ページ

2014年3月8日土曜日

育む事に枠組みを持たぬ夜の日記

多種多様な冷たさが冷厳に備わり、冷徹な関係性が退屈ばかりを生み出し、対照をするものを探すだけの物質主義たる雌たちが酩酊しながら、セレブリティや、交雑する退廃的な互換を執り行い、交換の意志を忘れ、思惟する事を捨て去り、単に快楽主義に至る犬儒主義に至るだけに堅実なレイシズムを生み出し、他者を卑下して訪れる満足に欺瞞ばかりが生まれ、それで埋めるだけの格差に対照するだけの駄作な自己を誇張するだけに鍛える事もせずに否定に至るだけの者どもに人間という名称すら与えない、と宣言する独裁的なレイシズムが最もなファシズムを生み、軍国主義に変える頃の生みの親たる原始的な獣の精神が正式な人間性を用いるべきだ、と謂い放ち嘯く頃には、全ての人間の終わりが始まり、始まる事を始め、終わる事を恥じだ、と言いつけこじつけるだけに口実を求め、償う事を求める善悪に懸隔が生じ、派生や組織の管轄に後悔ばかりが弾け、破壊的な理由ばかりが場面に倒錯し、憚るだけに募る理由が循環し、あたかも流動する憎悪が、最もな怪物を生むかのように、誰かを否定する頃には、誰も人間で有る事は疎か、厳かな意味を忘れ、何にも突き動かされない無気力に至るように示すメディアの策略や、単にヘラヘラ薄っぺらい笑いに至るだけが、正しいとされる事に去り行く形状が形骸化し、加算されるだけの道理に動機を与えぬ原因や原理ばかりが、粗造な価値を生み出し、あたかも新しく産出したものだ、と促す辺りに備わる偽証的なあまりに詐欺的な方針や、昂進する事実に投棄される物事に備わるほとんどの擦れに倒錯する理由が構築されるだけに統治を繰り返す安易さを孕み、ほとんどの保身を舗装するだの幻想的なホログラムや、セクシャリティを利己的に措置するだけの排泄を終えるだけに世界はあたかも是正されるかのように認識すべきだ、と促す既存の事から超越し、理想を含まない無機質な価値に迫るだけの想いに兌換される惰性なプロセスにプログラミングされるだけの価値に捻出される事実とは、所詮は惰性なままであるし、そのままでは、一貫した理想を忘れ、組み込まれる理由を消費するだけの惰性な事実に組み込まれ、逸する事を忘れ、その流れに飲み込まれる事だけに大量生産される自身に追い縋り追従するだけの流行に高揚するだけの馬鹿者の獣のままで終わる君を傍観するのもあんまりだから、言い続けている事を君に食い込ませるべく、伝える事に動機を置く事で遠退く意識に投下される事実を破裂させ、晴れ晴れとしてジレンマを飛び越えるように、要因に動機を置かず、導引されずに、動機を促すべく、自分を持ち寄り、手放す自分を懐かしむよりも、誰かに照らし合わせ、想い出に触れ手は悲しみに至るよりも、今を引き摺り、離れる自分を手放すままに放置し、もう出逢わないように指し示す辺りに訪れる自分が擦れ続け、どこにも介さずに、離れ行く自分にクヨクヨせずに、出来合いの意味に帰任せぬように、何も守るものを置かないように示し、締め出し続ける事に於いて、老いる事を用いる数理を捨て、何かを測り知るだけの数を捨て、投函するだけに追いかける時を捨て、配する意味を排斥するだけの空間を持たずに、想定される現実を置くだけの次元は持たずに闡明な今に生い茂る意味を伝う事に応じる笑顔で行き交う自己を設立し続ける。 感謝、留まらずに流動する方針に指針も無く、行き違うままに合わさらぬままに去り行く形状を保たぬ辺りに補修せずに、取り繕う事も無く、つくづくにずれたままに進む。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿