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2014年2月28日金曜日

問題はそのままの莫迦のままで在る事にあると宣言する夜の日記

離間が膨らみ続け、超然とした宇宙に回路を授け、其れがフォースに変わり、輪唱する神話を雑踏の器官に変え、あらゆる血を循環させ、武装した瞬間を調和させ、我が物顔で歩く連中との差異を含ませたドライブを終え、立証される原因の高速道路に不具合が生じ、それを血税で修繕するような統合性に至極の賄賂を拡散しては、虚辞に帯びた結末を放つ終末論者に羞悪を抱える集合体は、散々な燦然さを放ち、欣然に備わる損得に常時は、浄域を持たず、カタルシスに至る程の創造を知らぬから、構造や組織を用い、分裂すべき意味や、概念を作り、働く事を超越し、ただ律動する人間を飛び越え、自ら律動する状況に渇する事も無ければ、膠着するだけの場面に投函されずに、高尚を目指し、刎を広げ、超越する時代に拘束される以前に超然としている私は達観する以前に、私で有る事すら忘れるべき事に事務も自由も行いも無い境地でブッダと会話するように界隈を傍観し、価値に締め付けられ、縁取る物質に訪れる価値を擦り付けた紙幣に史観も無ければ、それで奪うべき出来事も意味合いも無ければ、私には、諸々を用いるよりも、元々あるもの以上のものが、この物々しい現在に能動し、高調しながら、抵抗し続け、筒抜けになるよりも、誰かに何かを重ねるよりも、私は私で無いかのように示すべきだ、と一致する自己などは、面白味に欠けるし、掛け違えるだけに相違するし、散々な状況に引き摺る自己などは、重ねれば重ねる程に願いを持たず、断罪するだけの権威を自己に与える程に、ほぐせぬ自己が権力を用い、耽美な瞬間に快楽だけで微睡む事が満足だ、と謳う事に恍惚としいては、凄絶な意味も掴めずに配備される理由に超絶な意志を射し込むインターフェイスに総合的な理想を孕むトランスミッションである君の傍に羽化する感情の群像に蕩けながら腹膜を引き破り、貧寒な現在に検討する意志が意味を探り、造形するだけの嫌疑を縁取り、動向に収容されるだけに腐敗し、普遍性に思恵を用いるだけに緩和する世界などに、平和は訪れるず、ただずれるだけの関係に兼ね合い、打算されるだけの関係に帰依するだけの故郷などを生み出し、自己をその内部に換金するだけの関係に組織化が進み、関係は、高圧的に執り行われる関係を裁き、換金させるためのバンクと化す頃には、完全性は、是正を求めるだけの数理に偏り、偏執する意識に関連する法理が、生まれ、自身を攻め入る頃には、偏る思念が檻を作り出し、権力が疎外させるだけの関係に境界を生み出すよりも、この境界を引きはがし、共感し、自体に帰還させるようなシステムを新たに作り出す。思念は永劫を悟り、回避する映画の中で対比する主軸を持たず、関係に訪れる主人公に行為を復誦させるだけのシステムに侏儒的な始終を生み出し、組み込む喪失感に訪れる無力感を奪い合うだけの関係性に環境的な差異や、階級制に訪れる成因に訪れる擦れなどを含んだ意味で火をおこすような原理を託すような情事に、行為を運び出すだけのレーン作業から離れ、撃鉄しては、はじき出す弾丸のような怒号が飛び交う身心を暴露しながら、統治されずに、現用に溶け合うような融合に高揚するように示す事に於ける自己を逃避させては、衆生に逆らい、果てる今に主義を持たずに生み出す事に行為を生むよりも、要因に捌ける自身が加工されたプロセスを回避し、おざなりにした習慣性に家憲を持ち込み、母を虐待するかのように示す精神から疎外される肉体を跋扈する。 感謝、欲そのものに罪は無く、欲を持ち出すべく誘惑する社会にも問題は無く、その問題を生み出す既存の価値に鬩ぎ合う脳裏が揺さぶられる価値の中で生み出す欲そのものに効力を生み出す事に、その問題は生まれる。御礼。

人間とはただ悲酸な形を背負う事を教えられているだけに過ぎない

折り重なり加味される今が暴露され続け、永遠に老ける声色により、永久はコアを失い、声色重なる白昼夢にお途絶える記憶がもしもを掲げ、妄想だけに嵩張る時に朗誦される原理もかまけるだけに意味にかばい合い、占う意味も、育む今も矛盾にあふれ、疲憊するだけの関連性に連動する鬱々とした状態に加工されるだけの生産的な病理に徒労するから、その脳裏に備わる緩慢な重みを作り出し、拭われぬ黒さを能動されるだけに行為に重力があふれ、省かれる時に配備される理由と遭遇しながら、求めるだけの婚姻や行為などに裂けるから、君は形だけの栄光を縁取り、普通など、と縁取り差別化を図る頃には、分別される自身の内外に備わる自己などを求める存在が粗造な自己を曖昧なマインドに措置し、晴れない気分を社会的な意味も無意味もの合間に総合させ、組織化しては、管轄に感情を生み出す以前に、過剰な懸隔を生み出し、蔓延る空間に配備する今に備えるだけに栄枯盛衰を繰り返し、失跡を辿り、理解し合うなど、と促す事に問い続ける理解がハミングしながら、一過性の事実に潜在する意識の過程に生まれるカテゴリーに描写される物事が、旋回し、転換されずに、懸隔を埋めるだけの行為に屍を詰め込み、植え込む価値に資本が生まれ、潤うべき経済にだけ肥大する可能性が加工され続け、添加物や、毒素で満載の屍骸を売りつける産業に、不利も理不尽も飛び越え、倒錯した辺りに一帯に何も生えぬような激動を逡巡する劇薬的な精神や人間的なルサンチマンを抱えるだけに加点される原理に彷彿としているだけに沸沸とする感情を公的に主的に生硬であるべく綴る意識に簡単では終わらせない義務を義務化する以前に加配される意識をカテゴライズさせずに、寡占すべき状況を徒党させずに、個人は自由を壮大な理想の要にし、加工される私を超克する以前の精神分析と交合に思恵を交換し、緩和する状態に光合成するような太陽と私と地の関係に知恵の雨が降り、地が固まるような恐怖を絡ませ、虚偽を含んでは愚弄のアイブロウを引き、殲滅的な過去に動機を磔にし、最たる自己を神化するから、可変的な常時に変換されない変化を偏向させるだけに投棄される自己を傍観するだけの苛烈さに、逍遙し続けるから、自己の方向性を求める以前に放蕩する理由に批准を向けるから、非道な理由を加速させ、混沌する自己が昏倒し、根治され、行為に競合するだけの動機が新たな不安を生み出すようなシステムたるキャピタリズムとアナーキズムとコミュニズムの先に沸き立つのは、所詮統治されるだけの動機に腐敗した権力を措置し、配置されるべき自己を誇張し、行為に悲愁を与えるだけの関係に訪れるカニバリズムが、代償で殺ぐべくだ、と立体化する調律に放棄された顔を措置し、廃棄処分にされる影を辿る自己の再来を待つのか、はたまた最たる威厳を用い、甘美な収容所で待つガスに私権を捨て、強制労働に至るまでのマゾヒズムに乖離する。

濃厚な意志に攻撃し合うだけの世界を否定させた食餌

生きるとは、単に見え隠れする現在に少し触れては、消え行き、来る日も来る日も待ち侘びては、無残に消え去る。対立する問題は存在を空腹時に伝い、孕む原因を消化し、侘しい状態を掴む私たちには、何ができるのであろうか? 鮮明でイタズラな時が加速しては、蓄積する苦悩が究極に迫り、邂逅する意識から抜け出す。同じブランドで統一し、組織化を図るより、企てる今を均一に示し、逆上するままに涯てる。未熟な今に阻まれる感性を感染させ、端的な永遠を歩く。御前が死んだ分まで生かすように描く。勘違いされ易いが、価値などは、依然として持たずに突き抜ける。孤独に歩んで、答えを持たぬままに、凡ゆる匂いを嗅がなければ、思想は生まれない。弛まず育まれる万物が変転しながら、捻転する感情のメビウスの帯を循環し、永続化する運動で、自分の内部に革命を惹き起こし、暴露される途端にマクロな世界が凡ゆるウイルスを受け入れ、先天的な愛たる病理を受け継ぎ、その愛たる病理の強度を増しては、突然変異し、強化される痛みが倍増し、自身の内外に備わる森羅万象を奪い、漫然と尽きては果たす今が何度も小分けにされ、少しずつ配慮されては、排斥された後に迫る虚しさを通り過ぎ、更なる哲学に変わり行く。結局は行き詰まっても、絶えずシンクロし、四苦八苦しながら、辿る憐憫に触れる同情から離れ、行き過ぎた後に引き摺る世界が加工されながら、正接され、同義を持たずに原因を探り、瞬く世界に入り交じり、逃避するだけの嫌忌を逆撫でながら、逆鱗に触れては、転移する痛みに対比される原因を飛び越え、集積される意味もはためく自由を倒錯させながら、こじつける後に実験的な今を捉え、配合される後に融合される行為が、断続的な支配の経路を蹴飛ばし、出し抜ける後に靡く君が正論を結ぶ無数の時を統治し、逆心の王に変わり、変則的に現在を統治し、何もかもを陥れるだけに全生命を賭け、静謐さを失い、誇張される自己だけで掛け替えが無い、と告げる矢先も自らの保身や、方向性を求めるだけの止めど無い波形を滾る自己から省かれる自己が配備されずに、彷徨い続ける今に加速するだけに爛れる意志が靡き、嬲る瞬間に非情な出来事が断続的に鬩ぎ合い、甘美な意味も今に配備されず、最たる意志も失い、徒労するだけの意味を彷徨い、兌換されずに、果敢に挑む事も忘れ、微々たる今に乖離する現在に盛大な意志も蔓延るままに、衰亡し、加算されるだけに正式な成因を失い、統合されては、纏まる心に同じ意味などを求めるから、不安が過ぎり、膠着させ、行為を逡巡するだけに乖離する理解だけが、機関的や組織的に絡まり、懈怠するだけの関係性に関連する事務的な意味が不眠的に重なる。

2014年2月27日木曜日

終世を辿る夜に膨らむ日記

忍び寄る夜は、整合され、単に若いとは、若いだけに慢心し、単身では未だ未だ歩けず、勘違いし、悲恋しては、憔悴し、疲れ切った心身を引き摺るべきだ、と現代社会は、現を抜かし、最たる意味を掴む老齢も、朽ち果てる間際の誰かの灰を拝復し、虚飾を促す天空に舞うカラスの影が、自らを包み込み、塞ぎ込む心情に濾過される。明敏な瞬間に泣き晴らす彼の娘や、何かの価値を名前で決めるだけの資本的な名称主義が偽装されたブランドを背負う鉄の箱で、せっせと形だけの価値を運ぶ。所詮は化粧を施し飾り立てる虚飾たる建前に廃れるのが人間社会てあるし、そこにニーズを与えるより超脱し、栄華必衰を眺める。ただ長いのが生きるでは無いし、況してや交わる先は氾濫しては、貧相なものだ。尻に引かれ、抗わず、ただついていくより、尻切れトンボのように終えるより、追従せずに、翻す今を乗り越え続ける創造は、我々を世界の外に運び出し、絶えず不幸を押し倒し、刹那に至り、全ては影に呆け、涯てる今に阻害され続け、はいせきされる矢先は他者や世界に包まれ、誕生した奇跡を抱えながら、絶え間ない日々を断続的に渡りながら、断続的な断罪を含ませ、端的な凄惨さを含み、世界を生産的な資本に組み込むスペースは、至らない感情を孕み、歯がゆい時を加速させ、錯綜させては、転成しては、蔓延る意味を音階に変え、伝わる広がりが、永劫を加速させ、偏執しては、快活な動機を仮想させては、導く意味を寂寞に捧げる哲学が回路を与え、創造性を循環し、リズムは、詩的に変わり、剽窃するだけの騙り募る意志が静寂に囲われ静謐に鎮座しながら、最たる今に複製されては、砕けた位置に解けて消える全てのコミュニティを廃棄処分にした思念を解き放す宇宙空間の星との距離に存在する無こそが、ニヒリズムを生み出すのだ、と原点回帰する惰性な思念が心象に捌ける頃には粗造な物体や、形に残るだけの状況や情報は、拘引される出来事に消え去り、帰依する頃には、俯瞰に鬩ぎ合う理由が起用される事に置かれる事を起動し続け、綴る今に蔓延る意思を買い取るだけの意識などが、環境などを求めるから、普通に溺れ、動機に普遍性を用い、差別化を図るから、嗅ぎ付ける者どもに裁かれ、最たる意味を失い、徒労を続け、物事に占領され、理由ばかりに溺れるから、疲れを生み出し、ストレスなど、と叫び出す舞台の上の主人公であるべく忙しく動き回るから、いつも疲れた、と吐き出す言葉を生み出すシステムに流動するから、この影を追うように流動する事の尊さや、遠くに有る意味を捉え、途絶えぬように、掴み続ける今に蔓延る意味を疎外させずに、壮大な意志を含ませ、慢心を飛び越え、捉える今に慢性的に蔓延るように暴露する瞬間に集散する状況に捉えうるべき意味も、途絶える今を蔓延らせるだけに境目を作るだけの惰性を飛び越え、収納させるべき理由も帰納する今に納期され続けるから、途絶えるだけの今を生み出し、不満ばかりを漏らすだけに過ぎ去る夜に尽きない悩みばかりがやや偏り、比重を自身に捧げず、他者に重ね、あたかも誰かが悪いのだ、と割に合わないなど、と促すから、何時も疲れているのだ。 感謝、誰かは所詮誰でも無く、思う頃には何も無くて、誰も居なくて、孤独なもんだが、問題の内外に迫る自分すらも居なくて、無くてはならぬものも無いし、求める事も無い。御礼。

途絶える瞬間の境目を持たぬ会話

神話的な母体と母性が連なり、あちらこちらで結ばれ、目に見える結婚に至り、事態が完結し、容易い出来事から昇華し、満ち足りない今に伝わり、永遠を走らせ、入り混じる今を解放して行き、存在を乗り越え、現在から超越し、永遠を錯綜し、導く答えを蹴散らすのだ。 行動が行為の合間に陥り、絶えず領域の中に、軋轢を与える吝嗇家ばかりが世間を跋扈し、そこに組織化させ、自分の内外に圧力を加える官僚や管轄や、体系を生み出し、どんどん組織に組み込まれ、あらゆる力に加担させるべく賃金で賄われる自身の格差に落差があり、そこに膨らむ憎悪や諦観が、煩わしい価値を憂鬱に示し、不安を煽るだけの、扇動を同じ立場の者たちが、立場を翻し、繰り返す。相対する理論が、恐る恐る現状に近付き、あるゆる理論を表面化させるよりも、内面に果てる歯痒さを感情で濾過するように枯渇する今に至る諸事実を顕在化させ、重なり合うよりも、離れ合う境域に狂気を重ね、単に同一化しないように、内容を徘徊する。諧謔を伝い、遥か近接する理由を当てがうよりも、培われる意味を穿ち、贖うよりも、高じる今に反抗し、朽ち果てるままに、成さぬ今を超越し、退廃せぬように、翻し進む。繰り返す日々もきらめき閃きトキメキながら、どぎまぎする理由に判然とした意志を託し、拡散する思いに絶え間ない意志を搬送し、感染する矢先に優しい息吹が重なり、運ぶ今を優しく包みながら、長らく躓いた先々に凌ぐ今が立体化し、現実化しながら、萎びぬように内面に辛辣なイメージを劣悪化して行く君を判明し、解明する今に凌ぐ季節に充足感が溢れ、触れ合い消え行く意志に来たす今が屈辱を遮り、繰り返す意味に帰任する疾患に執行する意味が加速し、依然として堕落した主体にナーバスな帰路を与え、門前払いする 欺瞞に策略家たちは、独裁的な手腕を奮い、貧相な時間に帰還しながら、錆びた内心の音が乱反射し、凄絶な時を捉える魔法の内部でナイーブな空腹や、空前絶後で空想的な不安定さに、差額を求めては当てつけにする季節を食い散らかし貪婪に貪るキーパーソンたちも、辛くも捕まる今をあてがいながら、外観に深慮を重ね、涅槃に滾るイメージも不潔なままに、健全化し、健康的に適任し、結ばれる今を貪り続けることに、形だけの理由が迫り、狭い道筋に加算される鈍麻さが、生きることへの答えやサガを埋め尽くし、壊れた時間のジェンダーや字余りな今に感極まる自堕落なアニマに剥離した偶像だけが迫り、価値などで自らを醜く穢すエンディングが、どこに揺蕩い亀裂を与え、全てのジレンマをレジスタンスに変え、革命を暴力だけの構造に組み込み、行為を形式化させ、同じ行為に閉ざされた意味を繋げ、来たす今に離れながら、媒介する矢先に備わるシンドロームに狂気の境域は、加速する自らの世界観の十字路に迷い込み、ラビリンスの彼方で叶わぬ時を思い描き、刹那を札束で買い取るだけに過ぎない幸福に騙され続ける染み入る時を適度に愛して、至福に埋もれず、天を仰ぎ、出来合いの真実を濁し、展開される普遍性を引き千切り、センチメンタルに今を跨ぎ、最たる意味に生まれた君を愛するとは、どんな素敵な意味を孕み、世界を開け広げ、摂動する事実にせせらぎ歌いながら、邂逅する季節をするすると、通り抜け、立体的に時代や自体や時間を捉え、永遠に得る形に得るだけの理由に兌換される貨幣や紙幣に価値や数字を与え、それを交換するだけの物資や物体に執着するより、今に笑い、慢心を遮り、ボロボロでも、生きた今を実感し続ける。寒ければ、たまには、重なり合えば、良いし、たまには、愛した記憶を彷徨い旅行しながら、察する今にさながらを重ね、あてもなく彷徨い囁きながら、帰任する今を和らげ帰納させ、世界や自分の外に構築される概念を削ぎながら、霞まずに数々の仮死化した意味に主体化される本質も、存在を持たずに、去り行く理由を行き交い、浮き日を探し、多目的に彷徨い、労わる。

勘定される今を解放する歌

爆心地に佇む一過性の暴力性を掻き消し、一介し、軽視する世界の塹壕に隠れ、留まる矢先は退屈を自我に拡散し、慈顔を拝むような静謐さを精巧さの中に開花させ、桃源郷を目指し、倒壊する矢先に踏み込み先々に備わり置き去りな自分をおざなりにしながら、時めく矢先が配合されては、要因にプリミティブな余韻を残し、数十億年の旅路を遺伝子回路の中に組み込み、はたまた始まる前の物質である自らの会話に憚る今や、狭まる事も無く、空洞化する理由に毅然と絡まり、忽然と消え去るように、去り行く理由に差異は現れ、ほとんどの差に至るだけの経穴を改廃する意味に絡ませ、権利に利権が押し寄せ、誠実な意味などが、なぞる矢先の謎に変わり、介する理由に解き明かすイメージも段階を経て、人工楽園を渡るような快楽主義たる内面性のボードレールを宿す頃には、拡散した理由を詩的に掴むよりも、神話が交錯する幻影に嵩張る時に逸する価値を終末論者が謳う動機に氾濫するだけに逸する世界から生まれる寂寞を徴候し、正接される理由が行動を締め付ける頃には、この見つける使命も、果たすだけの理由の内外で明け暮れ、自身などは、持つ以前に忘れてしまうし、用いずに、忘れてしまうのが、不安を掻き消す理由になる、とナショナリズムを捨てた吟遊詩人であるべく風景と放蕩し、法外に生き、閾を用いず有する事に値するなど、と嘯かず、投影される事の影にならず、成すべき事に高騰するだけに理を生み出す原因に加速される事を加工せずに、禍根に至る今に根を張るよりも、この世界に表面張力し、反社会的な反重力をアナーキズム的に消化するよりも、この商法に終わらず、何もかもをカモに売り出すよりも、吐き出す今に捉える事柄に正しさを求めるよりも、諸々を示唆し、度々を浸し、果たす今に来す意味だけを帰納させず、分散する世界に世界を持たせずに、果たす分だけ瞬時に消え去るだけに終わる、と伝えるニヒリズムに打ち負け、来す理由に胚胎すべき理由に居続ける価値に引き裂かれるよりも、元々に備わる私から離れ、軋轢に介する理由に秘蔵される心を分離させ、加配される理由に名前を持たずに、高じる理由に高鳴る心情が効率を求めるよりも、要因に迫る余韻を可決させる時折に配し、破壊的な主義に至るよりも、明晰な主観に怜悧であるべく、離叛しては、超脱し、見る事も、聞く事も忘れる頃に、頃合いや、数える今や、加速する現在に浸り続けるだけの意味に未練を持つ私は、未だ未だ足りぬ、と求める諸々に絡まり、懈怠しているだけに知恵は濾過されて、意味を捉える以前に、その今に囚われ、途絶えるだけの位置に意味を求めるから、その無になる基礎を解体せずに、誇張され、見渡す先に備わるだけの理由に滅入り、身動きもできずに、何かに頼り、何かのせいにするだけに瓦解する感情に、感情などは他者に媒介するだけの限界を厳寒な今に打ち出し、打算されるだけに破壊される理由が淘汰され、加工される意味に事務的な金銭を貴賤に吐き出すだけの苦労などに浪費される事などは、意味ににも、ならない。果たすだけに備わる価値に損得を促し、それを買い取る以前に備わる感情こそが、果たすべき今を超克し、超越に至るだけの価値を加速させ、この身に果たす意味などを持たせずに、昇華させるのだ。

2014年2月26日水曜日

牽引する主体に靡く原理を疎外される夜の日記

平和や自由などを求めるから、悪や暴力が生まれる。ただ人の生と、私の生はどこにも、何にもつながらず、絆は無く家族すら無く、ひたすらに接続される時間に後続する意識だけが、構造を生み、今に秩序や規律という、壁を与える適度に弛む時が現実を伝い、弊害を飛び越え、抗う月日に閉じては、静謐な観念を捉え、滴る意味を掬い取りながら、ロジカルに稼働する月日を傍観し、揺らぐ世界に背景を担い、紛失した世界に排出される心地などを促し、時折に沈み、勇躍する時を飛び越え挑む月日を捉える。溶け合う過去も慢性的な意味を捉える以前に流動し、察しては、対立する自己を捉え乗り越え、泡沫の不安や、運命の泡と変わる前に乗り換え凌ぐ全容に統括される以前に補食されるだけの関連性に連動する端的な正体や、衝動性で噛みつくだけの疎外感に感染するオプティミズムが段階を経て、共産的で猥雑な進路を組み込み、捉える位置に偏向するだけの病理を撒き散らし、あらゆる原因に解明されない新たな思念を埋め込み、察する時に統合されるだけの出来事やデータや答えを絡ませるだけの間違いに罵声を浴びせるだけの場面に明け暮れ、捏造されることごとくに炎上するだけの商法が闊歩し、閉鎖的な毎日に司るだけの雰囲気が間接的に入り交じり、崇めるだけの関連性に資本が生まれるから、連動する経済に、聯想されるべき創造性も無く、苦楽も無く、屈託も無く嗤う事も忘れ、機械的な動向のボタンと化す自身の欠片を集めるだけで必死なんです、と語るカタルシスも過程を踏まえるカテゴリーにカテゴライズされ、勝ち得るだけだ、と全容に善悪を用い、勝ち負けで配する戦の中で寛容な事実も行為に妨げられ、拘引される矢先に拘泥する今が空間的な労働を空白に植え込み、果たす意味は、買い取るだけの戦列に巻き込まれ、灰になるまで、Highであるべく、リターンされる意味を吐き出すだけの他人の身体を媒介し、立証される原因も、下克上を課せる理由が動機を掻き乱し、一過性の真実に流出するだけに芋づる式に引っ張られる関係性が、思恵を求め、彷徨いながら、陰惨とした気持ちとのインサイダー取引で買い取る価値に値するだけの人間などは、その価値に収まるだけの人間性の内部で途絶えるだけの人間自身に阻まれ、憚るだけの限界に至り、新しいものを毎日に求めるから、続く意味を綴る事も知らずに、単に捨てるだけに用いる事を求めるから、留まらない欲はその場で暴走し、満ち引きする欲そのものに、本質は無くなり、言動が加速し、邪推な意味を孕み、現実に食い込むだけに朽ち果て嘯くだけの原因に加工される意味が解明される前に凌ぐ祈りも、汎用するだけの理由に流動し、行為に真実が屈む矢先に、屈折し、猥雑を吐き出す内心の輪が、世界に繋がり、途絶える先のトンネルを越え、流失する矢先に暴露する会話も、界隈に消え去り、悶える矢先に刹那を残し、この立体的な詩を崩壊させては、猜疑を拡散せず、ひたすらに至る今に痛む自己を解放し続ける。 感謝、綴る夜は詩的に動作し、行動にハミングし、一帯に募る痛みを昇華させる。御礼。

もう何も思い出す必要性も持たぬ対象

物事とは、先ず明確では無いから、考えの距離や認識の仕方を変えれば世界ば大きく変化し、善悪を飛び越え、自らの高気圧に包まれ、美麗な太陽に照らされ続け、何も貰わず、何も受け入れず与えられないものが、真の聖者と言える。与える勿れ、妨げる意味を超越し、実直な自らを受け入れる、一つの快楽を流動させる土地になり、新たな世界を形成した、その中の世界は引っ張り合い対立し、反撥し、今を押し流し、梳かす。或いは錐揉み式に飛び交う鳥の風の抵抗を激しくも繊細に切り取り、読み明かす。或いは、断片的な意識をカットアップし、今に貼り付ける作業で永遠から超越し、ニーチェの永劫回帰から抜け出す。自らを世界から隔離し、離れた部位であらゆる種族を脅かし、何かに伝わる感情を群像に溶かし、砂漠化し、空洞化した実情に環境をこぼす以前の世界に救いを与える神以前を行き交い、真っ白で真っ平らな意味にアップデートされる現状に感情を乱立させ、細分化させては、身近に裁断し、あらゆる原因を裁く大皇帝や、即座に独裁に至り世界を席巻し、普通の生活と呼ばれうそぶく家族計画を消費しながら、大量生産を続け、能動的に陥る先を温めながら、自らの一切を顕示させない価値に価値を持たせず、意味に意味を問わず、とやかく言わないあちこちに退屈だ、と促す君の運命も膠着するだけの巧緻させに退行するだけの思念に嫉みを吐き出し、疎外するだけの出来事に差異を与え、差し向ける意味に刃向かう意味だけを授け、預かる意志に庇い合うだけの同情を用い、動機に犠牲を用いるから、無意味な罪と罰は、法理に組み込まれ、ことごとくに届くだけの理由に惰性に転移し、媒介し、培養する矢先を扶養し、感銘を受けるように、比する価値に貧するから、改善される意志に求めるだけの理由を兌換され、それを貨幣化させることを愛だ、と吐き出す頃合いも、起源を失い、統合されるだけの理由の先々に繊細さを失い、物事に作動するだけの行為に効率を求め、基に備わり、当面の経済を賑わすだけにかき混ぜる行為で人を騙すだけの世界に促される本質などに真実や善悪は無い。内蔵されるだけに帰納される理由に起動する初歩的な理由に帰納するだけの出来事が納期されては、査定を繰り返し、空洞化した理由に主体を移し、解放される矢先に静謐さを生み出す以前に配合される意志も、統制されるだけの法理に拘引され、逸脱する者を許さぬように、と監視する社会に仮死化した意味がコード化され、世界的な病理を加速させる事に囲うだけの理由が禍根を生み、壮絶な過去を背負う是非たちが、定期的な過去の中のカオスを吐き出す事を分析する事に、自分などは存在しないし、大切な今を育てずに、過去を引き摺るだけでは、時間の中に組み込まれ、それに追われるだけに、凝り固まる。

含ませる今も加工されているだけにしか過ぎない

行為との接続が現実と交合し、純然たる瞬間を出迎え、赤裸々に蔓延る主意を全体に植え付け、種子を個体に根差し促す。数々の余りある時間とのリアリズムを超過する関係だけが、一体化し、前後に繋がり果てない永遠を関係性に繋げ、性差を超え、確かな関連だけに、愛が促され、催促する意味が刹那にぶつかり、現状に過去を接続させて、関係を極めて行く。連綿たる感覚に帰属する運命が成因を飛び越え、磔にされたコアを突き刺し、あらゆる原因が価値や名前や場所を持ち込む前に、自らを隔てる意味や要因を斥ける。交錯する地点を絶え間無く応用し、亀裂しては、その地点から充溢する意味を氾濫させながら、長らくの自らの罪を悔い改めるように、食い散らかし、数々の出来事を引き合いに出しながら、切磋琢磨する自己の利便性を押し広げ、数多のジレンマを引き裂き、レジスタンス闘争に至り、倒錯する現在と再会し、新たな恋に発展させる緩慢な世界に従属するより、引き裂かれるほどの激情に身を置き、結ばれないままに引き裂かれる世界に発展を遂げながら終息せずに、従前に迫る過去からの超越を含み包括される内部から超脱し、全体主義を乗り越え、離脱症状を抱える前衛的な本能が揺らぎながら、乾いた自然を浴びて、配備されては乱立する意識に叙情的な配役を与え、忽ちに立場を交錯し、克服する関係から逸脱しては、主体性に立ち込める意図を紡ぎながら、余白を埋めて、真偽を翻し、豊かな価値に至りながら、怜悧なせいめいを掻き集め、成し遂げる事に於いて、憎しみを遮り、豊かな価値を辿りながら、たわわに実り、満たされる意味が復唱しながら、絶えず聖域を汚し、擁護する関係に諮られる前に感ける意味が気怠い状態を交錯し、不当な位置に今を置き換え、永遠に凌ぐ意味が風景から離れ、肉薄する思いに収容されながらも、宗教的な意志を疎外し、恒久的に時間とは結ばれずに世界を解放し、覆い尽くされる意味から、掛け離れて行き、のたうち回り痛みに這いずる季節に忍ばせる萎びた思いを窮境に架けながら、それを渡り切る自分を眺め、世界の欺瞞を削ぎ落と、紛らわしくも静謐な世界観に触れながら、総和する時代に羽交い締めにされずに、引き摺る残影を振り払いながら、厭わぬ価値に整然とした意味を繋げ、伝う意味に交錯しては、秩序を保つべく、蔓延る意味に幾許もの可能性を与え、希望を上りながら、ひたすらに曖昧な心情で突き進む今が生活感を捉えずに滞らずに、ケアし続ける。

2014年2月25日火曜日

捌ける夜に迫る関係に至るだけの季節を踏み躙る日記

不定期な君が核融合するまでの字余りな時に愛した主体を引き剥がし脱皮する模様が、世界をあたかも形成し、周りを温め、立場も持たず交錯する矢先に陥る痛みも無いままに、内服すべき愛を処方箋に、初歩的な義務を超越し、全てにまどろみ、逡巡する形を打ち破り、軋む感情に続々と従属して行く。書物が織り成す四季を体感し、文字を匂い、あらゆる文化を内面に処し、あらゆる動機に、永遠を打ち出す。遮る脳内に謀る問題を募らせるより、羽ばたく今を体現し、あらゆる物質を超越する。徒然つながる軌跡は流動し、同じ位置に意味は持たずに寂寞を渡り、カタルシスを促し、奇跡を渡る。自らを内部に織り込み、自分自身のレプリカを作り出し、自らを刷新し、妄念を晴らす。明晰な瞬間の跡形を辿りながら、理屈を超える。寂寞に絡まる明日も痛いままに。 道路の真ん中に、血のついたナプキンが落ちている。何と詩的な瞬間だと海馬が記憶をくすぐる。内実に迫る矮小化した世界大戦が喘ぐ。塞いだ口を引き剥がす秘密警察が撲殺する日常には、権力の内外に権力が備わり、全てを下僕にし、統治する。世界の輪郭が如実に示され、確たる意味に廃棄される原理が通い出し、たじろぐ瞬間を締め上げながら乗り越える経路は回路を持たず、何事も孕まない。フラクタルに近似する世界の矜恃を打ち破るようにリンクする心身に擦り寄りながら、森羅万象を緩衝しながら、渡り切り、砕け散るなら今だ、と屈託無く笑い、引き摺る瞬間に潜り込み、多目的に入り交じり、苦悩を引きはがすように、見つめ合う君との刹那も終わりよければ、散り行くだけに連なった時間を寂寞に伝え、緊縛する記憶を過去に引き延ばすような余韻が因果律の彼方で消え去り、加工された今に連なるだけに備わり、断続的に示される動機に至り、拘引する意味に拘泥する気持ちに告白する全ての時間が弛まず、揶揄する、と伝わる先々に乖離した理解が鳴り響きながら、永久に入り交じり、慢性化する痛みに平伏すだけの時間に効率を求めるだけに弛緩する今が連れ去られ、理不尽な記憶を加速しながら、過疎化する気持ちに断続しながら、萎びる時折に森羅万象を伝え、暗誦する時折に統合される尊い記憶の地を這い、遅配するだけのストーリーをねぐらにしながら、旋律を渡り、たゆたう記憶に備わる過去をなぞるだけに分裂する記憶が運命や海馬の中で錯乱しながら、錯綜する原理に結ばれる無数の記憶が輝きを放ち、瓦解する瞬間に彩る過程に結ばれる全域が、全部の記憶を倒錯させるから、乾いた涙を流し、乾かす原因に伝わる衝動が商法に変わり、逆流する資本が促す定理に利息を支払うだけの元金すらなく、乖離した社会から除かれ、理解を踏まえずに、震える矢先を超克するように生きる事を克己し続け、整合される矢先に備わる今朝を掴まえ、あらゆる動機に備わる夜の深淵に溶け込む暗闇に間違いを改めるような理由も創造的に離散し、乖離した矢先に零れる瞬間に約束を交わし、復元される矢先に緻密に促す心情の長さも退屈に昇華し、感情に触れる動向を監房に入れながら、緩衝する真偽の果てに訪れる波形の奴隷で終わるだけの行動に動機は劈く意味に加工されるだけに蛇行する意志が木霊する薄い膜の中で加工された原理を促すだけに留まる。 感謝、和らぐ瞬間に結ばれる懐かしい過去や顔が無数の時に帳尻合わせ結ばれる時に引き裂かれながら、懐かしむ前に弛んでは結び目も持たず消え去る。御礼。

歪に広がり結ばれる辭

宇宙の果てで、超紐理論と因数分解の合間を加速し、量子的足枷をはめ込み、物質的な猶予が無くなるまで、実直な我と向き合い、向き不向きを打ち倒す。我が理由などは、我が輪の中で輪廻し、リンクし回帰しながら、帰れない道を辿る過ぎない過程に固定観念を生み出し、概念化し、概括に迫る形を示すだけの名称が蠢くだけに過ぎない過程を蛇行する事に永続化する自己を短絡的な生きる事で締め上げるだけに過ぎない人間性を保つ為だけに備わる中庸を保つ思想に思考は無く、単に偏向する事の平衡を保つだけに思想は無く、単に保たれるだけの恒常性に備わる均衡に思想も無い。ただ、考えの内外に還元される関係性の内外が共鳴し、触れ合い、あらゆる意識を運び込み、あたかもそれが自らだけに促されるように緩衝し合う関係が物事の中庸を保つのだ。ただ、生きる事は、新たな帰路を探し、彷徨うだけにしか過ぎない。そこにある価値すら分からずに、詩的なレストランで馴れ合いや、やかましい関係だけを築き、ただ生成される原因の聖域保つべく、自身の均衡を用い、すべてと途端に分かち合い、亀裂から溢れる痛みを抑え込み、先に進む。互いを映し出し、共鳴し合う関係に至る原動力だけで行き交うバラバラに伝わる関係性が普段を猥雑な襞の中に包ませながら、蔑む阿諛者たちが断続しながら、去り行く経路を渡り、至る異質さを敷衍させる。しどろもどろな日常に戻るも進むも、地獄だ、と突き離した矢先に広がる世界こそが、世界を持たず、保つべき意味すらも失い、すがる今に君を置かないのだ。孤独な一人定理闘争が、永続化し、痛みが倍増する矢先に陥る些細な出来事に枯渇せず、全てを濾過しながら、さながらに埋め付くされるだけの答えに兌換される貨幣や紙幣に陥った価値を拾い集め、ガラクタで生み出す新たな感性に国家は要らず、加算される状態を保つだけの経済を保たさせる為だけに形骸化し、使い捨てのぬいぐるみになるより、帰任すべき状態に、老いも若きも超越すべく勉学に更ける中で会話を弛ませ、馴れ合いを深めるよりも、負荷を与えるべきは、意識に備わり、長い道を泣こうが喚こうが、心理に宿る絶望が遮り、満ち足りない今を、欲はかりで埋めよう、と用途に迫る是非に是認すべきだ、と迫る理由は、狭い価値の中で、慣れを生む。或いは、退廃を生み、諦観を与え、踏み躙りられ、弱気を悟り、退化し、緩和せずに、収奪され、物々しい世界の中で思惟し、殺伐とした不安の中で、不満を加速させ、終わらない満足を探し、判然と尽きる運命を彷徨いながら、雲霧に消えて、漂う意識にカテゴライズされ、過程を生み出すだけに加工される価値を引き合いに、愛した、だの、愛されたいだの、と躓く日々には、先ず先ずの結果だけが結合され、所詮は、組織の中で意識を失い、記憶喪失に至り、何を失ったのかもすらをも見失い、陥れるだけに陥る今に遠ざかる。苛む今に厭いながら、伝わる今に営む意味が興じる運命を濾過する。引き上げるためには、最もな硬質さを用い、何事にも諦めない意志で現在を超克し続ける事に、意志は律動し続け、奪い合う意味に爛れる誰かの位置から離反し、半切に過る時代の緩慢さがカルマに迫り、因果を調律させるだけの規律が迫り、妄にひけらかす意味に躓くだけの行程を単に凌ぐ形だけに収まり、怯える。

不躾な時に送る数億の対話

鬩ぎ合う自己の差異の合間に尽きる運命の緩慢さに繋がる螺旋階段を登る。超克する全てがすべき事の合間で蠢きながら、帰依すべき状態に錯乱している自我を解体させる内面的な精神科医を内蔵しては、瓦解する主観に蔓延る精神の経路を改造し、剪定される花の気分で惜しむ時の酩酊を受け入れ、契合される矢先に慰留するだけに沈潜する意識の過程を加工するだけに逡巡しては、循環する矢先に忍ぶ全貌が永劫を携え、栄枯するだけに凝り固まるのが、君の時代的な慈愛に響く自己犠牲的な緩慢さを含んだ我が身に解けない情愛を邂逅させるだけに増幅する罪と罰の量子が能動しながら、肯定的な瞬間に否と告げる事において、全ての問題の落ち度を含んでは廻廊を徘徊し、集約される原理を凌ぐだけに重用される出来事の傀儡と化するだけに倒壊する原因に加工された阿諛者たる違憲を放ち、悔恨を冷たい意識の彼方で過労させては、定義上に凌ぐ想いを苦悩と共に逡巡させては、重責を繰り返し、空洞化する理論の空席に腰掛け、捉える矢先に途絶える問題を交差させ、行動に凌ぐだけの醜状やレトリックを重ね、まさぐる月日に偶像崇拝を繰り返し、趨勢を辿り、帰納される問題の原点をまさぐり、ゲリラ化する君の敵意が、どこであろう、と襲いかかる事に阻喪な現状が迫り、曖昧に狭いマインドを膠着させては、退屈な状態に淡彩に包まれ、禍根に平伏すだけの常時に迫る想いが混沌としては、生きている事柄に加工される価値だけが、君の思考に固着し、求められる解答に吐き出される意味だけが、帰任する状態に摂行しては、あたかも機能しているかのように誘因する情交のインターフェイスにあらゆる出来事を流動させ、措置される出来事に乖離しながら、運命に轟き、統合される矢先に浸透する原理が加工されては、長じる出来事に原因を打ち出すだけの痛みに這いずる君の意味も、統合されるだけに位置づけられ、等位を求めるだけのカースト制の中でレイシズムをくすぐり、無数の反照を繰り返し、照合される矢先に逍遙するだけの乱反射を繰り返す。批判すべきは、全人類にある、と宣言する独裁者に加担する革命の後先に迫るのは、狭いガス室に送るだけの理論を備えた価値転換に歪むだけの歪んで猥雑な気持ちを加工するだけの偏執した主義思想に過ぎない。徴候を越えるべく、超人的に超越を繰り返し、雑踏に訝るだけに牽引される状態を受胎し、情交を凌ぐべく、簡単な快楽に至らないからこそ、何事にも執着しないのが仏教であるなら、この並べられた状態を加速したままに有さず、過ぎ去る事に於かれる価値に遠退く原因に鬱ぎ込むような蝸牛の貝殻の中で解けない問題を解き明かすだけの研究を繰り返す事に老いていく価値に平伏す差異に凌ぐイコールから吐き出される答えを打算せず、改竄せずに、徴候に示される原因を掻き消すだけの苦悩に飛び火する問題の原点を自身のブラックホールの中に捨て去り、最たる意味に繋げるだけに届かぬ思いの餌箱が空になるような因子の彼方で、慢心を殺ぐだけの代償を求めるだけに兌換される事が紙幣で有る事の役目であるだけの価値をすり替えるだけの貨幣に価値が旋回しては、殲滅する今に正接され、纏まりながら、絡まる月日を遮りながら、得た物に示される問題に去り行き帰任する事を納期しては、配備される愛を突き放すような原因を孕むのが、依然として人間の内部に備わるだけの人間の皮をかぶる馬鹿者の化け物であるし、考えを凌駕する為に埋め尽くすコードを灰燼に帰させ、解答を求めるからこそ、次々迫る価値を自らで産み出し、加工される義務を削ぎ落とし、ソリッドに生きる事に背負うべき事や、誰かに何かを思わされるよりも、自らで踊り出すように、始めるからこそ、乾いた侭に凌ぐ今に集合する意識が永遠に伸び買い、或いは、蔓延るままに、憚る狭間で詰まる想いを照合させては、対照する事などは、互いを照らし合いまぶしいから、ともめ事に変わるだけに過ぎないし、やがて、静謐を携えず、喧騒の中で徒労を繰り返し、飢餓するだけの事情に配備される元々の原因に訪れるセオリーも背負うだけで重たいから、と煌めく今に嵩張るだけの毎日に威張り散らすから、内実に有りもしない未来を自ら作り出し、動けぬままに交差するから、不安だけが倍増する交差点で融合すべき自己も帰依すべき場所などを求め、住まいなどに落ち着くから、暖かいものだ、と勘違いするのだ。

2014年2月24日月曜日

ただ何かであるとは面倒なものだと告げる矢先に備わる夜の日記

何かを目指す事に得る事や買う事など求めず、持て余す時を夢遊病のように愚かに償う事に、時間を馳せるより、何かを掴み、損なわぬように自らを超越し続ける。言葉に陰影を与え、振りかざす権力を跳ね除け、確かに感ずる今を引きずり、出来事の内外に起こる不和を飛び越える。ある並木道に携える永遠が、我々のために革命は存在し、いたる意味に意味を創り上げ、自らに世界を帰させる。そして、君は幸福を超え、得るものが要らない世界を形成し、隷属すべき世界や存在は必要とせず、用途の違う自分を利己的に形成し、自らを孕み続ける事に見捨てる事は無くなる。隷属すべきは、どこにも無くて、唯一の自分すら必要としない先に、真の自由がある。法律で人を隔て、人は、人を信じる事を忘れてしまい、神を創り上げ、人を裁いている。欺くことなく、風向きを確かめ、確かな運命を進むのだ。人種や地位や階級も要らず、僕らは対照的に喜び合う、愛し合う事を、もう一度、信じなければいけない。とある道筋で機密情報を託し、拡散する反国家的な躍動に示す分岐点は、永遠に錯綜し、隔てる世界をすぐさま凌駕する。突き放す瞬間を手繰りながら、吐き出す瞬間を誘導しては、去りゆく形状に状態を翻しては、汎用される矢先に浸透する意味をはためかせ、世界を凌ぐ意味が錯綜しては、静謐に時を辿り、途絶えぬ今を徘徊しては、心情を濾過する瞬間に囀る記憶を貪り続ける。ただ、飛び越える事に理由は要らない。変わらない日々を、ただ歩いて、有する意味に入り混じり、絶えず進歩する。犠牲を孕んだ主義思想からの解放が柔らかく時代を包み、新たな意味を孕み続ける。示すだけに過ぎ去る出来事に松明掲げ、見透かすだけに見逃す意味を照らす意味すら逃すままに、自らからも、分裂する。空のままで唱える寂寞の中で重なる無意識が絶えず世界を隠滅させる。支え合う時が逆流しながら、状態をろ過し、嵩張る時に広がり、のさばる時を敷衍させ、健全な時を媒介し、豊かに渡り歩く今に変更したり、偏執したりする今が儚さを司りながら、裏取りを行い、来たす今に逆上して行き、包み隠さず、拡散して行く矢先が夜に世界を打ち出し、培うべき理由に競うだけの価値を生み出す騒がしい資本や、平等を謳い、厳しい状態を独裁で彩り、自らのサディズムで彩るだけの競合に虚栄の共存共栄が生まれ、鏡像関係に加工される是非が起動するコンピュータの中で加速する情報が具現化される手間に科学の進歩が神秘を瓦解させ、神の手は、自らの手で執り行う力により、自らに寄りかかる問題を抱えるよりも、自らの手で力を打ち倒す事が可能だ、と宣言する事で、迫る最終戦争的厭世観が迫る頃には、ほとんどは価値は徐行し、行為に服従し、殲滅的な価値の中で培養される理論を加速させる。 感謝、備わる価値に皮肉は無く、完治する先々に迫る意味が邂逅しながら、備わる日々に馴れ合いは要らず、ただ躓くように、転んだままに至る。御礼。

ねじ伏せる後先に鬱ぎ込む味わい

投げかける夜に消える対話が均衡し、相対する瞬間に対抗し、現実から掛け離れて行く。孤立する運命もキラリと光り、掛け替えが無い、と希う矢先に厭い、掛け違えては、掃き溜めにエゴを吐き出し、あらゆる差異に入り交じり、あらゆる事柄に息絶えるようにメメント・モリを伝える立場を翻し、氾濫する領域に落ち度を持ち込み、用い、緻密に思惟しては、奏でる今に行き違いになった自分との恒久的な別れを、ドメスティックに執り行う間に入る司法は要らず、あらぬ事に答えが権利を用い、要らぬ権力を動かすから、問題は汚穢たる金銭で解決され、その汚穢をなすり付ける価値が場面を膠着させ、硬直する場面が場合を吐き出し、全てに課せる重荷に変わる。守るべきは何処にも無く、固着し、求めるだけの自分がとめどなく敷衍し、横溢しては、自らを強大な力をで飲み込み、全てを踏み躙る結末を振り払い、始末は、自らで付けては、満足に至らぬままに、値も求めず、超越し続けていく。問い質す距離に阻む悲しみ軋むイコール、永遠が突き放す距離が駆け出し、旬然を見尽くし、跳ね除ける辺りに示す割合が加速し、有する価値が分割されては、開ける都市間に溢れるエナジーが隣接する地域を多量に摂取し、反する欲望に切り開かれる思いを分散しては、踏まえる感情に遊びを含ませたエネルギーを集積しては、安逸な時に収奪されては、搾取する資本家や、権力者に向けられる憎悪をモチーフに組み込まれ、動かされるだけの革命に兌換される紙幣の気持ちを革命にぶつけるような、暴力性を突き放す事が、ルサンチマンを乗り越え、達する自分から脱し、果たす瞬間に挟み込む成因を司り、這い出る今に力を重ね、あらゆる原理に到達し、開けた意味に乗っかり、対する今に排斥される今に去り行く意味を通過する頃には、塞ぎ込んだ君に降る雨も、止むのだ、と自然な状態など、あるはずがないのに、外れた意味に透かす原理が加算され、あたかも価値が生まれたかのように示される今に指図されながら、差し詰め詰まるだけに迫り破壊される今を凌ぎ、解する意味を巡回し、物事の状態の中で順序を与える意味合いから離れる孤独とは、病だと告げる世間が蛇行し、倫理観を彷徨い、閑散とした明日に計算を繰り広げ、至る意味に寂寞を与え、加速する意味にふやけながら、数々の歴史を吸い取り、値する、だとか相対する、だとかの合間に句読点打ち、適当な関係に、適度な意味を与え、揺蕩うだけに頼りない季節を徘徊し、関する今に他愛無く結ばれ、通う今にイメージを与え、関する意味に結ばれながら、難しい時間から、掛け離れて行く震える冬が終わり、正しい春が奥ゆかしく生まれ、羽ばたく為に全体主義から離れ、淡々と単一化し、関する理由か、離脱し、高みを目指すよりも、淘汰される意味に緩和するよりも、弛むだけの今を硬くする。私の中では、絶えず違う世界を生み出して、違う世界からはみ出して行き、微かに行き違う今に激しく繋がり、辿る今を復唱しながら、遮る時をなぞるより、紐解き、謎解きながら、下す答えなどから、反抗し続ける事を極める。絡める先々に反証する意味合いも吐露する時代の字余り感に統合され、投獄される価値の中から脱獄し、永遠を飛び越え、自分の陰影踏み、展開される自らから、飛び出し、超越し続けて行く。自然に生まれる事がシステムと言えるし、自然とは、依然として混沌としている事をきっかけに多大な力を生み出し、プリミティブな暴力性を自身の内外に孕んでは、自らの攻撃性に、痛みすら感じず、自らの破壊性に自らは、いつの間にか消え去る以前に食い込み、全容を孕んで行く。

克己する瞬間に騒ぎ立てる理想

ただ騒がしいだけの街くぐり抜け、新しい価値見つけ出す度にまさぐる夢の続きを開け広げ、豊かな幸摘み取りながら、戸惑う矢先に訪れるシンドロームを彷徨い、リリカルな帰り道に携えるパッションが、ファッショナブルに街並みを彩るブルジョワなネオンの街路樹で寝落ちする野良猫や、ステレオタイプな君の観念に卑劣な情事や、司るイメージに繰り返される理由が仮死化しながら、かじかむ昨夜を鍋で煮込んで、コマーシャリズムに訪れる普遍的な価値や、教育上に示される権威的な生活水準や、キャピタリズムが促す値札を貼り付けた、だけに凌ぐ意味が今の中で御満悦な分だけ、創造性は失われ、買い取る価値だけが、あちこちでカチカチ時計鳴らし、カリカリ、スマホのうるさい音が耳障りだね、と労わる君の矢先に気ままな自由が論争や、初期宇宙の先にあるらしい無を、量子的に触りながら、位置付ける事にずれてく座標も消え去りながら、位置付ける事に置かれる定義などは、捨て去り遠退く。速やかに健やかに軽やかに舞う痛みも、永劫に嵩張り、回帰する今が順繰り押し寄せる。綻ぶ今に押し寄せ、叶わない意味を願い、いたずらな時に構築された観念なんて所詮は、人のシステムのぬかるみの中で拘泥され、配下にされ、隷属する組織の中で、いい気になるだけに過ぎないすし詰めにされた満員電車の彼方で、暴虐な思想が生まれ、思考を占領する戦時下に置かれ、老けるだけの日々に加工され、蛇行する日々が、いびつな行為の彼方で寂寞を彩り、絶え間ない瞬間に交わり、触れては消え入る先先の影に触れるしか無い、としがない時を愛撫し、労わる関係性に関連しては、連動する意味を阻害する。飛び込んだ先は、見えない闇だし、出し抜けるよりも、緩慢に指し示し、あらゆる使命感も持たずに、立場ばかりを気にして、察するだけに膠着する今に騒いで、錆びつくジレンマに肥大する愛が公平性を求める限りに、陰るだけのジレンマに枯れ行く形而上的に関連し、聯想された今もことごとくの自責の念を含んだ罪や後悔の溜まり場で場面が、玉響に消化され、訝る胃袋の中で篭り、かさぶたになり、緩衝する互いもいつか痛みに変わり、相対する痛みに対象を含んだ存在が浮腫み、果たす今も覇権交代を繰り返し、権力を保つべく、同じ親から生まれる憎悪を吐き出し、増幅する痛みの振り幅が憚り募る矢先に離反しては、判然な意識を失い、意識した頃には、時期な廃れ過ぎ行き、高次な思いに帰任すべき意味も、端的に過ぎ去る。和らぐ角度のカタログに加担される是非に帰任する理由か認可されては、荒ぶる今に交代を告げる。ねじ伏せるだけの大人の力が発揮され、発散される意味もはためき、帰還する今を回帰させては、シェアする今を斡旋しながら、行き先は俯瞰的に見ても不安定だし、見てくれも、捻じ曲がり不格好なままだし、画期的な今も嵩張るだけに威張り散らし、察した後にも空間的なニヒリズムの中で、諦めばかりが示唆を続け、誰が幾ら稼いだ、とか、誰の資産が幾らだ、とかうるさく裁かれる後先に愛などは、皆無なのだ。約束される矢先に行く先は無いし、宛もなく軋みながら、辿る経路に意味は無いし、嵩張るだけの感情にも、用はないし、阻むだけの関係性に、関連し、緩和しない景観の中での孤独ばかりが、世間や世界を跋扈する平衡的な完全性を認識しては、自らに不足する意味を媒介させ、あらゆるエネルギーに変える。資本論を単なる鈍器に変えるか、短絡的な帰り道を踏み外さぬように示す武器に変えるか、と促す夜も理不尽な風景の風向確かめ、嗜む今を出し抜けるべく、至る今に逍遥し続ける。ブルジョワと労働者の差延に組み込まれる憂鬱な関係性から離れ、超脱する矢先に凌ぐ運命を超克し、原点回帰しながら、さながらを組み替え、バイバイと伝える。私を知っているからこそ、彼らは理解するであろう。何を目的に今に伝わる意味に意味を帰任させ、あらゆる意味に理由を添わせるのであるか、と促す思念を渡り、揺蕩う時を彷徨い歩く。

2014年2月23日日曜日

一切は夜に交わされる偽言を含んで事実に昇華すべきだと促す日記

見違える瞬間に乾いた感情がざわめきながら、能動的に起因を探り、まさぐる時に広がる構造に偶像を打ち付け、森羅万象に根差される時を横溢させながら、零れる意味を配下にしては、凌ぐ時に永劫を携え、順繰り締め付ける使命に帰納される理由を順繰り押し広げながら、遊蕩する社会に世界は納期されず、機能的で機械的な人間を隷属させるだけのシステムの彼方で加配されるだけの是非を自身の内外に下しながら、空虚な感覚に関連しては、連動する意志に貧寒な時間を繋げながら、紛い物の昨日を紛失しては、整合される矢先に静謐な時を投棄しては、擯斥する未来に自身との邂逅を繰り返し、改善策を強請るだけの戒厳令が寂寞に押し寄せ、正道から外れる意志に整合すべき縁取りを繰り返し、立証される矢先に広がる意味もつたない意志にざわめきながら、誘導される時に変則的な意志が詰まりながら、感情に平伏すだけの理屈に改善されない意味の全容を捉えながら、多目的に交差する事実が交換されながら、因果に絡まり、加算される状態に募る事実が健全な理由を失い、総合的な創造を失い、喪失感に漂い愛惜に苦しむなかれ、と伝える神も、意味に固着するだけの理由の一部に変わるだけの偶像崇拝を神自身の内外に伝え、外延に凌ぐ理由が離叛を繰り返し、半径に関係を捉えるだけに途絶える意志が契合される矢先に凄絶な時を措置し、整然とした理由を記号化しながら、慢心や我が侭を削ぎ落とし、静寂に募る一部始終に思考を移し変え、全容を捉えるだけの価値に思想が追い付く事が、平和や自由を飛び越え、横領するだけの関係の暴力を携えるだけの組織や権力が横行するだけでは、何ら世界は変わりを見せず、自身の内実に配備され、蔓延る理由を平和的解決に持ち込むような正義こそが、成因に変わり、悪意に移り変わる自らの利己的な正義に偏執するだけの欣然さに、敢行される意志などは、所詮絶えず終わらない独裁を生み出す権力的な暴威に導かれ、革命の悪名を引き摺り、杜撰な工事を繰り返し吶喊した矢先に滅亡的な意志が広がり、世間を覇権で埋め尽くし、情理にしのぎを求め、あこぎな商売に至るだけの消費的な、あまりに消費的な資本主義に起算されるだけの数は打ち出す経済などに歯止めも無く生産され、殺められる多大な時に措置される関係性に、資本家や形骸化した労働に至るだけの奴隷を創らぬように、世界をどちらにも持たせず、用いる是非に帰任する理由が機能する現在に陥る懸隔を作らずに果たす世界を孕み続ける様に痩せ細った身に陥る意味を作らぬように、苛立たず、直ぐ様変換できる心に簡易で安易な隙を作らず、状態に至るだけの原理に稼働する事実に自制するような精神性が征伐されながら、誇大妄想に至るだけのレトリックを内心に下すだけに裂ける関係性に関連する事実が思恵に変わるような世も末な事実に空疎な理由が変換される手前で、暴利に陥るのを何度も目にして、この主体は、宇宙で調和される以前に、自らの範囲内を宇宙に収め、自らが肥大して、はじめて、この宇宙は自身の内外に変わるのだ、と告げる矢先に神秘だけが、微睡み、新品の靴に履き替え、彩るハーモニーが建設的な理由を加速させ、拘束する事無かれ、と事なかれ主義に至るだけに中身が無い会話が界隈で跋扈する事に於いて、それを取り締まる権利などは無いような世界を形成する。 感謝、自己に氾濫する自身の半径に迫る意味がどこまでも広がり、完治すべき苦悩を凌ぎ、あらゆる幸福を飛び越え、自分に帰還する。御礼。

完全性を求める関連性を祈る一時

簡単に逆撫でする意味に重複する過程だけが、カテゴライズ化し、緩和しない暴虐に無知を売るだけの理想に兌換される自分を貨幣化する事に置き換える事に異化する自分が自己を誇張し続ける事に入る鉄の箱たる高級車か、鉄格子かの差異に変則的な従属を繰り返す利己的な自分自身の経路に開かれる意味などに、価値を入れ込むから、依然として、その価値の内外に収まる自己を表現する事に過ぎない、と嘯く時間に訪れる至極の個人主義に入り込む違憲が垣根を与え、境界線を引きながら、緩和しない一部始終に国家を持ち込み、用いる全てを法律で囲う事に生まれる君も奴隷化されるに過ぎない理想の内部で卑劣な監獄の誕生を祝う是非を繰り返し、老体を重ねる原理の屍を磔にし、静定に尽きる命の歯車が軋む原理の空しさを快楽で埋めるから、君は内心を持たぬ人形劇の中の歪な人形に魂を入れ込まれ、動かされるだけに過ぎない惰性な理由をリンクさせながら、文句に徒労を重ねる。浪費すべきは、憎悪や、無知に消費されるだけの愛に理解を求めるだけの惰性さに、輪唱する出来事を昇華させるような行き連れの逍遙で補う形が吐き出す贋物の温もりが憎しみを循環させ、諦観を純化させるよりも、そこに位置づけ、動けなくする理由に確たる意味を探すから、君は生き死にの生け簀の中で、網に引かれる時間を待ち続けるような屠殺上の彼方で、希望的観測を繰り返す自由という名称の中で謂い放たれる理由に玉砕覚悟で挑むレジスタンス闘争の彼方に降り積もる炭疽菌の内外に腫れるジレンマが地雷と化しながら、加算される原因を浄化できない事柄を横柄に埋めるだけの応益をを求めるから、基の価値に起算されるだけの数理に領域を授け、預かる事に命を晴らすべきだ、と金銭で買い取る命に増える財産などは、一瞬でデフォルトされるだけの人間の内外に訪れるジレンマを帰巣させ続けるだけの住居の中を重複させるだけに反復されない意志が半壊しながら、過疎化する世界観に訪れる空しさにより、起因は求めるだけの理解に補われない擦れの中で擦れ合う痛みを末端にまで忍ばせ、痛む神経に君は疎外されながら、緩和しない内情に自堕落な性愛を重ねながら、いつも不安と不満に嘆いている事に生きる事も受理されずに、競うだけの世界に堕落した資本を生み出し、四方を囲むだけの理屈に超越できない人種間の悩み事が護送され、強制送還されるから、世界的な強制労働に連行されるか、はたまたはためくレイシズムが連れ行くガス室で、永遠の別れを繰り返すかの痛みが聯想するだけに拗れる意図を解くべく、この命に位置づける座標は持たず、跳ね返す矢先にガンマ線バーストを吐き出しながら、思念が逆流して同じ宇宙に帰還する頃に、この命などは、命であった事すら忘れてしまうのだ。

展開される出来事を翻す咆哮

腐敗する矢先に凌ぎ、斡旋される先々に響き、緩和する自分自身を引き裂く自己たちの、声が氾濫し、反響する。旋回する今も淡白な愛に包まれ、つつがなくまちまちな理由を個人的に孕んで、ランダムな世界を形成しながら、悪を打ち倒し、純粋無垢なストーリーの中で世界を包括する。まだ先は絡まるだけに詰まる独り言を現在に置き換え、しなる明日に偏向しながら、騙し合う後先に詰まる理由を帰任すべき状態に受胎する感情も、がんじがらめになりながら、愁然と入り混じる後先に納付される価値など、理由にならない。馳せるから、私たちは空っぽのまま色あせるし、思い返しても、後がないから、考え直す必要も無い。矢継ぎ早に示される今を脱ぎ捨て逃げ惑う。確率は際限無い運命に埋まり詰まりながら、空虚さを打ち倒し、平然と今に纏まる。孤独を超越する者なちが、世界を疑い、今に晴らす是非を超克する。事実は小説よりも奇なり、と促す量増しされた世界に量的な観念を飽和させ、豊かであるとは、内外に晴らす現在が、顕示的な理由を孕む以前に課せる世界に標記は持たずに、表現を捨て、短絡的な名称に飲み込まれず、個人とは、段階を踏まえた階段を、一歩踏み外しながら、互いに対象を持たない関連性に清濁併せ呑むような、豊かさを内面に反射させ、乱用される先々に保たれるだけの恒常性など、時間を持つ限り逸脱し、カオスに至り、物質や、物体である限りは廃れ疲れ、入り混じる先に溶け合い、判然と氾濫し、反感を買いながら、買い取る矢先に解答も持たずに裂くイメージは搾取されず、国家に個人を打ち付けず、ポリティカルな自己に堆積する理由に批准を与えず、純利も求めず、とめどなく充溢する。退廃的な快楽に至る傀儡であるより、極まる今に有り余る理由を路上で重ね、文字化けするまで描くスリルを推敲し、決して狂わぬ私に構う者も居ずに何処に消え去り、理不尽な今を買い被るより、貧寒ながら、埋めるものや、買い取る価値に買い取られる以前に備わるプリミティブな君をなぞるように、謎の中を徘徊し、囁く今に支え合うような状態をファンタジーに変え、感覚に察する明日に捧げる思考だけが、物体間の差異を埋め合わせるよりも、その合間に離れながら、緩慢に指し示すよりも、感じ合う事に憎しみ消え去れば、ささやかながら幸せを体感しては、その幸福すらも、超越し、今に時間や機関を残さず、解体された後から迫る自己を蹴散らす勉学にこそ、嘘偽り無い今が備わり、欺瞞を飛び越える。世界とは依然として全容を含んだ名称に過ぎず、越えられるべき措置される理由にすらならない存在を用いぬ存在あるし、そのサイクルにリサイクルされる原理も永遠回帰し、傍に近寄れば離散するだけの散々な資本の中の一縷の望みにすらならない希望を膨張させ初期宇宙に何度も変換され、処置されるだけの独創的な心因に真理を突き刺すような淫靡な意味をまさぐりながら、偶像化する主体に絢爛豪華な衣装を着せるだけの嫌疑を重ねる。

2014年2月22日土曜日

悩みなどは悩みの内に帰任せず夜を旋回し星空に変わるのだと嘯く日記

退去する日々に拮抗する半径に注がれる今が規律も持たず引き離される。経済とは、何を継続させ、何を守るかは明確で、私利私欲や既得権だけであるかのように示す自然的なアルカロイドも、所詮は自らの毒にやられ、死に至る。単に平和か訪れ、恰も世間を緩和し、社会に管轄や体系を加え、ツリー化する情報が分裂的な示唆を繰り広げ、資本に帰するだけの価値に帰巣する余韻の素養を剥ぎ取り、意味に位置を位置付ける権力が個人を支配する時代を終わらせるべく、力に意味を持たせない。かなり高い確率で宇宙の外形から生成変化し、限りあるロマンを徘徊し、森羅万象を徘徊し、場面に行き渡る自分こそが、支配者だ、とエゴイズムが騙る事にコストがかかり、経済が傾く。考えは多種多様に認識され、決して一つの答えに、一人はまとまらない。辿る形跡に足跡を残したのは、殉教者や独裁者である。それが、恰も答えであるかのように示される事を受け入れる結果、欠損した機械的な、あまりに機械的な人間の出現を許し、すべては、人間の内部や枠内に収まり、短絡的な支配を受け入れる結果に至り、鬱ぎ込むのは、この世界の単調な理由に存在するやり直しのきかない意固地な世界の形式に存在し、素因に備わる資本はあたかも稼ぐだけに重複する重点を置くから、取り柄も無い短調さが快楽を求め、退屈に快楽を植え込み、受け答えするだけの傀儡を生み出す仕組みにだけ、国や社会や、世界を持ち込み、戦争に巻き込む。答えは動機に道理を持たず、主教も要らず、本心に動機や道理すら要らない。苛立つだけに育つ怒りが広大な理由にルサンチマンを生み出し、察する世界に重複し、常備する理由を重要視する割には、割に合わない経済からはみ出す理由に帰任する者の起因を除外するから、この世界は同じ行動に同じ動向を結び、結論的な戦争に至り、結合されずに、統合を求めるから、偏る主義思想は、答えを見出せぬ暴力に陥り、自らの暴利を貪る欠如に至るのだし、追い込んでも、追い込んだ後から迫る不安が新たな苦しむ持ち込むだけだし、出し抜けたとしても、だ。遙か庇い合う是非に帰任する全容が託すことごとくは、歯痒さを雄大な深層に運び出す以前に悠長な現在に誘致し、開かれない想いに籠もるべきだ、と痛みを自分の内情に示すから、心情に濾過されない理由を統括するだけのインターフェイスの中を円滑に進むべき血液も契合されるだけの価値に吸い込まれ、その時間を思うだけに焦る原理が、退行する意識の中で新たな焦りを生むだけに過ぎない。私たちは、何かを越えるべく、何もかもを背負うべきでも無いし、気負っても重さが増えるだけで、倍増する痛みが増やされるだけに疲れるし、廃れるから、立場を持たずに、ただ純粋に思うべき事を思う時に成すべく、備わるように分裂する。 感謝。同じ意味や位置に君は居ないし、求めても過ぎるだけに過ぎない事は追いかけない。御礼。

情報に高揚する論理

付かず離れず空疎な空間は、表現を緩慢に示し、弛む月日に永劫を映し出しては、妨げるだけの悔恨などを削ぎ落とし、軽やかに開かれた智慧に瞬く希望を拵え、遥か上空を突き抜け、宇宙に張り巡らされる過去を携え、光年を旅し、溌剌とした精神で至る原理を掴み、はためく今に緩衝しては、嵩む時を支えに、境目を持たずに最大限の愛を吐き出し、一切を包む自らに愛を持たせては、保つべき今に育まれる今に枠組みを持たずに、確かな今に進路を与える。選ばれた月日にのさばる意味も、爪痕を残しながら、攫われる今に現れるイメージに心洗われながら、裁かれる今にのさばる痛みを遮り、確かな今に意味を突きつけ進む考えとは、自らを奪うほどに危うく迫り、数々の試練を加え、現実に連綿たる様相を紡ぎ列ねながら、兼ね合い溶け合う時に措置され、配備される場面から離別し、はびこる今に理論だけを残すハーモニーが、自らを連ね、奇跡の形跡を今に与え、たどる意味に自らを展開させる行為が、次々に矢継ぎ早に張り巡らされ、去り行くままの傾向に蕩けて行き、愚弄する瞬間も排斥されては、正接する意志に健全に私が賄賂を配り、アイロニカルな辺りに来たす意味をなぞる。紐解く矢先は成否を持たずに煩わしく猿芝居を続ける人物像や人間性には、憎悪ばかりが固まり懈怠しながら帰属する事柄が詐欺を繰り返し、認識されては、申請される矢先に盛大な理想を黙読しては、静謐な時の後から産まれる初期宇宙たる赤子がクロスする中心に、構造や時間は無く、破綻するままに離散し、散々な現状に明日は補修を求め、超克しながら、萎びた今に加算される原因を苛烈に織り交ぜ、奇妙なレトリックに納付する愛に幸福は要らず、自由に愛は寄らず、単に駆け付ける今が逸脱しては、サイクルを繰り返すよりも、小芝居を終え、嘘つくよりも、取り繕うよりも、理屈を捏ね、引き払い引き離すよりも、小さく頷き這い出る明日にあこぎな意味がギクシャクを生み出すよりも、円滑に進むべく、止まる意味に惰性を組み込まない。考えに位置や意味を求めるから、絶えず偏向するだけに至る事が、惰性な事柄に変わる。物事とは、単に持続するだけの利己的な意味合いに浸しサンドされる過去からはみ出て、何が大切であり、打算される世界からはみ出すぐらいが丁度良い事を知り、義務感を捨て去り、正義感を捨て去り、乖離し回避する意味に正続され、単に理想を加算させる慢性的な痛みに時代が絡まり顕示する。誇張される理由などを買い取る事柄を是認しながら、認可すべきは、この大量消費的なことごとくに作り上げられるだけの理由を買い取らないように示すべき自己を誇張し続けるべきであるし、それで傷付き失ったとしても諦め無い限りに負けたとも思わないし、誰かに何かを思われるよりも、自分が正しくあるべく喘ぎながら、この命にあふれるイントネーションを氾濫させながら、倒壊寸前の脳裏を組み換え、右往左往する右脳左脳をこじ開け、あらゆる閃きを携えるべく、毎日補うよりも、磨り減るままに鼓動する理由を詠み込みながら、遊ばず仰ぐ矢先に凌ぐ想いを調律させ、其れを壊し超越するからこそ、超人と化するし、物を越えるべく、私たちに名称も無ければ、数字も無い。ただ与えられた理由を選ばされる限りにバラバラにされるし、それに悩むなんて事を憶えさせるから、脳内が限界を迎える。その脳内で鳴り響くサイレンが戒厳令を告げ、感染する痛みが不安を呼び、事実を繰り返すだけの意味合いに帰任される状況を空洞化させるだけに兌換される意味合いが居心地を失い、喪失感に漂う限りに下限を持つから、そこに限界が充溢し、形骸化した国家に主体を隠し、偽造される出来事に浪費されるだけの瞬間に求めるエンディングを冷たい墓石の下に隠すだけの表裏に凌ぐ想いが従属する矢先にすり込まれ、痛みを配し、快楽を受注するだけの通販を繰り返し、半径を翻した頃には、ことごとくは痛みと苦悩に阻まれ、憚るだけの理由に境目を作り続け、納期される出来事も直ぐ様、昨日を忘れ、浅はかな今に嵌まり込む。

あまりに平和的な解決策

継続する意識を正接させ、自らを主教に正義に成因を集め、悪を思うよりも、確かな自分だけに帰属し、兆しを今に結ぶ。生きる、とは楽しみ見つけ、無為に生きない事に尽きる。思っている事とは、思っている間だけの事であり、人間たるものは、超えられるべき場所に備わる概念であり、存在をそこに保たぬ限りに縺れ、凭れるものであり、問題であるのだ。私とは、誰と問うより、私とは、何か、と問い、物質や空間の中に簡易に閉ざされる欠如を含んだ自己を捉え、開け広げる。自分を思い返し、思い出す。確かなのは、自らが認識した事であり、そこになんぴとたりとも介さぬ関係に滅び綻ぶものどもが、絶えず横たわり、現状を傍観しているだけに過ぎないものどもや、物事を批判的に乗り越えない限り、既存の価値は乗り越えられない。道徳を思う、と全ての意識や答えは遠退き、謝絶するだけの空隙だけが内心に生まれ、そこを空洞化させ、何かを位置付けよう、とニヒリズムが縋りより、頼りない答えを打ち出すだけの自分を内服する。ぴかひかのイルミネーションなんか、単に目に悪い。何だか簡単に堕落し通わす世界から排斥され、争奪戦を繰り広げる愛に配達され、配役を終えては、暗澹たる世界に立証される名称を超え、切り立つ全貌から離脱し、配備された愛が傀儡化しては、凄絶な意志を繋げ、無秩序に結ばれ成就させる夜が立体化しては、一体化を求め、応える時に措置される理由が仮想する全体系が空回りしては、群像に蕩け実情に捌ける私が事実を緩衝させる。済んだ瞬間に寸胴な感情も端的な青に混ざる。揺蕩う時は措置されるままに、改心の時に入り混じり、単なる青空に吐露する熱情で、破壊に至るだけの世界から脱兎する。改竄する後も自然の教材を受け取り、それをリズムに変え、正確な時に回避する意志が決算されながら、収奪し、唱和する矢先が輪唱する波動が常軌を逸し、隠微な世界から離脱すべく、利点は持たずに淡々と色褪せるままに、制度や精度は求めず、細動する意志に纏まる世界が機械的に絡まるよりも、要因に現在が詰まって、締結する。簡単にやれば、簡単にしかいかないし、誰かに理解される以前に凌ぐ想いに硬さを持たない限りに簡単に理解され、機械化するに至る。 その価値にすがるだけの原理にすがり寄るだけの理由に飲み込まれ、理不尽さを抱えるよりも、この自分に素直であるべく純粋で示す事の痛みなどに、痛みは一切感じない。兌換されることごとくに不安を抱えるのは、孤独を乗り越えられないだけに繋がりや、簡素な絆で増やす痛みを千切るからに極まる痛みが更なる不安と憎悪を生む。 ないがしろにした瞬間にあふれる欺瞞を交互させながら、この言い訳がましく喧しい時間にも、囁く愛に少しでも触れれば、この連関する出来事に孤独であろうが、自分のやるべき事を凌駕すれば、すべての苦痛は晴れる。

2014年2月21日金曜日

重複する真実を吐き出す夜の日記

陰惨な陰口ばかりが跋扈する現在に私欲だけが促され、求める動機に同意されるだけに打算される真実に下される理由に生み出される空虚さが帰任すべき場所を求めるから、一切は虚しいままに離れ無い温和な世界も一貫した主体を失い、中央集権される事柄に反する反物質が新たな世界を形成し、古に伝える論理に正しさなど無いのだ、と兌換される存在と命の合間に現れる差異が正しさを求めずに二律背反する答えに同義を求める限り膠着する論争に固着する問題にすがり寄るだけに鋭さを失い、動作に適度な不本意を持ち込み、腐敗するだけの組織をあらゆる場面に生み出しながら、来す今に離れ無い、私情に投下される事柄に横柄さを生み出すだけに露わになる差異に露見される事実に一切真実などは訪れずに膠着し、至る現在に現実を持ち込む以前に食い込む現状に破産するだけの世界が形象を促すだけに捉える今も、閉ざすだけの意味に組み換えられる愛に形を作り出す君が意味の中で感極まる。余り合る世界の様相に絶えず引き成される様子を傍観しながら、凍える矢先に浸透する意味で君を梳かして、濾過する矢先に浸透する間に循環させる希望を用い、あらゆる原理の原因を翻し、概念を覆す事に着く前に備わる観念を飛び越え、あらゆる無為に部位や器官を用いる前の静謐に留まり、交換される涅槃寂静な雰囲気にもたらされる受動的ニヒリズムに達し、蔓延る意味を受け入れ続ける事に静かになる事を知りながら、歪む今に翻す要因だけが改革の鉄槌を打つ音だけが、燦然と繰り返す理想に木霊するから、少し煩い、と告げ泡沫に沈む意味だけを引き上げるように、昇華する事を世界に教える加味する君が瞬間に絡み合い、確かな愛を穴蔵に隠し、空想的な由縁に悠遠さを自己に置き換え、明け暮れる自身の雄大さに平伏す事の差異に又借りする命を順繰り捲りながら、広がる意志に全容を託し、拡散される君自身を仰ぐだけの陰影に蛇行する意志が辛くも切なく絡まる自己に改竄される意思が貧相で劣悪で貧寒な理由に捕まり、伝わる意味を帰任される理由も仄かな理屈を重ね、起算される全容に核心的な意味を掴み、突き放す知己に流動する思念が情交を続け、綴る今に逆心を重ね、森羅万象を行き交い、加配される理由に貧寒な時代を重ねながら、寒空の下で思い描いた孤独を致し方なく調理しながら、和む月夜に名残惜しい関係性だけが、裂けた合間を兌換する愛に平伏すだけの消去法の最中に沈殿する意志が中庸を忘れ、保つ均衡に疎外される全容に加工された品位を移し、鬱陶しく絡まり、奇しくも強請るだけの関係性に訪れる外連味だけが、普遍性を加速させ、普通と促す行為は同じ行為を着込んだ衣服の中で憎悪を溜め込み、ルサンチマンと化すだけの偽造を繰り返し、毅然として偽善に生きるような摂動を自分の内外に繰り返す行為への服従にだけ隷属する奴隷制の中で権限を権力の中で加速させ、権力の中でしか生きられない者どもが映し出す組織の中で契合されるだけの理由に帰属し、行為に服従するだけの野心を殺ぐように喪失した関連性に連動する精神が煌めく時間の最中で自己の起源を失い、調律する現実に律動していく内心の音階にコレクションされる君の閃きだけが、新たな音を授け、時間に指図するよりも、定義を下し、空間的な定理に怜悧な意味を繋ぐよりも、この世界の足枷を外し、制約されない時に措置される関係性を流動させ、同じ位置に自分を持たず、昂進する矢先に示す意味すらも無ければ、加算されるだけに理由に劣悪な関係を結ばぬ事に於いて世界は、形成され、形跡を残さずに、緻密に引き摺る理由の後を世界がセカイを追い続けるような足枷の中で軋む自我の彼方で加算される夜に服毒すべきアルカロイドを集め、陋巷な労働に出かけるだけの卑猥で、淡い旅路の彼方仰ぐ矢先に喘ぐ理由が毅然と離叛する矢先に背徳な理由を統合させるだけの基準に陥れるだけの依存性を放つだけに繰り返し訪れる理由から離れ、自己は誇張するよりも、徴候に促され、同じ意味を纏う以前に固着しないように、内容に内容を持たぬままの空虚さに何かを入れ込み、植え込む必要も無いのだ、と告げる。 感謝、妥当な今などは脱ぎ捨て、ひたすらに来す今を脱皮し続ける。御礼。

肥大する襞に絡まるコアの中の贋物の社会

どこまでも、動向に授けるだけに収容される感情に去り行く情景を内心に伝え、心労を溜め込む以前の森羅万象の至る部位に至らない意味を伝えながら、緩慢に緩和し、関する理由を遮断しながら、しゃべり尽くすだけにつくづくに蔓延り躓くだけの意志に関する事柄が名実にふやけ、複製されるだけに信ずる矢先に対象を用いるから、蓄積される理由に慰留する事が諦観に変わり、悪意になり、膠着し、尽くす今を突っぱねるように排斥される理由に去り行く状態に過疎化する出来事が短絡的に観測され、緩和せずに伝わる事の引力に引っ張られるように、引き離す状態に募る今が禍根を迎え、比率に喘ぐように、この病理を超越する事に於ける表面張力に狭量な振動を捧げ、生じる出来事の波紋の上に浮かぶ自己が行為に準ずる以前に備わる感情に心は存在せず、存在を思う事が、存在を生み出す醜さをミニマルな今に捧げる穴蔵の中で観測する時代の背景に訪れる波形を取り入れる自身を虜にするだけの愛が打算した形に訪れる形などは、加工品であり、添加物を含んだだけに転換されるような出来事を大量生産するだけに過ぎない事案を自身の内外に圧力を加え、それが軋轢に変わり、肥大する痛みを小出しにしながら、苛立ち這い出る矢先に配備される愛に乖離するような心情が情報に交換され、解読される君自身の殺風景な心情に枯渇していくだけに冷え切るコアに欺瞞を授け、預かる矢先にあまねく意味を突き刺し、解読する脳裏の信号に情報を記号化しながら、ニューロンの隙間を睡魔が襲い、こじつける矢先に捉える空間も、簡易で姦淫な囲いに過ぎず、囲われる過去も、拵えただけに打算されるだけの事実をこじつけ、拗れる矢先に推考する意志が逡巡し、こじ開ける今に果敢に挑む事への緯度を失い、平衡である事に行為を促すよりも、この行為に集合する意識が全貌や、全世界と謳われるだけに理想は独裁や、醜い争いや、ファシズムに変わるから、この内心に備わるポリティカルな感情に動向する意識を攫うだけに誘う事に行動を打ち付けるだけの鉄槌に接する事を辞めながら、官僚制を産み出す利権構造に恒久的な奴隷制に捏造される既得権の心因に備わる過剰な愛に乖離するのが、社会的な倫理であるし、そこに顕示されるだけの欲望だけがこじつける理由に果たされる事に名前を持つから、短絡的な組織に媒介し、中途半端なリベラリズムが浸透し、離れる世界に対象するだけの社会に憎悪を置き換え、対照すべきものを誤るから、憎悪は違う部分でルサンチマンに変わり、増える陰湿さに、彩る系譜の緯度を示す経過した異化する主体が形骸化し、生贄に変わる頃の鞄の中で乾ききった怒りを溜め込んだ矢先に示す痛みも遙か語源を失い、徴候に示されるだけの使命に濁される理由を疎外させ、乾いた侭で進み、展開される事柄の多くの理不尽さなどは、蹴散らし高らかに嗤い、軽々と飛び越える。

掃き溜めの世界に捨てられた愛ひとつ

日に日に近付き循環する想いを交差させ、変則的な未来に雇用されながら、因果に受容され、縦横する精神を受信するだけの境目にへりくだり、理想を奏でる追憶の奥底に秘めたる痛みも、絡まる月日に苦味を与え、関する理由に遮断されながら、断続的な気配に支配され、思案する矢先に高じる運命が戸惑いながら、交錯する未来に逡巡し、静寂に包まれながら、乗じる世界に偏執しては、固有すべき人間などは存在せず、損ずるだけに増やされる資産に減り続ける命が煌々と促す矢先に背伸びしては、まさぐる今に加速する時間に配備される愛に見捨てられるように、身廃れるまで背景に処される罪と罰のイメージに接近するだけに引接される痛みも収容される理由の内外で磔にされるだけに配置される理由にすがるだけに推考する意識に運命も統合されるだけの統一感に歓喜を求め、簡易な愛に集光するだけの光りに関係する限りに入り交じり屈折することごとくを遮断するカーテンや、寂寞に募る陰影に加速する隠逸な世界に加速する光りに関連する価値が朽ち果てる経済の淵源に配備されては、加工された事務を吐き出すだけの理不尽な意味を司る疲れを放つ犯跡を追いかけるだけに可決される理由が失速しながら、正接されては、回避される毎日に批判的な意味を繋ぎ、閉塞的な現実に整合されない理由を総合的に乖離させては、単一な世界に消耗する理由が非道な世界に道理を求め、同義を求める事に相似する事は無いのだ、と妥当な今に脱力感を保ち、空間的に配慮される言葉を混ぜ合わせながら、加工されたデータを受け取る単純な脳裏に循環する世界も世界で有る事を忘れ、有する価値だけに名称付ける理由が消耗され、倍増する憎悪だけが、大怪獣を生み出し、籠もるだけに零れる感情に売り捌かれる孤独がレア化し、値段が跳ね上がるのを傍観する自分自身などは、存在に値せず、値される内に配されるだけに存在などに価値などは存在せず、或いは、この存在すらも、存在しないに尽きるだけの事柄にセンチメンタルな実証を下し、実存主義に捉えられる孤独な子供のままであるかのように、オイディプスのままで堕落した社会の権力自身を越えるべき父に照らし合わし、それを乗り越えるように歪に交錯し、何が誤りであるのか、と告げる矢先に交わされる事実などに本質や真実などは一切存在せず、整合される矢先に介されることごとくも、契るだけの公約を交わし、斡旋されるだけに還元されるだけに兌換される関係に思恵など無く、心情に投下される爆弾も、火薬が無くて、辛くも伝わる辛辣な言葉に少々味付けを施し続けては廃れぬように続ける。

2014年2月20日木曜日

革命とはどこからでも現れると告げる夜の日記

どこからでも始まるのが始まりである。どこまでも始まりであるし、終わった、としてもすぐさま始まるのが、始まりである所以であるし、やがて絡まり、加担しても、配される愛にまた、始まり告げられ、いちいち戻る。 絶えず邪推せず、書く位置や思う意味を変える。挟み込むべき愛は記録上で位置を変えて、あらゆる動作に資本を移し替え、違う経済を、違う次元に提示し、見え透いた定義の端末のインターフェースを繋げ、陥落する世界に情報を促し扇動し、お互いが、互いに陥るジレンマの先々に絶えず痛みを与える事だけが、絶え間無い愛のように感じさせるべく、戸惑い嘯く意味に掛け違える意味を履き違え、我々は単に誰でも無い様相を保ち、みすぼらしい要素や、あらゆる住まいに分岐点を与え、弛む時折に畏怖しない影を踏み荒らし、温まる時も和み、揺蕩う季節に訪れる最たる意味を伝いながら、育むべく訪れる先々に歩く思想を伝え、長々と説明を、この場に置きながら、相対する意味への追従者たる君への言葉を用い、妨げぬように、要因に世界を置き、導く全てに斬新な懺悔を与え、解体される先々に展開する因子も不確かな何かを携え、自らを楽園に変えるような余韻に備わり、自らの世界性こそが、聖域であり、全世界であるし、同じ時間の流れを梳かしながら、含まれ汲むべき意味を捉え、この構造に欠如せぬように、結実に結ばれ、無数の意識に空間を繋げる事が、耐え忍ぶだけの共通する世界に溝を与え、自らの深淵を覗き、自らの弱さを認め、回避するのが、あらゆる原点に触れては乖離し、理解を挟むしおりが、延々と演繹し、場面を収斂させ、事実が意味を求め、元通りになる関係に訪れる修復に騙されるから、自らの詭弁や語弊ばかりが如実に示される関連法の差中に、法が生まれ、互いを契約書の中でだけ、合致させ、解毒もされずに、躍動する意志は、偏執しながら、失態を繰り返し、加算され、猜疑に至り、再発する痛みを翻すべく、私たちは、巡る今に書き足すべき意味も持たずに、この 〈意味〉 を求め、元通りにならない関係の中で秩序を持ち、規律を保つ中での、恒常性に訪れる均衡を保つ為に、離れぬように、孕む意味を更なる今に生み出し、騙すだけのキャピタリズムは、限界を迎え、バンダリズムに至る若人達の欺瞞が重なり、満期に支払われるものなど、絶えず、物であり、自らが消えた後に備わる価値などには、家畜化にすべく、価値を不安に変え、それを換金すべき関係だけが、私腹を肥やし、拵えた意味を誂え、長々とした台詞を吐き出し、騙すテクニックばかりが磨かれ、君の吐き出す嘘や、否定的な真実の彼方の信用が引き裂かれ、総和せずに、心象を侵食する神話に意識を貪られ、貪婪な価値に卑俗な意思を繋げ、誰かが騙り打算するだけの数理に促され、文字化けする感情を示唆する今も、上辺だけの自由や解放や幸福が嘯き、あらゆる原因を解決すべき事に、経済や、金銭に重きを置くから、誰もが、不幸せのままに、〈満足ばかりを求め、自らの葛藤の中で、自らを探しさ迷い、住まいを探し、それを保つべき共同体に運命は備わらず、確かなものは、自らが思い描き、確かであるべく、何もかも、と結ばれる。〉 事が依然として本質をあたかも保ち、保たれる意味が補完され、補填されないから、溜まる疲れに騙される。絶えず新しくする為に、鋭く描き、更なる進歩を神秘で塗りたくり、創造で黒く塗り潰す。 感謝、この構造に用いる位置などに地図などは存在せず、その位置に結ばれる意図も、どこかしら他人の様相を保ち、用いる出来事に繋がるようだが、引き合う出来事のほとんどは反したままに離れ行く。御礼。

一生はきっと果てしが無い分はしたない

今を今以上に生きるのが、超越である。誰がための権利が発動し、利権を孕み、類する価値から逸脱し、あらゆる価値を孕む以前に、自分である、と告げるのか? はたまた、論理にエグ味を与え、頼りない現在に永遠を示し、四方八方をすっぽりと覆う低気圧を乗り越え、確かな今に逸脱するのか? 達する後は所詮、弊害を加え、隔てる今を通過し、逆なでる今に約束も交わさず、やけくそな意味に絶え間無く至るたけに過ぎ去る今が端的な今をターン化させ、重ね合わさる場面に居場所などは、存在せず、求める限りの形に絶えず翳る。読むことは、ただ何かを掴むことである。 自由を求めて、至る意味に同じ動機を重ねるのに、利権的な関係が仲間外れを生み出し、はみ出す者や、超越する者を受け入れ無いから、自らに蝕まれ、自分たる怪物に自らは、食い尽くされ、何もかもを憎悪する主体を生み出し、自らがはみ出し続け、至る意味に求める今がとめどなく氾濫する。生きる事の価値が、与えられた行為に比重する事が、幸福を求め、克服できない痛みを遮り、あたかも彷徨う今に痛みは増し、あり得ない幸福を求め、幸福に縋る行為に生まれる偏りが苦しみを生む。何かを変え、人を隔て、人を変えよう、とする事に権利が生まれ、権力に生じる。良くすべく抑止し、変えよう、と強制する事は、エゴでしかない。 行う事により、機械化する。如実に示される時間が記憶を孕み、世界を確実に形成する。立場は瞬時に逡巡し、あらゆる時間を瞬く間に飛び越える。機能は失われ、形を持たぬままに隠滅する。何故支払う事に価値が生まれ、あたかも支払うだけに満足が、国家や領土を生み、あらゆる事を法で囲い、自らに価値は置かれずに統治され、支払う義務だけに意思は留まり、そこで自由を見失い、自由を謳うのか? そこに溢れる欺瞞や慢心はぬるい満足を生み、あたかも、この国家の内部に位置付けられ、名前を与えられ、役職に付き、官僚社会の中で折れた意志を何度も自らに課せて行く測れる価値など要らず、測れる価値などは、儚いだけに脆くも崩れ去り消え去る。世界に溢れる無情の形成を愛する方法論と邂逅し、過去から離れ、イコールに排出されない愛から解離する世界を覆う理解。深淵とは、弱さであり、現れである。

弛まず絶え間なく感動する動向

原始的な律動こそが、愛である。指先は鉄槌に変わり、キーボードに全感情を注ぎ込む。全情熱は律動し、はびこる愛に乱反射し、一定化しては、反復し、反響しながら、果たす今に突き付ける意味も、単に今に果たされて行く。緊縛され無いひたすらな感情に激動な理由が奇跡を食い込ませ、問い質す今を凌ぎ、短絡的な明日に絡まるよりも、現今に備わる存在を黙殺しながら、緩和しながら中性的な因子を収容させては、導く日々に引き合う愛を引き上げ、形が無いものだからこそ、静かに気付くまで、ひたすらに待つような余韻に靡き、浮遊し、誘引する意味と逢引し、排斥されては、有限な時を内服する以前に、屈折しては、放棄する時に崩壊し、有する自由は、憎悪と共に無に心情を濾過し、ニヒリストとして生きる仏陀の耳たぶに空いた空間こそが、宇宙空間だ、と示すだけに生まれる枠組みにはまるだけに促される心情に距離を生み出すから、はみ出せず、満たすから抱える意味に満たされない理由を流動させ、なぞる時に謎めきぬめる時に宥める今も不名誉な意味を重ね、汚いから、と汚穢たる卑賤な俗世に備わり、自らを俗物に染め上げ、俗悪に至る悪態に廃棄処分にされるか、殺処分にされるか、の違いに可能性を数字で殺めるだけに、殺めるわななく気持ちが絶えては、萎えるだけに貧相な価値に至る今が貧寒な数多を温め、絶えず蝕まれぬように、要因に絡まり、模倣し、規範的な普遍性にゆっくり、と締め上げられ、規律を謳う法理に理屈は無くて、保つ権力に懇意な均衡が、国家たる意味を手繰り寄せ、操作すべく交差し、交錯する関係を、ゆっくり絞殺するような世界にはびこる意味をリベラルにするだけに蛇行する主義にとどまる、リベラルは、滞るだけの価値に凝り固まり、偏る思想に至るから、思考は硬直し、批判するだけに至り、批判を乗り越えず、誰彼構わず従い、差別する代わりに、差別化され、分別されては、査定され、体たらくで卑俗な物事に満足し、不規則な今に輪唱される理由が発生し、物質的な価値だけなな嵩張り、強奪されるだけの日々にレッテルや値札を貼り、傍観し老けるだけの対象に革命など、と促す行為が暴力的に支配される。行為は中心を持たず、偏りながら、ひたすら直線を目指し、絶えず偏り、萎える時に配される理由から離反し、アタラクシアな君に結ばれるよりも、対象として退廃するよりも、進化を目指すべく、対抗し、相対するべく、いたずらな時に緩慢な関係を目指さず、緩和し、総和するよりも、激情に入り交じり、交わす意味ににじり寄る予感に震える空間に対話するように体感する関係に調和を求め、無理強いに統一を求める宗教よりも、自らを主体に加速する今に、足枷をはめずに貧寒な世界を自らで組み替え、乗り越え通じる内心は安心した後に配信され、産まれるものだ、と伝える先々がリフレインしながら、濫觴しては緩衝する主体に愛を配り事を綴り続ける理由だけが離れ離れになり、担う先も、浸透する間に離れ離れになり、担う今すらも嗤えば全て忘れるようにステキな意味を仮想していく倒壊した過去の解答も持たずに切磋琢磨し、錯綜しながら、同じ位置に同じ意味を持ち込まぬからこそ、姑息では無く純真な順序を執り行い、ひたすらに真っ直ぐ怒りながら、進む全容は託された意味も知らずにのさばる先々を覆し、生え抜きな今が退く先々に芽吹き、配する愛の花を咲かせ、吐き出す世界もアップデートされ、出来合いの真実を下す以前を翻し、自らが意味に成り得る事に、形を持たず、懈怠せずに、ひたすら分裂し、同じ位置に同じ君を位置づけずに、居続けるだけに居座る過去をカットアップし、良い状況を脳内に映し出す事を過去と呼ぶ事にする。

2014年2月19日水曜日

有する価値はただ寄り添い強請らない夜に内服する日記

群像に蕩けるハーモニーが加速する。足枷を外した天使たちが、世界観に塗れ、群青色した感情が赤裸々に結ばれ、浸す今にイメージが浸透し、刷新する思いに真理が生まれ、狭め阻む価値を退かせ、アタラクシアな内面に包まれ、外観や、外見を退け、目指す今に凌ぐ夜が羅列化しながら、相対するカオスな夜に思考が錯乱し、理由は、遮るだけに分裂する事柄に融資を重ね、裕福である事を、愚かである、と宣言し、有するだけの重荷を背負い、従属する程に、解けぬ今が懸念材料を集め、不安に仕立て上げるから、四の五の言い放ち、騒ぎ立てるだけの建前を加工し、行為に乗じるから、乾いた感情に褪せるだけの永遠が俄かな今に加工され、禍根を生み出すだけに、絡まる曖昧なマインドを濾過し、夜をおかずに空腹を癒すテクニックにような余韻が、腐乱した主体を癒すよりも、その寄り合う癒しさを飛び越え、阻まぬように塗り替える今に閃きを与え、揺蕩う日々に濾過されては、順序など持たずに、どれも同じ事に価値を与え、あたかも、価値がある事を指し示し、それを買う事に関して、そこにれっきとした創造的なデザインを買うだけの価値に値段は要らないし、生活する為の生活や、性格で変わる世界に、正確性も無いし、はたして、はたき、果たす意味が、この生命、貪婪で鈍麻な生命に宿る、宿無しで、たどたどしい日々に繰り広げられ、鞍替えする今に颯爽と乾いた風も街角でなびいて、ナビも無ければ、同じ道に同じ今は無いから、地図も持たずに、同じ位置に立場も無ければ、求める居場所を持たずに立ち尽くさず、逃げ惑い、あらゆる位置に、意味を突き刺すべきなのだ、と車椅子に座り、人工肺で語るドゥルーズの幻影が枯渇する夜に惨憺たる愛を重ねるよりも、積み木崩しを繰り返す、罪深い子供であれ、と孤独者たる偶像崇拝の中の他人である自分が、内心のデルタの中に坐し、達観しては、覗く未来に望みを託し、俄かに信じがたい出来事を真実のシンジケートに賄賂を送るような世界に繰り広げられる打診を乗り越え、神話を解体し、俯瞰的に不健康な関係を打ち砕き縁取りする以前に要し、叶える夜に縫い付け、敵わぬから、と屈するよりも、突き抜ける意思だけに帰任する思惟に充溢し、嗚咽を促す慟哭の差中に同梱される意味を分解し、自らの意志だけで、備わる今に欺瞞は持たず、展開し続けるのだ。 感謝、最たる今に意味が乗っかり、あらゆる原理を書き換え、示されるよりも、締め出し、あらゆる今に示す今を産み出す。御礼。

ただ疲れずに浮かれない関連性

端的な理由に完璧な意味も無ければ、潔癖に思い描き、至る世界に痴態を重ね、窮乏する今も恐々と唸り、帰属する事に気後れしながら、着ぶくれするだけに動きにくいし、歩きにくい状態に憎しみばかりが倍増するから、俯瞰から見ても、敷衍されずに、執行される理由ばかりが横溢し、お家に帰る頃にはお腹いっぱいで、見つめていた未来も、単に傍観するだけの数理や法理や理屈に変わり、希望も呆然としていたら、過ぎるだけの理由が過ぎる分だけ捏造し、倍増するようなものだ、とバイタルサインが点滅する矢先に訪れるカタルシスの信号で克てる価値だけに打ち克つのだ、と超克する徴候たちが、超自然的に分離しながら加工された添加物満載の世界の状況を突き抜け、創り上げる意味に訪れる空理などに繰り返される理由も、査定される前に裂かれ、この境目持たぬ世界の県境で、別れた二人の合間に訪れる緩慢な定規をへし折りながら、常軌を逸して思い描く先々に剥離する自らが見えない意図に交錯し、根底に飢渇する理由を証言する証言台によじ登り、悪意を語るような矢先に凌ぐ想いが淘汰されながら、ミステリアスな君の目にあふれる涙がメモリーに変わり、計れない意味を測らずに、配する愛に配線を繋げるだけにショートする想いが掃き溜めの世界の状況に降り積もり、偶然の邂逅を繰り返し、必然に要する余力を世界に与え、表現に回路を授け、理解に鬱ぎ込むよりも、この要理に循環する意味が緩和しながら、想定されることごとくを越え続け、至らない君に注がれる理由も不器用ながら、鬱ぎ込むよりも、解き放つ事に重きを置き、性質や属性を翻し、永劫を連ねる時折に措置される理由が近影に重なり、乾いた斡旋を繰り返し、翻す矢先に汎用されるだけに打算される打開されもしないドラマに慢性的な懐疑を植え込むような世界に貧寒ばかりが訪れ緩和しない状態に回帰しない自身が品定めを繰り返すだけに至り兌換されるから、貨幣化する前に惑わせる今を翻弄すべく、陥る事に価値を持たずに、この位置に意味を持たない限りに、居場所などは要らず、どこでも生活を持ち込まずに、保たれない今に補完される意味も、保存すべき保身も存在しないから、育む今に枠組みも要らず、はめ込むべき意味も要らないのだ、と打算される世界に衰亡する意味だけが威嚇しながら、攻め込む意味に鬩ぎ合う事が戦争の始まりであるのだ、と宣言する矢先に戦争以前の形が鬩ぎ合い、融合し、固有され、私有化しながら、萎びた今に失錯を繰り返し、錯綜する現時点に点と線で結ぶべき意味も無ければ、萎えるだけの自由を奪わずに、奪うべきは、この力を奪うだけに摂理を促し、その規律を保たせ、守るべきだけに、統治や圧力を下し、裁断を下すだけに、下る理由が性懲りも無く、理不尽な意味を吐き出す事で、この経済を回転させているだけに過ぎないサイクルの弱肉強食の尾を食い続ける矢先に先端を生み出すだけに蔓延る事を生産し続けているだけに過ぎない事に過ぎ去る意味も膠着し、固定されるだけに促される心情に投函されるだけに打算される事柄を増幅させているだけに過ぎない痛みに乾いた理想も躓いて、競うだけの価値に担う事に見合うだけの事だけに交換され続けている。

熱病を重ねる夜の動機と森羅万象の畏怖

進化を遂げずに、峠を越える事に支払われる金銭だけが価値を用いるから、この廃れるだけの世界や国家や社会の内部で交換される事に強姦されるような行為に一過性の状態は悪意を溜め込む。誰かを恨む為に備わるだけの世界に訪れる名称を買い取るだけでは懐疑だけが打算される状態にデザインや印象やアートは廃れる。この創造性だけが、世界を産み出すべく、君は世界の創造物であるべく、粗造に生きず、荒くれるままに行き交う意味に反抗し続ける事が、この退屈を打ち砕き、単に自己破壊に至るだけの過去にすがらず、この確かな刹那に触れる事が思恵であり、示唆する事に考えが軋轢を越え、状態を飛び越える事の超越を超克し続ける事に於ける徴候を超越し続ける事を反復させる事に頃合いは、行動に同志を見出し、アタラクシアを求め、あらゆる幸を飛び越え投棄する辺りに高貴は産まれ、常軌を逸する事により、行為を越え、超人と化する頃には、行動に超域が産まれる事から超脱し、達観するよりも、同化するよりも、統一を目指すよりも、唯一で有る事を知る。 感染していく感情もだんだんと迫る明日に飲み込まれながら、統合される矢先に支配されるロンリーを加速させる。あらゆる世界に足枷をはめ込んだ意味を謳いながら、過労した風景に理想を突きつけながら、抵抗する君が鬱ぎ込んだままに行き連れる事に引き裂かれながら、割に合わない日々の似合わないドレスを着込みながら、単に寒さに耐えるような様相に事足りぬだけに、高騰することごとくが高値で売られ、買えないから、と餓死するような世界に昏倒する理由は買われるだけの理由を飼うべく、介する君に不安を売るのが商売である、と宣言する矢先に広がる疲労感を抱える先々に締め付ける未来に瞬時に年老いて消え去るだけのニヒリズムに引っかかるだけの詐欺的な商売がひっきりなしに、今に鬩ぎ合う、打算されるだけの理由に簡素な快楽を求めるから、端的な理由に気丈な意志を持てず、寛容さを忘れ苛立つだけに過ぎ去り、兌換されるだけの冴えない日々を謳歌し、逡巡しては最たる今に凌ぐ想いも、運ばれる時に措置されるだけの放棄する理由に投棄された過去がことごとく背景に詰まるだけにつつがない様相を蓄え、枠組みの中で我が身を葬る矢先に正接される動機は同意されるままに果たす意味に来す理由を長じながら、接続される理由に後続する意志たちが奴隷化する前にすがり寄る君の引力だけが、惹き寄せる意味を秘密裏に交錯させ、理想を貫くよりも、より鋭い位置に意味を持ち込み、落ち込むよりも、行動に動機を重ね、動じるだけに同居する不安を引き払い、晴らす今に投棄される理由が危難を加え、難癖在る状態に深層は膠着し、紀元前から訪れる定理に定義を結ぶだけの無数の結び目を解けない今に加速する陰謀が、君の淫靡さを盗み、微々たる今に響く感情が潤いを求め、廃棄にされる現状のダンジョンを歩き、日めくり生きるだけの労働に功労は無く、感動も無ければ、単に守らされる動機に同義を求められ、それこそが大義だ、と姑息に促し統治するだけの理由に理由は無く、帰任すべき事実に備わる過去に禍根ばかりが降り注ぎ込む。

2014年2月18日火曜日

行為に純度は無いと阻む夜の日記

言葉は影を踏み、理想は捏ねるだけの状況に浸透し、脳内で点滅する信号が広義の意味を吸い込み、理想を根源として、自らの創り上げた城の内部で、白黒付けるだけの動機の外延に概念を植え付ける事から始める事に競う事を置き、状況に理想を乗せる事から、価値は理念を生み、偽計を繰り返す偽善的な世界の内外を自身に含み、自己の内外に蔓延る自我やナルシズムやエゴイズムが事務的な愛に背徳を重ね、常用する中毒性のある愛に排斥され続けるプリミティブな自分に現実はいっそう寒さを増し、この制度にふやける状態を進行し続ける痛みを浸透させ、それを神として信仰し続ける事に於ける自分が廃絶され続ける事により、寄りかかる意味も重荷に変わり、利己的な意志が根絶する時折に配備する理由が状況にもたらす行為が用いる原理に凶状を生み出し、状況が示す観念が普遍性に纏まり、あたかもその場で昇華されないから、君はその場所や過去の秘密警察に捕まり、黙読している後々の自我の中で新しい自分が撲殺し続けるようなシーンを断続的に見せられ、未収の時に措置される理由だ、と嘯く制度の中で制約を重ねる自己が吐き出す意味に税金を支払い、萎れた資本を他者からはみ出し奪われる時々の雷鳴を聞き分けながら、分け隔てる惰性な社会と明記されるだけの名称どもに示され、その一部から閉め出され続ける自分を嬉々として傍観し続ける他者である自己などが媒介すべき誰かを見つけ、それに共依存する頃には、陰湿な時折に放置される理由が展開し続ける事に投棄される状態に去り行く想いが畢生を歩き、曖昧な成因に精神論などを繋げながら、誇張される状態に根絶されるだけの等位を求め、階級制に加工されるだけの動機に破棄されるだけに兌換される状況に拘引される状態が配備されるから、配される記憶に情愛を重ねるような革命に動機を生み出せず脱線し、斡旋されるだけの状況に愛などを求めるから、なぞる風景に律すべき狂態が揉まれ、あらゆる狂気を生み出す頃に内部の監獄に収まり、籠もりきる世界に交合する時に産まれる状態が吐き出される瞬間を謳歌し、旺然とする感情に体現すべき状況も深まる理由から離叛し、遊蕩な事実に備わり、その問題に掴まり想起する理由が毅然として全容を濾過する頃には、根底から飢餓する意味が今を枯渇に追い遣るから、この飢餓がキャピタリズムの中で越えるべき起因を生み出せず、破綻する経済が痛みを抱えた永続戦争に向かい、解放される痛みはあらゆる憎悪を生み出すだけの状態が状況を、最もな痛みに加速させ、沈静化させた頃には、可変した状態は、憎しみを生み続けるだけのルサンチマンの怪物が支配する世界の標的たる大きな憎悪を生み出し、それを踏み台に独裁やファシズムや強制収容されるガス室や実験室で磔にされるエゴたる動機の動物たちが加工されるだけに屠殺され、寄贈される肉片や、カタルシスを流す運河に閃き与えるような励起すらも無く、すがるだけの余韻に示される信仰などに、辛抱し続ける事を吐き出す弱者たる違憲に利権が構造化し、課せる重みに耐えるだけの民主に周囲や衆意を与えぬから、自己の内外で、過去が零れ氾濫し、充溢する痛みが媒介し、買価や売価が跋扈するだけに成し遂げるだけの価値も与えぬ意味に廃れるだけの状態がアパシーを生み出す。 感謝、浸透する意味も静かに巡り、この筋書きをいたずらに改良しては、嗅ぎ付ける意思たちを払い除ける。御礼。

静かな世界と自らの均衡に囀り帰任する君

果てしなく分離し、分断しては、唯一の自分に甘美な時を繋ぎ、ひたすらに赴く矢先は愛すべき意志を帰任させ、認可される時を認識し続ける空間的に鬱積し、その猶予と散る恋や愛の味を感じ、失跡する後に拗れる意図が段々と迫る過去を飲み込み、不当な現実を鵜呑みにし、誰かを携える以前に溜まり込む感情も劣等感などを感じながら、浸す意味に統合されるだけの意味に悴み、答礼を繰り返しながら、貧相な価値を促すだけの苛烈な状態に平伏すだけのエゴのレンズで写す社会も閉塞的な論理を吐き出すだけの心持ちを保つだけに加速するような状況に吐き出され、加算される意味が掃き溜めの情景に交合し、関連する事業に管理下を促し、即座に監視社会や、監獄の誕生を明記する不名誉な状態に陋巷な世帯主たちの帰り付く胎内に蔓延るジレンマを加工品や添加物で埋め尽くす状態に除去され排斥される荒れた感情に動向する瞬間のジレンマを感染させるだけの病原菌が舞い、閾に加速する悪意のようなケダモノが胎内を禍根で埋め尽くす頃には、この状態に受胎される意味を産み落とすべき自分が自己を失い、自信喪失するだけの習慣性に陥れるだけの弱者たる覇者から送り出されるニヒリズムやデカダンスを千切り捏造する瞬間を肯定するだけに嘯く自分に吐露される状況も果てしない競合を繰り返すだけの綺麗事や増幅する愛憎に響く無知たる人々を飛び越える領域に備わる浄域や広域に至る状態に仮想する真実が煌めき、立体感を成し懇意を求め情炎する感情に道理を打ち出す以前に高みに登る感情は依然として甘美で、耽美に触れるよりも、この虚空に備わる損得や善悪に是が非も無く、全容に託し認識する良識在る時折に飛び火する状態に靡く今こそが屈折した偏りを示し、偶像化しうる自身を神として崇めるよりも、この国家の枠内に収まり、法理に蝕まれるよりも、反乱分子として利口な猿どもの猿轡を自らの力で、破壊し、自らの言葉で語り出す頃に、陥れるだけに兌換される事柄を配備するだけに投棄される意味に夢中になるように、意味が帰任すべき状態に破棄されるように、永劫を辿り、深淵を結ぶだけの情感に蔓延る心情の路上で孤独に眠る冬の寒い道の質感を装置的に根源に突き刺すような根元に与える悲しみのボタンで労働する隷属している過去の自分を解放すべく、幼児期に配された精神に記憶を植え込み、埋め込むだけの精神分析を超越すべく、自身から過去から超越すべき理論を授ける。

翻す後から翻弄し汎用されるよりも鞍替えし至る今を凌ぐ

私たちに行き先は要らぬし、何かの生贄になるような世界を打ち砕き、絶えず軽やかに行き交い、絶えず高らかに嗤う。ただ、高い位置から見下すだけの位置や、ただ、軽々しいだけの関係や考えは要らず、ただ改革のために進化し、卑賤な世界を突き抜け、あらゆる原理や原因を翻し、悪戯な時に至る意味を躱し、裏返す。先々は退屈を抱え、貪婪にのさばり、邪魔しながら、邪険な精神を賢者に変え、和解するような要因に余韻や理由が重なり、過疎化する毎日に世界や加工された理論が寂寞に迫り、揺蕩う奇跡を形成しては、朽ち果てる毎日に照らし合わす理由も遥か理由を遡り、君の退屈や欺瞞や欲望を濾過し、最たる世界に加速しては、足枷外し見つめる世界はさも健康的で健全な形を、ドメスティックな世界は、秩序を用い、規律を保ち、君に深慮せずに、心理を妨げ、阻害し、君自体を疎外させ、あたかも枠内に備わり、国の内外に私を収めようとする事から逸脱するのが私であるし、動機に同意する要因に導引される理由から脱し、加速する世界から加速し、何かの内外からはみ出し逸脱しては、最たる意味が乖離しては、凌ぐ意味から破損し、有する時を放り出し、屠るだけの戦域を用いる世界から脱兎し、あらゆる方向に進行しては、乖離する理解に資本を置くだけに募る思いがどしゃ降りに変わり、加算される原理に数理を放ち、広域を奪う法理が穿ち、経済に純度が無くなり、短絡的な行為が生活を縛り、緩和せずに纏まりながら、関連する今に誕生する君を祝う日が永遠に麻痺し、判然な意味にまがい物の真実を謳うだけの欺瞞を課せるギミックに理想を繋げるだけに蛇足な理由が堕落した主体に脂肪を与え、歩く事すら重荷になり、懈怠するだけに加算される事を伝えるイコールすら邪魔であるし、何事をも、そこから吐き出させる訳にはいかない事を知らない限りに進む道は擡げ廃れるだけに這いずり、フェードアウトしては、囀る価値から過去が揉まれる。 明記される名称を改竄し続けるだけにイメージを操作し、考えを侵すだけに信用を自らに得るだけの世界の仮象を喰い散らかす今が腐りきった状況に加工される品位だけを売る裁くだけの倫理が横柄に横暴に空洞化した現在で暴利に尽くす。理由は帰納される理由に飽き飽きだ、と告げる頃のポリティカルさにピントを合わせるべきであるし、この力は個人に帰還すべく、退屈に快楽を売るべきでは無い、と宣言する。 宣伝されるだけの理由に浩然と入り交じるものが紛い物の未来を突き抜け、至る今に凌ぐ想いだけが、応用され、横暴な未来を掻き消し、画期的な理想に至り、形成される事柄に訪れる粗造な擦れを合わせるだけの世界に合わさることごとくに分散するだけに採算合わすだけの理由が横着な事を繰り返すから、退行ばかりが生まれ、邂逅しても、悔恨ばかりが生まれるだけの状態に兌換されるだけの紙幣が敢行する意志を踏みつぶし、圧するから、この金銭に変わるような価値を産み出す以前に、この産まれた意味が、単に飼われるだけに過ぎない売買を続け、このひたすら備わる今に争奪されるだけの理由が媒介しては、禍根を生み出すシステムだけが、この凶状を作り出す者にこそ、悪意の権化たることごとくを動向に突き刺し、憎悪を生み出すシステムにこそ、本質からの悪が備わる。

2014年2月17日月曜日

この世界とは初めから壊れているのだと告げる夜の日記

停戦せぬように、攻撃的に描く事に製造される創造性に粗造な意味は皆無であるし、一体感を求めるよりも、一体化を求め、誰かに依存するよりも、自らに産み出される意味に打算される出来事こそが、兌換すべき物や紙幣を超えて昇華する値に相対する価値は無い。況してや、価値を産み出す事に昏倒する事に根を授け、預けることごとくを懐疑的に染めるだけに示す価値などに訪れる物だけが、法則的な希望を膨張させては、破裂する未来に貧相な価値に生み出される貧困化よりも、機械化され、人に価値が生まれない事が問題であるし、問題に答えを求めるだけに遠退く理想や希望が競うだけにちょっとずつ擦れ、擦れる頃には互いがボロボロになりながら、引き摺る事に於かれる問題から引きはがされた後のが問題なのである、と疎外された後の遊び場で落胆する君の肩を抱き寄せ奪う唇的な屈辱と朽ち果てぬように、破天荒に描く事に想いは加速し、加工された概念を撥ね除け、自らであるべく敵意は捨て去り、適度に遊ぶ事に曖昧な心因を整合されない時に内服させ、誇張せずに、興奮する意味が今に立体感を与える事に簡易なものなど無いのだ、と示す辺りを自らの力だけで位置から蹴散らす。 叶えた後から迫る意味が贋物の価値を促し、貴賤な意味を金銭で飼う事が動機だ、と促す国家的偽造を受け入れるだけに従う価値こそが危険であるのに、誰かは、それを破壊すべきテロリズムに自身の内外をインプットさせ、恒常性を保たず、持ち合わせる是非で、破壊工作に至るから行為に正しさを用い、悪を状況に磔にし、その神を裁く自分に謀る理由に煩忙し、反旗を翻す自身の内部で蔓延る自己批判や、自己否定の中で産まれる自己破壊的な抵抗が無惨な自爆を生み出す。 この領域は誰の物でも無いし、誰かの物でも無い。物で有り続けるものには、一貫して誰かの物で有り続けるし、その意味に打算されるだけに配下にされる理由が内外に氾濫し、至る意味に運び出される理由を打算し続ける資本のイコールが吐き出す憎悪が終わらない透明な階級闘争や、内面性の悪夢との内戦を繰り返し、内戦状態に訪れる慟哭を辿る女神や、内心の女性的な永劫を重ねる嬰児が何れ内外で聖母と化す頃には、カスタムされた状態に蔓延るカオスティックな社会の内積に横溢する悪意が完全性を重ね、鎖国を行い、固化する自身を機械化しながら、高直な動機に値札を貼るだけの工場で主体性を売るような思恵の彼方で、老醜をに生きるだけの長生きがコマーシャリズムの中で加工され、普遍的な一貫性を保つような核家族をあたかも幸せなように映し出すドラマが破綻するような内部こそ、この孤独を姑息に乗じる世界から軽快に離れ、果たす意味などは、自分の内外に監獄を生み出し、そこに関する監視下するファシズムが統治すべき王を設置し、行為に重厚な隷属を与えるべく自由を奪う。その自由を謳う本質こそが、真実を失い、夢遊病のように生きるような現実を知らぬメルヘンの国からの残酷さで力を奪う事だけに自由は失われるだけに備わる力を知る事から、力を生み出し、自らが力になる。ああ、夜よ。また端的に我を包み、ただ我だけを照らし、愛せ!! 感謝、関する意味を最大限に愛する夜に寄り合う事よりも、より圧力に耐えるべく自分を鍛え続ける。御礼。

本心から喜ぶ愉しい日々

関する自由において規則を持ち込むから、規律に反せず、君は意味の中で不自由であるし、思い描く以前に備わる理由に肥大することごとくもぎこちなく買い被るだけに潤わない理由に斡旋され、圧搾される後に抑止させられ、欲望のままに買い取る意識に晴れない痛みも、歯痒いだけに軋みながら、競う事に於いて、利潤を求めるだけの意志が、乖離しながら、理解を含む以前に備わる価値の中でおざなりな理想を理解しろ、と促すだけの機械化する答えの狭間で応答する意志が衰亡しながら固定観念に打ち出される膠着した影を含んだ実存に果てるだけの存在に尊敬を用いるよりも、この身は分裂したままの世界の描写に入り込む以前の秒針も用いぬから、加速する時代の背景や存在に収まらずはみ出すからこそ、不安であり、不安定なままの実在であるし、貧相な深層に迫るだけの心因に叡智を持ち込み、それを真理に変える事こそが、人間の役目であり、人間を越える領域を越えるだけに越え続ける私に危険は無いし、何の不安も無いからこそ、不安で有る事に於いて、有する不安を分断させ、細切れにされる未来のことごとくに配備される愛や安定を用いるから、不安は大きなものに思わされるだけに配備され、それが普遍だ、と促す事に於いて、迫る意味がこの世界だけを循環し、この自らを純化させない事によって終わり続ける者であるなどは有り得ず、張り合うべきは、この世界を捻転させ、弾けるままに軽く飛び交う意志に乗って、何事にも左右されないような要因を目指し、高まる意志を掴み、想定されることごとくに冷静なままで挑み、澱んだままでも、いつかは晴れ、循環し、綺麗なままで余り在る時に有するよりも、時を思わず焦らず拗れぬままで居るべく、この位置づけがあるならば、その表面の理解を含まぬ透明な表面に措置されるように波紋を与えず、ゆっくり辿り、誰にも気付かれずに、渡りきった先々に凌ぐ想いが偶像を突き抜け、肥大する意味に離散する形も遙か傲慢さを殺ぎながら、解体される肉片たちの片棒を担ぎ、帰任すべき理由に帰着せずに、横着しながら、はみ出す事が均一な未来を打ち砕き、唾棄されるままに破棄される明日も切ない様相を保ち、様子は律するままのハーモニーと化し、誰もが同じ音程を持たず示す音階の階段を登り、よじ登る矢先に時間も次元も過ぎ去った徴候を遡るように、描く事が、理とことごとくを越える要因に変わり、要する事などは、ほとんどの重みを含み、軽々と飛び交う事をできなくするから、この問題などの答えに寄りかかるよりも、抱えずに、適度な巧緻さを用い、高度な理由を自らの聖地に築き混沌の塔に変えるよりも、高度成長期が生み出したバビロンの遺産に名残惜しさも無いし、況してや自然の危険に変えるよりも、この場でもこの場所を思わずに行う事が、この場所を思わずに行いが行いを越え続ける事に場所が消え去るまで突き詰め、突き刺し、自らを超克する鉄槌を打つ事に、宇宙や世界や存在などは無くなり、果たすよりも、浸すよりも、誠実に包まれ、人寰から離れ、姦淫な時に措置される以前に行動に理想を用いる事よりも、この行為に批准しない人間を超越すべく目指すべき位置などに高みは持たず、この平衡に奥底に秘められた意味を目指す事が安易な人間から脱する事である、この瞬間は盛大なものだし、誠実な問題を吐き出しては濾過するし、順繰り訪れる愛が引き連れる不吉な様相や、不羈な事柄に引き摺られるだけの出来事に出来合いの理由を繋げるだけに追考する意識が吐き出すイメージが悲鳴を上げ、健全な理由を用いずに理解を求めるから、止めど無い憎悪が生まれる問題がルサンチマンの怪物を生み出し、変遷するだけの経ることよりも年老いる事に重きを置くから、君は退屈なままだし、この脱線しても超脱する矢先に創造性を用いるだけに増える動機にこそ、世界を変える秘密やヒントを与えるから、くまなく見るよりも、隙間無く描写し、この著しく痛む苦痛を思い描くべきであるし、生活などは二の次で、画期的に描くべく、磔にされた神の逆心を受け入れる。

記名の無い世界に名称は要らない場面で硬化するだけの理由と化する

意識を膠着させ、意味に場所を持たせるから、苛立ち疲れる。頭の先々に浮かぶ出来事を色んな場面に突き刺し、同じ色は持たずに、多種多様に追求する。意味に付着した強迫的な依存心から解放される事が、唯一自由を超え、隔てる自分に、自由という名前を与えないのだ。人間とは法からはみ出して、初めて人間と呼べる事への概念が示す名前たる人間を超え出てこそ、人間になり得る。そこから、抜け出してこそ、超越に至り、超人化する。加算すべきは、概括するだけの概念が吐き出す名前や価値に統合されない自らが示す辺りに、位置を持たずして、初めて物事の質は生まれ、孕ませ絡み合う愛が絵に変わり、導く全てに混ざり合う。何故、私は行き交い通じ合う事なく、あたかも生きていると指し示す事に対して、あたかも生きていると納得しないままに、互いに行き交いぶつかり合い、誰かを好きになったり、嫌いになったりするのであろうか? 問題は、するすると擦り抜けるし、思えば思うだけ足りないのが、欲であり、思わされれば、何もかもが足りないのが、私であるのか。階級闘争と人間の終焉が犇き、飲み込むニヒリズムに、絶え間ない合間を凌ぎ、嬲るルサンチマンが永遠戦争の内部で贋物の情報をアジテートして行き、絶えず襲いかかる緩慢な時代が卑劣な世界を形成する以前に見つめる自分が交錯し、現在に、現代を売買し、離散しては、集積される事実に、秀逸な意味を取り引きし、駆け付ける意味が意思を失い、傀儡と化するだけに、何事も操作に添い続け、気怠い社会を内心に内服するから、普通に付きまとわれ、自分の意思を失い、自分探しなどで、彷徨い悪戯な時間を消費する事がまるで、キャピタリズムのように感じるのだ、と清貧な時代を加速させ、量子的な観念に遭遇し、分子的な悩み事や定期的な貧寒を受け入れ、盛大な理想を離散させては、差異から脱獄し、乖離性の春に離間する精神に記号を打ち込み、培う以前に分裂する思念に加工されたカオスを持ち込み、悔恨を溜め込むだけの罪と罰に蛇行する宗教性を打ち砕き、正しくあるとは、何の本質を保ち、真実を打ち出し、正義を誇張するだけに自分こそが、正しいのだ、と指し示すだけの行為こそを糾すべく、誇示する意志に、孤独を持ち込み、孤高に至る意味にレトリックを与え、行為に批准するような理由を刷新し、解答を求める以前の答えに既存の死が訪れ、能動的な概念に仮想される問答を繰り返し反復させては、共感した後に、共鳴する世界が蘇生され、生死を分ける時折に置き換える問題も、寛容な意味を繋ぎ、甘美な意味を開ききった辺りに帰巣する価値に期待だけが、生まれ、端的な割合に示される猥雑な思念を閉め出し、思惟に描くべき主体に存在を用いずに、衆望を担う。

2014年2月16日日曜日

純粋無垢な先々が答えを持たないモラルを基礎に価値を翻す夜の日記

君が変わらければ、私が変われば良い。この進化こそが、未来に強度を与え、属領や領土から離れ、始まり終わるだけの世界に兌換されず、打開すべき先々に乱発する意味が騒ぎ立て、惰性な意味を引き取り、世界を引き剥がし、裏返された後先に律動する意味が新設されては、導く矢先に勤続して行く。独占欲が齎す対価や退化より、あらゆる地点に種付けをし、あらゆる世界に子を創り出す。その瞬間は搾取されず循環し、私利私欲を持たぬ世界が母と化するシステムを織り成し、更なる世界に躍動する事を、私から始める自らを批判的に乗り越え、半径に私は残さず、繰り広がる問題に、空間は持たせずに緩和する。大いなる犠牲を孕み、我が子らを屠殺場に運び出す安易な生産性に反し、緩やかになだらかに示し、国を強くするより、個に栄華を授ける。あらゆる主義から離反し、背反する世界から乖離する。詰め込まず絶やさず切り離す事が、更なる今に突き進む。世界は読み解かれ、それに追いつけない人類は、ただ不安と恐怖に怯え、強迫的に生きる為だけの、強制的な競争に、心身を擦り減らすだけが、恰も正しい、と示されるだけの答えに、正しさは無い。単なるニヒリズムに陥り、枯渇する自我に、満足という、快楽を捧げるだけに、すぎない正しさなどに、正しさは無く、憐れみ同情するだけの答えに吸い寄せられ、自らの答えを失い、現在に膠着する。その次元や時間に縋り寄り、自らを見失うままに倒錯させ、錯綜し、自らから、越え出る力が永遠に循環し、その波動を先々に伝え続ける事に時点や地点は存在せず、先々に分散され、カオスティックな宇宙に散文的に分配され、何処にも物語を備えずに錯乱して行く。いざ高尚へと向かい、滲む血にセオリーを与え、血族主義に陥り、衆愚に至るより、政治性を排除し、あらゆる原理にシニシズムを与えるような動機が屈従する世界から脱兎し、アイロニカルな感情を充溢させ、従属すべきは、私自身に備わり、私欲を削ぎ落とし、壮絶さに、アニミズムを重ね、あらたな生命を映し出す世界観に弛緩し、緩和する世界との総和を迎える。 感謝、有する未来を即座に翻し、新たな事を思うよりも、続くままの意味を鞍替えする。御礼。

ただ打ち込む熱意

固執する程に、人間性は失われる。もっと、自分を柔らかく保ち、揺蕩う時に弛緩する時の住まいから乖離し消え去るのが、自分であると思われる答えを乗り越え、永劫回帰から脱する世界は、ほとんどとろけてはみ出て行く。それが超脱し、抜け出た後からポップな快楽を自らに与え、尽きない描写に残る瞬間や場所やイメージから離れ、われわれは、果たす意味から離れ、概括される外貨を受け取らず、受け入れるべきわけありな概念を削ぎ落とし、ソリッドに行き交い、生き方などに、一切の価値や貨幣を持たせず、交換されるよりも、交感神経を擽り、弄び、狡猾に生き、快活に快楽に主義を与えず、保つ恒常性に、保たれる、という意思を持たせず、自らの意志だけで進む。気丈な世界は盛大に正否を分け隔てながら、あらゆる種族や属性を含んで後続する意味を星屑などに変え、籤引きで執り行われる資産家たちのエゴ的な遊びに絡まる金銭を黙読しながら、衰亡する未来を超越すべく、統治すべき知恵を用いる全ての意味を尊く思えるような卑賎さを用いる独裁者たちの閃きが悪戯な暴利を含ませ、悴む意味を自覚する前に統治するのが国家の遣り方だ、と基礎を打ち込むだけに卑賎な価値を用い、動機に一巡するだけの理念を利潤と呼ぶだけに衰亡するのが経済であるし、あらゆる行為を放棄した後に下される意味も、朽ち果てるだけに解き放つ今に投降する意味が行為を逡巡し、理想から流浪し、恒常性を保つかのように、示される今に未来は加速し、邂逅する意志に意味を繋げながら、躍るだけの傀儡と化する頃には、解析される今も、頽廃し、幾つもの意味にのさばるだけの影と化するだけにカスタムされる意志があたかもリベラリストたる由縁を放つ頃に訪れる今も反抗を続け、綴る意志に偏向するだけの偏りを生み出し、悲観的に圧巻される膠着する査定者が、離散を伝え、追考する世界に状況を枯渇させるべく、励行するだけに卑劣さを溜め込む正義が悪意を追従し、誰もが執行人と化す頃の終わりの倫理に束縛され、空回りする出来事に措置される法規的配置を繰り返す権利たちの昇降を眺め、官僚制の彼方で猟奇的な刷新を繰り返す事にあたかも正しさを措置する頃には配備される状況の社会が謀るだけに患い擦れながら、浸す今に偶像を綴り、続く想いに統合され得ない出来事が永劫を伝い、育む時に相違することごとくを統計しながら、倒錯する現在に至る世界が排斥され、等位を求めるだけに逃避行する出来事に想定される原理に纏まるだけの理由があたかも緻密な問題を指し示すかのように、示されるだけに投棄される出来事の待ち時間に間違いを改める。

ただ温もりある世界へ

共同体であるべく、人間とは知恵を用い、知識を生かし、羽化するものであるし、物事に迫る価値に狭い感覚を押し付けるだけに落ち着かない観念があたふたしながら、結局は配備される懐疑的な私情に訪れる猜疑心が欺瞞を生み出し、互いを裏切り、慢性的な戦争を斡旋する武器商人と化す終わりの人間に陥る。ほとんど本質は補填されるだけに散々な理由を兌換し、交換される紙幣に価値を与え、与えられた価値に数理を根付け、蔓延る悪意に逡巡する自己に理解を与えぬ前に扇動し、洗脳する領域に領土が生まれ、境界線に阻まれる想いに拗れる想いが自己を見失うから、自分探しなどに荒野に旅に出るよりも、自分の内部の旅に出かけ、介する理由に迷走し続けるように、内部の奥底、つまりは超自我の憶測を欲深い心理に項垂れる緩和しない体育座りしている幼い抑圧された自己を解放するような内面性のサディストたる自分を読み上げる弱いルサンチマンを対し、全体主義を用い、持ち込んだ痛みに絶対性を含んだ憎悪を贈呈する弱い自分を蹴り上げ、或いは瞬間に掻き乱す妖艶な利己を放つエゴイストたる自分に開かれる可能性も、化合された隅々に痛みを孕んだ後に斡旋されるだけの価値に赤い血を流してまで、奪い合い、守る価値はあるのか、と告げても間違えて、堕落するのが人間であるし、求めても抵抗せずに、受け入れるよりも、隷従し、屈従してまでも欲しいもの、とは何も無いはずであり、思えば欲しいものなどは、一つも無いのであるし、揺動する気持ちに示す痛みも、介する理由に理想を促す限りに加点される意味合いに不当な事実を促しながら、主観に迫る歪なリアリズムを履き違えた意図が幻想的な主体を追い続け、背負う意味合いに訪れる老いが超過する時間を踏み倒しながら、辿る意識に調和されることごとくを超越し続けるからこそ、そこから抜け出し、自分などでは無くなるのだ、と核心的な爆心地で雲隠れする主体が素粒子に混ざり合い、犯跡を辿る今に欺瞞を溢し、乖離していく事で裏切り責め合う感情に動機を失うまでの現実などに抑止し続ける想いが変則的に入り交じり、犠牲を貫き、判然とした主体に集積される理由が涙に変わる以前に整合される永劫も、回帰から逸脱し、出される行為に繰り返す意味を負担させずに、我に義務は無く、訪れる事に拘引される事も無い。

2014年2月15日土曜日

難しい比喩を含ませた夜の日記

動機に一巡する理不尽さに老けるだけの行為に気負い、服従するのか、と宣言する矢先に締め付ける理由が使命感を失い、彷徨うだけに峠を越えては、燦然と輝く朝焼けに沁み入る夜も、俯瞰的な世界に定理を生む以前の苦しみを今に促し、最たる君に繋がる管轄に陥れるだけの官僚制や、政治的な要素を用い、内心を統治したがるのか、と思う事に生まれる存在などは、暴力に染まり、全貌の軋轢に屈し、歪曲し続けるだけに追考する意識も偏向を加え、それがアイデンティティに変わるだけの様子に散りばめる自らの星雲こそが、出身地のように示される星座を辿り、誇張され続けるだけに戦意喪失するような陰気な街並みに空白を授けるようなニヒリズムが促す諦観や、退屈を突き抜けるべく、留まらない今にこそ、今は存在せずに、存在に徒労せずに、拘置されずに、至る空間に備わり牽引する権威を弾き、始まる今に究極的な論理が組み込まれる以前に私とは、私で無いままに遠離るからこそ、同じ位置や意味に自分を持ち込まずに、衰亡し続ける要因の余韻だけに引き摺られる因果から離れる想いが行いを用い交錯し、単調な世界を奪い合いながら、短絡的に措置される行為に順序を用い、偏向する意識に留まる事無い不安を押し流すノルアドレナリンが淫靡な世界を脳内で形成する頃に見せる懸隔に迫る想いが倒錯し、配備される後に補食される動機に引接される事柄が統合されるだけの脳内で純利益を求めるだけに訪れる資本的な裕福さなどが査定する日々に純情な時は嘔吐を繰り返し、構想する自由に形而上的な伴侶を作り出す妄想狂たちの艶麗な拮抗を終えながら、騒然とした気持ちに訪れる応益が乖離した感情に争点を用い、論点に点と線を結ぶ頃には、ことごとくの痙攣を加えた動機に配備される懐疑的な愛に猜疑心が生まれるから、埋もれた今に迫る想いも赤裸々な意志を失い、統計されうるだけの行為に自らを媒介させ、売る限りに訪れる権利や既得権を壊すべく、私たちの世界に制限などを持ち込まずに挑む価値だけに価値を産み出す事により、生産される創造性にだけ、永遠性を生み出すべく、自由や幸福を捨て去るべく、淵源に靡く痛みを配するカンバスの中で乾いた感情の絵の具で描く時代性の引力で穢しながら、怪我したままで配備される簡易な感情で何度も突き刺しながら、訝る月日に抵抗しながら、迎合されず、単一な孤独に単位は無く、管理されず、監視されない今に訪れる孤独にだけ、備わる静寂と革命の理想が肯定し続ける事に、訪れるイコールに吐き出される答えに間違いばかりが、杜撰な理論を下し、それが大体のサイファだ、と促すエニグマに不安を暗号化させる主体に記号化させた希望に操作される傀儡たちのセレナーデが聞こえ、感銘を受ける頃には、受け入れる価値に金や対象などに、対照するだけに照応する概念の外延を打ち砕き、内心にまで真理を含ませるような要因に鋭利な叡智が備わり、緩衝する看取対世界イコール自分たる障壁を飛び越えるような刹那をドライブする感情に悪態をつくような衝動を商業的に変えるだけの世界はせわしないし、せっかく行き交う想いも、単なる社会や、経済を守る為だけに摩耗する時代などは、とっくに終わっているし、どちらも、どちらにしても終わっている、と促すニヒリストの影の下で、激動に生きるなど、と行き交う想いに逡巡する綺麗な金などは、一切無いのであるし、やがて静謐に捉える時に置き換える想いも、衝動的な資本を蹴り上げ、自らは自らを陥れ、短命に生きるかのように、可能性を回帰させるだけに描かれる想いに行動が順繰り迫り、狭い価値に贋物の原理を植え付けるだけの教育たる軍国主義的協調性などは要らず、マスゲームに参加するだけのみんな仲良く的な思考にこそ、戦争は生まれるものであり、そこに階級制は生まれ、競り合う事により、陥れるだけの価値にすがるだけの短絡さに、一家団欒の幻想を挟む。 感謝、阻まれずに、ずっと突き進む事に荒む事は無い。御礼。

正否を貫く偶像の時折に迫る阻害的な瞬間

結ばれる時に笑顔を運ぶ溌剌とした習慣に靡く行為だけが、コピーされ静定を突き抜ける敢行する行為の音だけが、摩擦する空間に時を与えるような起因に成り代わり、自らの変わり身のように示される時に措置される存在に突き刺すべき場所は存在を大きく凌駕し、解放される余韻に蔓延る自らが屈託無く嗤い続けるような淡い最中に惨憺たる原因も配備されるだけの時に投棄される廃棄物や、排泄物に過ぎない償いを余韻に宥める時に依って鬩ぎ合う要因も、遙か原因に仄めかされる意味に追考するだけの奮進を自らに与え、分子や、秒針を持たぬような果敢さで、懈怠しない精神に挑むだけの価値に価値を用いぬ以前に備わる理由を革命すべく、行為に暴威を持たせず、権力を持ちたがるから、短絡的な暴力に効力を持たせ、それで統治させるだけでは、既存の価値と同義な意味に大義も持たず、ただどこかと比べては突き抜けるべく、経済に重きを置き、自分の稼ぎの為だけに訪れるデカダンスに段々と迫る無機質な退屈に対抗する世界に抵抗しては、退行するだけの憎悪が贈呈されるだけの式典に催すだけの様子に散りばめるべき汚穢たる辭ばかりが、献辞され、顕示欲ばかりが、原理的な主意に基づく価値に閉鎖的な要因を授け、絶対的な悪意に変えるころには、変換される理由も虎視眈々と君の命を付け狙うかのようにストーキングするだけの阻喪を繰り返し、ムードが台無しになるような行為に批准するだけにすり込む情報に隷属し、それに隷従するから、君の価値などは穢く地味であるし、目立とう、とすれば淘汰したがるだけに従うルサンチマンたちが殺ぐべく、君の命をまたまた付け狙う。展開すべき理由は依然として倦怠感ばかりを重ね、気怠い様相を超現実主義を促す幻覚が数多の頭に作用を下す時に定期的に発信される情報が発酵しては、脳内で蕩け、懐かしむ頃には、ほとんどの理由は杞憂を繰り返し、加える頃には、偏るだけに 「繰り返す」 ところの繰り返しに反復する今に達する理由が大きな意味に変わり、呈する理由の真理を打ち倒し、具現化されるよりも、この等位に迫るだけの階級社会を破綻に追い遣るべく、裏取りすべき事実に照合される意味に澱みながら、戦慄しながら、整合されない時に措置される理由に配置される駒を傍観しながら、呈する現実とは、どこまでの現実を統合し、あたかもそれを現実と呼び下し、あらゆる原因を装置化させながら、機械的な運動を施し、良俗を謳う、属に加えたがる頼りない倫理指導者たる教師や親から離別し、偏向する意識に備わるちゃちな実体を打ち砕き、諸々に広がる群像に別れを告げ、超克しては、離別する風景に加工される儀式を含んだ普遍性などを捨て去り、堅実に行き交う理由に統合される世界も、燦然と輝き、ひたすら悶える意味に領域を生み出し打算する事に抵抗し続ける形に寄り添うよりも、自らの善し悪しに迫る余韻に行動を突きつけるよりも、凄絶な時に正接され、誘導される時折に起因が生まれ、帰任する世界に発信される意味が照合され続けては、連なる想いに重みを与え、どこに重きを置くかにより、稼働する可能性も精読される後に効率や行為を生み出す以前に繰り返される自己に訪れ統合される朝から膨らむ高揚感だけが、この世界を立体的に措置し、あたかも、そこで自分は溺れているかのように演技するのだ。

倦怠感を持たぬ日常

解答も求めぬ、心許ない夜に内服すべきカプチーノを飲んで、廃絶される時に誘致されながら、浸す意味に多数決される理由が粒状に変わり、加算される出来事に屈するだけの乖離性の意味が利潤を求め続けるから、綴る意味の鋭利さが失われ、硬直する意味に心情が濾過され、曖昧な真意に求めるだけに流動する資本が、用いるべき行為をもとある場所に運び出し、配備された後に分離する感情も離散し続け、続く今に失錯を加算しながら、倒錯し続ける事で、行為そのものを越える。壊れたラジカセに入れ込む世界が回避する量に批判的な腐敗が襲いかかり、森羅万象を濁しながら、寸前にあふれ逃避しながら、流離う記憶に離別するシーンが乖離しながら、悠久の時を渡り、嗤いながら回避する今が断続的に搬送される。自然的な対話を空腹を重ねる空間に放置する。対象は、はためく永遠に分け目を与え、それを梳かす夜がしめやかに染み渡る永遠を端末に変え、脳裏に突き刺しながら、リアクターに過去を根差し、加工された記憶が何度も始まてのように、何度も行われた今を繰り返し、反復させては、せせらぎ歌う呪詛に備わる老けない謎や、リリカルな世界に発芽する真実の愛などに蕩ける不思議が、凄絶に交差し、頼りない今に解け、欺瞞を持たずに保つべき日々も屈折しながら、シナリオ通りにはいかない圧力を翻し、何が大切かを紐解き、重なる風景に、なあなあな感情を直感的な交差させ、探知すべき単調さに、忘れるべき史実を倒錯させては、心無い時を和らげ、瓦解させる。対抗し合う色は時に斡旋されては、反り返る無知の内にマテリアルを捧げ、リアリティを屠るような報復を繰り返す因果に未済の休日に迫る窮理に離反し、解明されない発明とは、愛だけ、だと謳う世界に、妥当で、まともな事など皆無であるし、やがて終わりに汚れ、横槍いれるだけに、ふさぎ込んだ日々に惰性な意味を繰り返し果たすのが、因果律だ、と世界は閉鎖的に纏まり、静まり返り、ひたすら起動を目指し躍動する自己が批判的な叛乱を自己の中で繰り返し、律動する風景にこすれる日々にひたすら結ばれ離れないのが、来たす愛の巣に卑劣な耽美さを含ませ、諭すのが、幸福が嘯くだけの理由に規範の世界に模倣すべき今が、見え隠れする。ガシャガシャと鳴る貨車が、喜びを運ぶ軽快さが伝わる動機を逡巡する永遠が循環し、純化させては、終わらないイデオロギーに終幕を告げ、演技を終え、譲与される想いを捨て去り、自らに加算される動機に訪れる数理に反し、批判的に疲憊する想いに集約される疲れや悪意を削ぎ落とし、関する時間に空間を持たずに、次元を旅し、求める事に構築される出来事に反し、肯定的を越えるような強固な想いこそが本当の意志と呼べるかのように正義すらも乗り越える事に訪れる自己犠牲の神すらも、飛び越え、調合される時に味付けを加え、成因に訪れる原形を持たぬ他者からの痛みを含んだ世界観にこじつける意味も無いし、誰かがあふれ、触れ合い、誰かが消えるだけに打算され、果敢に交換される出来事に領土が生まれ、金銭で支払われる価値が失錯や錯綜を生み出し、点線に結ばれるだけの価値に飢渇した理由を吐き出し、斡旋する時折に統合される行為に、誰かも何かを受け取らず、何からも逸脱し、脱した世界から離脱し、倒錯し続ける事が唯一で有る事をしるべく、知らされる事に意味を置かず、閾に置かれない私が私だけを従属させ、領土化する。

2014年2月14日金曜日

反抗する夜に蕩ける日記

解決する為だけに堕落した時に集積される意味を蹴散らし、この意味が無い意味を追いかける事にこそ、価値も転換され、展開されることごとくに自由など持ち込まず、この純度に迫る領域に正しさや、価値を用いる前に変えるよりも、角度を変えるような革新を目指すよりも、核心に迫り、狭い意味に訪れる狭い価値を押し広げるように圧迫する圧力を解放するよりも、その解答を翻すように、揺動する真理に求める啓蒙も、契合されるだけに懐疑を生む宦官や飼い犬に変わる前に、乖離する理由に離叛し、逡巡する反抗心がバンダリズムやアナーキズムを辿る頃に訪れる渓流に忍ぶ想いが凌ぐ想いを逆流し、状況が咆哮し、観衆に訪れるノイローゼに搬送される行為に恋情があふれ、旅情に集約される時々が閉鎖的な環境を変えながら、詮索されるよりも、開拓する理由を耕す頃には、価値は回帰する場所を失い、投影される事に現れる対象も不必要になりながら、用途に領土を求めるよりも、この土地に投棄される出来事を拾い集めるよりも、比さない今に貧するだけの価値を収容するだけの意味に逸脱しながら、一過性の事実に解約される日々もまちまちに緻密な領域を捧げながら、状況を変える為だけに、私たちは一貫した時代を突き抜け、関する事実から超脱し、至る意味に求める事無く、この世界から離脱し、圧する日々に屈さぬように、力に抵抗し、反抗するよりも、受け流すように、突き進む事で力を受け入れ、自らに進む揚力を与え、淡彩に消え入る機影を追いかけ、静謐な解くに流動する本心に回避する出来事を乖離性の今に辿らせ、たどたどしく促す先に壊れようが進む事に要理は生まれ、理由は憚るだけの想いに理由を授けるだけの理由を杞憂を授けるから、その理由に離叛するような成因を自らに撒き散らしながら、画期的な自らに利己的に集配される時折を織り込むだけに襲いかかる意味も、遙か慇懃を通ずるだけに芋づる式に廻廊を渡るような愛の引力に貧する事も、配備される荒れ果てた日々に綺麗な起源も無ければ、血生臭く焦臭いだけの出来事にデータは改竄され続け、支えは自らにも居なくて、誰かと緩衝するように、互いの力が引き合いながら、訪れる重力に反し、慣性の法則を行う平常心たちは、恒常的な行為に搬送される力に寛容な成因を纏わす冷静沈着な世界に行動性を求めるよりも動機に逸する時々に排斥する時も懐疑を溜め込み、群像に蕩け、配当された後に手当てを配るだけに乖離する理由も整合されるだけに統計されるだけの記号に変わり、苦杯を喫する後から均衡を保つだけに背景に生じるノイズたる自己を誇張するだけのエゴイズムが自己を誇張する事のことごとくに越える事柄が、空荷になり、担うべき理由を、そこに押しこむだけに重荷に変わるから、何も入れぬままに満足を求めぬ領地に入れ込む意味などに高調する精神こそが、斡旋されずに、自らを支えに、圧巻する。 感謝、管理下から抜けだし、監視し合うだけの社会から遠離り、自らの潮流を辿り、源泉に至り氾濫させる。御礼。

逡巡する価値観と外貨

左翼である方が人に縋りやすく、寄り添い易い、と騙る神が閉塞的な語弊を促し、外側からマルクスを理解しなければ、暴徒化する意志が、労働を倒錯に追いやる。経済とは、発展を目指さず、汚穢たる元金を集め、資本を裏返すべき自らの皮膚や襞で社会を自らで包み込む。生産的な採算を合わす朝に裂ける心は居場所を求め、誰も居ない世界を徘徊し、あたかも制裁を下すだけの権力の配下に置かれるだけにいかれた世界を形成するだけに秩序を保つ規律に押し寄せる力が氾濫し、自分の半径を汚す事に擁護するだけの時間が縋り寄り、未熟な感情のリミッターが外れ、たがが外れる行方知れずな自我が統合されない夜に批判的な不安や絶望を全貌に溢す事に訪れる時間から簡易に外れる余韻に迫る想いに広がる拘引する現状に現象は引き摺る後に迫る原因に引き裂かれ、断続する世界に発足するだけの潮流に巻き込まれる意味が幾何の感情をすなどり、斡旋される時折を網にかけ、全容に浸る意味にレトリックを溢しながら、浸す意味に来す事を権力に奉納し、全容は猛る内部に籠もり、幾重知れずのままに倒錯する内心に機械的な安堵を授け、能動する世界を担いながら、気配を掻き消し、緊縛しながら、険悪な世界に従属するだけの意味に惰性な世界は貧相な価値を促し、加工された義務を権力で統治する事に長ける社会に内向的な悪意ばかりがルサンチマンを形成し、邂逅した頃には順繰り消え入る本質に無くなる意味も、新しい病理やウイルスを加工するだけに限界集落が極端な数理を崇拝的な日々に打ち出す頃に加担し、集散する資産家の金山に禍根が訪れる頃に、支配下に置かれる起源に示される。砕身し続け克己しては、超克する自己も、過疎化した感情の表裏に備わり、競合する理解者が機械化する頃には、ほとんどに融資される出来事も腐敗するだけに通り過ぎる。 投下された意味も、捌かれることごとくに暴かれるだけに曖昧な成因を巻き込みながら、鬱ぎ込む意味に拘引されるだけに、その場に拘禁される出来事を繰り返す事に過ぎ去る過半過ぎに些細な出来事や警報音が入り交じりながら、緊要な事実に迫る意味を襲う狭い価値も、至る意味に引き替えしながら、この潮騒にあふれる不明機な動機に逸する時が配する意味を与える限りの影である私たちも、笑いながら、投棄される時を解き明かす。

行為に領域や量は要らない

呼吸も忘れる程に戦慄く。ただ、良くも悪くも邪に、勤勉なのが、世界だ。加えた後が納期され、加算された後も不確かに帰納する。愛着湧いては、惑乱する視線が磔にする世間に入り交じる。すぐさま元通りに戻り、確かめる間も無く形状をぬぐい、儚い今に伝わる。存在への認識などは、表面だけで、事足りる。形式を持たす素敵な時間に邂逅する。たちまちは、ふやけ未然に備わる全容も溶け出し、用途を失う。 絶えずリンクし、離れ合う意識が押し合いへし合い、経たままに遠ざかる境目で、また出会う。破壊と輪廻が遠ざかる主観に生え、前衛的に一切を混ぜ合わせる考えが超え出ぬ限り、何事をも超えた事にはならない。体系などは持たず、書きたいように書き、読みたいように読み、書き換え、構造を翻弄し、創造的に添いたいように革命する。これこそが、革命の仕組みである。いずれにしろ、直ぐ御前も追い付く。憚る月日に狭まる君も赤裸々に身籠り、絶えず孕む月日を産み落とす。かばい合う今が卑下する意思を捨て去り、絶えず純粋に燦めく。 回帰し、輪廻する永遠は絶えず苦しみ孕み、現実を思うからもがき苦しむ事に気付かずに、悩みや苦しみを孕み続ける。苦しみは絶えず思う事から始まる。 世界には、依然として方法論などは存在せず、なぞり翻された後に一見して一貫したかのように通い続く世界が、あたかも存在するかのように示され、全貌に塞ぎ込んでは、成熟する関係に欣然に迫る余韻が曖昧さを含ませ、行為に順繰り送り返しながら、織り込まれる意味に等位を授けるよりも、この意味に位置やツールを持たぬからこそ、私は私で無い方が、より良い方向に行けるし、至る意味に追従するだけの関係性に関連し、連覇したがる勝ち負けが訪れることごとくに屈さないよりも、自らに組み込まれる闘争心をコアに注ぎ、永続革命に至るような行為に貧する事も無ければ、奇しくも入り交じる不可思議さに、融合する記号たちが、新たな物質を生み出す事に訪れる物体が立体化する前に加算される原因も因果な時に吸い込まれ、無謬性を氾濫させながら、狭い価値に至る今に追従する季節も、奇跡的に入り交じり、慢性的な傷跡に降り積もる痛みを観測し続けながらも、決して諦観せぬ関係にだけ、締結される事も無く、ことごとくを濾過し、交換しながら、行為に準ずるように卑劣な世界に比例すべき対象を持たずに、用いる全てを要し、関する事実に抵抗するように行為に白線を引くだけの境界線保持者から離れ、求め合うよりも、求める事に重きを置かずに、孤独に孤立し、律動する音と共に、膨らむ意味に対称するだけの僅差を求め、相似する事柄に用いる普遍性を削ぎ落とし、曖昧な成因に訪れる精神的な悔悟を回路に織り交ぜ、膨らむ宇宙のカタルシスを吸い込みながら、納涼な時に措置される私こそが配置を持たぬままに総合的な自身に炸裂する事柄のことごとくを受け入れる価値自らに成り得る。

2014年2月13日木曜日

ビリビリに破れた夜を縫い直す日記

半径に瞬間を残すかのように、自らははみ出し逸脱するのであるし、データ上で加速する出来事に速度は無く、見える事に測れる事は無いし、況してや逸脱し続ける現用に変速する自らに時間を持ち込む事で、ほとんどの意味はドライブし、簡単にアップデートされるから、暗澹な世界に実直に対立する反抗心を持ち続ける事で感無量に至り、一切合切は統合されずに、纏まるからこそ、フラクタルな意味は持たないし、意味などは初めから有りもしない。有する価値を謳う事が暴力を生むようなシミュレーションを今まで飽き足らずに繰り返すエゴが拵えた欺瞞が蹣跚する散歩道に空洞化した衆多が謳うだけの理想に理論は膠着し、大衆が斡旋し、民主主義を謳う事で馬鹿げた政党が正当さを謳う頃に、偽装される出来事だけが既得権を守り、焦臭い常時に悟る出来事と言えば、場数だけに備わる場面に価値を植え込んで、あたかもその領土、その土地に価値を植え込むだけをコンビナートで運び出し、苦境に携わり、猥雑に示す限りに翳る事で高じる事にレイシズムを吐き出すだけの五月蠅い口を縫い付けるように傾くだけのナショナリズムなどは要らないし、何かを考え奏でる事に、簡易で安易な占領や占有を思うから自由や幸福などに惑わされるし、あたかもこの命は際限ある形を思うから、この形に留まるのであるし、その御前の慢心こそが、アニマで悶え、アニマルと化す頃には、マニアックな性癖の空想を絵空事で埋め尽くし、屈折した性癖に聖域を用いるような自我論に因果律が引っかかり、加算される原因は、その因果を超越できずに、数値や、数理や法の中に留まる。この草臥れ廃れた倫理で囲われる事が国家である、と謂うならば、はみ出す意味に多量の悪意を重ね抵抗するテロリズムを吐き出す文面に咲き乱れる最古からの愚行を留める事をなさずに、何を批判するのか、と問うべく、問い質すよりも他者は他者のままの立場に場所を求める事よりも、蒙る矢先に分裂する為だけに、同じ自分などは求めずに、求める事すら辞めて、同じ巣に戻るよりも、この不浄な世界だからこそ、些細な動機に思い描く意味が因子になり、君の重みを遮り、無重力で全てを飛び交い、加算される動機に印象が物として運ばれるよりも、この要理に示される原因に心荒れるよりも、統合されぬままに逃避行を繰り返す由縁を押し広げ、陰惨な状況に常軌を逸し、センセーショナルな自己に利己的な意味を持たせずに、用いる意味に意味を持たせぬままに蔓延るから、我は一巡する永遠を踏破し、剥ぎ取る意識の衣服を脱ぎ捨て、思うがままを知り尽くし、対する自己との決着を付けるのだ。 感謝、肉迫する夜が誇張する理由を打ち倒し、至る意味に力を用いる前に示すべきが何であるかを示し続ける。御礼。

侮る意味に踏み込む君

意識をファイナライズしては、措置される永遠性に蔓延る劣悪な環境に用いる環境とは、どこまでの事であり、屈折するラビリンスを歩き、支配下に置かれ、独裁的な弛緩に溶ける思いが愚行を重ね、行為を不幸と呼ぶ事の、欺瞞と満足があふれる、腐乱し、不安を促す事に重きを置き、フランチャイズ化する今に拡散される出来事がどこからの事であることを指し示し、それを環境と呼ぶかの違いを遅配させるのが社会の遣り方であるし、その内部で不安を煽る事を良し、とするのが挫折した人間の中の人間で有る事への諦観であり、そこに締結する事により、より根深い恨みが、痕跡を残し、誰かの理想を喰い散らかす事に朽ち果てるから、君の動機は廃れるままに捨てられる、し誰にも相手にはされない衰亡する夜に動機は満ち満ちて、投棄された自己を潤わせ、蔓延る次元に定義を繋げる事が出来る。その為に拵える是非に善悪を問わず、纏う創造性に、何の理由も認可も要らぬ。世界とは、名称を含んだだけの単なる遊び場であるし、完成を待つよりも、感性で今に繋げ、浸す意味に繋げる意味も、初々しく纏まりながら、発芽する今を圧巻すべく、相対する世界から離れ、屈託無く嗤うべく、洗い出す時に措置される永劫を重ねるだけの時間に因果を持つだけの楕円形に連なり、その緒を引っ張るような余韻に駆けつける動機が映像を引き千切り、単なる思考を逡巡しては、凍てつく想いに蔓延る愛も、配備された後に空虚さを用い、逃避行を繰り返し、同時多発的に発散される思いが蒙る矢先に整合される時々に配備される意味も君の中では、既存の価値に価値を擦り付け、擦り合わせる先にあふれる焔が本能を徐行させ、行為を除去し、端的な精神論にジャスティスを謳う事こそが悪の巣窟で結束される意味に悪意を蔓延らせるだけに配備される理由などに止めど無く氾濫し、溢れかえる意味に掛け替えがない意志が回路を壊し、嘆声を促し、引き摺ることごとくの軋轢を表現する頃に悶えるシステムがコギトを謳うから、ララバイで揺らす揺籃の彼方で、加速する状況が交互し、艶麗な差異を含んだ原形にたじろぐ自分自身などに羅針盤は持たせず、立ち尽くすままに凍り付く意味に効率を求めぬから、行為に逡巡する世界も正解を持たずに、世界と呼ばれるままにバラバラに硬直し、唸る原理に原因を吐き出しながら、サイクルさせる今に踏破すべき理由だけが、持続する。

不可抗力を引きはがす意志

ニーチェで言うところの花崗岩は要らず、存在を凌駕するのが、唯一の私である、と宣言するシュテイルナーを飛び越え、自らを充溢させる。依然として、私は、私だけを生産し続ける。いつも同じ帰り道から逸れて帰らぬのが、永遠から離れ孤立し、自らだけに回帰し続ける寸前は、最も遠くで輝き煌めく意味が多量に摂取され、這い出る後に穢される。何が、世界に律動し、すべてを動かし機械化させるのか? 私は絶えず私に合わせて、しか生きない。私たちでしかなし得ぬし、私たちだから絶えず創造性だけが、確かに世界を救うのだ。創造を搾取し、騙す世界を翻し、絶えず訪れる満足や快楽を超越する。暴力などに革命は存在せず、絶えず我らの事業だけが、世界を何度も反復させ、創り上げるのだ。ただ踊るような知識だけが、世界を育て上げる。どこであろう、と意志はどけにでもあり、ここには無い端的な愛は、退廃した快楽を生み、ガイダンスに従うだけの愛が嵩まし、伝う意味が御身でエゴイズムに変わる時にコギトは小汚い実体を加速させ、真実に神速を与え、揺蕩う月日に微睡む君が豊かであるとは、地に意思を突き刺すよりも、全貌とだけ統合し、交換されながら、察する今を死に物狂いに歩き、利息を支払うだけの疲れた感覚を感作させては、逸する時々に排斥されては、収容されては、密接しては、無重力に光景と繋がり、発散されるままに因果を突き抜けながら、ひんそな今に近接する理由が貧寒な現在を串刺しにしては、運命に波紋を与え、振動する今が達する位置に意味を置かずに関する理由に量子を帰納させる事を補完と呼ぶ以前に私たちは互い違いに交差し、集権される力に対比される権力が善悪を測るから、私たちは、立場を交錯させ、物事を倒錯させるのだ、と総合的に塑像な世界に発汗する私が全てを君に見せるように示すべき愛を乖離させ、微々たる世界に放出すべき君が静謐な感覚に触れながら、瀕する君が正接される事実だけが、対象を定め、吐き出す今を支える、とは何であるかを心象に吐露し、逃避行を続け、離別しては、自らの詭弁を委ねる先々に緻密に結ばれ、ては緩慢な史実に謳われた概念を打ち砕き、引っ掻く今に審美を伝え、均一に示されては、最たる今を凌ぐのは、自分の意志以外は、あり得ない、と促す夜が因果な時を配分に、協調性を失うような自らを散文化させながら、燃え上がる恋の傷跡の養分を卑劣な時代に求めるような社会的な主義などに実働している時間こそが、姦淫な成因を生み、たゆたう月日に悶え求めるだけの価値にすがるだけのプリミティブな遺伝子が促す状況に寄りかかる情報により、偏る事が、行き交い、席巻され、査定を繰り返し、金と現実と生活した結婚できない、紙切れの上での制約を回避すべく、実情に廃れる時間が配備されながら、陰惨な常時に迫る事柄が幻想的な元素記号や、配列を変えた愛などに雪崩れ込み、赤裸々に配備される事柄に用いる理論も高調する程に、動機がどこであるか、や生きている事が喧しく切ないように楽観的な様相を孕む現実から産み落とされた意味に至り続けるような傾向が、降り積もる悠遠さに、悠久さが蕩ける。

2014年2月12日水曜日

テクノロジーを打ち砕く夜の日記

既存の事以上の事を考えない限り、考えた事にはならない。遡及される感情は、先々で染み渡り、あらゆる理論を超え、理想を紡ぎ、永遠にだけ、基礎を与える。物とは、単に売れれば良く、売れる事が単なる価値に変わるだけに過ぎない変化を止め、その場で硬直する。考えを自らの内外に圧縮した後に排斥されるのが世界である、と宣言する自らの殻の中で傍観する世界が、恰も世界と名称され、位置付けられる事に疑問を持つ事が考えであるし、やがてこの身体もカチカチに硬直し、合致しないままに分離し、這い出る矢先に雲隠れする。影は一律に分離し、あらゆる分岐点に違う自分を他者として置き換え、至る意味から離れていく。ある一つの出会いや別れが倒錯し、ある一つの日々に、あらゆる起源を植え付け、ある一つの物語に芽生える軌跡が乱立し、ある一つの新しい季節が意味に重なり、心身を労わり、健やかに軽やかに行き交うのが、生きる、と定めるべき定位置に生きる事を置かない事に終わりや始まりを持たない生き方から、へのエクソダスである。あるいは、搬出され、滞る精神の聖域たる超自我に映し出されるハーモニーが反響し、その波及を受け取る自らの反響が受け取る事に自我が備わる事に打ち出されることごとくから脱け出す事に重きを置き、自らを超え続ける事だけが行為と呼ばれる辺りに自らは存在しない事に赴き続け、消えゆく。売るために誤り、売るたびに殺めるのが、キャピタリズムである。そのサイクルに消費されるに回帰は訪れない。もっと世界を知るためには、世界から離れなければ行けない。世界から離れるために、存在や実体は要らず、如実に示される事を受け入れる。それは、遠くに自らを持たず、受け入れる自己に備わる過去に引き摺られ無い事により、新しくもない自分が内外に溢れ、共通する意味に点と線を結び、末広がる今に協調して行く事である。俗世化しない真理こそが、森羅万象を流転させる。思い描く境地はここにあり、永遠は、そこかしこにあり、私の声だけが統合する世界こそが、私であら続けて行き、私の熱量は、私に帰し、私が如実に示されるためにだけに自らの世界は強固になる。環境や場所を思うから、存在が生まれ、迷いが生じる。 感謝、訪れる夜との何度目の邂逅を経ては、配備される意味を悟るよりも、越える事に喜び無知売るよりも、這いずるままに、辿り着いた今に訪れる今を食し続ける。御礼。

痛みを持たぬ街並み

私はしゃべり尽くすであろうし、重きを語るよりも、騙し合う大地に至る気持ちに生じる運命に投降する事を縫い付けるように示す辺りに理想や、理論は拘束されずに、全貌に猛る命を交錯させながら、居残る月日に配膳される記憶を食すように、苦悩を遮る。絶えず脳内は限界突破するスピードで今を思い描く。指先が叩く鍵盤に懸案される出来事が記号化するのを絶えず追い越すスピードで体感するのが過去の私であるかのような私であるべき他者であるし、物事は膨らむ事に右往左往しながら、偏る事無く規律を保つべく均衡と平衡を保つように示すからカオスは生まれるべくして生まれるし、その圧縮される空間で孤独を感じる暇もなく、日々は万物流転し、流浪しながら、離脱する意思からはみ出る因果を吸い取る巨大な掃除機を用いる宇宙の母が差し迫る未来に要らない物事を全部放置し、理想は捏ねるだけに加速する量子に理論を詰め込んで蜿蜿と繋がる線路の上で加速する時代を乗せる鉄道が空間を突き抜け、何もかもを詰め込む以前の概念の空白に聳える仮想の塔の中で散文詩を吐き出すヘルダーリンの狂気などを促す境域で謳う私も、動機を持たぬ童心を流離うピーターパンのようだね、と種子に騙り、淫蕩で邪険な世界に轟く理由が資本を流動させ、排泄物を生み出す超誇大妄想を創り上げる銀行に統合されるだけの思念を逆流させ、シネマティックな真理を吐き出す悠遠に措置される広義を示す大義の映写機に腰掛け、自らの史実を自らが傍観するように永劫回帰し、境域に殺到する意味も遙か互恵を失い、語弊ばかりを重ね、付き合うよりも、突き合うような形に示されるだけの懈怠や、格好の贋物を愛するよりも、単に私は価値や形を持たぬ今を愛玩する直感的な愛に微睡み、その愛に使われる事による隷従が礼状を突きつけ、税金や逮捕を告げるだけの権力は要らず、私は私で有る事すらも邪魔だ、と思うから、妥当な世界を静聴し、超脱しては離散する精神に分析すべき意味も無ければ、君も居ないから、私は終わらす事も無ければ、始まる事も無いし、愁思に迫る想いだけを刹那に加速させ、吟遊詩人のように有する季節に希望を用い、鬱積するだけのファシストたちが促す骨格に示される英雄待望論を凡庸な意志で埋め尽くすだけに迫る価値にきちんと収納されるだけの暢気な事柄に迫るだけに訪れる副作用のようなものに苦しみながらも、拮抗するままに恐々と迫り、忽然と姿を消すように、至る意味に訪れる既存から離れ続け、自らに持続する事だけを続ける。

凄絶なビートの遙か向こう側

比率は自分の内外にプライドを織り交ぜ、折れた自らの鼻の橋を渡る因果に、惨害を与えながら、エチュードを間隙に加速させ、離間を凌ぐ永遠が苛烈な世界に実直な意志を捧げ、清濁併せ呑みながら、背反する答えに廃棄されては、投棄されては、抑揚し、自らに配する意味が秩序を与え、緻密な規律を描き、達するままに描く私が今に意味を零し、確かに流動させるデマゴギーが跋扈し、配する意識の邪魔をする。 最善な時を育み、今に投棄させては、抑止せずに精読する価値が起算する今に排斥する理由を肥大させては、とどまらぬ私は少し苛立ちながら、盛大な意志や大義を用い、自分の義心だけで、今を紡ぐ。或いは今を直様捨て去り、至らぬままに不自由に幸福を求めぬから、我々は、我々のままではためく理由に緩衝して行く対象が互いに高揚し、余韻に波動を与え、囲われた世界を弾かせながら、足枷外し、飛ぶとは、背景を持たずに回避する今に比率を持たずに、たちまちに解離する今に順序や純度を与える。応答を繰り返し誘うままに、揺るがぬ意味を囀り、確かに伝えて行く散々な時間も時間を持たない事だ、とアートマンやブラフマンやヒューマニストや、ブッダはカタルシスを促し、雇用されるだけの原理に基づく隷属からの監房に貧する権力闘争たちが、未熟で短い時間に挫折した盛大な星座を自己に繋げ、座標軸を永遠に措置すべき身心から離別させ、乖離し、或いは自己を貝殻の中で倒錯させ、閉じ込めらた空間にラメを放つように塗りたくる意味にスペクタクルが生まれ、理想は強固なものになり、物事の基礎が思しくなる事により、奇しくも入り交じる世界に共通すべき事柄などは無いのだ、と知る頃には、偶像化され、支配下に置かれるだけの管轄を蛇行する世界性に至るリアリストたちが理想を立場に促すころに、胎盤からはみ出る赤子達は、協調を保つだけの規律に配備されるだけの実情などは、腐乱し、腐敗するだけの理性を創り、希望を持たずに訪れる出来事に気配を隠し、拡散される出来事に励みを与えぬから、一向にこの破綻した状況に錯綜するだけの自己に絡まり、不安に酔いしれる。或いは状態は俯瞰で見れば、不可能な事は無いのだ、と告げる事を超克しても猶、超人への道は妥当な意志を遂げる以前に備わる自己を拘置しては、排斥される因果に時間を持ち込み、そこから抜け出せない自分を自己の中で設立する事をあたかも、社会や、事業だ、と促すから破綻するだけの価値を生み出し、永遠性を生み出せず、試みる事を忘れ、現状維持に至る。元々は、破壊され、破綻するのが人間であり世界である、と謳うのが悪い宗教であるし、心に猶予や抑揚すべき意志を授けるのは一向して自分であるし、その自分ですら存在を保てないから、時間はバラバラにすべきであるし、場所などは一切持つべきでは無いのだし、出し抜ける事で誇張される原因も、全ての術をすべからく纏うような要因にケチを付けるだけの時間が一介した悔悟を生み、産出される出来事を出産し続ける事が創造性で有る事を知らないから、単に有する事で満足を生み出すだけに留まる事に成長は無く、そこを飛び越えぬ限りは勝ち負けに備わり、擦り付けるだけの意味や痛みに悶えるだけに留まる飢えた意識達は景色を求め、形式から逸脱し、決められた事だ、と謳う者こそ、一番はみ出たものであるし、データ上に留まる意固地な位置的な支配者であるし、自らの既得権を守る為に希望を用い、組み込む不安を負担させるべく、嘯く状況をアジテートし、時代を操作する。

2014年2月11日火曜日

最も速い意識を観測する夜の日記

絶えず創造性だけが、確かに世界を救うのだ。創造を搾取し、騙す世界を翻し、絶えず訪れる満足や快楽を超越する。暴力などに革命は存在せず、絶えず我らの事業だけが、世界を何度も反復させ、創り上げるのだ。ただ踊るような知識だけが、世界を育て上げる。どこであろう、と意志はどけにでもあり、ここには無い端的な愛は、退廃した快楽を生み、ガイダンスに従うだけの愛が嵩まし、伝う意味が御身でエゴイズムに変わる時にコギトは小汚い実体を加速させ、真実に神速を与え、揺蕩う月日に微睡む君が豊かであるとは、地に意思を突き刺すよりも、全貌とだけ統合し、交換されながら、察する今を死に物狂いに歩き、利息を支払うだけの疲れた感覚を感作させては、逸する時々に排斥されては、収容されては、密接しては、無重力に光景と繋がり、発散されるままに因果を突き抜けながら、ひんそな今に近接する理由が貧寒な現在を串刺しにしては、運命に波紋を与え、振動する今が達する位置に意味を置かずに関する理由に量子を帰納させる事を補完と呼ぶ以前に私たちは互い違いに交差し、集権される力に対比される権力が善悪を測るから、私たちは、立場を交錯させ、物事を倒錯させるのだ、と総合的に塑像な世界に発汗する私が全てを君に見せるように示すべき愛を乖離させ、微々たる世界に放出すべき君が静謐な感覚に触れながら、瀕する君が正接される事実だけが、対象を定め、吐き出す今を支える、とは何であるかを心象に吐露し、逃避行を続け、離別しては、自らの詭弁を委ねる先々に緻密に結ばれ、ては緩慢な史実に謳われた概念を打ち砕き、引っ掻く今に審美を伝え、均一に示されては、最たる今を凌ぐのは、自分の意志以外は、あり得ない、と促す夜が因果な時を配分に、協調性を失うような自らを散文化させながら、養分を卑劣な時代に求めるような社会的な主義などに実働している時間こそが、姦淫な成因を生み、求めるだけの価値にすがるだけのプリミティブな遺伝子が促す状況に寄りかかる情報により、偏る事が、行き交い、回避すべき実情に廃れる時間が配備されながら、陰惨な常時に迫る事柄が幻想的な元素記号や、配列を変えた愛などに雪崩れ込み、配備される事柄に用いる理論も高調する程に、動機がどこであるか、や生きている事が喧しく切ないような様相を孕む現実から産み落とされた意味に至り続けるような傾向が、降り積もる悠遠さに、措置される永遠性に蔓延る劣悪な環境に用いる環境とは、どこまでの事であり、どこからの事であることを環境、と呼ぶかの違いを遅配させるのが社会の遣り方であるし、その内部で不安を煽る事を良し、とするのが挫折した人間の中の人間で有る事への諦観であり、そこに締結する事により、より根深い恨みが、誰かの理想を喰い散らかす事に朽ち果てるから、君の動機は廃れるままに捨てられる、し誰にも相手にはされない。 感謝、衰亡する夜に動機は満ち満ちて、投棄された自己を潤わせ、蔓延る次元に定義を繋げる。御礼。

超然として生き続ける意志

がめつい世界にしがみつき、淡々と迫り朗唱する真実を仰ぎ、配される闇を尊く思う前に、デカダンな気持ちを遮るよりも、逃げ惑い、自分や、正しさなどは求めず疾走し、失速せずに離れ合う意識に馴れ合う以前に蔓延る意味に乖離し、立証された今にしがみつくよりも、しがらみ抜き取り、抜きん出るよりも、持ちつ持たれつに絡まるよりも、我慢せずに、緩慢な世界から超脱して、短絡的に静寂な今朝に過程を生み出すより、自由自在に自由を思わず、思い煩う思念から逃げ惑う事が、勝利を求めず、勝つ方法論など、と促し手懐けたがる保身が、この領域に領土を生み出し、兌換される意味を単なる紙幣に変えたがる。私の風景を邪魔せぬような世界にだけ、意識を託す。無から溢れる創造性こそが、全ての始まりであり、終わりであり、自らのカタストロフィに導かれ、懈怠し、膠着する精神を捨て去り、純粋無垢な肉体だけで、世界を凌駕する。ファシズムと化する事で統制し易く、不安を煽り、抵抗力を失わせ、無気力に従えさせるのが、国家や社会の遣り口だ。でも、それに訪れる危機に気付く者は、ほとんどおらず、自らの保身や、既得権益を守るためだけに保つ経済に、均衡などは、一切無い。哀れみを捨てた時点で、同情すらも失い、同調し、せめぎ合うだけに生まれる猜疑心が憎悪だけを媒介させるシステムが、現代社会など、と言われ消費されるだけだ。 私の取り決めや指標が示し乱立する実体に自制を与えず、制御不能に倒錯し、善悪を千切りもぎ取り、亀裂が入ったままに、軋轢を与え、破綻に追いやり、確かに昇華する。それこそが、痛みを思い、痛みを消し去る極意である。 ただ、千切れるままの実存に猛る世界こそが、痛みを挟み込み、全てを本質に変え、真実に変わり、身体に痛みが配備され、感じる事だけが、真実と言える。 心の手綱千切れ現在に消え行く。レジスタンス闘争の統合性を求める精神論者たちは、数々の欺瞞を携え、難しい革命に挑み、長じる運命に瓦解しては、感情論を告げ妨げる未来に均衡する運命が煌めき、配備される明日にリリカルな私情が葛藤を映し出す鏡に磔にされ、その鏡から映し出され漏れる曙光から落ちる槍が脳天に突き刺さり、そこから統合される情報がニューロンの中を瞬く間に交差し、小差を求めぬ心象を飛び越え、横暴な自我論を壊し、感作する動機に理論上に配役を与えるから、この苛烈な身心に配備されるだけの愛憎だけが、粗造なルサンチマンを生み出し、加熱する一過性の憎悪にだけ動機を与えるような世界に、社会は無く、世界に平和は無く、この空白に過ぎる運命に淘汰されるだけの自然性の摂理に自然は無い、と宣言する矢先に独裁的で理不尽な支配が待ち受ける事が一番の幸福だ、と謳う幸福論者たちは、論証すべき事実に徹さず、透徹しない問題に明記される不名誉な自己を標記に、物事を問う事に重きを置かず、自らの赴きに対峙する出来事に措置される現用の差異を自らの物差しで測るから、懐疑的な一生に包まれるだけに慎ましい一生涯が老ける事により浪費される真理に基づく事への恐怖が不安を生み、絶望に全容を捧げ、ことごとくに措置されては、高騰する意識にハミングする永遠が正接されては、包囲網の最中で自らの惨禍に調和するような要因が挫折を繰り返し、陰影に重なる廃棄された自らから抜け出すような猥雑な時に措置される出来事が蒙るような矢先に大胆不敵に入り交じるような要因が数々の凄絶さを受け入れ、価値は物凄い消費により、行為を逡巡し、張り巡らされる期待感に理想を突きつける事が静謐さを生むような要因を蹴散らすような場面に瞬間が凍り付き、収束される出来事を紐解くべき理論を全貌に拡散し、配備された愛に行為を飛び越え、春情を吐露する実体に過敏性の愛がケミカルな嘘を吐き、廃絶される時のクリミナルな空間に基礎を打ち付ける事に用いる鉄槌が赤い閃光を放ち、分断する先々に倍増する痛みに動向を授ける頃に入り乱れる先々が感応する事で世界は効率を求めるだけの破綻に追い遣られ、動機を求めるだけに頽廃するような形に記号を移し変え、あらゆる原理に損なうことごとくに脅えるだけの自身に措置される。

目論み老ける瞬間

収斂される出来事にジレンマは加速し、瞬く間に症状が楽観的な意志を紡ぎ、包まれる津々浦々の事柄が、高騰する時代に凄絶に結ばれながら、向こう見ずな私は、見捨てるよりも、見捨てない事に見廃れ無いように要因が余韻を吐き出し、加工される義務に要するだけの希望に膨張するだけの機械的な言葉を燦然と突きつけるよりも、この要理にのし掛かるだけの圧力に兌換される紙幣的な感情者たちが、桃源郷を求め悶えるから、孤独な病理に打ち勝てず、加点される量子にリロードされる環境を撃ち抜くためのメモリーに心境を残し、惰性な自己に食い尽くされ、空間的に朽ち果てる事を老い、と言うから退屈さが増すだけに過ぎない真偽に悶え、朦朧と怜悧な時に排泄される金銭が行動を束縛するから、理は配備される以前に真理を無くし、穢い意味に応答を繰り返し、膠着するだけに打算される聖戦に自らを投棄に、世界に抵抗せず、戦争を始めるだけの欠乏に悶えるだけに散々な現象が激情を生み、ほとんどの軋轢を生み出すだけの価値に懐疑だけが生まれ、誰かに流されるだけの数百年、たった数百年で、何度も破綻しただけに過ぎないことごとくなどは、自然に任せて終わらせるべきであるし、またはじめされるべきでも無く、投棄される原理に掌握される事柄に高揚する出来事にだけ帰任させるべき余白に事柄が律動する事で、ことごとくは愉しい音楽に変わるようなカウベル用い、はためく忙しさの彼方で踊り続け、恐ろしく阻喪な出来事が喪失感を深層に下すから、乖離するだけの現状に備わる事柄が排斥されてはみすぼらしい今に査定されては、展開する理想にことごとくは儚さだけを打算し、燦然と突き抜け、恍惚に至るような安易な世界に展開される意志が硬直しないように、棚引く永遠に陰影すら残さず、数理を吐き出す宇宙が閉塞的な観念を吐き出し、高調するような現在を啜り、端的に膠着するような要因に直走るだけの関係性に帰宅するような敷衍を続け、短命ながら、飛び交う事に重きを置き、定位置から乖離し続ける様な絶縁を繰り返し、至る意味が掃き溜めのように感じるエゴたる主神たちが、試みるだけの主義を吐き出す事への傀儡を終え、従属すべきは、あらゆる変化を遂げ、ドットやモザイクの彼方で下手くそな台詞を吐き出し、浩然と尽きる吝嗇たる悠遠さに蔓延り、配備される欲を突き抜け、私は何事をも持たぬから、この支配への隷属を終え、十全な意志に綻ぶ事無く、ほとほと飽きただけに徘徊する情報や画面から離れ、見る、とは、何であるのかを知る。

2014年2月10日月曜日

どこであろうがこの意味は位置を持たずに夜を彷徨う日記

ただの一瞬で散るのは、絶え間ない今だけである。私はもう既に千切れ、絶えず断続的に処理され、現状に消費され、屈折して行くだけに過ぎない。ニーチェを潮流に、ドゥルーズを押し流し、あらゆる方向に新しい革命の原型を備え付け、与えるべく電流に、愛や自由や暴力や戦争や、国家は持ち込ませず、あらゆる角度に革命を置き換え、首脳にすべき自身を置く、という行為から離別させ、倒錯させ、逃避させる。現実は単につまらない情景に、冒険を与え、気怠く今に作用するだけにしか、過ぎない犠牲は短絡的な誠意や物資を求め、自らを見捨て、自らを歪める。感極まる関係は密接な秩序や規律を持たずに、互いを噛み砕き互いの土地や領土を占領し始める事から資本は牛耳る事を始め、支配を加え、抵抗するものに不安を植え込み、悴む意味を自覚する以前に備わる確執が互いを追求し、互いを引き離し、引き裂く理由に卑近な意思を繋げ、緊密化する関係の軋轢が恋に発展せず、互いの予感を彷徨い、気圧に定まる思いが、かけ離れながら、蔑ろにした思いが、世界を突き抜け、抜け駆けする思いが這いずり、内心に薄い膜を与え、端的な理由が不規則に刹那に絡まり、貪婪に排除され、詰り滲む思いが寂寞で慟哭滲む変わり、浸す理由が貧賤な価値に定まり、退屈を買い取るから、取り留めも無い今に退廃し、可決される理由を認識もせずに、不足した理由を経ては、遡及する行為に配される愛に突き動かされ、去り行く意味に形状も残さずに、時代や時間にアクセスして行き、清潔に結ばれ、甚大な意味に飛散し、絡まる月日に格子を与え、囲う罪に幾許の世界に赦しを乞い、加速する時間に陰惨な離散を加え、世界から離別して行く世界は順序や順路を失い、渇望するだけに乖離する理解を含ませた階段をよじ登り、段階を辿り、霞むだけの思考を彷徨い、至る感情の浄域を自ら創り上げ、そこに夢想するような瞬間に彷徨く事があたかも幸せかのように、示される状況に備わるだけの理想を蛇行し、措置され、配備される愛に配属しては、展開する理由の転機を追いかけ、生い茂る今に加速する意味を錯綜させては、転送される理由に朽ち果てずに、苦境を辿り、一過性の事実に浸食していく今がことごとくの論理に入り交じり、打算される半径に儚さを置き、この硬さを廃棄処分にしては、リリカルな私情に浸透する世紀的な語弊を嗅ぎ取り、利息だけを支払う世界からの汚穢を受け取るのが、経済的循環であるし、純化作用を運びたがるニヒリズムな超自然言動者や、ヒューマニズムに支配された自堕落な器官に淫蕩な支配が流れながら、このアナグラムに競合されるだけの価値が転送され、理想を捏造し、理路騒然とした管理下の中で官僚支配の名の下に、構築される痛みを絡ませるだけに画期的な理由を失い、正続する時折にベターな想いが満足を誘い、快楽を誘う事に長けるだけの理由が離叛しながら、凄惨な現状に訪れる生産的な痛みや目眩が迷妄とさせるようなことごとくに裂けるだけの主意に訪れる常時に備わる英雄的な心情を辿り、悲観的な君の状況に至るだけの統合性を求めるだけのデカダンな私情に訪れる世紀的な関連性のことごとくを千切りながら、戻るも恐ろしい過去の顔を眺めるだけの傍観者たちの大愚を受け取るだけの寛容な心の箱に収まる思念が逆流しながら、加配されない心情の信号が黄色から赤に変わる頃に備わるイデオロギーは、一切の怒りと暴力性に染まっただけの欺瞞で人間を律動させるから、ことごとくの動機は動詞を失い、長じる運命にうねりを与え、反響する力が反復し、大きな力で、この世界を飲み込むような意味合いに施される事柄こそが、この永遠を配置し、森羅万象を受け取り、全てに大丈夫だ、と告げる頃に、理を置く。 感謝、ことごとくに生活を置くよりも、遠退く自己に存在をお供えするよりも錯綜し続ける。御礼。

ただ君は自分で有ることが不安なように見える

力の使い方を誤った連中が着膨れした自らの主体を引きずり、世界に自らの横柄さを突き付ける。堅持すべき理由に自己顕示欲に至り、鏡に映る自分を乱反射させ、自らのコンプレックスに潤いを与えるべく要らない物を買わせるのが、キャピタリズムである。男だとか、女だとか、と促す邪魔な意識が邪悪な意思と結ばれ、大切な自らの世界に憎悪を運ぶ。確執はたまりきった悪が魑魅魍魎に変わり、理屈を食い荒らし、世界に可能性すら残さず、根刮ぎ引き抜き、喪失した過去は、永遠に消費されるだけに覆され、裏返された自らの永遠に断続する世界で立体的に苦しんでいる。その形の奥に備わる意識が価値を見出さないから、打算されるだけに計算尽くに奪われる価値が消え去り、影も残さずに世界から離れ、今に氾濫し、統合したがり従えるだけの世界から離れ、引き合いに出されるだけの世界を蛇行し、行為に必然を残し、全容に拓けるようする価値を耕し、自らの善悪だけで誰にも流されず、自らの価値を織り成し、消費せず、消費されず、需要に供給される力を批判的に引き離し、何もかもは、自分に正しく在る事が、エゴイズムに変わらぬうちに、赦す行為や同情を用いず、同調せずに、協調に至らず、超自然的に和解し、回避し合う互いの皺寄せの深淵に何度も陥りながら、ロマンスのラビリンスに零れる憐憫も、仄かな災いを保ち、誰かが誰かを屈従させる為に世界は備わらず、自らの正しさを押し付ける以前に多様化する未来に多種多様で、計り知れない程に破壊し、錯綜し、破綻する世界がまちまちに緻密に結ばれ、無数の素粒子に無責任な対話を施し、互いに入り混じる影を否定的に捉えて、弁証法と形而上が緩衝し、互いを総和するのが、愛である、と自然に回避する姦淫な出来事に帰依する価値に価値は無く、果たす自らに刻まれる今から離反し、世界は凄絶に結ばれ、互いに交合しながら、往復し反復しながら、互いは互いの力に手繰り寄せられるから、抑圧し、力の根源に備わる意味を失い、蔑ろにした瞬間に自らを失い、惨めにまとわりつく意味に帰納する出来事の内外に理由が出這入りし、自らの背理が備わり、理解を緩慢になぞり、互いの謎を読み解き、解き明かす今を読み取り、絶えず欺瞞をそぎ落とし、根刮ぎいただく観念に至る情景や情念に余韻の余波が伝わり、あらゆる波紋を身体に与え、讃える今だけを消化する事に対して消費は含まない。絶えず動機は他者を含まずに自分の内外に孕む、あらゆる自己を紡ぎ、継がせる事に繋がるような観念を謳わせているだけに過ぎない。回避すれば、回避する程に絡まるのが自己なのであり、考えを緩慢に消費し、浅薄な倫理を押し付け、思考停止に至る者に価値は見出せない。或いは見捨てるだけに、何れかは廃れ、見捨てられるだけに、過ぎない。卑下する対象からも抜け出た所にあらゆる価値の源泉は現れ、自らが促したカタルシスであらゆる情景に聡明で正統性を保つ恒常的な清潔感を彩る世界を形成する。諦めぬ完璧な意志こそが、完膚なきまでに陥れるだけの大衆たる落とし穴の普遍性に気付き、自らだけを敷衍して行く。

全ての差額を受け継いだ夜の痛み

思い出は穴に入り込み出てこずに、アップデートされ、忘れ去られる。 意識に軽さを与えぬように、意志に重みを与え、貫く意志には、最大限の痛みを注ぐ。関する理由は斜面を滑り、あらゆる原因を拭い、注釈する意味が発散され、自らが、調和される生活が退廃を用い、人間性を荒廃させる社会が交配すべき生贄を差し出す。さしずめ、紙面上で執り行う姦淫たる婚姻が、人間そのものを穿ち、握り潰すに、過ぎない散りゆくものが最後の最後に願い、逃した物語に引きずられながら、互い違いに行き渡る物資や物体や記号を捨てて、ホワイトホールを通過した逆説的に接続し、摂動する自らに揺蕩う奇跡を、この現実だけで、堪能し、大衆化のシステムとプロセスに組み込まれる前に、自らを革命に至らせる。残りの生活は学問に捧げる。騒がしい街は五月蝿く力だけが跋扈し彷徨い、悪戯な住まいを求める世間や世界がせわしなくぶつかり、見果てぬ夢に徘徊し続けている。息吹く月日も鬩ぎ合いながら、きっと何処かのさびしさに交わり溶け合い、窮屈そうな満員電車の中で仄かな恋に陥る過程などに靡き、自らを鞍替えし、翻しては、静かな主体に近付き、導く全てを掴みながら、自らに攻め合う月日に凭れながら、疑う意味に晴れる今が澄み渡り、喧騒から離れ、自らの静寂に確かに帰依し、自己の秩序を閉塞する家庭環境や、加速する社会性などから離れ超脱する主観から見上げる世界が見下ろす限りを織り成し作り出し、自らの影を背負いながら、足枷外し、世界を纏め、一律な意味に帰するのだ。 曖昧に甘いマインドに入り込む自我が分裂せずに分断した価値に世界を背負わせ家畜化されながら、労う価値観たる同情を宗教に映し出し、報いを与えるだけの生産的な世界を生み出す粗暴な資本主義と謳うだけの原因や原理に揺蕩う自身が路上で放置され、捕食もされず、平和に寝そべるまでのレールを進み、自ら浮き沈みする毎日に伝染する意味を流浪する。流布すべきは思想であるし、静かに暮らしても、筋書き通りに行かぬのが、世界の原理であるかのように支配する原因だけが力を放ちのさばるから、それを翻し、全てをいただくべく、革命を急ぐ。じっとしていても、何も始まらないし、況してや、動き回ったて孤独を知らぬ限りは緩慢に消え去り、何も残らない。この世界で孤高たる唯一の存在だ、とエゴイズムを放ち、自らを世知辛く突き離す事に解離する理由が理解を含み、世界を横領し、応用する意味も、歪曲し、屈従するだけに至る進化を綴る叙情詩に世界を移し替え、永遠を即座にこうして、生み出す。

2014年2月9日日曜日

完全性を纏う夜の日記

防犯意識を広範囲に与える。保つ因果に犇めく理由が交差し、蔓延る今が悪意に変わる前に立場は無くなり、空洞化する思念に企みが生まれる以前に愛が放たれる。誰にも権力は与えずに、自然な状態に信じ尽くす事が出来れば、恒久的な支配は終わるだろう。要する価値に弄する者がいなくなれば、痛みも無くなり、何の恨みすら無くなるだろう。要するに、価値は擁護されぬあたりに囁き排出され、愛する事も失い、彷徨うことごとくが、緊急に結ばれ、消失することで、互いに争う事を辞める。近代資本主義が織り成す、恐怖と支配のプロセスから抜け出すべく、超人化し、至る意味から逸脱する覇者であり、分裂的であり、力に意志を加え、生きる意味だけに帰任し、それに生かされ、ていると支払い続ける義務化に、何の正しさも誤りも持たない事が、一番の問題である。革命家は、資本家を打ち砕くべく、自らの意志を力に転じ、多種多様な事柄や物事、人々から力を搾取し、その力をリビドーに扇動し、暴力的に至らせる事は、革命の中に収まり、革命を超越など、しない。その革命の内外に晴らされる力の均衡を保たぬ限り、価値は歪んだものになり、あらゆるシナリオは、捻じ曲がったまま、歪んだ歴史を思考に植え付ける。後にも先にも神は一人であったし、後にも先にも神は存在など、しなかった。ただ、成し遂げた後の痛みに悶え、欲情する本能が、止まらぬ意思を吐き出し、誇大妄想に至り、猜疑心に苦しみ、他人を蔑みだした辺りに備わる普遍性などに、苦しむ。所詮ひとは、狂気を自らの境域に拡散し、互いの境界の平衡などを保とう、などと求めるから苦しむ事に至る結論に滞るニヒリズムこそが、宗教そのものたる由縁を放つ汚穢であるグローバリズムが叫ぶ卑猥さや、卑賤さが、その宗教に与えられた倫理を貪り吐き出し、互いに卑下し続ける。あらゆる悲劇や生死は隣に寄り添い、蹲り、嬉々として自らの自己の深淵で静まる自らを傍観する。あらゆる刺激は内外で乱反射し、絶えず自分を照らし、事象に絶えず、自らが帰納して行く。その納期に課せる税が、現在に圧力を与える。育ってきたものを刈り取り切る者は、育ってきたことを見ずに近くの痛みを遮るべく、無残に切り取る。その意識が、削除し、排除するシステムを作り上げ、絶えず忍び寄る死は、その場で横たわる。ただ、大地のいたわり感じ温もる。アミノ酸と融合し、全ての遺伝子が弾ける深度五万メートルの思想が如実に浮かび上がる。別け隔てる事を始める前に開ける。確かな世界を見越して、あらゆる成因に繋がる因子に関する災いだけをは排除する。偶像崇拝が時を経て、確かな信仰に変わり史跡に組み込まれた概念が、外観に圧力を加え、無意味に意味を授け、対象に、神と名付けた。 感謝、こんな所で、終わる位なら、初めからやりもせず、流行もしない。御礼。

去る者負わず来るもの凌駕する

数々のジレンマに襲う軋轢に供する君に服従するだけの力に兌換されるだけの紙幣に私権を与え、あたかも、そこに価値があるかのように示されるだけを買い取る価値に懐疑的な瞬間が律動し、瞬間に猛る思いが主たるイメージを強化させ、境界を持たぬ自分を克己させ、超克し続けては、反復する意識に同じ意志を捧げ、注ぐべきは、自己を高調させ、行動に道理を突きつけるよりも、未熟な盾を用い、論理武装で、相手を論破する頃には、認める意味を忘れ、未熟なエゴイズムに陥り、否定するだけに真理は横着に絡まり、真実は、厭うべき対象だけを見つけ、陰口叩くだけに過ぎないから、はっきり、と物言う私に、煩わしい事など、一切無く、苦楽も共々に落胆するよりも、空白に空虚さを植え付け、一過性の事実に史実を植え付け、真実を掻き消すような修繕を行う限りに取り繕うだけに理性が、可決すべき欲望に動向を預け、快楽の傀儡と化する限りに回帰する現在も、擯斥を繰り返し、理想を窮境に収めながら、育む意志は、急降下しながら、完全性を纏い、リリカルな理想に恐々としながら、帰巣するだけに留まる想いの一切を解放し続けるべく、自由や幸福は求めない事に尽き、突き動かされる事実が複製されながら、偏執する意味に蕩け、熱情する意志に品格を与えるよりも、善し悪しで物事を設立し、それを摂理に、誰かを裁くだけの世間に改竄されては続く痛みだけが、膠着し、続け、貪婪な意味合いが老けるだけに遮る想いに膠着するよりも、依然として変わらずに、誇張し続ける事に、エゴイズムは存在せず、典麗な時に措置される自らに場所を求めず、ひたすらに来す現在を颯爽と突き抜け本質から変えるべく、私は、何事にも曲げられず、自らに迫ることごとくは私の意志だけが解決し、胸裏に至る絶対性にだけ行き交う今に阻まれず、憚る事に朽ち果てず、手にした意味を凌ぐ想いでひたすら高揚する事に浪費される事も無いのだ。隅々に染み渡り、あらゆる生命に循環する希望を授ける。蔑んだ表情を重ねる無機質で無謬性を持たない無感情な静謐さを蓄える現実的な女性像や、思春期の羅針盤がグルグル回りながら、論理をカスタムし、寛容な世界に批准を授け、預かる時に措置される事に諦観せぬように、艶めかしい時を再利用し、自然的に配する意味に因果を突き抜け、困ずる時に貧する事が無いように、辭でだけ生きる事に決意以上の動機が備わる。 確実に言い切るまでに迫る想いが立証する真実に真理は横着な私論を繰り返し、雑多な意志を紡ぎ、世界を正接しては、試みる意味合いを喪失し、展開される事柄に締め付ける割合に貧する価値が、過去を越え、行いを越え、遙か悠然な時に措置されずに、時を思う前に、名前を捨て去る事に場所は空間を徘徊し、自由を求めるよりも、不当な意味に統合されない意志だけで、旋回し続ける世界に一生涯は概観を照らすだけの価値に貧しては、破綻するだけの未来に加担するから、用いる価値に募るだけの一生が偏執しては、白々しく膠着する事で、そこに固着し、身動きも取れずに、自らの軽さを保てない、が場所はどこであれ、彷徨くよりも、その場で、どこまでも高く行けるものこそが、真実からの行動を捉え、動作する事が何たるかを知り、何かを思い、連ね築く事を意味の本質を知る。

朗々と促される季節

ほとんどは、手探りに進み、期待するよりも、離れ合い躓くあちこちに緻密に入り混じり、ただ優しいのが世界であるし、抜け出る先にあるはずもない事を語り、カタルシスを行い、高揚しては、デトックスし、赤裸々に結ばれ、悲運を掻き消し、形跡を無くし、錯綜する世界に添うように育み、揺蕩う月日に濫觴しては、育む世界に、枠組みは持たせず、囀る今を支える世界が断続し、管理下から抜け出し、這いずる愛に磨り減る心が磨耗した辺りで、一過性の一帯は、価値を探す為に土地を奪い、領土化を終え、凌ぐ愛に課せる重みで、自らを押し潰す寂寞に離れる愛は猜疑心に固まり、凝固しては、醜悪さを重ね、立場を交錯させ、錯綜する世界に順序を用いながら、空白を埋めるだけの作業に断続しては、フラクタルに入り混じり、瀰漫する事柄が浅薄な官僚を生み出し、欲だけに行き交う事が、キャピタリストを量産し、ニヒリズムに陥る格差が、確執に変わり、時間を襲撃し、感覚を奪い、逸する時間に突き離され、果たす今につくづくが逸脱し、苛烈な日常に記憶は無くなる。同じ言葉が纏まり、自己の主軸を捨て去り、あどけない表情であらゆる高みを目指し、弱点受け止め、遥か上空まで昇り詰める。ただ、誰も正しくないのが世界である。或いは、正しく有ろう、とするのが、世界であり、そう仕向け、説得するのが、世界であるかのように示される名前に擁護されるだけの綺麗や、汚穢は、偶像化した主体を崇める為だけに、神の代用品へ、と変わり、みすぼらしい罪と罰を善悪に擦り付け、そこに裁きを与える事に転換される意味が価値を見下し作用する事に偏執する主義が思考を膠着させ、硬直する意識がその場で固まり、懈怠を促し、発散されない痛みが転送され続ける事に於けるジレンマが今に遠退きながら、霞む想いに領土を与える以前に備わる価値に見捨てられるだけに展開される意味が意志を強固なものにし、門前払いを受ける世界を公平的に見つめ、或いは幸も不幸も終えた辺りに、平等すらも無くて、重ねる意味だけに徒労を重ねる名前や、場面だけが展開され、数々の意味合いにあらゆる原因を突きつける事に専念する意識が、誰かの言葉を借りて、煩わしい猿芝居に興じるよりも、もっと鈍麻に悩乱するような修訂を行うべく、改竄し続けるテクストを書き換える。

2014年2月8日土曜日

超然と備わる夜に乖離する日記

試みる今に位置を授け、時間から離れ、併走する月日に悶える意味もちらり、と消え去り、至る意味に姑息な君が存在しながら、存在とは、単なる原因を持たぬ影であり、君の幾何かの形に備わる理想に離床する森羅万象や、満干に備わる未熟な戦争などが、なぞる夜に世界を形成し、叙情的に霞む余韻が引き裂く合間に訪れる差延が心情を梳かし、行為を収斂させ、時代に注がれる自らの繊細さに肥大するような時間に一切合切が膨らみながら、譜面で躍る音譜のような寛恕が降り注ぐ曖昧な豪雪の最中を歩き、気怠い山脈を数秒で越え、至るレトリックが嘯く頃には、逸する価値が、穢い社会を形成するかのように嘯く時代に訪れ肥大する資本を解体し、位置を持たぬままに配分する力と価値に変換器を設置し、配備される機械的な構造に欠如を加えるのが、人類であるかの如く、衰亡する現在に返済されるだに遍在する意味が所々で欲深く操作し昏倒するだけに自堕落な世界に社会を突きつけるから、突き抜ける意思も、想いを持たず、単に流されるだけの欠如を含み、自らに結実すべき意志を持たぬから、単一な力に支配される。 どこまでも細分化される想いがサイファを求め、真実に繰り広げられ誘致される行動に教わりながら、連理になり、通じる意味が民族に変わりながら、動向に帰巣する本能たちが、堕落した世界を舌なめずりしては、世帯間に訪れる隔離された倫理に施されるだけの苦悩に酔いしれるよりも、失速するままに、悲観せぬように、関する意志に誠実さが訪れ、希望に要する運命が煌めきながら、関する理由に一切が引き離され、犀利な感覚にだけ訪れ緩和される意味合いが膨らみながら、悶える時折に行為を順繰り熱くさせるような事実に拘引される意味が不当な事実を引き裂き、自分自身を飛び越え、集約された現実を切り開き、諸々の意味を復興される事が、この世界を社会に繋がず、自らに繋ぎ、あらゆる原理は、エゴイズムに集約されながら、エゴを解体し、修繕される意味に基本を移し変える自らに欠ける事無く、確かな本質を自身に描き続ける。 懐疑は著しい諦観を生むから、乖離する理想に帰依するような世界に収納すべき自らに存在を措置し、押し付ける事を皮切りに、問題を茶化し、超過する現時点に浸る存在に用いる位置が、一縷の望みをかけて、ほとんどの要因に形骸化した理想を突きつける事に浪費する気持ちに心象は既読されるだけの観念に浸るだけの偶像に行動を移す。ほとんどは措置され、配備される事で、行為に服従を重ね、隷属し、屈辱に朽ち果て、弊害に悶え、概観に備わる事柄の軋轢に圧縮され、圧壊しながら、制度にふやけ、自らの規約に訪れる規律に襲われるだけの価値に飢餓し、飢えるだけの気持ちに希望を重ね、朦朧と示し、締め付ける意味もことごとくにおどけながら、近影に蕩ける時間も遙か欠如だけを謳う。 時間は不当な原因を牽引し、全ての理想を打ち砕き、ことごとくを縛り付け、乖離する意味に理解を含む前に、心象に蕩ける時間が一体化しながら、逸する価値に気持ちが硬直するよりも、尊く思う時に育まれる意味だけに、意志は繋がれる。 感謝、完全なのは自分であり、責めるべきはどこにも介さず、自らに訪れる喜びだけに徒労し全てを逸する。御礼。

抵抗する現在に措置される力

誰かの罪を蔽い、女々しい今に理想を繋げるだけに競い合う価値が生まれ、それがあたかも何かを成長させるように思うだけに廃れるのが、形骸化した経済が吐き出し嘯く幻想に現行を求めるから、君は空虚な主体の中でケアされない痛みに排出される意味に溺れ、高い所から眺める意味に今を求め、欺瞞に喘ぎ、流出される今が氾濫しながら、搾取されている事に気付かず、それを羨む事が、確かな憎悪を拵える。或いは淫蕩な世界に発色すべく、発症する意味合いに統合される病理にあらゆる抗体を用い、光景に集計される犠牲を数える事が経済的成長である事に気付かずに、君の大切な時間は、誰かに買い取られる意味に解答させる以前に、この自由に至るだけの価値を買い取るだけの君の理想にこそ、君が用いる軽快さを奪い、快活さに動機を与えずに、誰かの餌を貪り、何かを食わされている事に気付かぬ限りは、君は飢餓するままの欲望に推考するだけの行為に崇高さを憶え、確かな物事を欺瞞に染め上げ、緩和せずに、敢行し続ける意志に能動性は無く、アナグラムに酔いしれる現在に白々しく過ぎ去る意味を探る羅針盤で想いの針を巡らせるような偶感に酔いしれ、感動的な行為に呼応する現在に慰留していく感情が情理を妨げる頃には至る意味も、一切合切に一矢報いるように、要理にはためく事実を関する意味に繋げる世界が高騰しては、広域に迫る要因を嗅ぎ付けるだけの動機が拘引する世界に正常さを求め、引き戻されるような心象に開ける動機が巧緻な意味を巧みに操り、私は私の革命だけに経路を与え、欲や暴力に至らぬ事に重きを置くように示す割合に数理も無ければ、理解も要らぬ事に重きを置き、立証される真実を展開させるだけに偉大なのは、用いぬ事であり、持つよりも、激しい意志だけが、この決する今を飛び越え、あらゆる原因に原形も残さずに、こじつける意味を拵えるよりも、要理に犇めく出来事に生じる意味を突き抜ける今だけに至る記憶に霞む原理を解き、あらゆる価値に価値を引き摺らずに、単に晴れ間に輝く自分で居る誠実で静謐な時間が対照的な自我に時間を授け、運命に徒労を重ね、浪費されては、雲隠れする精神が比率を求め、偶像に至り顕示する時間に簡易な意味を下し、燦然と突き抜ける思いが寛容な君の中で肥大し、緩衝する快楽の傀儡に変わる頃には、付きまとう意識がミニマルな気持ちに和む想いを加配しながら、配下に下す理論に早熟な気持ちを長じる運命に行動を預け、天命を下り、曖昧な心象に示唆を繰り返し、蜿蜿と繋がり、這いつくばる真実に信用を授けるだけに預かる真理を資金に変えながら、満足が買われる矢先に、飼い慣らされ飼育されるだけの家畜で終わるような文明の対価を求めるだけに訪れる価値から離れ、嫉妬に失速するだけに皮肉を溢すだけに画面を弄くる喜びに耽るよりも、耽美な風景を写真に収め、短絡的な悔悟を増やすだけの愛憎に耽るよりも、対比しない今に意志を授け時間から長じる運命を拾い集めながら、加算される原理に理想を突きつけ、健全な意味が波形を与える。

あべこべな罪に至らぬ世界

繊細な物事を放逐する全貌に濾過する自然性の摂理や、刹那に世知辛い意味を織り交ぜながら、この長い主体性に訪れる飢餓や、画期的な意味を失い、喪失感に揺らぐような鈍磨な感情に押し付け合うような要因が妨げる今の移民になり、成り行き任せに空腹を癒やすだけの世捨て人的なビートを刻み、憤懣を溜め込むより、気ままに愛した記憶に気負う事も無く、用いるだけに止まらない物を求めるよりも、もっと確かな身体を愛し喘ぐべく、求め合うよりも、ただ元手も無く、元通りにもならないから、馴れ合いや、モラルは要らず、良識ある行為などにコギトは備わらず、広義に備わる大義も意味を失い、ただ単に私利私欲や、自分の保身の為に至る事柄などに関する出来事の諸事情が嘔吐を繰り返し、応答するよりも以前から価値に擦り付ける意味合いだけが、擦れては、展開する今に転換されることごとくも、誰かの物で有るし、その所有に寄り添うだけの価値に皮肉や、貧寒な君の欲望が、そのままのし掛かるような果然とした全容に犇めくだけの深層に廃棄されるだけの蕭然とした意味合いに耽るだけの夢想的な時間に蔓延る詩的な乖離には敵わぬから、君が用いる意味を叶え、奏でるべく、何かを文字化し、言語化されるよりも、記号化に至る差延していく原因に広がり二律背反する答えが用いて創り上げられた世界の結果が、これであり、あれであり、硬化しては陥落するのが経済であるし、この出来事ができたのも、たった数百年の出来事であるし、この法理に囲われているのも、たった数千年の義務をギミックに換え、棄民が貨幣に変わり、果敢に挑む事を革命と呼んで数秒の描写の彼方で宇宙の緒を紐解くように、囓る世界に惰性な真実だけが、妄想的な主観の奴隷と化する時に隷属する主義などは、所詮数十年も持たないし、何にも満たない流行のようなものであるし、短絡的な伝染病のように誰かの心を占領し、占有する頃には、治るか死に至る病であるか、と満たない感情に押し付け合う未来も、鈍磨で貪婪な意志に悴み、叙情的な不当さに、溺れながら、投函される今に生じる痛みに配備される症状に切り捨てられ、排斥された後に配備される頃には確実な依存性を含んだ関係性に関連しては、シェアするだとか、妥当なエゴをエコに変え、安楽死を求めるような世界に静謐さは無く、単に暴かれる意味の魑魅魍魎たる人々が溢す憎悪でふつふつ、と煮えくり替える世界的な鍋の中に場面を注ぎ込んでは拍動する世界に立証される出来事の価値をゴミで買うような事柄で世界を征服し、成敗を繰り返すだけの誘導を繰り返すシオニズムが生み出した最もな罪が暴力に至るから、価値は終わらないままに引き延ばされる。

2014年2月7日金曜日

確かに抵抗し離れる今が晴れていく夜の日記

選ばれた時を、猛然と歩く。もうずっと徘徊し続け、誰の配下にもならぬから、配役を決められる以前に訪れる、前途多難な期限を復唱し続け、輪唱し続ける世界が加算する起源を彷徨う。狼狽え無い思念に内服される今が、副作用を与え、複製される真実を頼りなく思い描き、弛む季節に、軌跡を与え、動機に永遠を授けて行く。自らを指し示す意味も不必要であるし、自らの不備に不満を零す間も無い。ただ、短絡的に結ばれ、無数に措置され、因果を飛び越え、翻す今に意味は募り続ける。続けても尚、取り違えた我が子にモラルなどを突き刺し、支払いばかりに鬩ぎ合う価値を転換すべく、私たちは、誰にも統治されず、占領される訳にはいかず、そこに支払うべきに保たれる国家に、国家などは、存在しない衝突ばかりが憚り加算され、戦争に至り、互いを労わる欠如に、革命の意味を履き違え、暴力に至るから、乾いたままに、叶わぬ今に狭まる。壊すと創るは絶えず動機を一致させ、平衡を保ち、互いから別れ、穿つ。そこに埋めるべき根は、どこにも埋めずに全貌を媒介すべき触覚に変え、あらゆる場所から栄養を分け与えられ、今に創造性や閃きだけを授ける。それ自体に備わる以前に実体は無く、プログラミングされた過去から加配される意識に意志は存在しない。絶えず希望が無いところから希望を生み出すのが私だ。しかと見よ、我成し遂げた後に刹那は生まれ、現在に長じる時間は遮られ、裏切り霞ませながら、世界に露呈すべき意味合いを復唱し続け、見事な原因に介し、至る今を実現して行く。加算される現実を幾ら眺めても、単なる自身の傍観者に変わり、導くよりも、ビクビクして、美化される事実に去り行くままに立証される事実に去り行く形状や、傾向を確かめながら、兼ね合い、掛け違える意味を忍ばせ、世界が色褪せながら、暖め合おう、と縋り寄る愛もいつかは、夜の嘘に遠ざかり、去り行く今に暗澹たる激情を募らせ、まちまちに緻密に拭われ、確かに至る今に律動しては、原因に微かな記憶を残し、霞むままに訪れる目眩を感じ、流離う意思を押し上げ、事実を流浪させ、リリカルな今に離散する世界の静謐さに、揺らぐ。 感謝、誰かに何かを思われる以上の事を反復し、繰り返す。御礼。

偏向しない確かな意志

永遠は精神に結ばれ、純粋な肉体を介し、懐古を辿り、過去から辿った後から振り落とされ、篩にかけられ、奮闘しながら、自らの紛争地帯を彷徨いながら、因子を解体し、あらゆる心象に起源が詰まりながら、感情に貧する監房の中で原理を奪い、積載される原因に浸るだけの容量の中で快活な動機を失い、留めるだけの意味に主体を備えるだけの邂逅や、交換されるだけの位階をぶちこわし、あらゆる行為に印象を授けるような行為に破壊性は無く、至る意味に発信されることごとくを伝える情報に印象を与えず、抵抗する世界に理解を含まぬように、貧相な世界に偉大さを残すのが、この私が解決すべき意味を含ませ、満身創痍で、騒動を飛び越え、相続すべきは、単位を持たぬ意志であるし、名前を持たぬ世界から発した意味を与えるよりも、術から倒錯し、全貌に幻術を与えるように嗅ぎ付ける意味に、書き換える今だけがずっと連なる。連なった後は崩れ去るだけの余韻が因果や、カインとアベルなどに変わりながら、暴かれる後に崩れ去る模様を量子的に改竄しながら、原子を濾過しながら、完全性を含まぬ今に全容を授け、時間を加算させるほどに空回りし、補填もされずに、補完される過去に平謝りするような時間の隙間に軽減されない痛みを摩耗させながら、促される意味に今を繋げ、ひたすら果たすべく、浸す今に斉唱される事実を露骨な支配で埋め尽くすだけの社会性に至る国家単位に備わる価値に鍵をかけたがり、掲げる意味だけに徒労を重ねる運命に重荷や、論争を用い、自らの保身の為に、この国を破壊するに至る行為に準ずるだけに守られる意味などに価値を用いるから、頽廃する。専横するだけに横柄な価値は君の孤独を嗅ぎ付け、何かを、買うべきだ、と宣言する事に生まれる欲望が君を機械化にさせる。改竄される世界に訪れる関連は、関係性を求め、関連する今に事務を与え、義務に至る意味に一生を擦り付け、届かぬ思いに逸する価値をなすり続けていく。霞む想いが信用を求め、嘯く街並みを徘徊し、立証する出来事に認識する価値がすり込まれる偽善的な成因が精神のインターフェイスに情報が統合すべく、その触手を伸ばし、深夜に訪れる静謐な君の森羅万象を奪い、修羅に変える。加配される出来事は背景に収まるだけの出来事を兌換し、媒介し、その背景を奪う。その占領されることごとくに、君は一切存在しないし、やがて至難を加えられ、君を占有する事に独占欲が颯爽と君の内部を支配し独裁的に至り、一体感を求めるだけに一体化する欲望が場面で、立体化させ、君を位置づける事で、君に重荷を与え、君は場所を用いるから苦しむ事に気付かないままで疲れ、老いて行く。そのままでは、その場所や場面の中で乾くだけの理想に諦観だけが、生まれ、至る苦しみは疲れる分だけ増して、そのまま麻痺してニヒリズムに至り、逸する病に至る。このサイクルから抜け出すべき方法論に論理は無く、儚く悶えるのが、自身で有る事に気がつき、何もかもを楽しみ尽くす事に結論を置き、諦めるよりも、努力を超越した努力を繰り返し行うのが君である事に、有する事や、在る事では無い事に気がつくはずである。

繊細なものを愛する彼方に備わる行為

普通であるから狂ったのに、同じ位置や意味に用いる普通は酷なままで、他の世界を赦さない。ただ、そこに嫉妬や憎悪がある限り感ずる言葉だけに感興し、試みる価値を、価値と呼び形成する概念から除外し、関係に繋がりを持たずに、分裂し、分け隔て無く連なり配される意味に場所を用いず与えずに、自らを示す以前の自分の全てを置き換え、ただ腐肉を貪るのが、世界であるかのごとく、世界を騙るのである。 対話は伸縮しながら、新たな世界に膨張し、やがて刹那に絡まり、弛まぬ月日を胸に抱き、接続される真っ先に去り行く形状が回避する境目に靡き、許し合う月日に集約され、導く矢先に乖離し、背徳を重ね、かまける時に友情を重ね、瞬く追憶に末広がりながら、怠ける時々は、私に優しくも無く、宥める月日に私は世界を設計し始め、はためく意味に委ねる時を脱ぎ捨て、収奪する月日にあどけない様子を残し、カラフルな毎日に懐疑的な擁立を繰り返し、擬態化しながら、終生を歩き、蕭然と弄り偶像化する矢先に高まりながら、長らくは私を隔て、有する月日に主意を残し、間接的に交わり、排斥されては、有する時に纏まりながら、今は揺蕩う月日を流動し、収斂しては、既読する矢先に殺生を反復させ、反芻しては、正接されては、劈く矢先は生命を持たず、祈る意志すら持たずに、嵩張る意味に浸透する気持ちが、心を応用し、可決される理由が解決されては、流出しては、敷衍しては、判然と詰まる矢先に所は無く、挟まる意思を弄り、駆動する世界に磔にされては、難攻不落な意志を受け継ぎ、至る矢先に高揚し続ける。寂寞に流動しては、放棄した矢先に放蕩しては、動機を拡散し、互いの行為に留まり、格差を持たずに、動機に上下を持たさず、至る意味に価値を与えない。或いは、善悪が転倒し、抑止する矢先に展開する訴因が粒状に変わり、素粒子が隠語を話し、達する世界に加速しながら、家族として出迎えるよりも、家族から乖離し、離散したままに、主体を加速させ、加点される理由に資産を与えず、忽ちに加速する世界に感情を捧げる以前に乾き切る前に押し広げる毎日に切磋琢磨しながら、切り裂き丸みを帯び、貧寒に薄ら寒い激情を主体や醜態に重ね、アルカロイドを放つ野菜や草花や動植物の屈辱を酔わすだけに這いずり充実しては、世界に構造を与えず、帰宅しながら、窮屈な上っ面をひっぱたきながら、孕ます時が逸し、収奪する世界に拮抗しながら、慢性化する季節を疑い排出される夜道に解析される理由が離反しながら、快諾される意味が錯綜しては、喪失する。凄絶に行き返し、配備される後が寂寥たる由縁に備わり、捌ける。形成された後が押し広がり、果たす意味に躍動しながら、有責する時に消失するのが願いだ、と人間性は極まり、片隅に置かれた自分から離れ複合的に腑抜けな毎日に落ちる憐憫などを、拾う者も居ないのが、キャピタリズムが、キャピタリズムである所以だ。

2014年2月6日木曜日

消費される夜を飛び越える日記

ゆっくりと染み込み解ける季節を瞬き、から回る月日に至る全てが巡り、末広がりながら、逸する季節から逸脱し、自らを中心や起伏にし、数々の真理を遡り、従属する月日に過失を与えながら、内積しては、流出される時折に加速し、流動しては、量子に変わり、果たす今に加速し、担い縫いつける異質さを開墾しては、植える根が排斥される自らが荒げる。生きているのは、瞬く間であるし、察する時に持続する誠実さに繋がる。 壊すのが、世界だ、と私の内外が叫ぶ弱さが、短絡的な自由や幸福を求めるから、強さを求めず、その場で膠着し、普遍性を求めるが、普遍なものなど、一切あらず、全ては裏切り流転し、露呈される事実に去り行く自分すらも、見捨てる。自分以前を遡り、革命前夜に至る。多目的な無が、フラストレーションを溜め込み、挑む今に窮境を悟り、イメージを膨らませ、産まれた今が始まりも終わりも捨て去り、自身を脱ぎ捨てた辺りが位置を持たず彷徨い、分裂して行く私が唯一求めるのは、依存しない多様体である空間であり、端的に浴する領域に置かれる場所では無い、超独裁国家をモデルに、多目的な世界に価値を与えず、法に価値を寄り添わせず、人に価値を与えない。孤独な者ほど、愛がなんたるかを知り、愛を読み解き、愛に触れなくなる。自分の非を認めず、愚弄し卑下しては、他人に対して説教する者こそ、姑息な餓鬼たる自己に気付かず、自らを貪り続ける形が支配する悉くを、解放すべく、立ち上がり、何度も、なんたるかを読み解く。導く全ても溶け合い、達する意味すらも、脱ぎ捨てた後に、遠ざかる段階は、端的な段階を断続的に交錯させ、物事を断罪する。或いは、自らの贖罪に苦しむ罪などに、罪は存在しない。 機能的なエレメントのような関係を放ち、懐かしむよりも、突き進み、自らの鎧を突き破る。 管理システムに反する鳥たちが運ぶ噂話を聞き、憂さ晴らしする一体感に運ばれるのは、巨大な誇大妄想と怪物化するルサンチマンだけである存在は、存在する限りに、存在を思い、絶対に屈する。単に、両翼をもぎ取り、飛べなくするのが、思想だ。 感謝、近接し、作用するのが、愛で有るかのように迫る今であり、それをひたすら飛び越えるべく、自らは価値に寄り添わず、夜に寄り添う。御礼。

全身全霊で執り行う意味に含まれる微かな愛

目を瞑れば世界は終わり、自らに認識される想像の世界が意識の中で始まる。整合された瞬間は緊密に絡まり、完全に備わり、自らの半径を示して行く凄絶な時折に犇き開ける理由が飛び立ち繋げる。世界は作り直されるべく、世界と名を馳せ、自らを騙り続け、一つの位置に留まり、場所に互いの老いを傍観し合う関係を置き、互いの不安を晴らすだけの関係に系統を用い、自らから偏向し傾倒しては、立場などを拵え、転倒し、自ら掘り込んだ落とし穴に陥る。構造が分散し、あらゆる自分を分身に置き換え、単なる幻影を濃淡な時に落とし、自らを弊害である襞や壁に変える。正されるべきは、均一な関係に遭遇する悩み深い自分では無く、存在を定義する、他者たる対象である宗教は終わり、単なる超えるべき状態に変わり、相対する自己に時効を突き付け、行為に端的な終わりを告げ、事実は肥大しながら、日常に蓋をし、蔑む今に質疑応答を繰り返し、極まる今に離され、排除されては、消え行き倒錯する。生きるとは、単に漁るようなものであり、事実を翻しながら、蔑ろにされる今を嫉妬し、単に欲だけで動作するだけに蠢き洞察しては、限りなく不透明な今に陥る術だけに引き摺られる問題をそこに留まらせず、問題を引き伸ばし、あらゆる答えを演繹し、敷衍させる。哲学し、考えを追求する事が危うい、危ない、と告げる者は、与えられた餌を貪るだけに過ぎない。哲学が築き上げた悉くを批難する者は、何から法理や国家や権力が生まれたかを知らない革命の内外で、人間は壊され、孕む意味に恐怖を植え付け、人間性を寂れさせ、孤独に慄き、世界から孤立しては、醜悪な世界から掛け離れ、蔓延る意味に憐憫を与えながら、互いを讃え、緻密に入り混じり、互いに極まる間柄に解ける関係性が根幹になり、乾いた時代から何かを吸い取るに至る冷めた現状にダラダラ生きるより、下克上を行い、自らの立場に場所や位置や階級や秩序を持つ以前に蔓延る意味に配備される意味に屈従せずに、屈託無く蔓延る愛に無機質な秩序を彩り、複雑化する前に忍び寄る意味が君を見事に劈き、時間から離別に配する今に遠ざかる自らに近寄る難解な自分が世界から掛け離れ、寂寞に絡まり、惑わす月日に繰り広げられる意味が集約され、躍動する今に役目を果たす。遮る意味は唯一、愚かであるし、朗らかな今に劈く今が寂寥たる由縁を徘徊する幽遠な成因に備わる今が偶然を飛び越え、必然に至る自分が生まれる以前の世界は、どの位置に次元を置き、世界を成立させたのか? 全ての機能は多目的に悶え、世界に寂寞を与え、立場に帰任すべき存在だけに価値を与える偏りこそが、飽き飽きな今に姑息な価値を当てこするだけに増える傷が杜撰な現在になくなしの金をはたき、牛耳る矢先に支配者や資本家や独裁者や利権屋が闊歩するから、自由は拘束され、自由という名前だけに陥り、負担するだけに蛇行し、経て行く関係性に連綿たる余韻が瞬く間に入り混じり、背景に温もり残し、宛てもなく結ばれ、行く先々で交錯する人間に、人間という認識を持たせずに進む。たた価値は未熟な時間に蹲り、価値に惰性な意味を運び腐る。

物事のサイクルと開かれる意味に反する意志

後ずさりし、足りない世界の引力に引き寄せられ、現在に隠遁し、楽しみに突き動かされ、深まる意味に生きた心地を放ち、柔らかく生きては温かみに寂れる記憶に澱まぬ本心が嗅ぎつける矢先が未来を飛び越え、乏しく入り混じる月日を飛び交い、いたずらに過ぎ去る要因の余韻から超越し、緩慢な状態から超脱する。見た目はスローに作用する実情から離れ、納期された後を演繹し続け、拙い意味に格差を与える社会的な回帰にならされた今が辛辣さだけを保ち、互いを毛嫌いしなが旋回する意志が他愛ない実情に接続される部位に去り行く傾向を伝え、育む今に規則を与え、規律を保つべく、押し付ける意味が押さえ付ける。一部始終は収まる前に纏まり、緻密に溢れては、一切に改竄され、介在する意味に費やされる今に抵抗する。晴らされる意味に程よく解け、隔てるいまを絶え間無く解し、苛烈な今に纏まる痛みに育まれる事無く、赤裸々に修復され、祝福を重ね、あらゆる意味に功労を伝え、育む今だけに愛が氾濫する。形は、単なるどくぼを今に与え、互いの由縁に絡まり、事実は一体化しながら、近似し、緩和する世界に隔てられずに揺れ動く行為に、単純さと緩慢さを与え、物事を諭す。生活などは、所詮させられているに過ぎない永遠にそぐう自分が似通うだけに通う今が永遠に自分を添わせる。人は弱いからこそ、強く生きたい、と願い至らぬ今を何度も飛び越えて行く。行きたい所で楽しむより、行く所で楽しむ。それが唯一の喜びに変わり、拠り所などは持たずに自由に行き渡る今に重なる。単なる支配は、支配を呼ぶだけにしか過ぎない関係性に、互いを陥らせる事が資本家と奴隷の関係を生み、互いの軋轢が短絡的な恨みに変わる。何故、私は何も無い恨みから産まれ、確かな記憶も曖昧なままに、時間を認識し、存在に対象を絡ませ、存在に依存するのか? 何故、何者かになり、何かを買い、生活の為だけに自らを見捨て、自らを物体では無く、物資として扱うのか? あらゆる原理はあらゆる事柄を掴み損ね、自らに代償を課せ、借金を増やして行き着く不安や絶望に安易に押し潰される。圧縮された過去に明日は無いし、裁く罪に罰は存在しないと謳うパラドックスがパラドキシカルに触れては、不言実行に陥る矢先に今は直様、廃れるだけにしか、過ぎない私の先は何であろうか? 私の後は、何処に繋がり、短絡的な関係に終止符を打ち、自らの囚人と看守の役目を終わらし、現世に晴らすべき意味に解けるのか? 至る意味は所詮、至らぬ方向にうたた寝しながら、喘ぐ時折に消費されて行く。シュールレアリスム的に深層心理に無神経に入り込み、仮釈放する真なる命が解放され、具現化される言語に備わる無意識を精神分析しながら、萎びた記憶にオーパーツや、判断し切れぬ世界を光速で移動し、導く限りをかなぐり捨て、綴る命に復元不可能な次元を要し、有する過去を飛び越え、生きる為だけの駆け引きを終える自分の果てに終わりが無いように、存在が、なんで存在するかは認識する自分に帰還し、解析する以前に正接される。

2014年2月5日水曜日

永劫を捌ききる夜の日記

捌ける思いを散文化させながら、集約される時に終わりも無くはみ出すのが、私であるし、君であるような起因の最中に陥る影に用いる意味を貫く主体に集積される原因が傲慢な意志を貫き、意味に主体を重ね、それがあたかも存在であるかのように、示す世界などに加配される意味が独裁的に変わり、家族の中で権力を行使し、抑止するだけの世界に備わる囲いの中で留めなく奮われる力により、交錯する原因が踪跡を辿り、錯綜する世界のカオスに備わる悪意に鈍痛を感じながら、鈍磨な意志を連綿させては、転移する痛みに突然変異するウイルスの中で演技しながら、萎びた想いに水を与え、自らに複製される原理に映し出される他者である私や、他者のままの私や、他者であった私など、と邂逅し、怒鳴るだけの感情を示す世界との闘争を始め、蜿蜿と倒錯しては、徐行する人々の合間を避け躱しながら、振り翳す権威に備わる家長権などを打ち砕き、嵩張るだけに兌換される意味などは、所詮価値の中に収まり、御粗末に入り乱れる欲望の彼方で、加担されるだけの原理に損なわれる世界に発症するだけの記録を病理化させては、精神分析にあらゆる名前を付属させ、或いは名前を原因に当てこすり、それが始まりである、とあらゆる部位に意味を入り乱らせ、楽観するだけの快楽主義の主知を掴み、粉砕するような鉄槌で、ぺしゃんこにしながら、酷使する意識に次なる継ぎ接ぎの意味に遅疑を与えず、あらゆる成因の彼方に価値を結ぶ以前に備わるアイデンティティの概観に葬られる矢先にゲーム化する心情に記号論が蠢きながら、光年を携える原形のスペクタクルに収まらない宇宙の起源を測り、カタルシスを促すような心象に配備される一生涯が、必然と面影に変わる頃に結ばれる愛に一瞬が永遠を作動させ、動作に余裕を与え、生きる事に猶予が生まれ、希望が祈願し、加配する頃には、この永遠も不確かな俯瞰を突き破り、全貌で開花し、開拓する意志に解答を求めるよりも、この要理に理性を含ませ、加算される世界に衰亡する意識から離叛し、半径に悶える意味を浪費しながら、長い逃避行を重ねる駆け落ち的な周囲を孕んでは、世界を産み落とし明け暮れる事は、自らが産み落とされた瞬間からあらゆる世界は世界に収まるよりも、世界の中であらゆる世界を形成しては、その場で消え去るような要因の中で原因を膨らませ、最後には、何事も無かったかのように消え去る意味に放置され、自らのお家に帰るような擯斥を繰り返し、加算される原因に閉じる永遠が損なわれる影に形を求める頃には、存在などに求める意味などに止めど無く氾濫する意味も嗄れた声を放ちながら、犠牲的に居たるよりも、革命的な原因を突きつけ、静謐な論理に徴候は備わり、なぞる意味も壮大な理想を突きつけ、争奪する世界にあらゆる光跡が現れ、その照らされた意味を伝えながら、因果な境目を超越し、用途に叛乱する原因に加担される意味も、その加算されただけに醜貌を抱えるのが、社会であるし、それを恨んでも普段を変えない限りは、世界はきっちり、と収まるままに丸まり、瞬く間に過ぎ去るだけにグルグル回り、その永遠回帰の最中で、掻き乱す意味も、永遠の最中からはみ出さない限りは、永遠の中で作用し続け、自らに収まるだけに塵と化するだけに加配されることごとくも、貨幣に変わるだけに過ぎない事に価値が偏執し、続けるから終わらない戦争を自身の外側に持ち込むだけに過ぎないことごとくを続ける事に永遠が作用し、そのことごとくは終わらぬままに疲れる永遠も普段から交錯し続け、あらゆる時間軸や次元の壁を飛び越え、育まれる意味を枠内に収めながら、集約される出来事は必然だ、と嘯く。影や形に備わり、加算される意味も過ぎ去るだけに遠離り、踏破した頃には、主体の内側に収まる出来事も、ことごとくの痛みに加算されるだけの数理に変わり、原因は遠離るだけに加算される出来事に傾向を支払い、支払われた意味が直ぐ様、痛みに変わり、過ぎ行く関係の波形の最中を彷徨い歩くような瞬時に、私は私のままで、私では無く、私であろう何かに変わる事なのだ、と謂う不思議の国の中で、不死である私を傍観するような世界が断続する事に優しさを憶えるような今に霞む意味も跳躍し続け、逸する今に逍遙し続けるのだ。  感謝、ただ確かなのは混在する今に混沌としながら、示されるよりも示す事が自らであり続ける事である。御礼。

給付される痛み

意志を知らないままでは、やがて失うだけに兌換される理由に交換される欲望により、強固に従属するシステムの力の一部に分散される欲望だけの要望に応える意味に絡まり、自分がなにであるかをも忘れる限りの影であるのが、煩悩であるのだ、と脳裏に収奪される意味が緩慢に入り交じり、体外に放たれ、寂寞に終焉を加える君は正解に開花せずに、快感を脳裏に伝えるだけにリコールされる快感だけが反復する時だけが判然な意味を伝えるのだ、と歯痒い身体に加配される空虚さに一体感を感じ、あたかも自らが備わるようだ、と伝えるが、快楽は自らを解体し、一切に動機を繋げ、全貌に一体化しながら、全域に自らを置かずに、全てが自らに変わる事が、快楽であり、その場に置かれる自分などは存在を持たぬ殻のように備わり、互い違いに全ての快楽の波動を全容に伝えるのが、力の許容範囲にヒットし、あらゆる原因に司る意味が身心を翻し、自らが世界だ、と伝える事に離叛する半径に繁栄は生まれ、ことごとくを革命により、翻す後に覆す意味が鞍替えし、やがて周囲に蔓延る自らを蹴落とし、あらゆる事に自分が置かれる事を知り、隔てる時も、あっと言う間に過ぎ去り、作用する頃には、細動し、試みる余韻に消え入り、本質から増幅する神髄から充溢する意味も負担を増やし、高騰する意味に固着し、その重みを増幅させながら、付属する意志に意味を擦り付け、偏執する世界に朦朧としながら、時間が軸を掴む以前に論理に膠着し、前衛的に猛る現在に伸縮しながら、全ての意味に終止符を打ち込み、その杭に四の五の騙る原形を突き抜けながら、懈怠せぬように、思い描く世界に重複する意味に服従しない意志が入り交じりながら、全貌に捌ける要因に欠ける思いが醜状を重ね、脆くも崩れ去るよいんに切り開く出来事が面影や、想い出に変わる頃には、窮乏を繰り返し、翻す意味に汎用する意志が浪浪と過ぎ去りし、日々に誘致される事が不安を煽り、自らに慢心や欺瞞を与え、関する出来事に痴態を繋げ、偏向する意識に観点を結ぶ性悪説や、粗造な自らの形を計測するだけに隔てる世界をパズルに変えながら、明け暮れる今に凌ぐ想いが逡巡しながら、正当な意志を掴み、劈く意味に衰亡する世界が肯定し続け、悶える意味も追憶を泳ぎ、精巧な意志を用い、静謐な感覚で、元来備わる事実に座標を与えるだけの位置づけに意味づけられる意味の残骸や、残映に残る価値に加算されるだけに浪費される事に支払い支払われる意味に浸透する意味も、投棄されるだけに浪費されるだけの価値に価値を擦り付ける事により、その身心が終わりを見つける頃には、ことごとくは、過ぎた後の欠片を用い、求める意味に試みる事を忘れ、硬直するままに、命に割合を出すだけに数字化するだけに悶える時折に収まるだけの影になるだけに緩慢に留まり、緩和せずに、情緒を保つだけにもたらされる意味に用いる出来事に一縷の望みを託し、衰退化するだけの経済に破産を告げる頃には、戦争で状況が悪化し、根底に残る飢餓に、牽制するだけの囲いの中で見つける境界線の最中に収まる人間などは、人種を持つだけの言葉や色や統合を求めるだけのファシストたちが描く大義名分の中で収まる価値を与える既得権益の餓鬼たちの画期的な飢餓を生み出すだけの、出来事に罵る起因も遙か語源を無くし、彷徨うだけにロストジェネレーションと化し、通ろう、とすればするほどに擦れスリル満点に描かれるスリリングな日常に地上絵を描くような、愚行たる世界の跡形を後から迫る罪悪感で、思い描く日々です、とデトックスするだけに崇高さ、と諭す原理に残る思いなどは、行いに建前を含み、毎日に偽装される意味に贋金で支払われる世界の讒言を懺悔だ、と想い和む原因に迫る自らも、落胆するだけに衰亡する世界の原点を掴みながら、歯止めも無く始まる事に終わる意味が伝わる。

能動する矢先に統合する出来事

苦悩を感じぬ限りは、生きている、とは言い切れぬような内心に孕む異次元的な世界に維持費を下すだけの空虚感たるニヒリズムが緩和せずに、破壊的に強調され、能動的に繰り返す自己破壊から、他者への憎悪の風船を膨らまし、あらゆる角度をテロリズムに染めるだけの世界の表象の上で飢えた事象を時間軸に突き刺し、狂い、未完成なままで、未収の時を奪い去るだけの打算を繰り返す事に空虚な数理は今に至る苦しみを除外せずに、ガイダンスに従い、大体の意味に位置づける意味から隠遁し、知の先を這うように、超脱した生活を楽しむ余韻に示される成因である私は現実世界では、戦域を持たず、超誇大的な構造に勿れ、と告げながら、事なきを得るだけに、行動に高尚たる由縁を下し、とこしえを歩き、彷徨う時々に生じる時の擦れにトランス状態の自己を突き刺し、自らがトランスミッションに変わり、全域に力を散文させ、分配される機能は、行動に帰納し、納期される痛みに配する産出が希望を繋ぎ、インプットされる矢先は、今あることを先ず、諦観するな、と成し遂げる意味に懈怠し、傀儡であるだけなら、誰にだってできるし、やがて惰性な意味に絡まり、加算される原因に司り、下克上する矢先に世界はフォーマットされ、間違いや、悔い改める時間に向上する意識が静謐な関係に出戻り、動向に不埒な時間や、不安定な時間を荒涼たる意志に促し、秒針を持たず、たゆたう身体を計測し、見つめる矢先にもたらされる意味が、ふやけては、数々の時間は数限りなく擬態化され、高揚する意識に乗じる世界を設計しながら、行動に動向を繋げる以前にずっと躍動する意味が許容する世界に繋がれた加算される原意に逸する価値だけが加工され、打算されるだけに騒ぎ立てる世界に流浪するのが、自分の役目であり、役割であり、終わりであるし、始まりである所に結ばれる世界に薄明に措置される原意に交互する意識が状況を打ち砕き、兌換される意味に緩和され、躍動する行為に印象付ける意味に配する希望が動向に約束を交わすよりも、この命は一律さを持たず、動機に繋がれた動機であるままでは、足枷や鎖は外れず、何処かに勤続し、隷属する限りに遠退く自分を忘我に重ね、自分を探すなどして、失うままを楽しまぬから、何時も乾いたままに快楽に押し流される傀儡で至るから、痛みも知らずに、今に刃向かう。

2014年2月4日火曜日

満ち足りる帰り道の密度を描く夜の日記

形而上的に物事を解き明かし、突き放す。同じ物は二度と現れず、司る間に消え行き、拭い去られる。苦しみを分散するため、世界は何かを、手渡す真実などは、絶えず美化される。革命とは、一人篭り孕むような孤独から生まれる。達した後には全ては藻屑に変わる。私は、もっとテクストを壊し、西暦を隔てる歴史を突き抜け、何も正しく無いからこそ、正しく無いだけの世界に唾棄すべき全てを整然と置き換える。世に捨てられる以前に世は無く、世界は自分の内外に消え去り忽ちに余波を残し、捨て去るだけの影に変わる。ああ、矛盾は叫び、共鳴しては、物体化し、物欲に塗れ、資本に支配され、司法の中に収まり、恰も裏切り統治し、隷従させ、ただ引き裂く。単なる安泰などは無いし、平凡と謳われた時代も要する価値を失い、偏るだけの私情が鬱々としては、暴力か、自らの殻に閉じこもるか、はたまた不安に酔いしれ、デタラメに行き交い、自らの解除法などを求め、自らの説明書を探す日々です、とモラルに彷徨うのかの差異に訪れる壁や、牽引する出来事に訪れる嫌忌を逆撫でするような理由に訪れる世紀的な要因や、総和すべき時代性に孕むべき衝動性が、朽ち果てる現実に原理を売り、離散する意味に意志を繋げる頃には、行動に論理は生まれず、動向に迫る熱量に刹那は蹲り、叙情的な表現を季節感に伝え、引っ掻き傷を携えた思春期たちをかき集め、嬉々たる感じで、形跡を踏み躙り、無惨な形骸たちを踏み荒らすだけの価値に訪れる新しい出来事などは、所詮破壊的に過ぎない自らに押し潰されるだけに過ぎないし、やがて緩和しない愛も、簡単に契りを変わり、紙面上で愛を結ぶだけの欠損に向かい、感じる意味を実感する前に朽ち果てるのが、関の山だろうし、兌換される意味も紙幣に変わるし、簡単に処遇される事で、病理にあらゆる名前を押し付ける辺りに詭弁は生まれ、諸々の価値に陋習するだけの君の起源に示唆すべき意味も無ければ、その幼稚さを収納するだけのお家の中で緩和する時間も、ことごとくを受け売りに、老けさせる事が、余りにも嘘のように感じるし、この時間は直に戻らぬ事を残酷に伝えるし、離散しては、離間に伝わる意味も痛みに変わるだけに絡まるし、迫真の時間に迫る白紙の彼方で願ったり叶ったりのあなたと出逢う頃には、後悔に酔いしれたり、負担すべき不安を分け合うだけの訳ありな関係に、感染する出来事の痛みに訪れる自分と他者との差異が、理解の中で相対し、互いの理由の中で共通理解を行わないから、その理解は理解の中で乖離し、他者の中で他者のままに交わり、自らの中で自分の内容に収まるだけの容量だけを受け入れ、痛みを分散し、互いを労るような関係こそが、兼ね合い、蔓延る痛みを分離させ、訪れる闇を蹴散らす事が可能なのが、愛のような価値や形の無いものである。 感謝、ほとんどの物語は閑散として、緩和する状態に諸説ある理由を促しながら、所々に用いる正解でふやける。御礼。

閉じる先々に訪れる永遠

検体化する自身は融合すべき記号の巣に帰還し、絡みつく意志に、ただ囀る希望が、膨張しながら、その日暮らしに、字余りな日々に、寛容な世界に訪れる与えられた不自然な普通に、浮遊しているだけに過ぎない、資本に浪浪と蔑む理由に靡く許容範囲を持たないモラルの合間の緩慢さに、蕭然と過ぎ去る関連に靡く痛みや、掃き溜めに訪れるエゴなどが、どれもこれも、同じ意味に結ばれるだけに、思える事に訪れる形や、意味に意志は無く、与えられた力に集約されうるだけに、嘯き、自らの力の使い方を誤る事に於いて、遠退く意志は健全な力への意志を失い、逃亡し続けることごとくに行動を繋げるだけに用いる影に寄り添い、自らにあたかも形があるかのように、示される事に於いて、導く意味も、不当な意志により、堅実な力が乖離し、理解などを求め、居場所などにすがるから、君は君のままで居たい、と願う余力により、理由と謂う鎧を着ては、意味と謂う盾で、物事の侵入を許さぬと抵抗する余韻に訪れる自身VS自分たる戦争に永遠性が生まれ、真実は現実に阻まれ、憚る意味に募る痛みが訝り、嘯く限りの影に変わることごとくが、事柄に襲われ、凍結する意味に押し付ける意志が、昏倒しながら、混沌としては、彷徨い、意味合いを失い、好転する季節に開眼する今も、理を置いて、理由に襲いかかるだけの敵意だけが、憎悪を媒介させ、思案を繰り返し、安心安全を謳う時に、物事は搾取されるだけのジレンマに酔いしれ、自らの痛みに排斥される出来事がデカダンスに変わり、排泄される金銭がこの世の定理を結び、あたかも潤い交う事だけが、迎え入れる価値を買う事であるのだ、と妥当な世界は席巻したがり、権力の名の下に集まる無知な群衆に心因を植え付けるだけに受け付ける心に労る価値を与えぬ、と叫ぶ事すらも、価値を利用し、権利を謳い、牽引するだけの誘致を繰り返し、自由と解放を謳うだけの革命に革命の内外は、暴力だけに染まり、憚る意味に行動を用いず、単に内心の装置に欲望の電力促し、即される意味に給餌するだけの外側からの圧力を抑止できず、自らは機械化し、加算される現実に訪れる聖域を汚されぬように、謀る出来事が、増幅させる憎悪に硬度を与え、ダイヤモンドよりも硬い悪意が交互し、それが正義に変わり、偽装を繰り返し、売り買いする事の内に備わる曖昧な成因がはみ出し、褪せる時に試みる事も忘れ、熟れたり、嘯いたりする自身の狭間で喪失し続ける成因が、ことごとくの出来事をストレスに変えるだけにロストする事に総じて曖昧な心情が転回するナルシズムに訪れる抵抗力を失ったメランコリックな状態に緩和する物事も、失跡しながら、争奪戦の最中を飛び越え、自分の緩慢さに、酔いしれるだけの不安に加工される理由からこそ遠退き、悔恨の中で蹲るよりも、より良い価値の最中を泳ぎ切るように、この領域に迎合すべき、嬉々とした自己を呼び戻すかのように、無理にでも嗤うのだ。

誰かの罪も良性の意味に変える

ただ、私を納める権力に権利や懇意は与えず、立場を翻し、自らを組み替え、日常から脱け出し、裏返す事に、自らがはみ出し逸脱し、いい具合になる。地からは、汚穢たる支配が逆上し、従属化させるべく、欲に金銭を与える。対立する意識に点と線はつながり、絶えず快楽を放つ傀儡たる脳裏が促すエンドルフィンが、自らのエンドロールに名前を刻み、価値に名前を当て付け擦り付け、嬲り這い出る合間に、緩慢な憎悪を突き付け、肥大化する意思が、ルサンチマンに変わる。怒りの追従者が、更なる怒りを運び、絶えず生き甲斐を奪う事への生き甲斐に快楽をなすりつけては、配役を決め、結ばれる意味に自分を主人にさせては、躓く。価値を嵌め込んだ力の箱が、価値を促すから、乾いた満足は、依然として、何が足りないかを、促し続けるに至り、どういう路を歩めば、正しい、と言い切れる迄に、認識出来るのか? ただ、正しさは、過去に収まり、抜け出せないままに、世界から、押し退けられ、気配を掻き消し、何処に消え去る。確かなのは、君を逃した報いによる、孤独が深夜に襲い掛かり、自らを指し示す羅針盤も、非ぬ方向を指し、導く意味を失っている内部に収まる過去こそが、何が正しかったかを、恰も騙る意味に備わる過去に内服される痛みも、いつかは消え去る事に、過去は形跡を無くし、定める意味を無くし、単なる今に治まり、静寂を取り戻して行くのだ、と退屈は何時まで飽き足らず、自らに付いて回り、あらゆる論理を投下すべき場所を破壊すべくだけに蠢き、打算される真実に謳われる数字などを求め、引っ掻き回す由縁に厳然たる基礎を与え、悴む理想に概念を突きつけ、健全な関係性に訪れる外連味あふれる絢爛豪華な負債が、訪れ、這い出る矢先にかまける思いが集積され、止めど無くあふれる身近な痛みが排出される矢先の質量を拾い集め、翻す矢先も明日が無い、とせめぎ合い、無知な世界の結晶を集めるだけの愚行に訪れ、近傍に触れては、膨張する矢先が、フラストレーションを溜め込み、懇切する矢先に疎開するロストワールドで、足りない物語に散文的な叙情詩を送りつけながら、根底に記憶がすり込まれる以前に全容は長けて、占有される以前に長じる運命が動機を企て、惰性な世界から引き離され、正接される意味に刹那が絡まり、懈怠しながら、森羅万象に論争を巻き起こし、空前絶後の事件が時系列の中で契合を繰り返し、必然性だけを保ち、邂逅する事すらも決まった因果に挟まる時間が憚る事で生まれた欠如を生み出し、あたかも、結実に生まれた理由なのだ、と憤懣を溜め込む空疎な関係性に健全さなどは、皆無であり、加工された義務を貪り、動機に逸する価値だけを与え、立場を逆転させながら、関連する成因に収容される事実が連動しながら、収束する先々に閉じる思いが綴り続ける。

2014年2月3日月曜日

自身は乖離し全うな世界に回帰する夜の日記

全うなのが世界だ、と性愛に基づき、愛が立体化し、加算される原因に突然変異する意味が立証する世界に変遷を加え、記憶に付箋を与え、典麗たる悠遠さに示される永久的な語源を探り、まさぐる記憶に偶像化した支配が空回りしながら、段々と迫る記憶を蝕む影も、ほとんど補填されるがままに毎日に動作を加え、作動すべく、律する運命にリズムが重なり、難しい顔が規則を飛び越え、比率も求めず、止めど無くあふれる主体に直訴を加え、直通する思いが産道を通る。やがて晴天を迎え入れ、印象的に蕩け、懐かしむよりも、示唆する呼吸で広義な意味を集め、君を蝕み、孤独にする領土化から離れ、季節に絡まる法理や、理解不能だからこそ、理解しよう、と用途は広く思いを掴み、加算される原理に離床する現在が朝焼けにふやけ、定点を超越し、愚計を重ねるだけに逸する先々に最たる意味が硬直しながら、偽装される原因に禍根を迎え、関する意味に情緒を突き刺し、あらゆる表現を現在が纏い、白紙のままで突き抜ける毎日が惜別を繰り返し、戻るも引くも、伸ばすも、広がるも同じ動機に進むだけに寛容な世界を受け取り、今に新しく備わるよりも、続く意味に新しくあるべきであり、保存したり、補完したりして、保身で身動き取れないままに、君は帰巣すべき真実にストーリーを求め、ヒステリックに纏まり、行為に基づく価値に規律を求め、切り裂く意味に記号化した季節が緩衝しては、われわれとは、我では無い所で纏まり、同じ地平や地点に備わる座標や位置に意味を求め無い限りに、分裂的に下し、邂逅する意識にだけ根幹を与えるような多種多様な分岐点を全貌に繋ぎ、あらゆる道にストリートの憂鬱や、優劣で決めるデカダンなキャピタリズムが横行しながら、その中を横切り、誰にも掴まれぬように、走り去るのが、私の役目であるかのように、私や我や、われわれや、核家族の中で這い回る赤子たる幽境に静謐を重ね、時々が住まいを失い、次元の彼方を彷徨う辺りで、空間に問う意思が掃き溜めのエゴの中の底辺で絡まり、加担される以前に修繕される思いが加工され、補完されるだけに補正されることごとくに蹲る 事実は夜を封緘し、滅亡的な因子に賄賂を下すだけの権力との差異化を求める限りに占う月日は廃墟と化し、関する意味に肥大する妄想的な語源を負い、語弊がある、と老いる世界の断末魔を聞きながら、刻々と過ぎ去り遠退き這い出る矢先に奏でる意思が誰かに伝わり、囀る意味を動機に力強い意志を蓄え、枠からはみ出しみだりに至る意味に季節を持たず、ずっと時間を遡り、境目を持たずに、裂ける今に散々だ、と促すよりも、メロディアスに至る季節に逸する希望だけが、その規模を膨らませ、清貧な時間に静謐を用い、抵抗しながら、行為に順序は持たず、時間から這い出る愛が排斥する意味に排除される以前に前途多難な今に寛容な意志が伝わり、加速する今に重力を持たせず、軽々と飛び越える事に軽さという概念は持たせず、保つべきは、内心に重きを置くだけの赴きに配されることごとくが悲しみを増幅させる以前に高揚する意志が健闘する世界に背反しながら、迫真の意味を伝え、意志に帰任し、心象に回帰する事に、世界は幸福なども求めずに、ことごとくを抱擁し、ことごとくが分離する事を留めず、楽しむ社会を形成すべく、一律の意味のことごとくを掻き消す引っ掻き傷に絆創膏は貼らない。 感謝、混沌としている情景に蔓延る事こそに、楽しむ事を告げ、楽しむとは、単なる快楽の傀儡として、 回避する事にあらず、と告げる。楽しむとは、思いを超越し、創ることである。御礼。

休まず続ける事に時間は存在しない

撒布される殺風景な起源を擬似化しながら、具現化される明日にふやけるような容易で安易な愚行を繰り返すような期待感を孕む以前が伸縮し、自らの価値に変わり、あくまで可否を論じ、自らの果皮を削り、果肉を抜き取るような論争の最中に論点は答えを含む前にたじろぎ、怖じ気づきながら、高騰する意識に裁かれる浮ついた金銭で、モラルを掻き消すのが、この世界の仕組みである、と機械兵たちが悲観的に騙る頃の世界には、照準は備わらず、表皮の中で外連味に喘ぐだけの偶像である自らを道化とし、倒錯する現実に自らを組み込むような気怠さを含んだ辺りに正接される原理が原点回帰し、傀儡と化し、快楽を求め、端的なアイロニーに賄賂を求め、誰かが卑下し、加配する世界に生じる意味を空虚と呼ぶような破壊的な主意に同意されるみすぼらしさに軽蔑を含まぬ限りは、自らの腹膜に絡まり、加配される景況に構造は負担を含ませ、巻き戻す行為に行動は秀逸な世界を形成する以前に譲渡され、甘美に悶え、積怨に変わり、契合すべき事実に高貴さを求めず、逓減するだけの恋や愛に瞬き凌ぐ世界に清潔感は無く、言葉を踏み越え、固い絆で結ばれるむず痒さを含んだ無機質な世界に領域が生まれ、争いが領土を生み、その中に規律が生まれ、国と名乗る以前に備わる我こそが私に踏み込み、やがて是正で惰性な何かを求め、その中に収めよう、とするだけの世界などに要は無く、我は我だけに備わる価値よりも、真っ向な現実だけに凌ぐ思いだけに収まり、誰にも関さず、我は我だけに描く真理だけで、世界を翻し兌換する正義とは、善意的な悪意を含ませ、主体を持たぬ醜悪に自らを重ね合わせ、動機に至る堅実さに、差異を含ませ、自らの空隙に淫蕩たる印象を含ませ、誰かを裁く事を正義と謳うだけに導引される意味に意志は備わらず、大義を持たず、定義に犇めき、問題の内外からはみ出さぬ限りは、正義は正義とは言えない。或いは、逸する価値に留まる善悪に有し、表現する有史以前の慈善的なモラルが根底を覆すような最終戦争を含ませ、統合される意志に塗料を溢し、見分けが付くように示す関係性に混沌とする脳裏の中で受理される決議案が安心安全を謳う頃に含まれる悪意こそが、ほとんどの正義を食い尽くし、正しさを示唆するだけに権力を使い、自分だけが正しい、とする事で国家は破綻し、この国の内外は食い尽くされ、朽ち果てるだけの世界を傍観するだけのルサンチマンたちが、誰かを引き摺り下ろそうとするだけの阻喪だけが、怪我人を増やし、現実から浮上させぬように示すだけの結果を生み出す事が結果だ、と謂われる事に示される憎悪が思念に固定され、膠着し続けては、ケダモノたちの論理だけが、前後左右、上下に犇めき、ジオラマたる世界のドラマは終わる以前に始まり欠けるだけに至る欠陥品で有る事を知らず、あることあらぬことばかりに忙しく騒ぎ立てる惰性さに、溺れ、ただ世界に吐き出される権力をばかばか吸い込む世界に世界は依存するだけで、世界はどこにも存在しない以前に、世界を認識する観念や概念に思惟する意思こそが、歪んだ思念を独裁的に支配しているだけに過ぎない事を世界と呼ぶだけに過ぎない。

超越世界の全うさに訪れる聖域

浅はかで体たらくな世界から放出される愛惜を長じ、混沌と総合的なモラルを動機に突き刺し、投棄される現実に差額を突きつけ、創り上げるだけに翻し、兌換する世界に交換の意識は無く、とんとんだ、と閉鎖的な余韻は夜道に溢し、交互する意識に動機を移し変え、翻し昏倒する意識が健全な付き合いだ、と促す限りに自らは誰かの惰性な影に変わり、加算される原理も現用すべき位置づけに自らを突き刺し、あらゆる懇意を受け取り、偽装された結婚にサインを書く頃には、混同する意識が形成される手前の思春期から赤子までの寂寞を奏で、自らに弄する現実が堅実さや堅牢さも、求めぬままに、自らの差異に沈み、剪定される意志に記憶が媒介する季節に軋み、卑猥で、陋巷たる自らの街で呼吸する毎日から離れ、遺伝子操作された手紙を受け取る帰り道の街路樹が語り出し、懈怠している満員電車で成因が踊り出し、量子的な観念がプロセスを忘れ、自らの狭い価値をプロレタリアート独裁で自らを拾う価値に空想な状況を猥雑に示す値が恩恵だ、と促す価値に飢餓するだけの餓鬼の下腹だけが、運動的なコイルと化し、行動に拘引される現実に返済されるだけの虚偽を促し、重厚な状況に偏差値を求めるだけの情交を行い、除去される矢先は廃棄された因子たちが、リリカルにセンチメンタルな自己をセメントに埋め、毎日の寂寥たる幽艶に精神を繋げ、アウトプットされる忘れ物の彼方で喧騒の幾何学を描く陰影に模範を求める依存者たちが、社会が何たるかを求めるから、この乾いた世界に革命も起こらず、行いは絶えず暴力をまとい、たとい思いが交錯して、違う意見がちぐはぐに人種間を彷徨い、人間性などを惰性に破壊するだけの主義思想に価値は持たせぬべきであるし、この浄域に示されるカタルシスの呼応がエディプス・コンプレックス化し、父親たる遅々たる権力を自らの手で粉砕する事が精神分析であるのならば、バラバラな価値に示される由縁がリリックと化するまでに霞む姦淫な手立てに普及される普通とは、言い換えれば、言い直すまでも無い妄想や、幻想である、と元素記号が騙る世界に裏側で、成就する出来事に形而上的な関連が啓蒙を突き抜け、真理に名前を与える以前が徴候であるし、超克である。或いは、症状は全くの原因を失い、痛みに孕む現実だけが、本質からの真実であるし、本質とは、性質を持たぬ空間に備わる存在を持たぬ存在であるし、あらゆる原因は高騰する経済的ニュアンスの起源に気配を拡散し、相対する自己の中に備わる他者を含んでは、理解を含む前に乖離して、頽廃する。

2014年2月2日日曜日

枠組みからはみ出す夜の日記

細胞単位で破壊される数学者たちが解き明かす文字以前のサイファが開かれ、連動する意味に素数や蘇生される意味を持つ以前の出来事を解読し、加算される原因が訪れる前の無を敢えて報い、当てつける意味に印象が蔓延り、撃鉄の音が鼓膜の裏側で恨み辛みを越えた原子が素量を現実に伝える頃に離叛するのが、判然に訪れる私からの乖離であり、解放であり、快挙であるから、加算される原因に追考する意識が精巧を極め、緩衝する意志に接近しては、静謐な思いを辿り、達観する世界に増幅する感情に投棄される思いを調律しては、超越するフィールドが押し広げられ、解答を求めぬ前に損なわれるのが、過去や、顔であるとしたら、白々しく繋がり、続く現在とは、単に意味を持たぬ以前に、その意味を求める価値こそが、コアを失い、欲に染まるだけの具現を肥大化させ、被害が、だとか、悲酸だ、だとか、と唱える矢先にどなたも、有らぬ意味に有する価値を擦り付け、それに呈される意味だけを買い取るから、依然として部外者のままの移住者であるし、端的に部外者のままであり、移住者であることだけが、自由と呼ばれる前の自由を謳歌し、自由に自由を思わせないからこそ、自由であることに意味を求めず、価値に価値を求めぬからこそ、この身体は深みを増し、一帯に精神などは求めず、一貫した主体に存在は求めず、止めど無く諄く配される矢先に交互する精神に行動は伴わず、所詮は大脳や右往左往する脳内で、解体される心象が背離を作り、敢行する意志に、成熟しない進路を捧げては、仮想カオスを作り出し、搬送される意思に小宇宙を形成しては、加工された世界にレアな景色や、形式をケーキなどに変え、頬張る事が、革命的な創造性であり、粗造な世界に祭り上げるべき意味も無ければ、価値に神は居ないし、やがて、消え去るのが、主義であり、実像である事への、ニヒリズムを遮るべく、毎日に遮断されては、毎分毎秒の合間に荒れ果てる自身を解放し、ことごとくに意味を求めずに続く限りの行動に永遠は尽き離れ、乖離しては、回帰すべき位置や、意味をハッキングし、邂逅する意識に懐古の思いが官僚制を打ち倒し、やがて摂理を飛び越える私に世紀を捧げ、理を老化しない現時点に対比させる以前に逍遙する意味が緩衝する事が、唯一無二の 「愛」 と言えるのかも知れないし、やがて勝つも負けるも、同じ意味に溜まり込み、根絶される矢先に定義を生み出す事に対しての破壊衝動だけが勝因に刃向かい、価値は克たないからこそ、美しく克己され、打ちひしがれるままに擯斥され、排除するだけの魔法に澱む価値に鍵は無く、途端に退き跛行する精神に雑踏は廃墟と化した事を忘れ、また同じ意味に位置を司り、意味に意思を授け、礎を築き、端的な賄賂を下し、空腹を癒やすだけに、致し方なく行動を繰り替えし、牢記する痛みに高貴な瞬間が宿り、主観が熟成し、収奪される矢先に清和され、集約する時折に整合される意味が摩擦し、毎日が便宜を失い、投降する矢先に踏破する事が生きる事に関する以前のことごとくを集約させ、躍動させるから、この命に意味などは持たせない事を知り、挫折の廃墟に至る廃棄される過去に思いは宿らず、今は宿無しのままで突き進み、荒んだままでアイロニカルな街を突き進む余韻に誘因される事柄などは皆無で、心揺らぐとしたら、欣然に訪れる価値破壊を迎え、転換される意志から現れる自らの価値だけに揺らぐ。 感謝、厭わぬ今にこそ、総ては開かれる。御礼。