2013年10月31日木曜日
対抗しない夜に靡く日記
ただ惰性な視点では悲しみは拭えず、瞬時に消え去り統合されずに、怯え震える事柄だけが、
増幅する恐怖に構造を与え不安を煽り、何かを絶えず引き合わせては、何かに寄り添うよりも、
憑依し、表現するよりも、その不安から超過する出来事に超出されるべくキャピタリズムに追い縋るよりも、
超自然な状態に人間は帰還すべきであり、人間とは越えるべき意志を孕んだ人間こそが、
その人間に国家や隷属を持たずに強固に閾から長じ、艶麗な恋愛を重ね、自己の愛に帰依する本能だけに、
帰巣することが万物流転であり、永劫回帰だ、と告げる全貌に訪れる総てを受け入れ、価値など、
終わった表現に始まりを告げるだけの終末論者や、後先を重ねるだけの幻想である、と促し、
今に貴賤な金銭を求め、それこそが正解だ、と促すキャピタリズムに侵され、対価を求め、
深層に資本を用い、体制や体系や組織の中で解体を目指すような主義や宗教に一切の本質は無く、
無益であるが、散り行く覚悟を用い、それを破戒衝動に変えない意識こそが、総ての介在者であり、
回顧し、悔恨を持たぬ展開に生きる超域に長じる超人であり、あらゆる差異に距離や差別や分別を持たず、
回想することや、過去に縋るよりも、今に値せずとも進む勢いに長じる拘束されない脳裏にこそ、
機械を凌駕し、自らに媒介させる事柄にこそ、受動性を越え、超能動的に行動出来るのだ。
先ずは人間が備えあてがい創ったものこそ、越え続け従うことをせず、反抗するからこそ、
新しいものよりも、続く意味を知るからこそ、短絡的な破戒に陥らずに憎悪せず、苛立たず、
確かな視線で掴む全貌に何も必要では無く、求めることから交換される戦争こそが、一番の悪の権化である。
快楽とは、思うことから始まる。鋭敏な感覚を一点に集中させる権力に集約する快楽事態が花開き、
永遠に悔悟から離れるのだ。
逡巡する意識が主体性に司り、彩る今に気配を託して行く。それが存在に現行を与え、存在に折り重なって行く。
育雛から離れ、数理を分離し、閉ざす意味だけに異論を重ね、世界を歪に包んで行く。
感謝、母体回帰に抱かれる感情に誘い轟く今に仮象を綴る。御礼。
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