ページ

2015年2月10日火曜日

ブーブーうるさいから流布する真理

ただ屈する普遍性や、平等や、価値や、与えられた答えに与えられる肥料的な快楽物質の傀儡と化するような猿マネを繰り返し、猿のように回路的に信号を送られ、快感とともに押すボタンか、ただむさぼるだけの貪婪な豚と化し、ただむさぼる餌の中で、食うことに対して、疑問も持たず、ただむさぼるだけに無差別な抵抗を生み出さず、ただ破棄される現在に排斥されるかの違いに毒素を吐き出すだけの汚い機械と化するかの違いだ、とかとアイロニカルなペシミストであり、ルサンチマンは、硬化する語りの中での詭弁をつかめず、ただその言葉に偏り、暴力に位置づけるだけの怒りを、純粋な理性だ、と判断することから、権力を用い、枯渇する自らに潤いを授けるべく、堅持すべき怒りこそが、崇高であり、裁くものたる自らを神格化し、クリーチャー化しては、仮死化する自らを傀儡に変え、道化では無く、ただ利己的に講じるサディストの独裁者に変わるまでに偏る主義から、選民思想的なものに変革させよう、と用途を持たずに、ただ収める税から抜き取る心情にイコールを組み立て、高潔を求め、ただ刈り取り、食いつくす関係に形骸化しては、悔恨ばかりを溜め込み、用いる善悪から相対する自己を利己的に集約させては、情報に投影させ、淘汰される瞬間に移行していく行為を漁り、統治を繰り返し、淫蕩な自己から踏破していく瞬間に注がれる自由などを謳い、退廃する理念から、倫理観を謳うだけの動機に移行する社会たる囲いは、似非な観念を謳い、動機を持たずに、ただそれを批判し、囲いの中で隠滅させるべく、道理を持たずに、ただ廃止するだけに抵抗を加えず、ただ権力を保つだけに注がれる合理的な法理で滅するだけに至る権利などに、権利は無く、ただ利己的な支配から始まる動機が、この状態を統治することから、奪うことに変化し、自ら抑圧し、欲望に支配されるだけの、この国は、もう終わる前から、朦朧と破綻するよりも、自らの重みに耐えかねずに、圧壊するに至ることを傍観するだけの国民たる愚衆が抑圧した自らの囲いにより、ストレスフルになり、ただ抗う猜疑心が対向する全域に誰も信じず、ただ誰かを裁くだけに自らが解消される、と宣言することから、最もな内戦は静かに筋書きも無く続き、誰もが生き難い社会を形成していることに、気が付きもしない。 ただ開放あれ、と解放せずに、この状態は、解消されもしないのだ、と。

0 件のコメント:

コメントを投稿