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2014年5月24日土曜日

時間は曖昧に夜を通過し自我の日記にあらゆる状態を書き込んでいく

至る意味に無を用いる以前に囲われる自己こそを捨て去り、衰退しないように、退化せず、超越する。意志は封緘されず、絶対的な意味を司り、同封される状態に権利を用いず、統合されずに、応答されぬ辺りから肥大し、この世界を広大に押し広げる。或いは状況は境涯に迫り、センチメンタルな様態に信号を送り、毎日のレベルや、出来合いの真実や、デカダンな気持ちや、用いる状態に凌ぐ狂態を重ね、浪費される状態に衰亡するような気持ちを高騰させ、カオスチックに笑い、淫蕩な正体を主体に重ね、高じる意味に端的な割合を持ち込む、この軽さを用いるべき今に欺瞞を用いず、接続される辺りから名称は一人歩きする途端に、自らを裏切り、裏通りでうだつの上がらない界隈の猥雑さに飲み込まれ、本質すらも失うかのような目標だけに飢餓し、飢渇する精神は資本家や、隷属すべき権威を求め、そこに隷従するだけに敬語で丁寧に話し、道徳を守るべく範囲に収まる指導を小さなコミューンで受ける辺りから、この生命に履歴や、冷静な判断を肌で知る事や、肯定すべきは、自らに有る事を知らずに、有する時に強請られ、有する是非を是認すべきは、その認識する辺りから生まれる規律を系列化し、寡占すべき状態にひとりの個人としての主体を失うまでに錯綜する原理に倒錯し、この高揚する気持ちを恫喝するだけの浪費を自らに課せる状態に引き裂かれる様態は堅持するだけの状況に除去されるだけの形を用いるだけに、元々の自己とは、その場に自我を用い、その時間に有するだけの更迭を繰り返し、この命はどこでも無く、ここで見納めである事を踏まえ、有する気持ちを踏み荒らし、健全とし、凛とした気持ちで厭わぬように闘う事こそが、その権力に牽引されずに、オーガズムに至り、ニヒリズムに踏み躙られずに、滲んだ自らの借り物の権利に嫌疑を与え、その思想すらも脱ぎ捨て、信仰に行為は無い事を知り、何かを信じる事を先ず疑い、その原理に理性を用いる事を思い出すべきである。人間とは人間であり、獣では無いのだ。用いる全てを買い取れと、先ずは奪い取れと謂うのが、国家のプロセスであり、知っている悪意を放ち、その原因を原理に課せ、君に足枷をはめ込む儚さに蹲り、埋もれさせようと、君を蔽うのが、この世界の仕組みであるための歯車の一部になる事だけが、あたかも幸せなのだと促す事から、この世界の動機は一部始終の貴賤や価値に貨幣を縫い付け、その税が、負債を支払い続け、感覚を支配し、その倫理を毀損するだけの麻痺した道徳が、既存の価値を産み出していると完治しない苦悩を虐げる辺りから、清貧な様態に聖地は生まれ、状態は枯渇し、高騰する原理に原意は膠着するだけの動機に、同意を求め、横着しながら、応答する原理に原因は通過し、殆どの軋轢を重ね、課せる思いは足枷を自らの世界にはめ込み、偏執する状態に固執する悪意を原理に、固執する様態に思想はねじ曲げるだけの思考をテロリズムや、暴力に変え、自らの権力を用い、権利を牽引し、自らが逃避する辺りから等位が生まれるだけに過ぎない主義が、衆愚を誘うだけに過ぎない。 感謝、そのままであろうとすることに有する事を用い、その重みだけに耐えるような社会などに正解などは無い。御礼。

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