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2014年10月21日火曜日

漏洩していく慢性的な半世紀

限りある一瞬に備えられる言葉に、行いは長じて行き、この閉じるだけに備わり兌換される関係に生じては、点滅していく状態に聯立していく数理に果てない私欲が入り交じり、超自我の中で、超利己的な自己を産み出し、終わらない欲望に能動するだけのコイル、と化する自己から、一貫したリビドーが消費されるだけの永久機関と化する辺りから、命は快楽信号を受信すべき身体を、一部の恥部と呼び出す部位から、この昏倒は生まれ、踏破される身体は空虚な背景と化し、離人症的に消費される観念から、関係はエクソダスし、怠惰に流出する永遠から、枯渇する動機は、永遠性を保つ為だけに能動し、その心無い儚さに捉えるべき永劫も、備わるだけの時間に論理を移し、その誇張される動機にだけ、延滞金を支払うような生き方に偏り、果敢に状態を移行するだけに啜る状態に綴るべき衝動も、動向に消費されるだけの行為に純真を捧げ、従順であるべく足枷や、首輪の状態を確かめ、奴隷であるか、服従するかの差異に陥る状態を自らの天秤にかけ、消費される現状に固結していく状態に代行される心因が、憂鬱をせせらぎ、リリカルな結末を求めながら、悶えるノスタルジーに一貫した暗鬱さをアンチ的に消費する成因から、心情は高潔さを失い、裂かれながら、相違する現象の中で、嗚咽と幻想を抱え、拗れる辺りから母体回帰し、共同幻想的な願望を抱え、拗れる欲望に抑制されない状態から倒錯し、乖離していくプロセスすら逸脱し、自らを喪失したら最後、その自らは始まりも最後も持たぬ永劫回帰に化育され、自己同一性を失い、統合されぬ地点などをさ迷う無益な暴君と化する淫らさに、無実さの難しさを倒錯させるだけにむず痒く示される何も感じ無い心から内服すべきカニバリズムなどが、罵声を浴びせ、慢心を誘い、曖昧なマインドに聖地を求め、贋物の神にセンチメンタリズムを当てこするだけに、本質などを求める真実さを俯瞰で見れずに、訝るだけの原動に拗れるだけに、現況に逃避していく観念が盛大な一生に絡まり、一切は不潔さに刃向かうだけの聖人的な関係に消費されるだけの正義に偏り、悪に鎮座する。

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