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2014年3月21日金曜日

くるまる夜に迫る寂寞を描く日記

正義を精神分析する。相対する関係が離脱し、加配された愛から掛け離れ、掛け違える思いを寂寞に募らせる自らを、自らの精神に幽閉し、鍛え続ける。熱い自らの情熱ね鉄を打ち、あらゆる原理を荘厳に組み込み、壮絶な愛を自らに絡め、あらゆる落胆を葬り、屠り零落する季節を屈折した感情の彼方に葬り、過去を覆し、全ての報復を捉え、熱情する緻密な愛に排斥される畢竟する時折に後続し、断続的な自らを謳歌し、善悪に貨幣価値をなすり付ける以前に排出される純度を保つ正義が、価値を当てこする前に凌ぐ普遍性を凌駕し、快活な動機に至る。我等、これで晴れて超越し、自らに何度も回帰するに至る事を超え続ける心の国家の骨格と遊び、仰ぐ今をひたすら飛び越える。浸すだけに唾棄される瞬間が、他人事のように過ぎ去り、敏感な我に配され、回避する意味に空間は卑劣に破裂し、ジレンマの中で加速する現況をエクリチュールに変えるのが、唯一の心情を引きずった創造である。その中であまねく何度も繰り返す過ちを捕らえ、それを悪として、罰する事に生まれるジャスティス的なニヒリズムに手切れ金を渡すだけの価値が買われるだけに家畜化する精神が、最もな退廃を正義や精神に持ち込み、やましい自分を差し置いて、最たるやましさで他者を批判し、傷つけ、自らの影が自身を攻撃する事も知らずに拵える理由を誂える自己が錯綜し、善悪を倒錯させる。神を置かずに確かな精神を崇め、善悪を飛び越える事により、人間から抜け出し、迷いが無くなり、生死から超出する。心の国家に隷属する奴隷を解放し、神を持たずに、許す事を覚える。何事も、見下さず、見くびらずに、相対する事情に善悪を持ち込まない心に人種を持ち込み、性悪説にアクセスし、加算される形式の構造が促す倫理に即され、圧迫される事柄に牽引される力が批判的なプロセスを踏み、あらゆる出来事を見下すレイシズムに陥る批判には、悪意しか存在しなく、ただ自らの保身を正しく嘯くべく、他者を扇動し、私有化し、独占し、単なる金銭の為だけに、その為だけに他者を利用するだけに過ぎない事を追い続ける資本は破綻し、正義を謳い、他者を裁くだけの悪の執行人と化する宿痾を抱えた阿諛者が卑下し続ける煉獄に陥る思う気持ちが強い分、共鳴する。ただ測れる愛は儚く散るだけに過ぎない。損得で測る愛は負担や重荷になる。考え判断するよりも、何をもって価値を測る愛なのかを確かめる。好きゆえの、損得や価値なんて吹き飛ぶ。自然体で無い愛は愛では無く、すがったり、依存したりするだけに過ぎない時を選別し、誤解や悔悟を含み、相対する今に混じり合い、俯瞰的に迫り氾濫する動機から充溢する理由が、物語にこぼれる。 感謝、迫る後から全てはあふれ、全てを希望に変える。御礼。

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