2013年10月1日火曜日
敗退しない主義を抱え動機を翻し続ける
永劫を携え、不愉快な大地を渡り歩く。飢餓する光年を徘徊しながら、路地裏の蒲公英や、
枯れ果てた街路樹に折り重なる神経質なオーガズムを自身の巣箱に流布さえ、
因果律のリフレインが降る太陽光のインモラルな熱に揺らされながら、美醜を抱え、整合される時折に
肥大する真偽にたじろぎながら、路上で途切れるロジカルな対話や、空想的な互換を終え、
生じる運命に言いそびれた辛い過去や空間的な敗北感や、最終電車に飛び乗るカントや、
慢性的な悟性を抱えるシニシズムな人込みに覆い被されりフォーマットされる事を願う海馬警察たちの、
改革の十字路を越え、試験的な乖離性の四季やハルモニウムの音階の雨が降る最中に、
暮れゆく愛も空腹を癒やすだけのワンナイトラブなどを重ね、加算されるだけの数理に導かれながら、
緩衝する真理に慢心を折り重ね、悲劇的な人間性などを泡沫に引き流すだけの微かな災いや、
軋むだけの空虚さを満月に唱えるニヒリストたちのたどたどしい帰り道に批難すべき居場所など無く、
誰もがドナーであるべく、互いに対立し、折れずに消え入るだけに心象に司り、
境目も無く悶えながら、エンドロールを引き破り、続くの文字を書き込み書き換える人生に設計図など無く、
ほとんどが不幸と思う限りの不幸とは、所詮幸せを強請り、幸せを求める事への卑賎な価値を用い、
それを欲しがるだけに欲動するから、埋まらず、埋める事ばかりに重きを置き、何事も掴めずに、
疲れるだけに時間は通り過ぎ、倒錯し、等差を求め格差に埋もれ、収入に収納され、
行動に遮られる事に、物事の本質や真実は無く、其処にこそ現実などの一切は無く、
離れてから気付くならば、初めから無かったまでのバラバラさや、まばらさを現在に遭遇させ、
困じる運命に閉じる事無く、聳える今に訪れる高みを乗り越えるよりも、それを退け避けるよりも、
この未熟な手で施す鉄槌で撃ち破る現状が、どれほど惨めで誰もの時間に反したとしても、
それは思われる限りに収まるものの考えにしか過ぎず、それだけで測れる距離や、運動に対する
イコールの貴賤な金銭を求めるだけの事に収まる結果などは、今に値せず、何事にも値しない価値を、
自分であてがい、現実を当てこするだけに過ぎない価値に収まるだけにしか過ぎない価値の恥に囚われるだけに
過ぎず、バビロン捕囚たる夢遊病たる世界の漂流者が打ち出す資産などは、補完されもせず、
破綻し一切を喪失してからは、その価値すら何が何であったかも測れず、破戒されるだけにしか過ぎない、
閉じられた世界を押し開け、必ずは、絶対を突き抜け、尽きないエナジーを吐き出し、
続き続ける事に横柄さを抱える頃に訪れる慢心の脂肪を削ぎ落とし、試みる限りに、
自身が超絶さを抱え、超脱し、超越に向かいながら、後続する意識を疎外させず、
抵抗する限りに産み出される自身が騒ぎ立てもするが、絶える事無く、続く意志を引き継ぎ、
今に変化だけを求める。そこに同じ自分などは存在すらもせず、そこの存在しない存在に対しては、
ニヒリズムを突き抜け超越する限りに自身が突き抜け昇華に至り、今に続く。これを繰り返し、
生息地を持たず、物理的に分離しながら、精神的に疎外されずに分裂に至る。
通う過去から飛び出し飛び抜け、離脱しながら、憚る今に超脱し、逸する現在に抵抗を加え、
生硬な意志に基づき、正解も求めず、批判や否定を脱ぎ捨て、至る意味だけに徴候を示すのだ。
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