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2014年6月4日水曜日

命より資本が大切にされる世界を蹴散らす夜の日記

出逢った面影に何度も邂逅し、その開墾される感情に植えるべき根を用い、このモチーフされるだけの起源を保つ世界から離れ、内情から放たれる愛に理解を含んだ世界こそが、世界とは呼ばれぬ由縁であるし、その名前に訪れる価値だけが、有する出来事を決めるだけに過ぎない事に、すがるだけなら、その価値や名称などは毎日捨てるべきであるし、暗澹とした世界に含まれる成分などを促し、そこで分裂されるだけに裁断する想いが段々と近付き、地殻変動し、要する気持ちの大陸を繋げ、そこに境界線を用いぬように、逸する形や、その過去から訪れる購いや、切ないなと委ねる矢先に泣いたり晴れたり、その果てまで破棄されては、果てないなと成し遂げた後が語ったり懈怠しながら、その心外を謳うだけの権利を主張するから、そこにまた力が生まれ、誰かが違う権利を主張し、そこに権力が生まれるだけに過ぎない事に弛む事が何か生きているような言い表しを含ませ、それが良いのだとか、嘯く事で固結しては、枯渇する心に言葉はまさぐられ、公平性を奪い、補足されるだけに過ぎない気持ちが過ぎ行き、有する状態を何度も受胎しては、白々しく過ぎ去る後から、君が爽やかに和らいで、炭酸のように感情に泡沫を供えさせ、損なわぬように、整える矢先に長じる時間は、弛緩しながら、一切を敷衍させ、増えるだけに過ぎない事を満ちるとか、足りないだとかを放つまえに、この想いは名前を持たずに即効性を用い、到達する所まで増え続けるだけなのです、と歌う君の傍から離れ無い様子が、私である存在である悠遠さを含んだ雄大さに与えるハーモニーや、シンフォニーや、心音や、落ち着くを孕んだ揺籃の中で言葉を交わし、この静謐の彼方で表現を用い、統合される先々に敷衍し続ける様子を見つめ、統計されずに、その損なわれるまでに訪れるまにまに流される事が力を越える意味を産み出し、見出す今に力まぬように、狭めぬように、阻まぬように、と思う矢先に、この長じる事に訪れる期限などに、起源を用いず、その場の刹那に備わる何かしら、つまりは、時間を持たぬ主体が、その場その場で納期され、その訪れに措置される永遠に処置される事を知る事が、この答えを納期するよりも、帰納する矢先に綴じる思いが、その場で一ページに変わる事に訪れる軋轢に囀る気持ちは、接続され続け、投じられる矢先に、拗れずに、貧寒さを飛び越え、超脱しては、損なわぬように、底知れぬ今に、全てを流し続けている。 感謝、流動する事が、その力を示す前に、訪れる平穏が何たるかを知り、その流れに戸惑わず進む事により、応じる周りからの力こそが、力をその場で用いず、全てを押し流し、その力すらも洗い流す。御礼。

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