2014年3月30日日曜日
人間的なポリティカルを廃棄した夜の日記
現在に肉迫する自己が神話的に煩わしく入り交じり、世界の波形を受け取り、軽度の痛みを抱え、叙情的に進む事に、荒んだ意味や阻まれるだけに至る事柄から離れ、内積する理由に交互する正しさなどは、誰に関しても、誰に対しても押し付ける訳にはいかず、因子を含んで認識し、立証される出来事を裁く事は不可能であるし、褪せる善悪に斡旋されるだけの正義が悪を飼い慣らそう、と含ませる倫理に正しさや、示唆すべき出来事も、資産に変わるだけの理由を含んだ愛憎や、悲劇を簡素に含ませた様態に加速する情事に尽きるだけの理想が錯綜しながら、逸する状態に陥落するだけに零落しては措置されるだけの歓喜に理想を追求するだけに構築され、打算される歓喜に散乱する状態を公約に変幻自在に至るだけの統計を終え、還元されるだけの関係性に訪れる差別的で侮蔑を繰り返すだけの分別的に創造を積み上げる私に生息する余地など無い。
破壊するだけの境目を持たぬ構造に至る限りに、この命に価値などを持たせず、用いるべき事に持たせるべき意味すらも、食う事や、その空虚に備わる理由からかけ離れるべく、この命に掛け替えがないものを求めるよりも、賭ける事や、欠ける程に駆け抜ける想いが、その場に何も残さぬように示される以前に示す事すらを乗り越えるからこそ、この事実に加勢されない事柄に孤独であろうが、この意味に自らが認める限りに、正解なども持たずに調律される自己すらも超越する事が全容の前夜に連なり、満たない措置に土地を用いず、告発される原理に飛び交うだけに課せる理由を飛び越え、超越する限りに懐疑しない私は最たる意味を含ませ、永遠を捉え、措置する現状に回帰するよりも、回避する事により、際限無く旅立つ要素に、示される場所に様相を含ませず、叛乱する自己に波乱を用いずに淘汰される影を複雑に織り交ぜながら、経由すべき状態に、形容などは要らぬのだ。
結託する世界に乗じる物語も偏り固形し、省かれ、消費される。長じる秩序に蔓延る愛も、浸すだけに塗れるだけの曖昧なマインドに凌ぐだけに正気を失い、簡素な理由に塗れながら、言動をゲリラ化し、加算されるだけに省かれる時の合間に乖離する理解が寸前に退きながら、最たる意味の卵管にくるまりながら、戻るもしどろもどろで、記憶を遡れば、ほとんどはバラバラに示され、窮境に強請るだけに衰亡を繰り返し、離散しては、俄然と迫る理由も理屈に絡まり鬱ぎ込んだ形に起因を残し、原因解明する前に掻き乱す下級生の声や、オカルトな老化を踏まえ、加えるべき是非も起因に拡散されながら、沢山の想いを流動させるかのように、この要因は刹那に浸すだけの欺瞞を即座に加え、リリカルな心情に私情が回転しながら、浪費される社会性などに制圧されたりもする事に於いて正否を結ぶだけの無数の倫理感などに宿る観念に訪れる是認を引き裂く。
感謝、裂かれた後に補う境目に加盟すべき流域や、要因を持たず、血すらも否定した矢先に求める事すらも越えた辺りに示されるニヒリズムすらも超越し、今に至る。御礼。
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