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2014年5月16日金曜日

願いはふざけて鬱ぎ込んだ生命を撃ち抜く夜を辿り書き写す日記に状態を移す

 「この欠けた命はどこまでもはしたない物語を形成する者が騙る合間に曖昧なマインドは聖地を目指し、嘯く土地を翻し、引っ掻き傷を増やしながら、増幅する狂気を内心に埋め込み、暗鬱に生きるか、超誇大妄想的に自己愛に陥り、誰も愛せずに、愛惜に滲むか、はたまた、この領域に境界性などを与えるから、精神依存は増すばかりであり、先ず先行する状態に行為が逡巡し、瞬間の傀儡と化した振動だけで、その快楽を解放させるか、崩壊させるかの差異に埋めるだけの愛が帰任し、帰着すべき全てに愛が廃絶されるのである。とどのつまりは、この人間性の殻に囲われている上での、その殻を保つだけに措置される超法規的な離婚を執り行い、何度も寂寞を辿り、重用される辺りから、この犠牲心や、誠実な想いなどは、面影の反目を辿り、幸か不幸か、善か悪か、快か不快かの辺りに示される値だけで、曖昧な状態に譲歩していくだけに過ぎない私議に拡散される沢山の想いは消費されるだけに過ぎない受動性で、根治されるから、君の思うままとは、他者や対象の思うままなのであると、ここに宣言する」 まるででたらめな内心的共産党宣言が戦闘態勢を取り、淘汰される前に資本家などを処刑台や、密室に送り、密接に結びつく要因にメロディを授けるように、嬉々とした狂気が世界に迫る全域に訪れる少しずれた時間に弛緩する要因が埋もれては、蹲る悲しみや、過去からの経路に加配される状態を常用する要因が生命を蹴散らす。根茎に雪崩れる毒素も何れかは酵素に変わり、栄養を供給するのかと思われるが、その行為すらも毒にも栄養にも変わるだけに過ぎない状態を情意に注ぎ込み、依然として前途多難な様態にタナトスなどを淡々と注ぎ込むから、この無感動な世界に乗じて作る想いは、根底の飢餓を潤すようなお涙頂戴的なファシズムに移行し、それこそが正解であり、正義だと促す事こそが偏向意識であるし、この変転する普遍性などを送り込むメディアに洗脳されている様態を信じる事こそが宗教のようだねと逆転の発想でも無く、単に遊ぶ位置を変えれば、その意味も見透かす以前に、すけすけに見えるから、いけ好かない事も増えるが、分かる事も多いし、況してや適任すべき状態に適度な誘致を下すだけに、繰り返される物語を踏破し、端然とした領域に達する状態に相似せず、相対せず、このバラバラなままに晩餐会を突き抜け、永劫回帰を逆走し、蒼天を眺め、暴走する主体や主星を解放し、崩壊する宇宙の合間から、緩慢に動作する辺りから、全ては終わりも始まりもしない事を知ろうとする事により、この物事も、物音立てずに、近付く状態からかけ離れ、辿る半径から、永遠が生まれる間に、永遠とは崩壊し、元の状態に復元され、縫い付けられるに過ぎない状態を追い続けるだけに過ぎない。 感謝、騒然と叩き付けられる疲れた身体を支えるような暴力性を含んだ言葉で克己させる。御礼。

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