2015年3月3日火曜日
残存する位置から懸け離れる心
羽の生えた猫や、かばんを持った犬がノアの方舟を目指し、大敗した空に掲げるモチーフや、モジュールなどに促す連立方程式や、計算的な演技に回る円周率は、超然とした自らの尾を食うような破壊的な散歩道にたずさわり、触れ合う程に壊れ合うのが人間的だね、とそばかすだらけの夜空に余罪も、財布に隠しては、集団疎開していく世界から補完されるだけの遺伝子的な改ざんに、悲観していく世界から敢行される意志から、伸縮していく心身に濫立していく風景に統括されるだけの光景に悲嘆に暮れるだけのくだらない世すらも、この要するだけの世界に収めるだけの自らが作り出しただけに満たないシナリオを他者に任せるなどは、ままならないから、この状況に要する形や、有する過去などを縫合しては、頓挫する毎日に恬淡にめぐる腐敗した因果に衣替えするシーンから断続する難色ばかりを示すだけの閉めだされた心から、枯渇するこころから徘徊する深夜から再会される動機に満ち足りない思いが、紐解かれる後に引きずるだけの関係に兌換され、感応する先々に縮まる言葉に包まりながら、朦朧と妄想に歪む予言的な朝を目指し、退廃するだけの固陋さに、顰蹙を買うだけに飼い慣らされた犬的な様相で散りばめるメタファーから不安感からただれた他人行儀な朝から境目も持たぬ妻帯者的なモノクロームや高騰するだけの経済に形骸化するだけの心情に侵攻するだけの快楽に需要とされるだけの快楽が信仰に崇高さを持込み、込み入る思いから加配されるだけのかばい合う状態からバイタルや、リバイバルされるシーンや、多目的に浪費され、消費されるだけの資本的な快感が支配するだけの快楽に左右される価値などに本質などは一切無い、とカラスですらも知っている。
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