2014年5月11日日曜日
統制されない辺りから増やされる一切の起算
風景とは、匂いや記憶が形作り、表すものである。人間の根源である獣を流動するより、時代を履きこんで、過去を探索したい、と温もりを着込んで、灰色の夜空を探検する。あらゆる形式は、過ぎ去った分の愚かさを引き摺り、有用の時に軋みながら、離れては、廃れて行く。単に夜は深いだけで、何にも作用はしない。この夜は、どこにつながり、どこに行くのかと、君はさまよい続ける。有効な会話を取り除き、雲に時を溶かし、濾過した辺りから、陰惨な時が、インモラルに時間自体を消費し、自らたる他者を消費し、トピックスを翻し、あらゆる現象に引き剥がされ、事象から捉えられ無い概念を吐き出し、ガイダンスが促す、機械的な論調に補足されては、伝わらない思いを今にかき集め、欺瞞や、即座に煩く伝わる由縁や、足跡を辿り、捕食される機能や、利便性や、詭弁ばかりが媒介し、察する時に記憶を当てこすり、察する時折に浪費され、記憶に寄贈されるべき森羅万象や、ララバイや、リリカルや、気丈な態度や、胎動を聞き、赤裸々に結ばれる辺りから、不規則に結ばれ、バラバラになりながら、温かい記憶の温もりを辿るほどに閉鎖的で、内向的に解けないのが、生きる、という調べであるし、モノラルな世界にお出かけしながら、割愛される辺りから降り注ぐ視線や、視点に結ばれる永久や、底冷えな時折に結ばれる時々の地点や、蓄積される濃度や、荒涼な大地や、夜の成層圏を突き抜け、ほとほとに疲れて弄る間柄に拘束されては、この秩序から逸脱すべく、我々は、我らでは無く、個人から這い出て、確かな勉学とは、読み書き以上に超越し、事実や、概念を超脱して眺めるような悩ましさなのだと、つくづく思う間に消費され、枝分かれしては、可憐な我が子を何度も産み落とし、流離う彼方に流浪する状態が受胎し続け、追憶を絡め取りながら、朗々と続き、零落する辺りから、落伍せぬように、刹那や、微かな記憶に与える微かな猥雑さを、Y座標や、常時や、量子的な夜や、余罪を追及される権力的な暴力の隙間や、色魔や、色彩を失い零すレトリックだとかが、カスタムされては、加配され、配下に変わり、媒介され、最たる意味を失い浪費し続けては、懈怠し、世界の儚さだとかを、ないがしろに愛しては、蔑み、用済みだと促す辺りに気配は、興じる要素を、散文的に捉え、途絶えぬように、今に縫い付け、気配をかき消し、有する状態に情愛や、逍遥し、有する気配を各プロットを書き換え、あらゆるプロセスを牛耳り、世界から離陸する。
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