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2013年12月29日日曜日

革命を乗り越える曖昧な夜の日記

自らの惨めさを埋める為に抑止せずに、高揚し続け、投棄される意味がふやけながら、空間で著しく砕けるから、 果敢さを失い、このレールや流れに乗る為だけに訪れる世界に屈従する虚しさに気付くよりも、 打ち砕く闘志を用い、何もかもに足りない、と促し過ぎ去る満足に至るよりも、大概に鬩ぎながら、 関与する意志に呈する意味を突き抜ける。その意志は世界に風穴を開ける以前から能動し続けていた 世界を持続させ、その永遠性に然り、と告げては、妨げる未来を調和させ、今に縋る過去すらに、 事務的な加工を施し、最たる罪をなすりつけ、罪に意味を齎し、罰を与えるかを作り続けた 数千年の意味を変化させるべく、重用すべき意味になすりつける意志に退く運命が、定期的に更新されるより、 権力の一切に屈従せず、私のエゴイズムに偏らず、自由を謳い扇動し、騙るよりも、 何かが足りない、と占有したがる戦友たちから離れ、遠退き孤立する孤独を喜び、独創し、 描き創造する事だけが喜びであるから、決して止まらずに寸分の狂いも無く、毎日、数億年の運動と勉学に 明け暮れ、解き明かすべく書き起こすプロセスを自らに氾濫させ、抵抗する自らを推し続け、 この資本の終焉は明日に近づく以前に、皆はこの不自然さに気付いているのに、この経済などを、 守る、否守る? 為の疑問に用いる権力的な、あまりに権力的な抑圧に抵抗せずに、反抗に至らないから、 端的な協調性や、誰かの意見に合わせる為だけに、合わせる社会を演じ、それだけが正しい、と促す意識こそが、 偏執し、偏見や差別を生み、物事を分別し続けては、全体主義に陥り、絶対を失い、喪失感が促す、 絶対的ニヒリズムに全体化した諦観を促し、配下になるべく、自由になりすぎた資本主義に成り代わるべき資産を 生み出すだけのうまい話や、欲を埋めるだけの宣伝や、肩書きや名前や数字で生み出される性欲に 能動する時代は終わりも始まりもせずに、恥じらわず、誰かを攻め立てるだけで 満足だ、と表面化したサディストたちが決めつけるだけの時間の中の自分を磔にし、自らの失策を隠すべく、 格差などを埋めるよりも、そこで落胆するだけの清貧さを捉え、静謐に生きる事に伝う生命に論理を課せず、 自らにアクセスしながら、萎びぬように、嬲るだけの社会、この退屈な社会、というだけの概念、 つまりは、この社会、と言われるだけの退屈な名前を根っこから抜き取り投げ捨てる為に、 その為だけに産まれたのが、我々だ!! 止まらぬように示すのが、我々が果たす役目であり、役割である。 感謝、ただ創ることに関しては守るものは要らず、壊した後に産まれる意味すらも要らぬままに 粗造しながら、突き進む。御礼。

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