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2013年12月24日火曜日

安らぎ謳う余韻に犇めく夜の日記

抗う青春を自堕落に歩き、厚かましいメタファーで、数限りない日々を遊蕩しながら、掻い潜り、貫通した思いに、 何も嵌め込まず、入り組んだラビリンスを徘徊し、掃き溜めに破棄される産業廃棄物的に汚染された逸れた夢で 現実に刃向かいながら、解する意思に論調を纏わせ、自由を謳う連中を退かせながら、殺伐とした原因に 終止符を打つような克服だけに彩られ、幸福を超克する。一人であることは、詞が募るし、問題が不安定に躍動し、 内心では、不安感ばかりが募り、寂寞が絡め取る感情は肝心な時に限って不和に変わり押し寄せ、 不安を倍増させる。生きることに、克服すべき理由も、担うべき意味すらも無く、ただひたすら募る理由が 意味も無く、今に降りしきり、降り積もる。私は、何かが、終わることなど、信じたことは無いし、ましてや、 安易に何かが続きもせずに塗り替えられ、安易に始まることなど、信じられるはずも無い。言わば、 視点を預ければ、見る位置もすかさず変わるし、思えば、司る意味もすぐさま変わるし、 そこに安直で愚直なモラルを掲げ、倫理を掻き混ぜ無く、表現し、有した過去も表情を失い、 壊死する今に能動し、開始する以前の表示に変わり、表現を翻す。過去は単純に後続する意志を持続させ、 思想に変え、この身を支える。面影は一筋の光りに変わり、思い出は端的な風に変わり、 現在の背中を押しながら、過剰で行き過ぎた行為に追従する意識を引き離し、永遠を誘致し、過去は退く。 形式的に不潔なのが現在であり、押し付けられた現実が通過する夜の周囲や集大成を解きながら、 悔恨を溜め込むメタファーに長じる具現化される本能を加速させ、リビドーに変わり、 艶麗な私欲を貪る餓鬼たる自己を自分と傍観する。二律背反する程に、分裂する自己が、 生じる運命に動機を求め、屈従する本能に呈示される理論を拘束しながら、育む意味を紡ぎ、 聳える意志に長じる偶像的な余韻を掴みながら、ことごとくに鎮座しては、沈積する未来に窮乏し、 試みる意味との蜜月を重ね、徴収される原理に原因が偏執しながら、加速し、加工された感情に、 属性を与えるだけに延々と靡きながら、無垢な感情に長じる運命が高貴さを掴み、投棄された後に 足跡がつながり、成し遂げるよりも、徴候を示す原理の証跡をたどり、一体感を堪能するよりも、 この個々に伝わり弾ける初期宇宙や、正常な意志をたどり、空想的な空腹を癒やすだけの動向を紡ぐより、 更迭される原因に司る成因に求める余韻が固執しない誠実さを伝い育む。 感謝、欣然に作用しては、瞬き阻まぬように、蝕む時を蹴散らし、孤高に生きる。御礼。

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