2013年9月5日木曜日
反抗する精神の永遠性。
結いながら独唱する。唯我独尊で体制批判、組織批判を続ける。解体すべきは、組織化し、
組織ぐるみで守る既得権や名前だ。死を創造せず、短絡的な破壊を生まず、想定せず、
生きる煩わしさに挑み、生命を産み続けるのだ。私が名前に騙されぬ様に変わり、理解を含み、永遠を操作する。
確かなものは、今を意味する標記にあらず、今に有する意味にあらず。描いている瞬間に快楽すらも
乗り越える時こそ確かな意味を組み替え、分裂させる。資本主義に至っては価値は存在すらせず、
現実に対しては隠滅している。
高度は求める位置を保たず、硬度は途絶える今に硬さを求めぬ。連呼し、貪婪で吝嗇な斡旋者が、
緊縛する世界に斉唱を続けるよりも、昏倒し、倒錯しながら混沌に生きる痛みを超絶に重ねながらも、
マゾヒスティックな奴隷の遺伝子から生まれた意味だけで、意志すらも乗り越え概念から外れ、
外延に備わる炎症した衆意を乗り越え、周囲を巡らず、絶対的な円周率の重力から逃れるのだ。
緩和する世界がワード化しながら、長い寂寞に絡まる自身を交錯させる。
秩序を保たぬ精神が今定める過去から現在を介し、仮死化している未来に呪詛を溢し、
艶麗な成因に永続する今を提示し、用いる時間に哀感を告げる頃に破綻する現在が錯綜し、
根絶される今に査定を下す。
偏る事は巧緻な暴利を貪り、暴力に陥り、自分の影に蝕まられる。占領され、境界線を引かれた後に
備わる自己は権力の傀儡に過ぎぬ。立ち回る意識が永続し、単一な貨幣を拭い、可変に生き、絶えず変化し、
永続する事が生命の現れで在る。
繊細な自身が些細な意味とぶつかり、際限無く隈なく行き渡り、絶えず進行し、シンクロし続ける。
民主制が取り戻した政治は民衆の下で死した。もう一度取り戻すべきは、権力を民衆やメディアに
与えず絶対的なカリスマたる神に権利を与え、行使する社会が惰性な破壊を終え、既得権に溺れる輩を排除し、
本来の民主主義を取り戻す。容易で安易な答えが溺れる全体主義が吐き出す世界模様はこんな端的さを孕み、
完璧な自己破壊を含ませ、破滅的な世界で皆を巻き込もう、と必死だ。死とは分離し、分別しながら、
侮蔑するだけの排斥を終えた利己的な自己から逃れ、単なるナルシズムが叱責するだけに、
失踪する現在がただならぬ雰囲気を掴み、気怠い今を昇華させる。
人のものになるようなものは要らず求めもしない。絶えず続け、進む限りに始まりや、終わりに介さず、
続ける限りに続くのだ。静かに夢想し、足し引きに応じるだけの関係性は要らず、敢行されては
襲う不安を過ぎらせるだけの資本も要らず、なしてもなお、埋まらないからこそ満足は空想でしか無く、
疎外された感覚に迫るだけの焦燥などに嘯かれ焦る必要も無い。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿