2014年6月15日日曜日
物象の中で敷衍する状況
とろける世界が遊びにでかける。色あせる午後が夜にまどろみ、眠そうなあくびを繰り返す。離反する半径を携える君は、なにかずっと迷っているような様子で、僕に飛び込み、一切は有する形に陥る影の如く、衰亡しては、滅亡的な自己や、超自我を時間にまとわりつかせながら、陥落する都会の音が反響しては、様々な記憶が瞬間やゲノムに交わり、至る意味に帰還する事実が万物に帰依し、逸する形から、新たな始まりは、あらゆる終わりに寄り添い交錯しては、自らの痛みに耐え切れず、擦り切れる過去のテープたる記憶を見送り、見納めの今に現れる白昼夢などに揺蕩い消え入り、この傍観する時間や、推察する思惟の中や、あるがままの彼方や、わがままでは無い君のすこしのわがままのありのままさ加減に惚れ惚れしながら、幾許に備わる袂を握り、暗澹とした夜空に嘆きを脱ぎ捨て、裸のままであるとは、恥ずかしい事でも無く、どこにでも居るかのように示す間柄から、この愛は触れ合い、溢れるのだから、この若い身体や、和解した機能や、納期される現実などに機能する合間から、この自己とは、自らを見定め、あらゆる状態に分裂的に処される。夜だし夏だし、静かに夜は更けて行って、現実を経て行く。道端で死んでる仔猫の悲しみは誰にもわからないし、やがて羽毛につつまれ、召される子猫に優しさだけが反響していく。この言葉を辿りながら、路肩が語るタナトスや、形跡を掻き消して行く別れるはずが無い君との経路や、新たに結ばれる回路や、神聖な時に開ける感情と苦悩の両方や待ち続けては、募る思いが、凄絶に入り混じっては、互いを労わり、今に解けては、現在を経て行き、プラトニックな関係や、ぶらぶらする惑星間に備わる距離と愛が肥大し、確実な運命を刻み、解する今に愛を加配し、かばい合う時に与えるリアリズムが確実な成因や、聖域を生み出し、今に伝わる感情に告げる思いが散文化し、あるいは参列に加わり、同じ道筋を緻密に徘徊する統合されない今が愚行を削ぎながら、判然とした感情に逸するだけに等位を砕き、廃絶する時に配備される愛を囲いながら、拘引する状態に引き摺る意識を現在に持ち込まず、動向に位置づける為の今すら用いずに一途に進む。
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