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2014年5月31日土曜日

わい雑な因果が犇めく夜の日記

始まりと終わりを刻まずに、この飛び越える位置に意味を用いず、場所から素早く移動する遊牧民的な発想が、航路を辿り、暗澹とした状態が大陸をよじ登り、要する気持ちに統制されない状況を加速させ、錯綜するままに盛大な意志を紡ぎ、生まれる瞬間に嗜まれる愛は、感触を与え合い、その合間からあふれる心情は統計されずに、果たされる後から孕まれ、反動的に揺さぶり豊かさを確かめるように、購う月日にこぼれるモラルなんかを蹴散らし、何度も迫る想いは、応じるだけに投じられる事を受け入れる気持ちこそが、君であるだけで良いと示される高揚感を含んだ確かな意図であるし、この要する気持ちに訪れる愛に悲しみは似合わず、似合う似合わないで示されない辺りの内側に迫る動機に起因はまさぐられ、空想的な豊かさを孕んでは、その子供に程良い孤独を与え、それを育てる辺りからストーリーは確かに展開され、注がれる想いに要する気持ちが投影され、心無い領域の襟首掴みながら、歯止めも無くあふれるのが、この要理に示されない答えを持たない問答を繰り返す形而上的な正義を打ち砕き、唾棄される弁証法から崩壊した脱構築的に背反してははみ出す辺りから、この私などは、私では無くなるのだと静かにデリダに告げ、風前の灯たる乏しい熱情を孕んだ世界の経路からアイデンティティを抜き取り、マスキングテープで汚れぬように壁の足跡を貼り付けながら、懈怠しないように、従属する殆どに帰属する記憶を抜き取り、抵抗する余韻に激しく貪るだけの動機が激しく融合されては、遊蕩する浄域に判然と尽きる生硬な後や、性交渉の後の心地良い疲れを慢性的に吐き出しつつ、この平衡する気持ちに均衡する状態は索然と尽きない身体を進み、器官を循環し、血液や、唾液や、ダダイスティックな感情や、応答を続けるニヒリストたちの抵抗しない欠如を孕んだ様態に化合される動機に陰湿な微笑みを補助するだけに淘汰される余韻に、隠逸する瞬間をこじ開けるたなごころを蔽うタナトスや、筆跡を辿る恒常性を用いるだけの権力闘争の見料を支払うだけの投棄を繰り返す資本の軋轢を蹴散らし、この憧憬に馳せる想いが、瞬間瞬間を習慣的に辿り、君に帰任するだけに喜びが資産に変わるのであり、合わせ鏡の中で示される状態に君と私が投影され、心無い状態をリンクさせるように伝来する気持ちが電解質にまで蕩け、潤いを与え、有する気持ちにレトリックを捧げながら、投影される状態に与えるジレンマや、緩和する様態に省かれる状況に興じる純粋さだけが、殆どの差異を引き離し、要する気持ちに紆余曲折しながら、蠢く私情を滞らせないように、世界に接近し続ける。 感謝、すべてとの距離はまとまり、纏わる日々に浪費されずに、朗誦され、滞る事無く、この世界に蓄積されずに、晴らされる。御礼。

世界に投影される確かな言葉と事柄

どれくらい隔てても、また出逢うのが愛であると告げる雲の厚みや、数多の圧力が時間を蔽い、遠い夜空や、行く先々のささくれや、記号や希望を孕んだ道筋に訝る全容と捌ける高揚感がスタッカートに変わりながら、寡占される欲望に響くだけに緩衝する世界に凶状はやがて、幸福を乗り越え、尊く結ばれる前衛的な瞬間に彩る過程を生みながら、脆くも、崩れ去る要因を積み上げながら、繰り出される言葉を頼りに、激しくも揺さぶる雨が構築する静謐な予感に爛れる誰かの質感や、その尾を引くような断罪を繰り返す世界性に制圧される事柄が往復しては、隆起する気持ちに、乏しくも結ばれる静かな愛の間や、その正常な意識を紡ぐような凄絶な時に現れる吐息や、統制されずに、消え入る等差などが、この等閑にした主観に省かれる余韻を凌ぎながら、自由気ままに進み、段々と迫る要因に、契合されては、消え入る本質に除かれる感情などが省かれ続けながら、労る世界に流動し、製造される気持ちに記憶は加速しながら、過疎化した心を包み込み、いつかの苦しみや、悲しみは繰り返されずに、応用されるだけの真実を兌換し、寡占されるだけの抑圧的な牢記を含んでは、更迭される意識に貨幣以上の喜びを与え、忽ちに、注がれる想いが、何事にも、買われぬ辺りから、この満足を飛び越え、憶えも無く彷徨う辺りから、ウトウトとし出す状態を小出しにしながら、引っかかれる後から残る傷跡から敷衍する血が能動しては、状態を赤く染める作用を含んだ肯定的な余韻に、接続される言葉が悲しみを包み、苦しみを剥ぎ取り濾過しては純然たる予感に示される言葉や、懐疑的な怒りや、緊密な様態に進むだけの心が機動を与え、動機に一巡するだけの純正の瞬間を心残りに思わず、次に迫る想いに全身全霊を捧げ、前提される状態を飛び越えるべく、その軽さを孕んだ様態に示される状況こそを高く用い、殆どの様子を飛び越える辺りから、僕らは生まれ始まり、埋められる事無く、極まり、従属するだけの風景は純粋さを失い、状況に純然たる原因を与えずに、その要因にだけに訪れる気持ちだけに作用する事柄に応益を求め、閉じる瞬間に統合されるだけの精神だけを正常と呼ぶ事に置かれる状態に訪れる正常とは、政治性を含んだだけに過ぎない交換を繰り返し、その事が物に変わるだけに過ぎない状態に心無い言葉が交わされ、加算される状態に生み出されるプロセスを否定するだけの大人や、古びた気持ちを気落ちされるだけに惰性さを孕んだルサンチマンなどや、貪るだけの餓鬼や、勝手気ままな動機に至る状態に閉じる事柄を横柄に操作するだけの心持ちを与えるだけに過ぎない事実を麻痺した感情で放つものどもが支配する世界の経路を渡らずに、私は、私だけの確かさを君と共に超克する。

対象し続ける夜と永久

希望的観測よりも、安息の地によりかかる。腐敗した判断はストリートに捨て去り、吐露すべき時代を集約させては、今に躍動する。私は、私では無く、誰かしらであり、私が見つめる君であり、見つける君が、私でもあるのだ。然るべき今に対処し、結ぼれる関連に行き過ぎる今が寛容な時代を含み、巧みな世界を形成する。その素因は触れ行く君であり、豊かな感性であり、俯瞰的に歌う端数や、林立する状態を遡りながら、歪な今朝と歌う小鳥であり、描写や、病魔であり、唯一の意味である事を見付けた答えは孕まずに、そのままに側に備わり、横たわる君の影などに投げ掛ける喜びや淋しさなどが、今にリンクする。自立する感情は星座的に結ばれ、全世界的な座標ひとつひとつにポイントを合わせ、炸裂させる。或いは自ら爆発に至り、宇宙を形成させること、事態を行う自らが産まれてからが、宇宙の端々に備わる、先端や先々や終点や将来である。存在の外傷をたどり、君へとたどり着く。星を集め、動作を加え、過去から未来へと渡り行く。存在と対象のように善悪は、どちらがどちらにも成り得、どちらも正しくも悪くあり続ける事に訪れる答えには、一切の正しさも悪しきも備わらず、どちらの役目も果たさない。背反し合う互いは、互い違いに反しながら、すかさず備わる世界を内面に帰属させ、静謐や予感や、君の構造や性質を加え歩く速度や、速度や度重なる思いを集めた奇跡や形跡や、跡形などをポケットに詰め込みながら、偶像の筋書きをはみ出し、必然に至る自然さを取り戻し、行き交い清遊しながら、進化論や、涅槃や、叶わぬ思いなどを確かにしながら、静かな時を浴び、勇躍する状態の形而上的で便宜的な正義を抜き取り、転々と徘徊し、明かした朝には君の傷口に塗る、塗り薬のように塗布された世界を歌いながら、密接な世界に揺るぎない精神や、聖域を生み出し、物事に確かに寄贈されて行く。こうして、何かが伝わり、あなたの世界が変われば、こんなに嬉しい事は無い限りに答えは要らぬのであるし、なぞる問題に書き込まれる答えなどは、誰かの権利や既得権を含んだ企みにしか過ぎない。君以上も、君以下も無い。愛する事以外に、確かな認識は無い。君以外に、確かさなど、無いのだ。愛だけが、生きる事を再認識させる。間違いや、過ちを犯すから人間であり、確かなのは、寄り添う形よりも、浮遊し、あらゆる場面に接続され、同時に呼吸し、動じないように示すように蠢き、ときめく鼓動と寄り添い、静かな切なさを愛撫し、君に繋がる永久や秘話を運命にこぼし続けるのだ。濃密な瞬間だけが、密度を超え、密接に結びつく何かを繋げながら、この瞬間は、永遠に帰属せず、離れ溶け合うように、感覚や匂いや色までもが、一致し、ただ眠れぬ夜は、一切にいっぱい描くのだ。

2014年5月30日金曜日

運命以上の出会いを出迎える夜の日記

盛大な一生を包むように潜る抜ける生命の傀儡を取り払い、君は君で動く意味だけで、意志を用い、およそ及ばぬ日々を購いながら、成し遂げる盛大さに、一生を支払う事だけが資産であるのだし、用いる全ては、持つだけに過ぎない真偽を携え、時間に阻まれるだけに、省かれる想いや、一生が名前などで決められ、絶えず名称の中に収まる価値だけに溺れるだなんて、この命とは、際限を用いるから、この累積する痛みや、凄絶な時や、絶する過去の中で麻痺する最たる意味に屈辱を溜め込み、痕跡を残さずに対処する量子を加え、原子から始まり、粒子とドライブして、大体の数理を引き離し、一過性の事実に離別するような対立する点と線や、君の過去を削除し、新たな想いだけが、想い出を貫き、この想いは、想いを残す前の原因を携え、君の中で形になるためだけに、備わる今などを構築させ、調律される辺りからリズムや、壮絶な時の鼓動や、孤立した真理を携える世界性の印象的な絵画の中で瓦解するマクロ・ファシズムを退治し、洗礼を受けずに、自らの神を超克しては、達観せずに傍観も諦観もせずに、この恋情がレジスタンスになり、泣いたり晴れたり孕んだりしながら、萎びずに、ショービズ的な陥落を嗚咽の空に巻き込ませ、この伝説や、凄絶なヒロイズムを携え、誰かを救世主や、創造主などに変えながら、尖鋭な神話を築いた過去から、今のテクノロジーを汚染などと呼ばずに、どう向かうかが、この過干渉的な状態に抵抗を加え、艶麗な時に想起し、相違する想いを、どこまで近づけるかにより、このより良い時や、送致される時に狭まる想いを流動させ、高揚感を携え、正義を乗り越え、殆どの残り香を君のかぐわしい面影と重ね、投棄される想いや、法則的な愛に裁断され、戒律を生む前の理解と乖離との合間に備わる秒間の間にも、この愛は増幅するだけの一途を辿り、幾何かの想いや、激しく歯痒い動機や、会えない時間の補助や、保護や、行く先々の笑顔や、厳令を携えた空間的猶予や、余裕や、悠然と過ぎ行く固定されるだけの加減や、可変や、平然と立ち尽くす途中の理由や、空腹感を携え、蜿蜿と紡ぐまでの距離感や、最たる意味に浪費されては、流浪する時折に固執しないように、この永遠は、硬質な想いを携え、排斥され、成敗を繰り返し、誰もが背負うべき罪などは無く、誰にも裁かれずに、この命は著しく同じ位置に奇しくも意味を置きたがり、それに群がり集うだけの欲だけに固まり、或いは浪費するだけの精神に欲望を突きつけ、貪欲に鈍磨で愚鈍な想いを牢記するだけに誇張する状態に訪れる意味が直訴を繰り返し、空疎な理由に疎外されながら、隔てる世紀や、長いときめきを携え、永遠は仄かな穴では無く、単なるアナグラムを瞬間に措置し、配備される後から、その瞬間は永遠の領域を越え、その距離や時間で収まらず、空間や次元に備わらぬ限りから、この永遠は、永遠という名称でも無くなる限りに、この輝く一瞬を時間と捉えずに、君と置き換え、閉じる永劫に携える瞬間を混ぜたものを飲み干し、一切や身体に循環し、自らの消え去らぬ一部と化しながら、可決される想いは頽廃せずに、君の中を流動し、察する気持ちがあふれ続ける事を永遠と呼ぶのだ。 感謝、凄然と纏まる瞬間に同じ意味は綻びながら、意味は名称を含まず、反照する愛の中だけで、物事は木霊し、名前などは無くなる。御礼。

孤独を遮り永遠を歌う

達する後からも気持ちは叛乱し、激しく切ない様相を溜め込みながら、既読されないように、この想いは君の図書館に帰納させ、読みたい時に、君に帰任するようにと願う事だけが肥大し、願いは祈りに収まらず、想いは想いに収まらないから、この階段をよじ登り、ガイダンスには従わず、段階を踏んで、快諾されるままに、衰亡せずに、声望を携え、淵源を辿り、原因を貫き、辛い気持ちを相対する量子に入れ込む愛の起因にしては、空気に溢し、この状態は制御不能に増加するだけに邂逅し続ける余韻に印象的な投擲を繰り返す木霊や、大体の愛に排出される気持ちなどをなぞりながら、あらゆる理解を含み、超越しては、侵攻する思惟の彼方で、握手して仲直りするような事柄だけに、収まる。ふわふわして、ナンダこの感情と囁く。偏る天使たちは、太陽を堕胎し、刃向かう神を生みながら、絶えずシンクロする交差点で、来ない明日や、近付く昨日などを蓄積し、今をなぞり、抵抗し、退行する風景にみすぼらしい現実を負わせながら、反照する全体性に最たる意味を納期し、現在を縫い合わせ、押し広げる世界に誘導されては、淡々と行き過ぎるだけの景色に生命を与え、絶えず行き交う原理に、理想を紡ぎながら、伝える感情は損なわれる影を蔽う分の光りを宿し、空虚さを埋めるよりも、その光りで蔽う事により、この著しく孤独な影を抱える現代社会などと謳われるだけの病理の原因から抜け出し、空回る月日も、宿すべき一体感を一致させ、まとうべき君の息吹きを感じ、逸する状態に生まれる愛だけが、厭世観を貫通する生涯が断続的に凍てついた感情を通り抜け、加速する十字路に余計な契合を終えるだけの傷口を癒やし、喪失感を掻き消すような実存主義を加え、得たものに、戒律を与えずに、対立しないように、たじろぐ今に神秘を置き、鉛筆で描いたような愛を横溢させ、収奪される矢先に一切は、可決されるままの形状に傾向を置き、接続される気持ちや、流動する胎内で加速する初期宇宙の胎動が鳴り響き、反する気持ちは銀河に反芻され、紡ぐ気持ちは、星座の一部始終を思い描く形に創造しながら、同じ意味を持たぬように、絶え間ない心情を描くままの感情で措置する。

生きるとは距離をねじ伏せ今に至る事

デリカシーや、神話や、内観に訪れる劣悪な狂態に加速する矜持が懸念してる状態に感応し、寛容さを取り戻し、杜絶するだけの状態に思恵は無く、単に求められる快楽の傀儡であるべく、その状況の加減を測る温度計や、距離感を図りながら、状態に重責される人生的な阻害物を集める物々しいSickな影や、腰掛ける悪魔との対話を執り行う事だけの虜たる君を蝕む様態に失速しながらも、この投影され得る体制的な身体に堆積する行間を散りばめ、その状態に描かれる壁画や文字や神話が、わい雑な世界の座標を黒く汚し、空洞化している時間に用いる愛が起因に変わり、その盛大な状態に意志が訪れ、少し麻痺した即効性や、性感帯や、囲われたオーガズムが呪詛を吐き出し重縁を重ねるだけの空間的な加速化が進み、過疎化していく精神に嫌疑ばかりが、折り重なり、君が居ない所から、この常用される愛がささやかな支えを与え、オペを繰り返し、応答する状態にすり込まれる原始的な心因を進み、鬱ぎ込み座り込む過去からの自分をフォーマットしながら、悲しむなかれと叫んだ夜空の中から整頓される状況に訪れる硬質さに、現れる涅槃が風情を快活に染め、創造性に卒倒しながら、萎びた記憶や、空腹を癒やすような妖艶さに挑む果敢な状態を保つ自己をこじ開けるような全体主義的な自己を麻痺させ、既存に放たれる価値に訪れるニヒリズムを構造的に背徳に変えるような暴力性に母性愛を捧げ、全容に可決される愛が、殆どの軋轢を解き放ち、疲れた身体や様態を癒やすように、印象に決定づける理由に方針を与え、高じる運命に訪れる無に、その想定される理論を溢し、根底から潤うように、うろつく毎日に、この真実は、投函される状況を飛び越え、乏しい孤独から恋に落ちるまでの距離に肥大する可能性だけが、この事実に確かさを与え、生きる喜びに輝きだけを与える事だけを資本と呼び、身心が応益を求めずに、自らあふれる愛だけが、触れ合う身体が事実を肥大させ、現実を飛び越え、演じる日々を終え淵源に響き靡く今に嬲るだけの構造に欠如を伝え、投影される状態に固執しない正常な意志が獅子に変わり、孤軍奮闘よりも、交互するずっとや、じっとできない容態に襲いかかる慢心を兵器に変えるだけの偶像化する主体が時代に変わるから、この諦観するだけの曖昧さを成因に生じる運命に形骸化していくだけの時間を進化させながら、静謐な状態を凌ぎ、要する時代に可決される秀逸さを読み解きこじ開ける。

2014年5月29日木曜日

広域に備わる愛と影とが折り重なる日記

生まれる度に失われるのが、世界の性質であるし、陰惨な形骸を押し流しながら、品定めする因果な世界の系列や、諭す辺りから、この世界の行いは、沈積しながら、凄絶な途端に集光する本能的な光りを集約するように、躍動しては、一点の力が収斂し、物事を飲み込んだ怒りから、形跡を辿る陰鬱な様態に広がる状態が加速しながら、狡猾な様態や、心理や、真偽を突き刺す事実を選定しては、千の知恵を集め、広がる宇宙に配布される境涯や、歴代の症例や、安定を求める家族的な空間の封緘に脅える事への枯渇が孤独を誘い、要する状態に投影される時代の鮮血を浴びながら、途端に応益を求めるだけの権力的相似だけが、風雨にさらされ、正常な意思を見失い、正常とは何かとさ迷う辺りから、その不安があらゆる病理を呼び込み、偏執する意識に退行する全容や、硬質な面影に腰掛ける論理に衝動的な懺悔を繰り返す数多の宗教的権限や、投擲される礫を受け取る側の心裏に澱んだ本質が繰り出す様態の本質を集めながら、統制されない心因を静謐な情感に重ねながら、慢性的に汚すような情景に渇する表情や受容や供給を終えた譲与される状態に重要な波形を与え、この温める日々の歪さを抜き取り、君の糸で縫い付けられる喜びや、バラバラになった仮想的な世界の境域に訪れる共存的な依存性を解き放つだけの懐かしさを取り外し、この形容されない状況を凌ぎ、新作の夜空や肯定的な由縁や、その悠遠な創世を行う段間に座る言葉の内面性に適任される杳然とした主体に切り取られた君の硬質な力の清貧さに、この心無い世界の虚偽を映し出す事は愚かにしか思えず、殆どは、陰惨な屍の中で計り知れぬ痛みを抱え、そのジレンマの時代をまさぐるだけの否定的な関係や、その関連性や、果然とした様態に激しく降り注ぐ慢性的な病理に加速し、放出される視点に描かれるマクロ的ファシズムが、応益を求めるべく、帝国主義に至り、抵抗する者を戦火に送るような過失的な正体を、生涯に煌めく羞悪や、醜態に錯綜する原因に恒久的な均一さを放つ投影される自己とは暗闇で悩むだけでは無く、単一な愛に補正される状態をこそ受け入れる受け皿たる彼女との行為と交信だけが、この様態に軋轢を与えず、あふれるままに触れ合う身体が、この精神を確かなものに変える。 感謝、ときめきだけが、煌めき夜空や、夜のネオンや、帰還すべき巣箱や、罰や曖昧さを含んで、夜の定理の表面を拭う。御礼。

大切な会話を施した経路

いろんな声を放って紛らわす、独り身の悲しみを巻き込み、死は絶えず収まるところで、収まる。生きるとは、姿勢の問題であり、態度である。記号化され、暗号化された夢を解き明かし、先々に進み、名称はひとりでに歩き出す。行きたいのは、単に話の先である。ただ、最たるものを近付け、原理を超えて、ゲーム化する未来を飛び越える。全然違う対象を差異化される未来に口付けさせながら、対等になるまで、恨み合うようなルサンチマンを深層心理で形成させては、旋回する未来に傲慢さや、語彙や、類似する日々に訪れる貧寒さや、理解されない影を踏み荒らしながら、未熟な世界を乗り越え、近過ぎる値から生まれ、連動する価値を飛び越え、絡み合う月日に入り浸る。ただ、どこまでもが、始まりでも終わりでも無く、続くわけでも無く、延々と広がる先に、騙す言葉を生み出し、物事を失望に至らせる無辜な状態を覆す悲劇が襲う。やがて晴れ間から零れる僥倖たる曙光が疲れた身体を癒す。争いが絶えず、抗えない立場に交換される理由が粒子化する。男には希望が似合うと先決する意志を重ねる。その力が意志に変わり、精神論を乗り越え、最もな強度を自らに宿す。正確無比に行動を恒常化させる。過去を辿り宿る面影だけが鼻腔を擽る微かな懐かしさを匂いに託し、記憶をその過去に備わる永遠をなぞり、心を囲い、思いを擽る。その内心での永遠では、なにも動かず、なにもが、歳を取らずに、時間は翳す意味や、飾る意味を失い、閉鎖的な意味の中に収まり、過去にすら、なんら反応を残さない。影は影であるべく、存在から離れ、あらゆる位置に疎外され、偏執した過去にとどまり、その形すら失う。朝の時点で、これほどの暑さであるならば、地球は、ほぼ溶けかかっているのか、はたまた、もう溶けているのであって、溶けている事実は、わたしには、一切知らされていないのであろう。二人合わさって、円周率を読み解くような試みを綻ばせた空が広がる。お下げ髪をした白いウサギたちが通り過ぎる。立方体の彼方で嗤う昼が、「こんにちは」を繰り返す裏側で満ち足りた愛を抱き締める言葉が大陸的な物陰を横断し、応じる言葉に影を与えず、貨幣的余裕より、この雄大な猶予を楽しむ事を自由と呼ぶような多感的な過干渉を終え、加配される容態に感じる言葉が関心を用い、俯瞰的にさ迷い、空間的に微睡むような器官をさ迷いながら、心象に閉経される真理を読み解き、降り注ぐ叡智を自らの筋書きに溢すのである。

共に歩く濃密な道

君の筋書きが静かに横たわり、労り傷付けぬように、正路を辿らせ、問答する明日や、蓄積する苦悩や、尽くすべき状態に届かない明日や、可能性を秘めたアノ歌や、跡を追いかけるような主体に訪れる思恵や、拭う欺瞞に全てにの誤りや、肯定すべき状態を受胎し、あらゆる孤独を拭う子供を措置し、配置される愛に、回避しない心に、行動する路に、判然とした想いに、集約される状態に、君と癒える無限大に増幅する心に朗誦される銀河や、因果が、慇懃たる予感に奉られ、本質を絵空事に解体しながら、森羅万象や行き連れる引き攣った過去は、痛感するままに補食されては心無い何かを拭い、君を纏い、我は我で無くなるまでの距離を無尽蔵に歩き、君が労る全ての功労を称え、この現実とは、変えられるべく待つ意思や、膨らんで君の袂に繋がり、羽ばたいて、たゆたう景色に形式を生み出す前に帰依し、蜿蜿と淡い別れを犠牲にするだけの支配からの脱兎や、それを蔽う屈辱への反抗や、醜態を重ねるだけの季節を噛み締め、冬が扶養を求め、結束する曖昧な草木の応答を受け取り、懈怠しながら、萎びた記憶や、体制を打ち砕く鉄槌や、この事実を革命するだけの季節や戒律の根差す記憶の戸惑いや、慢性的な飢渇を蔽うだけの錯乱を含んだ状態に開示される状態に増やされる愛と熱情の機密な結び目や、反照する事実に照らされ続ける最たる無碍に達する関係は、生から脱し、機械的な動機や道理を潜り抜け、傀儡から、自分の思いへと倒錯するような状態に恋情を移し、この情愛は秘密裏に結ばれ、無数の彼方に加担される状態と距離のムードや、無学で推考する思考の動機に火傷しては、化膿する傷口の痛みや、慢心を拭い去る気持ちと禍根を飛び越え、超越した矢先に出逢った喜びに増える状況と加速と、思念と流動性と時間と歯止めの無さを利息にしながら、この感無量な全量を加え、全貌に善良的な粒子などが構築する辺りから偽善は生まれ、このコギトは統合されるだけの苦しみから解放までの開眼を含み、犯跡を辿るような問責決議案を執り行うだけの動機に貧する価値や、枯渇する動機に導かれる過去への侵攻に癒えない気持ちや、照らす過去に生じる苦しみを削ぎ、命じる言葉に、ことごとくに成立する状態に固執しないように、徳を求めさ迷うよりも、この生命は起源を持たず、原子から、犬歯をいただき、権威に噛みつくべく生まれた一つの命であるし、君を悲しませないための気圧を含んで高気圧に変わるまでの大気を背負い、この照応するだけの関係にこそ、この永遠は配置されずに、瞬間に流動し、その場え永遠はカタルシスを加え、次元を越え、空間を誘導するような確かな愛だけが不確かな状態を千切り、新たな場面や転換を加え、展開に繋げていく。

2014年5月28日水曜日

夜の便りをゆるやかに上る日記

永遠とは、その場に残る影を貪りながら、鈍麻に結ばれ、私たちは同じ仄かさを辿る。離れても引き剥がされても、くっつく。確かなのは距離でも時間でも無く、それらを超越した君自身である。生まれるとは、永遠に育まれながら、光年を超え、永遠を始動させる。あるいは、せせらぎ歌い放つ瞬間に君は溢れ、私に確かな行為を囁くのだ。この苦悩は意外と、迫害を受けて、静謐な成因に絡まり、復元できない今を起動させては、展開する理由をこじ開け、事実に基礎を与える。本質は偶像や、偶然を吸い込みながら、満ち足りない日々に歪さを与え、揺蕩う季節に吐露する次元に相対する今に君が相対的に挟まり、克己する事態をこじ開ける。送られた気持ちが歯痒く描かれ、君に折り重なり、永遠は、支配を突き抜け、自らに向かい蓄積しては、苦悩を取り払う。始まりはいつも君を含んだ濃密な世界を挟み込み、君の香りがする空間や、簡素な自体を突き抜け、尽き果てる思いに心情を濾過しては、渇する理由に接続される遊蕩な時間を措置する前に、一生涯は瓦解した昨日に膨らんでは錯乱し、圧縮される永遠に真偽を置いては、導かれる世界に、定義を送り込み、難しい時間や、活性化する今に退くよりも、機能し、達する状態に愛を運び、供給し続ける。この永遠は、僕らの言葉を話す。ただ、僕らの会話だけを施し、今に確かさを含ませるのだ。いつかを懐かしむよりも、確かな今に絡まり、永遠を寄贈しては、最たる意味に君を近付ける。君の感触が残る感覚や、肌触りや、視野や、貧賤な価値を労い拭う世界を脱ぎ捨て、清貧な世界を飛び越え、今に至る世界をこじ開け、このままの状態を愛と呼ぶ。この場は食い込み、確かな愛を呼び覚まし、ふざけた過去を蹴散らし、確かな核に近付き、原子を探り、更なる位置に些細な意味を生み出す。その境目は騒がしく、司る雰囲気に永遠を注ぎ、些細な痛みをそぎ落とす。どれほどの痛みを抱えても、全て拭われ、すべき点と線を伝う。僕たちは凄く硬く結ばれ、けたたましく歌う。 感謝、確かな世界は表現を用い、今に募る。御礼。

切片を拭う私や明日との決議や君と豊かな道

侵害される辺りから、この満ち足りない今日もふらふらと不束にさ迷い、反動的に至る叛乱と制御不能な精神の一律の狂気や、一縷の望みを用い、全てに偏執する状態に置かれる狂態に境涯は解けて、国家解体の消しゴムを用い、昏倒する様態に召されるように、闘争機械と化すからには、統合されずに、乖離し続け、この状態に改革を生み出すよりも、革命的に至り、買われぬように進み、荒んだ気持ちを晴らすように、出払った後に済ました気持ちも、判然と尽きては、反核を叫んだり、蔑んだ過去に超克を用い、慟哭を誘うような大衆性の軋轢を踏まえた世界の徴候に総括などとリンチするのが権力であるし、統括したがり、従えるべく倫理感をくすぐり、それではいけないと偏執した状態に誘う普遍性を用いる民主主義的な衆愚が権力を用い、権利を叫んだ辺りから、この資本は限界を迎え、ガイダンスに従い、破滅の一途を辿り、上だけが用い、殆どの金銭を奪う形を搾取と呼んだ辺りから、この悪夢は最もな暴力性に偏り、獣の流儀を誘い、それに留意する者だけを人間と呼び出す。呼び醒ますべきは、このシステムに反する超人であるし、行為に示される値に吐き出される情愛を破棄した神を乗り越えた者であるし、問題を持たない間だから答えを生み出すような超越的な私であるし、根底を覆す自らだけである、この状況と完璧であるし、完全なのだ。殆どの是正を執り行うよりも、吐露されるままに吐き出される新たな永劫が、高揚し、この事実は、譴責を含まず、外連味を拭い、君に伝わるように動作することごとくを含んだなりゆきにだけ動作を加え、達する今に一つだけの愛を送致し、装置的に乖離した主体に理性を捧げ、リセットボタンを破棄し、関する自由に豊かな思考を捧げるべく、支える今に際限無く、滞らずに、君と豊かに笑うべく事に、主義や思想は要らぬように、いつも孕んで愛し合っては、蠢き纏わり付きながら、築かれ、構築しないように、あらゆる部位にあらゆるものを建築し、創造的に粗造な理由を曖昧に措置しながら、乖離した前兆に達する様態に、君が連なり、状態に確かな強度を増し、関する理由に最大限の効能を生み、苦悩を遮り、新たな温かみを配置し、関する理由に最大限の悔いや苦境を与えずに、確かな生命だけに流動する行為が、合流し続けるのが愛の供給のシステムなのだ。

投棄された後から会話は進む

精神的成長が無い限り、思想を用いても、世界を変える事は、できない。作り変えられ、忌み嫌われる煩わしさを消費しながら、群像に吐露する。軽々しく示唆する胡散臭い連中もちらほら、連立する世界に鋭く突き刺さり、扇動されるしか無い人間などは、人間に在らず、と。有する過去も途端に日に日に強度を増し、教育上がどうとか、道徳がなんだと、騒ぎ立てる。その建前に求められる純利益なんて、かまびすしいだけに喧しく顕示し、近似する問題ばかりを怠惰に吐き出し、彷徨う結論にあてもなく、欠如された日々に目的も無いからと、退屈に生きる事に利用される事に理由は無くて、単に亡骸になるだけにやわになり、柔らかい人間などがウロウロ、ぶよぶよと浮かぶ涅槃などで羽化する羽虫や、刹那に転がる明日や、加工品たる君の予感に収まる過去の核を打ち砕き、原子から、センチな感情が生誕しながら、長い結実さに震え、古びた感情や、炸裂する朝を眺め、心情をトローチに変え、舐めまわした後に刺激的で劇的な瞬間を循環させ、形骸化する世界や、欠陥品の君や、躍動する世界の呼称や、懐疑的な毎日に刃向かい、はみ出す君や、その意味を生み出す方程式を打ち破るべく、答えを持たぬ今に至る意味すらも、討議を繰り返し、闘争に至るだけの関係に生まれる官憲が生み出す規律には、憎悪しか生まれず、白々しく過ぎ去り、膠着する世界を、構築させるだけに過ぎない囲いに覆われるだけに収まる神は他人事の領域にしか収まらないし、この症状に構造が生まれるのが世界で有るわけであるし、君は選ぶべきでも無いし、選ばせるべきでも無い。適任すべきは的にされる前の慢心に浸透する状態に訪れる行為に求める深淵に触れるような状態を受胎し、敷衍する領域に訪れる感情と感性がジャミングし、鬱ぎ込んだ不感症な君のミミックを渡り、暗澹たる様態に訪れるメビウスの帯を巡る不安なんかを吹き飛ばすようなバスドラムの音や、渋滞の彼方の静寂や、単なる騒音などを混ぜこんだミックスジュースなどを飲み干し、紆余曲折しながら、ぶよぶよした世界の肉を掴み、投げ飛ばすのだ。

2014年5月27日火曜日

掴んだ後から突き放す夜の日記

意気揚々と艶麗な成因に結ばれ、殆どの差異に結ばれる過去から、ここまでの現在に点在した意味も、君に起因する意味すらも持たずに、途端に消え去るし、帰依すべき場所を持たされるだけに際限を生み出し、最たる意味に帰任されるだけに過ぎない状態に需要と供給などが生まれるなど、と嘯く辺りから一過性の事実が、期日を用い、その内外に収まるだけに偽装される真実と共に死ぬなどと独白する辺りから人は一切に消え去り、その帰依する場所などを求めるから、その帰巣本能だけの核家族の官僚制の軋轢や、一党独裁的な主観や、自身の内外の戦争の混同が進み、荒んだ境地に胸裏に映し出され、打ち出される事実に起動する真実が一生涯を買い取り、開墾すべき事実を耕し、頽廃せぬように、自らの体外に自らを生み出すような充足を交換しながら、高圧的な状態に生まれる憎しみも遙か受胎した感情に恍惚を生み出す。踏みしめた後からは芽吹くだけの心持ちが森に変わり、心象を大体の風景に離散する。浸透する後から狡猾な事柄も廃れ、疲れるままに眠る君の表情も、優しく蕩ける。この熱病に描写すべき真実も、統合されるだけに交換される領地に凄絶なドライブを重ね、満期になっても支払われぬ物事が屍に変わりながら、場面に投函され、その内実を読み取る辺りから、君への関心が慢心に変わり、君の心の領土を奪い合う戦争に至る原理だけが、この愛を憎しみに変え、際限無い攻撃に至り、破壊行動だけが、この情熱を憎悪に変えるようなシステムを生み出す過去から、超越した私は自らをコントロールせずに、思うがままに進む事に於ける行動に於いて、この逸脱しては、超克する状態に結節され、節々に溢す潤滑油で巡る状態に浩然と流れる印象が心象を動かし、どこに居ようとも、屈折せずに、空間的な空虚さを打ち破り、対比されずに、帝国主義や、衆愚などを突き抜け、小さな世界から、大きな世界へと否、あらゆる次元を捨て去り、空間からはみ出し、蠢き、あらゆる場面に存在するのが、この命だと謂う事を知る。 感謝、言い逃れせずに、誰がなんであろうが、お構い無しに、この命は同率を求めず、効率的に生きず、どうでも良くも、どうでも良くないように、せめぎ合い混ざる。御礼。

エモーショナルに細動する身心

契合されるだけの動機に同調する心理が、軽薄な動機を生み出し、形骸化する一切に離散する様態がプログラミングされ、陰湿な状態に整合されない内心は、状況に軋轢を与え、定期的な素因に加算される様態を引き裂きながら、貧寒に悶える形容から逃れられず、そのはめ込まれた様態に暗鬱な状態を加速させ、世界性を奪い、暗雲立ちこめる互い違いの体外から放たれる多義を受け取るだけの肉体からはみ出す辺りから、この痛みはどこまでも氾濫し、歯痒い状況に捕らえられ幽閉されるだけの平行線を辿る現実性に誘発される憂鬱だけが、悠遠な原因に切り取られ、記録の一部と化するだけの記憶の気配に吸い取られ、落胆するだけに極端に経過は、滑り落ち、様態は、加算されるだけの安易な様態に化せられる状態に加算される意味を劈きながら、淡々と示される辺りに誇張される原意を加工しながら、空間的な憎しみを増やしていく購いが取れないと世界に浸透する罪と罰が死の化粧を施す。殆どの戦争の原理を遂行するだけの国家に嫌気がさし、超個人的な超脱から覗く世界の混沌が良俗などを保つだけに配る普通と呼ばれる事柄が貫通するのを防ぐ為に、何か同じ行動に至るなんて凄く機械的ねと世界的な彼女の座標は狂うばかりであるし、腐った世界に下されるだけの兌換を繰り返す紙幣的な憂鬱や、現金が価値観を買い取り、献金される事柄が保つ既得権などで、飯食ってるセレブなんかが五月蠅いねと、その資本家たる欺瞞を撃ち抜くような正論を探すが、最もな正義すら、圧力に屈し、それこそが何かを統治し、保つだけに正気を失っている機関に過ぎないだけに、過干渉する完成されない日々も、何かに抑圧され、そのフラストレーションを、最も弱いものにぶつける辺りから、この正解は競り合うだけに過ぎない一生に押しこまれ、形骸化するに至るだけに過ぎないことごとくを自身に丸め込みながら、気怠い状態に、既読されない状況を熟読すべく、どこまでも追い続ける歯痒さに、空間的ゆとりを求め、尊く結ばれ、唐突にぶつかる思念などが、神経質に疎開しながら、加算される原理に理性を与える間も無く、この世界とは崩れ去る寸前しか持ち得ないから、昏倒するだけに偏る思念や、森厳に備わる禍根な規律や、困難や、剥奪や、中立などを用い、現用する全てに統合されながら、構築される世界にデータを移し変え、倦怠感などを削ぎ落としながら、毎日を聖地に変え、正義を犠牲にしながら、行動に論調を与えずに、讃えるべき悪意のメモリーや、ソドムやゴモラや、酩酊する森羅万象を支える新書の波や、堅実な意味すら産み出せず、見出すべき事実に帰任させるべき意味すら見失い、諄くも空洞化した状態に領域を与える。

肯定的に横溢する理性のリズムと傷口のぐちゅぐちゅ

調律を執り行いリズムやメロディに変わり、オーケストラしていくエスケープに創造性だけが卒倒し、察知すべき真実だけが、形状を打ち砕き、些細な出来事や、最たる意味に権利など求めず、捨てる状態から生まれぬ権力を讃美し、この超越する状態にだけ、個人主義やアナーキズムを超越しては、このビターなシュールレアリズムを加算させた凝滞にビートニクを突き刺し、苦悩を艶麗な状態を固結させるだけのデカダンスを打ち砕き、アニミズムに昇華されない魂を引っ掻きながら、回転する座標や清貧な状態をチュアブルに変え、それを噛み砕いた後からあふれる清涼感的な屈折を自己の内外や、能動する瞬間や、肯定する情感に渇する情景に達するまでの動機に投棄され、消費されるだけの関係性を生むだけに膿み爛れる主義思想は、思考の外側に置き換え、信じるべきは、この脳内の中央を悟る行いのコアや、松果体からあふれる逍遙する硬質な光りを含んだ螺旋構造を抱えた行為に服従しない遺伝子構造であるし、この超越すべき状態に常用される行為に基づき、恋い焦がれるような様態に短絡的な状態を措置しながら、行為に印象を拘引させ、動機に安易な様態を放たず、この達するまでのプロセスに終えるだけの競争を用い、動機に隠逸な正体を拡散する暗部での気配を通達するだけの状況に溺れる複雑化する思念の残骸に革新的な要理は、淵源に靡く投棄された自己を攪拌するだけの愛や恋だけを面影に、それを背負うべきであると唾棄する辺りから、この生命は悠遠さを用い、悠久に対峙する自己が肉迫し合いながら、安定しないからこそ、この世界に落胆を放たず、発散される辺りから、この要因にファシズムを生み出し、国家的枠組みを精神的にはめ込み、高揚感を奪い、不安だけを与えるだけの支配的な機械論だけが、全体主義に組み込まれ、吐き出す言葉が統一されるのが、民主主義の裏の顔だねとネガティブキャンペーンに走り、ヘイトスピーカーする辺りか、ツーカーになる想いは、加算されるだけの原因に牽引されるだけの金銭を生み出し、起因にはみ出す憎悪だけが、ルサンチマンを生み、アルカホリックな核家族を収納させるだけの逆算を含んだ虐待製造的な家族間を形成すればするほどに、憎悪が吐き出される答えしか導かれ無い。

2014年5月26日月曜日

何事にも陥らずに巡るアドレナリンを濾過する夜の日記

最たる意味に乗っかり、加算されるだけに逃避し、踏破されるだけに去り行く意味を踏みしめ、この使命は静謐な動機に連なり、投影される正論などを簡単に打ち砕き、唾棄する事から、この事実からの脱出や自らを奪取する微笑みに相対する縫合を終える。殆どの状態の軋轢を補助するだけの保護などは、この生命を囲わず、その周囲に壁を与え、その状態から逃げられない仕組みを生み出す甘い汁などを吸いながら、衰退する自己を察知するだけの様態に兌換され、過干渉や、完成しない様態や、揚言を用い、桃源郷へと移行するような兌換を繰り返す人間的紙幣のプロセスに倦怠感や、加工された義務が、効率的な倫理感をくすぐり、何を行うにも、罪の壁が立ちはだかり、それを加工するだけの法理の壁が最もな世界を囲い、硬化する状態を揺籃に乗せ、関係性に離脱するだけの制圧を執り行い、ないがしろにした主体に生成される原因が、快活な動機や、動静を与え、投棄される様態や、保身などを抱えるだけの世界からかけ離れ、制圧されずに、制限から離れ、凄艶な時折に快活な動機を授け、愛された記憶や、悠遠に捨てられる饐えた感覚などを用い、この状態は条件を用いず、容器に収まらず、横溢しては、尚逸に舞い、蜿蜿と過ぎ去る要因に巧緻な事実を突き刺すよりも、どこでも簡単に移動し、用いる部位を違う場所で這わせるように、描き、この思考は、どの世界でも共通しながら、どの世界にも存在せずに、次元に介さず、身心に流動する辺りから、それは他者を介した媒介を行い、憑依する辺りから、この表現は他人にものになり、それを売買せずに、換算されずに、超克する辺りから、この清貧に飢餓するような感覚が正義を乗り越え、善悪を裁かず、能動するだけの超域に達し、自らの肉体だけで踏破する主体こそが、精神と呼べるであろうし、誰にも影響されず、誰かを動かす事にファシズムは生まれるし、誰にも求められずとも、知らず知らずに消え去るとも、それだけえが命だと笑うように、讃える事を取り戻せば、この糞よりも、腐った状態を保つだけの世界も確かさを取り戻し、プリミティブな状態から続く異常な普遍性や、変化しない偏るだけの普通から脱し、この移行する世界への闘争は、統合を用いず、個人的な制圧を取り除き、能動するだけの支配に達さずに、権力から脱し、既得権を守るだけの莫迦どもの争いから抜け出し、国家を打倒するよりも、到達する人間である事から、この超越は始まり、許すよりも、強請るよりも、この自らこそ脱する。 感謝、この夜の精神分析が分裂しながら、本体をキャピタリズムに吸収される前に、その精神を引きはがし、自らの身体に帰巣させる事を生業にしている。それが私の詩的で私的で哲学的な精神科医的な事業である。御礼。

莫迦な豚は何事も排除したがり何かを従える

私は、私以外を信用しないし、信じるとすれば、折れた刎を持つ君や、屈折した黒点を支配する残骸と化した世界の標識であるし、接続される要因に現れる正接や、後天的な論理を面影に突き刺し、貨幣化されるだけの調律を終え、群像に蕩け、捏造される夜を気配に突き刺し、この偶感を携え、満足という変化や、加減を背負い、硬直する原理や、更迭される状態に帰するジオラマ的な満足や、安全ピンや、有徳な事実を肥大化させるだけの原因に階級制が現れ偏執しながら、想定される状況に情緒を与え、転用される事実に建設的な妄想や、朦朧とする主体に飢渇しては、情景に重なる容態に明晰な分析を携えた妖艶な時折に解析される形而上的氾濫や、直感的に肉感的な物事を支配する契合するだけの国家的な犠牲を支払うだけの労働器械や、歯車の一部の恥部や、フルスロットルで暴れるべき反乱者や、邂逅する途中の進路に現れるアナクロニズムに懐疑的な偽装を施した絵画的な抽象的支配を執り行い、風前の灯的に気配を察知する敬愛するだけの主体に存在を突き刺すだけの縁取りを終え、そこに共通的な理解を持ち込み、統制を求め、精神分析を行う嫌疑的な気配に察知する神話的回路を取り外し、世界のトリックの化けの皮を剥がし、崇めるべきは、だれにもどこにも備わらず、そこには、損なう関係だけが、歓迎されるのだと還元されるだけに生まれる人間的な卑下、つまりは、ルサンチマンが生まれ、偶像に気配を突き刺し、惨憺たる様態に、暗澹たる狂態が手繰り寄せられ、放置される苦悩は、このあらゆる欺瞞と退屈に解説を施され、反故されるだけの道徳や規律や、寄贈される状態に生まれる普遍性的な殺人機械を産出し、ひとりの人を追い遣る事に変えては獣以下の状況を保つだけに過ぎない私議にあふれる様態が激情を生み出し、エモーショナルに消費され、尚逸な瞬間や、公的的な論証に判然と突き動かされる立場などを中途半端に辿りながら、それに反撥し、跳ね返し、半減しない痛みが退廃的な様態に鉢合わせしながら、容態を悪化させるだけの錯綜するだけの動機は、光景に発散されては、展開する状態に領域は達する後から加担される状態を始まりから終わりまでの軋轢にアカデミズムを用いず、この隔離されない闘争機械は、完全な革命状態を自らに用い、組み込まれる前に、訪れる侵攻を排除するよりも、その闘いに意味を組み込むだけの戦争が生み出す経済効果などに硬化するだけの肉厚な状態に察知する苦悩や、エナジーや、杜撰な乖離性の四季や、破棄されるだけの掃き溜めや、配備されるだけの亡骸や、加算される状態から離れ、私は私で有る事を辞めては、有益な事実に用いる金銭などの一切を排除する。さすれば配下に陥らず、この世界の傀儡で終わらずに荒んだままに進むのだ。

独創する真理

彼女の位置が聖地に変わり、あらゆる意味を確かに包み込む。自分が、信じてはいけない者になってしまう前に自らから、脱する。あるいは捨て去り放棄する。視覚にイメージを郵便する。送り届けられるイメージは、滞らず、充満する。存在という影を追いながら、形作る事柄が懈怠し、崩壊するまでを見つめる。私の奥に何も添えるなと、シュテイルナーは語る。その主体性たる欺瞞や、肉体から離れた精神は、どこにも帰さず、なににも介さず、清算すらされないのだ。かかるして挑めだけに訪れる今が染み込み、かけがえが無く結ばれて行くだけに過ぎ無いのが、生きる事に表される愛であったり、表現であるのだ。自らを歪める主義思想を捨てた辺りからニヒリズムの芽がどんどん開花し、咲き乱れる無意味が今に迫り、欺瞞や疑念が死の内外に襲いかかり、概括に埋められた糞まみれの道徳が、偏った法理を自身の内外に押し付け、反逆せずに、膠着する。打ち砕くべきは、自らの力だけにあり、借り物で騙るだけに、自らの憤激は、巨大なルサンチマンに変わる。これを理解すれば、超人とはなんたるか、既存のものを一切信じずに、死するともを迎え、自らを超克し、どこまでも克己する先に行き着く死を出迎える事は、ニヒリズムでは無く、信義であり、自らの大義である。偏向するすべてが嫌いで、最もな価値を刷り込む世界に、本質などは無い。知っている範囲を知るのが、勉強であり、知らない範囲からはみ出すのが、勉学である。自ら執り行い、自らが指揮し、指導する事こそが、自らに自らが、意志を与える。日和見的人間が漁る悪性化した主体が同じ人間を生産し、物事を機械化させる。私に近接し、奥底に触れる意味にだけ、無は超越され、あらゆる意味に変わる。ニヒリズム的な深淵から覗く悲嘆や、嘆息や悪足掻きが愚行を呼び、内面のルサンチマンを美化し、暴力に至る。ニヒリズムから始まる是非は、背反しながら、相反する問題を相克し、善悪に訪れる間隔をどれ程に自らの身近に引き寄せ、自らに問題を提起させ、想起する事が、道徳に偏らず、自らの思いだけで追考し、その腐り切った資本の豚や、資本の見本のような大量生産的な輩や、大量消費的なあの子のアナクロニズムを倒錯させ、アナーキズムを超え、定義を乗り越え、域や閾すら書き換え、収奪されずに、自らの創造性で切り開く事にある。ただ、その創造性とは、既存の価値や概念や倫理に頼らぬ、自らの態度に備わる事柄にある。理解よりも、理解に至るまでの行程や、道筋こそが、大切であり、私は、私だけに従う事にだけ、その正しさを添えてみて、その正しさを裏切るのである。

2014年5月25日日曜日

不躾な夜から処刑台のコアに描く日記

虚偽的な理想を論理に変えるだけのメイクアップを終え、嗚咽や、応益を求め、投影される状態や、統計される過去から高圧的な夜が生まれ、世界が騒ぎ立てるような状況からずれていく展開を加え、固執する状態のページを捲り、迷信を携え、観測される正体に、動じない僕は、時折の折れた世界の端くれを背中に乗せ、卒倒する様態に建設的な苦悩を積み上げる罪が摩擦する辺りから隷属し、批難する事を悲嘆に変えるだけの流動性に汚染される凶状や、表情や錯綜する運命や、酩酊する天国の羽音や、可憐な状態に注がれる罪深い一日の混沌さに、最たる状態や有毒性の近影を重ね、固執する状態に明晰な状態を告白し、滑稽な状態に利潤を与え、受け取る世界からの表情や、自然からの語り口などから、過怠する理屈から逃れ、加配される状態に配られる胞子で生まれる状態に本質は硬質な動機を生み出し、投影される状態に拗れないように、求める要因に注がれる妖艶な状態に司る牢記を重ね、高じる運命に硬質さを与え、固執しないように内容に、阿吽の呼吸を与えるパートナーに媒介者に、体裁守らぬ大罪者などは、どこにもでも居るし、此処にもニコニコしながら嘯き、誰かを欺くべく、今に噛みつく要因をしながら、今にしがみついているし、受け売りな状態や、重責する様態から離脱しながら、理性を保つかのように、かさつく愛に、離散する状態が刻々と備わり、なぞる程に、この世界とは解けぬ要因の毒を吐き出し、道徳などを吐き出し、高騰する雑多な心情に加えられる資産だとかをブリッジにし、選定される様態にマストや要因を求め、高じる運命に抵抗を加える。この状態で、生きるとは、回避する事であるし、根底からの飢渇を避けるべく、この幼稚な状態に固執する資源や、健全さなどを吐き出した辺りから受け取る状態により、何事も変化するのであるし、この情景を介して、その条件では割に合わぬとか言い放す状況から、この統合される様態に心情は侵攻を重ね、要する状態に高じる物事や、動向に注がれる様態にあふれる痛みやタイミングや、計らう事柄に隆起し、横溢する様態からあふれる最大限の要理や、理念や、捻出される高揚感などが、なぞる原理に辿る意味を流し、この空間的な流れを遮らぬように、固執しながら、靡くこの意味は省かれるままに関連する状態に引き合わせるような事柄を充溢させ、通れなくなるまでに、答礼を繰り返すだけの問答を世界に溢し、交互するだけに過ぎないような状態に一過性の真実や、加算される状態に埋もれるような抗体を自らに持ち寄り、至る毒気を取り払うだけに過ぎない。 感謝、健全な状態が退行しながら、行為に肉迫し、この表現がレジスタンスに変わり、端々や隅々に、心地良い革命を押し流す。御礼。

契合される過去から此処までの距離

配される愛に排除される気持ちが応答を繰り返す頃の道化と化す頃に同化し、寡占されるだけの同期を終え、取り込まれる原体に加算される数理や、記号だけが、その者を名称付け、切り取られる辺りから値が生まれ、幼稚なギミックや、議論やプロセスが延滞や、英断を下さず、空洞化した状態に悠然と措置される様態を姑息に集め、牛耳る辺りから、また同じか、それ以上の力を生み出し、その全体を奪う為だけの闘争が倒錯し続け、終わらない戦争などを扇動し、それを見るための見料たる税で、この国家などが短絡的に賄われ、成り立ち維持するだけに過ぎない事も読めないようでは、何事も乗り越えられぬのだ。或いは、知ってそのまま隷属するだけに過ぎない事を守る事だけに生きるとは、なんて悲酸な状態の静謐を捉え、途絶えぬように、君を押し広げ、悠遠とした大地にダダイズム的に描く頽廃しながら、衰退する心象を定理に、理論上の敗北感に揺らぎながら、踏破される間柄から、統一される主体に整合される有形な君に立証される状態と邂逅しながら、原因に結ばれ、無数に措置される艶麗な素因に現実は過去と遺品と貧困と回路と、廻廊に至る意味を歩く君の後ろ姿などのカオスをなぞりながら、偏執する状態にペインやマインドや、静謐なメタファーを送る。渋滞する関連は心を持たずに、天地に利用され、製造される心象は、行動に恒常性を求め、リンクする状態から、交換される過去に誘引する様態がコンプレックスを重ね、駆除される今や、数多に尽きる状態や、心理や、艶麗な差異や、求めるジレンマや、混ざり合う衝動や、肯定的な主観に訪れる狂態が察知する状況に、この状態は受胎を繰り返し、攪拌する両者に、確かな恒常性を用い、互いの成長を祈るように溢す気持ちが充溢し、艶麗な相剋を繰り返すような対比に至るだけの現状に現況は詰まって物々しい思念や、群青色に溶ける過去や、根絶される今や意味や、錯綜し、漁る感情に理想や離間を与え、間隔に生まれる姦悪や、開閉される意味に譲与される抵抗的な賄賂や、アイロニカルな見料を取る権力や、会合を繰り返す闘争の本質を見失った機械兵達が促す平行線を歩くだけの投棄された現状に攻撃を加えるだけの暴力の音と音が擦れる様態や、真偽を繰り返し、高圧的な軋轢を加え、要する状態に神授され、誘引さっる様態に葉の音を伝えるホイットマンの包囲網や、屈辱のカノンを弾き流すバリウムのスターや、感染症の加工物たる異物感を現状に吐き出す抵抗性の破壊者や、快諾されないここからどこまでの距離を埋めたがる。

この永劫を歩く豊かな瞬間よ!!

その影や形に、等差が生まれ、殆どの軋轢はあらゆる様態や、状態に失速するだけの感情をしつこく纏わせ、纏わる状態や、渋滞し続ける真実や、その真意に求められる様態に注がれる加工品たる過去や、手繰り寄せる状態を手招きするだけの経済などや、誰かが示すうまい話や、騙し合うだけに誇張され、その場で膠着するのが、金銭の卑賎なやりとりであるし、死んだ目で立ち尽くす合間に端的な話題も、穢い話に変わる頃には、何の正しさも誰にも背負わせず、何の状態も背負わされるに至らず、選りすぐるだけの様態に現出される状況が公的な賄賂を下され、現実に下克上を下す辺りから生まれる叛逆を用い、この思考に指導を加えるよりも、この行為に添えられる無を喰い散らかす要因に挑むように、自らを絶え間なく疑い、偶感に示される愚行が執り行い、漁る者どもが奪いたがる状態とは、用いず疲れているか、持つ事に疲れる程に浮かれているか、解けずに、その場で行き渡る事を真実だと思わされ、それを漁るかだけに至る価値に価値は無く、その場に至るまでの状態に注がれる状況こそに真実は埋もれ、貧相な価値が貧賎な様態に慢心を与え、精神的な支配や、星辰崇拝に至る占いに訪れる状態の教唆や、その様態に送られる手紙を受け取る心持ちや、揺すぶられる愛に排出される状況の嫌疑や、数多の遊離を含んだ悠然とした感情に徴候は示される状況に法理や、本質や、記号や有する事だけを信じるべきだと真実を膠着させる辺りから、使命感は阻まれ、浸透する状態に満足する事で、その欺瞞は違う部位に至り、位置づけられる意味を恨みだし、今を疑問で埋める事は疎か、厳かに至る辺りから、この幼稚な状態を旋回し、この状況に滞り無く備わる意味合いに深まる空間に備わる現実から抜けだし、欣然として死地に向かう様を挟んだ幼稚な原理に至る力からの支配を終え、有する状態が自然に超克される辺りから、この幸せと呼ばれるだけの名称から抜け出し、果然と尽きる想いが突き動かすまでに加算される様態に集積される状態を原理に、滲むような競合を終え、虚偽を突き抜け、強制されずに、この本質は真実を誠実に結び、逸する一切から肉迫する余韻が成因を包み、この原因は踏破され、投じる運命に統合されない辺りからはみ出し、押し付けられる正しさなどに、正しさなどは無い事を知る苦労話も、直ぐ様プロパガンダに変わり、察知される頃には、殆どの本質を失い、問題から離れる状態は枯渇しながら、内面的なサウンドを運動的な様態に重ね、状態に人間性も用いずに、求めるままに判然と尽きる運命に統計される状態に固執しながら、この状況に加算される浄域に闡明な状態を映し出す。

2014年5月24日土曜日

時間は曖昧に夜を通過し自我の日記にあらゆる状態を書き込んでいく

至る意味に無を用いる以前に囲われる自己こそを捨て去り、衰退しないように、退化せず、超越する。意志は封緘されず、絶対的な意味を司り、同封される状態に権利を用いず、統合されずに、応答されぬ辺りから肥大し、この世界を広大に押し広げる。或いは状況は境涯に迫り、センチメンタルな様態に信号を送り、毎日のレベルや、出来合いの真実や、デカダンな気持ちや、用いる状態に凌ぐ狂態を重ね、浪費される状態に衰亡するような気持ちを高騰させ、カオスチックに笑い、淫蕩な正体を主体に重ね、高じる意味に端的な割合を持ち込む、この軽さを用いるべき今に欺瞞を用いず、接続される辺りから名称は一人歩きする途端に、自らを裏切り、裏通りでうだつの上がらない界隈の猥雑さに飲み込まれ、本質すらも失うかのような目標だけに飢餓し、飢渇する精神は資本家や、隷属すべき権威を求め、そこに隷従するだけに敬語で丁寧に話し、道徳を守るべく範囲に収まる指導を小さなコミューンで受ける辺りから、この生命に履歴や、冷静な判断を肌で知る事や、肯定すべきは、自らに有る事を知らずに、有する時に強請られ、有する是非を是認すべきは、その認識する辺りから生まれる規律を系列化し、寡占すべき状態にひとりの個人としての主体を失うまでに錯綜する原理に倒錯し、この高揚する気持ちを恫喝するだけの浪費を自らに課せる状態に引き裂かれる様態は堅持するだけの状況に除去されるだけの形を用いるだけに、元々の自己とは、その場に自我を用い、その時間に有するだけの更迭を繰り返し、この命はどこでも無く、ここで見納めである事を踏まえ、有する気持ちを踏み荒らし、健全とし、凛とした気持ちで厭わぬように闘う事こそが、その権力に牽引されずに、オーガズムに至り、ニヒリズムに踏み躙られずに、滲んだ自らの借り物の権利に嫌疑を与え、その思想すらも脱ぎ捨て、信仰に行為は無い事を知り、何かを信じる事を先ず疑い、その原理に理性を用いる事を思い出すべきである。人間とは人間であり、獣では無いのだ。用いる全てを買い取れと、先ずは奪い取れと謂うのが、国家のプロセスであり、知っている悪意を放ち、その原因を原理に課せ、君に足枷をはめ込む儚さに蹲り、埋もれさせようと、君を蔽うのが、この世界の仕組みであるための歯車の一部になる事だけが、あたかも幸せなのだと促す事から、この世界の動機は一部始終の貴賤や価値に貨幣を縫い付け、その税が、負債を支払い続け、感覚を支配し、その倫理を毀損するだけの麻痺した道徳が、既存の価値を産み出していると完治しない苦悩を虐げる辺りから、清貧な様態に聖地は生まれ、状態は枯渇し、高騰する原理に原意は膠着するだけの動機に、同意を求め、横着しながら、応答する原理に原因は通過し、殆どの軋轢を重ね、課せる思いは足枷を自らの世界にはめ込み、偏執する状態に固執する悪意を原理に、固執する様態に思想はねじ曲げるだけの思考をテロリズムや、暴力に変え、自らの権力を用い、権利を牽引し、自らが逃避する辺りから等位が生まれるだけに過ぎない主義が、衆愚を誘うだけに過ぎない。 感謝、そのままであろうとすることに有する事を用い、その重みだけに耐えるような社会などに正解などは無い。御礼。

抵抗と叛逆に位置は無い

君は押し黙り、まだ痛むねと、そっと実体を拡散し、強制労働を機械化させた燦然とした主体を凄然と重ね、脆くも崩れ去る現実に疎外されては、恐慌に陥るだけの今朝を嗅ぎ付ける騎兵隊や、籠の中の鳥や、化合物や、狡猾な道理に動機は陰湿な成因を重ね、勝敗がなんだと促すうまい話や、曖昧な理論を重ね、静謐な動機に無数の権利を重ね、抱えた身体や、カラフルな性質な要因に木霊する毎日の全容や、凍結する道理に無数の心因を重ねる精神性の嗚咽や、恒常性や、情報的異常や空洞化した主星を集め、展開される様態の星の数を数える補正されるだけの話や、悠遠な相違に猛る思いが物々しく鬱ぎ込んだ様態の切れ端を集め、正当な理由を総合的な疎開させるような移行的な生に輪唱する現実が硬化し、健全な理由を殺到させる間柄に永遠を配置する。事柄は言葉を喪い、演奏を止めない由縁や、投影される自己の影のガイダンスや、大体の思念の逆走や、喪失感に空洞化されぽっかりと空いた穴や、症状を悪化させる聖戦の後や、固執する状態に叢生する状況や行動に老化する共同体が能動的な不安感を補食する辺りから、この常用する状態が審議を重ね、諸々の浪費を行い、行動に浪費するだけの主体を集積させ、閉じる思いに、牢記する容態に根絶される情交が重なり、毎日の平静を保つかのようにたゆたう身体から、因子が貧寒な状況に除去され、蕭然とした理由に行為を重ね、プラトニックな状態や、清貧な予感に切り取られる状態が重責する過去を捕らえ離さないから、ないがしろにした状態に欺瞞ばかりが生まれ、夜は届かぬ距離にまで至り解けぬ事から膠着し、浸透する様態に育まれる状態に連動する恋情や、衰退しない心持ちに持たされるお土産や、応答する状態に受胎する心や、気配や、殺到する原因や、懸隔にあふれる常用すべき気持ちや、察知すべき状況に至り、堅持するだけの状態に重なる様態に察知しては、競合する状態が冷然と尽きる辺りから、この生命は、宿る意味や、宿す位置を持たず、廃れる位置に形を用いず、その場に効率を求めるだけのフォースに廃れず、この気配は察知されない辺りから疲れ果てた要因を用い、現実に転換されるだけの期間や気配や、現状維持などできるはずも無いから、この旋回する意志は毎日の屍骸に変わるだけに過ぎない意志を引き摺りながら、あらゆる新しさに卑下される事を乗り越え、用いる全てを捨てる。それは断捨離では無く完全な断絶であり、そこに存在や過去や主体は持ち込まないし、持ち込ませない。持ち込まされるものは武器に変わり、この場や心の貧困を生む。

塞ぎ込むまでの負債の額とそれを統治する状態

悲しみを思う頃には、悲しみは壊れ、今に引き裂かれて行く。行き過ぎた思い出は、すぐさま退化し、見せつけるだけの間を置き、関するまでに復元される面影が、絶えず今を軋ませるだけに過ぎないのが、今ある悲しみなのだ。ざわめく街の記憶上の言葉を集めている。酩酊している街は騒がしく、大きな崩壊を待ちわびて、カタストロフィを出迎えているような門構えをしている。リチウムで閉鎖的な永遠を貫き、底冷えの進化論に宇宙を刻み、森羅万象を砕いて飲み込む。すべてを司る森たちを支配する悪魔みたいな鳥たちが飛び交う世界を潜り抜け、炭酸が気泡を生む夜空に、ドメスティックな歌を唄い、気分を晴らす。世界は、こう泣き喚いては、刹那に蕩け、悪性腫瘍を抱える今朝に、能天気に帰還する。縋り寄る依存心などが、制圧的に精神の結び目を解き、静謐な始まり以前の脱力感から溢れる臨月から産まれる心から、離反し続ける。半径はこうして生まれ、拮抗して阻まれる。産まれたままでは、何故いけないのかと、衝突や、膨張を重ねる宇宙と対話しても、退薬症状や、拡散する原点や、被害妄想や、歴代の悪夢や、虚偽を重ねては、怯懦に転換する重なる月日との仮死化を終え、時代的に飛躍し、離れ離れに謳われる真実の揺籃で、ひたすら、私は眠り続けたいと、あっけらかんとした少女が、あっかんべーして出迎える田舎の夏に、世界との距離を埋めるより、君との距離を近付けるキスに至るまでの経路を、計画的に推し量るより、思うがままに行動とゆきずる。何故、世界は終わりに向かい、何故、何パーセントか分の雨が私を濡らすのか? ただ幸せとは、互いの距離を保ち、その合間の時間をやり過ごすようだ。ただ私たちは、パッケージ化された、神話に主体は、収まるしかないと、謂い放つ問いは突き放すだけに過ぎない事柄を瓦解させ、万感に迫る想いに牢記すべき状態に感情を与えず、あらゆる事柄を受け取り、受け入れ折れる事が正解なのだと、端的に断絶されるだけの想いを投函するだけに入れ込むべき穴を開け、そこに誘致すべき状態こそが、正解だと促すころに、甘くない、とか、甘いだけだとかと促す事をあたかも正解のように示す事こそが、その場に行き渡る曖昧な甘い罠であり、それこそが、幸せだと蠢く思考にこそ、普遍性という思想が澱んでいるだけに過ぎない状態にパンデミックした情報が豊かさを奪い、心に、心無く形無い情報を纏わせる。その状態に纏わる事だけを信じていれば、あたかも救われ、それこそが正しいと謂い放つ事こそが一番の歪みであるし、そこに生まれるひがみだけを資源に、この価値はマジョリティにあらゆる強化を含ませ、衆愚に変わる頃には、頽廃した政治以上、政治以下の存在として、状態を膠着させるだけに至る普遍性こそが、一番の脅威であり、一番の宗教であり、一番の独裁的政治性を放つ歪んだ思想である。

2014年5月23日金曜日

我天まで至り成す事を描く夜の日記

真実はどれも適度に肉迫される様態に慢性的な自己を折り重ねる。到達した後に切り開かれる容態も、心無い状況や、その憶えも無い毎日の虚偽に加算される状態に蹲り埋もれながら、統計される状態に差異性が訪れ、諸々の物事を善悪か、前途多難に途端に拡散し、矜持を用いず、変化する正否に、懸隔は広がり、瓦全と尽きる想いが十全とした意味を捉え、途絶えずに進む辺りから時間は抵抗を加え、行動に余韻が生まれ、儚さを内規しながら、投影される状態に封緘されては、展開される辺りにあらゆる余裕が生まれては、形骸化する状態に失速する苦悩の濃度や、慢性的な失意に陥るだけに届かぬ思いが、この状況に収納され、集光され、投影され、帰還し、微かな動機や、記号や、悔いや状態の固執や、終焉や、麻痺した濃度や、能動性や、同居する不信感や、節穴な、内径に馳せる外延の狂気の境域や、正気の正体や、衰亡する様態などが、濃密に資本を流動し、端的な豚を生み出す。端的な豚とは苦悩する資本を鼻で啜り、偏執する容態に悪化する状態を統合したがり統治国家的な憎悪の主体を集積される張本人の攻撃的な主体を餌に、最もに人民を惑わせ狂わせる豚の事である。或いは変化する状態に善悪を用い、是が非でも裁きたい輩が行う裁きに翻すだけに捌くべき貨幣を用い、変化する状態に苛税を課せるようなものの事である。その状態に察知すべき揺動を執り行い、根底の飢渇を押させるべく、無益な闘いに出かける。掛け替えがない容態に措置される要因が無機質な様態を胎動に重ね、諸々の価値は飢渇するだけに囀る理由を持ち合わせ要する時に寄せる思いが、意味合いを深め、動機に著しい心情を捧げ、投棄される状態に受胎する状況が拘引されるほどの愛に静謐な高揚感を抱え、投影される自己から放たれる意味が占う時に要する過去から未来への通過儀礼を重ね、統計される自己からの傀儡化した悠遠さに、照合される正午や、肯定する理論に想起する状態にだけ、この受容は事業を飛び越え、投影される限りの影から加算される二面性に画期的な理由を勝手気ままに吐き出す辺りから騒然とした理由は投影される限りの自らを認識し、成虫になるまで乖離した脱皮を繰り返し、あらゆる状況を発散し、発覚する原因から誘引される状態を結い綴りながら、本質を解体し、物質的な欲望を出来合いの真実で埋めるだけの理想論や、サディスティックなシオニズムや、衰退する状態の飢餓や、気配的な情痴に意固地になるだけの理性的な排出や、排斥を繰り返し、淫蕩な正体や、気配を掻き消すように翳る容態に導かれるような答礼を繰り返し、離叛する主体から休日などが生まれながら、実感する前に抵抗する情感に配備される生涯が、活性する状態を導きながら、高揚感を携え、断腸の思いで、関連する正体を解消しては、錯綜する様態に敢行される意志が、根底に境界性を与える以前に酩酊する原理などを飛び越え、安易な様態を解放する。 感謝、この自由は生死を超越し、抵抗せずに自然に回避し、理解を深めるよりも、乖離するままに思わぬ事に遮られず、差異化を終える。御礼。

空腹を埋めるだけの恒常性から逃れる

根底に飢渇する状況を自ら生み出すのかと疑問に想いながら、永らくの不安を逆撫でながら、逆鱗に触れるような負債を溜め込み、負担ばかりが増える状態に至る欠如を抱えるのは、何故とかと問うが、君の位置が変わらぬ限りは、意味は位置に配置され、そのまま膠着するまで固定されるまでに移動する事を憶えないから、覚束ないままの欺瞞ばかりを溜め込み、加算される様態に訪れる強制が、共同体に競合し、感染する様態に訪れる象徴的な原理に遊離を繰り返し、契合される状態に楔を打ち込み、互いに行き渡るように交互に示す錯乱を繰り返し、様態に示される状況が悪化せぬように、この孤独は与えられて義務を超過し、義憤に至り、巍巍を越え、超克する辺りから、この曖昧さを拭い、状態は面持ちを用い、蕭然と意味を突き抜け、徴候をさ迷い、不確かな不安を拭う。矛盾した聖地を歩き、偽造される真実に根差す穢い余韻が、印象に深まる空間に暗闇を措置し、夜も、もう掴まるだけに浮かない表情や、表現を標記させ、本質を失い、喪失感に漂い、ただ送致されるだけの事柄に央軌する状態を重ね、情愛に至るだけの悲しみなどは、無知を誘い、行動を凝固させるだけに至る形にすがるだけに塞ぐだけに過ぎないから、この諸々の状態に領地を与えず、状況に濾過すべく枯渇した状態に浸透すべき様態に状況を押し流していく粗造な夜は少し喧しく定期的な理想に口出ししては、儚い状態を受胎し、あらゆる子を産むから、乾いたままの言葉に排斥される状態を再認識し、整容する時に凄然と濾過される状態が、兆しを用い、投降される状況から、逸する主体は一切から離れ、邪推しながら、生涯を静かに筋書き立てては、品性を保ち、用いる全てを損なう限りに流動させ、証跡を辿り、違反を繰り返し、背徳に生き、関連する状態に心情を携え、納期される後から帰納される状況の軋轢を飛び越え、憶えも無く彷徨い、訝るままに繋がれた意味や規範の様態に注がれる苛烈な状態を凌ぎながら、蘇生されるだけに総合性を保ち、統合を終えるだけの統一感に統治される事から、この狂気が、胸裏に重なり、離叛する半径に捕らえる状態を喪失しながら、萎びた記憶の襞の中を歩く。

癒えないままに切り取られる後から広がる意味からの魔法

自分のしっぽを食うような辺りから寝込んでは、猫みたいな用意で、瞬間の判断を自らの触覚たる髭で感じるような感覚が、淡々と凌ぐ想いに逡巡し、現状維持だけに、普遍性に敷衍し、俯瞰を襲う状態に情意を誘い、名指しで伴侶を求めるだけの名称じみた儀式のプロセスに判断は不可欠的に俯瞰を不潔に蔽い鬱血させるに至るから、経済的な判断だけが、愚行を続け、対比される他人から、他者への道から道へと、季節は逆上しながらルサンチマンに至るまでの荒んだプランや、曖昧な心情や更迭される状態に注がれるおぞましい状態に引き裂かれる君の曖昧な世界の座標を探し、燦然と尽きるイマジネーションや、焦熱する状態に時刻表を用い、時間を計るだけのウサギたちがフォーマットされる正体に無気力ウイルスを配る頃には、散々な状態は、頽廃するだけの模様を切り取り、記号化する世界の数字化を終え、、文字化けする辺りから、この世界は流動性を保ち、この表現は、方向感覚を失い、崩落するだけの泥酔しながら、生の法外な無知さ加減の差額に至る差異に生じる運命的なドラムロールが苦悩を讃美する辺りから、このデカダンは、虚飾の海を浮遊し、豹変する状態に陸地を埋め込むだけの惨害と、感染症と穢れさせられた大地や、倦怠感や、諸々の廃位を運ぶ状態に倒錯する乖離した階級制や、境界線や、共同体などを胎動に含ませ、腐敗する容態に試みる価値や、家畜化する世界や、推移し続ける精神性に安定性などを持ち込まず、乏しくとぼとぼと生きるのが、この肉迫する情愛にセンチメンタルな口実が生まれるまでの性格な判断であり、この適正する状態に、自らの判断だけを促さず、それを統治するだけに過ぎない法治国家の家は窮屈で癒えないし、何故に、この判断は曖昧なままで狭まる価値を用い、それを株価に突き刺し、根差す状態だけに水を与え、脆くも崩れ去る様態に状況が悪化するだけの非情さを用いる。

2014年5月22日木曜日

そうじゃないとしても本当にそうだったとしたらどうするんだろうと項垂れる夜の日記

行き過ぎた関係性を完結させるような景色が形式的な偶像に絡まる。与えられた偶然は、あたかも、その場で必然性を引き摺り物事の確かさを失いながら、関係に亀裂を与える。時間が半径を司り、行動に助長する情緒や、マテリアルなどが、建前上を通過し、自らに保たれる関係性を濾過して行く。寒々しい頭を抱え、苦々しい顔で奇しくも混ざり、行き渡る全ても、動作を不規則に行い、囀る時を夢のように募らせよる。あるいは、不純な支配が、物質的に迫りながら、手探りで曖昧な物事をゴソゴソと弄り、優越感に浸るだけの街並みには、気概が無く、果たす意味すらも曖昧なままで、行き過ぎ、通り過ぎるだけの日々を仰ぐ。取り戻すべくは関係では無く完成であり、儚い関連性に和む不安を捨て去り、最たる恐怖心を克己させるブリッジを取り除き、吐露する状態に肉迫する想いに刺戟を与え、天底を測り、配備される状態の中庸を保つ状態のエントロピーが平行線を辿り、公平性などを用いず、偏執する容態に悪化する普遍性を千切り、諸々の状態に錯綜するジレンマや恒常性を引き裂き、あらゆる狂態に訪れる刺激的に幽閉される状態にこじつける涅槃や、言葉と静寂のバランスや、数多の金言に鬱ぎ込むだけの澱んだ社会の苦悩が無造作に置かれ、根絶されるだけの喉の痛みや甲状腺に下された判決は、ゆっくりと死に至るままの病を継続し、計画的に判断される解決策は、ゆっくりと惰性な税を支払うべく、死を受動しろと促すタナトスも、他人事の領域に猟奇を抱え、その領土を奪う事だけに、事柄を突き刺す。或いはリソースを用いず、自らを基礎に全貌を解体する理論上の解剖を執り行うマッドサイエンス的な暗澹とした最善策に、言葉も無く、悪は博愛を告げ、音も無く引き摺る絆をずっと杜撰なままの境地に異常な数値をひっさげ、高騰する株価や下落する位置や、改竄される情報の中枢に麻痺した既得権を用い、権力闘争により、この国家を保つだけのプロセスがプロレタリアートの上に重くのしかかる。その軋轢に対処される甘い汁すら、曖昧にされ、生きていたければ、従うべきだと幼気なあの子や、健気なあの子の苦悩を取り除く前に、個人的な問題が重みを課し、或いは加算される状態の容態が悪化するままに発覚しない痛みに極まる容態は、諸々の痛みを麻痺する程の痛みを今に課せるから、この世界は、生活を保つ為だけに、この要する事に譲与されるだけの意味合いを解決するだけの価値に置かれるだけの神のステップや、鉄格子に阻まれる暴力の前の位置に意味を置く後に措置される存在や、シティーライフなどが、慢心を誘い、この地下鉄に乗り脱兎しては、グラインドさせる要因が永劫に行き渡るまで前で循環させる。 感謝、惨めで雑多な気持ちを打ち砕き、羞恥に至るよりも、開けたままに、自らを突き上げる。御礼。

咎める事無く突き進むのが愛である

雑多な気分や雑踏に放り込まれた悲しみや、空虚さを生み出す欺瞞や、偶像的な真意や因子や、葬る矢先のちゃちな理由や、超克すべき状況の呼吸や行動に注がれる理由と自由との差異や、根底に飢渇する毎日の地脈や、行動に適したテキストを配布するだけの教育や、恒常性を保つだけの構造を破壊すべく、私たちは創造性を用い、到底敵わぬと知りつつも、玉砕覚悟で挑むだけのたった一つの命であるし、そこに恒常性を用いても、老いるだけに過ぎない余韻に因果を明け渡され、私は単に何も持たぬし、持ち合わせる意味も持たぬし、褪せるだけの瞬間に高じて、この想いは祈りを越え、同時に蔵すべきは、この覆す状態に赴きを与え、耐えず進化を宿すように微笑む今に縫合され、きつく結ばれ、縫い付けられるような愛こそが、この閃きを補助しているだけに過ぎない事に、否定的なものも、疲憊するだけの苦悩も、効能を用い、行動に距離を保つ状況も、競合し、果然として徒然と連れ添う辺りに点在する状態の主星を取り戻しながら、この肯定的な余韻、つまりは君が肉迫する間柄から備わる恋に基づき、疲憊せぬように、この想いは形状を持たず、基に締め付ける管理下や、回線を混濁させるだけの官僚制に、二重行政的に重なる行動に度重なる痛みを伴侶にして、信用を失うだけの状態に躍動するだけの行為に基づくだけの動機が関係するだけに用い、訪れる状態が少しずつ擦れながら、麻痺した様態に様態は悪化の一途を辿るだけに過ぎないからこそ、この苛烈な状態に領域を生み出す事だけが、事柄を蔽い、横溢する状態に加算される常用を終え、嗚咽を吐き出し、亡骸から超脱する辺りから弛緩する様態が思念を流動させ、揺動する心理が心因を生み出し、不安を生み出す事から、物事を踏み台にするだけの人間性を運び出す資本が流動し出したのだから、その逆流を生み出し、提要すべき所帯に配るべき事柄だけを与えるべく、誂え守る為に堅持している既得権を葬り、屠るべきは、生活の為に支払う無駄な贅を取り除き、税を支払い、守られる生活から、守るべき様態を摩耗するだけの権力を剥ぎ取り、見料を取るだけの情報から目を反らし、個人が強固な存在であるべく、この凄然とした世界性に用いる善悪を書き換えるべく、掛け替えがない者を守る為の闘争に用いられる戦争を統合させるだけの国家を保つだけに保たれるアンバランスを打ち砕き、この全世界を一つに統合すべく、新しい主義を設立する。その始まりは豊かさの崩壊から促される真実の箱庭からの脱兎であり、バビロンを打ち砕くべく、運ばれる意味を配備する以前に答礼を繰り返すオウム返しの連中を連理にしては、整合される領域に生み出される状態を情愛に変える事から、この無機質で無感動な様態に軽々しくお涙頂戴を誘うような仕組みから脱兎し、自らを強固に保ち、時間を超越する。

投じられる運命と衝動の嘯く部屋

この屈辱を飛び越え、快速に至る自らのスピード感だけが増し、自らの緩慢さを巻き込み、行き渡る労働を淘汰し、自らを教則し、傷を貫く辺りの痛みを蹴散らし、この動機は、革命に至るためだけに延命せずに、散り行く影すら怪訝に蹴散らす。感応するだけの世界を画期的に攪拌すべく、我々は全てを目覚めさせ、混ぜ合わせる。退屈を怯懦で忘却させ、撲殺すべきデータや、コマーシャリズムを掻き消すべく、一切の概念の図画を千切る。断続的な思考の彼方に断片化した思考が錯綜し、現実に浸らず、至る所に、自らの価値を漁り、曖昧な思考に関連する状況を邪推し、自らの事業から錯綜する。大抵の事実は無機質に過ぎ去り、最たる意味を失う。世界を変えるために生きてはいるが、世界とは、変わらないものであるかのように騙る者たちの物であるし、その者たちの物のために至り過ぎ去るだけの価値だけが、重なり続け、機会を保たず、人生訓ばかりが、アカデミズムを介し、自らの孤独を謳歌せずに、来たす今に阻まれる不安は命すら奪わずに、ツール化する最もな生命の軽さを価値に変えるだけに、人間性などは、簡単に失われる。何故、生きるとは、生活に固着し、膠着し、構築される物事に加速し、自らを喪失して行く。自己とは何かを引き摺った跡に過ぎないし、その後を追う自分が自己を引っ掻き、あらゆる対象や他者を含んで、あたかも自分らしくと気張る合間に、自らはすがる程に解かれ消え去るような存在を定理しては、あたかも、その場に自己を引き摺るに値するかしないかの間を錯綜するしか過ぎないし、感嘆に靡く寒雁たちは、変える冬を無くし、尊く結ばれる場面にレジスタンスが持ち出す寂寞に苦悩を映し出す傲慢な鏡面に注がれる他者からの映像を受け取るだけに過ぎない風貌を映像に重ねるだけに投射される状況を飲み込む間も無く、曖昧な毎日に消化され、毅然とした自己に快活な動機も見出せずに、見違えるだけに見間違える状態や、勇躍する状況に課せられる嘘吐きな保険や、法理や、小売り化された正義や欺瞞や憤懣が憎悪を生み出し、超巨大なルサンチマンたる怪物を内部に製造し、破壊的なあまりに破壊的に、照合される時折に引き裂かれる小さく未熟な愛の帰り道はいつも儚いし、そこに課せられた苛税たる生活を保つだけに統合される現実に錯綜する状況がほとんどの軋轢を呼び、行動に憎悪を生み出す仕組みに組み込まれるだけに過ぎない私議を繰り返す事を終えては、展開する様態に新たなプロセスを与え、機械的に能動し、行き交う事を辞め、自らを耕すべくあらゆる世界を自らに投影させる。

2014年5月21日水曜日

君がどこも嫌いだと呟くまでの夜の日記

この愛に接近する行動に、この行為を短調に描かれる事を拒否すべく詩人になった訳であるし、この分け隔てるだけの状態から飛びたつべく、等位を求めずに、乗り越える状態を凌ぎながら、案外、按排は、彷彿とする辺りから鬱々としては、最たる理由を運ぶだけの状況に行為を移し変えるだけに過ぎない私議を繰り返すものだ。物陰に隠れるビターな感情が曖昧な甘さや苦味を含んでは状況を噛み砕き、成就する辺りから静謐な要因に求める状態が加速し、足枷を外し、世界性にイントネーションを与え、多様な様態に凌ぐべき想いを募らせ、干魃する辺りから示されるムードやビートが次なる場面に継ぎ接ぎながらに展開していく。注がれる情熱と状態がアルコールなどに混ざりながら、新たなカクテルを革命的に生み出すのような恋の濃度が愛に変わり、かけ離れながら、離れ無い二人の内部に摩擦される容態が赤く染まる優美さに変化し、要する状態に記録や、記憶が生まれ、仮想される真実を乗り越え、死すらも圧倒し、圧縮される状態を海馬でリバイバルしては思い出す二人の絡み合う月日などが追憶の加速器に入れられ、宇宙の始まりみたいに何も無い状態が超密度の中でぶつかり弾け、傀儡化した主体に状況を移し、それが星に変わるような論理に粗造な状態も、根底の飢渇を乗り越え、理想を貫くよりも、利口に至る状況に想定される様態を飛び越え、状態から離れる要領から、全ての始まりは決まったかのように物事を進むかのように、逆流するものだし、調律される愚かさをメロディに変えては、歌い出す鳥たちや占う風景に訪れる、ちょっとずれた天候や、好機を用い、加速するダムに促される涙雨や、邪推する様態にジャミングする恋の拍動が廉恥を削ぎ、静謐な想いを統制させるだけの権力から嫌疑が吐き出される辺りに散りばめられる様態が滑走し、慢性的な微傷を繰り返す空腹や空白の中で、備わる愛だけが、同じ状態に決意を溜め込み、離れぬように、紡がれる後から注がれる状態に加工されずに、心無い状態を飛び越え、憶えも無く彷徨う辺りから、この生命は逓減されずに、徐々に熱を溜め込み留まらぬエントロピーは状態の汗を鉛樹状に変え、モノラルな過程からリリカルな衝動が焦土を生むまでの駁撃を繰り返し、肉迫する苦悩から、命からがら抜けだし、空となった身体から、愛惜を踏み躙る尺度から生み出される過程から、心境を牛耳る余韻から思念までの悪路から回路に拡散され、錯綜される理由から再生される容態にまで踏み込む状況は全ての愛に帰する。 感謝、この滞留する状態に肉迫する君の行為が恋に変わり、確かな意味と結婚する為に産まれた事を祝福するようなカノンが唸る。御礼。

曖昧に訪れる状況の糖度

なにを持ってして、生活は生活と呼ばれ、再活用されずに消費的な世界の生産性や、そのサイクルを循環し、批准を求めるだけに痩せ細り、価値は若いほどに、和解出来ず、生きるほどに、荒んでは、そのいびつさに苦しみ、自らの杜撰さに、制御不能に陥り、憂鬱は、保とうとすれば、するほどに、疎ましく絡まり、更なる悩みに絡まる。囲われた意味に移動しながら、自らの異化が進み、生成を深め、利潤を求めぬ間から、堅持する意味が繁忙し、反抗分子や、瞬時に遡る形式化された事実に変換されぬ前に、最たる意味などに浪費されては、抵抗力に変わり、腐敗した世界に邂逅し、物事の基礎を打ち砕き、唾棄する今に攪拌すべき事実を規範にする前に、この意味は、潤う事を忘れ、一切の充足感から離れる。生きるとは、革命に至るための経路であるべきだし、生きるだけに至る経路を歩きながら、軽快に至り、寂寞を飛び越え、形骸化しながら、流動化しては、喉元に過ぎ去る痛みを回路に通すべき電力が不安により、脳内の廻廊を渡る間柄に仮想する状態に執り行う要因が、悶絶しながら、自らに問答を繰り返し、世紀に隔てられずに、突き抜ける今が際限無く隈なく行き渡るまでの正論を加速しながら、矛盾した状態を焦らし、正義を飛び越える。追い続ける意志は観点を失い、直感だけを頼りに西へ東へと彷徨き、ひたむきに動かす状態を意識化しては、最たる意味を纏める以前に緻密に至る状況に高じる全体像を吐き出しながら、行為に基づき、呈する様態に増強される容態に訪れる軋轢を跳ね返し、欺瞞に現を抜かすよりも、運命に牙を剥き、同じ意味に緻密な破壊を用いるよりも、この想定される状態の原理を超越し、自らの利己的な成因を飛び越え、生命に訪れる中庸や容姿や、肉迫しては、拘引される状態に悪路も無く、曖昧に錯綜しては性差も無く、些細な様態に基づく状況に有する過去が枯渇しながら、衰退せぬように近付く辺りに掴まり、仕る想いに凌ぐ状態を倒錯させながら、この長い状況を飛び越えるべく、私は哲学者になったのであるし、騒然と焚きつける理由の粒子を集めるべく、この指導者の道を進み、想定される理論を飛び越えるべく科学的根拠に叢林している状況を伐採せずに、伸び交うままに自然を保つ事が真実で有る事を示すべく、有する状態を超越する為の思想を描くべく、思想家に転じたのだ。

有形の時折に帰任する状態

誰かが正しいと推し進め、指し示すべく堅持するようなものを信じる事こそが偏向であるのにも関わらず、君たちは、あたかも決められた事、つまりは、それが守られるべきためにあるだけの事を保つ為だけに排除され、罰せられるだけに過ぎない価値や権利や、利権や、権益や法理が示す権力に全ての価値を囲われ、持つ者や、持つ為にだけにうまいこと示されるだけの事に締め出されている事を、しかと知るべきなのにも、関わらず、知らない、などと、決められた事だから、従うなどと、言う辺りから囲われ、権力の一部に組み込まれるだけに過ぎない。持つ為だけの選挙権なら、それを取り上げ、高尚に至るまでは、一切の生活を禁じるべきなのだ。この羊飼いのホルンが鳴らなければ動けない者どもなどが、我関せず、我存じぬと交わす間の正論などは、愚者の糞を食わされている豚以下である。あるいは、ただ形あるだけの、空虚な箱である。そのような者どもが、この世界や社会を手招きし、牛耳る、というのだから、遣る瀬無いよりも、やりがいがあり、槍玉にするよりも、超越すべく、宗教的な、 〈許す〉 では無く、単に許す事すらも、強請り集るものや、問題を蹴散らし、我は我を超え、超克すべき善悪や概念を乗り越え、我は、我だけに至る。一致しない過去なんかに、顔を近付ける。思っているのは、所詮は、私だけなのだ。私の内外に訪れる言葉は、私だけのものでしかないなら、私自体が捨てるべきなのである。ほぼ退屈な街並みは、心身に食い込み、果たす意味すら失い、自分などは一切見失う。辺り一面は祟りや呪詛に塗れた恨み辛みがバビロンに重なる。憎しみは端々に溜まり、零れるままに、消費され、暗鬱さを溜め込む。踏み込むべきは、対象に対して紡ぐ確かな意味を踏みにじられたとしても、その苦しみを映し出す過去の敵意の影と握手をして、許し合うよりも、無に帰するだけに過ぎない過去を当てこすり、それに苦しむなど、とは人間がする事に過ぎない。生命を誇示し、生きる為や、生活を保つ為だけを堅持する事が、争いを生むと告げるニーチェを継ぐべく、私は私を引き千切り、絶えず死する為に、全身全霊をかける。それができなければ、否定も判断も出来ぬのだ。

2014年5月20日火曜日

失う事で増す強度を巧みに加える夜の日記

悠遠に送致される状況が苛烈な状態を仕るように浸透し、殆どの境域に形骸化した主体を埋め込む意識の墓場で罵声を浴びせる場面が展開し、加速する状態を常用しながら、度重なる状況を流浪し、典麗な時に巧緻に入り交じり、大抵の奇抜な要因を損なう影であり続ける様態を仮想化させた高揚感で、履歴を消去し、粉末化した要因を無骨に摂取する物陰で虎視眈々と懐古をのぞく良俗の風景を求め温めるような涙もろい架け橋を打ち砕き、投じる状態に際限無き後から迫る状況を加速させ、投じる運命に寂然とした要因が絡まり、状況に負担させる要因が煌めき、配する希望に浪費されながら、因果に肥大する要因を小出しにしては、集積される容態に求められる痛みを停泊させ、根絶される辺りから想起する理由を想定される理論内に収める辺りから浪費する状態を加工し、収賄を繰り返す悪路に行き渡る正体不明の痛みを加工し続けるファクトリーの炉の攪拌を終え、状況が核を生み出す手前の原子を理想に、歪な賄賂を繰り返すような容態にプロセスが生まれる以前に、この情報を捉え、閉ざす辺りからおざなりな風景は誘う形を失い、明日無き無情を笑い、相対する狂態に浩然と蠢く能動性が、混血的に配される枝分かれした苦悩から一切の主体を解き放ち、ないがしろにした終焉を迎え、爆心地を含み、萎びたシナプスに配られる愛を画期的に復元しては、リバイバルされる様態に革新的な住まいを与え、その中に囲うのが、精神的なものの誤りの始まりであるし、そのアイデンティティに埋め込まれた生きる理由などは、投函させるべく、送られた手紙を溜め込む空の箱、つまりは、その肥大する空虚さが最もなニヒリズムを生ませ、配する記憶を牛耳り、線形に靡く様態に結ばれる状態に共闘する状況が延命だけを求め、この負担を経済的な状況に課させる辺りから浪費するだけの真実や真意が逃避行を繰り返し、求め合うだけの形は仮説を踏み躙り、納期される状況に好機を求め、投棄される状態から加速する状態が合わさり、生態系を狂わせ、固唾を呑む最後の戦争が状況を渋滞させ、犯跡を踏みながら、誰かの罪を被るか、それを肥大させ、憤懣を加速させ、些細な容態に根底を飢渇させるような要因を困ずる時折に清貧な状態が敢行する狂態に完全性の生涯を踏まえた抵抗力や偶感を封緘し、踏みつける辺りから固定される様態に感染する状態が本質を失い、叢生する状況を除去する引接を含ませ、生涯に以外の外貨を絡ませ、偏執する状態に戦争を持ち込むのが、正解であるならば、この要する状態にバラバラに関する状況を否定的に疎外させながら、因果に消え去り、刻々と能動する上質な嫌悪を重ね、求め合うよりも、この要する記号に希望を用い、判然と尽きる今に正体を明かす。 感謝、路頭に迷う以前に、このさ迷う原理に備わる流動的な状態を帰任させては、確かなメロディに変える。御礼。

後ろめたい時に後ろも見ずに失う事で増す強度

寂寞に至り、苛立ち血気盛んな状態に効率を求めるだけの諸々の穢さとの差異が最たる意味を力学にはめ込み、愛する気持ちを忘れ正義が犠牲になりかわる頃には、ほとんどの意味は浪費されるだけの過程に引き摺られ、時間を失い、倒錯する原理に理解を含まずに幼稚な艶麗さに理解を含まず、利潤を求めるだけに退行する意識は、幼児的な軋轢を自らに含ませ、初心に消え去り、最たる意味を浪費する辺りから、その含んだ意味を理性からリセットし、旋回する理由も狭まる意味に無骨に消費され、荒涼たる由縁や、優劣を決め込む辺りから起動する状態に燦然と尽きるような要理に意味合いを挟ませ、配する記憶に投棄される複雑化した状態を整容し、慢性的な情理から離れ、命じる不安定さや、不安が執り行う浄域から、この霞む精神は期待感を失い、貧する価値の家畜に変わり、銘ずる辺りに備わる粗末な名前がフォーマットされ、成因に付着する普遍性や、制限を持たぬ傲慢さが、惨憺たる状態に領域を生み出し、暗澹たる状態に領域を挟み、関する理由に盛大な意志を飾り付け、逃避する浄域から、関する状態への錯綜が進み、荒んだ気持ちを買い取るだけの交換が、作用の中で曖昧な取引を続ける朧気な生命が生じる運命に軋轢を与え、抵抗性の低気圧を含ませ、憂鬱の悠遠さに運ばれ、配する記憶に能動する気持ちだけが惰性な記憶を加速させ、投じる事実に速度を与え、抵抗力を授ける。状態は錯綜し、颯爽と過ぎ行く状況にジレンマを与えずに、大抵の気概を含ませ、命じる状態に済世する領域に生きるべく、忙しく尽きるよりも、この流れに加配され、攪拌する状況が生み出す詳細を読み解き、関する状態を圧巻するように、巻き込み放つ辺りから、この成因は確かな情意を承知し、闡明な時に刻々と能動し、状況を引き裂き、新たな状態に含ませる自らを取り込み、理解を含ませ吐露し続ける。

罪悪感を超えた愛の軋轢

光りの速さで自転車を漕ぐ女の子が沁み渡る彼方で、雨に濡れた忘れ物や、忘れるためのものを入れ込んだカバンを抱え、ひたすら南下する感情が、夏を出迎える為の軌跡をなんどか挟み込みながら、混み合う街角や、寂しさを降らす止まない雨の彼方で嘆く神が経済的な伴侶を引き連れ、叛逆的な道路を逆走するのを横目に、ひたすら来た道の意味を知る余地もないままに、来たすイメージの巣に帰しながら、希死念慮が促す退化の過程や、心情で浪費される対価との軋轢に訪れる差異の中で価値観を打ち砕くような恋を探し、麻痺した街中を徘徊し、廃炉にされた建屋が愛の核燃料を燃やし続けては、懈怠した身体を折り重ね、揺蕩う愛に、その傲慢さを投げかけ、静かな駆け引きは、自分という間柄に落ち込むまでに冷え切った意志を司る他者たる自分が自我の中で尋問を繰り返すようだねと、抱き合う愛は静かに互いのカタルシスを交換し続ける正確な静寂や、飴色の世界に解け出す経路や回路が瞬き、一生を貫き、便宜的な意志を突き抜け、整合される後から肯定的に事実は迫り、張り巡らせる意識を分断させる艶麗な運命を突き進み、論理の外に備わる初期症状や、初期化や、衝動性を織り交ぜ、人工的な性格や生活を改竄し、切り開き、意思は、携える程に邪魔な存在であり、ぞんざいな意味を含ませ、猶予を物事に与え、始発に乗りながら、おやすみなさいを待ち侘びて、本の中や、重なる彼方に誰かは存在せず、設置された辺りから一体化され、グルーヴを生み出す辺りから、物事の近辺は終わりに刃向かい、成長を迎える彼らとの間柄に不純物を入れ込まれ、相対し服従する世界から飛び起き、介する意味を理解する合間から離れる。正気を失い、薄い膜の中で偏執する様態を加速かせ、星の変わりや、星の面影を引き摺り、根底に飢餓する状態を領域に吐き出し、常用する容態に廃棄にされる競合を繰り返し、酩酊する原野にぽつんと備わりピントが合わないメリーゴーランドに乗り、一頻り孤独を攪拌させ、逸脱させながら、ペインを吐き出しながら肯定的に疎外され、壮大な基礎を打ち込み、求め合う要因に吐き出される主体が収容され、照合される要因に命じる状況が固定され、膠着状態を生み出す前に吐き出される要因を加速させては、この展開に成因を結び、転用する容態に硬化する状態が義務化される前に一切を引き離す。

2014年5月19日月曜日

見透かす月日に落とす影を突き抜ける夜の日記

今世紀初の間を発芽させる愛が季節を通過し、封緘する辺りから、この風貌は徐行を繰り返すから、その鞍替えする辺りから拮抗する意志が均等に狭まり、放蕩する因果が、銀河の中をさ迷い、纏う状態の皮や面影や磔にされる怪訝な影の経路や、大量消費的な残骸だけを着込んで、配布される領域を満足げに歩くよりも、この原形を止めぬ辺りから正否を下す浄域に感染症を抱える猫的な悠然さを保ち、超克する能動性に、慟哭を繰り返す動向の憂鬱症や、欺瞞を重ねる適正の性能が不満気に万世を書き換え、行動に動機を持ち込む以前に、動向を蹴散らし、時折に潤いを授け、倦怠感を削ぎ落とし、根底に飢渇するだけの従属する観念を捉え、それを打ち砕くハンマーになるべく、ドルや円を破壊し、徘徊する辺りから、この偽善的な消費を終え、自らの傷痍を抱えた要因に巧緻な事実が摂行する身体を屠り、能動する状態を交換し、光跡を辿り、濃密な光りの密度に折り重ねる容態に偏執しては、固着し、膠着する一生が勝敗を無しにするのだと妥当で安易な状態などは、どの方角から捉えても、途絶えるだけに過ぎない私議を重ね、多目的に思われる彼方に、この情理に反して、無き後や、亡骸を集める愛惜に加担するだけの失われた世界に喪失感を重ねる厳然たる瞬間の固形物たる存在から離れ、溶け合う時間に常日頃の容態を加速させ、加工される状況に訪れる自身の軋轢を疎外させ、壮大な一生を迎えるべく、止まらない意志は、途絶える事がない意味を吐き出し、意識は憮然としては、溜息を吐き出す様態へと錯綜し、起源を失い、物事の源流を探すだけにさ迷うから、この原子の原理や、原始宇宙に超克され、淘汰される状態に加速する状況に相対する調教師たちが噛み砕くチュアブルの音が木霊する暗闇の中で納期される恐怖たる感情を削ぐべく、はみ出す辺りに想起する自己を投棄しながら、苛税される容態に深刻なプロセスを親身に吐き出し、打算される狂態に状況を即座に判断し、状態をはんだごてしては、接続される悠遠さに、統合されない欠如を含ませ、自らの血路に腐敗する深夜や、禍根を生み出す欠乏症を重ね、凍結する状況を溶かすべく、濾過する状態に錯綜しては、沈思しては、多目的な虚像に吐き出される容姿に相対する衰亡を繰り返し濾過し、謀る想いが捏造を繰り返し、離叛しては熱情し、物事の半径を即座に埋めていく抵抗性に告発し、動向に麻痺を授ける傀儡と化する心から離れたら、端的に完璧な身体だけが、そこに残り、永遠はそこだけに誇張されるだけに過ぎない。 感謝、起源を追うよりも、この毅然とした態度で、胎動を聞き込み、刃向かうだけに生まれる抵抗力だけで即座に物事から移行する。御礼。

メタファーの通り道で乖離する理解をメタ化して機会を濾過する

因子を推考し、行為に水準を与えるだけの体たらくから抜け出す。暗闇に措置される深夜に因果が詰まり、過去へと出し抜け、反対車線を歩き、行き渡る夜を批判的に乗り越え、回帰するままに気圧の谷間を越え、健全に様態を凌ぎ、物事のプロセスを逡巡する容態に多目的な精神を流動させ、本質から拭われる辺りから、脱ぎ捨てる幼稚な格納庫から抜け出す深層心理の殻に訪れる成長期特有のニヒリズムや、分離し、エクソダスされ、抽出され、捻出される後からひねもす感情に収束を与え、現実的な証拠や、傷痕の尾鰭や、司る兵器的なとらえ方や、囚われる遣り方や、やり投げな生き方や、ちゃちな閾から世界的な軽快さがミュージックに変わり、健全な流動性を葬る矢先に混同する理由が超克し続ける様態に羨望を重ね、夜に名詞を与え、命題に消え入る名称が一人歩きする深夜に契合される理由などが、あらゆる動機を資本に流動させ、循環すべき金銭などが、逆算され、生動する理由にもならない間だから資本家と搾取のイコールが、悪趣味に疎外を続ける事でネオ・マルクスなどが、沈む夕日や悠遠な差異との間から兌換される商法が心情を吐露させ、エロティシズムを吐き出す慢性的な病理を抱える精神分析の分岐点に立つフロイトや、バタイユの生死に憚るような余韻が生硬な意志だけで加速器の中に葬られ、炎天下の中に放置され、根治され、誘導される生に永劫回帰し続けるような神性な時を阻め、正当な意志などが、阻害物のように扱われ、思考は愁然とした要諦に達し、諦観せよと命令を施す辺りから、この妖艶な事実が折檻的に消費され、照合される意味に堅牢な意志を挟み、維持するだけの容易なプロセスを批判的に乗り越え、痕跡を組み換え、設置される意志や、安静に尽きる想いが濃淡な影や風に変わり、浪浪と懺悔を繰り返す辺りから堅牢な意識が静謐な容器に格納され、昏倒する意識を飛び越え、超脱する辺りから、この静謐な想いは清貧な状態を捉え、硬質な状況に枯渇していく正当な季節が危害を含み、艶麗な処置を施し、措置される厳しい夏の正否を紡ぎ、初心な状態を進行する要因な炸裂する原理の種子などを拾い集め、抵抗性の好機を掴んでは、精魂尽き果てるまで、この毎日の情勢に投函される手紙を集め、投じられる時折に鬱ぎ込んだ幼稚さをプロレタリアート的に消費する。

神話的な精神分析を組み換える革命的な原理への推考

疲憊しながら、自らを混同する事だけに明け暮れるのだと野晒しな関係が加勢する様態に尾を引くような全容が退行し続けるから、拮抗する状況を作れもせずに、反抗する事を忘れツーカーの関係になるから、掴んだものの大きさや小ささや、それを知る感覚のようなものを失い、大量生産的になんでも押し流し引き渡し受け取り、吐き出すだけをする事だけを行動と呼び、誰かを批判する事だけに、老い廃れ、疲れていく獣のままなのだ。知るべきは、一切を批判的に乗り越え、知る事から始める事を否定せずに、定期的に乗り越える事を教えるような人間を飛び越え、あらゆる概念に原点を生み出す合間に、分裂的に物事の根幹に変わる自身のニューロンを全体につなげ、あらゆる様態をインプットしアウトプットする時の創造性だけで、生きるような状態を情報に投稿し、関係に軋轢を与えずの、どの関係にも還元され、還元されない間柄に愛を残すのが、軽快な生き方なのであり、その軽さこそが、生きる事を乗り越え、状況を納期するだけの高機能な広義を携える状態に至るまでの原理である。その理性を分割支払いしながら、互い違いに消費される大抵の精神的移行は生や、性質を持たずに、超誇大妄想的な異聞を用い、全容に前兆を授け、預かる気持ちの反響を自らが支払うだけの資本的な流動性を動向に用い、判然と支払われる様態に死が覆い被さるだけに、痛感する状態に痛点は無く、過ぎ去った痛みが脳内で反響する事で、この状況の重さを知る。もう愛は、金じゃないと買えなくなってしまった。バビロンはろくでもない強要を迫り、自らの慢心や慢性的に疚しい自己愛などを埋めるべきベクトルだけに欲望を、撒き散らす。風前の灯たる所以か? 或いは、新天地目指し、新調された真意を着込で進む。端的な賄賂を受け取り、猥雑な路上を超える。形骸化して行く主体や、引き裂かれた愛のミンチをつなぎでつなぎ、ハンバーグなどに変えては、反駁する時に凌ぐ意味が、シネマティックに輝く。もう少し、気楽に生きられればいいねと有象無象にカタルシスを促す君を画期的に抱き締める。数々の僻地に向かい、人間的になるに至る。あらゆる尺度を折り曲げ、測れぬように果たす。世界は、分からぬように交わり、どこかで縫い合わされて行く。ひとり、静寂に包まれていると、世界が止まっているのか、私が止まっているかすら分からなくなり、その理由すらも、不必要になる。ただ、与えられた静寂に、なにを返し、返答しては、受け答えするかにより、闇の見え方や、夜の角度は変わる。ハイデガーからレヴィナスが受け取った死だけが唯一、認識できる確かさ的な部位や物体を考えが捉え、脳内の血管を流動し、送られた血液が心臓を循環し、心音を鳴らす状態が、あたかも動くのが、生であると促す存在とは、朧気で、刹那にくすむような物陰でひっそりと屈辱する。

2014年5月18日日曜日

時代時代が抱える病を飛び越え今に至る夜の日記

荒淫たる予感に静謐な渋滞を巻き起こす思春期の殻に自らを法治国家の中にストーンさせ、配合される愛からかけ離れた行方が、逓減される状態を重低音の中で受胎し、主体は彼方へ、遙か高度成長期の宇宙のカルデラや、マントルの中や、苛税され続けるブラックホールのスラムの中で結婚を加え、高騰する意識に重度の旋律を与え、エレクトロ・ミュージック的な電子音の彼方で庇い合う歴史の軋轢が最もに擦れ合う頃に、自分自身とは奪われる権利と刃向かう見地にロストワールドや、世界の終わりの性質を精神の回路や、経路に繋げるはんだごてを終え、アンダンテや、フォルテシモや、不本な資本や、しのび寄る死すらも思想に変えるだけのタナトスが、秀逸に錯乱し、この血球を雑踏に溢す辺りから、混同する意識は、科学的根拠を貧困化する資本の貧寒さに促し、あらゆる利権を保つ為の権力装置が乱立するから、この既得権に縫合されるだけの虹と原生の間柄を保つ心因が原理に変わるような契合を終えるだけの嗚咽を放つ鳥が懐かしむナチズムに挟まれ、対抗する意識は、高潔を保つかのように二次元の真理を崇め、アニメ化する世界が評議を繰り返し、この離床する風景に半透明の唾液を溢す超誇大妄想的な巨大化した崇拝機械たる女神が律動し続ける内心の成層圏を突き抜け、生活感を持たぬ宇宙への旅立ちをラフな感覚で執り行い、到達する辺りからアイドル崇敬へと向かうような二次的発作に、管轄は陥落し、狡猾な動機に辛辣な様態をデフォルトし、一切の資金を失うかのように経済的な猶予をマクロ的な主人に明け渡し、統合される事柄を縫い続けたり、それに反した盾に変わるようなミニマム化した自己が更迭し続ける容態に悪化する状況の病理や、衰退しては、飢渇する要理に利子を与える高利貸したちが、健全に常軌を逸するなどと現を抜かすから、状態は悪化する一途だねと一途多難な様態に、到達する頃には、全ては淘汰され、投函される事柄が央軌する容態に荒んだテクノロジーに呪詛された日めくり的な流動性が、折檻を繰り返す多幸感に酔いしれるから、押し入れに浸透する状況の軋轢が到達する威力業務妨害的に推考する脳裏に香水の匂いなどが傲慢な立て看板などを血液の通り道などに立てる合間から脱兎する他者たる自己、つまりは、存在を尊敬せずに、提要される事実を他者に引き渡す他人たる自己が、建前的な自己を斡旋し、接待しながら、自分の靡くように、離人的な自己は意図的に自我を奪うべく、脳内で、豊かな信仰を取り除く。或いは新たな信仰の対象を入れ込んで、自らに偏るべく、情報を織り込み、全体をねじ伏せる。或いは、負担すべき状況の全体像を蔽い、偏執すべき思想を空になった思考に入れ込むように混同する状況に行為は好悪を綴り、全体に偏執しながら、雇用されるだけの管理をシステム的に消化される事柄だけが答えだと促す事をすり込み、元々の正解すらもねじ曲げ、普遍性を保つ為だけの偏向に至る事が、最もな偏執だとは知る余地も無く、或いは、それにすがり流れる方が、より良い生活や、安定などを保てるという神話を保つ為だけに、普通機械へと定期預金的に満期を迎えるまで使い古され退化し、足しにもならずに、引かれる事も無く寂れる事を選ぶ事は間違いでも、正解でも無く、そこに善悪すら無く、行いに偏るだけの自閉的な事変や、次元的な隔離や、病理的な新薬を投函するだけの原因的な原理に絡まる利便性が離叛し続ける半径に痛点を与えるような要因は奉る。 感謝、紀元前を辿り、原生林に佇む始まりの人間たちに語り出す間だから、現代に狭まるまでの価値を進み、至る原理を集光させる一つの光りを携え進む。御礼。

ファイナライズされる過去

長引く風邪と、棚引く今朝を足して二で割った問題をアルコールなどに濾過したカクテルなどを呑みたいが、小生、酒は呑まない。ノマド化とか騒がれる前から、わたしは、わたし以上も以下も求めず、アナーキーでハーコーな夜を箱乗りしたら危ないから、箱入り娘的にいざ行こう、とは言わない的な尖った何かをポケットにしまうより、表には、ポリ公や、ポリゴンや、明け透けな問題などが機械化し、なにか理解などを深めるために、解像度薄めに躊躇い、途端に交錯する運命やロマンやバカンスなどが、暗夜行路し、完訳するならば、この惰性に憚り、欠如する理由を本職に、公私混同する予感に襲う欲望などが、ドナーを探し、この夜を無知に彷徨い、逸脱する。ただ、こんなもんじゃ、おさまらんよと、君は促し、淫蕩な世界を形成する以前のコールタールに沈み込ませ、これでもかと促す辺りから源流が生まれ、潮流に変わるのだよと頷く母を尻目に、浸透する語弊を平行線に乗せて、並行的に解決する状態を問題的な管理下に置き換える様態に偏執する状況に加算され、斡旋される様態にシンドロームは加速し、無尽蔵に自分の微睡みの中を固形化させずに、トロミを与え、名実に統合されないようなアメーバに状態を何度も分離させるような分裂的商法を自らに課させ、足枷をはめ込み、免疫異常的な専制的な病魔を、自らの心の病巣に撒き散らし、完全性の癌細胞や、瓦解する瞬間の可憐な要約を繰り返す利便性に接近する波浪注意報などを混ぜ合わせた人間的選択権を洗濯機に入れて、半分の状態を愛で染め、優劣を気絶させた辺りからフォーマットされる感情のHDDにヘイトスピーカー的なステレオタイプな心情を投函させ、心の内部で反響する憎悪をシステマティックなルサンチマンに変え、帰依すべき状態に離陸する容態にテロリズムを授けるような独裁的な毒を最低な自己に注ぎ込むようなコンタクトを繰り返す平静と異常の部屋で受託される真菌や、正義や犠牲心や、疑心暗鬼に揺らぐ超克された後の自己の利己的な主軸をねじ曲げる場所の魔女裁判などを嗚咽の最中で迎え、無重力の兵器を加算させる原理に打ち込み、状況を圧制し、政治的根拠に飢渇する状態と苦しむ人民的な遊離した懐疑と飢餓の隙間で四季と魔笛が混ざる辺りから徒労しては、浪費される主体に集積される移民的なプロセスを流浪し、リロードされる状態に打ち込まれる弾丸が告発を繰り返す。

誰かに語りかけるカタルシス

長引く風邪と、棚引く今朝を足して二で割った問題をアルコールなどに濾過したカクテルなどを呑みたいが、小生、酒は呑まない。ノマド化とか騒がれる前から、わたしは、わたし以上も以下も求めず、アナーキーでハーコーな夜を箱乗りしたら危ないから、箱入り娘的にいざ行こう、とは言わない的な尖った何かをポケットにしまうより、表には、ポリ公や、ポリゴンや、明け透けな問題などが機械化し、なにか理解などを深めるために、解像度薄めに躊躇い、途端に交錯する運命やロマンやバカンスなどが、暗夜行路し、完訳するならば、この惰性に憚り、欠如する理由を本職に、公私混同する予感に襲う欲望などが、ドナーを探し、この夜を無知に彷徨い、逸脱する。ただ、こんなもんじゃ、おさまらんよと、君は促し、淫蕩な世界を形成する以前のコールタールに沈み込ませ、これでもかと促す辺りから源流が生まれ、潮流に変わるのだよと頷く母を尻目に、浸透する語弊を平行線に乗せて、並行的に解決する状態を問題的な管理下に置き換える様態に偏執する状況に加算され、斡旋される様態にシンドロームは加速し、無尽蔵に自分の微睡みの中を固形化させずに、トロミを与え、名実に統合されないようなアメーバに状態を何度も分離させるような分裂的商法を自らに課させ、足枷をはめ込み、免疫異常的な専制的な病魔を、自らの心の病巣に撒き散らし、完全性の癌細胞や、瓦解する瞬間の可憐な要約を繰り返す利便性に接近する波浪注意報などを混ぜ合わせた人間的選択権を洗濯機に入れて、半分の状態を愛で染め、優劣を気絶させた辺りからフォーマットされる感情のHDDにヘイトスピーカー的なステレオタイプな心情を投函させ、心の内部で反響する憎悪をシステマティックなルサンチマンに変え、帰依すべき状態に離陸する容態にテロリズムを授けるような独裁的な毒を最低な自己に注ぎ込むようなコンタクトを繰り返す平静と異常の部屋で受託される真菌や、正義や犠牲心や、疑心暗鬼に揺らぐ超克された後の自己の利己的な主軸をねじ曲げる場所の魔女裁判などを嗚咽の最中で迎え、無重力の兵器を加算させる原理に打ち込み、状況を圧制し、政治的根拠に飢渇する状態と苦しむ人民的な遊離した懐疑と飢餓の隙間で四季と魔笛が混ざる辺りから徒労しては、浪費される主体に集積される移民的なプロセスを流浪し、リロードされる状態に打ち込まれる弾丸が告発を繰り返す。

2014年5月17日土曜日

君はただ疲れる為だけに生きてる訳では無いと歌う夜の日記

数億もの恒常性を含んだ離陸を繰り返す想定される外側を巡る概括的な騒音を掻き乱すかのように、循環させる想い出が迫る原野で、死に物狂いで逃げ出すように、脱いだ後から迫る浪費された皮膚や、外延に備わる遠因に疎外される永遠性の市街戦を越え、中庸的なものが崩壊する暴力的な原生林を潜り抜け、クオーツ時計が狂った性格を指し示し、井蛙者が車線変更する要理に逍遙する原理に我は失われ、法の湯に浸かる原理的な主教を補正するだけに導かれる可変的な変化を包んだ貨幣を用い、有責されるだけに傲慢さを用い、積極性を掻き乱す成因に精神の経路を崩壊させるだけの精神分析の暗い影や、薬物漬けになった依存性の部屋で、制圧的に囚われる時代性の陰気さや、淫靡さに物陰に拡散される現用される余韻に使命的なものが帰依する場所を持たずに、この深淵に靡く流動性に心情は投函されるだけの形に収まり、襲いかかる因子に理由がそそのかすように、叢生する群像の影を枯淡に靡かせ、ハミングする状態に誘致され、吶喊する間から、全ての戒律が生まれるような加速器を自らに建設し、正常な意識に名称を与えるよりも、この情意に偏執する恋の面影や、濃淡な事柄の表れのビブラートや、陰湿な微笑みを繰り返す状態の固執や、弧線をなぞる嬲るだけの巧緻な現象に備わるマテリアルたる事象を返済しつつ、この虚偽を映し出す原因的なトラブルを回避するだけの乖離的な状態に注がれる根底からの飢渇や、安定だけを求める結婚の儀式化や、それを行うだけが自分の価値かのように示される遺伝子的な間柄と永世中立的な保身を諳記する浄域に欠如を葬りながら、宛ても無く段々と迫る細波に乗る毎日の淡々とした晩餐会と異化を越え、偏執する様態に水陸両用の乗り物で機会を越え、救出劇や、甚大な被害で自我が何処へと消え去る領域に飛散される状況を飛び越え、悠然とした気持ちで、気落ちすること無く、絵空事を超越するのだし、脱線しながら、惰性な技術を飛び越え、永遠性を凌ぐ形に、自らは高揚感を携え、時間に時間を擦らない限りに、この境地に微塵の幸福を克服すべき克己心だけが、妄りな射幸心をへし折り、この限界に下剤を与え、暗澹とした様態を吐き下す辺りから、倦怠感は生じるのだし、この打診に正否は無く、善悪の翳りに遊離するだけの状態に個性は掻き消され、対比される自己すら、行動に状況や、構図やリリックやリリカルな私情などを状況に押し流し、一切はひとまとまりなるより、欺瞞を携え、永遠に展開されるように、天候を持たぬ事なのだ。 感謝、永遠の平衡など無いが、その僅差を求める間柄を飛び越えた間から、永遠に似たようなものも生まれる。御礼。

私とは私で有るべき為に備わる私に帰依する

理想が形やプライドを生み、その形に収まるから、吐き出されるイコールを補うだけの答えに治まる。眠らない夜を何度数えようが、明日は確かに多彩に近付く。喪失した世代は終焉を完全に迎え切ったか、あるいは、その終わりすらも見切って、大きな闇を抱え、自らの巨大な空虚さを、空っぽの身体に入れ込むような周囲にとどまる退屈を、快楽で晴らす訳でもなく、ただ無力さを保つかのように、自らの落ち度や暗闇の深みにはまるか、他者からのミニマルな足枷にはめこめられ、丸め込まれるかの諦観ばかりが、現生にひしめいている。その悲鳴にも似た、内部からの痛みや、押し広げられ、入れ込む理由すら、はめこむ意味すら見失って、ただ自らの喪失感に酔い痴れるだけに、煽られる不安や、不安定な雇用や、垂れ流しの放射線などが、撒き散らかす重みなどが、より一層に暗いムードに変わり、広がる格差や、あくせく働く意味や、終身雇用すらも、単に生きる為だけに消費される生活などに擦れることに、意味などあるのかと、君も居ないし、ただ、のんびりと過ごしたいが、如何せん、その他大勢の執心や、嫉妬はものすごいものだし、なんか、なにも幸せで無い方が、しわ寄せも無いから、より良いよりも、今で良い的な諦念が、最もなニヒリズムを生み出す。喉仏に運命詰め込み、見つけるままに叫ぶ。冷たい身体を抱え、加工品たるコアや、拡散される様態などを、大陸間で分断し、断裂された肉体を鳥瞰で眺める。その寂寞の彼方に図る出来事が浪費され、算出される後から翻される。存在などは、どこまでも存在などでは無く、収まらず食み出す辺りから満たされもせずに、存在は、存在で有る事すら失い続ける。その懈怠した歯痒さが募り、凌ぐべき意味すら、今に食い込み、存在自体は、存在から離れ、行き渡りし歪を旋回し、自らに帰依し、分散して行く。臨床試験は進む。懺悔と残骸と分離が進む。肉薄し、苦悩を遮るよりも、超越し、越権する辺りから、私は、私から類別されずに、離別し、派閥や組織から抜け出す個人の強固さが、主義や思想を超える私たち望む意味すらいらない。年老いているからといっても、信じるべきではない。彼らは、何も変えられずに、こんな理想の国を作り上げ、朽ち果てた。そこには、浪費された疲れた身体に、卑しさが染み付き、住み着いているだけに過ぎない。襞に行き渡る世界が、まろやかに、和やかに染み込む。恰も、正しいとされている事を怪しむ。どうやって否定を乗り越え、自らの帰路を見出すかが、問題であり、短絡的な否定で思考停止したり、苛立つ事を乗り越え、自らに帰する。嬲られる衝動や、鈍色に傾く空が、月夜を出迎え、暗澹とした感情にデメリットばかりを授ける。ただ私たちに言えるのは、結う事により、より深まる傷を近付け、縫合するのだ。より深く、より曖昧に、だ。

到達する間だから生まれる命

過去は何ら、今に影響を与えない。影響を与えない、とすれば、私はいったい何処からわだかまりも無く産まれ、存在するのかを切り取る実存主義を乗り越え、虚無から繰り返すオーガズムを翻し、自らの罪やエゴを消費し、昇華させる。それは、エンディングでネガティブに片付けられる物語を仄かに消化し、不完全な同一化を施す世界への不満に変わるのが、依然として主体を持たぬ「暴力」である。鉤括弧に収まるだけの「もの」が、世界を昏倒させ、混沌に追いやるのだ。ただ、整然としている場合や、場面において、「もの」は必要無い。ただ、「もの」とは形が無いままである。愚行を重ねる「生」なるもの、と踊るワルツは退屈で、窮屈だ。鉤括弧に閉じらる世界は、狭い価値に、受け入れる観念だけが、あたかも、良心的で、何かを買い取る価値に埋めつくされ、朽ち果てるだけに、忙しない意味に諦念をぶつけ、自らの燃費だけを気にし、念じるだけにねじ曲げる呪詛が入り混じる世界に重責する時折に寂寞げ絡まり、精神に入り混じり、星辰で問われる研ぎ澄まされた世界が静謐に入り混じる要因に畢生詰まり、陥落しては、緩和する我などをなぞり、清貧な由縁や、静謐に刻まれる互恵を加速させ、成因に整合すべき事実に中庸を保ち、縺れる時は、永久に来たす余韻が、因果を突き抜ける我に従属する世界に超克された自ずから迫る世界こそに、姑息さは無く、くたびれては、履き慣れた身体を離れるまでの心身に生成される神聖こそを乗り越え、そこに図る価値や、測る神が下すだけの意味に意思を持ち込まず、持つべき意志だけで、概念や、観念を飛び越え、動乱を飛び越え、外側に食み出す私に食い込ます未来に、先ず先ずだね、と途端は破壊を重ね、短絡的な権力や、暴力が示す権利や、利権を守るも責めるも、誰もが傷付く訳で、誰もが傷付くだけに備わる夢にシステムは、要らぬ訳で、打算される詳細に推理する数字に、クリーンな意味など無い訳で、わからない、とシャットダウンするだけに、読解力や、自分で考え無いから、価値の内外に御粗末に備わり、くすむだけの今などに、憂愁に消え去り、錯綜し、漁る時の内面に攻め入る理由の外延を循環するだけに引き伸ばされる永遠にガサつき、陥落する意味に膿爛れる誰かの意味がカサつく乾燥が世界を覆う渇きを埋めよう、と誰もが蠢くから、争いは収まらず、単なる戦争が専横し、あらゆる生きる、だけの出来事が美化されるだけに廃れる価値に疲れるのだ。

2014年5月16日金曜日

願いはふざけて鬱ぎ込んだ生命を撃ち抜く夜を辿り書き写す日記に状態を移す

 「この欠けた命はどこまでもはしたない物語を形成する者が騙る合間に曖昧なマインドは聖地を目指し、嘯く土地を翻し、引っ掻き傷を増やしながら、増幅する狂気を内心に埋め込み、暗鬱に生きるか、超誇大妄想的に自己愛に陥り、誰も愛せずに、愛惜に滲むか、はたまた、この領域に境界性などを与えるから、精神依存は増すばかりであり、先ず先行する状態に行為が逡巡し、瞬間の傀儡と化した振動だけで、その快楽を解放させるか、崩壊させるかの差異に埋めるだけの愛が帰任し、帰着すべき全てに愛が廃絶されるのである。とどのつまりは、この人間性の殻に囲われている上での、その殻を保つだけに措置される超法規的な離婚を執り行い、何度も寂寞を辿り、重用される辺りから、この犠牲心や、誠実な想いなどは、面影の反目を辿り、幸か不幸か、善か悪か、快か不快かの辺りに示される値だけで、曖昧な状態に譲歩していくだけに過ぎない私議に拡散される沢山の想いは消費されるだけに過ぎない受動性で、根治されるから、君の思うままとは、他者や対象の思うままなのであると、ここに宣言する」 まるででたらめな内心的共産党宣言が戦闘態勢を取り、淘汰される前に資本家などを処刑台や、密室に送り、密接に結びつく要因にメロディを授けるように、嬉々とした狂気が世界に迫る全域に訪れる少しずれた時間に弛緩する要因が埋もれては、蹲る悲しみや、過去からの経路に加配される状態を常用する要因が生命を蹴散らす。根茎に雪崩れる毒素も何れかは酵素に変わり、栄養を供給するのかと思われるが、その行為すらも毒にも栄養にも変わるだけに過ぎない状態を情意に注ぎ込み、依然として前途多難な様態にタナトスなどを淡々と注ぎ込むから、この無感動な世界に乗じて作る想いは、根底の飢餓を潤すようなお涙頂戴的なファシズムに移行し、それこそが正解であり、正義だと促す事こそが偏向意識であるし、この変転する普遍性などを送り込むメディアに洗脳されている様態を信じる事こそが宗教のようだねと逆転の発想でも無く、単に遊ぶ位置を変えれば、その意味も見透かす以前に、すけすけに見えるから、いけ好かない事も増えるが、分かる事も多いし、況してや適任すべき状態に適度な誘致を下すだけに、繰り返される物語を踏破し、端然とした領域に達する状態に相似せず、相対せず、このバラバラなままに晩餐会を突き抜け、永劫回帰を逆走し、蒼天を眺め、暴走する主体や主星を解放し、崩壊する宇宙の合間から、緩慢に動作する辺りから、全ては終わりも始まりもしない事を知ろうとする事により、この物事も、物音立てずに、近付く状態からかけ離れ、辿る半径から、永遠が生まれる間に、永遠とは崩壊し、元の状態に復元され、縫い付けられるに過ぎない状態を追い続けるだけに過ぎない。 感謝、騒然と叩き付けられる疲れた身体を支えるような暴力性を含んだ言葉で克己させる。御礼。

ねじ伏せる後から確かに占う裏側の穴

騒然とした由縁に高じるように示す辺りから購い続けるだけに打診を繰り返すだけの偶像崇拝を終え、形骸化する理由が保身を促し、方針案を下す事柄から、生命が枯淡に靡き、配布される後から昔年を辿り、往信する要因に嫌疑を与える予感に膨張し、自らの暴利を貪るように荒んでは、最たる意味を失い、喪失感に委ねるべき母体たるベッドに横たわり、この煩わしい地平線や、境界を与えるだけの利便性を含んだ多感期の消耗品どもが、蹴散らす流動性などに、本質からの流動は無く、単にリビドーを客体に嵌め込み、自らのオーガズムに変わる辺りから、このカタルシスは固体化し、ジレンマや拍動する未来や、朽ち果てる意味に苦悩を詰め込んだ憂鬱の溯源に犀利で鋭敏に突きつける意志が凛然として誇張されるヒロイズムを通過し、換算しない天才を生み出してからは、この世界は殻を突き破り、身体を用い、判然と尽きない意志だけで、維持する事を突き抜け、この私たちが創り出す瞬間こそが、創造的であり、適任であると促す独裁者や、狂った目や、目鼻立ちや、空虚な歪曲や、屈折した偏執や、根底からの飢餓の無気力や無機質つまりは、つまらないとニヒリズムに陥るか、オプティミストに変わるかしか無い屍たちのワルツや、あたかも、生きているかのように悶える辺りから偏執し、固執する意味が捉える境域が脅威に変わり、領域が思い描く格子を作り、宿すべき子供に孤独を与えてからは、このモラルも歪んだままに示される事が正義だと勘違いし、この応じるだけの答えを画期的に書き換える事をせずに、接地面に生命を磔にし、選定される時折に恍惚を与える事だけが、あたかも理解を誘致し、この乖離する現状に原理を打ち出す辺りから数的の合間の猶予や、欺瞞や、巧緻な事実に接近する狡猾な獣や、根絶されるべき意志に移民するノマド化する精神や、経路や契合や緊縛、つまりは、密接な世界性を含んだ星の数ほどの欺瞞を星座に変え、聖戦だと促す辺りから呪縛や、テロリズムが流行し、事務的アナーキズムや、頭蓋に靡く艶麗な差異に補食される合間からの肥満化した融合や、有責する呪文や、浸透する状態の召還や、悪寒を与え、サブリミナルに超脱する状態を二次元的に観察する妖艶な措置に、超法規的に装置化するアニミズムが武器化し、最終兵器と化す頃には、独白する理由に肉迫し、迫害された状態から怜悧な状況を冥利に、励起し、還元される様態から胎動を促し、この内心で超猟奇的に暴れ出すサディズムが促すガス室に送る狂気や、胸裏に締め付ける超暴力的な超脱を執り行い、示す値から死へと追い遣る情意に示す値から生まれる死への解放や、崩壊の秩序や、情報に対する譲歩や韜晦が自らの影に語りかける。 

能動的にニヒリズムからエクソダスする

この毎日は、信仰や行動に犯されず、犯跡を追うだけに嘔吐を繰り返すと負う事に統合され、等位を求めるだけに投棄される状態に接近する状況が崩壊しては、サブプライムを襲う爆撃機が帰任すべき様態に憂鬱を用いるべきだと、取り乱す不安を煽り、最もな様態に靡く状態に転がすだけの状況に除去される要理を組み込み、その理性を奪う所から、この支配は音も無く迫る悪意に染まる、備わるままに、促すだけの不安や強要が正否を下し、善悪を誇張し、行為に逡巡する理由を知らずに無知に躍るのが正解だと促されるだけのキャピタリズムを終え、共同体として、一心同体に生きるべく、この意味は地に帰するよりも、天に介し、判然と突き動かす時のゾディアックに流動しては、明晰な時を繋げる帰路や、記号化され、数字化に至り、暗号化に進むような要因に蔓延る欠如を自らで、埋める事から、この事柄は衰退せずに、自己を強調し、鋭いスタッカートに変わるように、この齢をを重ねる事で得るべきは思いたい知恵や知識では無く、変わる迄の意識である訳だし、出し抜けるよりも、この凄然とした瞬間に創造性だけが世界を救う訳であるし、実感する前に蔽う歓喜に備わる希望に流動する状態こそが、この人間から抜け出し、超克しては、あらゆる主体を出迎える。冷厳な主観を携え、鬼神のように闊歩し、帰心すべき位置を憶えずに、離れるままに突き進むのが、この命の原理であり、理屈から超脱した辺りから気配を掻き消し、配下から抜け出す要理である。或いは、このまま語彙に塗れ、不確かな言動を掻き消し、確かに言いつける辺りから、一切が離れるならば、そのままに流すように梳かし、私は一切の撃鉄装置に変わりながら、悩乱な時を越え、誘致される意志に帰還し、快活な動機を用い、動じない心で、一切の内観に儚い情事を包む麗しい日々を包み込み、刻々と過ぎ去る後から気配を掻き消し、荒んだ意味に位置を用いるよりも、容易に迫る事態に大抵の虚空を備えながら、ないがしろにした主体に動機を拡散しながら、内面的な疎外を受け入れ、右傾化する世界や、覚醒を目指すだけの主教を打ち砕き、唾棄する辺りから私ははぐれては、形而上的に偏る未来に近似しては、相似する辺りから、この辺りと思われるだけに患う必要性も持たない意味だけを引きはがし、一切の魅力を含んだ情事に荒んだ意味すら機密に包まれる。

2014年5月15日木曜日

乗り方次第で変わる夜の日記

自己啓発者どものサクセスをあくせく指導するだけに心情に統合させる烏合の衆や、運動体や、運命を指揮する指揮者や、衰退する希望に状況は軋轢を重ね、沈積する様態に渋滞しては、起動しない要因に空間的な誘引に惹き寄せられる為だけに、引っ掻き傷を増やし、鬱積する愛などと謳う頃には、その口も縫われ、紡がれるべき様態に進む事すらも疎かになり、程良く溶け合うだけに至る原意すらも失い、想定される状態に受胎すべき、自らの自我に自己が開花する頃に、狡猾な理由が想定させられるだけに、ララバイを歌うリリカルな大雨が静寂を打ち砕き、このバビロンが促す廃れたシステムを作り出す空理に走るだけの原理に理性を失っただけに過ぎない、衰退するだけの価値に衰亡する毎日に慢性的な要因を領域に拡散しながら、沢山の原因に理性を失うだけの投棄を繰り返す思考の論争に所持する憂鬱な爆弾や、万世に靡く流動性を用い、留まる事は、愚かだと思うのが、私で有る事への、卑下や悲劇であるし、安心安全という幻想こそが、原理を砕き、加算される状態を革命に追い遣り、逸する今だけが良いと促す事で瓦解する容態は、最もな頽廃を生み、誰もが試練を受け入れる事ができずに、ムーブメントに変わる様態を思惟する以前に死に追い遣るような病が流行し、肥大する死を許容できずに、縫い付けられる様態に省かれる自己を内面的に追い遣り、果敢さを失わせ、内向的な諮詢機関の官僚制を終えるまでは、この応益に嵩張るだけの資本が逆流し、換算される原因に訪れる数理に衰亡するだけのバブルが弾ける事から、この粗造な曖昧さが、品性を失い、足跡を追うだけに廃れる段々と迫る路肩のデカダンスを濾過し、想定される様態にはみ出しながら、制御不能な要理に密接に結ばれる無数の思念を凝固させるだけに取り乱す要因に原理を促す前に、取り戻す。ただ途絶えぬようにループする容態も軋轢を加え、行動に朗誦すべき真実をエクソダスさせ、空疎な容態に朦朧と埋めるだけに真実は茶化され、かざす意味に、捉える状態を途絶えぬように、思い描く事で、空白を埋める作業を終え、無意味な愛や、暗澹とした様態に捌かれる状態を批判的に乗り越え、恍惚を重ねながら、引き戻す事も、巻き戻す事もしない辺りから、快活な動機が生まれ、症状を圧巻しながら、愛惜を生むだけの不満気な理由を蹴散らし、確かな想いを共用し、不安を乗り越え、不具合を飛び越え、曖昧な日々を捉え、途絶える矢先にメッセージを残し、この夜に一人取り残されたとしても、寂しくは無いと。 感謝、切実に入り交じる凝滞に加算される状況を進み、自らの確かさだけを、この世界に刻む。御礼。

消し去る後の端麗さ

この真理は齢を儚く重ね、未熟な私論をミニマルに消費し、屈辱に耐え、弄る時を貪りながら、散らかした後に閉経し、信用を重ねる以前にせせらぎ笑う時に渡す端々に掛かる、官能的な一瞬に感応し、塞ぎ込んだ今を削ぎ落とし、執り行う余韻に犇き宛も無く行き渡る世界から脱しては、盛大な意志を用い、展開される悉くを乗り越える。その形式に正式な意味は無く、形骸化した理由が離反しながら、果たす今に気丈な意志を紡いでいく忙しい頭を純然たる瞬間に繋げていく、この命は画期的な意味を犠牲的に消費するかのように、加算される原理に偏執するだけの大抵の義務を正義だと嘯くだけの可憐な状況に応答しながら、管理下に置かれるだけに犯す罪や、誰かの決めつけた罪をノートに描きながら、断続する風景に風貌を拡散し、沢山の存在を大抵の無機質に帰納しては、散々だと促す辺りから清貧な状態に展開する状態も不可解な容態を重ね、朦朧としながら、徒党を組んで、大抵の無力さに嘆くのが、この幸を流動させるだけの流行に至る原理だと、金輪際触れてくれるなと空間的に誘導されるような要理に導かれながら、勝手気ままに思い描くのが、この発散される後から迫る自身の乖離性を重ねるだけに織り込まれる様態に靡く自己に戒律を重ねる前の自己たる由縁であるし、遊離しながら、正当な意味すら失い、喪失感に漂い、彷徨う後から押し寄せる凝滞にギミックを重ね、倦怠感や、カタストロフィなどを重荷に変えながら、旋回する夜に整備されるだけの清逸な意味すらも、空想的な予感に迫る幼稚な倫理に頼るだけに、多産に落とされる苦しみや、空虚さに至る原理に粗暴な要因が陰湿に迫りながら、廃れる後から衰退する状況に換金される状態が発散されては、消去法で迫る曖昧な状況に足並み揃えるだけに資産を溜め込んだ資本家や、囀る状況に空洞化する階差や、この段差は、生まれる場所により、寄りかかる意味も、寄せ返す君の気ままさを奪い、教育の方向ですら、この生き方の比重は変わり、単に歯車に変わるだけの経済に軽快なリズムを与えずに、単に下の下で、整合されない原因に変わるだけの曖昧なマインドで、考えに押し潰されもせずに、考える以前に、考えさせないように、示すのが、この社会や、世界の原理であり、その原因に備わる因子も、単に日銭に変わるか、卑賎な価値に留まるか、御粗末な今に吐き気を重ねながら、自分探しという幻想に飛びたつかのガイダンスに至らせる。

捨て去るべき関係性

金とは、誰の金でも無い所から、全ての誤りや、過ちが生まれる。所有するだけなら、消費されるだけの価値が生まれ、肥大する苦悩は、悲観する分の苦痛を生み、生きる為だけの、生活の為だけの機械を生み出す。ただ虚偽を含んだ悪意だけが、価値を妨げ、何もかもを、贋物に変える。ポップアート的な政治性が、同じ原理をポスティングし、誰かの感情に、相似するようなものや、酷使すべきなどと促す辺りから、束縛や寂寞は生まれる。その疎外感が搾取などと偏向意識を叫んだりしだしたら、要注意なのである。普通だからと押し付け、当たり前だと促す事も、偏向である。否定しかできない、形式的なルサンチマンに何を説明しても、やった、やらないだけが横行し、そのプロセスは見ない。馴れ合いだけが浸透し、その等差に倒錯しながら、離れ合う軌跡や、形跡を踏み躙りながら、労わる事を忘れ、幾許かに司り、開眼する迄、至る所に、確かな歪を与え、揺蕩う奇跡や、嫌疑を重ねる形跡や、物事以前に備わる単調な物語に、惚れた晴れただのが、腫れぼったくシフトチェンジし、次の段階に速度を上げては、逸脱する状態や容態を錯綜し、途端に切り開く条項が、許しを含んで、司る要因にカタストロフィや、差別化した問題を挟まずに終う辺りから、習熟した問題を出し入れし、隷属するだけの世界を屠り葬る運命の木陰で眠り、惰性な陽の下で惰眠を貪り、激しい進路や、その心音を物語に組み込む。四の五の言う迄の狂態を揺らし、揺らぐ天国は揺籃で眠り、詭弁や、便宜的な問答を孕ませながら、この主体性に描かれる事は、射幸心では測れない程の幸福を克服し、単なる快楽主義が促すバカみたいなバカンスや、やがて仮の身体も、元の場所を失い、躊躇わず、多目的な状態に移行し、逸脱する答えを擁立し、淫らな答えを応用せずに、誰が何と言おうとも、蝕まれずに居る。その合間に廃絶は進み、互い違いに目論む間柄の暗闇で倒錯し、受胎すべき森羅万象は、悠然した様態に加算される起源に鈍麻な感情を与えるだけに消え去る。静謐がこの身を包み、刺激的な時を踏み締めながら、噛みしめる後を慣らす。果てしない感傷が靡きながら、保たれる均衡を阻害し、暴虐に至り、貧賤な輩を退治し、私利私欲に生きては、貪り血合いに至る処刑台や、分娩台との差異を孕んだ内心に世論だのと促す事をカスタムする。

2014年5月14日水曜日

有する状態をこじ開ける夜の日記

思い患う時に吐血しながら、萎びた記憶を徘徊する。逡巡する記憶を巡回する純粋な気持ちも謳歌し続ける事を嘔吐し、燦然と調律されるメロディに懈怠を促す。堕落した主体を抱えながら、拒絶反応を重ねる辺りから散らばる意識も、凄絶な時を蝕む余韻に食い尽くされ、形骸化する辺りから趨勢を重ね、あらゆる原理の核を蝕みながら、排斥される時に去り行き、理不尽な状態をカッティングしながら、変節する事柄や、言葉数も少なく超越に至るような縫合を繰り返し、物事が尾を引く辺りから、体たらくな状態に霞むだけの淫蕩さが生まれ、物事の差額や、それに発散される割合や、ないがしろにした主体に集積されては、浪費される要因に求められる事柄に展開する答えを重ねるよりも、この盛大な意識に嵩張るだけの記憶を不規則に貪る動機が餓鬼に変わり、静謐な要因を掴めずに、このプロセスを流動しては、想起する事柄に赴きを与え、転用する状態に容態は加速し、流動する本質から、展開する容態に目論むだけの商業的な杜撰さが、正解を貪り、動機に欠如を与え、状況に深まる動機を加速させ、実働する余韻に形跡を生み出し、背景に処する余韻に契合される動機が健全な状態を蝕みながら、制限を重ね、労る事を忘れ、浪費される事柄だけに、相似していく要諦を貪りながら、憧憬するだけに曖昧な今を挟み込み、悠然たる心持ちで、振り返る事は無く、事柄に重きを与える原因に嵩張る出来事が俯瞰的に襲い、空間的な割合に明晰な瞬間が、清遊し続け、要する形に無数の世紀を連ね、拙い気持ちに狭まりながら、加速する余韻に凄絶な時を重ねながら、生じる出来事に形成される要因を貪りながら、動機に長いイメージや、生じる後に訪れる偶像を打ち倒し、浪費する主体に稼ぎが無いからと足枷をはめ込むだけの世界は、物事の変容を捉えず、批判的な物事に交互し、配する後から旋回する意味が誠実な時を捉え、途絶えぬように、進み続ける事だけが、この世界を書き換え、理解を深める決意に至る状態に注ぎ込まれる状況に軋轢を与える。 感謝、誠実な時に有する表現を保つように、示す辺りから、この永遠はすかさず律動していく。御礼。

変化する主体が応じることごとく

臆病に秒針を追いながら、何か、正しいと押し付ける事だけに服従するような原因に、軽減され無い痛みが内服され、誇張される事柄に、プリミティブな因子が挟まり続ける。ことごとくは盛大な意志を盛り込み、堅実な意味に旋回し、加算される容態に求められる状態を誘致し、凌ぐ事だけに、重きを置き、誠実な意味を失っていく。 直感的に世界を支配し、軽々しく示唆するあくる日を乗り越える。恐れずに挑む事が倫理を生み、世界を開ける終わらない愛や恋が、端的な永遠を教え、紐解く。純然たる自己を調律し、自らを超克すべく、行く姿や、あらゆる状態を整え、強固な生き方を指し示すべく、何事にも揺るがず、誰の指図も、誰の目をも気にせず、確かな倫理は、自分の内側に示し、収納し、納期し続ける。排外主義たる善悪の始まりに枯渇する問題が、民族などを求める。色が無い世界に儚く散りばめる愛もちらほら、瞬く間に求め合い深まり、陥る。どんな声や感触かを確かめる。瞬く月日は、遍く今を捉え、嗜む程に解ける。精妙に世界を変える事だけを目的に、こんな所までたどり着いた革命の必要性は一切無く、肥大化する幼稚さが生み出す理念からかけ離れ、ないがしろにした世界から抜け出し、彩る意味を超越し、調律すべきは、代償を持たぬ意味に償われる世界的な遊離を含んだ他者たる離人気味な自己を離すだけ引き離し、この存在に掴まるだけの影で有る私や、君である女々しい意味などに捕まらずに、この対象は全体主義から抜け出し、その協調性を求めるだけに排除するシステムは誤りであると認めるべき所から、この意識は超人化へと進み、軸を持たずに、時間に有する事を辞め、無機質ながら、差ながらを超克するだけの総和に至る事に置かれる信仰を取り除き、立体的な今を愛する主体が促す運命に世界は開かれ続ける。

永世中立的に結ばれる無数の論旨

猫とは、臆病な冒険家である。出会い、とは唐突であり、死に至る前に隠れた病をひた隠しに、解脱し、砕く世界から純粋な愛や、純真な意味が世界を創り出す、と伝える途端が偶然では無く、必然である、と迫るのである。私とは単に、君への深まる謎に対して、何故と思い、哲学する。ただ、何かに対する愛を超えた、最も高いところをろ過し、純然たる意味に変える。独善的な主張を取り除き、正確に、世界を読み解く世界との距離感を確かに感じながら、抱えた自己を、取り払い、果てしない旅路に向かう解放感だけが現実に瞬く。そっぽ向く空が流す雨が乾く頃合いになびくべき、素敵なスペクタクルに創作すべき事実が、君を形作る頃には、未然な状態も、自らが受胎を繰り返し、新たな状態を確かに形成して行く。あらゆる方法論は、論理の外側に置かれ、多目的に揺らぎ、自らを保つべき支配の気配からは、脱兎すべきだ。或いは、読み解き理解する事には、欺瞞や満足や、既存の価値が吐き出す答えを生み出す欠如に含まれる自分を褒め称える疎ましさや、階差や等差を生み、諧謔な意思を生み出さない。純然たる瞬間だけが、永遠を見届け、今を図らずも悟るカタトニーをつらぬき、整合され行くまたね、と別れた、この瞬間の確かさのみが、生きてるような、そんな感覚だけが、あたかも生きているような事をリフレインさせる。肌身離さず包む時を漁り、世界を克服する内部を往復する。押しかけ掴む時を妻帯しながら、あてがう月日には、育てる意味を奉納する。知覚の扉が開き、現実を追尾する。虚偽ばかりが旋回し、加算される状況に憚る事柄だけが、失ったものの大きさを測り、形跡を踏み躙りながら、凄艶な時を流動させ、本質に帰納する出来事が悠遠に帰依し、偏執する状態に求められる事柄を押し付ける事だけが、言霊に変わり、流動する精神に恒常的な情景を授ける。この苛立ちは、立場を介さず、形成される物事のことごとくを撃ち破り、稟性を辿り、謳う状態に凄然とした状況を授けていく。預かる気持ちは排斥されては、行為に基づき、呈する状態を踏み躙りながら、平静を保ち、要する状態に行動を押し付けるよりも、騒々しい苦楽を共にし、騒然とした要因に欠如を含ませながら、毎日に疎外される事柄だけを横柄に囲んでいく。

2014年5月13日火曜日

正しいと思わされている事に何の正しさも含ませぬ夜の日記

決意を固め、麻痺する夜中や、影が一体化を求める偽善的な夜を滲ませ、慢性的な傲慢を取り除き、願い事を歌う鳥たちに入り混じり、トタン屋根の上で錆び付きながら、艶麗な性質を宿し、朽ち果てるまでに至る余韻を秩序に変え、見せびらかせる間柄に屠られる優劣を生み出した獣から抜け出し、静謐な観念や、無言から送られて来る想念などが、長閑に性質と結ばれ、上ずる恋の結ぼれや、相対する点と線の戦争の跡地たる境界線や、無秩序に絡まる先々に他愛なく送られる有責から、エクソダスをし、英気を養うように、別離しては、離れ合う容態に重ね重ね合わせては、去り行くのが、心身であるし、永遠に、この身体にとどまることとは、不潔であるし、その場に固まり、懈怠するだけに過ぎない軽快さを持たずに、散財を繰り返し、未熟なままに濾過されては、誠意を用い、嵩張る時をターニングポイントにしながら、浪費と消費を緩慢に繰り返すこと事態を捨て去る、とは物質主義から離れる為でも無ければ、そんなもの、はなから相手にしていない。触手を伸ばし、触れるべき手触りや、始まりの跡形や、後片付けを終えた積年の嗚咽や、粘土層や、土踏まずに埋まる記念日や、躍動する凄絶さや、衰退する世界を消費し、鞘に収めるみたいな軌跡が、高慢さを引き剥がし、数々を愛し仕りながら、端麗な時に憚り、募らせられる敬慕や、不躾な再利用を加えた曖昧さから、差別化されては、難しい事を、難しいままに消費し、眩暈を引き起こさせられる。その先の細微な愛にビニールを被し、被覆だと査定する辺りから、幸やなんだと、馬鹿者の獣が語り出す。ひねもす感情を暗室で写実的に消費し、妄想癖を、シュールレアリスム的に昇華させ、その創造性からは、税を受け取らない仕組みを見出す。感情に増幅し、歩幅や、崩壊後の法改正や、寒暖差を埋めるような高みと望み、つまりは、理解を含まぬ解像度で真理を描き出すように、物事を誘引し、寂寞を乗り越え、離れ合うままに、盛大な意識を保つのが、この狡猾さを含んだ人間性の割合から吐き出される答えを消費せずに、この天地創造だと騙った人間こそが詐欺師であるのだ。人間とは、恬淡であるべきで、この軽快さを保つ為には、持つ持たない、では無い間から、値を引き抜き、判然とした決意を自らに含ませるだけに至る健全な関係などから離れ、蝕む辺りに食い込む世界を運び出し、空間から抜き取り、主体に放置する。 感謝、直ぐ様に離脱する私たちは殻の身体を脱ぎ捨て、空虚な世界から抜け出すのだ。御礼。

元来備わる尺度

憶えも無く寂寞に長じる臨界点を飛び越え、生じる運命に対価を求めるよりも、この誠実な理性を募らせる辺りから、長じる具現化を終え、応じる事実に言葉も無く募る事態に兼用される容態を悪化させない為に、この生命は希望を包み、掴んだ矢先を配下にせず、このドローンとしては澱んだ軌跡に長じる永遠性に真実を打ち出す小槌などが叩き出す辺りから、ものごとの粗も生まれるであろうし、要する形に長じるだけの化合物や、可能性が程良く尽きては、施される辺りをどかし、この辺りを濾過する頃を逡巡し、刹那を行き渡り、この猥雑な要因を飛び越え、そつない現実に縋り憑くだけの取り柄を失わせ、この入れ物たる人間から離れ、身体を超克し、肉欲を終えた辺りからはき出せる辺りに破棄される事柄も、空間的な偏執を生み出す以前に、この全容は統合されずに、引き離され昏倒しながら、浩然と入り交じり、ゆったりした感覚でもたれ合うような喜びだけが、離れ合うだけの愛に理性を紡ぎ出す。この幼稚な一切を吐き出し、一矢報うように、けしかけるように要理に理性を生み出し、接続される辺りに、聖俗を生み出すだけのシステムを終え、この無機質な主教が生み出した法理から抜けだし、国家の終わりを見つめ、この個人が強固であるべく、政治性を個人に帰依させるのだ。ミニマルな愛が手を伸ばし、前衛的に物事を消費し、モノラルな物悲しさをタンパク質に変えながら、リリカルな仮の姿を仮縫いしては、生前の面影に成否を下し、空間的な利己を打ち砕いた動機に欠如を放ちながら、小さな契りを交わした、幼少期のメロドラマの形や、懈怠する状態に膨らみ、誘致される容態に理性を紡ぎながら、密接に結ばれ、短冊切りにされた感情がリバーサイドを歩き、立体的な俯瞰から訪れる、超誇大妄想などを重ねながら、機械的に逃した後から導かれ、誘引される秩序を交錯させ、密集して行く状況の毒気が強調される前に、抗体を打ち込み、レジスタンスへと移行する。

紆余曲折する凄然

なにが退廃を生むのかを、深く洞察する。それは、自らの影なのか? はたまた、既存の価値が促す、既得権益に塗れた組織的偶像を促す即席の答えであるのか? あるいは、搾取を謳う童謡的なコミュニストが生み出す革命家が織りなす、端的なホロコーストや、無知な政策が描く、馬鹿げたシナリオか? あらゆる資本家が零す欺瞞や疑念が生み出す、怠慢な産業なのか、単に、自らの怠惰が膠着状態を生み出し、時間軸にとどまり、自らを責めるだけに時間を費やし、誰彼構わず扇動され、身動きも取れずに陥るニヒリズムで朽ち果てるのか? このからくりは、どこから、どこまでが正解なのか? あらゆる答えは枯渇し、その場で飢渇するだけに過ぎないのか? その程なくやり過ごす合間に、相対する世界は対象を生み出し、写実性に纏まる。求め合う意識間を漂う、愛と革命の最中にロジックを落とす。遮る由縁を屠りながら、実体は、互い違いに交錯し、同じ月日に罪を重ね、今に一体感を求め、寂寞に疎外される。未熟な実体は、ミニマルな思春期の経路や、厭うだけの社会性を基礎に、人間性を失い、行動的な機械化になり、人間性とは、代償を支払うだけに分離する世界の端々に結ばれながら、自身の内外から、歯がゆく離れる。存在とは、永遠に収まらぬ悲しみであるとペシミストが語る原理的な指針が促す信仰がしわ寄せする未来に悲劇が組み込まれ、あらゆる悲劇を内心に断続させる。不感症な情報に淘汰され、この人間の内側は腫れぼったい脂質や、皮質などに変わり、人間的な囲いを作り上げる。その壁は画期的な防御壁にはならず、単に自らを囲い、蹲り、世界から掛け離れるだけに過ぎない。堅持する現実や、けしかける今などの仕掛けを愛しながら、纏まる先々に躓きながら、負担すべき税も無く、蓄える資産や資本は、誰にでも備わるものだ。端的に言えば、ものとは、形ある素材に粗雑な価値をあてこすったたけに過ぎない時間軸を織り込み色目を使うのが、この世界のマシーン的な細動である為に離間に吐き出される打算を終える辺りから、静謐な流動性や、流行色などを飛び越える。

2014年5月12日月曜日

安全神話を打ち砕く夜の日記

この意志を越えるものも生み出せるものであるし、そこで恨み節を吐き出すと、履き違えた意味を履き込んで、脱げなくなってしまうと厚底を履いた猫が排他する辺りから、饐えた香りや、ロマンスを求める秩序や、神が居ない裏通りや、偏執する太陽や、深まる容態に募る病理や、病原菌などや、現金や、原器や、銘記や、ドナーや希望や記号や、マッチングする精神に訪れる強固な聖域こそが、結婚たる儀式を完璧にするのであると宣言する辺りから、この猛烈な病理は浸透し、新たな病原菌を生み出し、パンデミックしては、女々しい秩序や、損なわれる影に積もる埃に埋もれる日常を創作しては、操作される辺りにイントネーションが吐き出され、兌換される紙幣たる役目を終えた衝動的なモラルを吐き出す群像や、集団ヒステリーが訪れる心理の箱庭や、死に体で勝つ力士の感情や、カニバリズムなキャピタリズムや、リリカルな形而上的心慮を吐き出す今に地上も断裂し、死に化粧を終えた棺桶の中で笑う月夜も、壮大な一生を傲慢さで埋め、殆どの差額は、今にずれた闇であると促す肥大する苦悩や、歓喜や絶望の全容や、投棄された後bに肥大する苦悩や、前衛的に解ける試みや、空洞化するアンダンテや、知り合うとシリアスになる粗大ゴミの中の幼稚な策略や、容態を悪化させるだけの依存的な関係を求める病理こそが、この一過性の阿世なリズムや、井蛙や阿諛者たちの性格を普遍的だと呼び込む辺りを備わる教育の専横が生み出す洗脳的な権利と権力との横行、つまりは、君の孤独が機械化し、惰性な安全を求めるべく、この目眩く世界に集まり、擦られ、命の励みや、迫害を受け入れ、排斥され、排除されない為に、必死に縋り憑けと促すような世界の終わりを迎えるべく、始まりや、終わりで示す値から抜け出す。或いは、この絡繰りに示される締め付けを執り行う世界の閉鎖性に、整合されるだけにナンバリングされる人間が凄絶な時を迎え、この世間の終わりから歯止めも無く応じる苦しみを超越すべく私が先導する。或いは扇動するだけの情報を淘汰し、この訝る月日に悶える今に意味を移し変えるように、浮き彫りにされる辺りから容易に吐き出される要因に訪れる無知を引き裂き、創造性を鍛えるべき組織を呈示するよりも、この知ろうとする想いを持つ者を超人化させる。 感謝、長じる時間を維持するよりも、この強固に促される辺りの機械性から離れ、成熟し、誠実さを取り戻す辺りから、この夜の値は狂い出す。御礼。

成熟する由縁に空間的な年齢を引きはがしたカタルシス

劣化するのは、老齢にあらず、その場に留まるだけの価値に留まるだけに滞る文句を溢す、この口から充溢する否定が落とす観念が規制するだけの状況に囲われる容共に示される容態に炸裂する凶状に硬質な意味合いをはき出せず、打算されずに散々な状態に拗れる状況を冗句に変えるだけに明け暮れるから、この拗れる状態に一切の無機質さが生まれ、その場に崩れる要因は、安易な状況に囲われ、閉じる思いに時系列を与え、冷静さを失う辺りから時間に拘束され、圧縮される過去からカオスが生まれ、便宜的な様態を凌ぐべく、この逡巡する命が利己的に消化され、配備される後から、私は、私では無くなり、曖昧に消費される状態を受胎する、「わたし」 に変わり、もしもや、もしもしが乱立する辺りから生み出される既存の位置に示される要因に消される後から軌跡が生まれ、高じる要因に届かぬ思いや、偶像崇拝やハグなどが執り行われ、バグは取り除かれ、可憐な恋愛などに流動し、即席の温かみを飛び越え、本質からの温もりに変えるべく、我々は拭われるよりも、脱ぎ去り捨て去るべく、この去り行く動機に示される状態に欠如を与えながら、この浪費されてからも、査定を続け、先行き不安だねと、不安定に酔いしれ、死んだ価値に消費され、死んだシステムに固着し、膠着するだけの嘘を流動させ、外側から、専横し、洗脳する排除するだけの思考に注がれる、守るべき様態を煽るだけの曖昧さが、資源だなんだ、などと促す辺りに詰まる余韻が、物々しい示唆を繰り返し、弛緩する様態に零れる状況にひとりひとりの負担が増えるだけに先送りにされる重みが後々に迫り、この国が抱える病理や借金や、既得権などが濫觴する辺りから、緩衝する事を忘れた愛などが乖離しながら、加算される道理に要理が離叛し、かさましされるだけにかざす想いが、日差しを遮り、擁立し、擁護し、杳然に尽きては、突き動かされる辺りか、その枷の合間や、課せられた課題や、過程に収まり、家庭に拘束されるから、この乖離する状態は、何を守るべきかを忘れ、単に朽ち果てるだけの主意に同意を求め、動機に拗れるだけの意図を紡ぎながら、無駄話ばかりを続ける動機に迸る状況に刻々と迫る情景に果てるだけの古くさいムードだけが、この情事を突き刺す、この内面的な情事に領域は無くて、単に備わる後から陥れる概観が暴れ出し、暴かれる観念から、完成されない痛みを不安要素に変えるだけに過ぎない私議ばかりが跋扈する。統合される瞬間が傍から離れ、泡沫の惰性な点と線に結ばれ、展開を深め、牛耳る辺りから損なわれた実体に違背を繰り返し、自らを陥れる辺りから淫蕩な成因を無数の現実に結んでは、旋回する意志や蛇行する瞬時に加工された欠如や流動性を失った拍動を終えた嗚咽を吐き出す鳥瞰で見つける矢先のカラスたる自分のドメスティックな工事現場で、理屈から超脱し、普遍性などを厭わずに、普遍性を愛する。

元来届かぬ容態に響かせる歌

大きな範囲から見れば、物事はくるったまんまやし、そこに、損なうだけの距離が生まれ、その間なんかが、 「いま何時?」 とか言い出したり、だし抜けるあたりに、時間なんかは、意味を持たずに、立場なんかに、位置や意味なんかは生まれんと、そこに立ち尽くす君に影は無く、存在すら、薄い膜や、襞のなかなんかに吸い込まれ、納期すべき愛なんかを、そこに放つだけだ。世界とはいったんはニーチェを経るべきであるし、バビロンが誘引するきな臭い行動に帰宅するよりも、わたしは、わたしであらずに、静謐な世界を、グッと抱きしめ、ハッと気付いた頃には、傷付いた欠如を埋める必要すら無くなる、とわりかしマジで思う。わたしは先ず、なにも持っていないことを誇りに思うし、ギャル的に盛る虚飾を捨てた途端に、愛は弾けるのである。街の移り変わりは早い。わたしの、否わたしたちの思い出が詰まった建物などや、毎日朝方までたむろした四方八方も、新しい建物に変わるようなノスタルジーをココロに流動させては、荒んだ世を否、荒んでいる、と言われているに過ぎない事に流されるだけでしかない、しがない世界から超脱した、矢先にわれわれの価値が勝つときも来るだろう、と勝鬨鳴らす。この話も、饒舌な罪を躱し、絶え間無く空間的に志しを与える辺りから、揺蕩い、吐露する。 〈恨みや憎悪は至極、緩慢で気だるい様子を保ち、自分を見出せずに、情景に疲れを宿している。ある辺りからチグハグになり、儚い要素を積み重ね、去り行く状態を、普遍的に流動させている。不可思議に鬱ぎ込んだ予感などに従属しながら、寂れた夢や、裏切りを内向性に排出し、確かな因果に酔い痴れるジレンマなどが、時代錯誤しながら、萎びた記憶のシャッターを開け閉めし、示し出す辺りから、近傍や近影は蕩け、訝る事実を、仮の姿に変えては、社会性から逸脱すべく、既存の価値には収まらない〉 事実は斡旋され、自身の内部で圧縮され、小さな悲しみに、苦しみを宿す。

2014年5月11日日曜日

終わらない夜に溢す日記

何故、私たちと一緒では無いのであろう? と排除するのが、世界の始まりであると告げる浪費された主体から繰り広げられては、嘯く言葉が感嘆を吐き出し、軟弱な世界に纏わり付いては、補食する流動性に、邪気や苦境を、弱肉強食や、資本的に消費される証拠や、症候群や、分からない事も聞き取れられない猿や、査定されるだけの日々や、秘訣や、空虚さに移動するだけの形に収まる後から迫る流動性や、動向に備わる成因に象徴とされるだけの記号や、希望を持たない清流に流されるだけでは、その流れる先も、詰まる先に、加算される記憶に打ち込まれるだけの代償に消費される様態に雲隠れする状態に引き合いにだされるだけに正常な意識を持たずに、四季を消化し、この世界を誇張するだけに代償を支払い、排斥する辺りから意味合いは固結し、高潔を保てず、マインドに設置される誘導する生に心情や、湖心を靡く孤独な白鳥が剥離する辺りから、一切の虚空は、誇張されるべくニヒリズムを恨み節に変え、節々に憎悪を想定する辺りから戦争状態に至り、分かち合うよりも、解り合うよりも、理解する事に寄せ返す互いの恨み事態に照合されない容態を拡散し、物々しい状態に掻き乱されては、査定される辺りから性差は生まれ、生産的な価値や、計算的な誘引を繰り返し、下される結論の血路を歩き、ポジティブな要因や、因子を吸引し、急降下する辺りから、この創造性は粗造な状態に荒々しい心音を与え、蓄積される苦悩や、様態を縫い付ける空虚さや、刃毀れする辺りから、恋的毀損を終え、損得で勘定される状態に速度を生み出し、運び出す実情に備わる事態に恒常性を求めるよりも、元々の様態に状況は軋轢を与え、呈する状況に複雑に絡み合いながら、元々の現状の光跡を辿るように、照らすイメージや、拍動する状態に後退しないように、生動する状態に行動を移し、元々の真理に心情を移し変え、黄道帯を歩き、星の胎動や、宇宙という孕んだ後の空っぽさに生い茂る辺りに、この誘致される犠牲心や、擬態化する苦悩や、ギアチェンジしては、心情を浪費し、勇敢な静謐さを超行動的に消費し、投影される状態に陥る影を拭うように、横溢する瞬間に、この生とは死に消費されるだけの化粧を夜に施し、何かにケチを付けるだけの落ち度に物々しい原理を打ち出す要因に拗れる辺りか、この生命の原理は拍動するだけの機械性を用い、元々の現用に陥るだけの世界性に挑むだけに解けぬ辺りから原生を包み、あらゆる原子に乱立する様態に弾ける状況を舗装しながら、萎びた毎日に記憶の水を与え、商業的な杜撰さや、性差を用い、動機に理性を与えるように成敗を与える無惨さに、懺悔するような毎日に畢生訪れる理由が主体を失い、理由に集積する状態に拗れる。 感謝、訪れる状態に導かれる祈りを越え、滞らぬように、この命を拍動させる状況を即座に超越する。御礼。

統制されない辺りから増やされる一切の起算

風景とは、匂いや記憶が形作り、表すものである。人間の根源である獣を流動するより、時代を履きこんで、過去を探索したい、と温もりを着込んで、灰色の夜空を探検する。あらゆる形式は、過ぎ去った分の愚かさを引き摺り、有用の時に軋みながら、離れては、廃れて行く。単に夜は深いだけで、何にも作用はしない。この夜は、どこにつながり、どこに行くのかと、君はさまよい続ける。有効な会話を取り除き、雲に時を溶かし、濾過した辺りから、陰惨な時が、インモラルに時間自体を消費し、自らたる他者を消費し、トピックスを翻し、あらゆる現象に引き剥がされ、事象から捉えられ無い概念を吐き出し、ガイダンスが促す、機械的な論調に補足されては、伝わらない思いを今にかき集め、欺瞞や、即座に煩く伝わる由縁や、足跡を辿り、捕食される機能や、利便性や、詭弁ばかりが媒介し、察する時に記憶を当てこすり、察する時折に浪費され、記憶に寄贈されるべき森羅万象や、ララバイや、リリカルや、気丈な態度や、胎動を聞き、赤裸々に結ばれる辺りから、不規則に結ばれ、バラバラになりながら、温かい記憶の温もりを辿るほどに閉鎖的で、内向的に解けないのが、生きる、という調べであるし、モノラルな世界にお出かけしながら、割愛される辺りから降り注ぐ視線や、視点に結ばれる永久や、底冷えな時折に結ばれる時々の地点や、蓄積される濃度や、荒涼な大地や、夜の成層圏を突き抜け、ほとほとに疲れて弄る間柄に拘束されては、この秩序から逸脱すべく、我々は、我らでは無く、個人から這い出て、確かな勉学とは、読み書き以上に超越し、事実や、概念を超脱して眺めるような悩ましさなのだと、つくづく思う間に消費され、枝分かれしては、可憐な我が子を何度も産み落とし、流離う彼方に流浪する状態が受胎し続け、追憶を絡め取りながら、朗々と続き、零落する辺りから、落伍せぬように、刹那や、微かな記憶に与える微かな猥雑さを、Y座標や、常時や、量子的な夜や、余罪を追及される権力的な暴力の隙間や、色魔や、色彩を失い零すレトリックだとかが、カスタムされては、加配され、配下に変わり、媒介され、最たる意味を失い浪費し続けては、懈怠し、世界の儚さだとかを、ないがしろに愛しては、蔑み、用済みだと促す辺りに気配は、興じる要素を、散文的に捉え、途絶えぬように、今に縫い付け、気配をかき消し、有する状態に情愛や、逍遥し、有する気配を各プロットを書き換え、あらゆるプロセスを牛耳り、世界から離陸する。

この異様な空気感に示される間柄

ひとりで完結する出来事などは無く、お互いを織り交ぜ、何もかもに逡巡し、確かな色合いに変わる。いつでも死ねる、ということに、生の軽さが転換される。死を思え、では無く、生を思わされるな。私のいたるところに、死は存在し、私の幼き頃から、死は点在している。死を乗り越える、とは、死を能動的に昇華する事から始まるのだ。その始まりは、少数の者に読まれ、少数の者により、詠まれ始まる物事が、マニュアルを超克し、その者たちから、世界が始まる。あらゆる卑賤で卑俗な大衆を率い、我らが世界を執り行う。倒錯する痛みは、背景を徘徊し、錯綜する原理を加速し、慟哭を通過し、情景に磔にされる。擡頭する意識が、伝統を打ち倒し、新たな自己を与し、なりふり構わず、綴り続ける事から、事実は結託して行く。たまには儚げに堕ちるままにチルアウトする。落ち着くまにまに広がる顕示欲などに、うとうとしながら、成し遂げた後の痛みなどに押し広げる意味などを通わせ、看破したりして、入り浸る意味や君が手懐け、戸惑い、手間だな、と溜息こぼす時につべこべ言いながら、成した後に広がる痛みに嫌味などをこぼすより、自らの今に組み込まれる世界の恒常性や、控除される合間からすり抜ける気持ちがグルーヴを成し、放たれる後から離散し、ルサンチマンを抱えながら、長い気持ちに拍動する今すらも忌むから、気持ちは絶えず強く持たなければ、すぐさま駄目になる。私ひとりでは無理だから、大きなムーブメントが必要、だ。あるいは、私ひとり、だとしても闘う意志がある。あるいは、続ける意志だけがあり、存在などは、はじめから、存在すら、しない。意識は抱える間も無く、粒子化し、量子化する。限界から発露する自分が、騒ぎ出す。路上のアルゴリズムを孕みながら、見たままの景色に佇み、昇華する。春って得るようで、何か奪う、ような結ばれが迫り、権利やなにがしが、他人事のように自我の表明にリンクする。あるいは、還元される疲れがポイントに変わり、違う痛みを買いながら、違う疲れが迫るような喧騒は、寒々しく五月蝿く、奇しくも迫る組み込まれた四季や、簡素な時代を掻き乱す余韻が四方八方を塞ぎ、暗澹たる要因に迫る狭い価値が、贋物を何度も作り直す心の中に、正しさなどは、一切無い。春先から溶け出すクラクラした太陽が不規則に全体から浸み出す。先ず至る世界を完結させる以前に、遠ざかる意味を掴む。死とは、他者が認識し、死した者は認識せずに散る。はたまた、叶わぬように、あしもとすくうべく輩がうじゃうじゃ居る、と促す扇動者こそが、贋物ゆえに、まさしく世界はよく見返せば、誰かが作り出し、嘯くだけの資本を、あたかも流動させ、ヒントにピントを合わせず、たちまちに立場を絡ませ、対象とすべきものなど、はじめから無かったかのように示される。絶えず世界は歴史に踏み込み、世界自体に、圧力をかける。

2014年5月10日土曜日

幾重にも備わる壮大な夜の日記

タナトスやパトスとうろつく。佇む深層心理の心因や、真偽に触れ、深淵に備わる過去の自己を蹴散らし、新たな自己を流動する。鼻で探る距離感や、花が放つ香りに誘われ、寄り付く虫が運ぶ種子が枝分かれし、触角で触れる不確かさに哭き、あらゆる通じない会話が、相対する空間や衣服を突き抜け、有する形に結ばれては、懈怠し、退屈な容態を押し広げ、凌いで行き、行き当たる意味は、すかさず過ぎ去った経路を行き過ぎ、急いでも、この後は意味を持たずに、互い違いに交錯し、たちまちに詰まるだけの、行き先に捕まるだけにしか過ぎず、たらい回しにされては、つくづくに詰まり、熟す前に我々の間柄は、逍遥しては、逡巡する今すら縋るだけに過ぎない事柄を色褪せさせては、主体を拭うだけに、脱ぎ捨てた後からは主たる根源や、期限や、偶像化した対象や、引接される陰惨な様態や、擬態化する加算されるだけの条理に授与される関係性に制圧され、封鎖する先々は、行き当たりばったりな出来事を通過し、果敢に挑まずに、逸するだけに過ぎない事柄を往復するだけの普遍性に疲れ切る調子を、帳尻合わせ、行き先も無く、憎しみばかりが増える不穏な雰囲気に引き裂かれ、この価値は切り裂いた辺りから、際限を生み出し、妄に入り混じり、不確かさな何かの中身を消費し、最たる今に深まり、昂まる本能を打つべく、ないがしろにした主体に粛清を繰り返し、きな臭い現状を打ち倒す。絶え間無く、生き難くとも、止まらず行くだけに過ぎず、行き先など持たぬから、このとどまらない意志が、たちまちに行き過ぎる出来事を踏破し、超越するままに、行き交う。凝り固まるだけでは、その場で行き交う痛みに遮られ、砕身に至る今に堅持すべき理由も、底抜けに明るい様態に躓くだけに留まる今に堰き止められ、寂寞や、凄絶な時に清心を用いず、老い耄れるだけに至る価値に価値が擦り付けられる辺りに、厭うだけの感情が共感を呼ばず、関する時に禍を用い、生じる意味に苦悩だけが這いずり、理解を超越しない翳りに至り、軋むだけの留まらずに、反故にする我々の事柄や、裏切りが生まれる辺りから、あられも無く結ばれる様態に心象が重なり、求む今に生じる妖艶さや、結いながら、縫い付ける辺りに凌ぐ想いが可決され、有責する時に平伏すだけに引き裂く境目に照合される余韻に求め合う時折が朽ち果て、草臥れながら、うらぶれる想いに初々しく動作し、まさぐる時に逍遙しては、凄然とした行方に帰依し、果てない動機を貪りながら、リリカルに至る仮の姿や、加配される揺動に結ばれる動向に朽ち果てる要因に求め合う時折が交錯し、秩序を持たずに、偏執しては、流動しない精神は、形跡を追うだけに、往昔に至り、沈み込む記憶から行き渡らない出来事をはみ出させ、導く行いに凌辱を繰り返し、規範の様態からはみ出しては、この用いる全てに訪れる時間から反し、有する事柄に理由付けする今を引き裂き、欺瞞を打ち倒し、憤懣に至る今から途端に外れていく記憶も、ゆくゆくは幾何かに帰依し、行方も無く、複製される時に輪唱され、理の臨月に増える時に措置される誘引を繰り返しては、果敢に移動する事を忘れるから、増える苛立ちからは、昇華されないのだ。 感謝、偏る精神は、今に引き摺られ、自分の重さに耐えきれず、引き裂かれる。御礼。

流動性を持って滑る間だから

唾棄すべきは、事実を打ち倒し、導きながら瞬く時を愛撫する。その先々に転回する苦境から長じ、行き交う今を凌ぐ為に訪れる領土を撥ね除け、調合する辺りから補食する意味を行動に移し変え、動機に転じて、跡形も無く示される兆候を掻き消しては、定義に用い、固執しないように断続的に示される辺りに誇張される原因にすがりながら、死から離叛し、判然と撥ね除けるニュアンスに接続され、試みる事に拘引され、査定されるだけの関係性に制圧されては、正常な意志に刃向かい、解脱しては、快諾する事柄に用いる全てを統合させては、この蓄積されるだけにリアリズムを失う蛇行する行為は、行為から外れていき、備わる意味すら求め合う形に留まり、引き裂かれる余韻に引接され、長じる辺りから備わる意味を複雑に包み込みながら、按排や、因果を含めて、長じる動機の杜撰さを飛び越え、憶えも無く今に結ばれ、蝕まれるだけに向こう見ずな今に疎外され、離れ合うだけに反感を買う。とどのつまり、この場に行き過ぎるのは、その過去を越えられぬ存在や形だけであり、純粋な精神は直ぐ様、移行すべく、その全てを纏わり付かせながら、まちまちに迫る緻密さに、増幅する行為元々のセオリーを打ち倒し、状況を超越すべく、この曖昧さに、軋轢を加えるだけの愚かさを超越し、這い出る今を紐解きながら、牛耳る矢先に閉じる永遠こそが、この姑息さや、法則を打ち倒し、硬質な今に備わる確かさに、退化せずに、対価などを飛び越え、横暴に示される状態を飛び越え、横柄に示される事柄を超越し、ことごとくに備わる状態から、超脱しては、傍観者で終わらずに、この闘争の内外に備わる時間を無機質に変え、徴候に示される凝滞に機構を生み出しては、体制的な理論を含まず、体裁を取り繕うだけの時に投影される状態を超克し、この行為に有する状態を飛び越えるべく、目眩く今にくるまり、備わる様態に希望だけが生まれる事に置かれた状態を飛び越えるだけに時は、有する形に浸からず、掴まらず、離れ合うだけに、その帰路を見出し、出し抜ける辺りから、この正体とは、誰もが持つ状態から離れる。

字余りな時の相似

老人と海みたいに、詩人と花だ。並走する虫と同じ歩幅を歩いて、昔話を潜り抜ける。堅持すべきは、単一な愛のみ、だ。ブリングザノイズか、プリン食ってのんびりする、かの差異に至る距離感の静謐は依然として、保たれている事柄に関する恒常性は、すでに永遠は超えた断続的な麻痺を含んだこれは、完璧な恋である為の経路を進むのだ。リストカットしているカニバリストに、看板背負ってる悪党に、悪趣味な形而上学な入り混じり、ニコマス倫理学は弄くり回され、切片を失う。アリストテレスは完治しない苦悩を現代の経済破綻として、ギリシャに背負わせる。或いは、八方塞がりな共同体は共鳴すべき点を失い、また民族間や宗教により、軋轢を深める。仕るべきは、繋ぐ為の絶え間無い愛である。昔なら壊していただろうが、このレトリックに真実が生み出されてからは、壊す事をやめて、祈るよりも、思い創る事だけを始めるのだ。創る事は、答えを持たず、個体を乗り越える事だ。ニヒリズムこそ掻き消すべき枷である。月を真ん中に置いて、色んな星が胞子になり、自らの根底を囲い、包み出す揺り籠に乗り、世界を渡り切る事にカタルシスは要らない。踏み込んだ後は、すかさず跡に変わり、その痕跡を追うように、事実が淡白に形成されて行く。世界的喪失が叫ばれ、とどまらないニヒリズムが端的な傀儡を生み、受動するだけに考えを押し殺し、滞るだけの生命が、ただ効率だけを求められ、機械化し、データ化し、記号化しては、拘引され、取引の内外を足りない頭で示す辺りから欺瞞だけが生まれ、瞞着し、慢性的な退廃と懈怠が織り成す諦観だけが弱きを否定し、強き者に噛みつか無いから権力は、権力たるだけの暴挙を繰り返し、逸脱する圧力を翻し、世界性に抑圧や抑止を与え、超越し、超克する辺りから、動作を含まずに、単に逸脱するが為に、力を行使し、繰り出す意味の傀儡たちを不安で煽動し、考える事は良く無い事なのだ、と答えに高圧的な余力を与え、従えるだけの人間に収まる。今一度、吾々は、何故産まれたのかを、ちゃんと問うべきなのだ。示すべきに境目は無く、用いる術や、持つべきものすら、無い。莫迦どもの支配を終わらせ、我ら、超人が世界を創り直すべく、あらゆる態度を強固に示す。そして幾許かを吸収し、一切を纏い、すかさず帰依する辺りから逡巡する。

2014年5月9日金曜日

夜通し伝わる夜の日記

この正直な時空から触発される永劫を介して、安らぐ土地に移流し、しかさず想いを茂らせ、静謐な時に送致される余韻に一生が状況に軋轢を与え、呈する行為に秩序や、順序を与えるように示す事に拗れる時系列や、時効を生み出しながら、月日を和ませ、この苛立ちを捨て去る辺りから、自分を取り戻すよりも、取り残されぬように、すかさず次に進むように示す辺りから、この濃密な密度に断続的な支配の気配を嗅ぎ取り、徒労しては、大捕物に発展するような静謐感を進ませ、すかさず進歩するように相互し、超越する自在さから、境目をから超脱し、宛らから加速し、終点を目指すよりも、この動向に修正される容易さが、硬直する時折に密度を与え、壮絶な問いを交換し、吸血する時に補食されては、この枯渇する動機に演じるだけの関連性や、制圧や、抑圧が生まれては、制御不能な時を想起させ、罵る間だから俯瞰する媒体を行い、収容されては、この濃密な余韻に示す事柄に央軌する情愛を信号に、この投擲される状態から離叛し、判然とした態度にモラルも空腹も、ほどほどの状態に達する胸裏に迫る要因が冷酷な狂態や、矯激な態度を用い、仕る様態に拭われる過去や、恒常性を保つだけに用いる全容に可決する動機に朽ち果てるだけに備わる境域に迫る状況に迫る軋轢を与え、能動する事柄に応じる自己に批判的に纏わり付くような理由が蕭然と迫りながら、蓄積されるノイズや、時間を誘発しながら、萎びる身体にしらみつぶしに、調べ尽くされては、提要する時間に枢要な理由を濃密に機密に措置し、終焉を歩くカタルシスが懈怠しながら、解体される有意義さに、誘導されては、密接に結びつく世紀に捕らえられては、情感に殺伐とした措置を繰り返し、排斥される後から傀儡化する容態に迫る問責を繰り返し、空洞化する要因に迫る崇敬を終え、壮絶な状態に濃厚な誘引を繰り返し、瞬間に口実を残しながら、理を拭い、昇華しては、背負う事も無かれと、用いる全てに、緻密さを生み、密接に結ばれては、歯痒く狭い価値に彩られ、投降する後から、迫り戻る価値に誘発されては、能動する状態にだけ、定期的な騒然さを運び出すのだ。 感謝、要する事柄に寄せる思いが排出され、確かな状態に乗っかり、その行動の重さを、進むまでに与える。御礼。

追い込まれた後から迫る罠

下ろされた時は疎外されつつも、洗礼され、多目的な場面を徘徊し、互い違いに交錯しては、秩序を保たず、解れる後から迫る淫蕩さに悴み、自覚を失い、ないがしろにしながら、加算される後に形骸化し、加担する後に崩壊する何時かを忍ばせ、配色を終え、印象付ける後から戦乱を歩き、統合される間だから、離れつつも、接続され、正否を求めるよりも、この要因に訪れる措置を終え、凶状を歩き、浪浪と刹那に地脈を与え、浪費し、排斥される余韻に凌ぐ自己が効率を求めるよりも、その通り道を飛び越え、生じる後からきめ細やかに混ざり合う幼稚な事実を絡ませ、求め合う程に、要する力は徹する後からしのび寄る予感に屠られ、生来の形を留めずに、通り抜ける後から自分を信じ抜くだけに奇抜なアイディアを早熟な運命に突き刺し、囁き合う後から、曖昧なマインドを忍ばせ、唐突に襲いかかる事柄から、無機質な原因に迫り、留まる事を疎かにせずに、先鋭的な道筋を歩き、有する過去から淘汰され、習熟する間だから背伸びしては、終焉を迎え、閉じる思いに収容されては、手伸ばし、蔓延る悪意を優しく包むような労りを含んでは、統治される予感や余韻に忍ばせる不確かで不可思議な愛をでたらめに措置し、建設的な誘引に要する事柄を移行させ、周到に与える動機に朽ち果てるだけに領域に掴まり、育つ意味に要することごとくに成因を生み出し、有益な事実に健全と凌ぐとしても、内心に訪れるドグマを打ち倒し、備わる合間に浸食する意味が事柄を奪い、融解しては、特異点に溶け出し、老化する姿から、カラフルな愛も粗末されては、利口な世界を逡巡させては、浪費する言葉から、仮の姿を保たせ、愁然たる面持ちが祝言を重ね、捉える試みに集約される同期を終え、慢心を掻き乱し、荒淫に陥る心因に鼓動や孤独が空白に入り交じり、偶感に攻め入り、離叛する事から、この落ち度や、悠遠さが、狭量な世界を建設し、截然たる差を用い、途端に帰依しては、擦れ合う状況に途絶えるだけの関係に制圧され、永久に帰依し、寧ろ散々な容態に加速する印象が静謐な所を突き、牽引するだけに漁るように奪い去りながら、統制されるだけに採択する事柄に吸い込まれる後から、この要する関係性は密度を失い、騒然としている自身から、苛烈な容態を生み出し、屈辱を溜め込み、全容に固結し、超絶な時に感触を携え、試みる理由に拗れる後から形成される領域から、霞むだけの無碍な記憶を既得権に、献じる後から、演技が生まれ、項垂れ駆動する辺りから印象が蕩け、熱情する時に想起する容易さが、安直な空虚さを踏み躙り、勇躍する時に刃向かうだけの時を媒介させるから、この身体は、ささやかな窮余に導かれ、収奪する間柄から、還元されるように示される後や音から増やされる事実に投影される状態を仄かに愛するのだ。

壊れた隙間から既存の位置を捨て去る

自分的全容に訪れるエントロピーやオントロジーが何かを焼き尽くし、何かを描き煮詰める矢先に消費される傲慢や、緩慢な情愛に訪れる熟れた敷衍や、因果律に交錯する時間と主体と悠然とした気持ちに固化する容態が飢渇し、酩酊する状態に果然とした有形を与えるだけの行為に纏わり付く途端に、統合される精神が毅然とした暴露を繰り返し、悪路を歩くような予感に投函され、統計される痛みをビブラート化し、換喩する状態に訪れる密接な関係や、照合される状態に生み出される領域に感染していく主体に拗れる醜態や、肥大する悪意を押収する物質的な猶予や、余韻や余裕に比する感覚に健全とした態度や、有意義な行動に動向が恒常性を用いず、動じずに、ドレスアップされる日々に貧する事柄を形骸化させ、健常な意味も産み出せずに、何事をも踏み躙る辺りから生まれる恍惚とした恨み辛みを打ち倒し、状況に軋轢を与えるように偏向する現行の意識に吐き出される余韻に導かれる全体主義の集団ヒステリーの筆圧や、引っ掻き傷などが現れる頃には、殆どに現れる感情を生み出し、動向に動静を組み込み、はみ出す辺りから悠遠な措置を繰り返し、刃向かう辺りに向かう事で、このことごとくは外れた音調や、どれがどれかも分からなくなる辺りから排斥され、収奪される要因にモラルなどを突きつける辺りから人間的な頽廃は始まるのだ、と体系や組織は官僚制の内部で抹殺される自己を傍観し、諦観しては見下げる下に訪れる地道な道や、その密度に備わる反する悠遠さに措置される凝滞に繰り出される虚偽や、脅威や、拒絶が判断する状態に情痴を与え色情狂たる由縁にだけ消費される欲望に相対する本能の本源を辿り潮流に至り、誘引される様態の源に統合されるだけの想定に下される人間的な内部に収まる限りに、そのシャドウは車道からはみ出し、轢かれるも轢くのものあいだで、愚行を取り決める一体感に狭まる価値が反照しながら、繰り返し下す辺りから空腹が普及し、正接する辺りから幼稚なリズムがリスクを生み出す。

2014年5月8日木曜日

神経質に消費される夜の起因に思案する日記

纏わり付く痛感に生活感や、正常な記憶や、歯痒い動作や、喪失感に判然と示される有意義な面影が暗い情事に倒錯させる要因を捧げ、拗れる辺りから充足感や、苛烈な状態に伐採される心因性の刎や、関連する状況の事業や、罪と無効の空に資源を流動させ、関連する状態に領域を生み出す超巨大資本や、拒絶する愛を罰する辺りから超克すべき抜歯を繰り返し、求め合う無意識に整然とした要因を生み出し、漏出される辺りから飛び散る火花や、ないがしろにした主体性に控除され、排斥される余韻に住まいを移し、収益を求める辺りから悠遠な想起を反復させる余韻に備わる完治しない苦悩などを段々と身心に流動させ、恋の震域に高じる想いを配置し、終焉を跨ぎ、試みる誘致を行う辺りから、この動向は慢心や機械的な道理や、論理を組み込み、与え合う事は愚かで、あてがうだけに過ぎない指針をないがしろにした主体に醜態を与え、拗れる辺りから浪費される原因に備わる過程を屠り、安易な様態に美醜を溜め込み、閉じる辺りから偶像崇拝や、廃絶される誘引や、矯激な様態にハミングする幼稚な遊離を繰り返し、欣然として向かう矢先に困ずる時も、悦楽を求めるだけの蛇行を繰り返し、有する価値に引き出される安直で愚直な事柄も、ことごとくに壮絶さを持ち込み、査定を繰り返すから、叫んだり離れたりする間柄から、堕落した離別を繰り返し、有責する辺りから未来は危害を与え、近接する浪費を繰り返し、加算される容態に用いる偶然性や、愚行や、空虚さがシナリオを浪費させ、漏洩する辺りから濁流と化する艶麗さに迸る脅威が空虚を飲み込む辺りから、この確実性を基に動機を氾濫させ、反骨精神だけで範例を飛び越え、誘致されずに、原理的な憩いを打ち砕き、この闘争に倒錯的な落ち度を与えるよりも、有意義な時に猥雑な想念を与え、念じる矢先に燃焼する要因を行動に繋げるよりも、排斥される辺りから未熟さを盛り込む辺りから、この蕭然とした離別が別々に断続し、先々に配される未来に駆除され続け、厭世観や、淵源に忍ぶだけの複雑なアニミズムや、アガペーなどを消費し、根幹に染み込む悠久や、虚偽などを染み込ませた階級制の球根や、競合するだけに備わる成因などを磔にし、超然とした有限性にかまける無限性に誠実な要理を繋ぐよりも、批判的に滞るだけの理性を苦心を与えるよりも、この使命の悲鳴や、擯斥する事で滑らせる精神が正式な要因に求めるだけの愛に与えられる事柄も無いわけであるし、内積する余韻に備わる苦しみに来る悲劇や、品性を持たぬ街並みに、混沌とした狂気を抱える間違いを嗜み、凄絶な状態を抱える狂騒に加速する余韻が陰惨な傷や小雨を混ぜ、内戦状態の受胎告知をアドレスに書き込み、それに電話をかけ続けるような掛け合いが、陰惨な思念を逆流し、敷衍する容態に慢性的な帰結を行い、統制されない想いに拗れる辺りから牛耳る予感に要請する動機に漫然とした胸裏に果たす思いが行動に恒常性を与え、受精を続け、綴る矢先に広げる本質の内部に安易な状況を軋轢に変え、ある日に備わる明くる日の熱情や、浄域に簡素な理由を流動させ、動向に控除される要因に下される空腹や、全容を補食するだけの背後に接続される悠遠さや、差額を求める堕落した豊かさや、無垢な容態に荒唐無稽な強制を下すだけの打算される主体に訪れる無碍な収益に拗れる情景に来す想いが儚く入り交じり、無惨な状況に相違することごとくに波形を与え、鵜呑みにする状態を踏み台にする事を生み続ける。 感謝、鞍替えする試みに、此処を置かず、置き換える矢先の置かれた意味を知るように、行く。御礼。

翻す後から生まれる言葉

滞るだけに固まる状態を循環し、こぼす潤滑油で滑りも良く滑らかに欲を抑止せずに、欲の使い方や、物事との誓い方を知る頃には、この空白も、空腹を求めずに、止めど無くあふれる一切から逸脱し、事柄に応用される前に、品性を保ち、高尚に至る余韻に浸る前に、引き裂かれる今に境目を持たず、世界に則り、あらゆる拘束から離れ、成就する事で世界からかけ離れては、抵抗する運動体であるべく、様態を飛び越え、燦然とした状態に帰還する。緊要に迫る私たちの合間の乖離性の会話が断続的な鈍痛を与え、突き抜ける快楽や離叛する心に判然とした猶予や、萎れた記憶に与える水たる役目を放ち、反する気持ちを流浪し、健全で悪意を溜め込む桶である形に備わる枠組みに供えられる愚行たる余韻が誘引する貧相な影や昏倒する履歴に備わる安易で安直な態度に示される心無い事柄や言葉が対話を繰り返し、艶麗な成因に生じる具現化しない還元を屠り、内情にセンチメンタルに誘引し、行動に動機を与え、たゆたう気持ちにリロードされる感情の弾丸や、不安感の断崖絶壁に立ち、対比される想いに、掛け替えがない印象や心象に浪費される言葉や形が内心で奴隷化し感化する辺りから、考えや感覚は奪われ、灌漑すべき自己の干魃した関係性に生じる布石を置き、艶麗な措置を繰り返し、換算するだけの関連性に訪れる軋轢やある歴や、ある敵を打ち倒し、即効性のある事柄で動機を浪費し、集積される要因にことごとくは少しずれるのだ、と妥当に流浪し、浪浪と宣言する辺りから、この敷衍は複雑な領域を飲み込み、軒下や、憎しみや、衰亡を生みながら、偏執する余韻に可決する動機を収奪しながら、萎びた記憶に訪れる残り香や、国籍を持たない恒常性や、淵源に潜む空疎な過程である納期を終えるだけの本質に応益を求める性質や、正否に下される原因に刻印される能動性や、静謐な心に浪費する還元や、正否を下すだけの社会性に正常な動機を与える凄絶な余韻に訪れる因果を蹴散らす辺りからリリカルなリリックや、結わえれた後に高じる刻々と迫る同席する心に懸絶する実情を突き刺すような痛みや、是認されない認可を繰り返す身心の離脱症状に発散される広域に拘禁されては、閉じる心に光年を付け足し、浩然とした慟哭に飲まれ、枯骨にしのび寄る静かな死の合間に収奪される余韻が印象を吐血させ、清貧な状況に閉じる静謐感に情景は公私混同しながら、品定めを繰り返す。

要する状態の超克

鼓動や痛みを介し、離陸する余韻に平伏す仮の姿や、乖離していく事柄に置かれては、老い耄れるだけに裏切る様子に果てる状態に解除されては、抵抗する事を忘れ、漁る辺りから流動する一切から離れては、永劫を渡り、懈怠するカタルシスに牢記して忘れない面影を隠すよりも、披露してすかさず忘れるようなすがすがしさこそが、廃れずに、疲れない一心に与えられる一瞬の懺悔であるし、この個体に省かれる余韻に内面的な飢餓が訪れ、規範の状態に心情は印象に帰依し、収納される辺りから、この孤独は割合を持たずに、引き合わせる様態に有責されては、貧賎な身だと嘆き苦しむような貧富の差を打ち砕くべく、経済優位に生きるよりも、この強固に育てるべき一切に打ち出す共同体たる由縁に引き合わせる自身に合わさる意味も、ほとほと疲れたと喘ぐ辺りから見世物にされ、集約される情感から曖昧な成因が生まれ、超克しては、正接の中で完璧に作用され、去り行く様態にプロセスが生まれる事から接続されるインタラクティブな状態に作用するだけの愛が交信し続け、広大な一生に思想を含ませ、衰亡しないように、要する形を卑下するだけの上告を繰り返し、終わらない闘争に持ち込まれる武器や、一切の儚さを放る想い出や、暗い過去や、饒舌に踊り出す事柄の応用を繰り返し、慢性的な措置を繰り返し、配置を変えながら、加える一生に高じる運命が互い違いに入り組みながら、迷う道筋に、徴候が空洞を埋め、荒廃する余韻に因果律が狂いだし、時間を持たぬ間だにそぐう価値すらも、すり抜ける辺りから潮解し、固まる姿を見せる辺りから有する形に収まる状態に刳りぬかれる今が空白を埋め、周遊する辺りから状態は枯渇し、絶望を溜め込み、能動する事を忘れ肉迫する状態に越えるべき絶望を収めるだけの形に留意するような物質的な猶予や徴候や、超克を繰り返し、慟哭に至るだけに兌換される様態にプリミティブな信仰を与え、枢要な地位に至るだけの償いを孕んだ凝滞に至るだけの心情に軋轢が生まれ、戻る事も出来ないままに、進まぬ事柄に横溢する状態が狂気を生み、殆どの境域を狂わせる事に置かれる様態が心情を浪費させ、厭世観などを含ませ、行動に朗誦すべき真実を充溢させ、選定すべき容態に悪化する一途の病理を含ませ、狂わせるだけの震えを与え、その振動が生み出す状況に事柄は横柄な態度を取り、醜状に溜まる狂態に慢性的な懐疑を生み出し、惨憺たる様態に矯激な振る舞いを含ませ、毎日を緻密に積み上げず、千切れては補正されない様態に誘導され、恒常性を失い、挑む事を忘れ、答えに偏向を加え、要する形に一切の答えを持たせる重みに耐えかねぬ様態に信号を与える。

2014年5月7日水曜日

母が母で無くなった辺りから世界は廃れだしたと告げる夜の日記

この夜の間柄に備わる飢餓も、機関的な官僚制や、体制に寄りつく権力や資本を流動させ、循環させる事を知らず、外延に恋を走らせるだけに至る意味も、廃れ疲れるだけにいたぶられる容態に裏切られ、犠牲や、不正を放つ頃に、補正されない痛みにオィディプス・コンプレックスが恨む権力に対するルサンチマン的な軋轢と闘争を組み込んだゲームたる戦争が生まれ、民族間や、他民族や、習俗や、宗教観に汚染された状況が生まれ、情意に憎悪を組み込み、扇動する意識から、カテゴライズされる動機に動因が憎悪を組み込み、悪意に基づき、照合する状況に恐怖や不安を埋め込み、専横し、洗脳する辺りから主義思想が生まれ、憚らずに、暴かれるままに一切の悲劇を加点にする状態に蠢く経済などが、惰性な成長をファシズムに変え、分針が踊り、保身が作る様態に複雑な印象が因果を生み、殆ど踏み台に一切の苦しみに繰り出される境界に、生活するだけの苦しみや、その生活する苦しみだと煽る事で、偏向する意識にあらゆる憎悪を贈呈するだけの行為に基づき、暴力に移行するだけに、行為は膠着し、要する希望を用いず、擁護される状態に革命を用いず、動機に革命的な暴力を用いるだけに、一切は同じ事を繰り返すだけの空位に留まり、名ばかりに憚り、堅持すべき今に人間味を持たせずに満ち足りないと蠢くだけに打算される様態が有意義を求めず、元々の原因や原理に掴まり、言動に周囲を巻き込み、それに新たな憎悪を埋め込むのが扇動のプロセスであるのだと、移行する様態に妥当な判断を下すだけの下等なものどもの擁護や揺動が炸裂する一帯に訪れる揺らぎが、ニヒリズムに陥ったものどもを扇動し、あらゆる自爆を生み出す事で、この行為に収縮される状態が穢い意味を着込み、記憶に損なうだけの亀裂を与え、そこに植え込むべき容態に備わる恨み辛みや、妬みばかりが媒介する世界などに、正解や、況してや答えや、正義などに基づく問題も無ければ、そこに測られるだけの善悪との距離に相対する差異に偏執するだけの答えがコギトを狂わせ、誰かに思わされる事で捏造される様態に新たな病理を運ばれ、そこに科学的な実勢を用い、実験台と化するだけに訪れる経済的な範疇に凄絶な脅威が生まれるだけに溝は深まるだけに過ぎず、衝動的な補完を繰り返し、その偶感を仰ぐだけの感覚があこぎな状態に繋がり、漁るだけに崇める速度が即席の信仰を生み出し、そこに狂気が生まれる。信じるべきものも失われた辺りから、この喪失感に委ねるだけの狂気の境域に、ニヒリズムやルサンチマンは簡単に嵌まり込み、何かを破壊するだけの徘徊を繰り返し、媒体や解体するだけの対象や他者を見つけ、盛り込む毒に自らの吐き気を付け足し、動機にモラルを用い、同意する悪意や、憎悪に主体を移し、能動的に行為に憎悪を与えるだけにまさぐる不安が、最もな軋轢を生み、自身を失い続ける事が信仰の役目だと促す辺りから、偏向が生まれ、そのカルトが生み出す活路などに、一切の正義も無ければ、集団ヒステリーに至るだけに過ぎない人間に与えるべきは、確かな思想であるし、思考であるのにもかかわらず、君たちは莫迦のままで、そのままのさばるだけの日々を喰い散らかし、朽ち果て、腐るだけに過ぎないのだから、人間の範囲から抜け出せず、人間のままであるのだ。 感謝、備わる今を超克し、次から次に移行し、進み続ける。御礼。

家庭的なものが持つエゴ

一切に初々しさや潤いが失われいろんなものをまとめて、愛してやるにこしたことは無いが、映れば、歪むのが、存在であるし、せいぜい、その枠に収まる存在などは、瞬時に消えるものである、君の胸元をたどる温度はどんなかんじだろう。その豊かさは時間に含まれず、じわじわ、今に引き継ぎ、近づく。なにかと重なる思いは絶えず、その場で凝固し、収斂されるのを待つ。絶えず、その場にあるのは、流される為の過去でしかない。その儚さは置き去りに、あなたは記号と化するままになびく。孤独が棚引くべきは、真なる実体である、深まる形や、ものの深みに、超然とした自己の二面性が、横溢する。リベラルな心情にラベルや、レッテルを貼りながら、自分を価値に変え、馬鹿みたいな社会などに、屠られ葬られる前に、我を強固な者に変える為に、自らを超克し、続ける。ギリシャは頭の良さにより、怠慢を覚えた。ゲーム化する法廷には、何ら正解は持ち込まれず、権利や権力だけが、乱雑に蛇行する。正しさ、とは故に金で買われ、物事に当て付けるだけに過ぎない。始まりの人は唯一正しくて、終わりに詰まる頃や、窮まる頃の人間などが、嘯き、自らに都合良く組み替え、自己弁護する問題に引き離されながら、呈する予感に肥大する今に飛躍し、求める位置に擯斥しては、ことごとくから逸脱する。或いは境目など持たずに、動機に至る事柄を撥ね除け、すがるだけの想いから枯渇するだけのコアを抜き取り、換算されるだけの様態に資本的な流動性を含ませ、倫理や、社会性などを打ち砕く辺りから、この観念とはねじ曲げられ、殆どに解れ、辛酸な状態に形作るだけの歪さに、求め合う手厚さも忘れ、引き合わせる要因や、この因子に含まれ、閉じる辺りから、この行き止まる感情は行き場を失い、自分の場面や内向的な逍遙を繰り返し、発芽する辺りから一切の悲劇を用い、収奪する一過性の事実を阻む間柄や、雰囲気や風前に募る余韻に交信する状況に呪詛を含ませ、叶わぬ恋や、行為に基づかない本能などを納期し、加算される様態に数理を用い、計算的に消費される関係性に清逸な情愛を重ねる辺りから、値は生まれ、その愛すらも保身を泳ぎ、横溢する不安に飲まれ、状態は後退し、行為に元々の感情すらも損なわせる。その喪失感に委ねる愛などに恋は縫い付けらる。

妨げられない世界に入り組んだ過去

世間とは、生臭いものだ。怯える事で得るものは無い、と伝えるような唯一、人間的であると思える、白髪を抜き、あらゆる人間性を消化し、不完全な何かであるような、ニュアンスを、即座に生み出す。無機質なコメントが横行する昨今を寄せ集め、肥大化する世界を、あたかも小出しにするように、世界は平常心などを一切たもたず、暴走させる。彼女たち、つまり過去の虚飾と化した過去の顔が無い固形物が示すリビドーなどを促し、殺伐とした主体に罰を与えるような由縁に切り取られた過去自体が虚偽を促し、項垂れた自己に心因を移し、苦痛を産み落とす。まるで正義を探すかのように、彷徨う今も泡沫に得た形を示すだけに留まり、その形に納まる。何にも惹かれないようにしていた自分が、世界から分離し、収束する意味に纏まる。詰まる思いは、重たく分裂し、散文的に、物語に消費される。生きるとは、リズムであるし、受け取り、放つ事が一切の音程や、安定に変わる。 「はっきり言うてくれな、わたしわかりませんで、ほな、と叫ぶ余罪の在りかは、慢心から離れたあたりに、ちらほら宿るんやし、携えても、邪魔なもんばっかりやから、悶々として、答えの在り処を探すんです、よ。」 織り込また意味を捏造して、最後の恋文を読み行為に訪れる悲しみが肥大し、刹那と殺伐の合間に補食される弱肉強食などを引き連れ、段々と迫るエゴイスティックな状態に炸裂するニュアンスが偏り、引き連れる夢や孤独にあふれる生涯に氾濫する事柄が央軌し、収奪される辺りから加算される原理が生み出され、心情や心音にあらゆる軋轢を与え、生じる事柄に浪費する様態に迫るレトリックを跳ね返し、一切に屠るだけのことごとくを措置し、終焉を巻き込みながら、この言葉が乖離性の意味合いにほどけ、浪費されるだけに周囲を引き戻し、拘引する要因に同意すべき状態も、遊離しながら、行動に浪費される尊さや、等位や悲痛な面持ちに遮られながら、悲哀に満ちた事柄や、安心安全の神話が崩壊したのにもかかわらず、同じ日々を同じような範囲の中で示されるだけに同意する事から、この人間と謂うものは、介するべき出来事に浪費され、貧寒を歩きながら、久しぶりの痛みに捕まってしまい、陰惨な状態に、もう、こんな事は無いであろうと踏んでいたが、無駄だったのだ、と。喘ぐ矢先に心情は浪費され、納期する事柄に置かれる様態に醜状を溜め込むだけにはめ込んだ意味が測り知るだけの距離に至る言葉に重みは無く、行動に乗じて、生じる苦悩すらも、要因を持たずに、枢要な形に罵るだけの乖離を生み、足跡に長じる動機が事柄から抜け出し、命に納期すべき様態を昇降させていく。

2014年5月6日火曜日

実体を持たぬ愛を掻き乱す夜の日記

重厚な夜の扉をノックする。昼と夜の境目が曖昧になるような季節の変わり目にかかわり、陰鬱な状態に主軸を与えるだけの様態に可決する動機が革命的な要因に絡まり、諭す辺りから訪れる熟れた真実を要する形に留めるから、その終わり無い憂鬱に備わるだけの影に起算される状態を人間的な形に収め、主従関係を与えるだけの憧憬に馳せる想いが徴候に両立すべき状態を受胎させ、絡まる月日に重みを与え、凄絶な時に帯びる流動性が健全とした想いを失い、想定する状態に交差し、閲覧しながら、光跡に蹲り、成し遂げる春の猟奇的な病理に住まいを移し、鬱積する様態から、はみ出し、廃れる世界に照合され、能動する辺りから、このセンチメンタルな状態から尾を引く原理を引き離し、察する動機にドラマチックな世界が静謐に包まれ、生まれた辺りから処置される状態に拗れては、要する形に緊要に嵩張り、滞る辺りから壮絶な様態に嵩張る淫蕩さが容態を悪化させるからと褪せる辺りを絡め取り、超克する様態に緩慢な精神が踊り出し、完結的な加熱を内心に執り行い、興じる理由の狂信者などを疎外させ、崇拝すべきはどこにも無く、単に相姦される辺りから自己は引き離され、引き合いに出すべき自己も打算される苦悩に空疎な状況を軋轢に加え、空腹を癒やすだけに致す感情が引き出す思いに拗れる事に恋い焦がれ、置かれた想いを引き裂くような充足感に簡易で安易な愚弄を続けるずっとが、鳴り響くから、この要する形に求められる懈怠を含んだ辺りから購う事が生まれ、公平だと等差を求めるから、この投棄される辺りに齟齬する理由が清貧な状態に飛来し、関する理由に肥大しては、正常な永遠を求めるだけの巧緻な事実に接近し、加算される状況にプログラミングされる過去がハミングし、このなめられたままの状態、つまりは、実勢に実験的に供えられ、粗末に扱われるだけの生活の為だけに苦しむシステムなどに疲れ廃れ灰になるよりも、自らで受容を生み出し、能動的に生き続け、一切に枯渇にしないように、自らに飢渇を生み出さぬように、貫き通し、飢餓する事のが、ステキだと言えるまでに貫く意志は死すらも凌駕し、一切を踏破し、逸脱しながら、運命を超克し続けるのだ。折れるな。妨げるな。ただ歩け。 感謝、毅然と尽きない想いを、この夜の高尚さや、高層ビルに囲われるだけの過去に追われるよりも、応じる時に想起する情意を励起状態に変え、受胎し続けるシンドロームの深層に真意を与える。御礼。

早熟なメロディを重ねるラブソング

特異点はきみが居る事であるし、きみを思う事により、より良くリアリティを含んでメタファーに壊乱させるような刺激を含んで、きれいさっぱり居なくなっても、どこかに居るし、どこにでも、居る。ただ、濃密なのですね、世界とは、とカタルシスをぶつける辺りから、あまりあるきみの気配が産まれる確かさだけが、わたしの頼りであり、互いの真理に繋がる。規範の事実や、基本のことごとくや、規律を保つべく、なにかの均衡を保つだけに取り締まる物事、既存の価値は物々しい実体を隠すべく、嘯く限りに過ぎないような、普遍性などや、普通が示すありのままで、なにかが変わった事など、一度も無いのである。とどのつまり、喉に詰まるような退屈を鵜呑みにし、信ずるべきは、至る現実に生じる事柄にあたかも肉薄するように示される辺りから締め出される、普通ではない事に、視線や視点を移すべきである。或いは、今日一日にきみが咲いたら、それはそれは、美しい事なのだ。死を濃密に操り、あや取る。すかさず溶ける割合は、確かな理由を含み嵩張る意味を濾過する。逡巡した矢先を押し広げる忽ちは疎外されつつも、淡い心を固化させず、溶け合い、交わる。いつもの散歩道に足怪我している女の子と交差し、永遠が何たるかを知り、折れた今に尽きる想いが永遠を凌辱し、批判的に滞る今に心情が濾過され、肥大する世界から渇望するだけの断続的な支配の気配に隠れ、形骸化するだけに形状を問わない面影に飛散する流動性に心情は獣性を失い、恒常的に演繹される辺りから普遍的に敷衍し、纏わり付く辺りから、加算される様態に希望を求め、全容の絶望を引き離し、判然と尽きる辺りから、この永遠は骨身を削り、無垢な様態に突き動かされ、未熟な精神を抱えながら、暗鬱で、艶麗な時にそぐいながら、交合し、凡例に動かされず、自らの力だけで蠢く心情に倒錯しながら、言葉もあまり伝わらない時を集め、浩然と尽きる辺りから、逡巡する時に探りを入れ、最たる意味に履歴を残しながら追憶に爪痕を与え、たゆたう時に措置される永遠を凌ぐ辺りから集約される物事に遠退き、収斂する時の終焉に吸い込まれ、損なう時に訪れる歪む要因に訪れる滑らかな暗闇に損なう影でしか無い私や、君が加工される論理や様態に偏り、赤裸々な様態に最たる意味を含ませる辺りから、消失する状態を陰鬱に帰依させ、固まり纏わり付く余韻から引き離され、最愛の時に措置される状態に処分され、許容する辺りから、この偏執する状態に尽きる事に囲われ、滞る様態に起こりうる事柄を配置し、十全とした全容に猛る思いから、果てしない歯痒さを相違させ、想起する時折に燦然と尽きる曖昧さに、毎日が落ち度を求め、どれをも、どれか、と嘆く辺りから、この整然とした想いが艶麗な差異を求め、投降する辺りに、私たちの終わり無い悲しみや孤独も終える事だけが始まりと告げる。

森羅万象から直ぐ様エクソダスする

やがて熱病を抱えた鳥や、夜光虫などが張り巡る夜空や、放出されるだけの宝石を集め、夕焼けに麻痺した紅色の雲に乗り、パーティーに出かける。印度の山奥に生息しているらしい、紫のサイに会いに行くがてら衝突を繰り返す。重力に逆らった恋や、和毛にふれる記憶の住処などに、お出かけし、出会いと、別れを繰り返す途端にきみは浮遊し、いつかの場面に形跡を残し、世界の繋ぎ目が見え隠れしながら、寂寞に募り、あらゆる場面に手を繋ぐ。同じ方向を見ている限り、距離は生じない。この夜の秘密を解き明かすべく、孤独は何も間に割って、入り込ませないのは、痛みとは単に消え去るべき状態を凌ぐべく痛みを預けるだけに過ぎない身体に貯蓄をし、乖離しては要約すべき事実に再生を求め、精彩を欠いた状態に、ジオラマチックな情愛を授け、自らの潮騒に飲まれ、判然とした途端に可決する領土が掻き消す悦楽に生動するだけの心地を流動させ、褪せるだけの感覚は諦観だけを用い、衝動的な動乱に導かれ、惨めだと今に喘ぐ。縫合される苦しみも、今の苦しみにあらず、過去から繰り出された絡繰りたる抱えた痛みに過ぎない。その痛みを耐え抜くよりも、引き抜く、個人的な痛みに引き出される割合に出される数値などから離れた状態から促す事実が即効性を用い、事態を鎮静させる。或いは精魂尽き果てるまで、この晴れ間を仰ぎ、常用すべき真実に憎しみを持ち込まずに、この状態から移行し、行為に準ずるよりも、純粋な状態に訝りながら、超克すべき今に真実を打ち出す。整った精神が能動し続け、投棄された辺りから神経は疎外されながら、壮大な理論に募る思いを流行させ、行為に剥離する永遠が癒える辺りから引接される状態に、因子を生み出し、効用する状態や狂態にドラマが生まれ、育むべき事実に即効性を生み出しはみ出す未来から憚らず、遠からぬ所に君の純真が生まれ、育まれる忌みだけが明け暮れ、熟れた君を措置する。或いは配備された後から産み出される愛が虚空を越え、それを子供に変える事から、事柄が生まれ、動機に真実が生まれ、投棄された辺りから禍根が生み出され、瞬く間にあらゆる間を埋めるだけの代価や愛を引き出すだけの受動態と化すよりも、能動的であるべく統合されずに分裂的に狭い価値から抜け出す原始的なイデオロギーや世界の足並みや、成因がリリカルに焦土を与える。絶え間ない苦しみとは、この解決できない前世からの報いに揺らぐしとねの彼方の加担される面影に流動し、課せられる重みなのか? 浸食する気持ちを泳ぎ、拘引する想いに印象や心象は深まり、判然と過ぎ行く面影に刹那が与えられ、艶麗な時に結びつく辺りから、この辺鄙な時代を含んだ時間を問わぬ思いに辛辣な状況を与える行為に基づき、踏み躙る後から迫る休み無き考えと倒錯との合間に訪れるエクリチュールが遠因に訪れ、断続的な言葉を書き綴る辺りから、この永遠は損なわれ、絶えず心象に激しい痛みを残し、卵管を歩き、静謐な想いに収容されては、倦怠感を隠し、狡賢く死を置き、艶麗な素因に慢心をお供えし、透徹する辺りから答礼を繰り返し、離叛する世界から渇望する余韻に疲憊する真実を繰り返す搬出し、伴う想いも、判然と過ぎ行く辺りから行為に基づく翳りを生み出し、引き合いにだされる想いを打算する限りに、生い茂る余韻に浸るだけの悲しみにそぐうだけに、齟齬し、排斥される辺りから沁み入る想いが干からびる。

2014年5月5日月曜日

同居する真実に届ける夜の日記

凄絶な道理に憚る自己が慎ましい今を見出せず、兌換されるだけの惰性さに、性差を用い、制約を繰り返し、要理に憚る物事だけが、問題を損なう影を生み出す事に置かれる自己を置き去りにし、凄艶な時に措置される感情の管理下に置かれ、整容する辺りに清遊すべき自我も、寂寞で傀儡化し、具現化できずに、この生命の行為やコイルを留め、到達する辺りから印象は深まり、掴まる指先も、危なげな聖域を掴み、この成因に生じる事柄が央軌し、愁然とする辺りからイントネーションや消失する想いや、湮滅するメモリアルや、記号化する記憶や、挟まる間柄に深まる妖艶さや、差額を求める元通りの関係性や、性悪や井蛙を捉えた妄想的な根源に全ての軽減されない痛みが快活な動機を生み出す頃には、この動機に攻め入る複雑な道理に精錬される事柄の重みも、ほとんどの負担を失い、不具合を調節し、超克する辺りから、加算され、寡占され、加勢する事で、この権力は実体を露わにし、形あるものを奪う事で、空白を埋める作業に空洞を用い、動機を埋めるだけの作業に成因を与えるだけに換算される状態に情景は発散され、放り込まれる辺りから葬るべき自己の弱さなどが生まれ、超然としている辺りから、この生命は近影を重ねるだけの影に枯淡な状態を心情に投影させ、会陰や襞から生まれる状況の動向を同居させる精神で壊乱する様態がカルマなどを緩慢に精算し、状況をチェーンメールなどに変え、超克すべき自分をすり込む辺りに芯が無いから、君はバラバラになるだけのある日の経路や、回路に下すリスクや、潤滑油や、狭まる価値に挟まったり、蹲ったり、埋まったりしながら、このイントネーションは精神に簪を与え、空白を埋める為の夢だとかを蛇行し、行為に哀婉さを生み出し、このしとねに蹲る辺りから、生じる愚生さに、厭世観が生まれる前に起き上がり、プラトニックな今にプルトニウムの雨がリリカルに降ったり、腐った境目を堪能したり、逡巡したりする事を主体性に課せる世紀の終わり目だとか、節目だとかに、この生命も、価値を見失い続ける事を資本にし、経済を保つだけの成長などで成立する善悪などが、戦争を呼ぶ込むだけに過ぎない事柄に争いが生まれ続ける訳だし、埋まらない関係に、上辺だけの言葉がカタルシスを生み出し、こだわりを失い、言葉にならない問題や、事柄を蔽うだけの状況に形而上的な軋轢が生まれ、道徳が高徳を求め、或いは高尚を用い、善悪を強調するから、はたまた波乱を持ち込み、孕んだ後からつがいの本能がバイタルを求め、たゆたう月日に痛心を与え、互い違いに交差する動作に昏倒するかの差異の合間に再来する最たる意味も、再開を求め、この今に止まるな、と告げる辺りから立体化する一体感が生み出されるのであるし、やがてマストな今が真っ直ぐな意味を捉え、途絶えぬように錯乱する辺りから一切は儚く埋もれ、奪われぬように措置される今に備わる希望だけが、永遠にそぐい、更なる進化を与え、様態に希望を生み出し、より強く、この夜を能動させ、行動にどうこう謂う前に、陰険な行動に動向を備える以前に萎えないように、何故かと問う辺りから、このこだわりは、空間を徐行しながらも、行動を駆動し、超克し続けるのである。 感謝、この形は膠着せずに、洗礼される時に濾過され、綺麗なままで世界に零れ落ちる。御礼。

起源を持たずに食い込む歌

機密なダイナミズムに沈み込み、歯痒い線路を築き上げ、拙い刹那を目指し、廃墟と化した形式や経路を徘徊し、果たす意味だけに汲み取る出来事が充溢しては、形骸化する一生に狭まる価値などを持ち込み、拙い刹那を歩き、束縛する観念から、解析される跡から降り積もる意味までに束縛されては、殺伐とした思いに進路を残し、排斥する辺りから調整される時折に足跡を残し、快活な動機を失い、促成される辺りから織り込んだ恋や愛の破片が排除され、控除される辺りか膨らむ今が忽ちに紡績され、大きな着物などに変わり、それを着込んでは小さな世界にheavenを作り上げ、単調な形式を越え、罵り逢う関係に知り合いも居なくなった辺りから、加速する想いが集積され、投擲される辺りに捨て去る関係性に関連する状況に加担すべき要因も無く、迸る程に補正される今に投函されては、意味は、今を失い、喪失する関連性から、動機を奪い、この艶麗な性質に閉じる事柄が、窮境を重ね、愛は、愛では無くなった辺りから本質を産み出し、見出すべき真実を産み落とすものであるし、妖艶な措置を繰り返し、超克する辺りからシンメトリーな感情が滑り、斜めに縫い合わされ、開花する辺りから偏執する饐えた要理にかまける辺りから、仮想する真意に罵る契合を終え、投影される現在に断続しては、逍遙する辺りから想念を放ち、桃源郷を目指し、踪跡を辿り、錯綜する辺りから、私は、生涯を消費する偶感に責めるだけのセンチメンタルをファシズムに変える孤独が、肉迫し、騒然とした自己から離別し、偏向する辺りに備わり遭遇する感情に断続する深淵に備わる希望の全容に備わる絶望の影や、光年を携える永劫の言葉が解析する状況に創設される出来事に欺瞞を溢し、判然と尽きる物語の跛行や、胚に主体を隠し、種目の合間に絡め取るべき意志も、投影すべき自己を見失い、罵るだけの関係に関連する状態が正接の中に閉じこもり、倒錯する自らを機械化する事で、工業化した精神は産業的に変わり、毒性を用い、因果を興じるだけの憧憬に弾ける漏出を繰り返し、クリエイティブを履き違え、骨身を削るだけに乱用される精神に寛容さを用いず、求めるだけの関係性に静謐さを持たずに、美人局や、用いる前後に断続する確かな光景も、投影されるだけの幻影と化するだけに離叛し、半径は、生じる辺りから形を失い、肩の荷を下ろし、過怠する辺りから花袋に隠した匂いや香りが離叛した半径に放たれ、判然と迫る辺りから狭い価値を拭い、この領域に新たな情理を生み出し、抵抗運動に課せる足枷などで、世界的な革命に至る原理を損なうだけの世界に掛け値なしで背負わせ、責務を生む。

夜の詞

可愛らしく、ちっちゃな息吹きと握手し、漫然と尽きるきみの痛みは、わたしのものであろう。もっと自由に遊ぶべく、私たちは、この刹那に立場も持たずに絡まる。たとい、洗礼されなくとも、この汚れたままを擁護せずに、完治すべき状態に離陸する世界も空腹を抱えるだけのフォッサマグナなどに過信している様態を詰め込み、煮込んだ後に轟く慢性的な病理の声や、波形を重ね、捩れる空間の贋物具合などに苛立ち、この脳内を嘆声にこごめるだけに、かしこまり流動性を失い過去形や、過呼吸などが襲うような世界から脱兎するよりも、この世界をより住みやすくすべく、自分だけの世界に書き換えてしまう。この夜は閉まるだけに留まる鎧戸に溜まる無形の屍骸を全景に溜め込み、コギトなどを掻き乱し、騒然とした過去を共同体に運び出し、そこに運命の基礎を張り、偏執するレイシズムがファシズムに変わり、軍国主義と化し、奪い合う国土に融合と思恵を織り交ぜたタンパク質を撒き散らし、漫然とした主体性を奪い合うだけのうねりがおこがましい現代社会などの基礎を生み出し、関連する状態に生まれる事態に攻め入るだけの還元を生み出す超流動資本が大きな波と変わり、毒気を吐き出す物事を生み出したのだ、と遙か無益なルサンチマンが騙る至極の童謡にカタルシスが分泌し続ける辺りに奪い合う幸に未熟な領域がガンマ光線などで汚される時に装置的に配置される預言者たる最後のビートニクをその場に置き、ギンズバーグ的に 「吠える」 を朗読し、寛容な世界にバリウムを撒き散らすのですと、統計されることごとくに措置される状況に加算される数理から離れ、この超克に、消去法や砲術を終えた殺風景なフロイト的浪人たちの精神分析がことごとくの領域に加算される常用的な依存性を放つアルコール中毒的な中道を歩むべきだ、と整わない感情は、環境的な悪心を曖昧に吐き散らし、零落する本能に済世を行う陰惨な老子が果然とした目的に保つべき理由を焦土に変えながら、連絡を待ち続ける家族の悲しみの核を奪うだけの管理下に訪れる愚かな官僚、つまりは、君を支配する組織的な廃棄物を寄せ集めた保身などに集まる既得権や、餓鬼どもが貪り食う、ショッピングモールの憂鬱や、超巨大な空洞化に配備される愛に敗因を求める象形に事物が彩る恐ろしさに奮うべき、この状態は禍根を用い、投擲される状態に統制する事だけを目的に蠢く巨大な怪物たるキャピタリズム的ルサンチマンを育てた限りに終わらぬ経済が、ギリギリのラインで現代人を苦しめる事を目的に、この超巨大なガス室や、屠殺所で繰り広げられる資本的な勝敗などが跋扈するから、この機械的な孤独は、掻き傷や、機械油や、誰かの杜撰な態度を奪うべく、虎視眈々と狙うだけに定める位置などに多目的な資源を求め、逡巡する信心などを求め、人を騙し奪い取る精神の聖域たる自我を維持するだけの精神分析を守る為だけに措置された神話や、この世界を保つ為だけに、備わる信用や宗教や状況や主義などを超越しないから、この状態はこのまま絡まり、ずっと実体を見せずに、殻の中に留まり、滞るだけに至る小さな世界を挟み込みながら、丁度良く収まる世界は契合される矢先に経路を見出す。

2014年5月4日日曜日

解析すべき夜の深淵を嗅ぎ取る日記

死とは、自らの死を認識できない事を他者や情報から受け取る事で、あたかも認識したかのように示される死を自らから締め出し、受動する死の依存性から離れ、清濁併せ呑み、果たす今から繰り出される互い違いに入り混じる生死の境をいつも徘徊しているにもかかわらず、関する事柄に拘り、寛容に対処すべき自らを生活を維持するためだけに、死に追い遣る辺りから、自己や自我などは隠滅し、端的な存在を抱えた、空っぽの身体に入れ込むべき、他者の死を、認容し続けて、自らを他者から、形成し直す。存在に呈される死は受け取るべき死を自らで、認識する辺りから原因は枯渇し、誰かの死を弄り、偶像化する死を捏造し、幻覚や仮想的に投影し、自らの仮想敵国が生み出した独裁者が、完璧な自我をホロコーストに追いやり、ロストした感情は、従うべき対象にだけ縋り、超然としたキャピタリズムを形成し、超工場化する精神が大量生産する他者たる死を、自身の内外に発注し、自らの苦しみを、他者の死で補うかのように、示される死からも締め出される辺りから、本質的な生命が脱皮し、超人と化するべく、死事態を乗り越える。その経路に引きずられた他者の死は跡形も残さず、後から帰依し、部分的な排除を繰り返す。君たちには、守るべき正しさも無い。夜はひんやりと迫り、張りぼてな世界をすり抜け、肉厚な感情と心情を遡り、あらゆる天地や、輪廻やリングを円滑に循環し、新たな真実を付け足す風景は希望を用い、状況に乗り越えるべき愛惜を授け、状態を凌ぐべく、商業的な杜撰さや、諸行無常を持ち込み、この静謐な思いに遠退く君の訝る意味を生動させ、根治すべき悩み事に関し、禍を引きはがし、安易な受胎に損なう翳りを見せるだけに損なう関連性に状況が死へと追い遣る変わりに、この懈怠は解決すべき理由の一切を状態に放ち、凄絶な時を破壊し、介した理由から引き離され、最たる意味に繋がり、統合される後から迫る価値に剪定される花の気持ちを携え、要する狂態を飛び越えるべき支障を来すよりも、機械的な情理や受容を引き離し、要する事柄に形を持ち込まずに、構築される意味に心因を持ち込む事で、この一切は乗り越えるべき死に命題を与え、達する今を捉える永劫に可決される情理を凌ぎ、曖昧なマインドを飛び越え、超脱する辺りからプリミティブな意味を流動させ、自らの聖地を目指し、エクソダスし、自らのシオニズムで流動し、続ける。 感謝、終わり無い苦痛は抱える事は出来ず、その追い遣られた後から単一な行為に持ち込まれる幸福に生きずに、その苦しみすらも超越し、単なる痛感に果てる状態を絡め取り、要する状態を翻し、今に至る。御礼。

原始的な帰り道

鬱積した夜の胎動に孤独を隠し、静謐な面影を辿る充足感に平伏し、この堂々たる違憲に蔓延る流動的な正義に適任すべき行動も責任を伴うだけに過ぎない痛みを抱え、分散すべき今に成因は離れ合うだけに傍観する世界に誠実も求めずに、躍るだけの形跡に経線を辿るだけに蓄積される苦悩を能動させ、或いは緻密に笑うだけに一切は刃向かうだけに歯止めも無く、逍遙し、幻想的な記号が躍る引接に基づき、この夜を断続させ、色あせる軌跡に君を置き、整容される月日に遮る問題を置かず、衝動的に溜まる痛みに、快活な動機もセンテンスを失い、争乱していく季節に恒常性を与え、清逸な時に荒まず張り巡らされる思いに醜状を残し、倦怠感を掻き乱すだけに絢爛豪華な精神に悴む未来も、総合性を失い、投影される理由から離れながら、何度も踏み躙る今に即席の愛を配るだけの怠惰な世界と契合するだけの資本制を掻き乱し、乖離する悠然とした主体に損なう限りの影を生み出し、踏み台にする関係性が正常な意識などを求める頃には、ことごとくの正解は蝕まれるだけの契合を行い、引っ掻き傷や、改めるような大切さを、そこに孕んだ矢先に結ばれる記憶の倉庫から引っ張り出す一切は海馬の中で朽ち果てた面影や、重い刹那や、センセーショナルな時に憚る未来に朽ち果てる情景に察知すべき苦悩を濃厚な時に措置し、明晰な艶麗さを抱え、凄艶な時に措置する情景に果てる間も無く、加算される情景に達し、相対する時折に憚り、狭まる時を濾過し、逡巡する時をコーヒーなどに変え、厭世観を掻き消し、艶然とした忽ちにつややかな君の感性を置き換え、加算される動機に至り、動向に転じて、跡形も無く消え入る本質に情事は寂寞を重ね、説き伏せるべき思いを統合させ、誠実な時に光景を授け、蜿蜿と駆け巡る思いに集積される事実が終焉に向かい、挑む矢先に重用すべき事実を赴くにままに携え、洗練される時に配する記憶に結ばれる以前に照合される時々に向かいながら、闡明な時を蠢き、拍動する矢先の白昼夢に折り重なり、排斥される時々に浸食し、忽ちに奮う思いに是認すべき今に立ち尽くす自らの惨めさの筋書きを超克し、察する時に演奏を続ける妖艶な時に送致される悠遠な時に配される記憶が達する後から過去を流動させ、面影も物陰に隠れ、引き合いに出すべき状況も、恐々とするだけに兌換される領土を加工し、禍根に導き、冷たい印象を引き延ばし、関する状況に直訴すべき要因を流動させ、余韻に靡く状態に禍根を用い、整然とした理由に徴候を残して行く。

堆積する様態から離れる状態

良き日を探し、多目的に泳ぐだけに幸福などを求めず持たずに、用いる是非に帰任する君を待つような余裕を保ち、猶予を捉えるだけの大捕物を内心で繰り返し、空腹を埋めるような因子を抱え込みながら、長い軌跡に形跡を持ち込むよりも、その後に靡くような長引く恋を魚籠に詰め込み、突き放すように掴んだ後先に宛先を含ませ夜明け前の微睡みや、毎日のマイルや、その作られた価値を書き換えるように、その資本はそのままで、この価値に新たな事よりも、それを超克し、乗り越えた辺りから私は超人になり、超域に備わる意識を掴み、直ちに収束される出来事の意図を掴み、ほとんどの要理に棚引くような掌で、君の永劫を司りながら、長い形跡に七色の宝石を用い、問答を繰り返すように、ミステリアスな世界に召されて、ほとんどの叶った後の経路を歩み、君に出逢った経路を数え、加算される要因に因果とは、この存在を司るよりも、大抵の気ままさを含んだ辺りから、ゆらり、と入り込む分岐点なども持たずに、あらゆる根幹を泳いで、配される愛情たる栄養を循環させ、世界に渇望を与えながら、納期される言葉や事柄や、凄艶な時に措置される終焉の鈍磨さや、凄艶な時に措置される永劫の鐘が鳴る原理的な終焉を逆撫でするような宗教的な進路を終え、信仰を越えた辺りから、愛とは同じ価値を持ち、共鳴し、二人で一つになるよりも、強固な饗宴を二人の内外で綴り、終わりを思わない辺りから、始まりや終わりからはみ出し、果たす意味だけに君を作り上げるような投影を終え、自己が自己で無くなる辺りから儚さも消え、ただ同じ位置に意味を用いる以前に超越していく余韻に示される原因が踪跡を辿るよりも、その踪跡は過去だけで肯定され、更迭された後には、何事も無かったかのように、今に示される事以外には、ほとんどの意味は、このままで毎日に消え去るから、残すべき君の心に確かに伝われば、私は絶え間なく自分であり、誰かであり続ける字余りな世界にあまりある景色や、形跡を用いむずむずするような世界の経路を与えるよりも、大抵の奇抜さを含み、判然とした予感に迫る位置に意味を用いるよりも、悠然として生命を感じ、見栄を張るよりも、判然と尽きる運命に滞る事無く蠢くように要するように靡く事柄も、排斥される後から満ち足りた愛に変わり、何かを満ち引きさせ、埋めるよりも、この要因に攻め入る事柄が央軌し、嘆声を吐き出し、抗う時に内積するような悲しみを引きはがし、済世を尽くし、蔓延る悪意を超克する。

2014年5月3日土曜日

蓄えた夜を耕す日記

縺れ合うきっとが、やがて発散される辺りから儚さが生まれ、宿すべき今に荒廃した感情が持ち込む動機に道理は健全とした意味を失い、喪失感にただ寄りかかり、愛惜に踏み躙られながら、査定を繰り返し、選定される月日に遊離し、優位を求め、等差に擁護され、交互する意識に、何かを用いる事だけを、この事柄に言霊を縫い付け、激しい一体感に過ぎる思いが過ぎ去った後に膠着し、或いは固着し、捏造されながら、因果に嵩張り、要する時折に執着する自己から離れる一切が飢渇し、一矢報いるように要因に迫る語弊を拭い、あらゆる角度から誂えられるように示されるだけの出来合いのデカダンスが間断無く行き過ぎるダークネスや、悪の相貌は世紀を乗り越え、白濁の心象の靄を掻き消し、書き換える辺りから、掛け替えがないものが産まれる辺りから、私は誰でも無い事を認証し、推考する辺りから、単調な形跡を踏み躙り、不安定ながらも、この命に記憶が産まれる辺りから、成敗を突き抜け、兼用される情理に靡き、派生する余韻に、自らの道筋を定理に、関する理由に壮大な理想を組み込み、波形を与えるだけにたゆたう軌跡も、生じる後から生み出される世界に性質を与え、要する気持ちに、記憶が産まれるように示される辺りに拗れる要因を激しい道理に打ち出すだけに散々だ、と草臥れるような理念に寂れないように示す辺りから腐る根元を断ち切り、新たな余韻に示すべき原因を持ち出すリズムが形状を記憶するよりも、告白し、刻々と長じる状態に形を持たぬように、至る辺りから、この世界は形成され、超克と超越を繰り返し、形跡を踏み躙りながら、豊かな表現を辿り、幾何の可能性を掴み、世界を彩る事を憶えながら、一切に歯止め無く産まれる様態に、至極の時を生み出す。 感謝、要する理由に呈すべき事態も離れるままに感応し、豊かである事が、何であるかを知る。御礼。

動機を超越し育むだけに訪れる辺りから徴候は産まれる

結合され、捏造された辺りから批判的に縫合された感情は、独裁的主観に感応する、官能的な保守性を踏み潰し、新たな思考を纏い、強度を増す。永続する景色や、空白や愛した形跡に響き横溢する感情が御菓子などに変わりながら、日増しに露わになる途端の形而上的な思春期を形成し、関連する状況に事業的な優越を着込んで、省かれる時に訪れる永劫に飛散する自身に抵抗を与え、加算される状況に肯定だけを与えるような曖昧なセンチメンタルに帰属する要因が定理を結び、無数の措置を繰り返し、葬り去る余韻に、擁立される状態にかまける杜撰な世界の形跡を踏み躙りながら、優等な世界を引っ掻き、悶絶する時折に直走る零落する気持ちに症状は颯爽と珍奇な状態に固まり、即座に省かれる余韻に靡く自身を省いた後から迫る情理を殺ぎ、暗澹とした瞬間に主たる要因を失い、統合されない今に収まるだけに感極まる様態に寂れるような季節を奉納し、貞節を守らずに保たれない世界に凭れずに、陰惨な状態に渇する動機を促しながら、訂正される月日に付かず離れず、阻止する矢先に劣化する状態が過敏性の春を通り抜け、ねじ伏せる辺りから淘汰される要因に感じ無い身体などを雪崩れさせ、偏る辺りから浸透する全体主義を打ち砕き、訂正される月日を揺り動かし、緩衝する辺りから、この実感は身心から離脱し、発散される後から葬る要因に健全とした主体を配る矢先にねじ伏せるレジスタンスに巻き込まれ、反社会的な愚かさをおこがましく思うねと、君の胎内の中で育まれる永劫は、やがて儚い、死を捏造しながら、端的な要因に持つべき意味を死に組み込む。どうやっても、生活などは苦しいものだし、求める程に欲しい物が保身になりさがるように、示す辺りから、この細胞は死に追い遣られ、生活からは逸脱し、苦しみにたゆたい、葬る矢先に自己をこじらさせる時系列に組み込まれ、清濁併せ呑むようなヒロイズムに自己は球体化し、加算される原理に言動を残す前に拍動する要理に寂れた記憶を打ち出す仮想世界や、海馬の中で牙を剥く過去と対峙し、選定する時折に生命を残す記録の仄かな慢心や、有する自己からかけ離れる色彩に不毛な様態を与えるような雄心が寂れた状態に信号を与え、投棄される現実から、捨て去り、廃れる余韻から聖域が産まれ、ねじ込む意味から自己は健全さを生み出し、何かを踏み台に至極の時を重ね、蕭然とした事態に嵩張る思いを高鳴る思いに繋げながら、何もかもが脆くも、面白く変わる頃に、孤独は消え去り、帰依すべき形跡も、系列を失い、体系や体制が用いる理由付けを削ぎ落とし、自らの落ち度を認める事から、全ては初心な記憶にねじ込まれるよりも、確かな今に拭われ、互い違いに結ばれる時折に置き去りにされながら、有する意味を超越し、達観した辺りから現実も違う意味に踏み出す。

この意味だけが世界を強固なものに変える

たちまちは、端的な音を丹精になびかせ、遥か語源を携え、吟遊し、配当を終えずに、遊蕩し、求める事も勿れと、羽ばたいて行く。持ちつ持たれつ、よりも、縺れ、凭れながら、解けぬように、互いのリズムや反響により、より強度を増して行く。その関係は途端に存在や名前を捨て去り、空間を抜き取り、関係に確かさ、だけを産んでいく君と出会えた事に感謝し尽くす。関係を押し広げ、全体に繁栄させる。その栄華は尽きる事無く、隔てるものや、愛や自由さえも超え、ただ行為を永続させる。交差して行く感覺が取り込む世界観や、物語が昇華し、確かな藝術性に帰依する。確実なのは、思う全てを出し切る事であるし、誰かを出し抜く事では無い。魂が擦れ合い、分け隔てるものを無くし、記憶の端に置かれない今を体現し、肉厚に物事を具現化させ、愚弄する風景に挑むのも、今に在りかを示し、懐を温め、畳み込む今に新たな意志や意識を運び出す。ナチズムもマオイストも、スターリニズムも、権力持った途端にファシストに変わり、分針奪うまで、分裂的にカニバリズムを行った、カニバリストだ、と促す途端も苦しむばかりの拷問で軋む音が苦しめるお前たちが織りなした、馬鹿みたいな虚飾や、虚栄を剥ぎ取り蹴散らす。信ずるべき所に、何も持たせず、持ち込ませない。ただ、相克し、慟哭を打ち消し、散じた辺りから、真実も産まれる。逆算しては、また駆け巡る。風の匂いが君の記憶を運び出し、更なる愛に深みを与える。蓄積された苦悩すらも瞬時に消え去るような細やかな愛がこまめに与えられ、たちまちは幸せを乗り越え、当たり前に隔てられずに、エンドルフィン踊り出す永遠に心因性をつなげ、五月蝿い自己の中の他者たる人員などを整理する呪詛のように、反社会的な自己が嘆きを吐き出す。 「大量消費的彼女は要らず、大概に当てはまらない愛しか要らず、ショッピングモール的家族たる普遍性は要らず、ふくよかな利便性に怠惰にあらず、あらゆる差異にかさばる痛みは要らず、単にゆっくり極まる意味と君さえあれば良い。量産型のあの子や、略語を放つ作法も分からぬ、資本的な彼女も要らない。大金まいときゃ、喜ぶ、表面的なハイティーンの拝金主義者なんか、一番要ら無い」 一歩踏み出した時から、世界はそっぽ向くだろうが、この浪費されない身心から理解を育み、求める状態に止めど無く襲う理由も、儚さから長じ、利己的な理由に閉じるよりも、想起する辺りから訪れる煩わしさを飛び越え、想定される理想を飛び越え、理由を求めずに、動機に至る欠如を超克し、自らの一歩に力強さを与えるのだ。

2014年5月2日金曜日

肥大した辺りから語り出す夜の日記

個体から太古に結ばれる確かな愛をしたためながら、惨憺たる要因に迫る拘引する状況に果然とした収益を求めるだけの最たる意味を繋ぐだけに過疎化する夜の実感を備えた陰惨な様態に勇躍しながら、先天性の記号を踏み躙り、不眠的に仰ぐ世界が状態を虚偽に変え、洗礼される時々に会員と化するだけの名の下で下される状態に寂れた記憶が慢心に備わり、抵抗する様態に健全な条令を重ね、何かを縛る辺りから値が生まれ、力が権威を生み出す。あらゆる状態は即席に狂態を凶状に変え、動機に不満や、憤懣を持ち込み、何かを狂わす事で、空腹を癒やすように示す辺りから、生命は狂った螺旋構造を走り去り、最たる要因に迫る状況が消去法のように消し去られ、最たる意味に玲瓏とした感情を用いずに、想定される状態に禍根を用い、症状をファシズムでまさぐるような虚偽や、軍国主義を内心に用い、正常な意志を踏み躙り、名を持たぬ辺りから乖離する様態に犯跡や、改竄された概念や、主体を持たぬ想念や、加工された事務などを分陰に用い、散じた辺りからバイタルを奪い、解体した辺りから、解答を持たぬ余韻に森厳を与え、元素記号や、原則や、空白や、引用される状態に加速する乖離した様態にプロセスを生み出す前にはみ出す語り部から背離を生み出した世界から、愛憎を込めて長じる矢先に世界性を踏み台、小出しにされる永劫を裂いて、固定的な雄心を肥大させながら、その位置に意味を産み出す要因に果然とした醜態を加速させる事態に簡易な情況が錯綜し、漁りながら、洗練される先々に進むセンチメンタルな行間に世界性は感染症を抱え、重なる要因に滞るだけの様態や、過敏性の意味に実際を吐き出しながら、背景に処する引接を終え、重要な要因に関連性を事務的に配する辺りから、還元されるだけの形や価値から生み出される世界に罵るだけの等位を求める形だけの化け物や、獣たちは何もかもを奪うべく、狡猾に攻め入り、静粛な時を阻み、配される時に因果を用い、投影される状態を批判し、再生を願う。 感謝、正当な物事などあらず、曖昧に示される辺りから使命は生まれ、この状態を乗り越えた辺りから意味が生まれる。御礼。

透徹な瞬間の会話

関連する状態に応答し、根絶される矢先に貧する形に悔悟を残す以前に、この全容に猛る思いは、加工されない意味を用い、憧憬に馳せる余韻に因果を用い、攻め入る風景に加工された意味を用いる以前に一縷の望みを託し、排斥される退屈から、罵る意味合いの爪痕を辿り、窮理に残る残り香を追いかけ、九死に一生を得るような形に型番を求め、同じ意味を大量生産する受注を反復させるだけの運動に動向は同じ意味合いを統合されるだけの結論に至り、性懲りも無く生産的な資本制に最たる威厳を用い、本質を倒錯させるだけの充溢を、そこだけで繰り返し央軌させ、怜悧な思いや、面影に結われる過去に固結していきながら、閾から離れ、様態に迫る波紋が秀逸な時に離れながら、正当な位置に蒙るよりも、擯斥される辺りから、何が確かなのかを知る辺りから、曖昧なマインドは、抵抗する事に重きを置き、趣を忘れ、主たる意味に静定を求めず、更迭されるだけの原理に理性を移し、不束な状態に情愛を移し、悲観に暮れる君も正義を求め彷徨い歩く成因の物陰や、暗い影が虎視眈々と狙う矢先の狡猾なスモッグに攪乱された形だけの投影を終え、受理される言葉にッバカンスを求め、定理に用いる意味を冷酷な支配からの枝分かれに分泌される溶けた思いが、関連する状況に譲渡される思いを老化させるだけの見地に苦悩を与え、能動する瞬間に帰依する状態が消え入る本質に侵攻する戦争の物音がタイヤの跡などを引き連れながら、対話を辞め、単に攻撃的に攻め入るだけに滅入る世界に解答を求める限りに影に変わる様態に蔓延る愛に廃絶されるだけに溶け合う要因に情景はパズルのピースを失い、鬱々と授ける辺りから投擲される存在に統合されるように、正当な意味を用い、根源を辿り、密接な状態を退け、君の因子を踏みならしながら、能動する瞬間だけに阿世な事柄から離れ、超対抗する意志に整然とした主体から生まれる要因に悴む動機が弾かれながら、能動する限りに答礼を繰り返すオウム返しの君や、応益を求めるだけの影や、惰性な性差に訪れる悔恨や、今回を開墾する意志だけが、経線を踏み荒らし、内実に迫る様態が化合物であふれ、或いは訂正される隙間から露わになるとある愛を集め、韜晦する間柄から、全ては逸脱し、集約される先々に役目を終えた自己などが辛くも空回りするような要因に寂れた記憶もビターに綻ぶ。

諦観しない此処は意味を持たぬ零の世界

たとえば、わたしたちは手をつなぎ、際限無い時を苛み歩く。変えたいなら、願うでは無く、行動で示し、思考を思想に変える。思う途端に世界は隆起し、確かな要因にはみ出し、今に育む。天が欠けて、季節感のようなものが、失われていく。ごく自然で、二人の中を引き裂かないように、示す辺りに従う者の方が手の施しようがあるような軽い関係ばかりが、辺りに張り巡らされている。行う事に正しさを持ち込ませ無いように、すかさず思う所を見透かしながら、盛大に嗤う。老人のように、何も恐れない状態が襲う。すべてを労い、脱ぎ捨てた一体感などが生まれる。恐れなければ、何も無いのだ。 わたしは、きみが誰だか、確かに知っている。確かな会話が、そこにあって、どこかしこにたちまち、きみは溢れるのだ。心地よく、きみのサイレンが鳴る。染み入る矢先に、ふと入り込む優しさは、充足感を与え、満ちるよりも、足りないよりも、満ち引きを繰り返し、干からびた後の深淵を豊かに織り成し、現状に豊かな影を与える。距離感とは、持つ限りに埋まらぬものであるし、無理矢理に埋めるものでもあらぬものだ。この長い時間は殺伐とした関連性が正義を用いながら、建設的な思いを面影に重ねながら、連動する状況に束縛しながら、季節に空腹を与え、定義的に見積もりながら、盛り返す記憶は、悠然とした記憶を持ち込み、相対さず、繋がる世界に規則げ生まれながら、来たす論理に記憶を与える昔日に優美なストロークが与えられ、輝ける時を誘引して行く遙か彼方の希望を描き進路に、集積される言葉の軋轢や、離れ合う恋人たちや、ハーモニーが劣悪な状態に受胎し、旋律を携え、最たる威厳を保ち、謀る刹那にムーブメントを引き起こし、アップロードされる関係や、卑賎な輩が眠る超自然的な乖離性の懐古の中で逸脱する過去たちが蕩ける矢先に熱情しては、最愛の時に有する形に籠もる。

2014年5月1日木曜日

この永遠を整然と包む夜を啜る日記

本を叩く音で起きる。悲劇の元が厳格に広がり、まとまらない感情を伴い、語源を失い、殺伐とした主体に寂寞を与える。滲んだりしながら、儚くて、痛いんだね、と語る君の切なさを体感しながら、あらゆる原理を供給する行方などに、擦り寄り、不確かな世界に屠られながら、屑箱に拡散される惰性な格差や、退ける後から濃密な生産性が懈怠する感覚を通わせ、世界に促すカタルシスが、世界自体を強制しながら、淡々とした主体に退行する意思で補正するジレンマに拍動する世界に固執する自分などを引き剥がし、静謐な世界にあらゆる落胆で葬る季節が痩せ細りながら、苦悩を飛び越え、瀰漫する可能性を攪拌する。朗唱する時折に研ぎ澄まし、壊乱する自体に苦境が迫り、燦然とした界隈に近隣しては、有責する憂愁にはびこる期待感だけが機械的な論理や論議を捉え、刹那を取り外し、達する時間を形にする。節操が無いのが私たちであるところの社会であるし、そこに持ち込まれる思惟も、恣意に変わり、誰かを蔑むだけに、用済みだね、と恨むだけに排斥され、短絡的な排除が開閉する感情を生み出し、今を捕縄する、荘厳な時を愛し、尽きない欲望を晴らす。なにを、君に送るべきかを、深い夜の境目から考えた。確かなのは、深まる夜に持たせるべき答えを絡ませ、確かな時に彩る世界を形成していく。世界を解体し、君をはめ込み、見つめる先の写実性を捕まえ、永劫を諭すような愛だけが、共感や理解を超える。愛は砕け散って、また絶えず一つになるようなイメージを繰り返し、愛の確かさに対する、生産性を排除させる。つまり愛に資本主義を持ち込まずにATMやオートマティックな関係のネビュラにはまり込む形に、絶えず老いる形に金銭や、卑賤な価値などを挟み込まない愛には、形などは要らぬのだ。確かな感触を感じるより、仄かな味わいを残した、確かな距離に残響を与えるような、余韻が欲しいのだ、と猶予を持たぬ夜は追憶を絡め取り、殺める矢先に唱える呪文など携え、根幹などを腐らせるから、せせらぎ謳う動機に傲慢さが生まれ、緩慢な動機に至るリアリズムも、一切の空虚さに帰依し、加工された要因に備わる意味を加工しながら、典麗な情事に拍動する動機が緩慢な要因に整合され、抵抗するだけに刻々と駆除する辺りから欺瞞や憤懣が生まれ、複雑な動機を凌ぐ程に一切はほどけず、堅持するだけに飢渇しては、食い込み、要する形にすがるだけの衰退する余韻が深淵に咲き誇り、ドラマティックな様子に捌ける世界が空虚さを打ち倒し、確かな事実に原因を与え、罵る辺りからはみ出すように、整う矢先に統合され、確かな意味は君という実体を見初めるだけに始まる出来事を繰り返す事を知る。 感謝、要する夜に細胞は集まり、見事に今を形に変え、確かな意味に組み換えていく。御礼。

ちゃんとフィットする心

掴んだ幸福とは、形あるだけで、直ぐさま廃れ壊れるものだから、この物語を語らうべき、方向を導き出したホールに吸い込まれるように、その穴の肉感や、襞が織り成すステキなビジョンなどを交接させ、健全な割合で混ぜた辺りから、この世界はフレンドリーに触れ合い、鳥瞰的に加算され、丁度良い割合に加算される様態に数学的要素も無ければ、何に整然とした要因に端麗な自己がコギトをまさぐり、井蛙な者ばかりが促す偽善的な因子から離れ、投函される手紙の如く健気で、発散される辺りから生み出される容易なプロセスを世界に含ませ、快活な動機に彩る風景に軋轢を残しながら、君の永久、つまりは底冷えしない動機に央軌する小さなお家に帰還するよりも、君の散歩道に寄り添うように、脱線しながら、同じ道を二度と戻れない事を知る事で、諳記しながら、侵害されない木々のトンネルや、体感すべき愛の実感や、快活な動機に彩る腐敗しない程度を知る正式な永遠や、ビニールが被さった途端の悠遠さに華美な街並みは要らず、単に淡色で儚く淡くワイルドな道筋に納期される要因がことごとくを帰納させるべき世界のペインをオペし、落胆しないように、軽々しいカルマに破壊的なはにかみなどを織り交ぜ、ギブアンドテイクで泣いたり晴れたりする天気や、流浪する先々に呈する予感に敏感な聖地を耕す寒雁や、甘美な瞬間を包む能動的な行為の肖像や、終点を持たない電車道に備わる壮大なロマンや、永劫に猛るエロティシズムを超克し、端然として鎮座する様態に感銘を与え、統計される辺りから生まれる値にそぐう意味に動向は成立しない要件を讃え、蔓延る私たちのために変えるべき寸前が税を持たずに、贅を尽くすよりも、全景に果てる余韻に備わる自己を嘲弄するだけの批判者も居なければ、気怠い要素に憚る事柄だけが央軌し、嘲笑するだけの討議を繰り返し、偶感に備わる互換を終え、愚弄を続ける要因に妨げる事柄だけが動機を伝え、短絡的な様態が凝固する。

咎める事無く撫でる愛よ

優しい風の便りが、思惟を揺らし、揺るがない気持ちが儚く永劫と結ばれ、行為に、恋を循環させる。情景に達する愛は、悲劇を超越し、人間であること自体を超克し、事態に緊密に結ばれる、 「であること」 から抜け出した存在の殻が転がる終わりの近い世界、つまりは終末論者が謳うカタストロフィや、肩透かしな日常のデカダンスを抱え、逃れられない死に対してのペシミズムを抱えるから、人間のままで怯え、孤独のままで震えるのであるし、そのままに行き過ぎ、息継ぎせずに、ちぐはぐに泳ぎ、四苦八苦しながら、澱んだ世界の定理や理屈や規律だけを答えに思わせるだけに荒んでいく、記憶を持たない身体が軋みながら、互い違いに交錯し、重なるほどに遠くに納期され、機械的に錆び付きながら、酷く否定的な音を跋扈させ、ハミングする辺りから、体制や体系や組織を生み出し、管轄に官僚的な支配や管理体制を編み込み、関係性に監視を含んで、互いを固く縛る意味を愛では無くて、依存心により強固にするから、愛では無く、愛憎に変わるだけの悲劇が生まれる。機械的な道理が会計を済ませ、逡巡する矢先に浪費する主体が吐き出す油などで、安定した資本を流動できる、と長続きしない永劫を携え、栄枯盛衰する世界に精神の経路や、回路や、数多の卑屈な証言者たちや、達観した後から降り注ぐ便宜的な街並みや、閉経する夜明けにシリアスな問題が異物感を抱え、寡占される要因に統合されるだけの精神的な因子を含んだ邂逅を過ぎらせ、生命の苦言を呈する辺りから、センチメンタルな要因がメタファに絡まり、貧賤な欲望や、空洞化した主体を彩るメランコリーが恒常的に支配し、判然とした原因に掴まる事無く、蔓延る意識の過程を踏むだけの不感症を抱える肝心な身体を頼りにしないから、大抵の事に飢渇を生み、何も埋まらないで有る事の身体を有する事で、何かで有る事を止める事で、制限無い欲望に空虚さを与え、ニヒリズムを抱えた身心は、加配される条件に情景を突き刺し、内心のカンバスを黒く塗り潰す事で、凍えた身体を唾棄し、排斥される余韻に精神を捨て去る事で離人化した他者たる自己を浪費し、放棄した辺りから、この世界とは個人的に崩壊し、包囲し、隔てるだけの観念や、概念を取り払い、一切の周期を逆走し、過去は未来に対立するだけの好悪を用い、豊かであることを履き違える事を破棄する為に始める事業を児戯と呼ぶ所から、この前擬的な気質を含んだキャピタリズムは永遠にコミュニズムと対立し、終わらない戦争に至るような隠逸さを吐き出し、はみ出した我はアニミズムに昇華し、持たない神により、再利用されない身心を離叛させ続ける事で背徳を生み出し、快適な質感を保つ君の語源を探る事だけに、この世界は途端に終わりも始まりも廃棄し、取り払い、宇宙との一体感や、原子に育まれる形たる物質からの脱兎する。