2013年9月9日月曜日
デリバリーでファストな消費を抑える隙間に与えるエナジー。
一切を損ない含めて無垢たる今に歩み寄り練り歩く。様々な思惑にぶつかり、絶えず正面衝突しながら
生命の凹凸を弄る。殆どは触れても触れなくても偶像ではあるが、偶然では無く、
其の場に溢れる存在そのままに無垢であるのだ。
暗くて蒸し暑い本の中で鬱々と溜め込む思想が超脱しながら、時折に微かな匂いを残しシンドロームを携える。
深海の中で確かな光りが差し込み、携える意味も超越した時に全ては解放され、真の自由を恰も抱くのだ。
詞は物質やマテリアルに変わり、絶え間無い記号や元素や宇宙と混ざり合い、プラトニックな関係を結ぶのだ。
全ての慾望は若い間にとうに、使い果たした。今に残るは、この肉体と完璧な思考に
宿る慢心を取り除いたロジカルな狂気を孕んだ思想だ。
我は我と一巡し、自身を相克し、事物を超克し、概念を超越する。
雨降る、とざわざわざわめき五月蝿く呟く。平らな感情に早熟な記憶が根差され、脳内に家屋を建てる。
その中に住む、超自我や幼児退行するスキゾフレニアな精神や歪に絡まるエディプス・コンプレックスなどが、
森羅万象をなぞっている。柱に掛かる時が無い時計や、吐血したままの皿が寝そべるテーブルや、
マグカップの中の心象がはためきながら、煌めく扉を打ち破り、何度も何度も、現世に帰還して行く。
其れが端的に続く、という意味ならば、全ては草臥れず、素敵に思えるものだ。
考える時代がやがて、考えさせられる強制を生み、短絡的な破壊はがりが横行している。
誰もが騒ぎ立て扇動させては、自身が一番慌てふためき、自らが不安の病理と化す現代に現代や社会は無く、
単に現象と捉えるべき自身が彷徨う限りに自分を嘲笑う。
虐げる自身を虐待し、対立する精神に名ばかりの病理を売り、薬物で示す値に脳裏はオーバーヒートする。
遅れて来た危険性を抱え、一生を薬漬けで終えるような世界に終わりや始まりすら無く、
持たせる意味すら無いのだ。
溺れる意味をはき違える者は皆、狂人であり、ターミナルで固まる大群を眺め、群像に蕩ける辛苦や、
感傷的に曖昧な真紅に蕩ける優美な季節を見比べ、草臥れた表情で、何を用い、何を稼ぐのかを
忘れ群像に吐露しても何も始まらない永久の扉をノックしながら、気怠い表情で燦然とした情況の、
残り滓や、曖昧な思考に徒労しているだけの日々が熱情し、情念を蕩けさせ、届かぬ思いに光年を突き刺し、
整合される時折に吶喊する街並みが場違いだから、ここから逃がしてくれよ、と走り去る風景も、
調律される意識に保たれるだけの均衡が何とか毎日の平常心を保つかのような構造にこそ、
痛みは続き、いつかは自分の傷口貪るままに、新たな病理を抱え、心象に絶えず傷みが倍増する。
増幅する痛みは身心を膠着させ、心神耗弱に陥るまでに再利用する。
理解を含まぬ資本は堕落している、と短絡的に見捨て、身滅ぼすまでに、縋るだけの現状に遠退く労らなず、
収まらない今に緩衝し、不完全な者だ、と打算し、加工された自身のコアを撫で、可哀想な奴だ、と同情する。
交合する意識に訪れる遺跡のような概念を掘り起こし、秀逸な瞬間に訪れ遠退く季節にこびりつく優美な
思念を発色させながら確かな意志だけで突き進んでいる。
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