2013年10月15日火曜日
忠義を尽くす夜の日記
私にはただ、生きるだけの欲と喜びに溢れる。することややることに追われていたら、喜びを忘れ、
貪り欲張るだけに終わり、求めるほどに枯れる。彼等は、それに気が付かず、単に下向き愚昧な画面を貪る。
意志を明確化し、貪婪に明晰にし、センセーショナルに今に帰属させる。複雑化に染み渡る今が老化しながらも、
回転し、循環し、意味に行き渡るのだ。はみ出す思いに食い込む愛は所詮の金は持たず、
野良猫のままで冒険を繰り返し、暴挙を行い、絶えず構わず進み、革命的に散らばる意志が消えては
奇跡の礎を砕き、空疎な世界や空に瞬き消えて、最たる意味にサイクルし、錯綜しては超越する自己に回帰する。何故、普遍性は、安心安全を徹底破壊されたのに、受動的ニヒリズムでいられるのか? はたまた諦め、
見ないことにすべく移行する事実に期日ばかりが迫る。ほとんどの道具は偶像に過ぎず要らないものだ。
選べるとは所詮不自由になるだけだ。
ただ、蓄えられたものだけが明け暮れリフレインする。弛む感触は永劫を携え孕んで、
内する力にかかる外圧から外れ、自身を惑星として捉え訪れる今から単一に昇華し、加算される物事を統合し、
含蓄しては逐一、背反する問題から離れ、答えに横領されず、事実に捧げられては連関し、
乱立する今から外れ、自由自在に行き渡る。
境域に狂気と恐悦が訪れ、境地に矛盾し、緻密に行き交う動機に矛盾した誘致を繰り返す自身を循環させ、
印象的に乖離し、理解されるまでに統合される定義を打ち砕き、議論に訪れる白昼夢的なまさぐりを
繰り返し、残像にかける思いが影になり、荷担されるまでに重荷と化す理由を今に落としながら、
交合を続ける。理解される前に狭まる思いが主観を彷徨い、直感的な尾鰭に掴まり、臍の緒たどり、
母体の記憶に加速していく。この苦痛は除去されるに至らないから触れる悲しみにも、
絶えずリリカルな衝動が活路を見出し、それを創造性に変えていく。
加算される原理は律動されるだけの心象から離れ、抵抗するからこそ、退行する自身に対抗し、
秀逸な時を体感すべく、退廃的な論調を拵えながらも、淘汰されずに、自身を昇華に至らせるべく、
諦めず継続する意識が高揚を託し、現在に至る意味と共に、永久を形成し、離間から離れた記憶も、
去り行く侭の過去に帰納せず、剪定される花の記憶を携え、朦朧と突き抜ける言葉や、
簡素な時代の請求書の一切を子宮に帰させ、陥落しない至上な時に配される愛だけが、
物事や、自身の配役を決め込んでは、聖断する理由に清濁併せ呑み、自身に合わさる意味に、
背反する問題点に拗らせる答えを昇華させ、逍遙しては、貪婪に放蕩する意識を緯度や座標に溜め込まず、
発散させては波乱を巻き起こすから、この他者からの総和を受けとり、高揚に至り、
物事の全容に達しては相対し、追従しない関係性こそ、悉くに兼ね合い、中庸を保ち、
正道を歩くように逸脱しては、右往左往せずに、重複しては現れる意識を反復させ、反芻する現在に、
履歴は無く、ほとんどの様相を乖離させた辺りで仮の人間を産み落とし、超人に至るべく、
食べず鍛え上げ、絶えず捲り描いては緩衝し、拮抗する意志に蔓延る意思に革命を与えるよりも、
乗り越え刻む意志に上がる感情が情交を飛び越え、欲そのものを本末転倒させ、本質に訪れる自身の、
村的な環境から乖離し、疎外される限りを喜ぶ。この意識や景色は、形式を持たず私のものであり、
何事や、誰かが刻み、盗んだ事実を画いた物事に応用されず、横領される訳にはいかず、
私は私であるべくいけ好かない日々を歪に歩く事は愚かだ、と宣言する。忽ちは離れ合う程に緻密に巡り、
理論や理想や、自分に着せた意味に帰し、判然と募る頃には縋ることすら忘れ目眩く今に受精を繰り返す。
感謝、反射する命を今に集約させ、解き放つ意味に保たれる懐かしさから離れる。御礼。
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