2014年5月26日月曜日
何事にも陥らずに巡るアドレナリンを濾過する夜の日記
最たる意味に乗っかり、加算されるだけに逃避し、踏破されるだけに去り行く意味を踏みしめ、この使命は静謐な動機に連なり、投影される正論などを簡単に打ち砕き、唾棄する事から、この事実からの脱出や自らを奪取する微笑みに相対する縫合を終える。殆どの状態の軋轢を補助するだけの保護などは、この生命を囲わず、その周囲に壁を与え、その状態から逃げられない仕組みを生み出す甘い汁などを吸いながら、衰退する自己を察知するだけの様態に兌換され、過干渉や、完成しない様態や、揚言を用い、桃源郷へと移行するような兌換を繰り返す人間的紙幣のプロセスに倦怠感や、加工された義務が、効率的な倫理感をくすぐり、何を行うにも、罪の壁が立ちはだかり、それを加工するだけの法理の壁が最もな世界を囲い、硬化する状態を揺籃に乗せ、関係性に離脱するだけの制圧を執り行い、ないがしろにした主体に生成される原因が、快活な動機や、動静を与え、投棄される様態や、保身などを抱えるだけの世界からかけ離れ、制圧されずに、制限から離れ、凄艶な時折に快活な動機を授け、愛された記憶や、悠遠に捨てられる饐えた感覚などを用い、この状態は条件を用いず、容器に収まらず、横溢しては、尚逸に舞い、蜿蜿と過ぎ去る要因に巧緻な事実を突き刺すよりも、どこでも簡単に移動し、用いる部位を違う場所で這わせるように、描き、この思考は、どの世界でも共通しながら、どの世界にも存在せずに、次元に介さず、身心に流動する辺りから、それは他者を介した媒介を行い、憑依する辺りから、この表現は他人にものになり、それを売買せずに、換算されずに、超克する辺りから、この清貧に飢餓するような感覚が正義を乗り越え、善悪を裁かず、能動するだけの超域に達し、自らの肉体だけで踏破する主体こそが、精神と呼べるであろうし、誰にも影響されず、誰かを動かす事にファシズムは生まれるし、誰にも求められずとも、知らず知らずに消え去るとも、それだけえが命だと笑うように、讃える事を取り戻せば、この糞よりも、腐った状態を保つだけの世界も確かさを取り戻し、プリミティブな状態から続く異常な普遍性や、変化しない偏るだけの普通から脱し、この移行する世界への闘争は、統合を用いず、個人的な制圧を取り除き、能動するだけの支配に達さずに、権力から脱し、既得権を守るだけの莫迦どもの争いから抜け出し、国家を打倒するよりも、到達する人間である事から、この超越は始まり、許すよりも、強請るよりも、この自らこそ脱する。
感謝、この夜の精神分析が分裂しながら、本体をキャピタリズムに吸収される前に、その精神を引きはがし、自らの身体に帰巣させる事を生業にしている。それが私の詩的で私的で哲学的な精神科医的な事業である。御礼。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿