2014年1月27日月曜日
退廃的に溶けて交わる夜の日記
語るものは語れぬものや、騙り謳うものに卑下される。損得は無視して識見用い、実権握るより、確かな意味を掴み意志を司る。懊悩する世界が吐き出す嘔気から逃れ、実態を拡散し、怠惰な世界を脱ぎ捨て今に拍動する。見つけた時折に奇跡を纏いながら、累積する日々の涙腺を擽り、偶像に偶然が生まれる世界が軽薄に蹲り、昔話を話し、カタルシスさせる死せる毎日をシステム化させる以前に産まれる全容が、硬質な論理を集客し、数限りない意味を流動させ、赤裸々に運命を開け広げ、確かな意味に足並み揃え、光景に正解を生み出し寄贈する意味を贈与しながら、気怠い朝を出迎え、立ち向かうべきは、超脱する債権から生み出されては、脱する時折に逸脱しながら、空虚な自然の畦道を歩き、陰惨な価値に参加し、這い出る時に絡み合い、日照りながら、曖昧な汗や涙が雨に変わり、曖昧なマインドがずぶ濡れになり、逃れるつきひが逸脱しては、整合される月日に捧げられ、問題を引っ張りながら、引きずる思いの偶像を打ち倒す。苛烈に習俗する意識の過程に現れる欲に餌を撒き散らすような要因が思念わ引き攣らせ、捩じ込む意味が歪曲しながら、褐し卑俗な理由が一生涯を端々に追い込み、やり切る意味が切り裂く日々に縋りながら、乱立する季節に擦り寄り、日々は人を比べ、そこに意味を見出すから、価値は歪んだままに、悲しみ背負うものであり、語る意味が物音を立てながら、物語は加速し、寸前に至る季節が確執を与えながら、隠微な喜悦が出来事に魅力を与える泣き言などは、ただ乖離し、タグ付けするドナーを探し見つからぬままに湮滅するのが普通らしい。
ドーナツ型に磨り減るハートの隙間にぴったりフィットするような関係性こそが、気怠い日常を照らす曙光に変わるし、この生活を喰い散らかすだけの位置に備わる損得の怪物たちの価値を辿る善悪の是非までを凌ぎ、集積される事件簿を開き、どちらも裁くに値せず、或いはそこに裁くという意識や、値という値札やレッテルを貼り、磔にした神や醜態を重ねた一体感を終えた神の具現化や、自分の愚意に訪れる偽計や、緩慢な世界に相似しては、収斂し、何れ俯瞰的に緩和しては、敷衍する出来事に意志が配備され、撒き散らす意味のウィルスが印象に浸透し、現象に価値を用いる限りに増やされる痛みに回帰するだけの理論が理想を失う。
感謝、毅然と示す辺りに備わり誘致されない此処に居場所も無く彷徨う限りが自分である。御礼。
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