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2014年6月11日水曜日

用いる理由を取り払う夜の日記

投影される状態に映し出される存在こそをスクリーンの中に共鳴させ、共存的で、共依存的な存在に潜在する意識を統合させ、それを存在と呼ぶだけの本質に凄絶な意味が繰り広げられ、倦怠感を模索しながら、萎びた記憶の花弁を開かせ、課せる面影に受理される事柄が影になりながら、蝉蛻する意識は色素を持たず、同じ動機に至る物事も持たず、君に至る道筋に静かに納期される状態を捉えながら、この容態に曖昧なマインドを残さず、汲み取る意識に生じる永遠を総括し、交換される様態に、判然とした手記を行い、根底に飢餓している状態の幼子をすくい上げるべく、この精神分析は、形式を持たず、状態を超克すべく能動し、動機を一巡しては、正解を求めずに、行為に至るだけの関連性に状況を移し変え、健全な理由を煎じて飲むような凝滞にレトリックを与え、全景に果てる想いを逡巡させ、契合するだけに堕落しないように、突き上げる想いが主たる意味を掴みながら、統合される長い道に、闡明な記憶に課せる動機などを削ぎ落としながら、全てをおとりにしては、有する気持ちに羨望を授け、動機に徴候を預け、慟哭する絵空事に状況を明け渡すべく創造性を携え、永遠を凌ぎながら、この尾鰭で泳ぎ、労る全てに浪費されないように、内情に破裂するジレンマや、慢性的な微熱を抱えた傾向に退くだけの苦悩を途絶えさせるべく、この生じる現在に抵抗しては、根底に快活な動機を授け、存在に潜在する意識を対等に結びながら、その生じる事柄を完全な三角や、四角の中に捉えず、その空間で補われない事柄を運命の内外で処理するのが、この収まらない存在がはみ出す枠組みへの暴威であるべく、言葉では解決できない想いを、行いである行為に移行させる暴力に至らぬまでの照合を繰り返し、この状態を繰り出すだけの疲憊した世界の限界を悟り、この現在に至るだけに空回りしている疲れから逃れるべく、闘争とは、倒錯しては、逃走するだけに逃げ惑う時に相対しては、大抵の事柄を隆起させ、横溢させる事から精神は苛烈な状態を愛で埋もれさせては、査定されずに性差を飛び越え、精算される状態から抜けだし、求愛に至るだけに備わる刎を広げ、音程を無視し、還元される状況を飛び越えながら、明晰な判断を執り行うべく、募る思いに与える智慧を動機に、動静する状態に与える本質を快活に改竄させ、傾倒する理由に意志を授けず、その預かる身体に、意思を与え、相対する状況に備わる自分対自分たる悠遠さに、肥大する妄想を拗れさせるだけの時系列を捨て去り、断線する状態に絡まる君の存在だけが、その本質を流動させ、この状態に快活な動機を与えるだけの本心すら駆除し、動機に著しく絡まる流動性を定期的に与えながら、捉える艶麗さに、浩然たる状態に与えられる容態は、可決されるだけの答えを通り抜け、慢心を飛び越え、有する形に用いる本質すら脱ぎ捨てる。 感謝、慢性的に愛は開け、綴じる思いに労る言葉を書き残す。御礼。

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