2013年10月19日土曜日
染み渡る夜に平衡する世界を抱える日記
明敏に捉える現在が瞬きながら、現況を拵える。誂えられる瞬間を吐き下し、破棄しながら、
遊蕩な世界を設計する前に超越する真理で捉える世界を吸収し、集約される時を押し広げ全貌を捕まえる。
はびこる意識に従属せず、加算される出来事に算段されず、弾くべきは自己に帰着しながら、
内面に配備され窮地を渡り付着する悩みを飛び越え、乏しい思いに過去は保たれず、跳躍する思いこそを
保ち豊かに笑うべきであるし、やがて誰もが価値を求めず、勝敗すら抜きにして、快諾される月日を認可し、
信ずるべきを認識し、是非を問わず、二律背反するニヒリズムを打ち砕き、自尊心を捻じ曲げ、
プライドをプリインストールしながら、きりもみ式に突き刺しては、風穴を開けるまで、換算せずに、
解放や自由の虚偽を読み解き、過去が現存し、現実に共依存する前に、プリミティブに執り行う日々が連続し、
集約すべく律動し、緩慢に揺らぎ和らぎながら、自身に反響を与え、保つバランスに躊躇わずして、
成し遂げる今が君に統合し、ひたすらに甘いスィーツみたいに思いや行為が広域に解けて行くのだ。
生きてりゃ、辛い日もあるさの、辛い日との差異を測るよりも、その距離に施される空間を生むのが力の関係で、
その場に権力が生まれる事に相対する生命は生きることに感化せず、関与しながら、寛容さを保ち、
用いるべきは持つ優しさよりも、保たれる安定を齟齬させる物資や金銭にこそ、姑息に比重を与える国家との
差異こそが、生きることに追従し、何もかもに相対し、ありもしない社会の内膜や、内皮の法理や規律に
締め付けられ、人間を認可する代わりに支払う義務などに、著しい生命などは始めからありもしない、という、
始めを求め終わらせるのが、宗教的な、あまりに宗教的な慢心なのであり、過剰なテクノロジーから反し、
批判するよりも離れ、至るところに、弁証法や形而上的な肝心さを築き、構築し、物の構造に変わる前に
分裂したままで細部に突き刺さるインターフェイスであり続け、そこから媒体し、培養する栄養を全部に施すのだ。
この闘争は統合性を持たずに迂愚たる原理を掲げ、無知なプロセスこそ、レジスタンスに変えるべく、
離散する風景に動じる間接的な道筋の密度から横溢する意味が主観を無惨に飲み込んだ意味だけに、
組み込まれながら、何が正しくも無く、哀れであるかを測るよりも、それを知り始まるだけに、
寄食する終わりを蹴飛ばし、系列や、体制に反し、機械的な論理に動じず、所詮体系に組み込まれるだけの、
御用学者を蹴散らし、粉砕すべく鉄槌は自身に下し、一切の価値転換を施す。
感謝、接続すべき夜が起因に溢れ配合される意味に恒久的な意志を伝えていく。御礼。
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