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2014年10月30日木曜日

永続する時を背負う原理

内積する理由に長じて行くべき自身も、自らから緩和せずに、雑踏に排出される憎悪的な悪意が根底から飢渇した部位に孤立する孤独たる由縁から超脱すべく、自らに神を定めず、自らの周囲に神を用い、何かを支配するだけの権力の構図ばかりが、この闘争に力を用い、端的な暴力に至るだけの欠如に至る。生きるとは、単に飛び越える事である。或いは、超越し、人間から抜け出し、次元や空間を持たずに、単に時間と仲直りするように、時間と共に流れ進む辺りから宥められ、無から関する禍も、段々と関わるごとに緩和し、度々降り注ぐ確かな愛に内蔵されるべき事実を所持するだけのゴーストを背負いながら、昏倒するからこそ、さ迷う意味もありきたりの部分を忘れ、倒錯するだけに、統合すべき場所や、求める同一性などに、性愛などを求めずに、自ら超越する鼓動から、この孤立した洞窟の彼方の呼吸や、昔居た母の母体で聞いた心音こそが、宇宙の始まり、と自らの調和と規律を挟んだ、孕まれた意味に、産み落とされた意味に機密に絡まり、緻密な動機からはみ出しながら、求める意味に意味は無いから、と自らの傀儡の糸を外し、判断は、自らが執り行う状態から幽遠を挟み、浩然と流れる現実に断続していく思念が後続し、根底から流動する意味に良俗などを持たずに、求める倫理に備わる十全さに、差異などは無く、単に思う善悪から差異は生まれ、用いる神により、戦争も生まれるものだ、と物語は鎮座した辺りから挫折感を抱え、かかずらう時に印象を残し、痕跡も残さず交錯し、蝉蛻し続ける辺りから徒然つづく間から、合間に挟まる緩慢さに、革命の強度は極まる訳であるし、淫雨に濡らされ、陰鬱な症状を抱えながら、寡占され、感染していく状態に俯くバビロンの犬たちが、足りない脳で、泣き叫ぶ間からサバイバルしていく状態に資本主義的な等差は、投降される者を撃ち落とし、それを装置的に使い、簡単な脅しを加え、世界に標記される理由などにぞんざいな憎悪をこぼすだけの馬鹿者の獣、つまりはサディズムを抱え、自らを看板に消費させる問題のレイシストたる獣どもが跋扈する隙間から、確かな愛も生まれる。

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