2013年10月26日土曜日
生命の原点
自分などは、どこにもここにも無く、どこにも存在しないが、
自分とは、ここにしか存在しないのだ。ただ搾取を叫んで偏るのか? 何かを崇め共同体に強固な同一性を抱え
闇に陥るのか? はたまた何かを守るために訪れる外敵を暴力的に、あまりに暴力的に排除し、攻撃するのか?
君に主体性など無いが、ただ単に自信を取り戻し、闘う意志に偏りを与え、暴力に至り自己破壊に陥り、
無謀に自爆する前に確かな自分を眺め、尊ぶべきだ、と感情の住まいを移し変える。
前衛的な瞬間に燦然と突き抜ける思いを破綻させながら、この苦悩を彩る冷厳な夜の支配や、
制限される冬のシャイな浮遊感などを簡易な世界に突きつけながら、聳える貧寒なビル群を避けながら、
静定に追加される感情のイコールから吐き出される安易な答えが安直で凡庸な価値を吐き出し、
査定されるだけの月日に分散される苦悩などを皮切りに、みすぼらしいと促すだけの思惟に剪定される意識の
花場を母体に秀麗な時折に歪む私たちの時計仕掛けな思いや、偶像崇拝で酔いしれるだけの関係性に
兌換される心情に勇躍するだけの勇気だけが、備わる意味などにドナーや、
あれやこれ、と促すだけの疑問符や、構造的な凌辱や、倒錯する現実に滅びる日々の爪痕や、
数多の瓦礫の中で嘆いている感情にそぐう形に現代的に過多な思いを外観に募らせ、
数多の外貨が押し寄せるだけの経済や、資本の主体に導かれながら、この身体に
与え続けた数十億光年分の脱力感の奪還を終え、饒舌な今に尊ぶべき意味だけが、
君に備わり恋情に変わり、動機や著しい快楽の解体を終え、タブレット化し、
緩慢な差異に求められる印象に破瓜型な心情を追及するだけの艶麗な成因に基づく寡占されるだけの
動機を一巡し、純情な悲母たちが悲しみに暮れるだけの絵本の中で絡め取るような余韻が徴候や、
調律されるだけに連動する意識の仮説的な模様を物々しく吐き出し、シーサイドで夢見る制圧されない形式に
酔いしれ、それに兌換されるだけの堅実な世界に注がれる可憐な叙情詩を有用な慈悲に溢しながら、
安逸する時々に我らは遙か南西部に溶けて、摂動される現在に正道を求め、総てに中庸を求める。
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