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2015年2月17日火曜日

今にも伝う衝動的な何か

正しいことをやる、というのは、何も求めずに行うこと、だ。 このままでいいとは、どのままでいいのか、と諭す合間に捨て去る断捨離とか、うるさい、とつぶやく鳥は、何も考えずに、青い春は季節を貫通させては、世界に張り裂けながら、ムーブメントとか、赤裸々とか、黒とか飽き飽きだ、とうなだれた季節に改革や、革命すら要らず、ただ支配とかむしゃくしゃした感性をムシャムシャ貪りながら、交わる先々に惑星に結ばれる前衛的な身体に気配をまとわせ、統合される先々に投獄される精神の抑圧に耐えきれずに、張り裂ける若気の至りが街中で騒いでるし、やがて世界は用いるだけに自壊する仕組みである、と自然は促し、ただたそがれる連綿たるガイダンスが支配する動機に記入される記憶を逆撫でしながら、何もかもを失うメカニズムに自ら飲まれていく奴らばかだ、と衆愚に恨みつらみを吐くより、このミステリーに吐き捨てられることごとくの陰で緻密に計算される慧眼で見つめる先に見つける感性が、創造性に変わり、想定される理解や計画や、偶然などを打ち倒し、必然的に行う行為から、永遠性を飛び越え、手引きされずに、自らが、自らを導く限りに言葉は影を用い、潜む事柄の裏から、真実を見つけ出し、ただ伝える限りに歌い尽くし、次々と迫る今にも継続する思念が毎分毎秒進化し、ステレオタイプな輩を打ち砕き、ただ達する以上に突き抜ける昇華を誰彼構わずに捧げる。 創造的なものが瞬間をまとい、持続していく。 逆算される過去が逆上し、あらゆる試練をまとい、シンフォニーを吐き出し、不確かな心音を奏で、サナギのままで、試練そのものを飛び越えていくのが、子宮から産まれた僕らの便りであるし、頼りない日々を、たった数十年で歩かなければいけない残酷さや、贖罪を抱え込まされ、ただ背負う今から、意味も無意味も貫通し、緩和せずにまどろみ消え去り、些細な出来事が断続しては、刹那にまどろむ今から弛みながら、長い歴史などは、僕らに関係無く、段階も踏まえずに遠慮なく世界は今や意味に入り込み、侵食することへの苦悩を取り去るべく、世界から孤立する孤独に至るより、世界を認識せずに捉えずに、単独に帰依するあたりに、個人や、自己すら持たず、当てこする今にも蓄積される苦悩を取っ払い、あらゆる原因は、原因を通過するだけでしかない空洞で、どうこう言いながら、いたずらに時に触れるだけにすぎない。

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