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2014年6月6日金曜日

黙って食う者を飛び越える辺りから人間は始まる

言葉を鵜呑みにせず、自らの力で見つけ、身に付ける。アタラクシアに向かい、何事にも動じない生命は、自らの豊かさだけに揺らぐ。誰かの言葉を騙るな、自らの言葉を重ね、嘘に変えるな、と憎しみは途端に増幅し、自らの重みに変わり、全てを重荷に変える。生きるとは、自らに課せられた義務では有らず、課せられたものに、義務など無い。或いは、このセンテンスにギミックが溢れ氾濫し、自らの半径に反乱する国賊や、外国や、軽薄な浪費家や、欺瞞が絶えずのしかかり、血合いに至らせては、毒抜きすべく、その倫理や憎悪や道徳や信仰などなどを押し付けがましく、その喧しい目が形骸化した主体に、険悪化するだけの差別化と分別を含み、誰彼構わず、自らに刃向かう者を排除するシステムを、システムと呼称し、名称付けるだけの教育で、恐怖を義務化させる。その規律に寄せ合う事実だけが、その史実に、真実を兌換させ、間隔に懸隔を生み出し、その距離に健全なものを引き寄せながら、自らの半径に判然とした意味を引き込むだけの、影を生み出し続ける事を、形象化させ、その物質だけを主義思想に変え、操作する事を継続させる事を、生きる事などと、生活などと呼ばせるだけに飼われ続けるだけに過ぎない隷属化した隷従のシステムを正しく、システマチックに抑止し、利用し、偏る普遍性を、あたかも皆が作り上げた、民主的に製造したかのように、生産的なあまりに生産的に実像する憎悪を主体に、枷をはめ込み、枠内に収め、内部には、最もな痛みを、じわじわと与えるのが、国家たる、システムである。憎悪元々は、国家たるシステムが生み出し、戦争に移行するだけのファシストしか生まない。私は、反国家と超人への道を渡り、独立独歩に、のらりくらりと、野良猫のように、短命に彷徨うのだ。はみ出し、自らに進み、誰にも従わず、自らが進み、多種多様に穿たれた穴に入り込み、暴れ出す。私が消えた後の世界はどうなるかは知らないが、私の思想だけが続けば良い。混沌として、淡々としては、この世界は継続的な卑俗さを、今に引き伸ばし、他者だけの世界に変えてしまう遥遠な時を組み込み、果たす世界からは、逸脱する。言葉のアンダンテや、気持ちを組む間から、溶かす魔法が靡く。国家や主義を保つために、暴力を最もな暴力で行使し、抑圧し、鎮圧させる。国家や資本主義を個人に介し、精神分析に至り、個人を保つための、暴力に賛同する、アナルコ・サンディカリスムの産道で同化されては、同期されるデータを個人に書き写し、みだりに至る原理や権化に現れる、乖離したメモリーにずれる理解を持ち込み、来たすイメージをかたす。

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