ページ

2014年2月13日木曜日

ビリビリに破れた夜を縫い直す日記

半径に瞬間を残すかのように、自らははみ出し逸脱するのであるし、データ上で加速する出来事に速度は無く、見える事に測れる事は無いし、況してや逸脱し続ける現用に変速する自らに時間を持ち込む事で、ほとんどの意味はドライブし、簡単にアップデートされるから、暗澹な世界に実直に対立する反抗心を持ち続ける事で感無量に至り、一切合切は統合されずに、纏まるからこそ、フラクタルな意味は持たないし、意味などは初めから有りもしない。有する価値を謳う事が暴力を生むようなシミュレーションを今まで飽き足らずに繰り返すエゴが拵えた欺瞞が蹣跚する散歩道に空洞化した衆多が謳うだけの理想に理論は膠着し、大衆が斡旋し、民主主義を謳う事で馬鹿げた政党が正当さを謳う頃に、偽装される出来事だけが既得権を守り、焦臭い常時に悟る出来事と言えば、場数だけに備わる場面に価値を植え込んで、あたかもその領土、その土地に価値を植え込むだけをコンビナートで運び出し、苦境に携わり、猥雑に示す限りに翳る事で高じる事にレイシズムを吐き出すだけの五月蠅い口を縫い付けるように傾くだけのナショナリズムなどは要らないし、何かを考え奏でる事に、簡易で安易な占領や占有を思うから自由や幸福などに惑わされるし、あたかもこの命は際限ある形を思うから、この形に留まるのであるし、その御前の慢心こそが、アニマで悶え、アニマルと化す頃には、マニアックな性癖の空想を絵空事で埋め尽くし、屈折した性癖に聖域を用いるような自我論に因果律が引っかかり、加算される原因は、その因果を超越できずに、数値や、数理や法の中に留まる。この草臥れ廃れた倫理で囲われる事が国家である、と謂うならば、はみ出す意味に多量の悪意を重ね抵抗するテロリズムを吐き出す文面に咲き乱れる最古からの愚行を留める事をなさずに、何を批判するのか、と問うべく、問い質すよりも他者は他者のままの立場に場所を求める事よりも、蒙る矢先に分裂する為だけに、同じ自分などは求めずに、求める事すら辞めて、同じ巣に戻るよりも、この不浄な世界だからこそ、些細な動機に思い描く意味が因子になり、君の重みを遮り、無重力で全てを飛び交い、加算される動機に印象が物として運ばれるよりも、この要理に示される原因に心荒れるよりも、統合されぬままに逃避行を繰り返す由縁を押し広げ、陰惨な状況に常軌を逸し、センセーショナルな自己に利己的な意味を持たせずに、用いる意味に意味を持たせぬままに蔓延るから、我は一巡する永遠を踏破し、剥ぎ取る意識の衣服を脱ぎ捨て、思うがままを知り尽くし、対する自己との決着を付けるのだ。 感謝、肉迫する夜が誇張する理由を打ち倒し、至る意味に力を用いる前に示すべきが何であるかを示し続ける。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿