2013年9月25日水曜日
有意義な瞬間に果てる朦朧とする主星を抱える夜の日記
我々は単に夢で在り、端子を射し込まれた存在の一つである、とほとんどの矛先に備わる君が抱える
ニヒリズムを飛び越えながら、手持ち無沙汰な情熱を抱え、森羅万象を渡り歩き、
大抵のターニングポイントをけちらしながら、フォーマットされる現在を断罪するだけの連中に注がれるだけの
普遍性を売り捌きコマーシャリズムに迫り来ては絡みつく今が密着し、密接に結びつき、悲運を促す
厭世主義な輩が売り出す、惰性な本が大衆に絡まり、ほとんどの価値を持たず、直ぐ様廃れ、
すり寄るから貴様は、一瞬の喜悦に陥り、知恵も無く、人の目ばかり気にしては、
失態繰り返し、文字通りの日々にひねくれながら、歪曲する現在を反芻しながら迸る意味に帰依し、
近影を撫でながら、矛先に先走る意味などを突き刺しながら、物々しい今に一切の奇跡を与え、
困じる運命に閉じるだけの皮肉を残すよりも、曖昧な愛惜を踏み躙るだけの現代の陰惨な価値などに、
初めから備わる価値すらも杜撰で、軽いものに転じ、証跡ばかりを追いかけ老い耄れる矢先に
示され湮滅する感情が引き戻され、今を紐解き、補填するような理由に成熟しながら、
ことごとくに沈積する気持ちが離れてしまっても一切に変わる気持ちの重さは無い。
毎晩や今は深夜に重なり、朝には消え去り、軽やかな螺旋を抱え、清濁な世界から抜け出し、
濁世の汚穢を重ねる原理に了承されるだけの理由などは批判すべき自身から対象を外し、
誰かを責める事により至る快楽や、解消される苦悩などを今に発散するだけで、後から迫る意味に、
意志も持たず、単に憎悪が示す意味に今を重ね続け、斡旋を繰り返す。
汚れたものだからといって自分もケダモノになっては人間にすらなれない。同じ意味を重ねる動機に
羽化する感情にすり込むべきは、軽やかにダンスさせるべきだ、とニーチェも語っている。
そのニーチェの母体で尾鰭をはためかせ、煌めく今に凌ぐ想いを愚意で汚さず、
擁護されない現在に訪れる不安や孤独などに名前など無いのだ。
快楽中枢にインターフェイスを突き刺し、誤字脱字を打ち込む。惰性な真実の脱力感を
リュックに詰め込みながら、致命傷な毎日にすかさず脅えるだけの原因を重ねる限りに束ね、
謀る意識は反旗を翻し、夜通し信用を失うだけの翳りに貧する欲望だけに欲動し続けている。
ただ単に、この命に境目など無く、暗くも沈む優美な主観に多事を重ね、多岐にわたる運命に
遭遇し、総合的な今に統一される原因を解明し、邂逅する意識にだけ、循環を与える。
感謝、周囲に溢れる栄養吸い込んで続く先々に展開し続ける。御礼。
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