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2014年6月17日火曜日

共闘する意識の混沌

ウミウシに乗った少年が、梅雨空をかけめぐるような、気持ちで朝ごはんを食べる。朝顔に挨拶を繰り返す更年期の犬や、路上で変革を待つ革命的あまりに革命的な人混みをかばんにつめこみ、典礼な予感や、ジリ貧な昨日、あるいは、虫歯の中で固まるカタルシスや、重責する真理や、真偽や、傍観者などが、漁る月日にロックンロールは、三度死に、四度蘇るから、君が目覚めた空を目玉焼きに変えて、朝焼けを濾して、それをコーヒーにするようなカフェがうるさく募らせ、鬱蒼と茂らせるゲリラ戦の彼方で、占領したであるとか、たしなめる後を、ただ調べるだとかが、加算される状態を化合的に入り混ぜ、融合する恋や、最たる傍観者を乖離させる曖昧さに陰惨な状態や、誘惑する日曜日の枠内に収まる進化論たちが、次から次にと、襲うから、押入れの中で連続するハミングと、ドラマが足枷はめて、世界観を羽化させ、溺愛する真実に陰惨なアイロニーをこぼすから、それを選択すべく、アザラシが洗う、コインランドリーで退屈な午後を蝕み、互換を終え、深々とお辞儀する草花を立体化させては、艶麗な時に囀る記憶も、路肩で眠るから、越したとしてもだ、用いたとしてもな、そんなに持たされたとしても、邪魔になるだけなのだ。唯一者とその所有以上に自らを外部接続し、君をインストールして、自らをアップデートし続けるのが愛であり、相思相愛であり続けては、導かれるままに、互いを求め継続しては、増える一方の愛をインターフェイスとして、あらゆる現象を接続しては、言葉に変え、物語を綴り、確かな愛を描いては、物質化させるよりも、確かな愛を拠り所に、確実性がある今に変貌を遂げ、くたびれた街にぶらりお出かけする不自由さに震える君は、自由がなんたるかも知らずに、泣き崩れ、震えている。光の速さよりも、速く動く僕は、苦悩も知らずに、先々で色彩を咲かせ、時間を超越し、現在を遡っている事に点在するよりも速く、躊躇わずに去り行く模倣すべき世界から逸脱し、自らの性質を時間にからませる以前をくぐり抜け、全容の傀儡と化する前の自分を敷衍させる。

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