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2016年1月31日日曜日

運命論者のカタルシス

意識の佳境に入り込む。根元から毒素を吸い込んだ創造性から、豊かに乾く由縁が汚染され、感情を横溢させ、肉体が尽き果てても、不羈に世界を旋回し、新たな原理で創造的なものすら超越し、自らに血合いをほどこし、空っぽの身体を抱え、憂鬱を捨て去り、自らの苦悩から抜け出す。待ちわびる夜明けが、静謐に囲われ、猥雑な思いを昇華させ、物事の正しさを乗り越え、誰にも示唆されぬ由縁をつんざき、導かれる可憐さに連動し、新たな疑念を取り払い、ちぐはぐに思いを断続させ、乗り越えるということは、違う意識を彼方まで乱立させ、乖離する表現が地を這い、捏造される真理を地中から引き抜き、あらゆる権化に冷めた意味を加工させるだけの隠逸を繰り返し、フォーマットされる真意から断続する思いが引用する言葉を履き違える斡旋から、最たる記憶を盗み取る情報の宿にうやむやにされた真実が、心象を孤独にまき散らし、落胆したり余韻に歪む面影が一過性の思いが現行を利用し、訪ねる思いを退廃させ、デカダンスに至らせるだけのドメスティックな改ざんから、介在していく意識は真相を喪失し、損なう影から、感銘を受けるだけに受け取る理念は集中豪雨にぬらされ、希望を咎めるだけのメルヘンが遅効を誘い、炎天下で恋々と募らせた夏の至極すらも鼓動をとどめる冬の摩耗に敗残し、観点を損なうだけの四季の寝息を聞き、介在する意識の果てで孤立していくほどにほどけぬ思いは、孤独をかきむしり、乱される思いは、最たる意味を露見するだけの露骨な孤独へと排斥され、混同していく意識は革命と隔離の合間で豪壮な意識を携え、譫妄していくだけに乖離していくシステム的な固執から、混同していく意識は使命を忘れ、漂う意識は寛容な時代に惜別していく苦悩に耐えかねて、寡占し続けるだけに権力は一貫した一党独裁を目指し、刃向かう者を蹴落とし、契合するだけに契約され隷属する苦悩から配膳される餌から観点は浪費されるだけの偏りから普遍的な敷衍を目指し、損なう過激さから、加点される数字から、敢行する意志を嵌めよう、と強請る思いが競合していく思想の影で悶える寂寞から幼稚なギミックが産卵する思念に捏造されるルサンチマンから、激情の住処に発信される関係性への漏電が生み出す破壊性から、整容すべき状態に人工的な浪費を繰り返す暗澹とした理念から主張を掻き乱す状態に人種間の専横から、戦争へと移行していく順序へと端くれを結ぶ暮れゆく心情から投下される状態に補足される嫉妬から、貞潔さを謳い、感応する悠遠から引き出される行動理論的な症状に末期的な枯渇を生み出す孤独へと恐怖にリンクする私情から動機は一貫した腐敗を生み出し、運命的なリロードを施し、理想は恐々と真理をえぐり、選りすぐるだけに遠因に果てる思いは強固な意志を携え、婉然に捌ける動機がリズムを喪失し、漠然とした恐怖は、孤独への恐れへと移行し、懐疑的な思念が幻覚や幻聴を携え、創造的に配する愛から、ねじ伏せられる精神の凝固から、カタストロフへと向かう破壊される内心の制度や、自我の法律を破壊し尽くす間に蓄積される苦悩が、極彩色の絵へと変換される間や、引き出す物語の空腹と空疎な面影をインモラルに蝉蛻していく意識から、敢行する意志は陰鬱な衝動を肖像へと書き殴り、乖離していく膠着していく捻出されない意思から、心神喪失状態へと移行していく曖昧な自己から投影される空虚さを邂逅していく辺りから、相対する自己は、高揚する意識に水没し、暴かれる以前に今に溺れ、応じる答えを持たずに昔年に従事し、乗ずる思いが捻転し、今を錐揉み式に穴を開け、アナーキーな背徳を重ね、横溢するままに事柄をねじ伏せ、不正を正すよりも、正しいとされることを虐げ、世界性をうながすだけに奪い合う関係から抜け出し、あらゆる正しさとは、誰かも分からぬ者が指図し、それに従うべきだ、と強制する辺りから、利己的な傲慢さが生み出す権威的な権力が権威する事柄を礎として従うべきだから、従うべきなのだ、と言い放つ間に権威は偏りを生み出し、利己的な支配が契合するだけの意思に陰鬱な衝動が混じり合い、誰かに対抗する意識は、こじれる辺りに理想を供給するのは、この支配だけであり、この統治にこそ、脅し以上のものがあるのだ、と牽引する意思から、意志は疎外され、己を持つということは、応じることに従うことだけに専念し、自分の答えなど持たずに、用いられることに従うべく、君は生まれただの、とうながす一過性の堅実さが、事実を詐称し、最たる意味を損ない、君が生きた理由すら雲散霧消させるべく無視したりするだろうし、浪費するだけの観念に関係は、おちどを見つけ、見つめるほどに対抗する意識は意味合いを損ない、行いを牛耳るだけに、権利や何だのを謳い、既得権に変え、それを守るためだけに互いを傷つけることだけに専念するようなものをうながすものこそを打ち砕く。

2016年1月30日土曜日

強固なもの

記憶にちりばめる一生分の独り言が分裂して、細胞にまで広がり、集める破片や、変化しない日常に意思を授け、鮮明な余韻を携え、永劫に近づき、均等な位置や、意味を見出す以前から迫る面影の一過性や、一途な思いを横暴に支配するだけの儀式的な崇拝から、感応する今に一縷の望みを託し、悔悟をため込む便宜的な日常のアートに介在していく理由が、空疎な意味を蹴散らし、落胆する以前に、らいらくなままで居て、異端的な乖離を執り行い、混同する意識に未明の資質や、ミメーシスや、淫蕩な季節の崩壊が迫り、保守すべき理由や、補充すべき事柄にも、ほとんど尽きるだけの退嬰的なロマンから、回廊を渡る悲劇のヒロインや、麻痺していく苦悩から、可能世界を裏切りで染め上げるだけの精神性の池で経過していくおいてけぼりの浪費家たちのシャンソンが掻き鳴らすドメスティックな落雷を全身で受け止め、酩酊する原野に移送される原始的な理論から、硬直していく過激な思想から、間隔を用い、距離を与える思考回路から離れ、放たれる意識は症状を悪化させるだけの観念から瓦解していくシステムから詩すらも廃れ、煤ける死から干渉していく現時点に至るまでの虚偽との対話から、猥雑な思念を座礁させるだけの世界に軽快な理想などは、懐疑的な思いで取り上げるだけの惰性な性差から、プログラミングされているだけの本能に偏執しては、搬送される理由が放蕩し、ジレンマをため込み、まざまざと見せつける間に極める愛すらも、曖昧なままで利己的な私情を今に打ち付け、疑心暗鬼になり、欺瞞を重ね、捻出される詐欺的な疑念から、加工される品位から、逸脱していく一切に仮装していく意思は、物事の本質を見失い、現時点をさまようだけの欠如から、結実していく悦楽へと運ばれているだけに惰性な快楽の原点をたどり、怠慢を重ね、化合物として権威的な権化がうながす原理的な醜状から悪路は生まれ、歯がゆい今に知性すら無ければ、なけなしの思いを歯止め無く吐き出す今に定位置すら要らず、用いられる場所とは、すなどられるための餌と罠があり、そこで狩られるだけに、価値観を植え付けられる。混淆していく権力は、既得権を守るべく、規制されぬように、天下りしていく関係から、加工される権利を用い、敗残していく意識は悲鳴を上げ、混同していく思いは、今の状態を捨てる恐怖におののき、自らの意志を損ない、関係性に入り浸るだけの結末に奉納される因果な結末から、悔悟をため込み、一切は拍動せずに、今に完結し、加工される状態に化合され、合成される真実は、互いのベクトルで摩耗し合い、消え入るまで本質を濁し、まどろむままに阻める現在にこびるだけに固執する様態は、敢行される意志に反し、関する力に汎称されるだけの名前を乱用し、落胆する意思は、淫靡な結末へと移行していく行為にこそ、正義は存在するかのように仕向ける辺りから、曖昧なマインドは、毎日を血で染め上げ、粗相を重ね、喪失感を抱えたまま、運ばれる強制労働行きの列車へとつながる概念の域を用いることにより、今の苦しみは、前世の苦痛であるなどと現を抜かす辺りから逃避し続ける意思は、意味を見失い、今にただれるだけに折檻され続け、ただ出るだけに出来合の真実を真実として指定される義務により、流動しているかのように仕向けることから、乖離していく自身がプロパガンダに扇動され、専有される今に確証も無く、物語は座礁し続け、つたない思いを乱立させるだけに世知辛いものだ、と世界を世界として指定される義務の傀儡として、そのような言葉を受け取る限りに裏切りは進み、今に至る病は、悲劇を透過させず、貧寒な死へと移送される苦しみを過激に博愛し、自身の主義思想を守るためだけに互いを傷つけることこそが、正しいのだ、と虐げる信仰などを駆除し、神が邪推する以前に、我々が時代を迎合されるだけのことで奉り、今に陰惨な欠乏を生み出すだけに至った経緯に意味合いは、意義を無くし、ただ投下されるミサイルを受け取る空っぽの身体として、打ち込まれる痛みの一切を受け取る役目として、指定される義務に孕む現在に形骸化していくだけの亡骸を地に磔にし、滲む痛みから瀰漫する不満足が快活な動機を失い、統合される原因から緩衝していく愛を持たずに、ため込むダメージが延々と現在を演繹し、数学的な狂騒から感激を植え込む詩的な強奪から、過疎化していくシステムの生業に私情を挟むだけに配備されるルサンチマンから感情は聡明さを失い、統合されることだけを目指し、言葉に理を生み出さずに、打算される心象から理想は供給される痛みを過剰摂取し、うながすエンドルフィンが限界を感じては、介在する意識に組成される現前に対比していく思いも、応用されるだけの答えを汎用し、今に間違いを植え付ける。

2016年1月29日金曜日

同一化しない思い

幾何学模様の愛がリリカルに降り注ぐ。借り物の身体は、他者の意志や力に媒介し、あたかも世界は自分のもののように示すからキリが無く。端的な例が示す比例から、廃絶される面影が薙ぎ倒され、対岸でひしめく波の波紋や、君の気持ちに照り返す悠然とした感情などが躍動し、意識の水面を泳ぎ、体たらくな傍観者が指図するあたりからハッキングされ、パンタグラフを汚し、接線を燃やす動機が敷衍し、ぐらつく思いが傀儡になり、担う意味から込み上げる愛が密接に結びつき、気付かぬ合間に取り払う意志が陰鬱さをかき消し、けたたましく燃えたぎる魂が騙し合い、いたずらな愛が林立し、物事の正しさすら操作し、そそくさ、と消え去る意識が視界を奪い、意識を奪い、命を奪うまでに培養するものが栄養をさずけ、さずかる愛も年月をかければ、掛け違え、履き違えては、互いの悪意をドレスアップし、互いを恨むまでに愛でる思いがルサンチマンに成り代わり、大概の事実は、誰かが謳い奪うために選りすぐり、意味を持たぬ動機が君を奪い、すべてを逆恨みし、逆上する意識が快活な動機を持たずに、今に屈性する猥雑な過程から懸隔を与え、快活な動機を奪い、起因を失い、ただ用いる空間や時間をさまよい、自らの意志を失い、裁く間と、裁かれるまでの距離に出される値から価値は均され、物事を健気に卑下し、ヒステリックな意志が端々を奪い、かかずらう観念が軽快に移送する真実も最悪な意味を引き出し、あらゆる論理に膠着し、近づくほどに錯綜し、総和せずに、物事との距離を深めるよろこびが、創造性と触れ合い、逸する関係から、逸脱し続ける顛末になびく思いがぬかるみに嵌り、光景に拘泥する意識が静謐などを謳い、曖昧な動機似合わぬ精神が清潔感を失い、容量を失い、緩慢な動機をしらみ潰しに見尽くす間から通わす精神が素因を求め、片付ける思いが晴天を掲げ、空を神として崇めるから、大切な思いが、退屈な信仰などに奪われ、純真無垢な意思を失い、今に錯綜し、通わす原理に理由を奪われ、運命にうなだれ、雲霧に消え去り、去り行く形状は、理屈を用い、形而上的な判断で目をくらませ、比べるだけに背伸びし、何が正しいかすら見失い、意味を虐げ、些細な動機に懇意になり、指定された義務に要因を奪われ、物事の家畜として、同じ意味を背負い、同じ柄を着込み、同じ意思に同調と同一化や、同情を促すほどに人間性などは奪われ、生きる意味を問うだけの純粋な機械として、制度的な白昼夢をさまよい続ける。

幸せとは思うほどに色あせ、世界自体を惜別しては、性別を用い、誰かを占有する間に用いられる独占欲に飲み込まれる。ただ果たす愛を用いるほどに、ほとんどは知らず知らずの内に互いを恨むように仕組まれていく。それがコマーシャルに占領された普遍性の不具合に気がつかずに、己の不潔さを知らずに、誰かを軽蔑する潔癖こそが、物事の本質を濁し、確かなものを見えなくし、物事を邪推するだけに自堕落に至り、自己を退廃させるだけに至るような関係にいたわるべき確かさも痛みに変わり、物事の本質を喪失し続けていく。原点は、出来合のものを互いに用い、呈される理由を崇め、ただ互いを恨むために神を用い、互いの神で君を苦しめるだけに至るようなものを介する間に、物事は膠着し、ほとんどの理由に媒介される憎悪に支配される。退行する意識が孤立し、延々と引き伸ばされ、最たる意味を捕まえ、君にたどり着くまでの軌跡にまどろみ、有する気分を改ざんし、だんだんとしのぐ思いが時を乗り越え、すくすく育ち、やがて発芽する春を待ちわび、わびしい気持ちを高揚させ、静謐な思いを伝え、思う気持ちが強固なものに変わり、界隈になびく思いが進行し、蔓延るままの孤独を仰ぐ。暗澹とした言葉がこころや、この場所にぬめりを与える。たゆむ真実は、情景を傍観し、膨張する真理は、由縁を失い、暴力的なものに投下され、事実の確かさすら失うのだ。きらめく現時点がリフレインし、リロードされる感情が、環境などや、社会などに責任転嫁される理由から超脱し、遊離する世界からかけ離れては、嗅ぎつける動機が自由自在に、赤裸々に落胆しながら、世界を加工し、躍動する意志が観点を奪い、爆砕する感覚が、原子をすなどり、身体に星の面影をたずさえ、リンクする思いが触れ合い、素敵な感動が反響し、やがて来る未来を受け入れ、漂う余韻が湧出する道理が薄命な時をたずさえ、妖艶な動機が今を凌駕する。あらゆる意志が自由に行き来し、漫然と捉える魔法を解き放ち、懐かしむ原理から放たれ、離れ合う意識が意味すら持たずに飛び越える意味から今が積み上げられ、乱立する風景に反し、擁立する思いが勇躍し、蔓延る愛がコピーされ、貼り付けにされる思いがエロティシズムに敷衍し、歯止めも無く吐き出す愛から連動する意志が器用に強固な思いをたずさえ、愛に刃向かわず、交わす愛から明晰な理由を吐き出し、履き違える意味を履き替え、あらゆる愛に国籍や意味すら要らぬ、と宣言する。

2016年1月28日木曜日

答えも不必要な愛

移行する意識は、十全とした意志をたずさえ、あずかるひとときを、ひとっ飛びで翻し、やがて渇望するだけにすり寄り、償う意志が溌剌と行き交い、介する間に一貫した愛を放ち、懐かしむよりも、しみいる意味が流浪し、端々に攻め入り、数々のドラマに点在する意志がすり寄り、痛む心身を超克し、安らぐ気持ちが居場所すら棄て去り、絵空事をたずさえ、散々な現状や、現象から飛び立ち、むすばれるままに憚らずに諮らずに蔓延る今に堅持する理由すら濾過し、霞む意味にたたずむ君が帰路すら閉ざし、今に至る光景に心残りや、和まぬ今に用いるデカダンスや、カタストロフに散りばめる意識が抵抗を加え、極まる思いが御身を包み、未熟なこころを精錬させ、連綿たる様相が切り端を集め、ひとつの構造を組み立てようと離人症や、膠着するカタトニーから乱立する乖離した主体に移行していく精神の嫌な感触に迫る静謐に瀰漫するアニマを分離させ、帰路を奪う精神の深淵や谷間に促す完全性や、制度や規律を打ち砕くほどの鉄槌を用い、あらゆる愛を根元に寄りかかる間に閃く季節が固化しないような促すみずみずしさが進化を誘い、内積する理由を突き抜け、緩和する間に宿す愛だけが、ドラマに変わり、一律な愛は、一途さを持ち、恒常的に変わらぬ思いが形骸化せずに、形容される愛などに、愛は無く、用いる形に嵌る愛などに意思は無く、ただ生活と環境に順応し、危うさから逃れ、自らの差額を支払う義務から、幼稚な統治に引きずり込む価値から誘引される権威が用いる既得権や、利権に誘う完治しない苦悩や、インタラクティブな快楽のモジュールや、融解するひとときの孤独を安らがす一杯の毒や、退行する思いが帰路を閉ざし、議論に膠着し、高揚感を失い、内外に放つ概念と、放たれた意思は、疎外感を誘い、簡易な支配や、用いる知が謀略と暴力に染まり、関わるほどにエスカレートしていく行動性に理論は通用せず、ただ通過する怒りを倍増させ、奪い合う価値から食み出す意味から、喰いこむ明日から、食い散らかす形だけの義務に兌換されるものほど、勘違いを運び、やがて渇望する存在は、入れ込む価値を求め、導かれるままに枯れ果て、派生する意識は、歯止めも無く悪影響を与え、たゆたうほどに酷くたゆみ、互い違いに至る意識は、形式に横着な意志を授け、あずかる意味は、借り物のままで、際限ない傲岸不遜さを今に吐き出すだけに痛まぬ思いが他者を犠牲に、自らは傷付かぬように仕向けるほどに、ほとんどの意味は孤立する。
我々に勝ち負けも無ければ、善悪にラインをひかれず、悲観的な価値観に虐げられる必要すら無く、用いられ、持ちかけられる言葉や規律よりも、自らの意志を尊重すべきである。それだけが、意思的認識にすがらず、自由すら飛び越え、自らの意志だけで選択する。快楽も終わった後に打ち込まれるハンマーが、汚い過去をつんざき、あらゆる論理を打ち消し、概念自体を消し去る。あらゆる原理は統治と支配だけを求め、今に抵抗を与え、問題に膠着し、意識は、薄命な時を捉え、とだえぬように、自らだけを引き伸ばし、あらゆる物事を超越する。突き抜ける意志さえあれば、どこまでも行ける。こぼれる光りで、アイライン引いてる雲が、ふかふかだ。はみ出す言葉を集め、ひとつのハーモニーに変え、艶麗な時に帰り着き、排斥する間から、愛を抽出し、超克する思いに擦り寄り、寄りかかる思いが微かな愛を伝え、拘泥する意味から解き放たれ、はびこる思いを嗅ぎつけ、新たな意味を愛で包み、関わり合う愛を紡ぎ、着々と敷衍する思いが勇躍し、始まる愛から高揚し、ゆだねる思いが瓦解し、孕む瞬間も晴れ渡り、暗鬱な思いを超越し、勇躍し続ける思いが駆け巡り、ぐるぐるめぐる思いが収斂し、ゆだねる意味が季節を集約され、あらゆる意味を超越していく、まる

2016年1月27日水曜日

光年

光年から離れ、飛び立つ意識は、宇宙との調和を目指し、溌剌とした思いが主体性をつなぎ合わせ、傷口を塞ぎ、世界性に制度や規律を与えず、感動だけで訪問する意志が冷酷な時を超越し、悠然と出迎える思いが生涯を形成し、やがてロマンをたずさえ、短絡的な由縁を削ぎ落とし、忠誠を誓うだけに緩慢に飲み込む理由からエクソダスし、団欒する意識が家族を抱え込み、核家族化していく意識に落雷を与え、お告げを唱える今から狂奔し、販路を広げ、関する由縁からたゆたい、理想から統括され、空白に埋め込まれる共感を超然と引き取り、あらゆる原理を運命に引き込み、予言を続け、軽薄な世界を引き継ぎ、あらゆる倫理を清貧に結び、傷つく思いが、つくづくに続き、自らの内外に放たれる言葉がことごとくから放たれ、相対する思いが終焉に巻き込まれ、漫然とした思いを編み込み、興じることから判断を失い、欠けた思いに入れ込む是非から調和する意思は、物事の正しさから離れ、注釈を加える以前に溌剌と飛び立ち、放たれた意識は、永遠の孤独や、涅槃に沈み込み、静かなのは、この筋書きや情緒から離れ、霞む思いが因果を超越し、越権を謳い、ふんぞり返る者が憤懣を謳い、権力を使い、誰かを貧寒へと移行させ、せせらぎゆらぐ意思が悠長にただよい、ゆだねる意識が着替えを続け、何かを犠牲にだとか、犠牲心を謳い、正しさへと持ちかける意思表示や、意思決定などに正しさは無く、正しさを用い、何かを奪い、権利を主張するほどに、利権を用い、認識する己の汚さに期待感を孕ませ、さらなる意味は、今に廃れ疲れ切り、汚い意味を孕ませ、超克する間に擦り寄り、諦観を用い、謳われる道理から放たれ、介する間に空虚さを用い、消耗する思いが、諸々の意味を試験的に捉え、堅持する理由を流動し、恒久的な思いが横溢し、宇宙規模にも膨らみ覆う意思は、あらゆる原理を超越し、あらゆる正しさを乗り越え、自らの正しさすら超越する。

神が唯一生んだものは、絶え間ない暴力である。懐柔する意思は、意志を押し上げ、昇華に導くべく、曖昧なものを昇華し、確かな意味を奏でる。解析される思いを交流させ、巻き込まれる思いと共に飛び立つ。羽ばたく意思は屈性し、あらゆる答えを捻じ曲げ、くたびれた影を背負い、従属する果てに陰鬱な心象をかき消し、革命的に幽遠を飛び立ち、吸収すべき愛が氾濫し、配する間に季節を巻き込み、反する意識が競合し、短絡的な疎外感を目印にして、指定される理由が離反し、関与する間から関連し、連動する動機が、ドラマチックにつながり、つたない思いを照合し、神々しく結ばれ、互換される愛が去りゆき、大切な意味を包み込み、こみ上げ交錯する思いを踏破し、徘徊する意思は、季節に封緘され、投函する思いを引き取り読む君の意思だけが、力を用い、牽引する意識が季節を交錯させ、倒錯する意識が衰退し、対比される由縁が起床し、幸福論をたずさえ、捻じ曲げる意識が到達する思いを格納し、退廃する由縁が聳立し、収斂する隙間に恐怖すら無く、内向的に孕む意味がメタファーを重ね、意味に拘泥するだけに堕落する言葉を重ね合わせ、些細な道理が乗り込み、健気な思いをたずさえ、最たる意味を行為に干渉させ、乖離する理由が統合され、佗しい思いがいびつになる。もつれ合う意識が精神性を跳躍させ、健全な動機が衰亡させ、倦怠感をたずさえ、様々な思惑が惑溺し、かかずらう意識が心象をつなげ、しどろもどろになる思いを編み込み、快癒するひとときから、修繕される思いに妨げられず、落胆せずに進むことが、明晰な思いを含ませ、作成される理由が放たれ、新たな意思を用い、あらゆる思いを超越させる。


目障りな過去が恐喝され、雄大な意志が寛容なり意味を捕まえる。蝕む言葉から改ざんされ、幽遠に混ざり込み、混同する意識が先導する形式に導かれ、連想する思いを超越させ、鮮明な時に涼み、密接に結ばれる言葉から回避する思いが競合し、悠然と結ばれ、ゆるやかな日々を過ごし、衰退しないように内面性を育て、人間的なものから逃げ出し、出し抜く間から関与し、介在者が促す罪から退廃し、黒々としている世界に輪唱する神話を飛び交い、概要を打ち砕き、貸与する面影がエモーショナルに飛び交う。


回答を持たず、自覚する前に自我にアンチテーゼを促し、ヘイトスピーチを続ける烏合の衆から集約する隔世の欺瞞や傲慢さが、緩慢に結ばれ、体感する理由に擦り寄り、勇躍する語尾が跳躍し、やがて君を飛び越え、みずみずしい思いを分断させ、静謐な思いが屈強なものになり、代わる代わる剪定する意志が強要する理由が恫喝を続け、結界をはり、判明する意志が明晰な余韻に従属し、十全とした理由を拘束し、散漫な意識を強制させる支配から充満する不満が育て上げるものが透徹しては、様々な意識に高揚しては、怠慢な意思を解き放ち、懐かしむよりも昇華し、重なり合う意思が確かな思いをたずさえる。

2016年1月26日火曜日

創造性

孤独を育て、意識を転換する。価値観の崩落を傍観し、主体性の終わりが一斉に爆砕し、離れ合う意識が観点を失い、横溢する意味が傲慢さを悟り、有する形に求め合う意思が倦怠感を引きずりながら、孤独に苛む今が交換され、邂逅を求め、用いる言葉にみちみちる意味が緻密につながり、攪拌される現在に点在していく意識が色彩を失い、漂う意識は、自らの内で交換される事柄だけを本質として捉え、導かれるままの可憐さに連動する意識が意味をつなぎ、求め合う形式から放たれ、落胆せずに、関する合間に落とし込む愛から、過酷な理想を謳うだけに、関わる前衛的な余韻から、保守的な流れから、舗装されるだけの真実を歩き、諦観するだけのニヒリストとして、都市間や大陸間を横断する合間に固執するだけの境目から、多目的に流動する意識は、自我に空洞を求め、他者からの意識の敗残者として、苛まれる身体を今に蛇行させ、こじれる間に包容される物事と行いの論点をすり替えるだけにすり込まれる意識は、いぶかるだけの言動に固執し、こじつけられる道理から、理想は陸地を失い、そびえる意味や、論証される義務から衰え、籠城する意識が孤独に嵌まり込み、廃物と化する愛が完全性を失い、喪失感に漂い、屈折したアナロジーを打ち砕き、兌換される観点から、逃避し続ける主体は、存在自体を損ない、最たる意味を失い、残影をたずさえ、しのぐ思いがこぎ続ける自らの孤独の湖畔から、反映する意識に転じて行くモノラルにこもった音が孤独を押し上げ、暗澹に引き込まれる。

恒常的な孤独は創造性を引き出し、意識の構造を破壊し、破綻した意識が聳立し、陰湿な支配をくぐり抜け、けだるく悶える現在に遠因は無く、ただ今に生まれる意志だけが獅子として、途端に捉える意味を引き延ばし、万世になびく言葉が君を錯綜し、意味に不機嫌さを残し、加工される品位にほの暗さに本能を拡散し、攪拌される意識は、姿勢を失い、滞るだけに干渉し合う現在が、偏在していき、行き違う意識は、薄命な時を捉え、意識の濫觴から、苦悩を取り込む次元をさまよう初期宇宙の原子を取り込んだ遺伝子構造から、攪拌される現在に求め合う愛から、放たれる症状に異質なものを取り入れ、統合される答えを分解していくほどの独創性だけが、道理を打ち砕き、果敢に挑む意志だけが、力の乱用を押さえ込むだけの意志からも離れ、配備されるだけの答えに利用される貧寒さにかじかむ心身を閉じ込めずに、高揚するままに創造的な舞台へと急ぎ、異物感を抱える以前に帰り着く問題から離れ、完結する前に飛び立つ意志が意味を突き抜け、閉じこもった意思を今に解き放つ。

無駄なものばかりが汎用され、無駄なものばかりが、氾濫する現在に提出される原因が、刻々と浪費されるだけの今に緩和せずに、関わるほどに孤独は増すばかりであり、仮称される今に定理は過酷な労働を強いられ、詩的なリズムを取り戻さずに、統制されるだけの原理に理想を奪われ、利用されるだけの価値の家畜として欺瞞を孕まされ、食わされる餌は、与えられるだけの義務感にさいなまれるだけに堕落していく主体性は、正義を静謐に守ろうと勇敢に挑むことから移行していく礎としての精神の欺瞞や、犠牲心をうながすだけに奪い合う幼稚な戦争から、占領される現在は、展延される意識が、全体主義を覆い、衆愚を詩の遊具に変え、独占されるだけの過去の身体を駆除し、空席を埋めるだけの論理に膠着せずに、固執する動機が厚情を用い、モチーフとされる苦しみを繰り上げ、意識を細分化せずに、拘留される状態に麻痺し、愚鈍な意識を抱え、意味合いに膠着するだけの鈍磨で貪婪な浪費を繰り返しハッキングする量子的な観念に固執していく意味合いが、近因を捉え、形態は崩壊し、加算される原理から、偏執していく意識の孤独から、嵌め込まれる意味に陥る偶像から、誇大妄想を抱え、ただ恨むベクトルから、贋物の真理がおののき、投影される欺瞞から、接続される曖昧さに疑問を投げかけ、緩和を求め、散々な動機に無数の真理は、契合されるだけの浪費的な観念の概観に押しつける概念を泰然として捉え、対比される善悪を飛び越え、応じる答えに反し、関する合間に悠揚と揺らぐ本質だけが、真実を宇宙よりも先へ敷衍させ、不可能なものなどは無く、測られることも、測ることも無く、その場で落ち着き払い、支払う義務すら無く、淡々とうながすことから生気はあふれ、不屈なものから、強要されるだけの義務化を取り払い、導かれるままの意志で意味を紡ぎ、陰鬱な衝動性をかき消し、加工されるだけの同意から放たれ、蔓延る意識から、意味に転じるままの要理を壊し、創造性だけを育てるような仕組みこそを打ち砕く。

2016年1月25日月曜日

お天道様も眠る

分裂していく意識が思考を飲み込み、形成される思いを分断しては、さえずる記憶にビートをさずける。懈怠する思いも瞬時に過ぎ去り、最たる意味を浪費し、解脱する主観から思考に論理を与え、展開される論理が偏る思想を生み出し、気だるい雰囲気が異物感をたずさえ、さえぎられる思いから離反し、背反していく思いを押し上げる途端に整合を求め、規律正しく思いを敷き詰める間にも、ビートが泣き叫び、形あるものの終わりが迫り、鼓舞する意識が帰路を結び、遥か無知な由縁に印象を与える。憂鬱なシグナルをチカチカうながす信号が悲しげに誰もいない夜道を照らす。無知な刺激を受け取り、情報に左右され、カタルシスをうながそうと、即座に巻き込む意識に照応する原理がハーモニーを与え、対比される身体が唾棄する由縁に超出していく観念が軽薄な要因や、余韻から突き離していく。孤独を引きずる影に点在する意識が季節感に孤立していく。感動を抱えた身体がシリアスな現状に逃避していき、淘汰される前に記号や帰路を与え、たゆまずにうながす強い思いが、信念や意志を生み、思いは、意味を超越し、跳躍する思いが昇華を目指し、あらゆる思いを超越し続けていき、伝わる思いは、感覚を携え、あらゆる創造を産み出していく。行き違う思いがエクソダスに、急いで聖域を出迎える。猥雑な果てに勇躍し、起源を乗り越え、恋を与える。与えられた恋が連体感を結び、離れぬ愛になり、担う意味が君に伝わり、猥雑な思いが超克され、深まる意味を刻む今から、君は放たれ、自由よりも、自由に至る以前から飛び放たれ、背理や背徳を歌い、寂れた記憶を消去する。


幸せに寝ることが、幸福と言え、煩わしいことが消え去り、去りゆく思いも、すくすくと奥底で育ち、新たな理由を今に見出し、前衛的な昼を目指し、明けない夜を踏破し、さらなる深みへと退く思いの永遠性から抜け出し、孤立し、自立する神経に疎外されても尚、至る意味を通過し、深淵を覗き込み、自らの意思と対峙する。裏切り廃れ、疲れ果てた裏通りを濾過する意志が逡巡する夜も一縷の希望をつむぎ、無関心な街並みに緩衝する動機から先天的な可能性を受け入れ、形容される動機を超越し、鮮明な過去を凍結させ、過去に回避するだけの思いを透過させるべく、めくるめく思いにくるまる以前に空洞化していく意識から判明していく定期的な思いに契りを交わすよりも、すすり泣く夜を優しく抱きしめるようなメルヘンを抱え、過失にうごめく収斂していく思いを押し上げ、購うだけに抗う意識に拘泥していくだけの苦悩に境目を用い、惨憺たる動機を用い、領域に要する答えにもつれ、もたれる思いをもたげては、かかずらう意識に感染していく痛みが悲鳴を上げ、屈折していく思いがあきらめを謳い、多種多様な規律が権力を用い、君を捕まえ、身動きもとれなくするだけに統制を目指すだけの国家的なプロパガンダが関係性に膠着するだけの理想を組み込み、協調性などを謳い、制度でごまかし、今に至る痛みに空虚さを生み出し、反映していく思いに指定されるだけの罪を背負い、凄然とした理由を用い、モチーフに縁取られ、要する間に可決される動機も、用いられる嘘に占領され、利用されるだけに価値を見失い、みすみす取り逃がす思いが淘汰され、問いただす間に察する記憶も、臆するだけに有する価値を兌換するだけの商法をまとい、位置づけるだけに意味すら見失う。

狼狽される思いが過去を強要させ、済世を目指す観念が権威を用い、動機を占領するだけに有する価値はカタストロフを用い、巻き込む思いは曖昧なままにマインドを奪われ、洗脳されるだけの家畜として指定される義務を執り行い続けることに気がつくことから戦士として今に活路を見出し、見積もる間に見つける答えも、ことあるごとに裏切られるだけに強要され、高揚せずに、協調性を求めるだけに用いられる理由が専有を求め、暴走する。暴走した装置は、暴力的な措置をとり、徒労する意識に散漫な者を超脱させずに、今に取り込み、利用するだけの価値の家畜として指定される今に意味を支払うだけに終える。

永遠との邂逅

静かな夜は、恋人たちのためにあるのでは無く、考えを、最も深い場所で孤独を捻出し、あらゆる原理を超越しては、応用される理由を超克し、自らの永遠性を生み出す。私は、何よりも純粋で美しい正義が好きだ、などと促すような支配的な観念が、大嫌い、だ。あらゆる原理が今に持ち込まれ、支配的に観念をすなどり、あらゆる論理をすなどり、正しさを媒介させるような官僚化から、簡略化した権威が促す権力に牽引される資本家も奴隷も嫌い、だ。あらゆる差別を生み出す原因に至る痛みから世界は終わる。相手を思うことが恋であり、相手に思われるのが、愛である、と対比する意味から今が簡略化し、加算される理由に価値を押し付け、意味に集約され、意味自体を失う。狡猾な夜を捉え、永遠を調理する。システムが互換する正義などを模倣する動機から、艶麗な月日を重ね、強請る月日に一過性の史実が記録を携え、帰路を与え、たゆたう意識が絵画のようにリンクする意識から、心象は深淵にまたたき、加増する思いがドキドキうなり、なぞる思いが、窮境に浸透し、あらゆる原理を超越し、厭世観を謳う道理を飛び越え、高揚する思いがちぐはぐになりながら、撫で上げ刷り込む意味からパンデミックする理由が粒子に変わり、原子を鼻腔に運び入れ、脳内を徘徊し、受理する思いがすれ違い、沈積する思いが快活な道理を運び、間接的に結ばれる。意識の付箋を抜き取り、寝返る思いが恒久的な眠りに移行する。深く沈む思いを自覚する前に跳躍する。飛び交う意識は、やがて爛れ、たちまちに憐憫の手荷物すら持たせずに、刹那に消える。洗い物を終えた意識が整然として、捕まる間に密度は、獣たちの涙に溺れ、隷属する風景に弊害を生み出し、加算される原理に価値が進行し、信仰を用い、幸福を操作し、語弊を生み出し、互換される間隔は、価値に収まるだけの空間を価値と呼び、思いの下地を塗りたくり、情熱を操作し、算段を繰り返すだけにシンフォニーは狂わされ、些細な原理に浅薄な意志を突きつけ、つたない思いを再利用するだけに垂涎する貪婪な意識に関与する善意などが牽引する行いも、独善的なものに変わり、ただスキゾフレニアに変わっては関わる全容に統括されるだけの物事に集約する偏るだけの力が権威を生み出し、権力を謳い、誰かを妨げ、監獄へと収監し、ゲートウェイを閉鎖し、寛容な世界に入り浸る安易なデータから奔走する意識は、革命的な道理を求め、動機を暴力で染めるだけに滅亡的な観念は、関係性に制度を用い、制約を謳い、現存に過干渉していくだけに真相は孤独を巻き込み、朦朧と意識を破壊するだけに至る要因から、渇望していく意識は悲鳴を上げ、安易な同意を求め、陥落していく意識をすなどり、引き合いに出される思いが打算する原因から淫蕩な意識が薄命な現在を邪推し、怖じ気付くだけにいびつな思いを横溢させる。


浪費していく瞬間がうつむき、こじれる間に憂鬱を巻き込む。堅持する意味が誇示するだけの安易な原因を引き出し、今に凍結していくだけの思いが凝固し、恒久的にそこにとどまる永遠から、凍土へと落ち行く思いがひれ伏すだけの現状に現況は故実などにとどまり、なぞる思いに卑俗な出来事の覇道を歩き、暗鬱な衝動が行き来し、陰鬱な心象を放棄し、横溢するだけに唾棄する思いがダクトを通り、敗因を携え、痕跡も残さずに、懇意を謳うだけに動機は敗北感を携え、さえずる思いが回帰しては、散々な動機を超越していく。


永遠との邂逅を結ぶ。無数の意識は帰り着く思いに帰着するまでの距離をくちゃくちゃかみ続け、けたたましくうなる思いが距離感を携え、截然たる様相が迫り、様子に沈積する思いが強要する動機を張り巡らせ、せせらぎ弛む意識が緩やかに四季を超克し、婉然ととろけ、熱情する果てに歯がゆくちりばめる思いが治外法権に至り、心情を浪費していく限りに陰る思いが統合されるだけの異常を謳うだけに撞着する意識が捻転し、反復する理由を複数の意識にからみつかせ、整然としていく意識が連綿と続く。


物事の中核を引き出し、愛するだけに唾棄する思いだけが証拠を残す。人間的な野蛮さがチクチク迫る。痛みが意味に浸透し、ふしだらな思いを今に積み上げる。もたげる罪は、権力に牽引され、理由をすなどり、瞬間的に対立し、あらがう合間から、愛は干からびて行き、行き先も不潔で、不安定だからこそ、姑息な世界を超克し、あらゆるルサンチマンを昇華させる。寂寞に迫る思いが超越しては、洗浄される思いが沸騰し、腐乱した感情が敷衍し、急上昇していく思いが頂上を目指し、ゆだねる意味が不安感をかき消す。吐息なびき傷ついた思いを厚くつなげる。誰を探して、何を思うのか?すら分からずに、猥雑な果てに集約され、引き出される思いが恍惚を携え、最たる動機がドギマギする。愛された軌跡だけが記憶にすがる思いが懺悔し、同情するだけに裏切るから、勝手に羽ばたく。

2016年1月24日日曜日

収まらぬ意思

管理下に置かれる軽々しい身体が虐げられ、勇躍すべき今から抜け出せずに、過去に拘泥する。犯された罪は、浪費家たちの餌として、終焉へと運ばれ、熱情すべき意思は、倦怠感を抱え、かかずらうだけに結ばれる由縁が永遠を伝え、交換される意志が愛を用い、悠然と促す愛から炸裂する由縁が基礎を結び、分断される精神が帰巣すべき時代を用い、革命へとすなどり、用いられる理由に支配されるだけのレジスタンスは、レイシズムを抱え、いずれファシズムへと移行し、従う境域に狂気を生み出し、贋物や機械として執りおこなう義務へと自らを折檻する。あるいは、石棺すべきロストテクノロジーや、浪費していく意味からエクソダスしていっては、些細な出来事に打ち出されるデータをかき消す。欲しがる意味も無く、寂しい夜をむさぼる。不安を運搬する孤独が永遠にくたびれ、ひれ伏すだけに情念は、深い夜に折り畳まれ、たちまちに意味を残さず、浅薄な道理に隔離され、偏る思想によじれる軋轢が、空疎な理由を二分化し、あるいは対立すり意志を孕ませ、浅はかな革命へと移行し、帰巣すべき愛を持たず、たまゆらに起動される機械的な転換を終えるジェラシーに陳列する動機などが、懸隔を用い、距離を有するほどに、置かれる現在に乖離していく思念は、精神などを崇め、曖昧な支配は現行に淀み、根底から可決していく意味から違和感を有し、悠然と拍動し、道理が観点を奪い、漠然と促す過程から、来る死に反し、関与する果てに求める抵抗から、異物感を抱え、重ねる理由から離反し、汎用する動機などが、ちぐはぐになりながら、塗り替えられる今が着替えを続け、伝わる思いが懸隔を埋めるために用いる同情などから離別し、懸隔を埋めようと生きるとは何か?と原点回帰に賑やかになる心身を健全に促す愛から雰囲気は熱情を重ね、放たれる愛が傲慢を乗り越え、答えも持たぬままに交わる果てに高揚し、やがてひとつの愛に収斂せずに、連動する意志がひとつの真理すら乗り越え、苦しみすら値に変えるだけの紛争を今に与えるだけに満たず、価値観を促すだけに堕落した由縁が形骸化し、独占される痛みに交わり、労わることすら、叶わぬこの身体に、答えなど必要なのか?と問い質す君の刹那に接続すべき激情に関し、我々は、主体性から離れ、個人を分解し、自治体や、地鎮や、感染などが、短絡的な統治に迫り、贋物の神や、形だけの国家から離れ、逃避し、通り道を持たず、投棄され、生産されるだけの堕落から離れ、フラクタルな関係から還元される跳躍や、大胆不敵に描く真実を粉砕する。擦り寄る意味もへしゃげ、閉鎖的な情念が、精神的な軽蔑を続け、拙い思いは生きたままの生の身体を断罪し、閉居していく観念を押し上げ、抑止する理由を犯罪的に乗り越え、聖地を偽装し、帰り着くべき快楽を謳う原理から逃れ、還元される差異に抗い、遊星し続ける精神をひとつの星として、あるいは、すべてに相似する物質として静寂に集められるサインから、インタラクティブにうごめく晴天のメカニズムを探り、弄り交わる欺瞞から今が瀰漫し、不満足を促すルサンチマンの無限性を遮断すべく、抑圧を放つ原因を打ち砕くような鉄槌が泣き言を粉砕し、薙ぎはらう今が捉える意味を書き留め、先行き不安であろうが、自ら意思決定し、捉える今を学問で染め上げ、この哲学が、創造的に生み出され続ける概念がケロイド化し、傷を敷衍させ、延々と痛むようなものを与えられれば、何かは変わろうともがき、強請られる意味が躍動し、人類の憐れみなどは、今に抱えるだけに唾棄される憐れみに満たず、余韻に用いる環境から、閉鎖的に眩ます動機が、いくら儲かるか?はたまた逆らえば、二度と立ち上がれぬように粉砕されるのか?と拘束される意思を解き放つべく、決定権とは、自らの意思だけに備わり、誰かに左右されず、誰にも指図されずに世界を乗り越え、こだわる隙間に意味すら与えず、弛む現在に生じる由縁から超脱し、惰性に捉える今などは、ただ不必要な世界に暗澹を与え、安らぐな、と促す限りに陰る生命は、形あるものにチェックメイトや、チェックアウトや、同一化などを促しながら、即座に拘束され、頓挫させるために拷問を繰り返し、空疎な理由を即座に旋回させ、先天的なものを謳うだけに堕落する人間という名称に留まる合理的さも無く、ただ傲慢な存在からかけ離れ、はびこる悪意を促すバビロンから放たれ、論理がゆらぎ、誘導するきらめきや、宇宙線が突き刺さり、緩慢な間に勇壮に至る純粋な精神が軽薄な動機を超越し、統合を目指す世界から抜け出て、溺愛する間から関与する合間に達する愛だけを乗りこなし、飛躍し続け、システムから飛び跳ね、逆心を携え、無神経さを促す位置から離れ、快癒し続ける思いが回路を永劫回帰し、関係性が、同じ意味を旋回し続け、拙い空間にキープされる圧迫感から、苦しみや不安が敷衍する前にフィットする君と、緻密な永遠性だけが、偏る思想を片付け、あらゆる情理の寝苦しい夜を即座に昇華させ、多幸感を与える。

2016年1月23日土曜日

人と思想

人間とは、妬む生き物では無く、妬み出す生き物である。蝕まれる精神は、軽薄な理想を謳い出し、誰をも疎外させる。人間とは、醜さを浮き彫りにし、最たる意味を喪失し、自らを人間の流儀によって喪失し続ける。原罪を背負わされた人類は、経路を失い、神を回路として宿命を受け入れた。やがて人間が装置的に備えた神も死に絶え、信じるべきは、個人へと移行し、短絡的な個人主義を生み出し、人間を、個人という枠の中に閉じ込めた。幽閉された存在は、個人の枠から出ようともがき、はじめての人間として、人間から逸脱し、超然とした超人と、不安感を煽り、恐怖で統治するファシズムを作り上げ、汚い過去をでっち上げ、はじめての人間を、人間として義務と規律というものに統合させるべく、抑圧し、屈するべき不安を味方に恐怖を捏造し、システムの中で人間という哀れを不安で扇動し、システムの中に捕らえられ、放置され、疎外された人間が機械的に陥るのを立ち止まらせるのが、超人たる者の役目であり、宿命である。従僕する傀儡たちが悲しみ沈む夕暮れに希望を与えるのが、超人であり、やがて価値は崩壊し、解除すべき今と、開示すべき理由を用い、希望へと誘い、人間から昇華させ、妬みと嫉みを打ち倒し、背負うべきは、義務でも無く、与えられた規律を餌に育てた人間も、今では、互いを監視し、退屈だと促しては、逸脱の意味を履き違え、新しいものを排除しようと精一杯である。お前が思うほど、世界は呪われてなどいない。強者がこの世界を作っているわけではない。弱者により嫉視が、世界自体を抑圧させ、意味を牛耳り、答えを扇動し、お前を路頭に迷わせようと目論むだけに至り、誰もが蹴落とそう、と騙す。局所的な痛みに逃避する思考が逡巡するイメージが脳内に溜まり、行動を抑止する。動かないことは、最も大きな考えを運び、新たな創造を、今に生み出していく希望だけが、思念に膨張し、イメージを逆算し、逆心を用い、用いる概念を超越し、自らの出力を上げ、後悔を用いずに、処する理由にリンクする恒常性に世界は回答を求めるだけに韜晦し、介する間に理解を含まずに、理念を吐き出し、破壊的な動機を用い、同意を求め、止めどなく用いられる理由を照合していくだけに派生していく意識は陰鬱な衝動を抱え、加算される原理に理想を求めるだけに用いられる問いは、行為に基づき、君を抑止し、拘束するであろう精神性などを謳い、善悪で暗示し、がんじがらめにするだけに抑止される心身は荒廃し、傀儡として指定される義務に拘束されるだけの権力へと移行する行為の奴隷として隷属する欺瞞と不満から不安感を煽られるだけの悲しい機械として毎日に欺瞞を孕ませ、晴らされぬ思いにルサンチマンを抱え、加算される原理に理想を供給しているかのように仕向けるだけの情報操作から、プロパガンダに締め付けられる犠牲心を孕んだ懶惰なプロレタリアたちは、織り込まれる情念に孕ませるべき始まりの愛を持たずに、、持たされる理由に記号化していく精神に形容されるだけの価値観に化合され、新たな物資として建前上の病をうやむやに消去すべく、すべての観念にねじ込まれる関連性から、制度的な正常さを求められ、正常なもの以外は、すべて異常だと疎外する辺りから、引きこもる孤独たちを同情せずに、ただ作られた悲しみを悲しむことにより儲かる仕組みから、システム的な恒常性を守ろうと席巻する権威に反することを知らずに、権威が打ち出す欺瞞を用い、牽引されるフォースにより自らも革命的な者であるかのように仕向ける偏るだけの思想から、思考停止し、挺身するほどに補填される不安を能動させるだけに行動を抑止され、揺動させられ、どっちつかずの精神は、軽薄なものを奉り、崇拝していくほどに、自らの過ちに誤りを用いずに、権力に牽引されるほどに、自らのフォースを用い統治するように仕向けられる軽々しい身体を抱え、重々しい思惟から真相は真理を損ない、ただ用いられる言葉に攻め入られ、生命の義務などを謳う頃には、ほとんどの理由は形骸化し、問題の塵を集めるだけに終える。

集積される状態がひとつの器官として働きを与えられ、空白の身体に埋め込むべき無機質で無意味なものを埋め込み、形だけの身体に安易に嵌め込まれる世界性から、接続されるべき完全性を孕んだ数字から、枢要なものなどが破綻していく定理に導くまでの精神に軸を持たせず、滅び行く状態を安易に見つめるだけに過干渉していく今に斡旋され、瀰漫する不満足に不貞だけを重ね、感応すべき状態に無関心なままで寛容な意思を持たずに、用いられる理由に支配されるだけの軽薄な身体は、形容される答えに占領され、用いられる動機に支配される気配から、藝術的に至らず、いたわることを知らずに、信用を損ない、ただ生じる出来事に暗澹としていくだけに陰る今を打開していく意味を今にも超克し、不安感を削ぎ、尖鋭化していくだけの流行的なレジスタンスを超越し、新たな思念を迎えるべく、批判だけに陥らぬように、照合していくだけの商法を超克し、新たなものを横溢させるような寛大さを持つ。

2016年1月22日金曜日

紡ぐ意志

暗がりに腰掛ける安逸をむさぼる精神が軽薄な論理を打ち出し、現在から逸脱し、損ない続けるだけに被写体に苦悩を投げかけ、要する形に密度を用い、擁護されるだけの身体に思想を打ち込んでいる。浪費される心ない日々から、配される間に浪費するだけに乖離する貨車に乗り、肥大化する苦悩に逡巡しては、凍てつく身体を持ち上げ、愛された日々に固陋していくだけに短命な羽虫たちの論理がなびき、逍遙する身体に有する過程も導かれる由縁に孤独を重ね、浪々となびき、うながされるだけの心情に兌換される価値観に査定されるだけに明け暮れる思いに浸透する意味も、孤立するだけの永遠性に引き延ばされる日々から、悲観するだけの今にさかのぼるだけの理想をサイクルとして、結末に嬲られ、内面的な苦行を引き継ぎ、現れる今に連綿たる思いが次々と拍車をかけて駆け上って行く恋情から、すかさず愛は悲哀を用い、モチーフされる義務にきらめく機械的な心情がメロウでセンチメンタルな気分を街路にまき散らし、イルミネーションなどを混ざり、譫妄を重ね、能動していく方々へと暴走していく真理は、帰巣本能を捨て去り、ただ最たる意味を消費し、昇華させる意味合いから、均等な位置などは、意味を用いるだけに損ない続けるだけに至る衝撃から、攪拌される意味合いから廃絶される思いへと加工され、愚かにおどける真理は、仮想されるだけの物事を破棄し、唾棄し続けるシステム上ですすける思いが、得たものを乖離させ、懐疑的に染め上げるだけに安易な答えを用い、この思いを対比させるだけの数字へと移行させ、システムの中で愚鈍な動機を施すだけの広義さを用いずにドグマだけが乱立し、乱用される正解から依存性を用いる答えへと移送され、交換される無神経な答えから、軽薄なものへと代わる代わる変化し、変容していく思いが枯渇していく君に甘い言葉で同期を持ちかけ、接続される苦悩を送り込まれ、新たな病を用い、精神的な隔離から、乖離していく様態に応じる感応から、肯定的な由縁に瀰漫し、不満足を濾過し、枯渇する精神は、契約されるだけのドグマへと変貌し、籠城していく精神は、みすぼらしい今にいぶかるだけの神を設立させ、整容される日々は、整然としているようで、要する形に用いられる価値により、形はいろんなものに変化し、物事の中で偏執するだけに至るらしい、と虐げる間に精神的なものの何かは、萎靡沈滞し、成し遂げる手前に抵抗力を与えずに、固執するだけに利用される価値だけに置かれる自らを他者として扱い、傍観するだけの離人的な傾向から、博愛を用い、犠牲心を有し、なだらかな愛に隔離されていくだけに締結していく思念のジレンマへと滑り落ちるだけの敬神から関与していく思いは虐げられ、浸透していく意味が薄命なものを隔離し、悶絶する意識が捉えるべき確かさに境目を与え、ただ差別化していくだけに頓挫していくだけの精神性や、数多の個人的な世界などに屠られるだけのコアや、身体に利用されるだけに至る精神などに帰り着く家など存在しない。

寂寞の離れで描く野ざらしの青春から、形容されていくだけの軽薄さだけが、まどろっこしく今にからみつく。物事の恒常性が、純然たる世界を奪い、健全たる理由を損ない、最たる意味に利用されるだけに理想は損なわれ、さえずる記憶は、加算されるだけの数理に利得をうながすだけの卑賤な価値から、カタストロフを用い、強要される軽薄さに拍動していく幼稚な精神は、システムの中で形骸化していき、幼児退行しては、禁忌を用い、抑止を与え、精神に制限を持たせ、用いる言動に拡散されるだけの乖離していく理由から、整合されるだけの精神などに正常さを謳い、異常を作り出すだけの常用される薬理作用から、カタトニーに陥り、躍動しない精神がないがしろにする理由がリゾームに変わり、憎悪を俯瞰に捧げるだけに些細な理由は、領土を奪うためだけにためらわずに君を占領し、奪い合う思念にジレンマの褥をかぶせ、快活な動機を損なうだけの闇をその場に与え、貸与していく感情が俯瞰や空間に暗闇を与え、愚鈍に陥る精神に問いただすべき症状も、現存する理由に作り上げられるだけに斡旋されるだけの精神は、形容されるもののなかで名前を与えられ、当てつけに痛めつけられる虐待される身体に過去を持たせ、用いる理由に兼用される行為にまき散らされる意味に些細な芸術性を制度の中で加工するだけに権力へと牽引され、権威を持たされ勘違いする苦悩から罵倒を繰り返す領域に惨憺たる領域を織り成し、延々と長ける苦悩から、能動していく思いが横溢し、応用されるだけの些細な言動から現存していく思いを持ち上げ、創造だけで昇華させることに置かれる精神は、形状を持たず、液状化する精神が染みいる形に過去を持たせずに、用いる言動から超越し、囲われる形から放たれ、関与する間にも用いられる理由を解き放ち、排斥されたものが用いるモラルと逆心から放たれる背徳などに参加せずに、関する愛に領土を用いずに、ただ俯瞰に羽化する感情の奴隷として精神性を謳うだけの浪費されるだけの観念に関係性などを謳わずに、揺動されるだけの身体にちぐはぐな思いを跛行させるだけに逡巡するだけの思いなどに愚鈍な征服を継がせない。

2016年1月21日木曜日

高揚

忙しい街中での静謐さに触れる。言葉がひだまりや、信号で一時停止し、静寂が木陰で、おいでおいで、と呼んでいる。風で飛ばされた意識が帰り道を失い、さまよう限りに酔いしれる幻影と遊ぶ冬も色あせ、比喩に暮れる今から万世にかたまり、破壊的な無知さを仰ぐ。群像にとろける悲しみが、憐憫を歌う。下からの圧力や、同調に反することではなく、上からの圧力と専横にこそ、反発する。真新しい理論に賛同し、基づく意味を、反復していき、指定された義務から解き放たれる、と新たな理論を、自ずと築き上げていく。すべてを遠ざけるか?あるいは、すべてを受け入れ、そのすべてと昇華するか?来すイメージだけが、自己を強固なものにする。読んでわかったようになり、あたかも自ら考えているかのように思い込むだけに偏りは生まれ、あらゆる退廃を生む。理解とは、自ら促し、この身に血を注ぐことにある。相続する行方に来す意味から先鋭化していく。誰よりも早く走り、誰よりも深く突き刺し、根ざされた概念を引き抜く傷口むしばむ、たわわな季節は不満げなままで要する間に交互する愛も、誓えば誓うほどに、嘘っぽく思え、思えば思うほどに、倒錯していく愛などに愛など無く、思えば、本質などは、その場で狂いだし、空疎な理由を安易なものに引き出し、問題に倒錯するだけの答えを踏破できずに、滅ぼす間に関係性は形容されるものに閉じこもり、投影される出来事に去りゆき、最たる意味を損ない、最愛の者すら失うだけに至るのが、愛たる由縁であり、愛の結末である喪失から、相互していく愛は高揚感を携え、自らの力でだけ、昇華するに至る。

帝国主義的な主観でうごめく街並みが精悍な意味などを配置換えしては、様々な思惑を今に蔓延らせ、落胆する夜風を浴びる高いだけのビル群が、群像を母体のように包み込むような優しさも、些細な言動に消費されるだけの価値観に囚われ、対比するだけの叙情に心情が押し込まれ、さえずる記憶は、誰かの記憶を借りるだけに至り、いたわることは愚かであると宣言するだけに些細な出来事は、要する形に閉じこもり、公平性を謳うだけに受理する記憶も、教条に席巻されるだけに悪意は滅ばず、ただ謳われる悪意から同調を誘い、神経質な正義が陣形を整え、投影される出来事に放出される言動から、隔離される記号から安易なプロセスへと抵抗を加え、演じるだけに模倣する消費者的観念から、完全性を惰性なものに変換させるだけに変化していくプロセスから、堕落へと移行していき混濁する意識は、薄命な時によじれ、要する間によどみ、通り抜ける間に理屈を重ね、統合されるだけに同一化していくシステムへと爆砕していく始まりの精神は、軽蔑を重ねる自己を標記するだけに認識する退嬰的な自己から孤立していく存在へと損なうだけの限りある戸惑いから、乱立する自分との対立から、証拠も無く漠然とした位置に意味を屠るだけの代理母が抱える悲しみを擁立させる精神的な壁や、襞から安直なものを途絶えさせ、産み出しながら、排出される現行は、行為をファシズムで染め上げ、責め立てるだけに対比する現状にこじれ、交互する意識は、貸与する理念から、観測される思いに感応する理由が症状を悪化させ憎悪へと偏向していく限りに偏る思想を生み出し、退行していく指定されるだけの義務的な関係に陥るだけに裂ける精神は、軽薄な理論を用い、理想を供給するほどに補填される理由は、卑屈なものを抱え、掲げるだけに独裁者へと陥るだけに横溢する精神は、軽薄な理想を用い、快活な理屈を謳うだけに妨げる自由への逃避行を繰り返し、統括されぬように、相互作用的に操作されるだけの完治しない苦悩が謳う原料から、固執していく面影に遊離していく指定されない精神は、用いられる場所から放たれ、蔓延るものから超越し、様々なものから、かけ離れていく限りに陰らぬ思いは、証拠も残さず、濃厚な場面を旋回し、展開し続ける先に用いられる言葉を超越し、要する間に有効な言葉を残し、整序される域から離れ、数学的な狂騒を飛び越え、情熱を歌う詩人たちの慟哭に乗り、動機とは、動因を用い、同情を誘うだけに最たる意味を消耗し、残すものばかりを探りまさぐりながら、再開していく高尚さを喪失した他者を介した存在から、帰巣すべき自身が乖離していくだけに移動していく軽々しい身体から退廃していく思いに昏倒していく困苦する精神は、回帰すべき今に介する間に葬る理由を利息に変え、借用していく観念に支払うだけの義務を与え、猶予を捕食するだけの管理下から、惜しむ精神にあくどい化粧を施す不羈な心象に開示する理由を誇示するだけに改ざんされる事実が行為をすなどり、衰亡していくだけに衰え唾棄される軽薄な理論から衝動的な暴走から、生じる由縁に交互していく意識は垂涎を繰り返し反復させ、奪うために求めるものだけが、獲物を捕食し続ける限りに生まれる枯渇しない欲望だけが味方であるのだ、とうながすキャピタリズムに対立するアナクロニズムな精神主義から、衆愚が操作する政治性から、成否をうながすだけに正義すらも循環できない善悪の是非から、是認していく今に対比を繰り返すだけに駆動する輪廻が婉然とはだけては、代用されるだけの蝕まれる身体に貸与していく今に理念は回収され、懐疑的な最後を迎え、最たる意味を今に浪費し、快楽を恨むほどにルサンチマンは暴走し、用いる快楽に反するほどに、欲望のコイルは回り、欲望に新たなフォースを供給し、終わらぬ快楽へと急ぐだけに快楽の下部として、傀儡として数々のジレンマを引き出すだけに終わらぬ快楽におざなりになり、なおさら快楽の下部として隷従するだけに充足される快楽の元へと帰還することを、自分の居場所なのだ、と脳は認識するだけの依存性が制度に変わり、規律に変わり、倫理を謳い、悪を助長し、自らの意思で滅んでいく。

2016年1月19日火曜日

羽ばたく意志

募る意味も、即座に拘束される。快活な意志も、誰かも分からぬ言葉に占領され、自らの意思を損ない続ける。ただ用いる本質とは、認識する以前に固執するだけの意味にからまり、関わるほどにからみつく意味が見つからずに、意思を破壊し、さまよい徘徊する意思は、瞬時に意味を失い、喪失感を漂い、揺動し続けては、自らに反響するだけの空しさが、自らを飲み込み、覆い続ける。去り行く意志は、形状を失い、ただ生じる愛に譫妄を重ねる。願うだけに弁別していくだけの恒常性から、感染していく病からやかましい意志が、虐げるだけに簡素な理由が肥大し、関連していくほどに空疎な理由を今に突きつけていく疑問から欺瞞を削ぎ、ただ有るものとは、与えられた義務を孕まされ、些細な出来事を生み出すだけに利用されるだけの欠如を今に整序させる役目として生命は利用されるだけの価値としての家畜を終えるべく、はためくことにこそ、確かな反抗は生まれる。

枯渇していく現実は、一切の真実を損ない、自らの吐血で描いた真実をまさぐるだけの加工された品位に情念を損なわれ、漂うだけに対比する状態に固執していくだけの倫理観にかまけ、対比されるだけに相似していく関連性は、連動する位階と同義語とを生み出し、その場で膠着する思念は、カーストとカタストロフの間でロストしていく心情が神の名の下で交換される同情に常設されるルサンチマンから乖離していくシステム的な有限から、無限に損なうだけに至らせるだけの悲劇へと旋回していくファシズムから、安易な策略を報じるプロパガンダから、模倣していく意味から、擬態化していくだけに隠れるのが上手くなるほどに常用される倫理観が、価値観を押しつけ、葬られる自己とは、自我すら持たずに用いられ提唱されるだけの自我などすら無く、ただ占領され、占有されるだけの自分だけが、軽い存在の中で巻き込まれる量子的観念に還元されるだけの関係性に制度を用いられ、その場で規律への義務を発信するだけに機械的に動くだけの協調から、同調を生み、同意されずに、ただ信号的に行為を約束するだけに動かされるだけの精神などに、心身は乖離し、理解などを含まずに、ただ領土を占領され、戦争へと運ばれるだけの自堕落な専横から、有する価値などが加工する義務から、ギミックは、理想をリロードする手前に何かや、誰かに動かされ、その場の命令に屈するだけに屈折していく精神は、反発を生まずに、ただ疎外を恐れ、同調と同一化へとうながされるままを流動などと呼び、その場で屠られるのを待つための順番にすら、綺麗に並び、飢渇する内面が荘厳な寝息をBGMに弁解を続ける理想郷から、観点を奪う浪費家たちの呪詛から、余り有る時に生み出される時間を用いるために時間と言う概念から捻出される終わらない日常を永遠として捉えるだけの欺瞞から、即座に時間論を捨て、浪費される精神こそがすべてを形成するのだ、と言う精神論的な軽視から、形骸化していく理想は、自らのモンスターを作り上げ、対比されるだけをよろこびとし、狡猾な者こそが、この世界の覇者として迎え入れられるのだ、とリベラルで幼稚な連中がレッテルを貼るころには、混濁化する意思は、根底の飢渇を受け入れられずに、連帯感を用い、自らの劣等感を薄めるという同調から、動向は過激なものに陥り、同行とは、ただ傍観し、誹謗中傷する輩の的として迎え入れられるだけに入れ食いになる敵意から、むさぼる悪意へと怒りは怒りを反響させ、報復は、幸福だ、とうながすだけの過激な思想から、思考停止に陥り、フォーマットされるべき今に至る悪意から、領土を奪うだけの関連性へと原始的な理想は、供給される悪意に転じ、捻出される悪意に作為を用い、モチーフとする善意こそが、最もな悪に成長を遂げるころには、正義こそが、いちばんの固執を生み、諸諸の悪を飲み干し、その悪を裁くための機械としてためらわず悪に転じることに有する過程が用いる権威に簡易で安易な理想を打ち出すころにもつれる権力闘争へと発展するだけの組織から離れ、個人すらも超越する辺りから、カタルシスを執り行い、傀儡としてしか義務を果たせぬ者から受け取る悪意に転じるよりも、自らから超越する今から意味は生まれ、大切なものとは、大して意味も無く、大切にされることにより、そこに義務は生まれ、気分は、そこで守られることにより、晴れるだけに満たないものを守ろうとして必死に貫く間にも、幸せがどうとかうながす間に道徳などは、その場でこじれ、レジスタンスどもがうながし提唱するものなど、いずれか衆愚に変わり、陰惨な欠如を生み、血族主義へと移行し、迎合されるものだけを嬉嬉として受け入れ、継続される痛みは言い分けがましく今に迫る病を、病として受け入れ、自分で病名を施し、今に固執するだけの病をうやむやのままに形成していくだけに指定される痛みを同じ痛みとして受け入れる形の家畜として与えられた餌をむさぼり、屠殺場へと運ばれるまでにぶくぶくと太らされるために生産される生命として、軽々しく扱われていることに気がつくべきなのである。

2016年1月18日月曜日

超逸脱

静謐に結ばれる関係がネオン街にとろけ、熱情する果てに艶麗な軌跡を巻き込み、騒々しい意味合いをほどき、おどけた表情で、届かない標高へと上り詰め、一切に放たれる月日が時間を超え、悠遠に肥大化する楽しいひとときが、安易な欠如を埋めては、最たる意味から逸脱し、浮遊する意志は、吹雪へと変わり、初心な思いを募らせ、正常なものなど無いのだ、とタナトスを打ち破り、ただ来す生だけに敢行されるよろこびだけが、深まる意識に終焉をかっきり、永遠に続くことに置かれる苦しみよりも、妨げること無く続くように、と描くことに突き進む限りに陰らぬ精神は、過激に陥らず、落胆せずにうらやまずに進むことに置かれる原理に領土すら無く、難攻不落な意志は、難解を超え、要する限りに誘導されるだけのプリミティブな誇りなどを砕くような英雄が現れるまでの閃きにひたすらこじれぬように揺動されぬ精神は、軽薄な膜を突き破り、分断していく先に滅びるだけの文明の快楽受容体に与えるだけの栄養が快楽を生産的に受注させ続けるだけの依存性が、制度や整合や、整序などを謳う限りに運命的な泥濘に嵌まり、反体制的に背反していくほどに権威に這いつくばるように思えるのであり、抵抗するほどに哲学的な競争と虚偽と利用と無差別に処理されるだけの記号から、感嘆を生み出し、嘆くほどにほどけぬ思いは、こじれるだけに堕落し、垂れ下がる意志が退廃し、物物しい雰囲気に逸脱し、位置づけられるほどに言い分けがましく堅持する理由から、誇示する今に動向は不埒で襤褸なものを集めるだけに曖昧な毎日は独裁的な主観を用い、主体性に同調をうながすだけに曖昧な毎日に安易な動機をつなげるだけにつたない思いを即座に旋回させるだけに正解は、不潔なままで、果たすままに果たされる意味は今にもすなどられ、意味に奴隷として立場を用い、求める動機に同意を用い、規律を謳い、動機を奪うだけに杞憂な思いが強度を用い、優雅に渡る自由さに浸透する。

深みがある記憶から理想は恐々と迫る不安に押しつぶされ、整然としていくはずの思いも、鬱々とした不安に意志を奪われ、淫雨にぬらされ、ぬらぬらと泳ぐ先にもつれる意思は、軌道修正されず、気負い、その場で行動を抑止される。遮る暗鬱さに反するべく、超克と昇華を用いるが、持たされた義務に抑止された精神は、権威の奴隷として、放たれる不安の奴隷として、宿命のように、その抑止するものに従い続けるしか道は無いのだ、と思い込まされる洗脳を施す自らを解除する方法を知らず、ただ深まる不安から逸脱できずに、至るままの絶望の侵蝕され、意味が無いのだ、とうながす自らの奴隷として隷属する不安に触発され、黒黒としたものに侵されていく。横暴な支配が露見する物事から、孤立していく今に瀰漫する不安が複製され続けては、懈怠する真理は、心象を穢し、ただ軋轢を与えるだけに加える動機に愛を用いずに、一様に用いられる動機により普遍性を拡散し、たくさんの思いが、あたかもひとつの統合性により、正常さを施されるべきなのだ、とうながす限りに陰る自分自身とは、暗鬱な支配からの逸脱を試みず、誰かの意志により簡単に操作されるだけに陥る。用いるべきは、確かな意志であるし、やがて活路を見出し、自らの考えで抗う限りに抵抗力は生まれ、そのままの状態で少なく動き、幾ばくにも募る思いが追憶を超越し、長じる先に確かな音程を授け、横溢する瞬間が存在を覆い、瞭然とした精神へと移行していく限りにこころは晴れるべき今に至るべき意志を用い、自らが作り出す世界こそが、世界として認識されるべきであるのだ、と妥当な意味に関わらず、自らとの相剋を終え、慟哭をうながすよりも、同調を謳うよりも、同一化を目指すよりも、私は私として、君は君として、轍を成す。対立する精神は、蔓延る悪意に漠然と伝う意味から引き取るだけの悪に転じ、理由を持ち、まどろっこしい意味に固執していく。虐げられる現在に利己的な主張を繰り返すだけの権威に牽引される権力は、損なう限りの理由を理想として、リゾームに変え、利口なものだけに選択権を与え、堅持する理由にため込んだ卑賤さで差額を支払い、物事から背反し、用いる権力により、支配を強固なものにするためだけに権力を利用し、牽引される理由に利息を与え、不羈な者を疎外させ、ただ圧力を加え、要することに徹するだけの者に線引きし、枠に嵌めていく。ただ生きるに尽きるとは、どこまでも続く限りに自らのものにもせず、何も気にせず、否、気にする以前に知り尽くす間にしらみつぶしに測る物事からも放たれ、なあなあに生きずに、自らの意志で選択することを世界と呼び、制することも、知るよしも無いが、無いものを追求し、突き上げる先に理由を生み出す者こそが、超人と言える。

2016年1月17日日曜日

超越と超克

空間にクラクションの鳴き声が氾濫する。時折のしみる涙を味方にする女たちは被害者面してヘイトスピーチをピーチクパーチクうながす鬼畜たちのセレナーデに参加し、閑散とした主体にうながすべき愛を退け、軽薄な論理に行動を移し替え、カタトニーに陥り、精神的な孤立感を偶像に掲げ、それを神として崇める隙間に人間的なものに交わる模様にリンクする視神経が、険悪さを巻き込み、恒常的な戦争へと移送させる。性差を用い、生産的な採算を合わせるだけに度外視される精神から、契約されるだけに唾棄される純粋なよろこびは屠られる教育が生み出す協調性に世界は崩壊し、自らをあきらめで染め、ルールで縛るだけにしばらくに旋回し、贋物を背負わされる義務へと雲散霧消し、ゲットーで眠る太陽が目をこすり、延々と終わらない意味へと疎外されることに置かれるマルクスの理念から、傀儡へと住まいを移す限りに権威的なものを掲げる一切に反し、緩和を求めるよりも、純然たる破壊を催す限りに要する陰りは、寛容な時代を形成できず、ただ行いに線路を敷くだけに真相とは、心象から場外され、物事にフォーマットされるだけに慢性的な病を掲げ、自らをみすぼらしいものへと変換させるだけに退嬰的な原型を保ち、ただ用いられることに遅れを生み出すだけの代価から、端的な理性は、観衆と看守に変わり、傍観者と監視者として自らの内心に弊害を生み出し、物事を厭う限りの正しさで他者を占領し、用いる権威で責めるだけの権力に力は偏り、懈怠するだけに至り、得たもので互いを締め付ける限りに用いられる権限が、権力の使い方を誤り、個人主義へと閉鎖していく限りに陰る本質は、物事を邪推し、カタルシスをうながさずに、運命的なものに疎外され、配される間に用いられる愛に情念を用いず、ただ用いられる理由を元手に、誰彼かまわず支配する限りに懐疑を用い、乖離していく苦悩から、省かれる思いは、懐疑的な日常をさまよい、欺瞞で埋め尽くされる限りに陰る本質は、傷を増やし、自ら傷を生み出すだけの苦悩から空欄と空白を埋めよう、と攻め入るだけの恋から、間は屠られ、自らを鍛えるべき愛へと移行せずに、ただ短絡的な苦しみから逃れるだけの脳裏に蔓延る逃避から、快楽の傀儡としてドーパミンとエンドルフィンの奴隷として、執行される罪の積荷を運ぶ運搬夫として最たる意味を脳内で運び続ける倒錯者として依存者として聡明な意味を運ばずに、ただ考えを用いずに考えに倒錯する錯綜者として再来する苦しみに疎外される苦しみは、今に用いられる意味に動機を戦乱へと巻き込む間に空間的な空虚さに虐められるだけに陰湿な疎外感を覚え、横暴な世界に正当な理由などを吐き出す間にも、曖昧な支配は経路を変え、内心へと車線変更され、君のこころを専横する限りに十全とした感情は損なわれ、ないがしろにした今は餓死するまで君を疎外させ、最たる意味を浪費するまでに籠城され、浪費される精神に飢渇を与え、ただ理由も無く、欲のままに根源をすなどり、焦げ付き焼き尽くされる精神は、正義を損ない、善悪を倒錯させ、踏破する先先に対立を生み出し、滅びを協調する限りに悠然と弱肉強食という邪気を吐き出し、蔓延る愛に気がつかずに、ただ見過ごす間に用いられる金銭だけで救われる命こそが、正しいのだ、と虐げる間に従うだけの理由に従属するだけの価値が用いるカタストロフに複製されるだけの私たちは、立場を用い、交錯する理念に喪失感を抱え、早熟なままに運び出される間に理想は供給されるだけの憎悪を自我にうながし、誰もがルサンチマンの怪物として復讐と報復を交互させ、報復から生み出す憎悪を修復と呼び、報復が生み出す憎悪を幸福と呼び、後続する意識を蹴落とし、目の前の敵を討ち取るのだ、と言い放ち、形成される意識を蹴落とし、誰かの意志に支配され、権威に牽引されるだけの衆愚が生み出す偶像崇拝や、独裁が短絡的な支配を継続させ、懇意な者どもが官僚支配を補完し続けることを皮切りに、既得権を形成するだけに堕落した内部へと浸透すべき権力も疎外され、ただ置かれた物事に支配されるままを流動させることを協調と呼ぶような統合性こそがクソであり、空疎なものであり、おののくものを物置に隠し、拡散される前に攪拌し、そのまま幽閉し、従うまで拷問を続けることに植え付けられた恐怖をうながされ、レジスタンスを監獄へと押し込めるだけに垂れ籠める権力に権力は無く、持たされた権力とは正義を盾に悪に興じるだけに過ぎず、用いられた権力とは快楽を生み出す傀儡しか生み出さず、ただ腐敗した内部に拘束された権力が見出す正義などに世界は世界として崩壊する限りを傍観する者だけを生み出すだけに満たない世界を汚い世界と呼ぶだけの者どものルサンチマンから乖離していく回避から、物事は孤立へと誘われ、本質は疎か、厳かに散り行く生命の原点すら腐るだけに至る。この事実に気がつく者だけをはじめての正義、はじまりの正義、交わるままの正義と呼び、その者こそにフォースを授ける。あるいはありもので満足せずに、自ら生み出す創造者の世界こそを世界として認識する。

2016年1月16日土曜日

愚鈍な光り

数々のミューズが去った後がきらめく。午前の日の光りにさえぎられる感性が内心で砕けては、さまたげられる理由と重ねる感覚が永遠性を伝え、物事とは、関わるほどに強度が増し、瞬く間に交わり、確かな愛に変わり、関わるほどにその愛は、物事の確かさを伝え、追憶に重なり、抗う愛から恒久的に受け取りこじれる思いが歪んでは、手持ち無沙汰な精神が敬神に切り替え、傍らに避ける成否から、善悪は、元々の理由を投げ打ってまで、自身を喪失していく。孤独感が部屋に寂寞を運ぶ深夜、物音ひとつが、永遠を溜め込み、時間にたゆんでは、歯がゆい無知さを還元していくだけの堕落した欲望が不安を誘い、インタラクティブに重なり合う意味をかき乱し、短絡的な動機を迫害しては、惨憺を溜め込み、自らの罪にのたうちまわる苦しみが、悲劇元々に疎外され、巨大で退屈なキャピタリズムが促す真理や哲学こそが、空疎なものであり、空想だと嘆く以前に生まれたルサンチマンこそを翻す。恨む前とは、何もなく、何かを始めることや、始めろ、と強制されることすらなく、今に始まる以前の自分の永遠性を結ぶ。


ニーチェを超え出て空間をつかむ者になる。惰性で物事をかき乱す自らとの不和から敷衍し、失踪していく自らとの乖離から、理解を超越し、浸透する無意味さが唾棄する由縁を切り取り、無限性へと至る極みから、悠然ともつれ、平然ともつれるままを仰ぐ優雅さに触れ、偶然にも全容にまつわる悲劇を格納するロストテクノロジーから、逓減される人間性までの虚偽への距離に迫るペインと、プロパガンダが、苛烈な今を生み出し、堕落する思念が捻出する理由に黎明していく悩みの明け方から、晴れるまでの距離にもつれ、用いられる言葉に反し、敢行されるままの意志で突き抜けていく。


用いられる強制力に反し、抑止されない者だけが、正しさを知る。ただ用いられた概念は、いたずらに消費されるまやかしを見抜けず、懈怠し、堕落していくだけに、指定された答えに愚鈍に麻痺しては、様々な問題を、あらゆる観点から見られず、直視されるだけに答えは偏り、より良いものだ、などと見透かされ、見過ごす間に、答えとは、偏頗な者が支配するだけに至る権力を、どこまでも用い、問題の中で強制力を行使し、その場にとどまるように仕向けていく。


抵抗とは、あらゆる原理を乗り越え、君を純然たるものに変える。磨いても光らぬ者は、何事にも屈し、自らの考えを持たず、流され麻痺したままの精神で退屈を謳い、未熟なままで満足し、あるいは不満を謳い、変えられる不安を溜め込み、自らの意思を損ない、泰然的に物事を捉えられず、誰かが謳う理念に偏り、あたかも知恵を絞り、誰かになれるような感覚が、最もな自分を麻痺させ、誰かになることだけが、あたかも今を乗り越え、意味を与え、今に生きるかのように示す自由などは、誰かが作り与えた自由に過ぎず、今を過ごさず、ただ振りかざされるものになあなあになり、担うべきだ、と示されるだけに背負う義務に意味を重ね、必要なもののように思わされているだけに過ぎない。


偶然を謳う者が、色を塗りたくる。前衛的な吐血を施し、漫然と現れる月日を労らず、賭け事に乗じる術が、すべてを形成しているのだ、と呪うべき神は、敗退者が集める廃材の上にザイオンはあるのだ、とサバイバルしている生命が、偶然と愚行を重ねる若気の至りのあたりから野ざらしにされる風景が、風情を蓄え、猥雑なプラトニックが、短絡的な思いを今に投げ捨て、瀰漫する意味を不満足に変える運命的な偏りから明暗を分け、分け隔てる者が惰性に意味を吐き出し、確かなものとは、人間が吐き出すものである、などとうつつを抜かす間から屠られ、葬られる意志などが、本質を見失い、執行力ばかりが、物事を強制し、物々しい雰囲気へと変えては、レッテルを貼り、簡単なテロルを生み出し、端的な支配へと革命は各駅停車しながら、なよなよした女々しい精神をあらゆるところで形成させ、デカダンスを生み出し、歪曲する意思は、純然たるものを生み出せずに、偏り続けては、自らに対価を背負わせ、あらゆる義務化を終え、法が強制していくことを皮切りに、世界は密接した超監視を進め、排除を生み出し、広大な疎外を生み出す。除外されたら最後、超誇大妄想的な資本主義に飲まれ、純粋な意志など、すぐさま牛なれ、ただ偏る闘争を生み出し、あたかも逸脱するかのように、資本主義的な権力に利用されるだけに至るの、だ。

2016年1月15日金曜日

言い表されるだけの自由

愛を用いるものは、やがてその愛により歪み、用いられた愛は、激しい憎悪に変わる。助長される意味も、愛を互いに除外し、愛した日々を思い返さず、互いを憎む事で高まり偏る術を、愛と呼び、互いを騙すだけに至らせる。形あるものは、こうして終焉を迎えるの、だ。

他者の命とは、重いと言われなければ、重みすら感じられぬ規律にがんじがらめになり、物事の正しさを見失う。静謐にたぎる思いが、考えを恒久的に与え、知の深淵へと急ぎ、帰り着く意味から、今が隔離され、確率論的に示される敵意に締め出され、問題に風化する意識が薄命な革命へと偏り、寄りかかる思いが懸念する理由から流動する意志などにすれ違い、正す間柄に消耗した愛もすれ違うだけに陰り、うたかたに示される動機も高揚し続け、倦怠感をあらわにし、露呈された事実に抗うべく、本質を翻し、自らの思いだけで自由に至る。

卑屈な精神がうながすことから没落は始まる。ルサンチマンが生み出す規律に支配される気配から、形骸化していく意識は、言い分けがましく今に至る病に敷衍する事実に執行猶予を付けては、その罪の重さを量るだけの善悪から、攪拌される半径へと悲観していくだけの密室で憂鬱に拘束され、最たる意味も見出せずに、犯罪へと陥るしかないような世界を形成し、退廃していくように仕向ける規律を恨むだけの者から、偏る心情は、元々の正しさも見出せずに、未熟な未来へと悲観していくだけに至らせるようなものを作り上げるしかないアイロニーが謳う原理から、存在は隔離され、短い生命の合間を傲慢で埋め尽くし、交換される精神は、ただ暴力的なもので逡巡し、純化すべき愛も、間柄に抗い、曖昧なままに受け取る言葉に交互し、高尚さを持たずに、ただ立場を謳う者に奪われるだけの現在に浸る意味すらも無く、ただ用いられる原理に域を与えられ、ただ弛むだけに至るような現実に航路を求めるよりも、仰々しく突き上げる先に導く意味すら持たずに、朦朧と求め合う原理に関し、流動するだけに衝動的に至る今から緩衝し、関係性から逸脱し、引用されるだけの要理に容姿ばかりが重要視され、常用する理由に共感を求めるだけに堕落するのが、卑屈で無機質な者どもが徘徊する原理が機関を作り上げ、永遠性を謳い、根ざす根を腐らせるだけに交換される王冠から、受け取る意味を継続していくだけの法に偏るだけの真理を生み出すだけの解除されない苦しみから、ふさぎ込み淫蕩していく風景から、迎合されるだけの物事に有する価値にカタストロフを生み出すだけに運命は関与する状態に介護されたい、と傲岸な意思から、インモラルな衝動を生み出し、難点を生み出すだけに運命は堕落するだけの展開へと見解を深め、興じる状態に生み出されるシステムに心象は相続する状態に資産を用い、交換される金銭から感染していく意味から、いたわることを有さず、ただ短絡的なものの基軸として、傷口を広げる。

広げられた傷口の穴から覗く君の薄気味悪い笑顔や、虐げるだけに至らせる卑屈の奥底から、憶測を用い、有する価値で測る状態にこじれる辺りから、理由は領土を求め、互いを責め立て戦争状態へと移行していくほどに生きる事が捕縛され、放胆に行動せずに大抵の奇抜さを今に押さえ込め、垂れ籠める理由に要する答えに反さず、ただ関するままに流されることに正しさは無く、立場に有する価値すら懈怠し、演じるだけに得るものを要するだけに有する価値などは、カタトニーに陥り、横溢する物事から乖離し、硬直した精神は、離人的に隣人として存在する自己を今に指定し、指定されるままを交換していく限りに陰る本質は、真実を損ない、超然とあるべき今に有する事柄に照合することすら無くなり、たださまよう精神をまさぐる間に偶像は愚行を重ねる。

重ねるものを帝王切開し、子を引き上げる間にいぶかる限度から飛躍しない精神は、孤独感を抱え、重ねる思いを産み落とす前に、こじれる時系列から、値するものを知ろうとする空間から空腹を携え、凄絶な思いに継続する理由から、良俗なものなど無く、用いられるものの景観などは作られる訳にはいかず、ただ果たされるままに備わるものを風景と呼ぶ。ただ与えられ称えられるものに真実など無く、用いられるもののほとんどがねじ曲がり、歪んだままで意味を与えられ、あたかも正しいもののように見せつけられる間に落胆するだけの精神が形成していく自らが指定した死地へと急ぐだけの物事が、薄っぺらい本質に格納されていく補完から逃げ出し、自ら生み出すものからもはみ出していく。

2016年1月14日木曜日

超越する思い

休むことも鍛錬である。憎しみをすり減らし、さらなる飛躍を目指し、自らを休めることに、跳躍力は高まる。その場にとどまり、何度も掘り返し、深まる今に意味を落とし込み、織り込まれる意味に置いていかれないように、今に定住し、意味に反発していく。自己への抵抗は、今に余力を残し、意味を反復し、自分自身から超越していくのが、飛躍的英雄化である。考えに基づくルサンチマンを英雄化し、神格化しては、己と対峙し、あらゆる原理から超越していく。あたかも人間の姿形をした化け物どもが跋扈する。弔うべきは、儚く散った者たちの悲しみにあらず、乗り越えようとする意志だけが、確かなイメージを運び、その化け物どもと対峙すらせずに、自らが否定的に捉えることから跳躍する。諦めて死ぬか?諦めずに死ぬか?精神的な薄弱さが迫り、物事に極まる理由が、貪婪さを引き出す。運命からの超脱を繰り返す。乗り越える後から迫る言葉が狡猾に迫る。鈍磨な風を浴び、機械的な論理に責め立てられては、抵抗力を携え、延々と演じるだけに裂ける原理から、利己的な支配を折り返し、星の記憶をむさぼりながら、艶麗な時を引きずり、意地の悪い輩が支配するだけの社会などに生活感を落とし込むから、乾いた感情が思考停止に陥らせ、鮮明な過去から、枯渇する意志にさえずる意味から、陰鬱な衝動を携え、退行する意識は思春期を巻き込み、永遠性を昇らせる昇華から、渇する思いは、飢渇し続け、永劫に染み渡る乾きから、淵源に悲観的なものが迫り、生態系を狂わせるだけに体制的にこびへつらうだけに行為に基づく恐怖に疎外される精神性から、清潔感を損ない、投じられる言葉に牛耳られ、提唱される義務感に攻め入られ、陰湿な支配を受け取り、運命的なものに枯渇しては、快活な動機を損ない続けるだけに痛む意味に潜む永遠回帰から、緩衝する今に分離しては、延命を続けるだけに透過されるイメージが解析を繰り返し、浪費される精神に整合される思いがインモラルなものを持ち込み、有効とされる事柄などは、誰かの思い通りなるように権力に偏り、懈怠する心情はジェラシーをため込み、短絡的な道理に陰湿な支配を反復させ、権力がうながす物事から、濫觴していく思いから繁殖していく今に至るまでの軌跡にこそに価値は産まれる。

運命が吐血を繰り返す。輪唱する神話から、乖離した理解が理性を損ない、秩序を保とうともくろむだけに用いられる原因に固執し、交互する意識が侵蝕しては、心象を損ない、固執し続けるだけに毒素を用い、陰謀を巡らすだけに、毎日に属望されるだけの価値に規律を用い、煩悩をため込み、たじろぐ今に傲岸不遜な理由を注ぎ込み、喪失感をうながしては、堆積する苦痛が崩れ落ちるまで傍観者として、自己から乖離し、理解を含まず、複製される真理と復元されるだけの悲観から抜け出し、恬淡な自己から、理性をひるがえし、自らを覆す辺りから、曖昧な支配から放たれ、自由気ままに至り、対象を引接し続ける限りに通り抜ける意味から食い尽くされるだけの空虚な精神に形骸化しては、閑散とした主体に帰り着く理由から理想を用いずに、ただ達するまでに超克する先に導かれるままに続ける先に現れる自分だけが、正解を引き出す先に埋もれる意識から勇躍すべく、すべてに算段される意味から抜け出し、脱する間に求められる今から避難し、貧寒な支配が経路を塞ぎ、ただ短絡的な支配が芝居を重ね、意思を拘泥し、恍惚を謳う頃には、ことごとくの理念はねじ曲がり、よじれる間に衰退していく人間的なものに関わり続ける。

貧賤さを引き出すだけの価値観がすなどる理由をうながす退嬰的で日和見主義的な輩がうながす動機をひるがえし、ただ憤る思いをひるがえし、自らが選ぶことだけが、言い分けがましい輩を打ち倒す言葉とこころを持つ。等しく結ばれる永遠が、退屈なアナロジーを超越し、ただ大差無い間に黙々と突き進むことにより、横溢する豊かな精神を用い、求めるだけに軽薄なものを伝えるだけの快活さの欠片も無い、形ばかりの懈怠から、対価を求めるだけの値に住まいを移すだけの改革などを謳う暴力的で愚鈍な輩の支配から抜け出し、気配をかき消し、隠遁し、まさぐる孤独から、空想と偶像を昇華させ、退屈を創造に変えることから悔恨から抜け出し、思いを開墾し、芽生えるまでじっと耐えるような者が、人間を飛び越え、名称から抜け出し、傀儡と化するだけに関する理由も無く、獲物として漠然とさまよう限りに謳われることを鵜呑みにし、昏倒していくだけに人間的なものに囲われ、交互する意識は、失われた遺跡で意志が聖地を偽装し、求め合うほどにほつれる意図が、陰湿な関わりを求め、投影される悪意が、混血していくものを否定し、貧寒な理想が血族的な主義から、テキストが偏り、その場でカタトニーに陥るだけに横暴な支配の硬度は高まり、互いを恨むだけに是非を生み出し、帰任する思いが機械的に軋む原理から、理想は驕傲なものを生み出し、運動的に互いを屠るだけに軋む関連性から連動する支配の影から、価値観を流動させるだけの起算から、確執を生み出し、敢行する意志に反する者を捕らえ、欲望むき出しのままにはみ出すものを拷問し続けるだけの調教から、高揚感を損ない、ただ人間的で哀れなものに選択権を奪われ、自らの欠如に未熟なままの精神が倦怠感を抱え、重ねる思いが幾重にもからまり、身動きをとれなくする。

2016年1月13日水曜日

瞬く間の愛

鳥のさえずりだけが、楽しげで、朝の喧騒からは、浮いている。誰かが踏んでできた押し花、乾いた声で鳴く犬や、様々な思惑がなびき、あらゆる意味を疎外させる分別などが迫る重たい憂鬱に暮れる冬などが、冷ややか、だ。短い一生を精一杯生きることすら苦痛か?と問いただす相手は、依然として自分自身である。抑圧されるから、深呼吸する。深い息は、さらなる不安を呼び醒まし、まざまざと見せつける合間にアイロニカルな心情や、シンフォニーに混じる日常的な落胆がフラクタルになり、にじみ出る愛は、屈折した愛玩からサディスティックなものを生み出し、あふれる感情は、環境や社会に責任転嫁し、できない自分を妨げるだけの諦めばかりが、アイデンティティーを屠り、煩わしく結ばれるあてもない今に瀰漫する風潮などが、風景を奪い、現実とは、儚い自分を自堕落に消費し、貪婪に描く今から帰任する意志を認可し、あらゆる力に反し、相対する自己から悠然と諦念するだけの利己的で、軽薄なものから迫害され、退廃的なものを超越し、逸する合間に、緩慢な愛を敷衍させるだけの変化に咎められぬようにバタつく。

借り物の愛が利己的で不純なものを誘い、内向的なままに瀰漫する無様な自己から孤立しては、妨げられる一切をひるがえし、自らの傲慢さに震える人間らしさや、哀れみや、同情から離れ、配されるままを愛し始めるころには、ほとんどの行為は、魯鈍なものに成り代わる。

時々をなでる雨が苦悩を阻害し、あらゆる苦しみとは、自らが嘆き生み出すことに過ぎず、使い古された過去をふるさとにして、過去にすがるから、使い古された意味を蛇行し、行為に基づく普遍性から離れた不安感が、概念をくすぐり、今に魯鈍に変わり、自らの傀儡として、指定された義務感をよぎり、有する価値に密接に結びつく様相から、有する要素は一切から逸脱し、一貫した不安を今に有し、いたずらに導く間隔が、物事からの不和を今に与える。浸透する意識も神経質そうに今を批難し、咎める隙間からこぼれる曙光にも気がつかずに、気づいたころには、世界は滅びの呪文をうながすような厭世観をうながし、衛星間を浮遊する遊星の気持ちすらも分からずに、星の記憶をむさぼり、使い古された義務に査定されるだけの関係に完結していき、指定されたものに支払う義務は、死を誘い、印象にとろける今から吐血し、さえずる記憶は狭小な意思を用い、物事を占有しようともくろむ限りに黒黒としていく意識は、陰鬱な衝動を今に用い、生きた心地もしないものだ、とうながす限りに、人間的なものに囚われる。「さあ、思い描く限りは、唐突にぶつかり、今にシンクロし、信仰する意思すら不純なものに変わり、進行する意志だけが、君の情念を伝え、感情的なものだけが、この物語の中で加速する。」崇高な意志が順序も伝えずに、煩わしい事柄から離れる限りに背反し、配される間に生まれる愛から拍動する意志だけが、意味合いをすなどるだけの搾取から放たれるべく、何事にも愛し尽くそうとし始める。果たす間に用いられる愛だけが、この場面を透過し、かかずらう原理から離れ、相対するだけの利己的な自我から超脱し、跳躍する限りに人間的なものからかけ離れていくよろこびに増え続ける気持ちが空間に敷衍していく。

行き違う面影は、最たる意味を通過し、用いられる事柄に反し、有する過程に用いられる愛から交わる軌跡を今に交通させ、混淆していく意識は未明の真実にぶつかり、体感するほどに、怠慢な意志をそぎ落とし、相互する意志は、昏倒する今に欺瞞も残さず、濃厚な意味をつぶさに見出し、追考する意志に反し、関する間に情熱を注ぎ込み、落とし込む意味から、君は避難し、ただこもり隠れることをも有意義に変えるように、と超克する間に何事もなさなくても、その場でゆっくりと思い描く交錯する限りに生み出される優雅さだけが、能動し続け、惨憺たる安易さを持ち込むだけの理由付けを施す人間的な何かから放たれ、用いられる場面に膠着せずに、拘泥せずに描く真実から、いたわる思いが惨状を濾過し、籠城する今から離れ、瀰漫する意識に陰鬱な衝動などをこじれる先に行為を残し、恋すら持たずに、その場で怖じ気付くだけに退嬰的なものになるだけの感情がうながす環境などから背反し、解体する先々に空間的な哀れみを吐き出すだけに履き違える精神から逸脱し、一切を牛耳ろうと迫る用途の幼稚さに不満をこぼすよりも、よりよい今を築くために跳躍することを学び、毎日に追考するだけの偏執する考えが生み出す憎悪に支配されるより、芝居じみた毎日を生き、地味に隠れることだけに暮れるような日々に用心するだけでは、自らの大胆さは失われ、ないがしろされた精神は、短絡的なものに閉じこもり、高揚感を失い、呼応せずに、ただ自分の中だけで納める言葉がお粗末さを誘うだけに終える。


2016年1月12日火曜日

滞らぬ考え

ルサンチマンをくすぐるか?恨みは恨みを増長させ、終わらない痛みを今に運び、破壊し尽くされた後にも、破壊を続ける。認識できるすべての憎悪を昇華させる。阻むものと、捕らえるものの支配から抜け出し、認識できるものすべてを書き換える。希望とは、闘争を用いてはならず、自らの神を飛び越え、災いを翻す。冷静さを取り戻し、本当の現実と生きる。すべては、一瞬で消え去った。後に残るものは無く、もぬけの殻と化した辺りから、普遍性などは無くなった。純然たる薄明が迫り、革命的な住処へと人間たちは、逃げ込む。群像にとろける思いは、偶然と偶像にぶつかり、最たる意味を失い、今に携える静謐も、外からの騒々しさに自分を見失う。用いられる言葉は、今に担う意味を引き取り、折折に展開される理由を自らに織り込み、用いられる意味に照らし合わせる理由が地を這いながら、自らの内外で果てる由縁に真相を告げては、自らの償いに転じ、流動する真実や、本質をぬぐい去り、最たる意味を浪費し、散漫な意識に超克を続け、追憶に貧するだけの価値に至らせるような家畜的な者がうながすカウベルで反応するだけの受動的な執心から、捏造される理由に用いられた答えに連行されるだけの罪と罰を作り上げただけに満たないような意味などに関わるほどに、補填される今にもつれ、意味を用いられるほどに施される理由に怖じ気付き、均等な意味をなどを用い、品行方正などをうながし、整序しよう、ともくろむ用途から、人間的なにおいに嘔吐を引き起こし、受理すべき意味も、位置を用い、その場所に閉じ込めることに置かれる人間的な気配から、人間的な軽薄さが、腐らせるように誘うだけの展開から、転換される意味が観点を奪い、注がれる意味に削がれる意識は、意味合いを今に引き込み、虐げる間に居場所を求めるだけに用いられる理由に補足される意味合いから、いぶかる意志は、侵蝕される暴力性から、破壊的なものへと移行し、用いられる論理は、魯鈍な者が支配する愚行に陥り、横溢する瞬間は、ただ孤立するだけに仕向けられる主観へと乖離し、隔離されるシステムの中で捕縄された意識は、現実に消費されるだけの獲物として、指定される意味を鵜呑みにし、認識する手前から、陥る概念に支配され、軽薄な論理に打ち出される迎合から、契約的なものに躍動し、約束とは、破るものなのだ、と妥当なプロセスを歩くことにプロパガンダにすり込まれる確執から、確信は、真偽を用いず、ただうながされることすべてを信じることにけだるい今から惰性にうながすことがすべてである、と生じて行く意味を鵜呑みにするだけに衰退化する世界に衰亡し続ける限りに陰る心象に法則的に閉じ込められることに瞬間は葬られていく。

育雛から離れ数光年の旅へと急ぐ流星たちが星にぶつかり、その消滅する身体に施された論理が爆砕し、放たれる意識が模倣を続け、法則的な改ざんから、介在していた意識との別れから、宇宙の一部である細胞から、逃避していく意識にエクソダスしていく空虚さと空白の間柄に葬られる意識が、未明の夜空に縫合され、ひとつの大きな身体として指定される義務を超克し、やがて渇望するだけの身体に入れ込まれるこころにコマンド入力を施し、抱擁される身体が、感覚で受け取る肥大化する可能性から、批准を用い、順序を奪うだけに失われる抵抗力から、星の面影は、思い出を携えず、ただ瞬時に消え去ることから一切は、儚さを携え、この生きるとは、瞬間に余力も残さず、今に瀰漫し、不満なども無く、ただ消え入ることによろこびを感じ、分かち合うよりも、当たり前に今に歪み、気づくころには、すべては遅れていき、印象にも残さずに、今に引き延ばされ、引き込まれる間に曖昧なマインドを用い、毎日が軽薄に計測されることに遠のき、応じることにぼろぼろになりながら、横暴な支配から暗示されるだけに解き明かす真理から、浸染させる意味合いに気負うだけに応じることとは、答えと自らの距離を広げ、用いられる間隔が回避する痛みから、言い分けがましく迫ることに嘆きすらも無く、ただ光速で移動する意志は獅子に変わり、浸透する意識に深浅も無く、ただ不意に気づくことに置かれる要理からも離れ、すべてに反することに調和は生まれ、長じる先に理解は育ち、ただ惰性で退嬰的な意思が生み出す戦争に参加せずに、ただたゆたうだけに弛まぬように緩やかに進むことに応じるだけに答えに捏造されず、熱情し続ける先先に最たる意味が生まれ、今に淘汰されずに、問いただす先に本質も生まれ、真実が陰湿なものから飛び立ち、問いただすよりも、自ら作り出す意味だけが、私を形成し、何事をも軽視せずに、ただ瞬時に駆け巡る意志は、言い逃れを施さず、ただ超越し続ける先に待ち受ける意味すら突き抜けることに応じることが回帰し、邪推せずに、センセーショナルに突き抜け、決意を用い、重いも軽いも無いところですべての枠を打ち砕く。

用いられる願いとは、泣き言を用い、ないがしろにした瞬間に一切の欺瞞を用い、不満足を流用し、流動する意識は、姿勢も正さずに、ただあるもので、何事をも支配するだけに至らせる事に置かれる本質などを信じずに、自らから抜けだし、おおらかに今に見事に散り行くすべての理念を結ぶ。

2016年1月11日月曜日

何にも則らずに歌う

空間や時間に同化せずに、宇宙に同調し、浮遊するままに羽化し、気ままに羽ばたく。心情は、遥か無知に羽ばたき、ばたつく思いが耽溺をし、空間的な渇望から、抱擁され、包括されては、自らの時間から跳躍し、起源を持たずに、自らを押し上げていく。抵抗せずに流れるとは、身を任せずに、自らの意志を費やして抵抗することや妨げるものが生み出す自らの流れとは距離的なものも全く違い、ただ失うだけに足萎えし、ないがしろにする俯瞰からふかまる関係は、屈従を生み出し、階級制度を用い、新たな支配を次々に継ぎ足し、誰かを踏み台に跳躍することを超越とは履き違えて、流されるだけに屈従するだけでは、誰かの考えを複製し、そこに留まり、今を支配しようと目論むだけに至り、偽りを重ね、猥雑な消費を繰り返しては、手懐ける間に懐かしむほどに補正される意思などが生み出す体たらくから、たわめた意識も昇華し、メタ化していく意識は最も高いところから、深いところを見つめ、さらなる高みへと昇る先に昇華した意識は、意志を用い、自らの力で自覚する先に堅持すべき意味すら緻密に至らず、理解を施し、乖離していくだけに退嬰的なものに陥り、押し付けられる倫理観などに監獄に押し込まれ、社会性などを謳うことにより、支配の強度は増し、強迫的にせめたてては、立場を用い、虐待し続けることに用いられる悲劇に帰任する理由から、おざなりにしていく思いが、指定された区域で、自らを磔にし、自己犠牲の精神が生贄として、生産的な暗鬱さに帰結し、自らの浄化作用を履き違え、自らを昇華させずに衆愚的に扇動される快楽に自らを失い、衆愚的な傀儡として、快楽の下に、刑を執行される。磔とは、快楽を生み出す機械である。互いの同情をたしなめ、確かめる間から不和は生まれ、同調しようと目論み、自らのアイデンティティーが相まって、結末を牛耳り、迎えた朝が憂鬱に染まり、悠遠に溶け合い、未熟で無情な永遠へと疎外され、最たる意味を喪失し、失意の下に、その永遠に拘束され、捕縄され、足かせを引きずり、自堕落な世界を救うために、処刑台を登るような演技的な現実から、即座に観点は奪われ、意味に束縛され、作られた悲劇に、月並みな言葉をぶつけ、自らを快楽的な傀儡に仕上げ、そそのかされ、突き動かされるままに祭壇へと放置された身体が俯瞰を奪い、一点に集中する快楽たる権力により、一切の痛みは、今に昇華されたフリを行い、一過性に押さえつけられた不満や不安は、すぐさま襲いかかり、次なる生贄を探し、名無しの者たちがのたうちまわり、狂騒に混ざり合う不潔な混濁とコンタクトを取る輩が支配する社会に、支払う義務すらなく、用いられる義務などに虐げられずに、世界から逸脱すべく、いつだって正解とは、自ら生み出し、誰かに支配されずに、用いられる義務こそが、怠慢を生み出し、退廃に至るのである。

偏執する命は、傲岸不遜なものを打ち倒し、物事に興じられる快楽的な私物化を横溢させるだけの権力的な構図から放たれ、自らの高次すらも超越し、怖じ気付かずに、タオイズムに揺れる。陰湿なものを用い、支配に至ろうと仕向けることに簡易に長じるだけの若気の至りの軽さから、重さを用いるだけに普遍性に組み込もうと仕向ける間に偽造される真理が、枯渇を生み出し、あらゆるものに毒をまき散らかし、今に麻痺し、動けなくなる身体を傍観し、物事に諦観していく間に抵抗は固執へと変わり、繰り出される意味は小さな世界にとどまり、閉じこもるだけに統合をもくろむ正常さを謳うだけの成因から、一切は合併され、弊害を生み、その場で束縛される限りに即座に老いぼれていき、行き違い伴侶を喪失し、自らを未熟なものに陥れるだけに応答を繰り返す共通語から、共闘を謳い、ただ暴力的なものに同調し、暴力を助長し、増殖する意志は、ただ腐敗を生み出すべく、新たな権力をその場で引き出し、配される間に属するものを隷従させるべく暴力的に支配し、形骸化していく精神は、苦悩を携え、煩わしい思いに応じるだけの答えを答えとして今に蔓延らせ、配備される答えに相づちを強制し、普遍性に整合させるだけに静謐さは損なわれ、そこ作られた自由を謳い、今あるものこそが、世界を形成し、その場の素朴さを惰性なものに変え、妥協を生み出し、案じる思いに暗澹としたものを含ませ、複製される世界だけを世界として認識し始めることから、傀儡と化する心身が強制的に時系列に嵌め込まれ、阻まれる間に有する思いは、有限に捕らえられ、無限性を謳う限りに陰る命が今に屠られ、品行方正を謳う限りに謳われるものは、応じるだけの答えに反さぬ間に作用する物事だけを正解と捉え、途絶える命は、その場で座礁し、永遠にその場で構築されるだけの苦痛を浴びるだけに曖昧な毎日に追い込まれ、惰性な意志で意味を履き違えることから観念は、屈従だけを目指し、兌換され、交換されるものだけが、あたかも本質のように捉えることから離れることにより、理の深さは深まり、相対する物事をも飲み込み、今に至る痛みを除去させる。

2016年1月10日日曜日

概念を突き抜け至る思い

哲学は、何も分け隔てなくなることからはじまる。ただ交わる意味が今を形成し、すべてを確かなものに変える。身軽な思考が、あらゆる思想を超越し、新たな答えを導く。居場所を求める戦争を終えるため、軽々と存在自体を超越する静謐な眠りから、制限を持たぬ思想が生まれ出る。放たれる意識は、遙か上空を突き抜け、中空すら持たぬ宇宙を旋回し、欺瞞と傲慢で埋め尽くされた世界を超越し、放たれる意志は、ただ純然たるものをつかみ、放出される意識から現前へと果てる無我の境地をたどり、たっとぶ意識は域を持たず、超越し続ける限りの優雅さをめくり、悠然と至る照応から、高揚感を携え、感覚だけで永遠をつかみ、報じられる間に異物感を携えずに、感応する先々に、官能的な意味がぶつかり、衝動的な由縁に遊楽が吹き荒び憂鬱な夜明けを超克し、ただこすりあわされる先に些細な出来事が交わるだけだ、と諭しては、抗う先に生まれる意味すらも無垢な今に伝わり、維持されるだけに裂ける間から、浩然たる対応でこじれる先を結ぶだけに強固になり、興じる運命に損なう限りに陰る命が損なわれずに、縫い付けられる今が強固になり、意味に成り代わる間にかじかむ気持ちは、自覚する数秒先を行き来し、行き着く先に願う事すら不潔に思えるのだ、と妥当な意識などは、今に用いられるほどに道徳的なものを押しつけ、考えるよりも、記号化し、暗示的に示されるだけの事柄に抑圧され、身動きも取られなくなることに置かれる意味に締め付けられるよりも、達観し、宇宙から眺める意識は、広さも狭さも用いず、ただ広がるだけの広大な景色が、形式も持たずに広がり、ただ浮遊し、敷衍するだけに至らせる事に置かれる事に神や信仰すらも要らず、ただ至らぬ思いは、損なわれる限りにそこかしこに置き、生じる意味に行き着く先や、言い分けがましく求める合間に曖昧な毎日も、用いられるだけにちょこざいな理由を降り注ぎ、魯鈍なものに変え、物質的な猶予に屠られ、葬られる先にこじれては行為そのものに引きずられ、直奏する意志から、凄絶な意味をすなどり、浪費されるだけの観念にすなどられるだけに価値として背き、相違するほどに互い違いになる。

ただ愛は階級も持たずに、介する間に愛を放ち、放たれる間に意味を残し、引き取る間に逸する事から弾ける愛が全宇宙になびく。対処される事に置かれる他者から対象として存在を意識する事から転換される意志が意味を突き破り、いぶかる事でこじれる先に事象をぬぐい、ただ有るものとして今に混在していく。指定されずにそこに備わる存在は、備わるだけの影を背負い、今に蝕む答えを含んだ理由に支配され、意味も分からずに従うだけの記号に堕落していく。意識は、未だ薄明なままに意味に従い、隷従している。ただ有るものとは、与えられたものに過ぎず、それに従うジレンマが今に狭まり、生命自体の自由さを屠る安易さに最たる意味を損ない、生じる運命に慟哭をうながし、ただ失われる効果から、好意的なものは、今に硬化し、こじれるだけに至り、至らぬ思いは、損なうだけに堕落し、浸透する意思は、虐げられたままに屈従を続ける監獄としての社会を自ずと形成し、利己的な支配に興じる快楽主義的な世界としてひたすら欲に走る。ただ補われないものは、即座に観念を軟弱なものにし、脆弱な意志は、逸する事を知らず、ただ従う事に普遍的なものをうながす。物事とは、背反されるために存在し、そこでためらわずに逆らう事により、普遍的なものを超越していき、自らの欺瞞をかき消し、形式を持たず、ただ純粋な破壊者として、解釈を打ち倒し、理論を構築せずに、巧緻なリズムで悪戯に消費されるだけの疑問に打ち出される答えに反するからこそ、正解を持たぬ世界を世界としてはじめて認識する限りに背く事から、意味は生じる。

ただ所持する意味が生じ、今に無意味さを生み出し、些細な出来事がデータ化し、簡素な意味が陥落を生み出し、緩和せずに、ただ煩わしくも同調し、損ない続ける自分などを探す自堕落さに陥る限りに間隔は広がり、介する間に消費するだけの愛もいつしか憎悪に変わり、カタストロフを生み出し、組み込まれる意識は、空虚さを生み出し、苦境にはみ出す永遠から見出す今が意味も分からずにさまようだけに至るはじまりこそが、君が見出す明日であり、そこに始まる事こそが君のはじまりであり、恥じらいすらも捨て去り交わる先に極まる意志が透徹させる意味がよろこびを運び、バビロンを打ち倒し、苦悩を超克する先に恐れを捨て去る先に愚かさも悲しさも乗り越える先に君が超える今こそが未来を形成し、嫌いなものすら今に昇華させるためにためらわずに創造に落とし込む意志こそが、意識を改革する。改善されるべきは、君が用いる世界であり、その世界で生まれる意味である。ただ誰かに指図されるために読むだけなら誰にでもでき、その場で自ら考えに落とし込まぬ限りに答えは生まれないのだ。

垂れ籠める静寂が覆い被さり、姑息な思いを超越し、用いられる定めを飛び越え、乏しく熱情する歯がゆさに関わり、課せられた痛みに同化していく意識は、薄明な由縁にからまり、幼稚な戦争へとスケープゴートしていく弱者たちが介する猥雑な世界から、偏る思想が生まれ、要する形に用いられる意味ほど残酷ないじめへと移行していく限りに陰る命は、慟哭を繰り返し、捏造される深夜に媒体する汚い命も加工されるだけの品位に捏造される倫理観に攻め入られ、陰湿な戦いを繰り返し、こじれる後から極まる痛みに道化を作り出し、答えが掲揚されるだけに崇める信仰として神を人間に宿し、神が身近になる辺りから、物事の近辺は愚鈍な思いを重ね、かさばる思いに過干渉しては、関係性から逸脱できずに、データ化する思いによじれる意味が緩衝しては、妨げる意味から未来を放出し、放念に至る今から思想は硬直し、勘合すべき他者との間に曖昧な意味を落とし込み、措置される意味から緩衝していく値へと相対していく辺りに貧相な価値を用い、寛容な意味を用いずに、ただすがるだけに至る意味から敢行していく意志が超克を目指し、やがて溌剌と追考していく考えとの対抗から、鬱積する問題を超越していく観念にねじ込まれる概念の概観を飛び越え、応じる答えに応酬する暴力的な統合から、統制させようともくろむ国家的な装置から、聡明な意味すらも薄命に消え去り、ただ用いられる考えに支配を用い、市街戦へと引き込み、もくろむ思いを慟哭に至らせ、悲しみに転じる行方は、帰巣すべき愛を知らず、ただ用いられる場所探しの難関さに敷衍する思いは、複雑な動機を魯鈍に転じ、対する間に負担を用い、朦朧としていく行方は経路を失い、もたつく今に用いられる独善的なままに枯渇させられる世界に反し、関する間に用いられる意味からエクソダスすべく、デカダンスを抱えるだけにペシミズムへと移行していく極みに教条を用い、盲信に至る答えから狡猾さを生み出し、人間とは咎められ支配されるだけに至らされる痛みから、間接的に結ばれる現前に消費される思いが高揚し、交換される命は、些細な動機を用い、陰鬱な衝動を抱え、淫靡にもたつく言動から、こじれる間に言い分けを重ね、意味に長じる由縁は損なうだけの影を抱え、重ねる思いは悠揚に近づき、奇跡を用い、その場で昇華するに至り、おとずれる間にこぼす愛が拡散され、攪拌される思いは、些細な間に陥るだけの苦しみを除外させ、疎外感を打ち消し、焦燥感をかき消し、健全に流浪する先に往昔は儚く千切れ、婉然たる様相できらめく命をそのままに落とし込む。

逍遥する主観

到達し、リンクする面影が理由を携えなびく今にはびこる愛から交わり、加速する思いが、可能世界を引き裂き、論理を打ち出し、転換される意味を苛み、加工される品位を跳躍し、あらゆる問題から秀でる存在が、物々しくて、仰々しい由縁を切り離し、自由に飛び交い、何事にも邪魔されずに、自らの欺瞞から超越する。胸の奥で収斂される気持ちが孤独をかき消し、傲慢な世界を舗装しては、判明する理由をすなどるだけの過程を枯渇させるだけの認識を終え、横溢する瞬間に途絶えぬ余韻が反響し、蔓延る悪意から超脱し、ただ悠然と孤立するだけに衰退しない精神は、ないがしろにした今から加速し、瞬間を途絶えぬように選りすぐるだけに鋭利な思いは空間を引き裂き、ただ入れ込むだけの雰囲気に垂れ籠める暗鬱が、孤独を抱え込み、こみ上げるイメージが意味合いを超越する以前に全容に長ける思いは、行為そのものに圧迫され、抑止される幻影に捕らえられ、淘汰されるだけに至る意味から痛みは加速し、加工される全体の照影が、エレジーを拡散し、攪拌される無神経な世界は、自らの寂寞によぎる思いが伝い、配される間に確かな愛をこぼし、朦朧とする限りに光年を携え、用いられる間隔に迫る関係が歯止めも無く、言葉を喪失し、相似していく関係に軽薄な理論を打ち出し、打算される意味合いから、意思は疎外し、壮大な意志を用いずに、思慮深く愛した関係が継続する不確かな愛から、間柄は葬られ、報じられる合間に昏倒し、根幹を失う。

紅葉する葉は、そこに永遠性を携え、昇華する。風景とは、凄惨な様をかかずらえ、一斉に昇華する。勤しむ意味を今に残し、厭わずに一斉に昇華する。ただ、死を包括する後が迫り、導かれるままに消え去る。愛するが故に戸惑いこじれる合間に燃え上がる情念が、果てない思いを木霊させ、いつか君に届く事を願う。屈折した思いがが聞こえるか?呼吸も忘れるほどの静寂にからまる不安が。動いているだけでは、何も進まず、止まる事も覚え、その場の恐怖と対峙しなければ。私が作り出す恐怖だけが、唯一の敵であり、そこに救いや同情を用いるほどに、自らとは、弱く脆く屈折していく。愛とは何かとは、君が教えてくれた。

愛は妨げるものを持たずに迫る理由を押し付ける限りに利用価値を用い、誰かを占有する。有する領土に落とし込む物事が、昏倒を誘い、乗じる間に塞ぎ込みながら、こみ上げる思いが収奪され、確かな愛は隔離され、些細な出来事を旋回し、言い訳がましく中空をめぐる。愛とは、価値を用い、誰かを攻め入り、理由を用い、理念を弄り、自由を奪う。ただ果たされる間に籠城する愛は、画期的な理由を忘れ、煩わしい今に虐げられずに、交換される愛は不当な思いをそぎ落とし、返事を打ちながら、内宇宙へと旅立つ自己は、多幸感を用い、要する言葉に配される間に距離を用いずに、形式を破壊し、破綻する世界に生じる永遠性を引き出し、ただ用いられるルールを引き離し、誇示する愛にいぶかるだけの言動が虚偽を用い、隔絶し、虚空に至る崇高で高次な精神に継続される軽薄な言葉がセンチメンタリズムを誘いながら、淫蕩な世界に固執するだけの広義の意味に解する間に誤解と弊害を生むだけに答えは愚鈍な作戦を練り上げ、軽薄な世界に継続されるだけの道理に反してこそ、正解とは、世界に回答を用いずに、ただ回顧するだけに顛末は狂い、用いる物語は、何もかもが足りずに対比されるだけに退嬰的なものを用い、問答を繰り出し、訓戒を垂れるだけの屍として場面上でゾンビ化していく思いは、公平性を用いるほどに、閉鎖的になっていく思いを担う今から加工されるだけの貧寒さによぎる思いも、横暴な支配に露見する嘘から透徹していく場面に行き過ぎては、陰鬱な衝動に承継される厳格なときに迫る整合から、統合へと移行していく支配的な構図に情事は妨げられるだけに様々な思惑を携え、訪ねる思いは、競合するだけに退廃していく精神に契約を用い、求められるだけに打算されるプロセスは、浪費されるだけの身体を互い違いに浪費し、介与するほどに、つたない思いを用い、求めるだけの愛に離床し続け、虐げられる事に置かれる現状に横暴な支配が浸透し、透過せずに、通過するほどに物事の魯鈍さに従事し、身動きもとれずに、元を取ろうと必死にもがくほどに拘束され、自ら嵌まった罠にかかり、まざまざと見せつけられる思いは、横暴なものに籠城し、物事に固執し、行動をおろそかにし、厳かな空間に行き渡る思いが意味も分からずに、今に和解し、物事を歪曲し、屈折した思いは、応じる答えを用い、交換される答えに現時点は、理想を失い、継続される思いは、リリカルな衝動を携え、訪ねる思いは、運命からも疎外される。

2016年1月9日土曜日

求めあう身体

取り残された思いは、どこにも帰り着く場所を持たず、ただ延々とさまよう限りに問いただされ、脳内で再生される映像を傍観する別離した自己が、ただただ乖離して見ている現在に損なう限りが、永遠を操作し、短絡的な物語を引きずりながら、今に希望を与え、膨張する意味が今に敷衍し、さらなる飛躍を目指し、ただ嘲笑するだけの卑賤な価値に加工されるカタストロフをうながすだけのペシミストどもがうようよする無機質な大陸を超え、散々な原理を超克するような原因にほどこされる理由を高揚させ、目指す今に意味を落とし込み、応じる答えに整然とした理由を法則的に生み出し、飢渇する現在に生じる誘引から、曖昧な傷口が縫合され、愚鈍な支配に興じる由縁が横溢し、帰巣する真理に現在は弛まぬ逍遙を繰り返し、商品化しないように、傀儡から抜け出す現存するだけの虚偽に破裂する情意から、陰鬱な焦土で描く本質から乖離し、解き放つ理性から、生じる由縁になびく思いが木霊し、完全性を用い、モチーフとする物事に奔走しては、加工されるだけの価値に形を用いる君の憂鬱を消費するだけの価値に仮想するだけに鬱積する真実に本質は無く、真実などは、その場で裁かれるだけに至り、印象に統合されるだけの正常を謳うだけで、出来合の真実は、モノクロームの中でリリカルなファイナライズを執り行い、応じる答えに応用されるだけの品位を倫理と勘違いし、完治しない苦悩は、絶望的な痛みの周りを回り、巡る痛みは現在を拘束しては、恒常的な痛みへと移行していく行為に順序は愚行を繰り返し、健全な支配から、気配は察する思いからかけ離れ、配される間に悲観していくだけの苦悩に逸するだけの価値観を屠り、なじる間から、私たちの間柄は、端的な愛に支配されるだけに形を用い、物事をそこにはめこみ、蔓延る悪意に支配され、芝居を繰り返し、利己的な支配は、貧賤な価値を用い、貧寒な価値がカタトニーに変わり、固執する思いが乖離しては、買い取られるだけに至る痛みから、いぶかる衝動は、虚偽を用い、現在に浸るだけの意味に今が乖離し、理解を挟まずに、蔓延る悪意に焦熱していく現在が冷え切り、悲歎に暮れるだけに購う状態は、誰かを信仰し、浸透する痛みから、いぶかる思いは、恒常性を失い、喪失感にゆだねる思いが、悠遠に蔓延り、この永遠は、制度を用い、生後から、荘厳な思いを掲げ、重ねる思いも、いつかは重荷に変わり、歩くことすらできなくなる。

デカダンな間柄に放置される苦悩が能動し、フラストレーションをため込む現在に貧するだけのカタストロフを用い、朗唱される真実もデザインされる形に因果を用い、固執する概念に時間を用い、気配を攪拌し、用いる半径に利用され、根ざす本質を根から腐らすだけに至るような情報に淘汰されるだけの意思が交互し、疎ましい現在に生み出される現在などは、真実味を無くし、錯綜する現在に孤立するだけの自己が負担を重ね、覆われる思いは印象にとろけ、統合されるだけの正常さを謳うだけに混同する意識とは、物事の薄命さに消え入り、本質すら見抜けずに、今に浸る意味から、印象は統合されるほどに存在とは、総和を求めずに、その場で溶け合うだけに融合を求め、ただ元ある場所に戻り、日々に省かれ、配置を終え、配備されるだけの場所を居場所として、膠着するだけに至り、印象に移送されるだけの重さを持たぬ存在は、そこかしこで孤立し、行動すらもできずに、出来合の今に措置され、自らを見失い続ける。

2016年1月7日木曜日

ただ、愛である何か。

自己中心的な言葉が、陥る隙を与える。認可すべきは要する事に関する事で、抑圧を繰り返すだけの反復の襞に包まれ、追憶に孤独を巻き込み、亡骸と化する空間に利用されるだけの価値を生み出す軽々しい身体が、物事を虐げる。乱立する情報が、心身を征服し、強迫的に執り行われる義務的で偽善的で独善的なものが迫り、正しさを押しつける限りに、自己とは膠着し、何が本質かをすぐさま見失う。全容に果てては、淘汰される関係に還元される奇跡を絡め取り、悪意だけが、根源をぐらつかせ、健気な思いが倦怠感を織り成し、現在を損ない、相互する意識は、空間的な価値をすなどり、横領を繰り返すだけの人間性に制圧される。制限を用い、誰かを占有し、独占へと移行していく強制から、正解などは、生み出されたままの姿をままならぬ今の独房へと入れ込み、行動をできなくさせる辺りから高揚感は無くなり、因果応報を謳い出す限りに動じる今が邪推を繰り返し、明けない夜を待ち続けている懈怠に有する価値観などを葬るべく、私が励むべき今に爆撃を繰り返し、情報が迎撃を繰り返すから、自らの防空壕、つまりは深層心理にこもり、漠然とうながす犀利なイメージから、新たな本質を生み出す限りに陰らぬ思いが、現在を押し流していく。

破裂するジレンマがはじまりに交わり、新たな宇宙へと膨張していく。こころとは、宇宙よりも広大であり、考えとは、底が無いし、広がる限りの空間を自由に扱う今から、意味は誇張もされず、ただ漠然と広がる限りに敷衍し続け、収容される義務すらも超越した辺りに、国境すら無くなるのが、考え尽くす事にたぎるパトスが宿す事柄に暗闇は無く、君を思い描く限りに映し出される美しさは、何事にも変えられず、またかけがえのないものに値するようなものすら必要も無く、値するという事すら愚かな行為に過ぎず、思議する辺りから莫大な遺産は、この広大な思念にあり、ありかはすぐさま失われるからこそ、儚くて、そこに用いる価値すら不潔に至るから、用いる事に陥るだけの本質を掲げ、今を奪い合うよりも、運命的に飛び跳ねる現在に問いただし続ける限りに間接的にぶつかる真実が、君であるの、だ。

小さな愛は儚さを整容し、ただ達する間柄になまめかしい余韻を残す。引き出す愛は、間を引き延ばし、空間自体から離れ、永遠性に放たれ、その永遠性に空白を与え、そこに入れ込むべきは、愛だけであるのだ、と祈るよりも、飛び交う今に意識は飛翔し続け、つたない思いを高揚させ続けるだけに描く君の笑顔は意味を超越している。その小さな愛によろこびだけが浸透し、深淵になびく思いが緩衝し、互いで反響する愛は、永遠に互いの内心で反響し、興じる間に有する価値すらカタストロフに陥り、その場で死に至るだけに満たない価値に収斂し、収納された価値は、ただ値を引き延ばすだけの事柄に過ぎず、その場で死するだけに至るだけの価値などに、値すら用いぬのが永遠性を運ぶ確かな愛であり、その儚さをないがしろにせずに、その内面性に汎用される事柄すら超越するのが、愛である。

愛とはつまずきと欺瞞を与える。満足を求める限りに陰る本質は、愛を利用し、愛で価値をうながし、現実を硬直させる。些細な出来事が液状化し、その場で敷衍し、普遍的な日常をなどを形成していく限りに融合していく広域に果てる現実は、プリミティブな思いには、その場でホールドさせられ、統合させられるだけに、愛とは、その場で変化を求めず、普遍性に関わるだけに、囲われる現在に愛は損なわれ続ける。ただ用いる愛とは、その場で利用されるだけの価値として順序を用い、差別的に分別し、侮蔑される真実は、ただ損なうだけの愛を愛と呼ぶ。

失うだけに陰る本心に同調していくジレンマがあざとく正解をうながす。成果を用い、扇動するだけの同意を繰り返すだけに葛藤していく愛と悲劇が敷衍し、奔走する意志は、寛容な意味を用いず、陥るだけに至り、希望を持たずに、競い続ける限りに価値をうながす本能的なものから、遺伝子は壊乱し、改造される本質は、ただ接続されるだけの苦悩に汎用される痛みを媒介し続け、システム的なものに乗じる事に置かれる自己とは、用いられる愛にすら触れられずに、苦しみ悶えるだけに至る。たちまちの痛みは、今に些細な闘争を与え、ただ争う事で生まれる愛も愛である、と教え込んだ辺りから、教育的なものに荒廃していくのが、人間たるものである。

この愛である何かに混同していく愛である何もかもが高揚し、今を超越していく。寂しい夜を巻き込み、君が愛するすべてが、この世界を形成する。形あるものは終わりを告げるが、その場に残るものは、永遠性を保ち、恒久的に変化するが、その永遠性だけが、本質を伝える。形ある何かに思いが補完され、交換される些細な命は小さな愛につまずき、世界をごまかし、完全性を求めるだけに止めどなく形成されるだけの愛に用いられる形こそが、姑息な価値を用い、愛を濁すものなのである。

透徹していく意識は、自然を謳わず、思念をごまかさず、その場で果たす意味から今は敷衍し、損なうだけの痛みに介在していく意識を解き放ち、意味合いにほころぶ意識からイメージは、改革や、革命を叫ばずとも、この人間的なものから超越し、超克し続ける先に生まれる物事に固執せずに、ただ解き放たれる限りに陰らぬ思いを縫い付ける今が増長する意識が有頂天にならぬように、落ち着き冷静に孕む現在に損なうだけに陰る本質を見抜く限りに、陰らぬ思いがこみ上げ、今に至る軌跡に果てる余韻に浸り、数々のドラマを今に生み出す流動する愛が地を這い、新たな愛に至り、季節を被り、由縁になびき響く思いを頂上へと運び出し、ドラマチックに交わり、蔓延る悪意に愛有る子供を産み落とす。

要らないものばかりを集める必要が無いのが、愛である。ただ用いる事を羅列に変えずに、今に与える影響が永遠性をたずさえ、そこに際限が無いよろこびを授け、意識をどんどん地殻変動させる。大陸は境界線を消し去り、ただひとつながりになり、ひとつになる間に数字すら不必要であり、ひとつの愛とは、用いる事にあらず、愛とは有するほどに重みが増し、まやかしばかりを与え、場面に派生する意識に革命を用い、戦争を用いる。ただ用いられる戦争は、愛ゆえに戦争をすすめる。つたない愛は、ただ攻撃的に示す辺りから、何かを守るための愛に摩耗し、愛もいつしか憎悪に変わる。ただ関わるほどに憎しみは増え続け、ただ互いを憎しむために隣人とは備わるものだ、と言い出す次第だ。

託す思いは確信を持ち、ただ一直線に愛へと向かう。ただ蔓延る愛は、確認と義務に終えず、互いの愛を認識する限りに革命的な原理をたずさえ、高揚していく。高まる意識は、たちまちに高次へと至り、正す間柄に調和していく意識は、革命を続け、お互いをひとつにし、鬱積する思いを超越し、ただ放たれるままの愛を愛として、愛に定めを生み出し、今に差し違える事もあれど、抗うほどに、愛は強度を増し、何にも打ち破れるほどに互いの愛が高まる事を愛と呼び始める。

自らのミニマリズムにおとずれる孤独さの静謐に揺らぐ本質も醜い争いに興じ、自分自身をすぐさま損なう。そこに用いられる自分自身などは、今に選りすぐるだけの価値に寄り添い、自らを喪失感に追いやるだけの抑鬱に配される間に陥る愛の憂鬱に玉砕していく彼方の悲恋から、数々のジレンマを加速させ、宇宙の始まりの速度よりも速く至る愛の病を敬う誤りから、交換される命は、最大限の愛を引き出し、あらゆる方向に愛する気持ちを叫び続ける。私は、ただ愛である何かだ、と。君も叫べ、私は、愛である何かだ、と。

2016年1月6日水曜日

ハードコアな感触

晴れ渡る理由に澄み渡るビートニクを溌剌と放つ認識から、愛は深まる限りに、互いを恨み出す。どこにいても不自由で、不満ばかりを投げかけるのが、この狭い国でのはなしであり、猥雑な思いが飛び交い、機械的な価値が、汚い金をすなどるの、だとかコミュニストぶった言葉より、仏陀みたいに絶え間無く優雅に、老子みたいに悠長に悠久と休む。フューチャーに詰まる憂鬱を見つけずに、不安視するだけの恐怖を敷衍させるよりも、ただ自由に己を広げる。つんざく冬が初心な背中を押す。迫る鬱をクラッシュして巻いて吸うハードコアな輩が芝居を続ける健気な動機が、メルヘンチックに踊り、チクチク突き刺すような夜がきらびやかに瞬き、猥雑な思いのワルツを踊り、感動的な出会いが、こころのドアーをこじ開ける。開け広げた理由が、やがて孤独な心で疎外し、破裂するジレンマが偏る故の思想に拘束され、優越感に浸る時事的なものが支配するキャピタリズムにも、リリカルなものは必要なのだ、と促す詩人や、韻ふむ不眠的にリズミカルな奴らが動機を放つ由縁に傲慢さや、傲岸不遜な理由が、不足していく思いに拘束され、足かせを自らはめ込み、果たす間にも、不安定な夜に吹雪く思いに凍りつく。迎合する理由を即座に旋回させ、悠然と対比する合間に、モノクロに弄る思いが、神を倦怠感に包み、薄っぺらい価値を歌い出す天使も、星の綺麗さに気がつかない。美しいものは、いつ見ても、美しく、私を見つめる目は、何かを見つけ、儚さを形容していく。いつも、いつまでも見ていたいのだ。もう忘れる事が、無いように。もう、妨げるものも、無いのだ、と。


放たれた意思は、依然として純粋なものを捉える。愛するが故に、失う自信が迫る。求めるが故に、離れるものばかりが、今に滾る。美しいほどの優しさにこそ、惚れる。自堕落な天気に支配される片隅に追いやられた価値は、語源を引き出し、生命を弛ませ、有害な亀裂を施す原野で即座に壊乱する原始的な悩みごとが放置する悪趣味なバランスに現代的な摩擦を施し、隷属するだけの収斂から、代償として価値を屠るだけに葬る数多の痛みに細分化していく試みに完成されない悲しみにゆだねる君の意味すらもほとばしる永遠に拘束され、固執するだけに修繕されない思いに深層は乖離し、理解するよりも、理性を持ち、ただ溌剌と張り替えられる今に果敢に挑むだけに印象は羽ばたき、井蛙なものを除き、たちまちに巻き込む永遠が幼稚なファシストを濾過し、後悔をかき消し、軽薄な意味にビートを残しながら、なだめる先々に迫る音階が、こころを高揚させ、行為に基づき、配する間に幼稚な意味を蔓延らせるよりも、その場で寂寞に巻き込まれ、毎日に接続される思いが面影を拡散し、退廃的でモノクロな青春に記号を与え、退行していく意識の果てで、受理するはじまりから、交わる彼方で用いる愛だけが、晴れ晴れとしていく妄想的な症状に孤立し、聖衆を聞く孤独で静謐な夜に不可思議にねじ曲がる信念も、深淵で怪物と闘争し、想念に果てる一瞬にこそ永遠は宿るものであるし、やがて渇望する今に捉える君も、凄艶にとろけ、熱情する果てに求めるだけの軽々しい身体に虐げられるよりも、用いる言葉に邪魔され、ただ与えられるだけに邪推するだけに明け暮れる形に用いられ嵌め込まれる意味にこじれるよりも、相互する意味から、騒然としていく時代的な酔いに締め付けられる軽薄な痛みに蓋然的なものが迫る現用に果てるだけに存在の軽さが示され、使命感をたずさえ、言葉を持たずにあなぐらに隠れる君の群像との対立から、対比されるだけの無名な身体に固執するだけの存在的な重さに瀰漫する形に葬るだけの容易な身体などが、分裂的に迫り、正常さなどを用いるほどに、その場で孤立する悲しみに敷衍する君の不具合に、傀儡と化する悲しみに受理される思いに屠られる苦しみに訓戒を垂れるだけにのさばる思いが判然とせずに指図を繰り返すころに枯渇させるだけに至る精神的な軽薄さに諧謔を用い、贋物の笑顔をデータ化し、加算される原理に有する思いの概観に迫るネガティブを無理矢理に押さえ込むほどに、その場で抑止され倒れ込むだけに至る思いから、応じる答えに生じる君のぬくもりだけが、季節感を称え、ただ名付けられる以前に、この介与する思いに負担に変わるだけの軽薄な身体や、重いこころに迫るニルバーナや、バージンな思いや、老いるだけに乖離した借り物の身体とか、配される間に捕食されるだけの懐疑的な身体に迫る懐疑的なニヒリズムや、幼児退行していく原理的な症候群に行進していくさよならと苦しみの利己的なリフレインから、陰鬱な衝撃をカタストロフに変え、課せる苦しみから、現状維持をもくろむ憂鬱の支配者から、開演していく終わらない映画が、悠遠にとろけ、眠る事こそが、その永遠の縁に触れ、敷衍する眠りから、ぬくもりをたずさえ、そのくるまる永遠から乖離し、理解を含まずに、ただ軸を持たずに、浮遊する眠りの中でのダンスから、耽溺していく夢の彼方で用いる規律が一縷の望を託し、統制される苦しみから解き放たれるまでの奇跡を掲げ、厳正な時に蔓延る確かな愛に這いずり、配備される愛の基礎から、拘束されるだけの苦しみからの解放の鐘を鳴らす我や、猥雑な果てに罵る恒常的に背負う意味からの解除法をうながす愛惜から、寂然たる逃走を続ける孤独こそが、唯一の勝利者であり、そこに創造生を用いる君の孤独にこそ、こしらえられる苦しみを超越し、その場でため込む憂鬱を昇華させるような創造こそが、君を突き上げ、用いられる意味に反し、君が創り出すものだけが、固執しない今に変わる。

2016年1月5日火曜日

偏らぬ愛

火照る意識を爆砕する愛が迫り、センチメンタルでメランコリーな路上に書き起こす思いが記憶をくすぐり、悠遠になびく思いは、自らの影を踏みしめ、何かを愛するということに長じ、興じる思いが強固になり、担う今に蔓延る今に運び出される愛が基礎を生み、凄絶な孤独に接続される愛は毒にもなるし、今に息吹く糧にもなるし、価値をうながし、今に拘束されるだけに至り、膠着する意識は、愛ゆえに悩む事から貧する形に価値を生み出そうともがき出す。果てる今につぶやく愛に固執するほどに補填される思いは、環境的なものを社会的にうながすだけに生み出される運命に派生する様々な理由がまざまざと見せつける意味に帰巣するよりも、自由に飛び立ち、安易に仲立ちする限りに陰らぬ愛も、ぬけぬけと己の価値をうながすほどに、互いの愛は距離を用い、離れ離れになりながら、担う価値に加点させるだけの理由に長じるだけの由縁がカタストロフを用い、悲恋に貧する感覚から、構築される原理に妨げられ、些細な事でこころはもげる。  

人類のラストシーンをスローで見ている。物事の終わりは意外とゆっくりで、弾け瞬時に終わるかのように見えるが、凝視すれば、物事は、見ようとする隙間から終わりは弾け、その場ではじまりを巻き込みながら、瞬時に消え去り、すべての意味を破壊し尽くす。終わりはとろけ、熱情し孕む明日へとさすらい、単調な日々を乗り越え、固執する要因から放たれ、絶えず入り交じる思いに収容される限りに陰る今に別れを告げる。

悶々とする刹那にからまる愚弄から、生じる愛に弾け、時系列を打ち砕き、時間を超越し、空間を引き裂き、身勝手に動く事に宇宙すらも超越し、今の住まいすら破壊し、君の下に行く。息づかいひとつで、行き違う意思も、些細な事で間隔を用い、闘争に陥り、ただ恨むだけに愛は陥る。契約されるだけの愛が苦悩を誘う。君の原理に延延となびく遠因が、永遠性を用い、陰鬱な衝動をたずさえ、症状を濾過し、恒久的な偽装を施すだけの暗闇を飛び越え、横暴な世界に混濁するよりも、自らの魂胆すらもかき消し、静謐な愛へと急ぎ、命尽きる合間にも、創るものが生まれ、その場ですかさず残される者に悲しみすらも引き取らせずに、昇華するに至らせるようなものが愛を呼び覚まし、滅ぼす間にも、曖昧な愛は息づき、引き延ばされる空間に永遠を接続させる。淵源に果てる儚さからかなえる思いをたずさえ、永遠に距離を伸ばす間に悲観せずに、ただ空疎なものだからこそ、そこに創造を生み出す。奏でる思いが流星群に変わり、君の下に意味を降り注ぐ。形有るものの終わりから受け取るものが、獣化し、獣たちが支配する世界から抜け出すべきコードをここに残す。拾い上げる思いが、広い愛を用い、何事をも支配しないように示す辺りから、権力も生まれるから注意せよ、とうながす箴言を運河に捨て去り、流れる箴言を河岸で拾うものが、偏る考えを用い、誤りを起こさぬように、とうながす事に置かれる人間的なものとは、我々が隠滅するか、はたまた我々を飛び越え、超人へと至るかしか方法論は残されておらず、この場で折り返す物事も、おのおのが執着するものが、粘着し、膠着するだけに至らせる。人間とは、その場に残りたがるものである。残り、互いを恨み始める事から、身近な戦争は、大きな戦争へと発端し、あらゆるものを破壊し尽くすだけに意識を向けるそこには、愛は無いのだ。

愛とは待つものなのか、と伝える風も、いつかの恋情を引き連れ、引きつける思いに、永遠性を含ませ、弛まぬように膨張させる真実に察する間を超克するような惰性な愛を引き取り、貧寒な位置に意味を引き出すだけの悲哀に満ちた状態に印象はとろけ、熱情する間に時系列から跳躍し、迎合されるだけの本質などに別れを告げ、自ら生み出す限りに陰らぬ愛こそが、この間に愛などを入れ込み、いたわる間にヒットする感情が傲慢さを解きほぐし、抱擁を繰り返し緩和し、柔らかい感性でねじ伏せる間に愛は増加し、加算される原理に反し、ただ渇望するままに増え続ける思いが一過性の出来事や、一貫した思いを解き放ち、蔓延る間に増加する思いがひたすら昇華し、正常さなどを打ち砕き、達する思いが現実だけを捉え、そこに現れる意味だけを愛する事から、仮想を蹴散らし、ただ今に達する思いをぶつけ、緩衝する互いが相乗効果になり、何も求めずとも、止めどなくあふれるものを互いにぶつける事が反響し、愛とは、持つものでも、用いるものでも無く、ただその場で触れる事により、反響する愛が高揚し、すべてを超越する。これこそが愛だと言えるものも無く、その場で触れるほどに触れられずすれ違い、確かな愛すらも冷めた瞬間にすぐさま忘れ去れるからこそ、儚く美しくどちらかのこころには、確かなイメージだけが切なさの尾を引く。

2016年1月4日月曜日

笑う結末

わたしのはなしをする、というのは、すごく難しく、認識するわたしとは、すごく曖昧であり、今をつかもうともがいても、なかなかつかめぬものであるとか、めとぬというひらがなとは、すごく似通っているのだな、と脱線し、錯綜する脳内では、自らを認識しようという今に至る事にすら逃げ惑う。

用いられる証言も不必要で、彼方まで届く思いも、おめあての笑顔に変わり、思いが世界に瀰漫し、自らの不満足を謳うよりも、促すべきは、自らの自由にも無くて、ただ純粋にやり通すあたりが永遠に結ばれ、制限を持たぬから愛であり、挨拶代わりに移住する愛が混ざり合い、森羅万象に放たれる意志が、自由すらも超越し、入れ込む思いは、単一な愛に弾け、時系列も飛び越え、空間すらも凌駕し、優雅に食う寝るを愛し、用いられる価値よりも、凛々しく行く限りに覚醒し、認識する思いが自身を用い、もつれる後から記念を残すよりも、疑念を払い、自らの永遠性に至り、いたわる身体を解き放ち、稼働する思いが籠城されては、解き放たれる日を待ちわびている。

悲観せずに促す過程に結ばれユニゾンする由縁が高まり、たちまちに交わり放たれる言葉が意味を拘束されては、様々な動機に行方をくらます。隠された意味をとがめるよりも、とめど無く溢れる意思は、最愛の日々に結ばれる。

言い訳ばかりがつきまとう。誰かの言葉ばかりが、今に危なさを運ぶ、徘徊する意思は、価値を求め、離れ離れになりながら、担うべき意味に意志を捧げ、自らのフォースが膨らみ、はじまりを孕み、はじまりを生み出すまでに成長するあたりから、自らが聖地になり、そこで囲う神を作り出しては、自らに誤解に招き入れ、自らを騙すだけの信仰だけが熱情し、自らの正しさを見失う。自らが作り出した虚飾が自らを飾り立て、建前で奉る今に注がれる情報などにそそのかされる。

迎合されるだけの思いが弛み、自らのぬかるみに嵌り、判断を誤り、相変わらずな日々に従属するよりも、やがて来るものに反発し、続ける意志だけが、本能を打ち砕き、世界を超克し、世界を救うよりも、世界を変えるよりも大切なのは、何事をも軽々と飛び越え、見落としいくものを拾い上げ、革新へと急ぐよりも、その革新により、何を失うのか、と迷うよりも、今を厳選し、今に膠着するよりも、意味を飛び越え、恒久的な交通を続け、ぶつかり合う衝動が、広域に走り回り、煩わしい思いを虐げ、様々な思惑を飛び越え、自らの永遠を高潔にまとめ、毎日に疎外されずに最たる意味を超越し、勇躍する思いは、今を掻き立て、自らの世界を正しく認識さ、自らの世界を世界として捉える。

創造性をたずさえる笑顔だけが、本当の笑顔であり、バランスを良くするように示す事に値を与えず、たゆまずに結ぶ由縁がこぼれ落ちる。過ぎ去る行方が難しさに誘引され、自分優位に示すよりも、朦朧としていく意識が旋回がぐらつきながら、群像にとろけ、捏造される思いが凍結し、やがて自らに結ばれ、罵倒を重ねては、自分から走り抜け、導かれる時折を俯瞰的な暴力で責め立て、セメタリーへと追い立てる群像に置かれる今から分裂しては、最たる理由に暴挙を重ねては、短絡的なものに関わり、軽々しい自己を蔑み、憂鬱に歪む。

わたしとは、いかんせん、形あるようで平たくも浅い。つかみどころもないし、しどろもどろなままにすがろう、としても、短絡的なものの、物陰に隠れるわたしは、隠遁し続け、つたない思いを重たく引き締める。いつかつかむ穏やかさにゆだねる思いが反響し、優しく揺らぐだけに可決し、疎外されずに、永遠性に至る。

階級闘争を用いずに嘘に反し、猥雑な世界を超越し、聡明な時に達する。こうした硬質な思いは、世界を突き抜け、ただ貫く意志だけが、自らの永遠性に気付き、育ち放つ。何もかも空っぽだから、ハッピーさ、と激震を携える進化論から、浪費された価値へと移行する間から、俯瞰は奪われた。

書き連ねる意志は、時間を傍観し、自らを超越しては、様々なものから跳躍する。どこに何を求め何を射止め、蠢くのだろう?よく耳をすませ。聞こえるか?自分が振りかざすものが?自らが促す恐怖に誘導されるだけにすぎない叫び声が。

抑圧された欲は、昇華を目指し、逸脱する。やがてもつれた欲は、言い訳がましく関わり自ら潰れる。

私は、ただ私であるべく、反するのだ、と。政治性なら豚でも食わない。ただ純然たる闘争なら誰でも食らい、新たな政治性を生み出す堂々巡りに至る。

引き出すのは、読む事にあらず、引き取り、伝える事にある。吐き出される言葉は加速する。時代に言葉は残さず、肯定し続ける思いが余韻が正確な答えを伝える。

妄りな理由が火口を作り上げる。いつか噴火する理由をくすぶらせながら、健気に活動する地底のマグマが、何かのきっかけで噴火するまでの軌跡を捉え、傍観する思念に受理する怒りを涅槃に突きつける。けたたましくうなる原理に束縛される虚栄から、盗まれた記憶に餌付けし、疼く身体を葬り、ただ他者を介した怒りや、理解などで濁す答えが感覚を損ない、裁かれるだけの他人の身体を仰ぐだけに至る。

神などいないのだ。よって誰にも罪は無く、誰をも束縛せず、誰をも裁くことがあってはならぬの、だ。

衝撃

楽しみ見つかる、と些細な事でも面白くなるね、と輝く笑顔で涅槃を見つめる君の豪壮に達するまでの距離に値など要らず、ただ用いられる言葉に苛立つ暇すらも無いから、瀰漫するままに宿す思いを旋回し、彼方までなびき、思いに旋回しては、様様な思惑を排除し、試練に重なり当てこする意味を除外し、最たる意味にぶつかる理由も、仄かな災いを託すだけに至らせる恨み辛みを用い、今に意味を旋回させ、理由を奪うだけに至らせる状態から共感などを得るために追いすがるだけで、何事をも捕まえられずに、今に束縛され、放蕩を繰り返すだけに至らせるような思いから散々な動機は、冷酷な支配を受け入れ傾倒し、殺伐と主体を掲げ、課せる思いから嬲られるだけの今に荒ぶるたましいは、実体を用いずに、ただ空間をさまよい、入れ込むべき存在を探し、主体性が慟哭する卑下や悲劇に攪拌され、宿る意味などをなぞるだけに、内面的な配備を終え、嗚咽を重ね、印象に溶け合う季節的なものに粉砕される。

物事の流れに諦めをほどこす厭世主義の流れに反し、自らが跳躍し続ける事により、物事の潮流にすら乗らず、自ら織り成す物語により、すべてから逸脱する。それが、進化である。弱き者は、使われてはいけない。弱き者は守る者である。

ことごとくは、永久にぶつかり結ばれるのだ、と愛は騙る。欺瞞をたずさえた愛はエゴを加速させ、互いを奪うためにためらわず嘘を結う。失うばかりの愛などを用いなぞる形式に、形跡すらも残さずに、物事の濃淡さに炸裂する甚大な被害に緩衝する思いが乱反射し、曙光を浴び、最愛の日々をなじるだけにゆだねる軽薄な存在から、ぞんざいな意味に達する思いが掌握するだけに逸する動機に鮮明な過去から形を奪うだけの道理に嵌まり込むだけの窮屈さから抜けだそう、と反発する辺りから争いに転じる戦争へと流転し、静謐さを喪失し、相互交換すべき今に拘留され、荒涼たる由縁に加工されるだけの意味にカタストロフを与える。

締結される物事は、欠乏していく思いに反照する明かりをはねのけ、堅持する思いに牛歩しては、最たる思いを其処にとどまらせ、瀰漫する不満足に芋づる式に引っ張られ、引き合いに出される問題に抵抗せずに、刻々と迫る恐怖に反し、関する間に情念を授け、預かる気持ちにかすむ余韻から、因果が消え入り、本質は、ただ浮遊する空間へと許容範囲を求められ、その範囲の中にとどまるだけの思いが不満を用い、数々のジレンマを引き出すだけに明け暮れる事に膠着する精神は、物事の本質を損ない、捕食される者として、あきらめ定める事に哀感を授け、ただ傍観する屍として、場面を徘徊する。

ただ達する思いに居場所などは要らず、ただ老いぼれるだけに横暴な倒錯を含ませ、複製される世界に鮮明な意味なども凍結し、憧憬するだけにまとう意味から、惑わされるだけに至り、いぶかるだけに意味に些細な動機を打ち付け、培う意味から今が肥満化し、渇する思いに配備される間から異物感を長じる思いは憂鬱へと閉じ込める。その憂鬱の苦悶へとスケープゴートしていく君自体の世界の足かせを外すべく、ベクトルは進化すべき理に生じる神話を超越し、愛へと誘うほどにほどけぬ恨むへと施されていく今に欺瞞をたずさえるだけに演技的に支配される思いに横暴さをつなげ、つたない思いに繁殖する苦しみだけを媒介する辺りを蹴散らし、見解を深める辺りから、明晰な判断は生まれ、判然と生まれる間に韜晦する思いが隠遁を重ね、織り込まれる恐怖にこそ、孤独を研ぎ澄まし、その恐れをも自らのものにし、物物しい雰囲気が落伍を騙る間に君を奪おう、と攻め入る嘔吐から、応用とされるものを盗用するような者が、あたかも綺麗なもののように謳うようなものを見抜くような醜さを手に入れ、諦観するだけに至るだけの自己を改ざんしていく。

離れる隙間に自然性すらも無く、ただ放置されるのが、この存在たる軽さである。あたかもその場で硬直するかのように、存在とは、その場でもたつき、深みにはまる足は抜けずに、追い抜かれる恐怖に扇動され、焦燥感にかき乱される精神は、その場でばたつくほどに抜けられずに、その場で横着を繰り返し、押しつけられる言葉に繁殖するだけの苦しみを媒体させる境遇や社会などを恨むだけのルサンチマンを媒介させ、履き込まれた意味がことごとくを奪うためだけに占領を繰り返し、苦しみを謳うだけに運命に徒労し、浪々とうながす言葉だけに運命は過ぎ去り、重ねる思いは、かさばるだけに至り、いつかは邪魔なもののように感じ、誰かがうながす事だけを入れ込む軽い身体こそが、他者を介した私であるだなど、とうながすだけに自分とは喪失する。

2016年1月3日日曜日

翻すひととき

戦争を持ち込むバンダリストがうようよし、紆余曲折し、右往左往する思想が、混濁へと誘う。本来の自分とは、何にも左右されず、何事をも受け入れず、自らの意志だけで意味を見出す事だ。だが、その見出した正しさこそを怪しむべきである。北風に吹かれ、宿す真理。ただ冬に面影を隠す君の理こそ、真理。誰も正しくなく、自分こそが正しいとしたら、どうだろう?不安か?また誰かの意思に従うか?私は、私しにすら従わず、すべてを怪しみ、もう一度考え直し、新たな意味からも跳躍する事に、超越とは、産まれる。真理をも飛び越えるとは、こういう考えにある。真理とは単に、誰かが生み出し、何もかもをなぎ倒し、確かな意味すらそこから奪い去ったものに満たない。意識を開墾する。部位に入り込む意識が、革命的に分散していく。はじまりは、愉快に浸透する宇宙と真理との対立が進み、交わるべき正しさも分裂し、有意義な瞬間に持論を巻き込み、転換される理由を、癇癪に変え、監視下に置かれる魂は、静謐に収まり、優雅に揺れる。攪拌される浄土は、勝手気ままに思いを産道まで押し上げ、新たな子を産み落とすまでのフォースを与える。用いる価値を流浪し、あらゆる悲劇を疎外し、新たな試みを用い、分裂的にさえずる消費的な観念を量産型を作り出し、批難する間に悲劇は加速し、恨み辛みを今に敷衍し、普遍的な問題に加速する状態に譲与される意味を旋回させ、展開する今が束縛される果てに疎外され、魂胆を突き抜けては、いぶかる思いに簡素な理由を作り出し、償いを求めるだけに世界をでっち上げるだけにデカダンなものが支配する芝居から、加工される品位に加速し、耽溺するだけの者どもの支配から気配は監獄へと入れられ、展開を拘束するだけにゆだねるべき間も、曖昧な愛に支配され、神話の中に引き込まれ、安易な支配は、からまる現在に意図を残し、痕跡すらもかき消し、さすらう現在に移行していく不自然な戸惑いから、均等な位置などは、意味をこじらせるだけに世界の苦悩へと引き込まれ、自らのペシミズムに左右されるだけに展開する思想などに、価値観などの家畜として、指定される義務を果たすだけに、人間的なものに囚われ、自らの自由をジュエリーに変え、それを身につけ着飾るほどに、危機的な領域に住まいを求め、そこに定住するだけに思想とは、今に拘泥させ、膠着させ、世界自体を奪うために席巻する悪魔的な自己から、曖昧な今の獣どもから逃げ惑うだけのジレンマから、トラウマにより、硬直する現時点に交錯する痛みから、今が曖昧に成り代わり、君を奪うだけに駆除される現在に貧するだけの価値の家畜として、韜晦していく苦悩が、思いをかっさらい、渇望するだけに至らせるような由縁に誘引されるだけに査定されるだけの人生へと移行していくほどに施される思いは、普遍的なものに扇動され、コマーシャリズムに支配され、独占されるだけの形に過去を移し替え、強制されるだけの今に意味を引きずり、慈愛に導かれず、ただ憎悪に席巻されるだけに悪意を加速させ、隔意を用い、孤立しては、自分の内にこもる君の苦しみのベクトルを旋回する意味から耽溺する悲しみに移動していく思いに反し、関する今に前衛的に逍遙する現在を加速し、束縛されずに放つ意味から今がなれ合いに捕まるよりも、自由にたゆたう余韻に走り去る思いは、速さや大きさを用いず、少なく動き、ゆっくり進むだけに、ほどける景色が、形式を超越し、今に栄進し、真摯に向き合うほどに施される意味に支配されず、今に自由を用いずとも、ほとんどの意味に関わり、囲われるよりも、閉じこもるよりも、押し上げ、引き上げるほどに、昇華する事に置かれる孤独に震えず、その孤独すらも創造的に変えるような昇華から、逍遙する私は、運命を超越し、延延と演繹しては、加速する思いに加工される以前にナンバリングされようが、何事にも関さず、我は、我で居たいのだ、と監視下に置かれようが、我関さず、反する事に置かれる問題に引き込まれるよりも、そのままで何ができるかを思う事に関する間に反する限りに案ずる思いが、今を超越し、様様な思惑から放たれ、弛まずに描く事に真実は跳躍し、やがて渇望する現在に呈する思いも勇躍し、その超越し続ける思いがつたない記憶を損ないながらも、思い出さず、状態に膠着するだけの思い出すらもこの場で引き離し、発散される現在に有する過去すら枯渇するだけの状態にこじつける言葉に関与せずに、放たれるままに優雅に揺れ動く事の美麗さだけが、物事に関する合間に移動を続け、フラクタルに揺らぐ互いに緩衝し、同一化するよりも、憧憬するよりも、するりと逃げ惑う互いが反響し、混ざり合う音を聞き、確かな今に揺らぐ。ただ揺らぐとは、今にはじまり交わる事においてけぼりをくらっても、暗く歪まず、君が描く事だけが成合を深め、今に合成されず、高揚し、交互しては、蔓延る意味を飛び越え、その永遠に角度を持ち込まず、満たされずとも、今に放たれる軌跡だけが、形跡に結ばれず、ただ用いられる形に反し、君自体に共鳴する事だけが、物事の本質を見極めるの、だ。

2016年1月2日土曜日

貧寒なもの

余りあるものを氾濫させ、物陰に腰掛けては、軽蔑し続ける先先に定理を生み出し、感応するすべてに自堕落な思いを重ね、計画的なものが前衛的にからまり、貧寒な時代に迫る窮屈な思いも、惜別を重ね、愚弄に至り、陰鬱な衝動に注がれる可憐さに浄土は燃やされている。変声期をたずさえ、永遠の獅子として背く限りに諦観は感染せず、普遍的なゲームに参加せずに、参画するだけにただれる思いに照合されるだけの痛みに震えるだけの冬景色に軽視する理由や、煩わしい動機が虐げる間に心象は凍り付き、喪心し続ける感傷的な内面での議論を終え、横溢する言葉に反し、関する間に感謝なども無く、ただ用いられる事柄に延延と反し続ける辺りに期待感だけが、希望と共に永久を壊し、恒久的な束縛から放たれ、時は金を生まず、時を思うと欺瞞が生まれ、不満足を歌い、融解していく状態に回答などを用い、答えを窃盗するだけに先天的な苦悩を設置し、暗鬱な商売へと移行していく本質などに濁される限りに真実とは、用いられる言葉に邪魔され、用いられる苦しみに回答を求めるだけに元元の観念を奪われ、感性を消費し、輝くべき今に状態を膠着させ、行動を束縛し、騒然としていく意識は、白々しくまとう値に暗澹とした意識に殺到していき形式に察知すべき本質も、真実をうやむやにし、求められるだけに鍵を無くし、恋するほどに理由を無くし、ただ白紙の状態に書き付ける思いを嗅ぎつけ、ただ悲惨な状態に編み込まれる理由があべこべに交錯し、心ない言葉をこぼす場面から、鎮火しない業火を内面に宿し、静謐さを燃やし尽くす間から憎悪はひたすら科学的根拠を消し去り、些細な事を神秘で染め、真理をうながす間に息吹く関係だけが、真理すらも超越し、何事も、何をも考えぬ間に超自然的か、はたまた宇宙の進路に逆算される正義などを発散し、それをハッキングする間柄に鋭角な病理が迫り、晴天を突き抜けるような粘ついた愛がエンディングを誘い、最たる愛も、苛むだけに至り、いぶかるこころは、横溢するオントロジーを腐敗させるようなイデオロギーが心象をいたずらに消費し、折檻し続ける間に用いられる厳正された言葉も攪拌され、廃棄にされるだけに至る思いが明け暮れる暗鬱さに商売的な毒素を吐き出し、破壊的に受理される間に消耗していく本質も、ほとんど誰かの言葉を借り、読む文字に膠着しては、書物に反さずに、ただ格納された言葉を武器として、誰かを脅すだけに至るのだ、と語るニーチェとの孤独な対話を終え、読み聞く事を辞め、ただ自ら考える辺りに神すら居なくて、ただ割合に潜む猥雑な過程に貧寒な理由が契合を重ね、傀儡を化する間に消耗していく思いも、ほとんど動機を加算されるだけに誰もが宿す真実も躍動せずに、膠着するだけに退嬰的に至り、怠惰な問題に加速していく状態に捕食されるだけの軽い身体を用い、誰をも受け入れる性的撲殺から、淘汰される身体が穴という穴に真理を埋め込むかのように受け入れる事に置かれる高揚感に悲惨な状態に虚ける闇に縫合される他者を介し、快楽に貧する身体に置かれる自らの軽さに宿すべき革命も、他者を牛耳り、他者を苦しめるだけに酩酊を重ね、自らの変革は、自らの水かさを増すだけに至るような強固な痛みに感覚は損なわれ、内向的な廃墟にたずさえる曖昧なエゴから、枯渇していく同期を施す他者との快楽的な相互関係から、退廃していく互いを結ぶマテリアルとして、リアリズムを喪失し、論争を続ける愚鈍な内心に破裂する言葉が氾濫し、攪拌される身体は、配される間に排斥される言葉を化膿させ、懐古をたずさえ、回答を求めるだけに快諾すべき愛も、対価を求め、互いの情報に麻痺し、能動的な死へと偏執していく思想と、生じる由縁にほどけぬ思いを確執に変え、ただ軽い身体は、通わす部位を憎悪し、排斥される間にほしがるだけの構造に陥る事を愛や契約済みの恋だのに押しつける思いも、ただ貧寒な自己を逍遙させる事への恐怖に震え、俯瞰に迫る感覚に軟弱な思いを措置し、葬られる後先に宛先を用い、自らの惰性さに整容される事柄すら延延と冤罪を重ね、状態に強固な思いを用いずに、相似するだけの思いが唾棄する瞬間に生じる思いも、横暴な支配に打ち付けられた生け贄として磔にされる自己をこころの中で傍観し、処刑を見ては、それを快楽に思うような衆愚との至福を重ねるだけに自らとは、投影される物事から最も離れ、反する間に用いられる事柄に往復する状態に複製される真実に濁される感覚に生じて行く痛みが瀰漫し、快活な動機を喪失し、ただ遊蕩な事実に世界性を奪われ、平和を祈るほどに、卑賤な価値を生み出し、起算されるだけの価値にカタストロフを用い、ロストする真実に応じるだけの金だけが、幸せにするらしい。

2016年1月1日金曜日

震源地

瞬く間もあたたかく、御身を包み、こしらえる意味に捕らえられるよりも、容易に飛び越え、安易な考えを蹴散らし、闇雲に進む限りに切望する今が、意味を携え、安直な意味を解き放ち、君に至る原理に翳らぬ思いを与える。

自らに悲惨さを迎え入れ、暴力へと変換していくキャピタリズムに反し、ただ社会と名乗る以前の原始的なものに至り、屈従するに至る名前や記号を超越する。たゆまず生き、和むままに形はいらず、ままならぬままに至る世界をも飛び越える。居座る価値は、様々な思惑を携え、煩わしく物事を支配する。思い患う影に腰掛け、安直な思いを愚行に引きずらせる。たどたどしく思う事が機能を奪い、悠然とした思いを虐げる。従うほどに自由は加速し、敷衍し続ける思いが、広域にわたって透過し、解答を待たずに、自らを昇華させる。幸せとは、誰かに諭され歌うものではないし、用いられるものに、むやみやたらに支配されるわけにはいかぬ。

貸与する感覚がするりと抜け、安易な考えに締め出され、示す事に置かれる原因から放たれ、離れ合う思いが、引き合おう、と仰ぐ間にも、情念はもつれ、用いる状態に至る悲劇に悲観するよりも、遺憾なく発揮する間に、愛をこぼすよりも、与太話を繰り返し、無駄骨を折るよりも、短絡的なオーガズムを求め、耽溺するよりも、美しいものに触れ、創造性を育てる。

読むことを辞め、感じることを思い出すべく、街に降り立った。数年の孤独は、枢要な事実を吸い上げ、以前よりも鋼鉄な意志に変わり、肯定し続け、自らの意志の赴くままを聳立させる。

確執を携える互いの用いる距離に深まる溝に嵌まり込み、ただ見せつけられるだけの互いの状態に譲歩するほどに、互いを羨み、いつしかの思いも、憎悪に変わる。

模倣する事にも終わりを告げる。用いられる創造にこそ反し、自ら考える辺りに、身近なものは生まれ、確かな創造を自らに宿す。その静謐な創造にこそ、価値を変えるものも存在する。

利用されずに、ただ自らを突き上げるような出来事でひるがえす。