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2014年9月30日火曜日

脱ぎ捨てる証拠

艶然と帰依する自らに補填される理由に利用されては、去り行き、破綻するまでの虚偽を重ね、有する記憶に反しては、揺さぶる気持ちに形成される痛みはコアを持たず、諦め果たすだけの現用に収まり極まるだけに過疎化する田舎や、健全さを失い、気配すらも完全に失い、踏破し、統合されるだけを、健全と呼ぶなら、その健全さは、段階を生まず、飛ばし踏み台にされた痛みや、犠牲も知らぬのなら、誰もが、迷惑を与えかけ、ひたすらねじ曲がるのが、社会と呼ばれる名前だけの異物であるし、世界と呼ぶ事から、独占欲は始まり、誰のものでも無いのに、デリカシーも無く統治し、国家の中で国民と呼ばれる事から、不潔に陥り、不健康に至り、不健全なままで、内面を枯渇させてまで、尽くせるものも作れずに枯れ果てるまでの生産などは、不必要であり、不和ばかりが、世間的に拗れ、定例ばかりが、形式を歪ませ、歯がゆい無知さが生み出す階級制度的学歴の軋轢が生んだ、官僚制たる愚行が生み出す政治に何の正しさも無く、既得権益に長じる金の亡者たる違憲が跋扈する有益さを保つためだけに、守る法律が生まれる事に置かれる正しさなどに、何ら正しさは無く、正しさ、とは、正しい事から抜け出し、正しさを外側から穿ち、何が正しいのか、と示唆する事から、正しさは乖離し、自らの懐疑を抜き取り、善悪に兆しを与え、何が潤うのか、と聞くも最中に雲隠れする思念は、捻出される場面で粛清され、意見自体を失う結論に至り、深まる愛は理解を超脱し、健全な割合で不当な事実を掻き消し、事情を突き抜け、権利を捨て去り、廃れるままの私を受け取り、受け入れる経路に虐使があらわれ、踏み躙るまでの欠如に至らせ、悶悶とする時間に介在するだけの倒錯した主体を脱ぎ捨て、到達するまでの距離に生まれる今を育み、競合していく資本から逃れ、藝術的な一切に進化し、この澱みを突き抜け、かっさらいジャミングするまでの虚偽を貫くだけの表示される価値たる物質を斜めから見下し、軽率な世界に反旗を翻し、簡単なお涙頂戴的なおざなりな風景に不愉快だ、と告げる。

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