ページ

2014年2月26日水曜日

牽引する主体に靡く原理を疎外される夜の日記

平和や自由などを求めるから、悪や暴力が生まれる。ただ人の生と、私の生はどこにも、何にもつながらず、絆は無く家族すら無く、ひたすらに接続される時間に後続する意識だけが、構造を生み、今に秩序や規律という、壁を与える適度に弛む時が現実を伝い、弊害を飛び越え、抗う月日に閉じては、静謐な観念を捉え、滴る意味を掬い取りながら、ロジカルに稼働する月日を傍観し、揺らぐ世界に背景を担い、紛失した世界に排出される心地などを促し、時折に沈み、勇躍する時を飛び越え挑む月日を捉える。溶け合う過去も慢性的な意味を捉える以前に流動し、察しては、対立する自己を捉え乗り越え、泡沫の不安や、運命の泡と変わる前に乗り換え凌ぐ全容に統括される以前に補食されるだけの関連性に連動する端的な正体や、衝動性で噛みつくだけの疎外感に感染するオプティミズムが段階を経て、共産的で猥雑な進路を組み込み、捉える位置に偏向するだけの病理を撒き散らし、あらゆる原因に解明されない新たな思念を埋め込み、察する時に統合されるだけの出来事やデータや答えを絡ませるだけの間違いに罵声を浴びせるだけの場面に明け暮れ、捏造されることごとくに炎上するだけの商法が闊歩し、閉鎖的な毎日に司るだけの雰囲気が間接的に入り交じり、崇めるだけの関連性に資本が生まれるから、連動する経済に、聯想されるべき創造性も無く、苦楽も無く、屈託も無く嗤う事も忘れ、機械的な動向のボタンと化す自身の欠片を集めるだけで必死なんです、と語るカタルシスも過程を踏まえるカテゴリーにカテゴライズされ、勝ち得るだけだ、と全容に善悪を用い、勝ち負けで配する戦の中で寛容な事実も行為に妨げられ、拘引される矢先に拘泥する今が空間的な労働を空白に植え込み、果たす意味は、買い取るだけの戦列に巻き込まれ、灰になるまで、Highであるべく、リターンされる意味を吐き出すだけの他人の身体を媒介し、立証される原因も、下克上を課せる理由が動機を掻き乱し、一過性の真実に流出するだけに芋づる式に引っ張られる関係性が、思恵を求め、彷徨いながら、陰惨とした気持ちとのインサイダー取引で買い取る価値に値するだけの人間などは、その価値に収まるだけの人間性の内部で途絶えるだけの人間自身に阻まれ、憚るだけの限界に至り、新しいものを毎日に求めるから、続く意味を綴る事も知らずに、単に捨てるだけに用いる事を求めるから、留まらない欲はその場で暴走し、満ち引きする欲そのものに、本質は無くなり、言動が加速し、邪推な意味を孕み、現実に食い込むだけに朽ち果て嘯くだけの原因に加工される意味が解明される前に凌ぐ祈りも、汎用するだけの理由に流動し、行為に真実が屈む矢先に、屈折し、猥雑を吐き出す内心の輪が、世界に繋がり、途絶える先のトンネルを越え、流失する矢先に暴露する会話も、界隈に消え去り、悶える矢先に刹那を残し、この立体的な詩を崩壊させては、猜疑を拡散せず、ひたすらに至る今に痛む自己を解放し続ける。 感謝、綴る夜は詩的に動作し、行動にハミングし、一帯に募る痛みを昇華させる。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿