2014年3月23日日曜日
草臥れた関係から這い出る夜の日記
全てがちょうど良いね、と君は嘯き囁く途端に花開く蕾を眺め、永遠を探る。真理ある者に信仰は要らず、崇める対象も必要とし無い。確かな意志を用いる限り、そのような対象をツールにする必要は無い。自由では無い、と宣言する対象物や事物が放つ善悪が一切を囲い、自由其のものを幻想に変える代わりに、卑俗な観念が生み出す道徳が跋扈する。ニヒリズム以上の無が迫る現代に図るべき自体や時代は無い。常に多くのスペース求め、捉える矢先が復元され、不具合を修繕する費用は、端的に消耗する精神が打ち出す比率に左右されたい覚醒や、革命を含んで、事実に消化され、全ての否定がアンチテーゼに変わる。
仄かに咲く奇跡が蕾になり、照らす陽気を逆撫でながら、拡散され、収納される濃厚な時にバニラアイスみたいに甘美で曖昧な甘い愛や運命に溶け合い、錯綜する未来が嫌いになる前に黒く塗るハーコーで、アナーキーな感触に、一切は端的に屠られ、時代や現代に食され、えぐられた空白に落ちるダイナマイトたるニーチェの思想が唸る空腹の腹の虫や、闘争する本能や本質に失策を重ねながら、涅槃を彷徨うカートコバーンが訪れる世界をバンダリズムで覆い、既存のものの一切を破壊し尽くす。
一切の迷いややましさを捨てるべく諦観も持たずに、ひたすらに進み、何も求めず、満たす意味も無く、ただひたすら捨てる事を思う事すら捨て、続け綴る以上のものは無いから、この果たす先など無く、単に備わりある今を刻み歩く意味すらも持たぬ。頭は使えば、使う程よいし、施される意味に解れる程に至り意味を飛び越える。ただ長生きするより、確かな命を与え、育むべく教わり、教え、伝える。あらゆる発展や、新しい出来事が生む必ずの犠牲を測る価値を用い、あらゆる尺度に生み出される貴賎な価値に卑俗な価値が生まれ、全ては、退廃するだけに至る。
春の日差しは何か気怠く重い。攪拌すべきは、確かな感嘆に靡く確かな優しさ、だ。全ては単に、テンポやはリズムであり、満ち足りない思いにハートフルに弾ける余韻が、全てに弾む事で固着する思いも、理屈にとどまらず、全てに行き渡るまで浸透するリズムが生命的なテンポを決め、弾み出す思いが全てにつかさどり、高みを目指して、自らを解き放つ。
感謝、自らにとどまらず、続く限りに覚醒し、用いる自分すら飛び越える。御礼。
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