2013年9月20日金曜日
凝固しない今に至る夜の日記
終わった、としても場面は永続する。思うたびに世界は優しくなり苦悩を防いでいき、
穢れた忙しさにあたふたしながら、やに臭い世界を懐かしくも思わず、
毒撒き散らすだけの妬ましい自身の政府に毒されるより、独裁的な主観で北斎の描く撲殺された世界を
無神経に掻き乱しながら、まだしがない私は弛みながら緩慢な成因に弛緩な世代に調和も求めず枠にはまらず、
憚る月日に備わる、その備わるだけの場面や画面を蹴破り、紙やペンで描く世界こそが、静寂を与え、
ごくたまに、ごく稀に、下克上しながら、秀逸な現在を渡り歩き、苦悩を取り払い世界の表情を噛み締める。
血族など辿っても一つに帰依するし、遺伝子上で見れば少しの差異で、
それを踏まえ屈辱するなど、と促すファシストが描く人間が神になるから、君は居なくなり、要らなくなる。
何も目覚めない日に限って、全ては目覚め、開いていく。自ら開かぬ限り、収まる意味に憚り募るだけだ。
内圧的に狭まる自我が燦然たる様相を孕み、戻る外圧的な世界に加速し、盛大な因子を含ませ、
悔悟を溜め込まず一切に発散され、適度な充実感を挟み、憚る十字架に押し寄せる人間的な磔に、
緩衝する理論や、正攻法の理想を打ち砕き、霞む普遍性に征服されず、勝ち誇るだけの厳正な時に
濾過されながら、重複する精神を記号化させ、ほとんどを搾取と呼ぶだけの甘美な世界も、
瞬くの利益を潤わすだけの呪われたキャピタリズムを突き進め、命じる先々に起因を与え、
探索するだけの離反を繰り返し、背徳な差異に成因を重ね、静穏さに生得さを重ね、虫生の世界に
一生涯を重ね、加工された狡猾な原理にフォーマットされながら、逸する時折に朗誦する真実が、
泡沫の神髄に入り交じり、草臥れた路上で裏切りを繰り返しながら、敢行する意識に斉唱される今が、
因果応報や、罪と罰を吐き出す前に乖離する神を拵え自分を重ねる前に、織り込まれる意味に、
意志が包み込まれ、玉響に加速しながら、刹那に移動し、行動に緯度を求めず、愛憎や、
増築されるだけの追憶に霞むように追従する悪心を飛び越え、光景に配されるだけの幽艶さに阻まれながら、
取り除かれる限りに枯れ果て、果然な理由に帳尻合わせるよりも、このまま光りと水に育てられ、
無責任さを取り払い、斡旋されずに自身をジレンマを加速させ、窓際でぎらつく曙光眺め、
生きて廃れ捨てられるよりも、この行動に永遠を捧げ、行為に症状を重ねるよりも、
中和されず、総和もされずに、有意義に進み、同義語を重ね嘯くよりも、チャレンジャーであり続ける。
感謝、理想を打ち砕くような今夜に根絶される意味を捏ねるよりも、眠る今に司る。御礼。
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