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2014年4月2日水曜日

対象とする自己を持たずに彷徨う夜の日記

超然とした瞬間に閉ざさぬ要因に賭けるだけの日々に仮想される原因に投棄する自己を形而上的に取り入れ閉じ込め、内心で執り行う弁証法的な法廷に立ち尽くし、あらゆる便宜を重ね、投棄される理論に問題が突き刺さりながら、境目を持たず再開される原因に啓蒙を行うべく、稀有な様態に凌ぐべき身体を颯爽と瞬かせ、この身体から抜け出せば、空になった様態がよりリアルになるらしい、と促す思春期の乖離性を抱えたモラルが儚く破瓜型の狂態を重ね、リアリズムが倒錯し、アニマや、アニミズムが宿る精神に逆走しながら、幽体離脱する曖昧なマインドに措置される恒常性が破綻し、やがて波濤が襲い、静謐な余韻に慢心をそぐわせ、あらゆる原子炉を破壊した闇に加算される悪路を渡り、悪阻や、ナーバスな破壊兵器を抱える女神や、暗澹とした主体に炸裂する傲慢さが、緩慢に総和し、蕩ける。 煩わしい予感に比する価値や、貧するだけの様態に攪乱しては、融合したがる主体からかけ離れるべく、同じ位置に同じ意味や、同じ痛みや、似合わない衣服などを着させるから、帰依すべき自己などを用い、便宜的に騙るだけの形状を保つ事に、用いる力が均衡を保てず、最もな破綻を迎え、自己は自己で無くなり、忘れるだけの動機に動因を用いるモチーフを抱えるだけの墓標や、或いは抱える自己を揺らす揺籃や、フラスコに入れられ仮想的に受胎された闇夜を破壊し、感染する情事に輪唱する童話や、廃絶される工場や、屠殺所の彼方や、保健所でホロコーストされる動物たちの意図や、抱き合わせるだけに褪せるだけの社会や現代や、原義に陥るだけの概念に陥るマインドに凌ぐだけの浪費家たちや、資本家が経穴に成り得るだけの世界的な快楽に圧倒されるだけに殺到する欲望の屑や、慢性的な定理や病理や、悪意を重ねるルサンチマンから超脱した辺りから開ける超出すべき自己の光景を出迎え、配する用件に介する自己から離脱し、配膳される餌を受け取らず、制圧されるだけの世界に要する希望を用い、闡明な時に何度も吐血しながら、このマネーゲームを執り行う痴愚を重ねる世界VS自己との最終戦争を倒錯させながら、因果な土地に凌ぐだけの捕り物の鳥もちに引っかからずに、来世を待つだけの体制に媚び諂うよりも、この霹靂に達する私から抜け出す辺りから乖離する世界が社会や、現代を言外にし、配達される頃には、刻々と迫る要因を蹴散らし、あらゆるムードに補完されるだけの正義に膠着せずに、艶麗な措置を繰り返すだけの超法規的なドラマを勘ぐりながら、嘆声を促すだけの運命を購うよりも、この行動に論理を打ち出すだけの消失を受け入れ、快活なドラマを詰りながら、厭戦を思うだけのヒューマニズムなどのむず痒さを抱えては、典麗な時に葬る自己から抜けだし、曖昧な世界に斉唱される動機を自己に突きつける。 感謝、汚らわしくも、煩わしい世界を思惟する以前に自らを乗り越え、達するよりも先に進む今に牽引される理由と共に去り行く。御礼。

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