2014年2月27日木曜日
終世を辿る夜に膨らむ日記
忍び寄る夜は、整合され、単に若いとは、若いだけに慢心し、単身では未だ未だ歩けず、勘違いし、悲恋しては、憔悴し、疲れ切った心身を引き摺るべきだ、と現代社会は、現を抜かし、最たる意味を掴む老齢も、朽ち果てる間際の誰かの灰を拝復し、虚飾を促す天空に舞うカラスの影が、自らを包み込み、塞ぎ込む心情に濾過される。明敏な瞬間に泣き晴らす彼の娘や、何かの価値を名前で決めるだけの資本的な名称主義が偽装されたブランドを背負う鉄の箱で、せっせと形だけの価値を運ぶ。所詮は化粧を施し飾り立てる虚飾たる建前に廃れるのが人間社会てあるし、そこにニーズを与えるより超脱し、栄華必衰を眺める。ただ長いのが生きるでは無いし、況してや交わる先は氾濫しては、貧相なものだ。尻に引かれ、抗わず、ただついていくより、尻切れトンボのように終えるより、追従せずに、翻す今を乗り越え続ける創造は、我々を世界の外に運び出し、絶えず不幸を押し倒し、刹那に至り、全ては影に呆け、涯てる今に阻害され続け、はいせきされる矢先は他者や世界に包まれ、誕生した奇跡を抱えながら、絶え間ない日々を断続的に渡りながら、断続的な断罪を含ませ、端的な凄惨さを含み、世界を生産的な資本に組み込むスペースは、至らない感情を孕み、歯がゆい時を加速させ、錯綜させては、転成しては、蔓延る意味を音階に変え、伝わる広がりが、永劫を加速させ、偏執しては、快活な動機を仮想させては、導く意味を寂寞に捧げる哲学が回路を与え、創造性を循環し、リズムは、詩的に変わり、剽窃するだけの騙り募る意志が静寂に囲われ静謐に鎮座しながら、最たる今に複製されては、砕けた位置に解けて消える全てのコミュニティを廃棄処分にした思念を解き放す宇宙空間の星との距離に存在する無こそが、ニヒリズムを生み出すのだ、と原点回帰する惰性な思念が心象に捌ける頃には粗造な物体や、形に残るだけの状況や情報は、拘引される出来事に消え去り、帰依する頃には、俯瞰に鬩ぎ合う理由が起用される事に置かれる事を起動し続け、綴る今に蔓延る意思を買い取るだけの意識などが、環境などを求めるから、普通に溺れ、動機に普遍性を用い、差別化を図るから、嗅ぎ付ける者どもに裁かれ、最たる意味を失い、徒労を続け、物事に占領され、理由ばかりに溺れるから、疲れを生み出し、ストレスなど、と叫び出す舞台の上の主人公であるべく忙しく動き回るから、いつも疲れた、と吐き出す言葉を生み出すシステムに流動するから、この影を追うように流動する事の尊さや、遠くに有る意味を捉え、途絶えぬように、掴み続ける今に蔓延る意味を疎外させずに、壮大な意志を含ませ、慢心を飛び越え、捉える今に慢性的に蔓延るように暴露する瞬間に集散する状況に捉えうるべき意味も、途絶える今を蔓延らせるだけに境目を作るだけの惰性を飛び越え、収納させるべき理由も帰納する今に納期され続けるから、途絶えるだけの今を生み出し、不満ばかりを漏らすだけに過ぎ去る夜に尽きない悩みばかりがやや偏り、比重を自身に捧げず、他者に重ね、あたかも誰かが悪いのだ、と割に合わないなど、と促すから、何時も疲れているのだ。
感謝、誰かは所詮誰でも無く、思う頃には何も無くて、誰も居なくて、孤独なもんだが、問題の内外に迫る自分すらも居なくて、無くてはならぬものも無いし、求める事も無い。御礼。
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