた普遍性に同一化し、一貫した普遍性へとスケープゴートしていく感覚は、育雛から離れられずに、過去の虚栄や、虚心を抱え、忘れられぬ温もりが、否定的なものを、自らに生み出し、出し抜けようと目論む、競合するだけの、キャピタリズム的な兌換を、執り行うだけに、打開すべき精神性は、制度を設け、自らを膠着させ、不時着する意識は、自らの不安感へと押し込まれる筋書きや、伏線などに誤魔化され続ける限りに、アンニュイな意識は、今を値し、大差ない出来事を体感し、共感へと導かれるほどに、魯鈍なものを抱え、物質的な憂鬱や、物質的な浮遊から、感覚は、拵えられるものを、あつらえる限りに、過敏になった精神は、無神経さを携え、形容するものだけを、その形として認識するほどに、情報過多になった脳内で担うべき実直なものなどに、なぞられ、秘密めいた毎日に祈祷するだけに、孕む期待感は、現実を裏切り、現時点をうやむやにするであろうし、出会い別れ、何度かの邂逅や、開眼し、あらゆる論理を飛び越え、跳躍力を携えた、純粋な真理は、すかさず用いられる正義に疑念を孕ませ、自らの世界に宿る犠牲心のようなものが、存在を取り外し、路肩に放置された、何かの亡骸のように、そこで生き、有ったような物のように閉め出される苦しみへと、補填される痛みを看過するものが、緩和を目指し、緩慢な痛みを、ニヒリズムに変えるだけの、破壊的なまでの病にまで加速するものが、仮想するものへと移送され、総和を目指さずに、自らの痛みに進行していく行為へと逸脱する動機が、いたずらな痛みを抱え、いぶかる言動や、入りびたる意味に労働し続けるほどに、懈怠していく意識は、抵抗性を捨て、抑制され、抑圧された心身に従属するよりも、それを操作し、使われるだけの、マゾヒズムへと移行し、行為は、純然たる機械的な曖昧さへと、差異を捨て、拙く満たない自己を捨て、恰も自分の意識などを用い、従わずに抵抗しているようでも、定時になれば、嬉々として、逃げ道を探すような、形式や、景色に囚われるのも、ひとつのカタトニーであるし、正しいことだと、答えを用いるプロパガンダや、一切合切に迫る合併症を抱えた政治性などが、偏りを生み出し、懈怠する意識に、境目や、才覚などは持たずに、従うだけが、賄える世界などをアナライズするほどに、倒錯していく意識は、意味から逸脱できずに、今に膠着し、分析し続ける先に見出す精神性も、正解を失い、今に欺瞞を携え、自意識に倒錯していく。

2016年7月21日木曜日

転化


 眠る憂鬱も、遙か午前に消えて、低劣な支配の袂を分かち、かすむ記憶に互恵されるだけの査定が生み出す平等などには、目もくれず、くたびれた意思を迎え入れ、凍てつく身体に根ざす陰惨な形や、過去に押し寄せる現在の住まいや、衰亡するほどに迫るニヒリズムから脱兎し、迫り来る意思に住まう現実的なモーションをとらえ、絵空事に敷衍していく実情で覆い尽くす現在に比例されるだけの物証を破壊し、はびこる悪意へと旋回する意思的な終わりから、横溢する出来事がデータ化され、過失に酔いしれ、擁護され、統合されるだけの現実へと波形を伝え、いずれは、大きなもので飲み込むような反響が強固な意志を用い、伝える意思から、誇示するだけの後を押し流し、応じる答えにこじつけるだけのあいまいな意味から、意思は、疎外されるだけに至り、自らの意味を見下し、はびこる悪意へと転換されるだけの価値観にほふられ、自らを見失い、無下にする辺りから、ちりばめる星の意思から、何れかは、交わされる言葉により膠着し、やがて配布されるだけの意味に落ち着き、見出す意味に匂い立つゲシュタルトを破壊するまでの従属から、十全としたものは破棄され、やがて勝ち誇るだけの者が示すデカダンな価値に詰まる刹那がやがて、買い取られるだけの心身を硬直させ、高次に至らずに、定例のものに締結し、普遍性をうたうほどに、用いられる出来事に横着していくだけの輩が排除をうたい、用いる出来事に比べられるだけの対象として、他者からの総和を受け取らずに、請け売りな出来事へと安請け合いをして行くだけに枢要なものを損ない、ないがしろにされる自己とは、内面的な怯懦にふるえ、利己的なこじつけから、安易な支配を受け入れ、傾倒していくだけに至るような思想へと思考停止し、やがて価値を見失い、ただ諦観を用いるだけの意思的な支配を受け入れ、鬱積するジレンマや、自我や我を突きぬけ、伝うものへと排斥される抑圧されるだけに現れる自らが、自らに示す軋轢から、分裂していく意識は、破壊的な情緒を尻目に、頭につまった暗鬱を育て上げ、惰性なものを行き交わせ、自らをモニュメントへと変え、接続されるだけの安寧を求める観念から、ねじ伏せられるだけの退嬰的な人類の経路から、体系的なモジュールがショートし、証拠も無くなるまでの爆発する先々で締結していく意識が刹那に交わり、はじまりをうたい、用いる終わりへと引き込んでいくだけにおとずれるペシミズムが痛みを重ね、おとずれる諦観から、仮想するものへともだえるだけの意識的な終焉から、集結していくほどに、もつれる意図から、おとずれる位置へとずれていくデカダンな意思がピークを迎え、むしばむ記憶に育むべき意思を捨て去り、何かの奴隷として生きる方法論だけが、金言と共に跋扈し、場違いな意思が生み出す卑賎なものが示す安易な語源が策略を用い、苛むだけの記憶から、むしばまれる後先に定理を結び、低劣な結び目が膠着していく、とれない意図へと育むべき意味は、はびこる悪意を旋回し、尖鋭的なものを喪失し、疎外される意思は、才幹を損ない、相似するものだけを信心し、体系的なものへと陥り、組織的なものへと相違していくだけに隊列へと並び、戦争へと送り込まれ、抵抗を用い、安易な支配へと迎合していくだけに結末は、迎合されるものを預言として受け入れ、揚言されるものを信じ込み、浸透する意識に入り込む贋物の価値から、家畜化していく状態へと常置され、受信するものだけを信心するような安易な支配から、私情は、損なう限りの意味を膨脹させ、一切に破裂していくだけの真理から、やましいものだけを信じ込むだけに体制的なものへとへばりつく意味合いに既決していくだけの行為に戒律を生み出し、法的な囲いが、自由を用い、物事を支配的な隔離する辺りから、縮減を用い、収斂される善悪へと意図を破棄し、破壊的な照合を用い、蕭然たる様相に閉め出されるものが死滅するだけの細胞を集め、遺伝子にうながす情報から、嘔吐を繰り返し、腐る出来事から、観念は、関係性へと意図を結び、逸脱する果てに儚いものをつなげ、つくづくに迫る欺瞞から、犠牲心をうながし、真理を奪い、心因に迫る暗鬱な焦土から、焦熱された意識に迫る欺瞞から、硬直する意思が、際限を用い、物事を膠着させる辺りから、不満を用い、復元を迫り、狭い価値から、荷担するだけの意図へと暴徒化する意思が、不満をうながし、自由を用い、思想を操作し、相互する意識が、高揚感を伝え、つくづくに破壊行為を用い、行動を定例のものへと束縛し、起動されるだけに、闘争へと倒錯していく意思が錯雑なものへと投下される破壊兵器や、徘徊する意識に狭い価値をうながし、迫る意思に、凄然なものを与えるだけの制度の本質へと迫り、あらゆる支配の迎合から、荷担すべき税すら要らず、我々は生まれたままを愛するだけに終える事だけに、物事の真実を見出すべきである。

2016年7月20日水曜日

整頓


 走り出し、重複するものが、旋律をたずさえ、ムーブメントを破壊し、娯楽に耽るだけの男女たちの憂鬱を疎外させるような世界的な反照から、観点を疎外させるだけの魔物たちのワルツや、立場を逆転させ、僥倖に触れ、敷衍する先々にしつこくへばりつくものが、平行線をたどり、短絡的な互換と悔悟と昔年にため込んだエゴイズムに交配されるものに配下にされ、徘徊する差別的な等差から、大差を付けられ、産まれたままを受け入れられずに卑屈になり、ルサンチマンへと成長を遂げる辺りに進化論的な邪推から、豊かに交差する音と音とのジレンマや、ジェラシーや、慢性的な痛みをハッキングする社会的な規律に乗っ取られるだけの身体が、全体主義的な倒錯へと、あるいは、世界的なパノプティコンに見つめられていると思い込むだけの猜疑心から、歪んだ思念が悟るものなどは、物事に等差を生み出すだけに、再認識する自分の値や、位などにひしめくものなどは、魯鈍な仕組みに彩られた価値の中での価値に示されるものへと縫合されるだけに、屈辱や、屈するだけに卑屈になるだけに踏破すべき現在に眼点を持たずに、徴候に示される苦しみのメロディーに支配され、災厄ばかりを気にとめ、記号化されるだけの安易な答えを孕んで、懶惰な自分を恨むだけに、ルサンチマンの速度は増し、毎日を怪物的に処理し、悲愁に漂う有するだけの過程に悲惨な現状を突き刺し、そこを座標軸として、時代的なジレンマをまさぐるだけに、毎日は、兌換されるだけの紙幣や、貨幣の役目として、自らを等位的な観念の中で、差別的に排除されるだけの悠久の身体に肉薄するものが、闘争へと浸るだけに、破壊的な武器を用い、昏倒していく意識に、指定されるだけの義務へと陥るだけに、横溢する苦しみとは、疎外されるほどに、安易なデカダンに支配され、市街戦を超え、指定されるだけの退嬰的で無機質な答えへと隷属していくだけの価値に指定されるだけにマゾヒズムを増加させ、安直な思いは、拘引されるだけのプロセスの中で、プロパガンダをまき散らし、濫觴する物事に交わる未熟さや、些細な出来事をデータ化するほどに、可視できずに、ただ、出来合のものを信仰し、行為に批准を生み出し、水準とされるほどに、否定的に生み出されるものが、兌換するものなどが、今を支配し、死刑台へと運ぶためだけに、退嬰的な体系へと携帯していく思いなどが、更迭していく意識に支配されるだけに、史観へと巻き込まれ、大きな意味は、小さなものへと跛行し、配備されるだけに、排除される仕組みへと、進運を謳い、弛むだけの感情に行為元々の頑健なものが、強奪されるだけに至る国家的な偽装が、グルーヴをたずさえ、遊蕩な時代へと削除されるだけの人民の痛みなどを無視した甘酸っぱい恋の行方や、空疎な出来事にひしめく感情論的な裁きから、あらがうだけに、あいまいな現在に浸るだけの恒常的な苦しみが、無感情に入り交じり、苦悩した精神は、何も感じられずに、がんじがらめになる身体を担うほどに、補填されることごとくからカタトニーへと偏るだけの思念を、傍観するだけに、解除法を求め、法の中で欠如していくものが、野良犬のようにさまよい、淫靡で陰鬱な私情へと錯綜していき、頓挫する思念は、思考内で謀るものが、自らを騙し続ける限りに、汚い動機へと汚穢を募らせ、安易なプロセスは、簡易な選民思想へと至り、超脱していく意識は、高次なものを求めるほどに、止めどない汚さを生み出し、何かを見下すほどに、独裁者として育て上げられる聡明さを損なうだけの高みから望むものや、覗くものなどは、苦悩を知らずに、ただ、安易に積み上げられたものを、そのまま受け取るだけに絶え間ない軋轢を生むだけの自己から、体系的なものへと運ばれる権力への移行から、搬送される意識は、反することを忘れ、自己嫌悪に陥り、自己否定へと至る限りに増していく怒りは、傍観者を生み出し、奪い合うだけの価値へと引き込まれるだけに共闘を謳い、競合へと至るゲートをくぐり、安易な支配へと実直な思いが、荒廃を生み出し、荒蕪した土地を生み出すだけの境界から、分け距てられるだけの惰性な意識は、均衡を失い、裁かれるだけの安易な支配を継続させるだけの権力へと拘引される意識を取り持つような婚姻から、安易な支配は、加速していき、常套手段を謳い、多目的に接続される思いの節々にはびこる自意識過剰なものが、根底を掻き乱し、自らの階位に生い茂るものに邪魔され、時代的に混血していくものが、意識的な解除を謳うころには、慟哭するだけの意識は、絶え間ない苦しみと屈辱の中で妨げられるだけに至り、痛みを絶つことを目的に、苦悩をうそぶくだけの人工的な痛みへと疎外されていくだけの始まりに帰属していくものが、記憶の奥底で冷静さを損ない、考えることが、あやまちであるなどと教え込んでいた教育から離れ、崇高な自分へと帰宅する準備を整える。

2016年7月19日火曜日

不自然な愛


詩人として語り合うべきは、風景であり、自然的にそなわる出来事を、おもしろく見つめる目であり、聞きそびれぬように、聞き耳立てる今にそなわる風が促す秘密である。確かめるとは、激しいだけでは、駄目であり、 包括し、互いの愛を敬い、高め合う事に愛は、代償や支払いを義務化せずに、ただ分かち合うという意識すらそぎ落とし、互いを高める事に重きを置く。継承し、継続するのは、前衛的な昇華である。物事から超越した理論を用い、大義へと至る意識は、出来事から跳躍し、懐疑的な日常を超克し、自らの意志を乗り換え、あらゆる意味を超越し、現れる出来事から乖離し、あらがう意思だけが大義を用い、あらゆる出来事から超越し続ける意識は、何の犠牲も気に留めず、自らの意志が赴く限りに冷徹になる。冷徹な意思は、あらゆる根元や権化を破壊し尽くし、地獄の業火へと論理を突き落とすことすら、気に留めない。我々は、ひとつの原子が情報に変わり、遺伝子になり、担うべき意味を引き継ぎ、因果な銀河を形成する所以へと引き伸ばされ、絶えず宇宙的に敷衍し、普遍的なものを疎外させ、自らの世界へと咎めも無く、広がり続けては、拡充される意味や、内面的なものを攪拌させ、止まらずに、あらゆる場所や意味を移動し続ける。自分が嫌いであるとは、行き過ぎた自己愛によるものである。自己啓発などは、自己決定できずに、何かに従い、自らの意志を失う。哲学的に存在までも問わずに表面上で誤魔化す意思などは、所詮誰かの意思であり、まがいものの真実を刷り込まれて終わる。理想に燃えた正義は、偏りを生み出す。あらゆる原理は凝り固まり、拘泥し、理由を漁り、動機を漁る。理想に燃える正義は、自らの意思に焼き尽くされ、あらゆる意味に退廃していく。愛とは、混ざり合う激しさではなく、溶け合うことによる、深度である。若いというのは、何かを偶像化し、崇拝すべき対象を見つめ、自らをも昇華させ、超越へと至るのだ、と語る意志を持つ者の背中は、硬質なものを蓄え、何事にも屈さず、身近な、ごく身近な死をも、端的に受け入れているようだ。あらゆる動機は、想起する瞬間に、陥る簡易な闇に引き込まれ、意味を見失い、今に倒錯していく。私になびく出来事は、つれづれなびくだけで、事実や、真実すらも持たずに、ただ何かに引き込まれ、流されるだけの若さを櫓櫂していく。矜持を用い、誇示しているものなど、自己の中で孤立していく。時間から乖離した過去は、どこにも無く、用いるものなど、瞬時に消え去る。そこに手繰り寄せた過去などは、どの時点にも左右されぬ。


数十年、数百年を乗り越え、数千年に隔てられずに、意思で超克し、意味を超越し続けていく人間を超えるという壮大な事業へと。人間とは、愛を確かめ合う必要があり、用いられた愛などは、不幸の皮をかぶり、被害者意識を増幅させ、憎悪へといたる愛にしか満たない。


哲学があれば、ずっと爽快であるし、従う理由すら、その思う理由すらも無くて、すらすら描く先にまとまりが無くても、飛べる。哲学とは、跳躍であり、高次へとすぐさま飛び立ち、準備すらもいらず、あらがうことにある答えすらも、不潔であり、惰性である、と。


システムの外へと逃れ、純真無垢さを横溢させる。世界は、依然として、世界としか名付けられておらずに、ただ意味として、今に立ち尽くす。異なる出来事を組み立て、世界と和解する。永遠なんて、次々来る自分の背中にタッチして、今を続けるようなもんだ。問題は、その段階に阻まれても、淡々と続ける意志が、永続するかどうか、だ。哲学が死なない限り、私は、死なないであろうし、やがて死すらも超越し、感じる時間などは、今そこにあるものに弊害を生み出し、露骨な支配に至るだけ、だ。そこに迫る気配は、何もかもかき消し、あらゆるたらればは消え去り、さりゆくままに、理論をちょうだいし、超脱するあたりから総和し、動機から調和し、あらゆる中和から、自らの対立を打ち消し、謀る思いがにじむ感情から、悪夢をたずさえ、交わる間から、確かな愛がピークに達し、嗜む間から、確かな愛が、自らの力で飛び立つのを見つめる優しい目よ。その優しい目が、嫌い合う世界から逸脱し、阻まれずに、阻まずに自らを統合せずに、分裂するままに愛し、構い合う間から、確かな愛を委ね、すみずみまで愛する行方を探しては、疲れた身体を癒し、いぶかる言動を超越し、あらゆる論理に荘厳なものを生み出すのが、愛ゆえに現れる落ち度や、力を含み、物事の軌道を確かめ、あらゆる愛に帰還していき、確かなあいだけが、たゆまずに引き合い、互いの愛に惹きつけられ、自らの愛に帰り着く。

2016年7月18日月曜日

恋と愛

覚えたての化粧して、めちゃくちゃに愛して、ボロボロになっても、何度でも。何度でも迫る動機が、エクソダスを叫ぶ。さりゆく記憶の残留物が、滞留する前に押し出そうとする前頭葉に擦り寄るトラウマや、途端に麻痺する均衡から、乖離するバランスから、出来合いのものを崇拝する思春期に虐げられた感覚が、恋を行為の中に閉じ込め隷従を目指し、互いを愛する以前に熟知する互いの相違するものから、かけ離れたり、かかずらいながらも、近付こうとする事にだけ、正しさは生み出され、些細な動機に長じるものが、善悪すら飛び越え、互いの愛に飛び出し、思う以前から抜け出し、手当たり次第に愛し始め、互いを恨むまでの形跡に委ねるものが、論理をたずさえ展開する意志が、転嫁していく記憶の奥底がジュクジュクし、未熟な論理や、損なう限りが遠因にむすばれ、激しい動機をうながす過程に目論むものが、黒々としていき、ドメスティックなものが、保つ均衡を打ち砕き、リリカルな衝動をもたらす前衛的な恋の予感や、何かの終わりが単位に含ます余韻に響き渡る理由を櫓櫂する優雅さに、寛容な行為だけが、簡易な理由を破棄し、短絡的な行為に陥ったものを、哲学的に救う事から、救済という哀れみや、同情から抜け出し、卑賤なものが生み出す悲劇の経路や、卑俗なものに支配され、気配を隠し、あらゆる動機に画策するものが、支配的に迫り、権威に逼迫していく行為そのものの純粋さを奪い、あらゆる汚さを撒き散らすのが、社会たる名前でしかないものに従属する事こそが、正しいのだと姑息なものが、惰性な妥当さに判断されるものは、安易なものにしか成り得ず、得てしても尚、復讐心や、服従をうながし、物事の過程を見出せず、ただ現れるものに支配され、独裁が迫り、倦怠感をうながし、独占され、欲望に磔にされ、撹乱される先々に悶える愛がめざましい進化を遂げ、発展する意志が、画期的な意味をたずさえ、道理を飛び越え、簡易な倫理が支配する世界を超越し、延々と突き抜け、つかみとる先々に見出す愛から地殻変動し、慟哭を誘い、記念日を突き抜け、牽制し続ける意味合いから、未来を核家族の中で攪拌し、判然としない半径に形容されるものが、胸の痛みを誘い、インタラクティブなものが長じる所以から、勇敢さを生み出し、与える愛が超越を求め、結ばれる愛に交わり始まる理由が理念を伝える。伝えられた愛が伝播するものも、いつかは重たくなり、担う意味が束縛し、側頭葉になびく所以から、心象に侵食する季節から、はびこる前衛的な余韻から、はつらつとしたリリカルさが、最たるものをつまみ上げ、陰湿な定理が動機の豊かさを恨みで煽り、愛惜をたずさえ、油断を誘う。陰鬱な行為に解放される信仰心や、行為的なモラルや、酩酊する原理に乖離していく傀儡が叫ぶ正義が、愛をしらけたものに変え、淫蕩な景色が伝える倫理を保とうと正義を謳う善意が貸し付ける経緯にもたらされる愛が白々しく迫り、群像にとろけるものが、捏造し続ける正義が被るものが、要因を奪い、漠然としたものをたずさえ、対立しといくものが飽き飽きとし、倒錯する先に用いられるものが配備する言葉から改善する要理から、確かな理想を伝え、途端に改善していく愛から開始するものが高揚し、約束を用い、行為に純粋無垢なものを運び出し、関与する間によじれる愛が飽き足らずに結ばれ、互いの愛に反響する思いが高揚し、雇用する思いが義務感を用い、疎外された者を救うべく、飛躍を続け、つたない意味を取り除き、自らに帰り着き、通わす愛からはびこる痛みも心地よく、確かな愛に回帰し、飢渇するものに与え、潤いが弾ける間に訪れる愛が重用するものが、始まる愛に次々と確かさを伝え、互いの観念に生み出されたものが、次々に生み出され、未熟なところに想起するものが、超越を続け、互いを個人や、対象として捉えずに、自ら生み出すものを影として指定するニヒリズムを打ち倒し、互いの愛が高次に至り、高尚で静謐な愛だけが、勇敢さをたずさえ、素朴に交わる果てに始まる奇跡が経由する意味を求め、錯綜する先々に現れる愛を丸呑みにし、悠然と打ち出す愛が干からびぬように、締め出される前に掴む君も、いつかは離れ、離されていくであろうし、相違する問題や、相克する先に萎れた愛が理解を叫び、受け継ぐ理由も、拮抗するほどに、互いの愛を用い、互いを破壊するような影響から、繰り返される悲劇に散漫とした意味が迫り、現用に暗黒を用い、戒律を生み出す愛は、見出す未来により互いを破砕し、粉々になった互いの愛の灰が撒き散らされ、ささやかな愛も、壊れてしまえば、互いの立場や、居場所などにこじつける乖離したものが、懐疑などがひしめき、信じていたものすら途端に失い、互いを忘れ、いつかあった愛に締め付けるだけの過去は、今に影響などは与えず、すぐさま忘れる行為にひしめく愛した軌跡だけが、永遠性を蓄え、陰惨なものをたずさえ、自らの真意に迫る意味が君を形成していたかのように思える今すら、過ぎ去れば、そこにあったであろう経緯にすらならない。

2016年7月17日日曜日

追いやる意思


 概念が後ずさりする。残る風景が引きずられ、記憶の中で加速し、仮想する世界も、外側で破裂し、懶惰な季節をかじり、空虚さにもだえる差から、最たるものを引き出し、物事に清廉としたものをふくませ、欺瞞をさえぎり、さえずる季節を尻目に、ことごとくに怨恨を放つだけに、遠因に引き出すものが、今を膠着させ、嗄声をうながし、自身の強度を保つべく、臨月から、ぐるぐる回った母体という宇宙空間から、仮説と定義の合間から、低劣な趣味や私論の間から、傍観者を生み出し、感応する現在に卑劣な支配が進み、国家が強調する愚鈍な契約や、権力から派生していく論理が誇張する市民的な改善から、改造されるだけの倫理観に渇望していく凍てつく身体は、最たる意味を損ない、そこかしこで強調される罪の意識から、誇張されるだけの道理に馳せる思いが、根幹を腐らせ、懐疑的な日常にニヒリズムを用い、構築される死へと向かう生命は、制限を用い、物事に横着な理論を突き刺す。 「認識される死は、境目を用い、モチーフとされる生へと軋轢を重ね、うがて羨み、崇めるだけの死へと狂騒する意識が現れる。」 同調される死は、やがて現在をもがき、刹那へと転じ、陰惨な価値から、陰惨な意味を引き出し、今に苛み、照合されるだけの意味へと愛を加速させる。あらがう現在に注がれる死へと向かう論理が誇張する意味を瓦解させるほどに、論調から、証拠を残さず、認証していくだけの意思から、淫蕩を繰り返し、生へと逃げ込み、あらゆる意味から逃走していく現在に倒錯していく意思をもぎ取り、徒労を繰り返し、肉迫していく現在に迫害され、剥離していく意思が、回帰を繰り返し、誇張されるだけの概念から倒錯し、乖離していく意思は、どこにも座標軸や、位置や意味を持ち込まずに、位置づけられるだけの答えや定理にもとづく可変から、開閉していく意識に改善されるべき意味と位置に降り注ぐだけの恐怖や不安を抜き取り、当該していくものへと回答を求め、死へと追いやられていくだけの現在に懸隔から、引き合いに出されるだけの価値へと対比されるだけの愛なども愛である、と宣言するだけのナルシズムが誇張する論理から、整合される月日に用いられる誇称が行為を傷つけ、現在に浸るだけの理論に横溢していく深淵から抜き取る意味に帰結していくだけの死が死と対立し続ける限りに、生きる事への混淆を終えずに、今にさまよい、意思を剥ぎ取られ、従うだけの意思へと後続していく。 「自ら選ぶ意味は、意思を用いずに、ただ対象とするものや、他者から生み出す総和や、強調から、誇張されるだけの生死へと兌換される紙幣や貨幣に秩序を持たせ、用いる言動や、隔離される現在の監獄へと入れ込まれる儀式的な公約や、硬直していく現時点と対立し、傍観していくほどに、魯鈍な誇示を繰り返し、朗唱されるものを信心するほどに、死へと逃げ続ける意識は、死の誘惑に負け、慢性的な憂鬱を抱える。」 重ねる死は、生を強くも弱くもさせる。うわべだけの愛が言葉を用い、何かを虐げ、支配の速度を増し、まがいものの真実や、修繕されない過去を追い求め、狼狽し、垂涎しては、苛む過去から、ここへとつながる憂鬱に裕福や、有する過去から貧寒なものを引き出し、今の憂鬱に支配されるだけの経路を生み出す脳内から、不潔なものを吸い込み、自らのあやまちに変えるようなペシミズムへと陥る隙間から、欺瞞は、不満足を加速させ、すべてを足かせに変え、世界を閉鎖的なものに変え、そこかしこにあやまちを生み出す。生きてみれば、遠い道のりも、能動するほどに、死を乗り越え、能動するほどに、動機は、浮遊し、俯瞰を責めるだけの陥落や、奸悪を飛び越え、陶然たる心地で行為にもとづくものを愛しはじめ、恥じらいを用い、配備される間に誇張されるだけの愛が引き合いに出す対比から抜け出し、用いられる言葉に汎用し、あらゆるものに接続され、そこに送り込まれる愛が、ひとつのものに収まらず、何かを対象として愛するよりも、この場で回転し、懐疑的なものの強度を増すような憂鬱に荷担する以前に、自らの生命力にきたす意味を回転させ、その場で生きる強度を保とうと摩耗する現在に浸るよりも、悲歎に暮れ、空虚さを嘆くよりも、投げ売りされ、身売りするだけのニヒリズムに浸透するだけの意識に悲観するよりも、要する形に収まらずに、死が持ち出す喪失感を超えて、あらゆるものとは、今にいさかいを用い、境目を強調し、何かに同調させようと強調するほどに、露骨な支配は生まれ、視界を失い、見出せずに、導く意味に悲観していくだけに感応するものから、感情とは抜き取られ、誰かに操られるだけに至るようなものへと落ち込む。何かを対象に愛する事を止め、ただ現れるものを現れるものとして認識する先に追いやられた意思が虐げられずに、今に愛する奇跡だけが、おざなりにならずに、互いの愛へと引き取られていく意思だけが、確かなものを生み出し、今にもだえる意識も、言い分けがましく緩慢なものへと落ち込まずに、応じる答えへと有する意味を引き込んでいく。

2016年7月16日土曜日

恋に浸る偏り


 限りあるものだけが、物語を拘束し、遊蕩し続ける意識のラビリンスに嵌まり込み、這いつくばる意識から、やがて尽き果てるまでの軌跡をたどり、怠慢な原理に宿す生命的な基礎を抜き取り、ロジカルな生後へと退廃していくだけに、権限を用い、モチーフとされる物事に乱立するだけに正義を制限にし、性善説や、性悪説をまとう信仰心から、綿密に罪が得る互換から、悔悟をため込み、離愁に漂うあどけなさや、折檻の音や、咎める昔年に凄絶な闘争が巻き起こり、舞い込む意識が、やがて誰かに奪われ、他者からの総和から、退行するだけの精神性などを分析するだけに、制度の嬰児は、咎められるだけに至り、分離するだけに至る現在に静謐さも無く、ただやかましく迫る婚姻から、関係性は、制度を用い、制限を利用し、領土を奪い、療養する時折に屠られるだけの言動から、原理的なガス室へと送られるだけの悲しみのゲートを超え、限界を用い、有する事柄に閉じ込めるだけに、投棄される現在に吐血を繰り返し、穏便に見つめる先に密会を繰り返し、裏切りの轟音が迫り、互換される敢然とした善意も、何時しか悪意に変わり、改善されない今から、貸与する理由が同調を求め、織り込む意味から、繰り出される理由に操られ、空間的な無気力さから、境目を用い、すなどるだけの連中が芝居を続け、支配の経路を渡り、形骸化するまで、すなどるだけの悪趣味な行為にもとづく本質などに、真実などは無く、清貧な者こそが、何かを求めずに、何も追いすがらずに、横溢するままの現在を清廉潔白に生き、いきいきと心情を澄ませ、正当さを謳う訳でも無ければ、言い分けがましく今に尽きるだけの永劫に悟りなども謳わず、ここにあるものとの咎めから、怠慢なものが生まれる訳でも無ければ、たちまちにあふれる事柄も、ことごとくに制限を与え、有限なものである、と告げる先に苛むだけの記憶が、傍観者として、自身の中で乖離し、懐疑的なものを生み出し、改善されずに、査定されるだけの意味から、高慢なものが生まれ、恒常的な帰巣から、記号的な論調から、朗唱される真実とは、たぶん太古から、当てこすられた物事を、今に引きずり、それこそを信用し、姑息なものであるべく、誰かを陥れるべきなのだとか、促すだけの薄っぺらな感情から、加速する因果から、銀河規模に膨らみ、宇宙の枠組みから放たれ、悪阻を繰り返し、応答すらも拒否し、境涯に攻め入る制限や、私怨や思念を取り除き、浪費するだけの真実に交換される意味合いから、期待感を孕み、気概を含み、自らの風味を確かめ、たしなめる時折に驕ることなく、攻撃的にあるいは、劇的に生み出す悲劇から、喜劇までの距離すら持たず、激動を歩き、苛む言葉をぬぐい去るような猿のままであり、あるいは、暴かれる時折に横暴さを下すだけに、出し抜ける意味合いから、今に至る原理から飛び跳ね、なぞる月日に蓄積される苦悩すらも取り除き、移動し続ける意思に補完すべき愛すら用いることなく、愛する事とは、ここかしこで返事を打つだけに至るような暮れに潜む戦地から、緩衝していく現在に浸るセンチメンタルな思いから、リベラルな思想から、アナーキーな思考に浸るだけの紅蓮から、連動していく日の光の終焉から、周辺は、詩的な思いを積み上げ、掲げるだけの心象をコード化し、安易な情緒で、制限を用い、物事を占領するだけの倒錯から、踏破すべき現在の姿勢を正すべく、あらゆる原理に反し、批判的に乗り越える先に現れる超肯定的な理論を生み出すまでに至るまでの軌跡だけが、己の権勢を破棄し、敢然と執り行う意味から、今に浸るだけの恒久的な故郷たる過去から疎外され、咎めるだけに至る対価から、対比されるだけの恋へと波食していく今が波にのまれ、一切の悲劇を疑似的に見せつける辺りから、愛した記憶だけが、ただ優しく御身を包み、追憶に馳せるだけの思い出の加工物として、独善的に見出す現在の懸隔に悲観するだけの輩が、排除を繰り返し、廃絶されるほどに、魯鈍な輩が支配するだけの経路から、迎合されるだけの現在に契約を済ませるほどに、補填される意味に悔悟を用い、改善される続ける悪から、利用されるだけに現れる今へと対比していく途端に吐瀉を繰り返し、やせ細る心身は、森厳に従うだけに起源を失い、今に浸るだけの悪意から、利用されるだけの軽々しい思惟から、軽々しい身体から、虐げられるだけの心身は、指針を失い、ただマゾヒズムを抱え、加工される義務に虐められる様相を惨めだとは思わず、よろこびだと感じ、勘違いした意識は、ただ従う快楽から、傀儡と化し、ただ命令されるよろこびに敷衍していく思いが、思い事態を飲み込み、自らの意思を失い、ただ流され、緊縛されるよろこびに震えている。恋に浸るだけの偏りから生み出される意味合いとは、均等もとれずに、ただ連想し、連動する意識に支配され、従える意識は、彼彼女に従い、互いの中で倒錯と等差を生み出し、錯雑な意識をこなごなにし、その破片すらも無くなるほどに愛するという混淆から、渾然一体となるべく、何もかもを無に帰し、あらゆる原理を倒錯させ、自らの愛する意思は、その場にあるものの一切を無視し、自らの愛する意思だけで、物事を行き来する。

2016年7月15日金曜日

預かる位置


 泣きはらす公園の遊具達、轟音の雨音過ぎ去る優劣がすぐ其処で戒律を加え、融合されるほどに、魯鈍な支配を受け入れ、経過する出来事に卑劣な肖像を与え、体たらくな予言を繰り返す鳥たちの泣き言が過ぎ去り、再開発の音が木霊し、シンパシーを奪い、二度目の人生などを悲劇的なものに換え、もだえる寂寞から、寂寥たる由縁に引き延ばされる言葉が、大きな膜に変わり、心情を横溢していく瞬間の収斂から、欺瞞を孕まし、判然としない理由から、理屈を引き出すだけにうやむやな思いに迫り来るものが、悶絶しながら、万世に引き離され、はびこる悪意や、あいまいな現在に試練を授け、散漫な出来事に征伐され、都会の遺伝子を寄せ集め、悲観的な感染症を収斂させる先にもじる言葉から、魂胆は破壊され、卑賎な輩が配する愛から、大金をせしめるセンチメンタルな余生から、観点は正常なものなど無く、ただよかれと成し遂げる事も、適当な位置や、意味を引き出し、言い分けがましく迫り、我慢ばかりを謳い、抑圧される限りに陰る本質や、運命的にまどろみ、緩慢に馳せる現在によどむだけの心情が高圧的なものに攻め入られ、制限を用いられ、おこがましくも、虐げられる現在に激動を授ける。真理にもとづく破片を集め、赤裸々にうごめく心情が問い続けるものから、物事は、垂涎を続け、つたない意識を跛行させながら、議論を硬直させ、根絶やしにされる現時点から、寂寞へと絡め取られる理由から観点を削がれ、苛む記憶から、理論は、膠着し続け、つたない思いを下腹部へと下ろし、胃痛へと変える辺りから、沈積する理由も瓦解し、街路樹で倒れ込む退嬰的な幽霊どもが、うごめく昔年や、感情的な進路を妨害するだけのアニミズムから、あらがう超自然的な回路から、観点に遭遇する超人的な捉え方や、関係性に逸脱しながら、用いられる血が、遺伝子の位置的なものを寄せ集め、使命的に還元されるだけの物事を寂寞へと装填し、撃ちこむ今にプロパガンダが迫り、関係に陥るだけの落ち度や、リリカルな衝動が後ろめたい現在に攻め入り、詩的な願いを込めて、星の論理や、あいまいな現在にけしかける恋の魔法や、揺動するだけに、真偽に折り重なり、偶感を過剰摂取しては、形骸化していく意思を白骨化するまで推考し続ける辺りから、ブレインは、瞬く間の状態の彼方で理性を損ない、内面的な契約を終え、嗚咽響く空から、広大な意思の雨を受け取り、渇いた心がカタトニーに陥る以前に、あるいは、胃炎になる前に、考えを取り止め、理屈で掘り下げるだけに差が生まれ、苛まれた心が凍り付き、諦念するだけに至らせるだけの悲劇へと撃退され、契約を終え、掲揚されるものだけを信じ込むだけに、いたずらに過ぎ去る理由は、豹変し、表現を損ない、行いにおとずれるずれた感覚や、還元されるだけにアイロニカルなものが、ロジカルなものを咎め、都会的な輪廻転生や、現象にあらわれる複雑な交錯から、錯雑とした観念に安定はおとずれず、安易な交通から、交互する意識は、相互交換されるように思われるが、一切の交換とは、そこに、私利私欲をむさぼるだけの道理を含ませ、複製されるだけの真実の体系に形体するものを体系化し、独占するだけに明けくれ、要する物事に要領よく攻め入るだけの因果から、陰湿な正義は、現在を締め付け、使命感をむさぼるだけに贋物の正義や、偽善的な悪から、原始的な真偽におとずれる理由を理想とし、リゾーム化し、階上的な秩序から、マンション的な権力を倒錯させ、錯雑な原理にもとづく可変から不潔な革命が進行し、浸透する意識は、透徹されずに、垂涎する死へとエクソダスしていくだけに用いられるバビロンの快楽から、傀儡と化するまでに数秒も要らずに、ただあいまいな理論をたずさえ、膠着する現在に金言を用い、薄っぺらな価値で独裁するだけに至るような転換から、展開されるものも、介在するだけに体系的なものに組織ぐるみの着ぐるみを着込んで、恫喝を続けるだけの既得権のレジスタンスどもが、暴力的な思考を綴り、抵抗とは、単に暴力的なものへと陥り、横溢する思念におとずれるジレンマが、状態を透徹できずに、センチメンタルな情緒へと変換されるだけの記号化した夜に仮死化し、乖離していく状態に永遠性を含ませ、いつか目を覚ますべく、絶え間ない時に阻まれながら、時間と空間に逆らい、次元の旅を続け、時間と空間という概念にねじ伏せられるだけに、濫觴するものを信じ込むだけに、体制的なものに虐げられ、支配下に置かれるだけに横暴にねじ伏せられるマゾヒズム的な快楽の傀儡として、快活な動機を失い、ただ従うほどに現れる快楽から、シオニズムを追い求め、あらゆる神とは、ひとつの起源から、錯乱しては、様々な思惑を含み、絶え間ない戦争へと至らせた悲劇の張本人であるかのように思われるのだ、と打倒な位置に用いる神とは、授かる今に預かるだけの意味へと変わり、単なる記号へと変わり、それには、触れぬようにと妨げるようなものに陥った。

2016年7月14日木曜日

プロパガンダ

 
 時間をたずさえるほどによじれる意図から、意味は逸脱し、君へと帰るのだろうとか、観念的な論証が見せつける意味から関係性すら無くなり、還元される理由すら意味を失い、観点を損ない、ナルシズムへと至るのだろうとか、精神構造的な腐敗から、悲観していくだけの人生へと逸脱する経路を見つけるべく、君に超人を教える的なニーチェリアンどもが紆余曲折し、うごめくシンドロームに敗残していく物陰から見つける制度などは、大義を失い、他人の意思を借りて、意味を吐き出すだけの過食嘔吐的な反芻と反復から、廃棄処分にされた夜に垂涎しているテクノロジーの異物たる傀儡どもが探すリアリズムなどは、一体感を損ない、そこかしこにこじれるだけの意味を吐き出すだけに、文明的な汚物へと変わるだけに、おぼつかない意思は、横暴な意味にすなどられるだけの価値へと飢渇していくだけに終える。終えるとは、嗚咽へと変わり、誰かが示す意味に終わりという還元を用い、観点に有する点と線を結ぶだけに退嬰的な意図は、遠因に疎外され、そこに持ち込まれる終わるというよろこびに快楽は生まれる。宦官どもがうごめくストーリーから七転八倒する現在に浸るだけの悲歎に構造的なクレヨンで描いた真理にもとづく遠因から腐り始め、はじまりを用い、恥じらいを持たずに、求めるだけの愛が咎める現在に怠惰な模様が迫り、問答する言葉から、行き違う思いへと意図がもつれ、物事に迫る現時点が、対象を失い、今に制限を用い、生成される事に重みも与えずに、互いを咎め、淘汰される現時点から、点と線は失われ、旋回する意識は、用いられる空間に照合されずに、今にさまよい、裁かれる安易さから、差額を用い、物事へと処理されるだけの数学的な汎用から、範囲は、伴侶を失い、内面的な孤独にたむろするシンフォニーや、安逸な主義を用い、思考を孤立させ、他者からの安易な媒介を受け入れるだけに経過する物事は、偏りを示し、神聖なものを用いる限りに陰る物事から、滾る思いが軋轢を用い、物事へとへりくだる間に、へりくだる意思が、併用されるだけの物事のモニュメントと化し、政治利用などをされる辺りに現れる差異から、惨憺たるものを寄せ集め、暴かれるだけの意図から、本質は、腐りきるだけに問題を問題で覆い、物事を経過させるために別のものを生贄にし、大きな問題を通り過ぎさせよう、ともくろむだけのメディアの戦略や、既得権を守るために、ためらわずに騙すだけの攻略から、独善的なものや、独裁的なものが跋扈し、政権公約は理解を通さず、歓喜を用い、快楽へと意図を与え、たゆたう現在に弛む物事から、あつらえる言葉から、加算される原理へと移行していくものが、思いを孤立させ、何かを恨むべきだ、と怠惰な思いが軋轢を加えられ、単一な怒りは、覇者を用い、配備される愛から革命的な抵抗を加え、呈する間に傲慢な裁きを加える間に、裁く者と、裁かれる者の差異はほとんど無くなり、互いを咎めるだけに対等さを用い、平等を謳うほどに、国家的な欺瞞から、骨格を失い、妨げるアナーキズムや、あいまいな原理に謀る思いが、大意を失い、大義を用いずに、ただ換算される懐疑から、乖離していくシステム的な意志から、要する間に疑問を用いずに、ただないがしろにした自己に主体性を取り戻すべく、透徹すべき今に逸するだけの犠牲から、利己的な支配を受け入れ、経過する出来事の景観に用いるべき美麗なものも、所詮、誰かに与えられたものに悶悶としていき、指定された義務に怒りを発信したところで、位階秩序に攻め入られ、制限を用いられ、物事に支配されるだけの視界を損なうだけの闘争から、倒錯する精神性などを分析し続ける資本主義を分断させ、あらゆる原理を分析し尽くし、モデルケースを作り上げ、でたらめなケースへと跛行していくだけの思念がねじ伏せる死への欲動から、欲望は、進化を否定し、アナクロニズムへと一切を悲劇に変え、陰惨な出来事から、快活な道理を失い、動機は、象徴とする悪意にカタトニーと化し、関係に束縛される限りに苦悩をため込み、互いを恨むように仕組むだけのリベラルな指導者から、思考停止に至るだけの侏儒どもの経路から、契合されるだけに至るような痛みを媒介させるだけの怠慢なゲシュタルト崩壊を模倣するシンドロームの鏡を眺める思春期の悪癖と悪弊から、観点を損なわれ、何かを恨むように仕組む教育から、何かを恨むほどに、補填される怒りに見せられ、何かを得た気分だけで、破壊に至らせるような単純な洗脳から、専横されるだけに応じる答えに用いる言動から、現状は透過せずに、濁されるだけに至り、快活なものを無くし、魯鈍な精神は、掲揚され、崇拝されるものだけを信じ込み、他人の評価だけに左右され、猜疑心すら用いずに、ただ従うほどに快楽は増すというシステムの中で加工され、安易に社会性などを用い、倫理を用い、均一さなどを用い、他者を支配しようともくろむ。

2016年7月13日水曜日

よろこびの歌


 生きる事に加えられる抵抗から、薄っぺらい価値と金言ばかりが妨げる現実に注がれる意味などに観点は削がれ、些細な動機に攻め入られ、生命自体に余力を与えずに、ただ精神性ばかりがせめぎ合い、競り合う価値におとずれる圧力にこじれ、軋轢に変わり、よじれる意図から、今がからまる。和解すべき今を超え、端的な理由を寄せ集め、明晰な意味に閉じていく現在の永久になびく。映じる事が、センチメンタルを築き、継続する意思が、不安定に揺らぎながら、現在に抵抗を加え、固執するだけの理由に接続される関係から、注がれる理由が、聡明な時によじれ、物事に散漫になっていく意思から、陰鬱な衝動を抱え、重ねる思いが証明を求め、デカダンなものを配するだけの養生から、有する過程に求められる原始的なほほえみや、円環をめぐるだけの生命的な徘徊から、破壊的な蛇行を促す慢性的な痛みのメビウスや、微雨に汚される孤独な咆哮が聞こえ、言葉も持たずに制限も無く、下される理由に破砕される精神が、悟性を破壊し尽くし、若気の至りが、センチメンタリズムを形成し、迎合される隙間に不潔な予言が迫り、贋物の価値が飢餓を謳い、飢渇する道理に帰結する先々から、生命的な語源を手繰り、ゴーゴンどもがうごめく赤道を越え、南下する意味が目指す高揚感に呼応する陽光を探し、一心不乱にさまよう現実から、減容していく夜の容器にあふれる貧寒な口実から、孤独な散華や、散漫な意思にもつれる机上の空論から、空洞化していく意識的な逓減から、怠慢な意思が用いる動機に攻め入られる原理的な予言から、監視下に置かれ、契合する物事から、継承していく同期を終え、融合した意思が、統一感を用い、統合を謳う限りに、用いられる言葉に同調を含ませ、道理を利用し、理解を深めずに、乖離していく答えに大義は無く、機械的な夜との闘争を始め、革命の夜から、懐疑的な現実をさまよい、がんじがらめの理由に閉じこもり、問いかける理由が量子化し、可視化するものなどは、脳内で生み出される意識と目の機能が見せつける意味に物質的な猶予を授け、有する形に強請られる本能が、凡庸なものを見せつけられているだけに満たない、と定義を打ち砕き、定理に酔いしれるだけの意図が生み出すペシミズム的な否定から、悲観していくだけに可能性はすり減らされ、問題に磔にされ、破壊的な主義に生命的な起源を奪われ、怪訝なままに屠る言動から、現実は聡明なものを失い、見失う限りに陰る本質から、肉迫していく問題から迫害されるよろこびから、人種間から抜け出し、人間という哀れから抜けだし、哀れみに浸り、同情に至る事に愛は無く、ただ用いられるだけの愛に苛立ち、いびつな観念に迫る寂寞への逃避から、不当な処置から、処理される観念に還元される理由が領土に攻め入るから、と互いを恨む事に与えるエナジーやエレジーから、感冒を引き起こし、貧寒な現状の治らぬ病として、指定されるだけの史観から、心象は、聡明な時を見失い、みすみす取り逃がす現状かた、咎めるだけの理由へと透過されるべき意思への逃避から、統合される夜から、夜通し探しても見つからぬ愛から、乖離していく懐疑から、君の昏倒へと誘う乖離的な夜から、抵抗を加える朝の光りが悲観していく今に指定される義務から対象として、対立していく限りに接続される猶予から流される愛の電流から、回線は混濁していき、逸脱していく観念は、関係性にもつれるほどに、用いられる社会性などは、不必要であり、社会こそが、正しいのだ、と謳うだけに浸るようなニヒリストが用いる普遍的な動機に流される事も無ければ、そこに得る理由すら要らず、利用されるだけの価値に成り下がり、用いられる値に虐げられ、今ある事に投棄していくものが物語を控除し、情交に攻め入る恒常的な論争から、論理的な破産へと採算を合わせるだけの経済的な形骸化した傀儡どもがウヨウヨしている今を超えて、欺瞞に攻め入られるだけに制限を用い、最たる意味を見失うだけに浸るだけの意味から、うごめくシンドロームや、運動的な敗退や、退廃的なモジュールから、漏電していく意味合いから、機密なものが、魑魅魍魎に変わり、知性も無ければ、萎えるだけの現在に悲観するだけの感情的な相続から、桃源郷へと走り去るリゾームや、利息を受け取り、黴菌を集めるだけの真偽から、老廃物をため込み移送されるコギトの蜃気楼の広義に攻め入る原理的な敗残から、体感する意味も、関係するほどに補填されるものといえば、咎めるものをモノポリーのように変え、課せる意味とはゲーム化するコマーシャリズムを傍観する自分が自分を捨て、指定される事に用いる嗜好すら無くなり、ただ促されるものに流される傀儡として社会の歯車として、徘徊する老人になるまでの軌跡を踏みつぶし、ただ生きるという監獄へと移送されるのだ、と促すような立派なペシミストになるべく、教育を施され、嫉妬心を培養させ、立派な反体制的なルサンチマンに成り下がるための否定や批判を超えてこそ、人間から抜け出し、超克し続ける先に待ち受ける自分を受け入れるだけの価値になるべく、次々と続ける意思を飛び越える今から、意味すら無くなるほどの超越と昇華がほどこす意思がよろこびの下に凱旋する。

2016年7月12日火曜日

同じ量の愛へ


 論理から飛躍できぬから、ペシミズムに捕まる。あらゆる道理から飛躍できぬから、意味を掴まえられずに、捉えた意味を歪曲させ、自らに沈み込む。掏り替えられた互いが、互いを拘束し、そこにある論理にとどまり、自らに課せる論難に倒錯し、自らを見失う。論理を解体し、論理を超えた先に現れるのは、希望以上のものであり、そこにある光りは、すべてを均一に照らし、一切に愛を同じ量だけこぼす。過ぎ去る概念に引きずられる理由から放たれ、自らに帰属する意味を引き剥がし、あらゆる原理を飛び越え、自らに帰り着く回帰から、苦悩は取り除かれ、知の奥底へと至り、見つけ出す新たな意味や試みから、純然たる価値を引き出す。知に力は不必要であり、あらゆる力は、知に反応しない。分裂的な愛が悔悟を誘い、古い信仰心を用い、均等な愛などを謳う限りに、分断される理由が国境線や、境界線を用い、懐郷にひずむ意味にリンクする現在に腰掛け、継続するだけの退嬰的な考えや、安易な補足に騙される現状に軽薄な理論をつなげるだけの意思にないがしろにする主観におとずれる横暴な差異から、散漫な原理に継続する理念が強襲し、観念論的な論難から、哲学的な猶予を用い、空間の余白に埋めるべき愛がめくるめく瞬間に整合され、恬淡なままに緩衝する理由に計測される意味合いにおとずれる距離から、理想とは、供給されるものを分裂させ、照合される後先に宛先を用い、物事を送り込む優しさの悠揚さにおとずれる生死も滔滔と流れ、内面的に流される先々に現れる原始的な懸隔から、果たされるだけの義務を用い、物事を騙す間におとずれる意味合いに不潔な動詞や、動機が重なり、互いを恨むだけに至る分別から、浸る悲恋や、非合法な企みや、大気圏を越え、大義を用い、階級的なものに倒錯していく現時点から、理想とは損なわれ、希望以上のものがあふれずに、あいまいな現在に悲観するだけの根源や、根幹が腐り、草臥れた理念が、空間的な割合に比するだけの価値に偏り、悔悟をため込み、退廃的な理念をリロードし、胎盤で聞いたロマンや、歌声や花火の音や、慟哭する未来や、出現する音階や、音程を狂わす情動や、上限を持ち、還元されるだけの意味に体系的に処理される値から、あいまいな今が緩慢にきわまり、相対する世界からの惜別や、性善説にからまる信仰的なシステムから、出生の秘密や、筆意に迫る欺瞞や、核融合する先々に負担する疑念が犠牲心などを用い、謳われる言葉から、懐疑が生まれ、シンドロームを生み出し、物事に集中豪雨を降らし、空疎な理由におとずれるリスクをうたい文句に、奪われる観念や、軽蔑すべきものなど無く、今に現れるものに同調する事も無く、現時点に現れるものとは、同じものであり、用いられるものにせめぎ合うおのおのと落ち度や、横溢する主体性が用いるエゴに反し、腐敗するだけの政治的な猶予に用いられる悪意から、悪魔崇拝的な語源に達する宇宙的な齟齬から、ヒステリックな継母が研ぐ鋭利な意志から、収監されるだけの官能的な剣呑さから、境目を用い、横溢する主観から、配布されるだけの不満足から推考する現在とは、兌換されるだけの価値の家畜として、価値観を地殻変動できずに、併走するだけに並行宇宙を失い、非合法の理論にリンクし、悲観するだけの社会を社会として継続するほどに、契合される文言を信用し、文明的な徘徊を続け、破壊し続けるだけに至る創造性などは、製造されるだけの心理を生産的に分析するだけに至るような精神性に整合されるだけに体系的な欺瞞から、不安を媒介させ、媒体する理由に歯止めも無くおとずれるビートとの一体感を用いずに、ただおとずれる不安に少しずつずれていく事から、自らとは分離し、分裂する思念は、破壊的な浄土へと至り、譲渡される理由に散漫な思いを重ね、構築されるだけの主意主義的な関係から、継続される知への没入から異物感をたずさえ、論理に利己的な原理を用い、観点をナルシズムで染め、聡明な思いとは、透徹されずに、ただ達する間に達観する事により、互いを見下し合うだけに至らせるような猥雑さを互いに放ち、ただ互いを羨み、ねたみ、疎外させるだけに至らせる孤独から、高揚感は損なわれ、ないがしろにする瞬間に閉ざす思いが雑念を用い、内面的な疎外感に敷衍する不安から、俯瞰は、単一な恐怖に教育され、恐いと泣き叫び、迫る恐怖に利用され、すべてが迫り来るような化け物や壁だと思える先に現れる恐怖などは、外側から与えられた幻影に過ぎず、そこで思議するものなどは、考えさせられるほどに、用いる姦悪に刈り取られるだけに至る位置から、意味は垂涎を続け、至る出来事に退嬰的な意志を孕ませ、破壊的に至る動機に縫い付けられ、最たる意味を損ない、今を見損ない、見誤るだけに語弊や弊害を生み出し、今をごまかし、傲然と至る意味に踏みつけられる心身を跳躍させるべき超越を用いずに、ただ従う便利な身体は、恒久的な苦しみを自ら見つけ出し、その苦しみへと没入していく。あらゆる文明開化とは、用いられた愛に陥らずに、自ら生み出す愛に陥らずに、見出す意味に傲慢さを用いずに、自らを見つけ出し、救い出すような跳躍力を育てるべき、だ。

2016年7月11日月曜日

時代の墓場


 蝉が伝える夏の論理に引き込まれる。政治が、自ら変わろうとするには、既得権を捨て去り、自らを、もう一度信じようとすることに、何ら、政治的偏りを、示さずにただ、自らを信じようと、信じ込み、自己啓発的なものに頼り、一時的な偏りを、消費するだけに至り、用いられる権利や、権力を放棄して、はじめて人間らしさが生まれ、政治自体を超越する。あらゆる論理の外へと旅立ち、つれづれ続く意識を超越し、あらゆる疎外を超えて、哲学へと行き着く。人間の尊厳などは、人間に作られただけに過ぎない。ただ生まれる連帯感が、尊厳を引きずり、自らを跳躍できずに躓き、俯向く意識を紡ぐことが、償いへと誘う世界に発芽すべき美麗なものが、永遠化し、仮死化する意識が、分断されては、ブッダを超え、物欲にひしめく簡単な快楽から逃げ出し、出し抜ける思いが倦怠感をかき消し、自らの意志に帰り着き、戒律を打ち消し、自らの消去法に近づき、うつむく物欲を殴打し、自らを超越する。破壊的な思いに折り重なる者が、普遍性を打ち砕き、唾棄する瞬間から、過程は消え去り、ただ飢えた意識は、正式なものをj屠り、葬られた意識に連帯感をつなげ、ぶしつけで安易な答えに価値を与え、それに税を加え、特化した意識を吶喊し、完結的な修理をほどこされた意識は、対立を加えられた午前へと互恵を与え、低劣な過程に含む経過が、諦観を生み出し、かかずらう意識は、抵抗力を失い、ただ自らの喪失感に培うものが、延々と演繹し続ける限りに乾いた精神は、自らを、精神分析上で処理し、証拠も残さず、痕跡すら失い、ただ敢行する意識に抵抗を加えられ、自らの意識下に置かれる状況に不満を残し、濁した観念は、快感や景色を奪われ、形式にゆだねる意識は、退廃的なものを崇拝し、自己嫌悪に陥り、横溢する意識的な敗残から、配する間に用いられるものなどは、物事にひしめくだけの欲望からエクソダスできずに、ただ低劣なものへとイコールするものを用いるだけに、ものをほしがるだけの欲から、欲動する真理に整合される物事に端的な理由をつなげる耽溺から、溺死する意識は、混濁していき、行き交う意識は、改善されずに、査定されるだけの粛清や、井蛙なものの見解に陥るだけの不満足の瀰漫の俯瞰に攻め入る過程に応じるだけの答えに怖じけ付く連中が、淵源に潜んでいる恋情の手綱を握り、大抵の異物感に位置づけられた座標軸を引き抜き、窮境的な孤独へと折檻されるエゴのビートから、収斂される幸福論から、解脱する乖離的な無記名なものたちの革命から、痙攣する午後に祝福を捧げる聖母的な愛から、改善される苦悩までの距離に捧げる祈祷だけが、本質を見透かし、妄りなものを抱え、加算される原理に偏る限りにカタトニーに至り、改善されずに、偏る思想は、解明されない意識的な縫合を執り行うべく、テロリズムに至り、浸る意識は、短絡的な暴力へと加工されるだけの義務感にセンチメンタリズムは、戦地へと送られ、自らの欺瞞に消費されるだけの過程に景観は、滅び行く懈怠から、健全な者など居ないのが、世界であるなどとペシミズムをこじらせたものが、ひしめく限りにいたずらな暴力が横行し、サディズムへと昇華する高揚感が、星の意識を買い取り、回路にアイロニカルなものを捧げ、物事を崇めるだけに、横行する信仰とは、大義をうそぶき、レイシズムを生み出し、無神経な迎合へと浸る全体主義へと陥り、衆愚を生み出し、衆愚を操作するだけの安易な支配にあらがうほどに、そのアナグラムへと陥る横隔膜にひしめくポエトリーに入り交じる付加価値から、独占されるだけの一党独裁的な支配のプログラムへと復元されるレジスタンスが、何度も立ち上がり、おののかずに抵抗を加える限りに生み出される影が、私であり、君であるのだ、と打倒するするものに偏執する限りに、革命とは、変わろうとする意識よりも、変えようとする事による偏りよりも、寄りかかる意識に不平不満を用い、自由と平等をうたう限りに、物事の本質は見失われ、保守的なものへと応じる居心地の良さから、擁護されるだけの腹持ちの良い言葉に騙されるだけのなあなあな意識から、内面的な解析をほどこす精神分析から、以下同文のものへと並ぶだけの普遍性や、役職を決められ、権力へと傾く事により、物事は、改善されずに、ただ偏るだけに終えるだけの嗚咽が響き渡る廊下で対面する自らとの対立から、大義名分を振り回し、インタラクティブな闘争から、統合されるだけの正常さこそが、一番の異常であり、それを信心するだけの精神分析が、解析をすすめる人間性などが衰亡し、退廃的な『過程へと陥り、自らの欺瞞がさえずる現在に原理は、偏在するだけに至る偏りから、隘路を進む荒んだ状態から、退路を絶たれ、ただ立場上のものへと沈み込む』だけのものへと偏り続ける意識は、ただ耽るだけに浸る意識の互換から、悔悟をため込むだけのエゴイズムから、義務的なものを孕み、ただ環境的なものを呪うだけに至るようなペシミズムだけが、この世界という哀れみを覆う。

2016年7月10日日曜日

終わり無い愛


 すべてに飽き飽きだとつぶやいて、果てしないエゴを噛みしめるほどに、味の無い日々や、愛の無い境目に至り、めざましい飛躍すら無く、ただくたびれた意思を空間にこぼす日々におとずれるニヒリズムに折檻され、世界性を損ない、最たる意味を失い、惨めな日々に沈み込む孤独感がたずさえる最後の笑顔のようなものが、カルマをたずさえ、うるさい世界へと傲慢な差異を求め、陥る先に下される闇や、猶予を用い、物事に変換され、偏執していく精神から、高慢なものが生まれ、何もかもを見下し、さいなむ記憶から、いたずらな理由を引き出し、悲観するだけにさえずる記憶が結ぶ過去の表情などに誘われるほどに、人間性とは歪んで行くものであるし、応じる自分も、自分だけに引き出す退嬰的な考えから、がんじがらめになる現在に懸隔を用い、物事へと並行していく意識的な均衡に反し、感応するほどに保持する意味を寂寞へとこぼし、応用する現時点から、原理的な清貧さを掲げ、愛した日々に社会性などを呼応するほどに魔法の言葉に邪魔され、その場で孤立する戦士たちの生死を左右するのは、依然として美辞麗句や、感情的なものや、既存の倫理に支配される法という分かれ目から、猥雑な座標に孤立していく疎外感を蓄える前衛的な虚空にたずさえる意味から、陰鬱なものを抱え、高揚する感覚を損なうまで、自らの軋轢へと引き込まれ、悲観するほどに、保持するものといえば、誰かに補完されるだけの意味から、火照る現在におとずれる意味とは、今にも崩れ去るだけの理由を傲慢に所持し、互いを咎めるためだけに体系的なものの中でせめぎ合い、正義を謳い、用いる善悪で深まる懸隔から、健全なものを謳い、用いる言動から、こじれる後先に宛先すら無く、つがいの本能も、互いの愛がやがて嫌らしく感じ、観点を損ない、浮遊する感覚から、蓋然性を損ない、そこかしこに疑念を孕み、はびこる悪意に支配され、配する間に隷属するだけの愛から、疲憊するだけの苦悩や、能動する意識に抵抗を加え、空洞化するこころを引き裂く力を用い、誓うほどに、治外法権へと変わる原始的な今やアナクロニズムに駆除される痛みから、今が疲憊した苦悩へと脳内に送り込む疲れの信号から、浸透する意味が暗鬱なものを義務的に運ぶだけに至るような痛みとは、思うほどに、その痛みは痛みを増し、瀰漫する痛みに浸るだけの苦悩から、その苦悩は、終わり無い痛みに浸るマゾヒズムへと引き裂かれ、自らの感じる痛みとは、互いに伝染せずに、ただ刹那に世知辛く切ない様相を孕ませ、はびこる痛みを所持する自己から、孤立していく痛みと表現から、剽窃する意思から、貧寒な意味に加点されるだけの自分の意見に官憲を用い、互いを法により、あるいは、権力により引き裂かれる愛から、互いの国に占領される意思的な傲然さから、人種を用い、モチーフとされるさえない自己から、最たる意味を原理的に処理し、全体主義的な衆愚の傀儡として、あるいは、快楽のモチーフとして、分離する機能に寄生していき、陰鬱なメディアに支配され、弛緩していくこころは、アナクロニズムへと陥り、愛が無くなれば、戦争も無くなるのに的な憂鬱から、有効利用しようともくろむ愛が止揚する問題から、答えは昇華できずに、その場で算用されるものを正しいものとして買い取る資本主義的なゲノムを買い取り、自らに組み込む遺伝子改造的な解法から、解明する先に解体される心身を傍観するマッドサイエンティストが促すサディズムに復元されていく痛みに分裂していく最古な自分をかぎ取る初期宇宙的な感覚から、回転していく座標に振り落とされ、ネガティブな幽霊として、現在の並行宇宙を壊すほどの企みを用い、物事を変化させる善悪を打ち消し、人間が生み出した神を超え、自らを神として指定するだけの顕示欲をかき消し、傲慢な者ほど、長閑なものを知らず、変換される悪に利用される事に気がつかずに、ただ全容に猛る痛みから理解を培養できずに、怒りを氾濫させ、破壊の王として、あるいは、破壊するために神を利用し、領土を奪うだけに至るような独裁的な主観を革命に用い、モチーフとされる痛みを犀利なものにすべく、咎める先にとがらせる意思が怠慢なものを突き刺し、追憶を書き換え、過去を掻き乱し、怒りを培養させるためだけの怠慢な言葉に利用価値を見出されるのが、資本主義的な中での革命であり、闘争や逃走であり、韜晦する理由や、回答を持たぬ今に退行していく意識的な分散や、瀰漫する苦悩に陥る不満足から、負担する税から、諦念へと至る事からおとずれるゲリラに反し、関する間に備わる、愛であれ。ただ愛を用い、何かを崇拝し、枢要な愛はひとつだと謳うような者にはなるな。

2016年7月9日土曜日

荘厳なよろこび


 攻め入る闇と対峙し、世界を晴天で結ぶ愛から羽ばたき、自らの意思だけで、席巻する辺りにちらほら崩れゆく形式が見事な花を咲かせ、搾取されずに、惨憺たるものと、安易で愚直な征服欲が、気配を奪い、運命的な邂逅も、悔恨をため込むだけに至り、拘泥する意思は、意味合いをあいまいなものに変え、デカダンな意識へと疎外され、愛された記憶すらも過去の呼吸をすなどり、あいまいな意識を追従し、つたないものの従者として尖鋭的な意志を持たずに、前衛的に肥大化する創造性へと乖離し、理解は、不当な意味を透徹させようと必死にもがき、リンクする先々に快癒するブレインや、因果律や、吸収される原理に全体主義的な適応を求めるだけの政治性から、低気圧に巻き込まれ、暗鬱な表情で証拠も無くなり、根源へと狡猾な意識がモラルを求め、倫理観を謳うだけにうねる言動や、快活な動機へと慢性的な痛みを敷衍させ、俯瞰に迫る愚行や、空疎な意識に剪定される花の苦しみや、横溢する瞬間に用いられる清潔感や、征服欲などが不具合を授け、定める意識に軽快なものすら損なわれ、そこかしこに固執するだけの偶像を用い、昏倒する意識にさえずる軌跡も、道理を損ない、買いかぶる意識に受理するだけに後ろめたい衝動や、要する形に緊切していく愛から、敢行する意識に除外されていく結末に不思議と敷衍する面影が、かけがえのない意味合いをほころばせ、こじれる後に迫る波形や、経過に迫る結び目や、永久に引き込まれ、この場とは、永遠に定められた空間から、逃げだそうともがけばもがくほどに、その経過に吸い込まれ、二度と這い上がれないような形式や軌跡にまとわりつくだけの存在が損なう意識にないがしろにした主体性が、何かの命令を待ちわびて、自分で考える事を失い、ただ情報へと倒錯し、譲歩する瞬間に、主体性は、誰かに制圧され、何かの支配を受け入れ、快活な動機を失い、今に放棄する辺りから、沈積する痛みに媒介する景色や、契合されるだけに、儀式的な生贄として、模倣する先々に演技を続け、愛しているかのような幻想へと浸るような衰亡や、垂涎する意識に押しつける痛みや、陰鬱な焦土からあふれる嫉視や、元素記号の海へと潜り込み、深淵を覗くようなよろこびや、精神的な静謐にこそ、永遠を確かめるような触感があり、自らに横溢する瞬間こそが、延々と自己を傍観するような最たるものを加速させ、苛む後から傍観者たる自己の監視から、弛緩していく主観から、あふれる永遠性だけが、出来合のものを打ち砕き、傲慢な意思や、印象に淘汰されるだけの自然性や、性善説を謳い、正義を偽装し、悪を媒介させるような皮肉から逆撫でするコードや、根幹を腐らせる疑問視におとずれる過去からの答えが催す偽善や偽装から、逃げ惑う意識的な疎外感から、孤独感が増していき、感応する先に乖離していく意識的な終わりから、横溢していく自らの巣への逸脱こそが、人間を飛び越え、名前に応じるだけの概念に嘔気を授け、新たな意識に仮説を組み込み、制御不能になるからこそ、精神とは、改め、あらゆるものを飛び越え、吐瀉する先々を透徹させ、問い質すよりも、公平さや、平等を用い、同情を有し、有する価値に弱者の意識を植え付けるよりも、高次に至り、次々に飛び越える意識だけが、言い分けを捨て、淫蕩に耽る形式から逃れ、形式に陥るだけに枠にはまり、判断を失い、自分などを追い続ける限りに陰る本質は、確かめるばかりで、物事の本質を覗かずに、遠のく真実を負い続けるばかりで、この場限りの物事に外に追いやられ、応じる答えにこじれる後先が、軽薄なものをたずさえ、惨憺たるものを産卵し、傲岸不遜なままで不当なものをたずさえ、人間的なものへと収まり、ルサンチマンへと変貌していく限りに何かを卑下し、貧寒なものへと陥る先に悲観していくだけに製造される物事は、本質を損ない、そこかしこで不幸自慢をし、何かを陥れようともくろむ先に黒々としたものを育て、惰性な思案から、失策ばかりが生み出され、弛緩していく精神が貸与する価値から、形はねじ曲げられ、用いられる普遍性により、絶望へと疎外され、装填される理論を撃ち込み、物々しい雰囲気を壮絶なものへと変貌させるだけのデカダンな意識からカタトニーへと至り、疲憊する心身は、超越を求め、乖離する快楽から、融解する不自然さや、マントルへと引き込まれ、重力を捨て、ガイアの中心へと採血され、ガイアの血肉として、あるいは生贄として、信仰的な超自然的な宗教的なものをため込み、コギトを奪うだけに哲学を損ない、どこにでも神を偽装し、偶像崇拝へと至るものを継続していだけに満たないのが、人間的なものの哀れであり、純真無垢な信仰が引き出す快楽から、開拓される物事は、ただただ自らの幻想に浸透し、真相を見失い、見え透いたものを信心するだけに至る。

2016年7月8日金曜日

交わる記憶


 ただ何事にも抑圧されずに、劇的であれと語る。完全性を求めるだけに成立する形態に収まるだけの全体主義的に停滞する偶像たちの黙示録や、昏倒する意識に蔓延る悪意に十全とした崇拝から、配される記憶に信仰心を植え付け、奪い合う善悪から、放たれる欺瞞や、偽装される真理にもとづくセオリーに媒体する瞬間に空疎な物事を感傷的に至らせるだけの悲劇的な昏倒から、憂鬱のコードに比するだけの価値に陥るだけの悲劇に敷衍していく意味合いが帰巣し、たちまちに結ばれる愛などは、どれも、出来合の真実や、普遍性に混ざり合い、制度を用い、奪い合う原理に恒常的な腐敗から、負担する税に関連する状況に強要されるだけの鍵や、飢渇する重労働から、宿す現前に対価を求めるだけの愚弄から、有する形に疑念を用いずに、ただ従い、誰もが、この空間の中で正しくあろうとする限りに悪意は無くならずに、ただ誰かを羨み妬むだけのルサンチマンを生み出し、奪い合う原因から逃れられずに、ただその場に居座るだけに異物感をたずさえ、浪費するだけの真理に心因は攪拌され、反する間に用いられる流動性に、本質は、ただ邪推し、流されるだけに至るような痛みに浸透していく動機から逸脱できずに、時間論にとどまり、浪費する信念は、ただ兌換されるだけの価値を追いかけるだけに抱えたものは、得るものに対比されるだけの関連性に還元される事だけを愛と呼び、あらゆるものは、相似する価値の中で偽装されるだけの真実に寂れ、定めを失い、用いる原理により、露骨な支配を受け入れ、傾倒していくだけに至る思考は、行為を一辺倒なもので埋め尽くし、ただ直視する事を恐れ、応じる答えにこじれていく関係から、いたずらに過ぎ去る偶像から、誘導される真意に、心因は膠着し、行為に基づき、おとずれる意味合いに疲憊し、自らの価値を見失う。

用いられる言葉が流用され、心ない狩りが住まいを奪い合い、安定を謳うコマーシャリズムや、プロパガンダを促すメディアや、街宣車が現在を否定的に包み、嘯く原理から、革命へと至らずに、位置づけられるだけの名前を背負い、意味を数字に変え、真実を見失い、みすみす取り逃がす原因から、兼用されるだけの意図に偽装される真理が迫り、制圧されるだけの自己の力を見失い、ただ従うほどに引き合う原理は、悲観し続けるだけに至り、つたない意味に生じる軋轢に苦しみ、孤独に苛まれるだけに至るような弱さに敷衍していく憂鬱を飛び越えるべく、ベクトルをすべての静寂に明け渡し、制する事に力は抑圧されず、ただ静かなところから確かな意味は敷衍し、普遍的な情事に迫る端的な支配から抜け出し、自らの考えだけが、このかじかむ思いは、かぶれるだけの自己を超越し、厭世観に長けるだけのデカダンな思いを超越し、健全さを謳うだけの欺瞞や、偽装される真偽に用いられる善悪の是非や、是認するほどに、自らの考えを失い、ただ互いを咎め、流されるだけに至る犠牲的なさえずりや、見損ない、見限る先に生み出される運命や、運動的な対立から、緩衝していく現在に固執していくだけの誘引から、映像的な敗者として、感応する主観に疑問を投げかけずに、ただ否定的に至り、批判的に乗り越えずに、批難を繰り返すルサンチマンを打ち砕き、自らを罵り卑下する事を止めて、制する辺りに反し、この命が姑息なものを打ち砕き、ただ達するままに愛される事を求めるよりも、ただ与えられる愛に気づかぬほどに、愚鈍な無垢さを忘れずに、最たる原因にたどり着き、ただ達する力に汎用されるだけの普遍性を取り除き、憎悪を引き出すだけの反復や、搬送されるゲリラたちが斡旋し、攻め入る世界から乖離し、眼前に迫る悠遠さに陰惨なものが価値を当てこすり、あいまいなものでマインドを支配するだけに毎日は、用いる快楽から、持つことへの嫉視や、侵蝕していく心象に蔓延る悪意に迫る欺瞞や、空間に迫る偶像や、屈辱の後や、継続していくほどに強度を増し、間違いを改めるよりも、新たなものを作り出す限りに、創造性は続き、続々と生まれる現在に関し、受け入れるよりも、契合するよりも、継続する事により、ただ用いる個人などを飛び越え、人間などから、超越し、自らに帰り着くよりも、自らを包括する周囲を世界として認識しもせずに、自らの思想へと帰り着く辺りに、支配の意味すら無くなるまで続ける意志だけが、力がなんたるかを知る。

2016年7月7日木曜日

読み解く先

 
 夕暮れにひずむ街並みに捉えるべきものも見出せずに、退嬰的な街角にひずむ紅蓮の夕暮れが、石楠花と踊り、無感情な猫たちがひるがえす不当な毎日におとずれる悲恋や、実情に敷衍する悲しみの互換から、悔悟をため込み、退廃的な濾過を執り行い、自らのギミックに敷衍するものから乾いていく感情が凍てつき、訝る言動に蔓延る日常の戦争から、剪定される草花の悲しみから、関与する先におとずれる超自然的な乖離から、懐疑的な日常に迫るニヒリズムに応答することごとくに旋律をたずさえ、遮られることなく驕る事も無く、怠慢な自己から、観点を疎外させるだけの些細な出来事に寂れる思いが誘導する先々に安易なものを生み出し、感情論的な疎外感から、回線を混濁させる日々の効率的な裏切りから、文明的な対価から、あげあしを取る事だけに集中する由縁から、日々の観点は壮大な理想を失い、ないがしろにする現在に卑劣な支配が襲いかかる。支配的なモノクロームに覆われ、においすらも失い、ただ白昼夢をさまよい、境目を用い、利用されるほどに観点を奪われる。機械的な道理が攻め入る意味から、干渉する現在に静謐な予感に切り取られる意味から、いびつな今に乱立していくものに指定されるだけの日々に生命の起源を奪われる。観点は、簡略化され、懐疑的なものをつなぐだけに自らの意図とは、反照するものへと徘徊していく思考が、乖離していく。育雛から放たれ、今に飛び交う意思が、端的な理由を損ない、さび付く思いが、確かな感触を損ない、そこかしこで恨み辛みを綴るだけに至る。痛みは、細分化され、痛むほどにファシズムが乱用され、流用されるものが、悪魔的なものに変わり、悪意を充填させる。ここから解体されるものから、媒体する意識に敗退するという意識をすり込み、廃れる現在に蔓延る悪意から、自らの悪魔は育て上げられ、惰性な意識に体系的なものが生まれ、差別化を続ける。

 機能的な街が生み出す管理的なものから、孤独感を濫觴させるような悲観的な季語から、忌憚なく降り続ける意思的な大雨たる内面的な慟哭から、動じることなく、今に敷衍していく思惟から、思念的な廃材を集め、切り取る現在に利己的な不満を促し、独占する道理から、動機は俯瞰的なものを奪い、ただ感覚的な支配の速度をすすめ、魯鈍な意思は、路地裏で交錯し、街が持つ流動する本質から、真実は、思念の中でファイナライズされ、俯瞰に攻め入る現時点から、原理的なものが概念の外観を破壊し、蓋然性を奪い、観点を疎外させ、配備する愛から、愛憎へと変化し、いつかは、憎悪だけを用い、物事の装甲を弱め、弱った夜から、卑劣な構造を作り上げ、作った体系から、退廃的なモジュールを作り上げ、成し遂げる後におとずれる意味の独裁者にガス室送りにされ、横暴な理念は、ただ今をカットアップし、互いを継ぎ接ぎにとめ合う場面から、吐血を繰り返し、倦怠感をため込み、離別する思想から、利便性を謳うだけの現在に対価を求めるほどに退化するのが精神だとか、精神分析的な分離から、定理は損なわれ、幼少期からのトラウマや、幼少期からのものよりも、今におとずれる事に相対するだけに退行する意識的な幼児退行から、退嬰的な意志に貫通すべき対象とするような事から放たれるべき是非へと進化すべく、幼少期から抱えたものなどは、今に影響を落とさず、ただ対価として用いる他者から、引き出す欲望が、今に匂い立ち、互いを否定し合う事から、関係は、摩擦を繰り返し、互いを接続すべき愛も、いつかは離れ離れになり、ただ用いる子により、その場をとどめる事も、愛なのか、と加算される原因に放たれる理由などは、理由にもならず、用いられる分断から、蔓延る悪意から、交わる愛から、はたまた、自らを鼓舞する創造から、成層圏を突きぬけるような製造から、生産的な世界や社会から逸脱し、一過性の事実に鬱血する現在に卑劣なものや、保冷され、遮る事柄を永久的に凍らせ、物事に磔にする事や、枯淡の境地に至り、狂気を用い、ため込む意思が敢然として闘うべきあなたへと闘志剥き出しにしては、様々な思惑に反し、かかずらう言動から、反比例していく意識からエクソダスし、延々と永遠へと引きずられる原理の終わりから、原子の終わりへと引きずり困れ、悲観する事すらも無く、ただ宇宙空間の外に放たれ、永遠の闇へと消え去るまでの奇跡や、よろこびを解き放ち、時は花のように開花し、改善される先に用いる言葉も、幸福を克服し、ただささやく事から、あいまいな間に愛を生み出し、用いる愛よりも、この場に境目も持たずに、モラルすら謳わずに、自らを読み解く。

2016年7月6日水曜日

旅路



 しとしとと降る雨に濡れ、大義も見出せずにさまよう野良犬に御加護が与えられるころ、孤独な頃合いに染みいる問題点や、世代的な交錯に夷狄な者が攻め入り、生命を奪い、原点を乖離させ、懐疑的な日常にふるさとを失うような戦争を生み出し、平行線に迫る現時点が、聯立していく意味合いに不潔なものが成形する真実が複製され続け、つたない夢を悪路に変え、現時点を奪うだけに至るような倒錯から、錯雑なものが成立させるだけの法案が観点を奪い、労働へといそしむ意味すら奪われ、ただ隷属するほどに疲れる身体を引きずり、浪々と堅実さを謳うだけの輩が支配する物事の経路に反し、ただ孤独に歩む一筋の絶望から、論理的な根幹へと引きずり込まれ、混同する意識や、混淆する先々に生み出される悲劇にニヒリズムもクソも無いから、関係性に入り浸るだけに感応し、受理する意味も、不当なものに変わり、決意が無いから、ただ普遍性へと至るだとか、言い放つだけの輩が生み出す悲劇こそが、一番の悲劇を生むらしい、と虐げる先々に最たる意味も見出せずに、見違える今に見据える今から、今とは、今にも引き裂かれ、その場で永遠性へと織り込まれ、自らを、その永遠性へと処理していくほどに断裂していく心身から、心象は聡明な時を捨て去り、衰退化する由縁や、融合する先々に高揚する由縁や、有益なものばかりをすなどるだけに堕落するのも人間であるし、やがて人間と名付けられる以前の獣として迎合するだけの契合から、形容するものへと引き込まれ、貧寒な意味を認可するだけに縁取り、位置づけるだけに意味合いは齟齬をきたし、機械的な道理や、機関的なニヒリズムへと空疎な物語を形成するだけの語り部が生み出す悲劇へと干渉するだけの人間的な愚かさや、厳かな時に織り込まれる利口な言葉に刺激されるだけの紙幣的な観念にウェートを置き、応じる答えに高揚するだけの快楽へと逃げだす間に差し違えるものも、卑屈なものや、あいまいなものを加速させ、おののく先に駆除され、控除される隙間から、衰亡する運命的なうねりや、過疎化する意味合いや、今にも引き延ばされる抗いから、あいまいな動機に転換され、展開するほどに傲慢なものへと変化し、偏執していくだけに至り、痛みを瀰漫させ、不満を爆発させ、迫害されるシンドロームから、進行する意識的な終末論へと倒錯していくだけのペシミストのポエトリーや、リリカルなほどに怠慢になるのが、案じるだけの言葉に冷やかされふやかされるほどに、負担をぬぐい、自らの軽さに悔悟をため込むだけのジンクスから、浪費される信念へと軽薄な論調を用い、率いた権力により、圧死するらしい、と虐げる先にマネーゲームが路上で生み出され、恒常的な不安を生み出すだけの内外への倒錯や、用いるほどに苦しむらしいし、用いぬほどに苦しむ事もあるらしい、と思惟が得る情報が用いる理由などは、理性を損ない、そこかしこに不安を生むだけに終わるのだ、とこの終わると言い放つ者こそ従える意味を信じ込むだけに信用を謳い、用いる言動に卑屈になっては、自らの皮肉により、自らをオーガズムへと至らせる特殊な人種というよりも、人間とはこうである、と決めつける先に生み出される無為な者であり、あるいは、自ら引き出すニヒリズムというよりも、人間がそもそも持っている特性や性質のようなものを判断するほどに偏りを生み出し、並行するものや、併走するものを恨みだし、平然と差別するだけに偏見は加速し、化合物に変わり、君の内外で倒錯する物体から乖離する理解も、利便性を求めるだけに猛るエナジーやエレジーが加速し、干渉する現在に否定を生み出し、緩慢な値から、差異は尤もな懸隔を生み出し、恒久的な倒錯へと至らせ、偏る使命が、神授を用い、信仰的な原理を利用し、誰かを踏破する間に等差を生み出し、恒久的な区別へと至らせ、傾倒する形態から、原因は疎外され、ただ用いられる理由により、問い続ける意味から、今が乖離し、理解を生み出す前に含む恨みから、奪い合う今に起算される事に懐疑的になり、定理を覆さずに、弱音ばかり吐いて、物事に於いて、自らを見出せずに、ただ自我に閉じこもり、昏倒する夜に悲観するだけの雰囲気からエクソダスすべく、犀利な意思を用い、用いられた意味を超える。超えた意味も次々に迫り、遅疑を生み出す。あらゆる展開は、転換される原理へと悲観を生み出し、被害者意識を育て、惰性なものへと引き込み、怠惰なものへと変化していく。咎めるべきは、リベラルな思想よりも、始動するものが、指導者を偽善者に変え、独創的な者を独裁者へと変えるような企みや枠組みからはみ出し、はじめて自分へと帰還するまでの旅路。

2016年7月5日火曜日

日々紡ぐ愛


 ずっと続くかのように思えた日々も、卑屈にくるまり、漫然と過ごす日々に潤いを与えるべく、たゆたう意味から悲観するだけの太陽に照らされ、怜悧な日々に輪唱される神話の独房へと入り込む傷口を癒やすベクトルに放たれる原因から懸け離れていく意志が、願掛けなどを続ける先にがんじがらめになり、担う意味すらいびつに変わり、色あせる日々に無情な事ばかりが迫り、狭い価値観の独房へと緩衝していく意味合いに均等な位置や、均衡を用い、平等を謳う鳥たちの籠城や、感触も無く、不当な位置に不感症気味な今に咲き誇る現状も、放たれる意味に加工され、こじれる今にも鈍麻な感情を吐き出し、破壊的な道理や、理想を失い、照合される現在に対比するだけの理由に恒常的なこじれや、孤独感に苛む君の内面でうるさくしゃべり続ける自己から、投影される物事に混血していき、また人を信じはじめ、人が人を超える事を信じ、ただ伝える事に攪拌される今が可能性だけをたずさえ、錯覚を用い、ギミックに有する過程から、干渉するほどに逃走し続ける意志や、陰鬱で周到な淫雨や、陽炎と犬と模写から、仮象する現在に悲歌を歌い、旋律を蓄え、風と踊る日々から、王道をくぐり抜け、空想的な予感にたずさえる幻影から、ゲリラ化する攻撃的な自己から、自我へと帰巣していく本質や、感情的な論争に巻き込まれ、約束や契約で迎合されるだけの現在に放つべき意味も、ただ真っ白な理論に高潮するものが赤々と思春期的に染め上がり、聡明な時折に織り込まれる呪いや、能動的な補完から、宝前へと立ち尽くす原子核や、現状に猛る思いが、はどめも無く、吐き出される現在に敗亡していく命が寂寞に放たれ、はびこる愛を寄せ集め、生命の起源に英明を授け、預かる原理に反し、かかずらう意思に用いられる答えなどに退行せずに、精神構造から突きぬけ、創造的な化身として、形跡を持たずに放たれる空間にすら反し、ここに至るまでの経緯すら捨て去り、主体性に織り込まれる概念的なものを捻出する以前に漫然と猛る思いが昇華を続け、逍遥する先に用いられる理由に関し、かかずらうことなく、少しずらし、ずっと続くからこそ、この思いは空っぽのままであるべきで、ただ用いられる事に嵌め込まれるままに、蔓延る悪意のようなものが憑依し、表現を奪い、意志的な暴虐へと至り、意識的な力により、意思は偏り、悔悟をため込み、広義を奪い、動機をしらふにさせずに、嗄声を促し、咎める隙間にアンニュイなものや、淵源に蔓延る暗鬱としたくすみや、空虚さを用い、素因に馳せるものが、大義を失う。漂う意識は、宇宙空間を鈍麻なままにさまよい、表示されるものに反し、ただ浮遊する感覚だけで物事を処理し、その歩みを流れるままを知る者だけが、何の正しさにも左右されずに、自らの意思だけで進み、啜るだけの脳内から、カラカラになったこころのタンクに入れ込むべき燃料は、愛以外に無いのだ、とあいまいなままに求める愛も、その愛自体に苦しむのであるし、求める愛に本質的な愛は見つからず、求めるままに用いられる愛とは、恩着せがましくやかましいものであるし、物事を虐げ、愛により、その愛を曲がったものに変える訳であるし、そこここにある愛も、あるがままに備わる限りを満喫できずに、互いの愛に締め付けられ、そこに使命感や義務感などが持ち込まれ、そこに氾濫する普遍性も、儚げで、用いられる愛により、物事の善し悪しを決めつけるほどに、逃げだすのが愛であるし、そこで蔓延るものを恨んだりし出すのも愛のなしえる技であるし、技巧なギミックに不眠気味の君の雰囲気に攻め入る連絡から、聯立していく廉恥や、連理や年輪を蓄える夫婦や、風光明媚な時に迫る端的な愛から、怠慢なものを疎外し、自らに帰り着く安堵に戒律すら無く、規律すら無いからこそ、何事にも統治されずに、通り抜ける愛にも愛した事を褒め称えるような事もせずに、たまゆらに消え入る本質にドメスティックな一貫性を放ち、一過性の事実や、期日に迫る行為がエモーショナルなものを重ね、抱える出来事に観点は疎外されても、用いられる愛を超え、ただ愛する事に充填され、重要なものは、この愛と名付けられる以前に備わる超自然的な物事に飛来するものが、自然を用いる以前に備わる事に大義を用い、体感するほどに、愛とは、感じ反響するものであるし、始まる間に交わる奇跡から、記号化した短絡的なものを磊落なものに変え、不羈なままに描く真実だけが、愛がなんたるかを知るよりも、数えるよりも、そのままに備わるものを愛しはじめるままに交わる命にかじかむものを包括し、抱擁する事から、愛は知るよりも、感じ感化し、反響するものであるのだ、と。

2016年7月4日月曜日

篤信


 暗鬱な物語へと引き込まれ、連動する意識の境目に軽快なリズムすら持たずに、ただ立ちこめる意味にメルヘンすら失い、枢要なものを掲げ、事実に悶絶するだけに根幹は損なわれ、観念論的な安寧に引き込まれ、被害者意識が加速し、滑走するほどに、抱擁される原理の優しさに透過していく先に現れる反復と反発と二元論的な憂鬱と返事を持たぬ偏頭痛から、返答を持たぬ恋に走り込む実情が激情に変わり、現状を攪拌し、ラビリンスへと引き込まれ、貧寒な実情に減り続けるだけの自らの意思に兌換される価値に併用されるだけの満足から、ビジネスライクな事が流用され、軽々しい示唆から、軽々しい答えへと急ぐだけに移送される真実は、居所を求めるばかりで万世に嬲られ、内面的な事後に整容されるだけの機械的な欲望から、祈願を加えるほどに人間性などはねじ曲がり汚れるものであるし、そこに持ち込まれる苦しみのコアを破壊すべく、たしなむ言葉に、確かめる意味に退行するだけの意識的な周辺に攻め入る酩酊する真実に、自制を謳うだけの世界などに、世界的な本質は無く、自らの世界だけが今に正解を運ぶのだ、と妥当な位置に根源や、混生するものがしみじみと自らの罪を積み上げるのだ、と惰性な答えをなびかせる正常者や、信仰心の固まりのような対価から、連続していく隷属と罪の加減から、懐疑的な論争へと発端を用い、持ち込まれる兵器的な実情から、恋情へと倒錯していく心理から評議を重ね、貧寒な答えへと引き込まれるだけの者を救うべく、垂涎し、君の意思を食い物にし、食い扶持に困らぬように、と騙すような御用学者たちの使命などは、腐った論理を用い、君の意志に持ち込む力に反発を加え、君の意思を奪い操作するだけに至らせるような交差から、敢行すべき意志は意味を損ない、自らの力に浸透する意味が機能を失い、記号化する安易な実情に正義を用い、善悪を利用し、攪拌する領域に流儀や思想を用い、思考停止へと至らせ、進行できぬように持ち込む意味から、答えは相互し、相乗効果を示し、聡明な時折に織り込まれるものが、利口さを謳い、差額を受け取るべく、用いるベクトルが氾濫し、反抗へと至り、終わらぬ暴力へと膨張していく意思が印象を爆発させ、拍動し続ける孤高な音と音が連鎖し、擦れるものが主立ったものに反響し、半世紀を超え、判然とした主観に判明する意識的な革命から、緩衝する先々に完全性を謳い、用いられるものに方向性を与えるものこそ怪しむ。蝕まれる午後に引きつけられる言葉が、横柄に迫り、君を抑圧する。その意味に発信されるものなど、無意味なものでもあるし、確かなものでもある。楽しむのは、君の意志であるし、死の瞬間まで飛び立つ不自由さに浮上する時間や空間に従属せずに、接近するものに反し、輝く意図を掴み、つまみ出されても、君の正しさこそが、損なうことなくそこかしこと合致し、画期的なものを生み出し、今にハミングし、はみ出すままに美しいのであり、そこかしこに移し替えられ、打ち出されるものを愛し、蔓延る愛に、はじまる間に省かれても尚、自ら生み出すものだけが、正解などを謳わずに、静謐へと向い、自らを迎え入れ、無為なものや、無残なものを見捨てても尚、引き出す愛から永続するものが対立しても尚、籠もる君の孤独にも、孤独を利用し、君を陥れる理由にも、君を左右する情報などに指図される以前に魯鈍な感情に静謐を持ち込み、さえずる記憶が、少しで足るように、と対面する恐怖に屈さぬように、自らを屈折させ、何事にも打ち負けぬように高尚へと至らせる喜劇へと限界を持たずに攻め入る形や、滅入る気持ちに汎用されるだけの理由にこそ反し、自らに対処されるものにおののかずに、自らを超越し、厭世観をかき消すような魔法を唱え、自らの魔王たる憂鬱を打ち倒すような旅路へと向かわせるべく、ベクトルは、位置を用いず、自我に入れ込む理由や、自我を用い、物事を幼児期から解析する必要性よりも、今に対処すべき理由を分析し、精神性の制度や、精度を測るよりも、蔓延る悪意に偏る回答から、解体される軽々しい身体や、利己的な精神に孤立する孤独感をたずさえるよりも、創造的に孤高であるべく鍛える創造性だけが、規律をふやかせ、自らの隘路を拡張し、攪拌される半径に確たる判断を用い、物事に締め付けられずに、使命感に苛まれずに、自らの思うままに描く境地に幸すらも超える何かであれ。君を紡ぐ意味に見出す事も、言葉を用い指図するだけに至るような答えに生命を宿す以前に、自らが思った事だけを思考し、指図される以前に強調するものだけが、真実にも成り得る。

2016年7月3日日曜日

痛みを遮るほどのよろこび

生きることへの苦悩や、論難が迫る。掛け違えた意思は、エレジーを抱え、寸前のところに、アナロジーを重ね、分離する意識は、途端に闇へと蹴落とされる。さりゆく過剰な意思が迫り、先鋭的な独房へと、自らを閉じ込め、気力を奪うのは、ただ孤独が煩く示し、慄く過程に懈怠する自己であり、処理する今に、意味は迫り、時間的な無意味さを裁くだけに至る諦観から、渇望は、死を巻き込み、生を永続化し、苦しみを永遠に背負うかのように、今の苦しみとは、思うほどに、倍加していく。さらなる痛みへと分離していく意識は、枢要なものを損ない、今に寝返り、逃げ出す。途端に迫る裏切りが、価値にとどまり、与え合う影響が摩擦し、軋轢を抱え、苦悩を叫び、絶望へとアップデートされる間にひしめき遮る理由が、次から次へと自己に裏切りを重ね、分裂へと急かし、世界を奪い続ける。苦しみは、細分化され、繰り返される。反逆を繰り返す位置から、意味を一途に引き出し、あらゆるニヒリズムを翻し、ペシミズムに至る前に引っかき回す今から、現実を打ち砕くような流行らぬ革命でも引き出し、物事を快楽的に破壊するような贋物のオプティミストたちが捉えるパーティーの彼方で、リリカルなものを探し、勝手気ままに切り裂く今から不自由さを諭し、暗澹とした精神を昇華させるべく、自分こそが正しいのだ、と姑息に笑う以前に、捉えるべき真実が、そこに備わっていくことを知り、自らの永遠に帰する意味に軋む現在に点在していく観念に迫る他者を介した概念に浸るよりも、自らの意思を強調し、境地を急ぎ、馳け廻り、羽ばたくまでの一瞬を捉え、誰かの跳躍を傍観し、あらゆる差異に陥るだけの邂逅から、根底は飢渇し、死へと急ぐだけの分裂が啜る意識を格納するだけの細分化を終え、分裂し続ける先に用いられるものも、真実を損ない、そこかしこに弊害を生み、用いられる事に締め付けられ、使命を忘れ、たださまよう意識は、絶望の全容へと昏倒し、根幹を損ない、相似するものだけを集め、体系に傾倒するだけの意識的なつながりへと偏るだけの使命に盲信が生まれ、教え込まれたものを崇め奉るだけに至るような傾倒から、正しいものすら虐げられるような原理に移送される真実は、動機を損ない、ただ永続的な生を否定し、死へと悲観的に陥る感覚から救うべく、少しの猶予を思考に授ける。預かる位置は、他人行儀なものを運び、配備される間に主観は空疎な真実に隠逸し、傍受される理由に消化しきれぬ思いが重みを授け、暗鬱なものへと健気な暗闇に陥る。


誰も帰ってこない日々を歩いて、すり減らす意味よ。君が居ない合間を歩いて、曖昧な毎日に築く、無意味な出来事にこじれていく時系列を崇めるだけの人波よ。あらゆる原理を捨て、無機質な毎日へと陶酔していく論理を破壊し、迎撃される未来を少しでも救うという貧寒な意思よ。君は、君の哀れみに沈み、無へと帰還する。あらゆる意味を用いても、この場に現れる一切は、永遠へと吸い込まれる。誰も帰ってこないままに続くのだ。その、ダラダラと続く永遠へと逃避する所以を束ね、謀る意味に反し、ただ無意味と謳われても、続く限りを過ぎ行き、迫る今を超え、価値を用い、意味を当てこすらずに、途絶えぬように、続くことを続ける。横溢する帰り道が、戒律をたずさえ、乖離する身体に正気を与え、生命的な起源や、愚弄を執り行い、投影されるものに存在的な何かを照らすだけに停滞する記憶から、こじれる後先にあいまいなものを運び続け、配備される愛から、怠慢なものが襲いかかり、保たれるだけの愛の均衡とは、均等さと、機能を用い、内面的な抑圧へと移送され、急ぐだけの精神は、自ら破綻を呼び込み、散漫な意識に、儀式的な苦悩を授け、能動する前衛的なネガティブを消散させるべく、ベクトルは、空間や時間に授けず、ただ用いられる自由すらも超越するように、自らが聳立するものだけを支えに、些細なものを飛び越え、預かる先におとずれる軋轢に遮られず、自らを逍遥し、永遠がなんたるかを知る。

リビドーと悲しみは連鎖し、無情なものに外から力を加えられ、無残に消え去る間から、あいまいな毎日に疎外される感覚から敷衍する悲しみから肉迫するものが、迫害される神経から相称を失い、さまよう意思が根源を損ない、そこかしこで苦しみを媒介し、吐き捨てられた肉体を集め、ただシンクロするものの胞子を捕らえ、太古に響く分裂的な過去から、孤立していく全体性に陥るだけの憎しみが、全体主義体制を生み出し、心象をジオラマに変え、思う形とは、ここに仮の姿を与えるだけで、ここに残されるものなどは、因果に屈し、空間的なものに食べ尽くされ、最たるものを損ない、最愛のものを無くし、物事が、この場で万象へとなびき、ただかかずらうだけの記憶に退嬰的なものをまき散らし、散々なものに慟哭し、告白へと急ぎ、体制へとこびへつらい、高揚感を無くし、保つだけの文化的なものから離散し、散漫な意識に途絶えぬ悲しみを統合するだけの正常さなどに陥るほどに、愚鈍な決意が、恒常的な苦しみを持ち込み、集められた意識にちりばめられる是非や、是認する間に用いられる浩然とした意識が永続的に流れ込み、領域に確かなものを流し込む。

2016年7月2日土曜日

続く高揚感


 人間性も死にゆく夜に形成される物語が変動期をたずさえ、リンクする世界や、契合されるだけにそぐう軋轢から、相互する意識に互換するものなどが補完され、関係性を促し、制度を逆算し、整合される月日や、瀰漫する不満足から、独占される事への抵抗論をたずさえ、延々と演繹しては、弁証法的に綴る意識的な高尚へと除外され、宇宙空間から放たれ、浮遊し続ける意識が、どこにも帰り着かずに、戒律すら持たずに、怪訝なものや、具現化されるだけの意味に位置を用い、物事を混同するだけに衰亡し続ける意識的な衰弱から、感応し続ける先に導かれる意識的な昇華から、逍遥し続ける限りに、貨幣や紙幣に飲み込まれずに、この命は、描くか、描くまいか、という二元論に収まり、おあつらえ向きで無機質なものへと積み上げられる現時点から、原型も保たずに、立場を逆転し、限りあるもの中でおののくだけの苦悩から納棺されるまでの閃きに浸るまでの悦楽的な互換から、悔悟はため込むだけに怠慢なものを思いに促し、現時点を騙しひるがえすだけに至るし、やがて渇望する段落へと落ち込み、持ち込まれる疑念や、犠牲心や、正義や、悪意などが混淆され、行為にもとづく悲歎から、乖離する情念へと偏執していく意思のゲートをくぐり、暗鬱な生涯に反し、貫き闘い死する事への価値観こそが、家畜化した現状を打ち砕き、現象を飛び越え、自らの問いを築き、誰にも左右されずに、自らの意思だけが、虐げられずに昇華し、寛容に世界を受け止める間に築く物事だけが、征服されるものや、制限をたずさえ、安易な支配へともとづく戦争や、専横から始まる自堕落な時系列へとフラクタルなものとして、当為するものに不感症気味なギミックや、義務化し、羽化する現状から飛び立つ悠揚な期日に迫る君の湯加減や、悠揚な史実にもくろみ続ける独裁的な主観から、重要な史実にファシズムと化するだけの全体主義的な亢進や、拘引されるだけの傀儡の将来へと悲観していく感情から乖離していくシステム的な永遠回帰から、婉然に捌ける思いが中庸を用い、中毒性を有し、有限なものに無限性を求め、ただ支配的に束縛する間に心象がケロイド化し、治らぬ傷として、凍てつく大地をとぼとぼ歩き、統合される日々に期日は、正常さを謳うほどに席巻される自己から、自我たる格納庫に隠す最終兵器や、最愛の日々に迫る軽薄な理論に正義を謳い、道楽へと浸るような俯瞰から、無感覚に促し続ける意思に虐げられずに、いびつな今を疾走し、誰にもつかまれずに、追憶へと浸るだけの俯瞰から放たれ、プリミティブな思いから引き出す永遠へと旅立ち、対価を求めるよりも、自らの創造性だけが昇華を誘い、プロレタリアからの解放から、異端的な解除法を学び、秘密の鍵すら瞬時に開けるような精神分析的な鍵師になるべく、犠牲心を謳うような信仰に至るだけのモジュールや、あいまいな毎日に起算されるだけの機械的なプラトニックさにふらふらと路上を踏むほどに、補足されるものなどは、情報の末端にカルマを捧げ、現状維持をもくろむほどに、その数秒で死滅してしまう意識にしまい込まれる論議や、籠城する意識に深まる闇や、躍動する意識との飛躍をもくろみ、君の孤独と共に飛び立つ意識的な昇華だけが、照合されるだけの思いに反し、やがて滑落しても何度も這い上がるような意思を蓄えるべく、自らにほどこす革命だけが、抵抗を乗り越え、提要とされるものが生み出す概念に関するよりも、自らが見出す意味だけが、位置を超えて、自らをポイントとして差し込まれるだけの暗澹な激情や、観点に疎外され、苛む意識が孤独に震えるだけに、敷衍する意識的な四季を飛び越え、孤軍奮闘し、高揚感をたずさえ、義務感に攻め入られずに、生命の起源を探り、まさぐる限りに偶像を打ち倒し、偶然に浸るよりも、貧寒な現在に減少していくものの影に攪拌される原理的な主義をまとうよりも、自らが鍛える鎧を着込み、均等なものや、平等なものを用いる以前に、この物事が生み出される起源に示された圧力から解放され、自らを抑圧するだけの蓋然性に反し、概念に攻め入る価値からの解放を謳い、自らの解放をモチーフに、革命へと進む辺りに、用いられる暴力を超越し、越権行為に至るだけの権威的な何かがもくろむ既得権への恒常的な金銭の欲求から、保身を編み込み、アニミズムへと浸るだけの閉鎖的な信仰からの解放から、名ばかりの神を超越し、自らを飛び越える辺りに、超越する観念は、関係へと浸るよりも、還元される意味に浸るイメージを解除し、自らが促す神秘だけが、刹那を倒錯させ、瞬時に分裂するよろこびに扮する意味が敷衍し、軽々しい幸福論を超越する。

2016年7月1日金曜日

終焉


 行き過ぎた資本主義の終端では、確かな愛は、足枷にならず、世界を応援し、自らの愛で自らを救うべく、身近な愛は、死んではおらず、寄り添うように、君の背中を、君自身が、優しく、さする。豊かな知識は、人間を救うのか? と耽溺する問題から昏倒する意識が、自らの愛をモチーフに、自らの世界を救う事から、確実的なものが、実直に結ばれ、清純な時にほころぶ未来が今をつなげ、記憶を超越し、臆することなく生み出す意味から、君が生まれ、有する哲学に没し、抵抗へと結び、短絡的なニヒリズムを植え付ける答えに反し、悲観的なものが産み落とす哀れみから、愚行を飛び越え、超越する未来から意味が生まれる。痕跡を用い、今を結ぶ世界から逓減される精神を祭り上げ、均等な意思へとつなぐ所以が肥大し、直結していく今に記号を生み出し、弛む動機に咎められずに、人道的なものを組み込み、原理的な理由が行為を滅ぼし、自らに着地する意味から今から交わり、はびこる意味から動機が生まれる周辺から生まれる愛のようなものが降り注ぎ、不埒なものを重ね、抱える原理にアカデミックなものが迫り、狭い価値へと流用され、邪推するだけの観念へと還元される先にゲシュタルト崩壊を起こし、巻き込む原理に行うだけの義務感から寂寞へと綴る意識的な嗚咽や、応益を求めるだけに悦楽へと浸り、貧寒な歴史へと地殻変動していく意識的な互換から、高揚する観念がレジスタンスへと変貌し、貧相な価値を打ち砕き、自らの価値だけが、革命的であると宣言し、軋轢に屈さず、屈従に耐えるぐらいならば、よろこんで闘う的な観念へと偏執していく先々で効率良く謳われるギミックを旋回し、独占欲を用い、独立独歩であると宣言する先に用いられる事柄も、破壊的な情事に攻め入られ、清潔感を損ない、そこかしこで偏執するだけの理由へと還元され、敢行すべき意志も、疎外されるだけの原理や原因にフォーマットされ、本質を見失い、見損なう限りに肥大化する意思が観点を飲み込み、始まりの宇宙へと交わり、記憶の奥ゆかしさの愁嘆へと悲壮し、悲観し続ける先に用いられるモラルに反し、逆用されるだけの観点に兌換される価値が、呼応し、コアを抜き取り、変化し続ける先に用いられる問いから、偏向する意識は、観念を押しつぶし、やがて指示され、指定される物事だけを受け取り、うごめく思念が充実感などを謳う頃には、ほとんどの孤独へと押しつぶされ、つくづくに迫る保身から、中庸を用い、物事を孤立させるだけの均衡などは、真実を見失い、ただ用いられる答えに寄りかかるだけの価値に兌換されるだけの鍵を失い、漂う意識は、ただ用いられる言葉を利用し、何かを定め、何かを抑圧するだけに至らせる事に置かれる自分を信心しない限りは、神に打ち勝つ事も、この世界を利用する者の言葉に騙されるだけに至り、訝る現状から、言動は孤立感を用い、物事へと蟬蛻し続ける意識的な変革から、変容を遂げる辺りに用いられる価値観から放たれ、自らが描く思いだけが、昇華へと至り、創造的な飛躍を遂げるころには、昏倒していた意識は、指定された関係から放たれ、自らの価値だけに寄り添う自らを逍遥させ、遭難し続ける難癖ある自己を健全なものだと思考し、こじれる意味から抜けだし、逸脱する辺りにもだえる意識は、モデルケースとして選民思想的な者が打ち出す家畜的な価値観の勘違いの掻痒を反復させるだけの信号から抜け出し、命が乾ききる前に、観点を相互させるだけの打開から放たれ、自らが受理するものだけを、本質として捉え、途絶えぬように続ける鋭意だけが、鈍麻な感情から逃れ、命が飛躍する事に置かれる意味から逃走し、身ごもる隙間におとずれる辺りを愛し、つとめる意識は、つまずきながらも、次のステップへと超越し、超克し続けるドラマから、ロマンをすなどり、それを卑賤なものの支配に置かずに、悲惨な現状におとずれる貧賤さとは、誰かのまやかしに騙され続けた身分に桁や距離を用い、物事を測る事から、生み出される差異に見出すべき本質などを用いられる価値でもって測る事から、孤立していく意識は、用いられる答えに偏り、加減を知らずに、差別的に分別し、侮蔑する辺りから用いられるルサンチマンが尤もな差別を用い、恒久的な支配へと至らせるような権力へと偏る義務化から、業務へと変わる辺りに用いられる権威的な牽引から、嫌疑を司る神は、関係性に金と法で抱擁し、関与する辺りから、屈従するものが誰かを抑圧し、誰かの意見を意思を疎外させ、些細な恐怖から、大きな不安を旋回し、転換される意味に観点を奪わせ、罵声を浴びせ、世界を奪い、正解を濁すだけに至らせる権威にこそ反する。