2014年5月1日木曜日
咎める事無く撫でる愛よ
優しい風の便りが、思惟を揺らし、揺るがない気持ちが儚く永劫と結ばれ、行為に、恋を循環させる。情景に達する愛は、悲劇を超越し、人間であること自体を超克し、事態に緊密に結ばれる、 「であること」 から抜け出した存在の殻が転がる終わりの近い世界、つまりは終末論者が謳うカタストロフィや、肩透かしな日常のデカダンスを抱え、逃れられない死に対してのペシミズムを抱えるから、人間のままで怯え、孤独のままで震えるのであるし、そのままに行き過ぎ、息継ぎせずに、ちぐはぐに泳ぎ、四苦八苦しながら、澱んだ世界の定理や理屈や規律だけを答えに思わせるだけに荒んでいく、記憶を持たない身体が軋みながら、互い違いに交錯し、重なるほどに遠くに納期され、機械的に錆び付きながら、酷く否定的な音を跋扈させ、ハミングする辺りから、体制や体系や組織を生み出し、管轄に官僚的な支配や管理体制を編み込み、関係性に監視を含んで、互いを固く縛る意味を愛では無くて、依存心により強固にするから、愛では無く、愛憎に変わるだけの悲劇が生まれる。機械的な道理が会計を済ませ、逡巡する矢先に浪費する主体が吐き出す油などで、安定した資本を流動できる、と長続きしない永劫を携え、栄枯盛衰する世界に精神の経路や、回路や、数多の卑屈な証言者たちや、達観した後から降り注ぐ便宜的な街並みや、閉経する夜明けにシリアスな問題が異物感を抱え、寡占される要因に統合されるだけの精神的な因子を含んだ邂逅を過ぎらせ、生命の苦言を呈する辺りから、センチメンタルな要因がメタファに絡まり、貧賤な欲望や、空洞化した主体を彩るメランコリーが恒常的に支配し、判然とした原因に掴まる事無く、蔓延る意識の過程を踏むだけの不感症を抱える肝心な身体を頼りにしないから、大抵の事に飢渇を生み、何も埋まらないで有る事の身体を有する事で、何かで有る事を止める事で、制限無い欲望に空虚さを与え、ニヒリズムを抱えた身心は、加配される条件に情景を突き刺し、内心のカンバスを黒く塗り潰す事で、凍えた身体を唾棄し、排斥される余韻に精神を捨て去る事で離人化した他者たる自己を浪費し、放棄した辺りから、この世界とは個人的に崩壊し、包囲し、隔てるだけの観念や、概念を取り払い、一切の周期を逆走し、過去は未来に対立するだけの好悪を用い、豊かであることを履き違える事を破棄する為に始める事業を児戯と呼ぶ所から、この前擬的な気質を含んだキャピタリズムは永遠にコミュニズムと対立し、終わらない戦争に至るような隠逸さを吐き出し、はみ出した我はアニミズムに昇華し、持たない神により、再利用されない身心を離叛させ続ける事で背徳を生み出し、快適な質感を保つ君の語源を探る事だけに、この世界は途端に終わりも始まりも廃棄し、取り払い、宇宙との一体感や、原子に育まれる形たる物質からの脱兎する。
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