2014年5月14日水曜日
永世中立的に結ばれる無数の論旨
猫とは、臆病な冒険家である。出会い、とは唐突であり、死に至る前に隠れた病をひた隠しに、解脱し、砕く世界から純粋な愛や、純真な意味が世界を創り出す、と伝える途端が偶然では無く、必然である、と迫るのである。私とは単に、君への深まる謎に対して、何故と思い、哲学する。ただ、何かに対する愛を超えた、最も高いところをろ過し、純然たる意味に変える。独善的な主張を取り除き、正確に、世界を読み解く世界との距離感を確かに感じながら、抱えた自己を、取り払い、果てしない旅路に向かう解放感だけが現実に瞬く。そっぽ向く空が流す雨が乾く頃合いになびくべき、素敵なスペクタクルに創作すべき事実が、君を形作る頃には、未然な状態も、自らが受胎を繰り返し、新たな状態を確かに形成して行く。あらゆる方法論は、論理の外側に置かれ、多目的に揺らぎ、自らを保つべき支配の気配からは、脱兎すべきだ。或いは、読み解き理解する事には、欺瞞や満足や、既存の価値が吐き出す答えを生み出す欠如に含まれる自分を褒め称える疎ましさや、階差や等差を生み、諧謔な意思を生み出さない。純然たる瞬間だけが、永遠を見届け、今を図らずも悟るカタトニーをつらぬき、整合され行くまたね、と別れた、この瞬間の確かさのみが、生きてるような、そんな感覚だけが、あたかも生きているような事をリフレインさせる。肌身離さず包む時を漁り、世界を克服する内部を往復する。押しかけ掴む時を妻帯しながら、あてがう月日には、育てる意味を奉納する。知覚の扉が開き、現実を追尾する。虚偽ばかりが旋回し、加算される状況に憚る事柄だけが、失ったものの大きさを測り、形跡を踏み躙りながら、凄艶な時を流動させ、本質に帰納する出来事が悠遠に帰依し、偏執する状態に求められる事柄を押し付ける事だけが、言霊に変わり、流動する精神に恒常的な情景を授ける。この苛立ちは、立場を介さず、形成される物事のことごとくを撃ち破り、稟性を辿り、謳う状態に凄然とした状況を授けていく。預かる気持ちは排斥されては、行為に基づき、呈する状態を踏み躙りながら、平静を保ち、要する状態に行動を押し付けるよりも、騒々しい苦楽を共にし、騒然とした要因に欠如を含ませながら、毎日に疎外される事柄だけを横柄に囲んでいく。
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