2014年5月3日土曜日
この意味だけが世界を強固なものに変える
たちまちは、端的な音を丹精になびかせ、遥か語源を携え、吟遊し、配当を終えずに、遊蕩し、求める事も勿れと、羽ばたいて行く。持ちつ持たれつ、よりも、縺れ、凭れながら、解けぬように、互いのリズムや反響により、より強度を増して行く。その関係は途端に存在や名前を捨て去り、空間を抜き取り、関係に確かさ、だけを産んでいく君と出会えた事に感謝し尽くす。関係を押し広げ、全体に繁栄させる。その栄華は尽きる事無く、隔てるものや、愛や自由さえも超え、ただ行為を永続させる。交差して行く感覺が取り込む世界観や、物語が昇華し、確かな藝術性に帰依する。確実なのは、思う全てを出し切る事であるし、誰かを出し抜く事では無い。魂が擦れ合い、分け隔てるものを無くし、記憶の端に置かれない今を体現し、肉厚に物事を具現化させ、愚弄する風景に挑むのも、今に在りかを示し、懐を温め、畳み込む今に新たな意志や意識を運び出す。ナチズムもマオイストも、スターリニズムも、権力持った途端にファシストに変わり、分針奪うまで、分裂的にカニバリズムを行った、カニバリストだ、と促す途端も苦しむばかりの拷問で軋む音が苦しめるお前たちが織りなした、馬鹿みたいな虚飾や、虚栄を剥ぎ取り蹴散らす。信ずるべき所に、何も持たせず、持ち込ませない。ただ、相克し、慟哭を打ち消し、散じた辺りから、真実も産まれる。逆算しては、また駆け巡る。風の匂いが君の記憶を運び出し、更なる愛に深みを与える。蓄積された苦悩すらも瞬時に消え去るような細やかな愛がこまめに与えられ、たちまちは幸せを乗り越え、当たり前に隔てられずに、エンドルフィン踊り出す永遠に心因性をつなげ、五月蝿い自己の中の他者たる人員などを整理する呪詛のように、反社会的な自己が嘆きを吐き出す。 「大量消費的彼女は要らず、大概に当てはまらない愛しか要らず、ショッピングモール的家族たる普遍性は要らず、ふくよかな利便性に怠惰にあらず、あらゆる差異にかさばる痛みは要らず、単にゆっくり極まる意味と君さえあれば良い。量産型のあの子や、略語を放つ作法も分からぬ、資本的な彼女も要らない。大金まいときゃ、喜ぶ、表面的なハイティーンの拝金主義者なんか、一番要ら無い」 一歩踏み出した時から、世界はそっぽ向くだろうが、この浪費されない身心から理解を育み、求める状態に止めど無く襲う理由も、儚さから長じ、利己的な理由に閉じるよりも、想起する辺りから訪れる煩わしさを飛び越え、想定される理想を飛び越え、理由を求めずに、動機に至る欠如を超克し、自らの一歩に力強さを与えるのだ。
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