ページ

2014年2月19日水曜日

有する価値はただ寄り添い強請らない夜に内服する日記

群像に蕩けるハーモニーが加速する。足枷を外した天使たちが、世界観に塗れ、群青色した感情が赤裸々に結ばれ、浸す今にイメージが浸透し、刷新する思いに真理が生まれ、狭め阻む価値を退かせ、アタラクシアな内面に包まれ、外観や、外見を退け、目指す今に凌ぐ夜が羅列化しながら、相対するカオスな夜に思考が錯乱し、理由は、遮るだけに分裂する事柄に融資を重ね、裕福である事を、愚かである、と宣言し、有するだけの重荷を背負い、従属する程に、解けぬ今が懸念材料を集め、不安に仕立て上げるから、四の五の言い放ち、騒ぎ立てるだけの建前を加工し、行為に乗じるから、乾いた感情に褪せるだけの永遠が俄かな今に加工され、禍根を生み出すだけに、絡まる曖昧なマインドを濾過し、夜をおかずに空腹を癒すテクニックにような余韻が、腐乱した主体を癒すよりも、その寄り合う癒しさを飛び越え、阻まぬように塗り替える今に閃きを与え、揺蕩う日々に濾過されては、順序など持たずに、どれも同じ事に価値を与え、あたかも、価値がある事を指し示し、それを買う事に関して、そこにれっきとした創造的なデザインを買うだけの価値に値段は要らないし、生活する為の生活や、性格で変わる世界に、正確性も無いし、はたして、はたき、果たす意味が、この生命、貪婪で鈍麻な生命に宿る、宿無しで、たどたどしい日々に繰り広げられ、鞍替えする今に颯爽と乾いた風も街角でなびいて、ナビも無ければ、同じ道に同じ今は無いから、地図も持たずに、同じ位置に立場も無ければ、求める居場所を持たずに立ち尽くさず、逃げ惑い、あらゆる位置に、意味を突き刺すべきなのだ、と車椅子に座り、人工肺で語るドゥルーズの幻影が枯渇する夜に惨憺たる愛を重ねるよりも、積み木崩しを繰り返す、罪深い子供であれ、と孤独者たる偶像崇拝の中の他人である自分が、内心のデルタの中に坐し、達観しては、覗く未来に望みを託し、俄かに信じがたい出来事を真実のシンジケートに賄賂を送るような世界に繰り広げられる打診を乗り越え、神話を解体し、俯瞰的に不健康な関係を打ち砕き縁取りする以前に要し、叶える夜に縫い付け、敵わぬから、と屈するよりも、突き抜ける意思だけに帰任する思惟に充溢し、嗚咽を促す慟哭の差中に同梱される意味を分解し、自らの意志だけで、備わる今に欺瞞は持たず、展開し続けるのだ。 感謝、最たる今に意味が乗っかり、あらゆる原理を書き換え、示されるよりも、締め出し、あらゆる今に示す今を産み出す。御礼。

0 件のコメント:

コメントを投稿