2013年12月4日水曜日
全域に届ける瞬間
自己否定しないために組織や体系に依存しない、未熟で依存的な資本を蹴散らし、あらゆる成因に
意味を産み出す。正義は悪を倒す、という定義を埋め込まれたから、善悪に懸隔用い、示される距離に
価値を与え、判断する惰性な規則や規律が生まれる。自分自身が、認識し、自我が認証し、
映し出される映像こそが、正しくもあり、誤りでもある。その差異や距離に溢れる微細な善悪や権力を紡ぎ、
中庸を保つことで現れる恒常性が物事を整頓させる。ただ、本人が認識し、見つめることこそが、本質であり、
社会により偏執した普遍性や、協調性を保つためや、規律を守らせるために与えられた普通などに寄り添い、
媚びへつらうから、其処に居場所を求め、不安や苦痛に慄く限りに使い果たされる前に破壊されるに至る。
超越すべきは、場面や、その場所である。次に示すべきを持たず、我儘にエゴイズムを用いず続いていく
意志に意味は続く。
何かを保ち守らせる、と途端に抑止され、物事は自由を求めて逸脱する。その逃走に加担する権力が
暴力を推進させ、派閥を作り、自らの体制や体系を誇示する。そこに生まれる軋轢が全体に加わり、
平和を求め、均衡を保つ限りに雁字搦めになる規律は逃げ場を与えず、自らの既得権益を守るためや、
あたかも経済のためだ、と促す愚者たちから、政権を取り戻すべく、闘争を宣言する。流される者の苦痛は
流れる者の苦悩に比較されない。憎悪は絶えず組織で、増殖し、管轄や間隔に戦争を生む。
支配は産まれてから直様備わり、文明化したシステムに組み込まれる。其れを幼児期から批判し、
弁証法や形而上的にアナーキーな態度で示し続けて生きてきた私に矜恃が備わる限りに於いて、問題などは、
問題では無いのだ、と促す他者たる二面性の両翼をへし折るエゴイズムが、主義思想すらもかき消し、
概念を消し去る。考えを枝分かれにさせ、それをエクリチュールに変え、紡ぎ合わせ出現する原因に主体を、
捧げ数コンマの問題に緻密な答えを預ける。意識をコンピュータに憑依させ、召喚させ、画面上で永遠性を保ち、
意志を永続化させる。それが碑石や本の役割を現代に転換させた役目であり、カタストロフィをかき消すべく、
めくるめく時を有する。官僚機械を破壊に追いやるために超エリート化し、システムというものは、脆弱であり、
それを打ち倒すために、我々は存在する。
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