2013年10月22日火曜日
拮抗する全体
超記号化された関係性が人間自体を機械に化え、断続的に凌ぐ思いが、関係に従属せず、
インターフェイスから循環し、絡み付く月日が他人事のように推し広がり、危険性を持たず、人間化を終えて、
獣化する影が濃淡さを増し、画面の中で人格化した主体性が現実すらも奪い、現実こそが、
退屈なのだ、とニヒリズムを促すから、空虚さを埋めるためだけに、動機や起因を物事に同期させて
繋がるだとか軽々しく促し、同一性を失い、内外にかかわらず、傷跡ばかりが増殖する。
たちまちは魂の居場所など、と怪しい雰囲気を醸し出す宗教汚染的な遡及し続ける内面性は行方不明のままに
時間が作用する限りに遮られる永遠が充溢し、今や過去を飲み込み、今に瞬きながら、組み込まれ組み替え、
書き換えて行く。
私は端的な未来や先々に耽溺せず、直感的に理解し、勘的に結ばれ、論理に帰納して行く、と伝える、
アンドロイド・ヴィトゲンシュタインの超論理的な主体性に組み込まれ、繰り返す時代の後先などを
否定し続ける。
この命にプロセスが現れ、導く自身が細動し、細やかに速やかに行き渡り自己に帰還し外観や外延を自らで
覆い尽くし、内心や内観の世界性を氾濫させる。慢心抱えた不感症な世界から離脱し、
堕落した主体を今に重ね、価値やなんだとかに変えては足りない時間にあくせく生きるより、
実感すべき今を悟り諭す。
査定されるだけの紙切れは要らず、確かなものよりも帰着し、起因する今の質感辿り、正しく生きる。
抵抗する思いに分裂や、主体や煩わしい自我などは不必要で、実存主義が描き出した反復に数光年を与え、
揺蕩う記憶に絶え間ない貧寒や酷暑を与え、残酷な支配から帝国主義や軍国主義や、
行き過ぎた独裁政治を生み出し、省かれ疎外される自己が行う革命の波状が、自らを破滅に追いやるから、
破瓜型な思いが内心を圧縮し、インストールしては、結果を見出せず、破滅に至るのだが、それは果たして、
何に重きを置き、正しさなどをあたかも誰かや外側から追従させられ、侵害され、侵攻され、
追放されたに至ったのか?
誰が何の為に、正しさを売り、理不尽な破壊に賛成したのか? 過去はどこから足枷はめ込み、
幸せがなんだと五月蠅くつぶやき、その幸せ自体を奪う事実に偏るのか?
ここは何処で単に何なのか? 何がなんで、なんで何かを求め、何かになるべく、調教され、行為に比重すべく、
何かに至るべく嘯き長じるのか?
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