2014年3月20日木曜日
夜の尺度を壊す日記
この充溢する要因に迫る余韻を硬化させては、軟弱な精神に革命を施す動機を重ね、相対する斉唱を行い、この乱立する事柄や言葉数に錯綜する動機に履歴を施す前に濫觴する関係に心象を展開させながら、空腹を癒やすだけに致す関係に放置される行為に断続しながら、静謐な想いに窮乏を重ね、老朽化する偶然に風前の灯火だね、とビターな感情をくすねながら甘い願い事を君の果然とした衣服をすり抜ける風や、断続的な温かみに増えるだけの資産を資本に、この命が渇する以前の温かみに増える事こそが、確かな資産ではあるが、生きるとは、足したり引いたり、持つほどに疎ましく、持たされるだけに鬱陶しいし、守る事を憶える頃には、老い耄れ、果てしないと思えば、全ては近くに存在し、近付けば外れ、喪心した頃には、全ては儚さに纏わり付かれ、ニヒリズムに至るか、ペシミズムに至るかの違いに訪れる心象の点と線を繋げば、同じ位置に備わる不安により、横溢する悲しみが、無気力にするだけの社会に社会などは存在せず、この 「国家」 から乖離し、加算される原理に慎ましく放たれるだけの優しい嘘を加算させるだけを消費する事を辞め、凄絶に備わる価値に従属しながら、年貢を納めず、年がら年中、自由に行き渡り充足する事に生息すべく、資本は原因に結ばれず、投棄される事柄に互換され、この哲学や思想を開墾し続ける私は何事にも交換されず、果敢に挑むだけに成長し、何事も奪わずに、単に与える、という事すらも忘れ、一切に逸しながら、一矢報いるよりも、放熱し、排斥される辺りに支えた憶えも無いように自然に支えるように、しのび寄る痛みに加算されるだけに統合されるだけの愚弄を重ねず、ねじ伏せ寝返り打ちながら、燦然と尽くす辺りに燃え尽きないようにしのび寄る意味に隷属しないように、見え透いた嘘を重ねる事に置き換えられる自己に憤懣を溢しながら、決して屈さぬように示す事こそが、死さない生き方であり、生かされるだけの以下同文に生きず、抜き出る以上に超越するからこそ、この人間とは思わぬ辺りから、人間とは、始まる我々はちぐはぐでどこでも無い場所からどこまでも続き、誰かの後を踏みつけながら、ならす事柄に触れ、旋律を重ね、介する意味に音階を放ち、懐かしむよりも早く、つぶさに広がる思いもあまねく浸透し、蔓延る意味も概観に襲いかかり、あらゆる観念を捏造しては、配備される理由に失速しては、制御不能になるまで絡まり、絡め取られるだけに味気ない日々の時系列を遡り、紆余曲折しては、正接する時折に制限無く重なり、懈怠するだけに重い身体を引き摺り、ひたすらに挫けず歩く。
感謝、進んだ矢先も直ぐ様纏まり、絶えず括り付けられるかのように感じれば重荷に変わり、引き摺るだけの過去の傷口をまさぐり、捕らえられる。御礼。
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