2014年4月11日金曜日
世界を用いる前に敷き詰める夜の日記
切り売りされては、核家族化しては、加算される現用に無気力なウイルスを撒き散らすだけのラストシーンに惨憺たるジレンマを拍動させる格納庫に閉じ込める超自我に論証すべき事柄も無く、そこには乾いた悲しみを加算させる理由が断続的に与えられる苦しみを加担しながら、この要因に乗り込むだけの精神に加工された闇が迫る青い春に正否を求めるだけの時間が陥落するまでのニュアンスに殺到しては、行為に行為が逡巡しては、順繰り迫る余韻に生まれる因果が加算させる情事に、洗礼される荒野を渡り、この懈怠する感情に火難的な愛を放出させては、剪定すべき花の気持ちになりながら、能動する補正や、補填される力に関する愛だけが、騒ぎ立て、この愛されるだけの男は性別を失い、性差を持たず、枯淡になびく情景に達する容器に注がれるだけの価値に家畜化せずに、高揚する動機に馳せる余韻が因果律を超越し、君の指示に対する一帯に備わるシニカルな存在に想定されるニヒリズムが構築される以前に巧緻な遅延を繰り返し、既得権を守り奪い合うだけの回る経済などに加算させるべき穢さや、きな臭さを勉強するよりも、我らが用いる事業には、綺麗さ、と助け合うよりも、融合し、離れ合う条件を交錯させ、みだりに入り浸る余韻に示されるべき提示額などから反し、どこまで創造的に構造を打ち砕き、今までの段階に経て生きたプロセスを打ち砕き、我々の世代で賢慮を用い、健全な権力で権威を打ち砕き、既得権を葬り、官僚制では無く、分裂的に緊縛されるだけの成因や精神から離れ、身体的に至る労りだけに訪れる生き方を子供たちに示すべく、我々が、変えるべきシナリオを呈示し続ける限りに、世界は変わり、産業革命の終わりから、惨憺たる公害病を籠もらせるサナトリウムまでの形跡を辿り、この稼ぎに足枷を備えるシステムの終わりを見て、この生成されるべき時代に甚大な遺産を残すべく、生じる事に顕示する今すら持たずに、暇さえあれば、この遮り荒れ果てる要因を超越し、統制せずに、淘汰されるがままに欺瞞を溜め込み、逍遙する統合性に愚行を重ねる現在から背反し、半径に生じる怪物的な自己を高揚させ、雇用的な観念や、隷属するシステムからかけ離れ、ないがしろにした愛にはじめて出逢うのだ。感じるべきに愛は帰任せず、ないがしろにしていた瞬間に拍動するものをつかもうとする束の間を蹴落としては、寂れた記憶に逸する事柄に乗じて、我は創られず、単一な疎外を受け入れ、孤独を謳歌し、この地に、もう一度降り立った今こそが、切り立つ意味を破棄し、既存の観念概念を打ち砕き、あらゆる私を凌駕する。
感謝、単調な夜も苦悩を重ね、喪失する今に立ちこめる意味を司り、それを奪い合うに過ぎない場面を行き過ぎながら、何度も自らに帰依する。御礼。
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