ページ

2014年4月22日火曜日

想定される状態を飛び越える夜の日記

締結しては、自己に鍵を渡しながら、そこに閉じ込める事で措置される出来事を背反させながら、抵抗する事を教えずに、そこに居座り定住する事が、この姑息な世界から抜け出す余韻に沁み入る生命が順繰り循環しては、安易な状態に自堕落さを与える事に置かれる差異にすら省かれる問題に淘汰される要理が緊密な領域を失い、要因をそこに閉じ込める事から、このことごとくは、静謐な予感を携え、否定的な自己を捉えては、その場を乗り越えていく答えだけを、答えとも呼ばずに、曖昧に措置する辺りに廃棄にされる瞬間から愚意が生まれる前に、この心情に投函すべき状態や、禍根を用い、踏破する矢先を隔離するだけの看板や、名称や、義務などを、今に持ち込まない。或いは、境域に佇む教師や、牧師や僧侶が促す事などに、従わず、況してや、国家的な権力が促す正しさなどを破棄し、我々は曖昧に措置されうるだけの問題に売買されるゲームに硬化し、醇化すべく、この思念に纏わり付く概念から離れ、濃淡な始まりを余韻に、新しい試みを始める。この恥じらいに距離は無く、端的な愛が示す割合に価値は要らず、瞬く今に凌ぐべき意味も措置されうるだけの領域に売り買いを禁じる。抵抗する遊びは、想起する理由を投棄せずに、その考えを凌駕し続け、超克した矢先に衰退しない自我を時間に置き換える以前に、照合される矢先に諦観せぬように、選定されない意志を、今に築くのだ。その築き上げたものだけが、距離を持たず、時間や次元や空間に措置されず、対等な宇宙に帰依し、影も残さずに融合する辺りに、従うべきや、倣うべきは、意味にあらず、今にも無く、達する状態に落とされる答えでも無い辺りからデリカシーも無く、理念も倫理も無い所から、自然的に膿み爛れていくものだ。生み出す世界観を纏めるアリストテレスから始まった要因を蹴散らし、法と正義の偶像化と偶然と肥大する妄想や、被害者意識や、憧憬などに過ぎ去る夜を集め創作するような者が辺りに敷衍しながら、素行不良的に定義を打ち砕くような夜こそが、この秘密裏に同化し、動作に錯綜する原理を生み出し、幻想的な元素記号がハーモニーを乱発させ、行動に凌ぐだけの要因を生み出す事からのオプティミズムを削ぎ落とし、この疲憊するだけの聖域に世紀を残した史跡を超克し、超越すべき時代に、残すべき事柄も多く存在し、この近在するだけに補完する保身などに、保全される理由も多く混在するから、この長じる矢先に取り残されても猶、絶対的な自己を誇張するだけに肯定し続ける要因に動機は原理を生み出し、原器を打ち砕き、想定される実体に測るべき様態も無くて、行動に距離が生まれるままに、この夜や領域から敷衍し、はみ出し続けるのが、依然として増加の一途を辿る自己や、存在なのだ。 感謝、関する状態に陥る軸を打ち付けずに、この憧憬に馳せる思いは因果を越え、踏破する自己に誇張すべき状態を用いず、静謐な揚言を託し、言葉で契るように、深まる状態に記号や、希望を残す。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿