2014年7月7日月曜日
介在する世界に与えるエナジー
自由とは思う程に重みに変わり、その溺れる矢先に食い込む痛みが、この要する気持ちを転倒させ、試みる前に転び嵌まる間から、この流出し、疎外される時にはみ出し、そこから充溢した憎悪が、その創造性をふりほどき、配されるだけに済まされる悪意に心を売った事に晴らされる事柄などに、本質や、真実は無い。正義は初めからさ迷うべく、そこに緊縛された玩具のようだね、と錯綜する悪意は隔意に阻まれるよりも、自らを分裂的に愛さないから、超越を知らずに、憎悪する事で始まる主義に実像を重ね、その偏向するだけに備わる思想にも損得を与える。思うべく備わる動物たる人間隔意に備わる限界に還元されるだけの金銭に兌換されるだけの精神にイコールされ吐き出される答えを言葉と呼ぶなら、その情景に達するまでをリリカルに創造できぬものが添うだけの憎悪が構造を生み出す事に置かれる自己が混濁しては、この拘置される状態に軟禁される事に置かれる内部の権力を専横し続ける法治国家に正しさも無ければ、その空間的猶予たる自己を奪う権利を謳う権利にも訪れる権力すら要らないとすれば、この意志はタナトスに奪われ、死の横で、添い寝し、匕首で狩られる頸を抱えたカタストロフィが折り重なり、最もな破局を加えては、この長じる動機の星を破壊に至るまでの破綻に訪れる距離を錯綜する自己が横溢し続ける事に老い耄れていく主義になどに集まる衆愚を織り成し、自らが選んだ政党により、破壊され尽くされる事を傍観する事に憶える喜びだけが、この意識を闊歩する事に置かれる状態を騒ぎ立てる自らを奉るだけに過ぎない動機に至る事を堅持する事に、置かれる自分などに、自己などは無いのだ。その照らす対象が訪れる邂逅をその場その場で与える事に反射する光りで見え隠れするだけに過ぎない影である君や私を囲う事も無く、その場で思う自由を思うよりも、思わぬ矢先に現れる事だけが、この幸せを思う事を超克し、患う事無く、この阻むだけに過ぎない空間を超越し、今を受胎し、直訴を繰り返し、硬直しないように、この内面性に摂理を生み出すよりも、その場で飛び越える今だけに勝ち負けすら無いのだ、と宣言する。
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